続・生物学茶話157:ニューロフィラメント その2
私たちの細胞内には線維性の細胞骨格構造があり、それらは大別するとマイクロフィラメント、微小管、中間径フィラメントの3種類となります。それらを構成するタンパク質はマイクロフィラメントはアクチン、微小管はチュブリン、中間径フィラメントはケラチン・ビメンチン・ニューロフィラメントタンパク質などとなっています。筋肉はちょっと特殊で力を発生するためのアクトミオシン線維が存在しますが、この線維は細胞の境界を越えて力を発生するための巨大な構造を形成しており、普通は細胞骨格とは別ジャンルの構造体に分類されます。これはもちろん真核生物についてのお話ですが、20世紀初頭までに原核生物もチュブリンと類似したFtsZ、アクチンと類似したMreBというタンパク質を持つことがわかってきました(1、2)。
中間径フィラメントを構成するタンパク質群は、20世紀には真核生物に特異的だと考えられていましたが、2003年になってついにオースミースらによって、αプロテオバクテリアのカウロバクター属の菌が、クレセンチンと名付けられた中間径フィラメントタンパク質と類似した分子を発現していることが報告されました(3、図157-1)。この菌はこのタンパク質があることによってクレセンチンという名前のように三日月型に湾曲することができます(3、図157-1)。湾曲することに何のメリットがあるかはよくわかりませんが、なにかに引っかかるためのフックであるという可能性はあります。シャルボンらはクレセンチンは細胞の長さを決めたり、FtsZやMreBのアセンブリを助けるなど、細胞の構造形成に寄与していることを明らかにしました(4、図157-1)。
図157-1 細菌の中間径フィラメント:クレセンチンの発見
クレセンチンはカウロバクターだけが持つものではなく、様々な細菌が持っていることがしだいに明らかになってきました(4-6)。私たちがネンジュモと呼んでいるシアノバクテリアの中に、数珠状の糸状体を形成するアナベナや、さらに分岐構造をとるフィシェレラという属の生物がいます(図157-2)。シュプリングシュタインらはこれらの生物が中間径フィラメントと類似した coiled-coil-rich proteins (CCRPs) という分子を持っていて、図157-3のような形で細胞骨格あるいは細胞膜の裏打ち構造を形成し、細胞骨格形成、群体の形成、細胞増殖等に関与していることを示唆しています(7)。
図157-2 数珠状に細胞が連結するシアノバクテリア
図157-3 シアノバクテリアの中間径線維
この他、枯草菌では中間径フィラメント系の分子 DivIVA(この名称の由来はわかりませんでした)に変異が生じると、胞子形成の際の細胞分裂が適切な位置で行われないという報告(8)、また大腸菌では DivIVA は細胞膜が最も強く湾曲した部位にみられるという報告があります(9)。さらに肺炎菌では DivIVA とホモローガスな Wag31 が細胞の端部に存在し、ロッド状の形態を維持すると共に細胞分裂にも関与していることが報告されています(10)。アーケアにも中間径フィラメント系の分子群は存在するようなので、ようやくこの分子群も真核生物(ユーカリア)だけでなく、原核生物(バクテリア・アーケア)にも存在するユニバーサルな存在であることが認められつつあります(11)。
では真核生物の中で進化の初期に分岐して単細胞で生きていくことを選択した原生生物ではどうなのかということを、プライスナーらが調べました。彼らが選んだ生物はヒト男女の性器などに寄生するトリコモナスです(図157-4)。この生物はコスタというまるで背骨のような巨大な細胞骨格器官をもっていて、これを構築しているタンパク質が中間径フィラメント分子群といえるCCRPであるとしています(12)。電子顕微鏡写真を見ると、この構造はまるでヒトの骨格筋のような横紋構造をもっていて、それらが積み重なってロッド状の巨大細胞骨格を構築していることがわかります。このタンパク質はCCRPとは言っても、メタゾアの中間径フィラメント系分子群とホモログであるとは言えず、独自に進化させてきたものと考えられます(12)。
図157-4 トリコモナスの模式図 コスタという背骨のような構造体を持つ
図157-5 トリコモナスの中間径線維構造体の免疫染色と電子顕微鏡写真
次にメタゾアの中でも系統樹の根元に位置する生物で、神経も持っている刺胞動物ではどうでしょうか? デラコルテらはある種のイソギンチャクが、哺乳類のニューロフィラメントタンパク質の抗体に結合するタンパク質を持っていることを報告しています(13)。その後ファンらはヒドラの刺細胞にネマトシリンというニューロフィラメント系のタンパク質が存在し、機械的刺激に反応するシステムの中核を担っていることを報告しています(14)。彼らはこのタンパク質が同じ中間径フィラメント分子群のラミンから進化したと考えています(14)。
軟体動物であるアメリカケンサキイカのニューロフィラメント系タンパク質を調査したグループが、そのアミノ酸配列と他の生物の中間径フィラメント分子との類似性を比較しています。これによるとイカのニューロフィラメント系タンパク質は意外にもヒトのビメンチンと高い類似性がありました。一応哺乳類のニューロフィラメント系タンパク質ともホモロジーがありそうではあります(15)。
脊椎動物の中で最も原始的な形態を保存しているヤツメウナギのニューロフィラメントはNF-L(哺乳類のNF-Lに相当)、NF-95、NF-132、NF-180(この3つは哺乳類のNF-Mに相当)の4種類の分子で構成されており、ヘテロポリマーである点は哺乳類とよく似ています。またこれらは脊髄および脳から脊髄に伸びているニューロンに発現する点もよく似ています(16)。図157-6にジンらによる分子進化系統樹を記しますが、ヒトとアフリカツメガエルの分子が似ていることに驚かされます。ヤツメウナギの場合、進化の本流から離れて短期間で変化したことが示唆されます。またペリフェリンが他のニューロフィラメント構成分子と異なり、ビメンチンやデスミンと近縁であることも示されています(16)
図157-6 ヒト・カエル・ヤツメウナギのニューロフィラメント構成分子の関係
参照
1)ウィキペディア:細胞骨格
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%B0%E8%83%9E%E9%AA%A8%E6%A0%BC
2)やぶにらみ生物論74: 細胞骨格1
https://morph.way-nifty.com/grey/2017/05/post-00ab.html
3)Nora Ausmees, Jeffrey R. Kuhn, and Christine Jacobs-Wagner, The bacterial cytoskeleton: An intermediate filament-like function in cell shape., Cell, vol.1, no.15, pp.705-713, (2003)
