続・生物学茶話162:半索動物における神経誘導
半索動物というマイナーな門の生物がいます。これはギボシムシ類とフサカツギ類の2つのグループからなっています。私はギボシムシは三崎の臨海実験所で一度見せてもらったことがありますが(多分水族館でも見られると思います)、フサカツギは一度も見たことがありません。ギボシムシは特に珍しいわけではなく、泥の中を動き回り無選別にまるまる泥ごと飲み込んで、その中の有機物を栄養とするという生き方なので大量のうんちを海底に残すことになり、これであたりにいるかどうかがすぐわかります(1)。泥は栄養価が低いので消化管を長くした方が生存に有利であると思われ、中には体長2メートルを超えるものもあるようです(2)。図162-1の個体は体長が書いてありませんでしたが(ウィキメディアコモンズ)、体幹部が長くないので小さめの種類だと思います。体表の殺菌のためにブロモフェノールを排出するので、食用にはならないと思います。もうひとつのグループ、フサカツギは固着生活を選んだせいか、数ミリ程度の体長の目立たない生物です(3)。こちらは生物学者でも見たことのある人は少ないでしょう。私も見たことがありません。
後口動物はにぎやかな分類表の前口動物と比べると、比較にならないくらいこじんまりした分類表で門は3つしかありません(図162-1)。半索動物はそのうちのひとつです。私たちが所属する脊索動物門とウニやヒトデが所属する棘皮動物門が残りの2つです。ここで棘皮動物というのはあまりにも私たちと違いすぎる感じがします。彼らは5放射相称で、本来前口動物・後口動物の祖先である左右相称動物とはかけはなれた形態を持ち、前後の概念はなく、発達した脳や中枢神経系もありません(4)。しかしそれは特殊化や退化の結果であり、彼らも私たちと同じ後口動物であり、発生の途中までは私たちと似たようなボディープランを持っていたことは確かです(5、6)。生物の基本的な形態を決めるHox遺伝子群の並びが非常によく似ていることなどから、彼らは左右相称のギボシムシと近縁な生物であることが判明しています(6)。つまり棘皮動物はHox遺伝子をいじることなく、別の遺伝子による修飾的変異によって5放射相称という独自の体型を獲得しました。
図162-1 ギボシムシの形態と分類学上の位置
(写真はウィキペディアより)
ギボシムシについて何か記事を書こうと思いついたのは後述の宮本教生博士の研究を知ってからで、それでまずギボシムシの中枢神経系を調べてみたら驚きました。なんとギボシムシは背側と腹側の両方に中枢神経系があるのです(7)。図162-2のように中枢神経系は前口動物では腹側にあり、後口動物では背側にあるというのがおきまりのボディープランであり、両側にあるというのはギボシムシだけでしょう。
クラゲのように海をただようとかヒドラのように固着する生活では、発達した中枢神経系は不要だったのですが、海底を歩くには運動器官の統合的な動作が必要となるため、中枢神経系が運動器官がある体の腹側に形成されたのは必然と言えます。前口動物から突然変異によって生まれた奇形であった後口動物は(これには後述のように疑問がありますが)、海底を歩くのではなく、積極的に泳ぐという魚類によって圧倒的な繁栄をなしとげましたが、中には別のやり方で生き延びたグループもいたわけです。
以前は半索動物は脊索動物と最も近い門とされていましたが、前述のように遺伝子の比較が進み、半索動物は棘皮動物と近縁であることがわかっています。ですからギボシムシの腹側神経が退化して脊索動物が生まれたわけではなく、脊索動物は前口動物の祖先のある者が背腹軸を逆転させて生まれたものであるというのが定説です(8)。ただそうは言っても、私は脊索動物の祖先が背腹両側に中枢神経系を持っていたということを完全に否定することはできないと思います。背腹逆転が起こったとして、そのミュータントが生き延びる可能性はほぼゼロでしょう。このようなドラスティックな変化をなしとげるためには中間的なステップが必要じゃないかというのは常識的な考えです。腹側神経系は前口動物と同様に中胚葉の軟組織に誘導されて存在し、それにプラスして何らかの方法で背側にも発達した神経系を持つようになったグループが複数出現したのではないでしょうか? 両側に発達した神経系があれば、背復逆転というようなドラスティックな変異が起きたとしても生き延びられる可能性は格段に高くなると思います。
ギボシムシは海底を移動する生物ですが、体中に生えている細かい突起を動かして移動します。泥の中を移動するので、上下(背腹)の概念はあまりなく、口がある方が下としていますが、彼らにしてみればどうでもよいことです。背腹両側に中枢神経があるので、消化管と中枢神経がクロスするのが前口動物、しないのが後口動物という定義はあてはまりません(図162-2)。彼らは運動器官を全身に持っていて、これらを協調して動作させないとうまく動けないので、背腹の両側に中枢神経があるのは合目的的です。
宮本らが発見したのは、ギボシムシの消化管の一部が分化した口盲管とそれに接続する襟背側消化管上皮(半索とよばれるもの)が発生において中枢神経を誘導するということです(7、9)。口盲管と襟背側消化管上皮の位置は図162-2に緑色で示しました。
図162-2 中枢神経系と消化管の位置
前口動物・後口動物を問わず、中枢神経系の誘導は中胚葉の仕事ということになっていますが、ギボシムシでは内胚葉性の口盲管と襟背側消化管上皮が誘導するというまれなメカニズムが宮本らによって報告されています(7、9、図162-3)。しかもこれらの組織にはコラーゲン(ColA)やヘッジホッグ(hh)という脊索に特徴的な遺伝子発現がみられるそうです。そしてヘッジホッグによる誘導情報を受け取るためのパッチト(ptc)遺伝子の発現が襟神経索にみられるということで、これはまさしく脊索による中枢神経の誘導に匹敵する現象と言えます(7、9、図162-3)。
このことは脊索と半索(口盲管)が関連性の希薄な器官だとしても、脊索動物と半索動物のはるか昔の共通祖先が、中枢神経を誘導するための共通の遺伝子セットとメカニズムを持っていたということで、なかなか興味深い知見だと思います。
図162-3 口盲管と消化管上皮による神経索の誘導
脊索動物では脊索という丈夫な結合組織系の構造が体の正中線に沿って頭部から尾部まで形成されます。これは脊索動物が進化の過程でいったん脚を捨てて、つまり海底を歩くという生き方を捨てて、泳いで移動するという行動様式を採用したことと深く関係があると思います。泳ぐためにはくねくねとした運動が必要で、丈夫な構造を中央正中線沿いにつくり、その左右に筋肉をつけて左右交互に収縮と弛緩を行うことによってそれは可能になります。そのためには左右の筋肉の協調が必要で、中枢神経による全身の筋肉の制御ができなくてはいけません。このような生き方を可能にするために、脊索が形成され、脊索によって中枢神経系が誘導されて全身の筋肉を制御できるような、いわゆる魚型の形態が完成されました。この形態をとる生物ははやくもカンブリア紀に出現しています(10、11)。
脊索動物の場合、図162-4に示されているように、中胚葉起源の脊索(notochord) はその背側の外胚葉を内側に陥入させ神経管を誘導します。陥入する部分の外胚葉を神経板といいます。陥入して神経管になる部分ととどまって表皮となる外胚葉の境界領域に神経堤 (neural crest) という特殊な領域が形成され、この部域は神経板が陥入するときに内部に巻き込まれますが神経管の一部とはならず別組織となります。この未分化な組織はその後分化してさまざまな組織を形成することになります。これについては別のセクションで述べたいと思います。
図162-4 脊椎動物における神経管の誘導
脊索は体の中心となる頑丈な組織なのですが、脊椎動物では中枢神経を保護するための脊椎が形成されるという形態に進化が起こりました。脊椎は脊索よりさらに頑丈な組織なので、脊索は中枢神経を誘導した後は無用の長物となり退化します。ナメクジウオは典型的な脊索動物で、脊索は頭部から尾部まで体全体に伸びており、成体になっても退化せずに残ります(12、図162-5)。ナメクジウオ類は頭索動物と呼ばれますが、頭索というのは脊索が頭部にもあるという意味です。この点は脊椎動物も同じです。
ホヤは一部を除いて幼生にだけ脊索がみられます。ただし頭部には脊索がありません(13、図162-5)。この意味でホヤ類は尾索動物と呼ばれています。尾索動物は成体が固着生活をおくるように進化したため、脊索や脊椎などの頑丈な組織は不要となり、その他の構造も特殊化して脊椎動物とは似ても似つかぬ体型になりました。そのため一見して頭索動物の方が脊椎動物に近縁なように見えますが、遺伝子の研究などによって頭索動物より尾索動物の方が脊椎動物と近縁であることがわかりました(14)。頭索動物には神経堤が認められず、尾索動物は神経堤の発達が頭索動物と脊椎動物の中間的であるということも判明しています(15)。
図162-5 頭索動物(成体)と尾索動物(幼生)の形態
画像はウィキペディアより。尾索動物の図の投稿者は Jon Houseman。
参照
1)ねっとで水族館 ワダツミギボシムシ Balanoglossus carnosus
http://www.aquamuseum.net/content/aquarium/nagamusi/gibosi-1.html
2)ウィキペディア:半索動物
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%8A%E7%B4%A2%E5%8B%95%E7%89%A9
3)並河洋 謎の動物 “フサカツギ” を求めて 国立科学博物館HP
https://www.kahaku.go.jp/research/researcher/my_research/zoology/namikawa/index_vol2.html
4)ウィキペディア:棘皮動物
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A3%98%E7%9A%AE%E5%8B%95%E7%89%A9
5)大平万里 食の研究所 昆虫よりもウニのほうがヒトに近い生物である理由
生物進化を食べる(第2話)棘皮動物篇 JBPRESS (2019)
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/56540?page=3
6)入江直樹・大森紹仁 左右対称から五放射の体を進化させた棘皮動物のゲノム解読
東京大学プレスリリース
https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/press/2020/6941/
7)宮本教生 海底に潜むムシから探る脊索動物の起源 生命誌ジャーナル 83巻 (2014)
https://www.brh.co.jp/publication/journal/083/research_1.html
8)生物学茶話@渋めのダージリンはいかが112: 背と腹
https://morph.way-nifty.com/lecture/2018/09/post-ec8a.html
9)Norio Miyamoto & Hiroshi Wada, Hemichordate neurulation and the originof the neural tube
, Nature communications (2013) DOI: 10.1038/ncomms3713
10)ウィキペディア:魚類
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AD%9A%E9%A1%9E
11)ウィキペディア:ミロクンミンギア
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%AD%E3%82%AF%E3%83%B3%E3%83%9F%E3%83%B3%E3%82%AE%E3%82%A2
12)ウィキペディア:頭索動物
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A0%AD%E7%B4%A2%E5%8B%95%E7%89%A9
13)ウィキペディア:尾索動物
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%BE%E7%B4%A2%E5%8B%95%E7%89%A9
14)ウィキペディア:脊椎動物
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%84%8A%E6%A4%8E%E5%8B%95%E7%89%A9#%E8%84%8A%E7%B4%A2%E5%8B%95%E7%89%A9%E3%81%AE%E7%89%B9%E5%BE%B4
15)Joshua R. York and David W. McCauley, The origin and evolution of vertebrate
neural crest cells., Open Biology vol.10, 190285 (2020)
http://dx.doi.org/10.1098/rsob.190285
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コメント
ちょうど後口動物のボディープランについてもっと調べねばならないと考えてナメクジウオとギボシムシに興味を持っていたところでした。
大変参考になりました。ありがとうございます。
投稿: ミトラ | 2021年11月 4日 (木) 09:56