https://www.cell.com/action/showPdf?pii=S0092-8674%2803%2900935-8
4)Godefroid Charbon, Matthew T. Cabeen, and Christine Jacobs-Wagner, Bacterial intermediate filaments: in vivoassembly, organization, and dynamics of crescentin., Genes & Development vol.23, pp.1131-1144 (2009)
http://genesdev.cshlp.org/content/23/9/1131.full.html
5)Izard, J. 2006. Cytoskeletal cytoplasmic filament ribbon of Treponema: A member of an intermediate-like filament protein family. J. Mol. Microbiol. Biotechnol. 11: 159–166.
6)Bagchi, S., Tomenius, H., Belova, L.M., and Ausmees, N. 2008.Intermediate filament-like proteins in bacteria and a cytoskeletal function in Streptomyces. Mol. Microbiol. 70: 1037–
1050.
7)Benjamin L. Springstein, Christian Woehle, Julia Weissenbach1, Andreas O. Helbig, Tal Dagan & Karina Stucken, Identification and characterization of novel filament-forming proteins in cyanobacteria., Nature Scientific Reports, vol.10, no.1894 (2020)
https://www.nature.com/articles/s41598-020-58726-9
8)S. E. Perry and D. H. Edwards, The Bacillus subtilis DivIVA Protein Has a Sporulation-Specific Proximity to Spo0J., J. Bacteriol., Vol. 188, No. 16 pp.6039–6043 (2006) doi:10.1128/JB.01750-05
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/16885474/
9)Rok Lenarcic et al., Localisation of DivIVA by targeting to negatively curved membranes. The EMBO Journal vol.28, pp.2272–2282 (2009) DOI: 10.1038/emboj.2009.129
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/19478798/
10)Choong-Min Kang et al., Wag31, a homologue of the cell division protein DivIVA, regulates growth, morphology and polar cell wall synthesis in mycobacteria. Microbiology, vol.154, pp.725–735 (2008) DOI 10.1099/mic.0.2007/014076-02007/014076
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/18310019/
11)Ki Woo Kim, Prokaryotic cytoskeletons: in situ and ex situ structures and cellular locations., Antonie Van Leeuwenhoek., vol.112(2): pp.145-157 (2019)
doi: 10.1007/s10482-018-1142-5.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30128891/
12)Harald Preisner, Eli Levy Karinb, Gereon Poschmannc, Kai Stühlerc, Tal Pupkob, and Sven B. Goulda, Parasites Comprises Proteins that Share Properties Common to Intermediate
Filament Proteins., Protist, Vol.167, pp.526–543, (2016)
http://dx.doi.org/10.1016/j.protis.2016.09.001
13)C. Dellacorte, D. S. Anderson, W. O. McClure, and D. L. Kalinoski, Neurofilament-Like Immunoreactivity in the Sea Anemone Condylactis gigantea (Cnidaria: Anthozoa)., The Biological Bulletin Vol.187, No.2, (1994)
https://doi.org/10.2307/1542242
14)Jung Shan Hwang, Yasuharu Takaku, Jarrod Chapman, Kazuho Ikeo, Charles N David, Takashi Gojobori., Cilium evolution: identification of a novel protein, nematocilin, in the mechanosensory cilium of Hydra nematocytes., Mol Biol Evol vol.25(9): pp.2009-2017 (2008)
doi: 10.1093/molbev/msn154
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/18635678/
15)Ben G . Szaro, Harish C. Pant, James Way, and James Batteyg, Squid Low Molecular Weight Neurofilamen Pt roteins are a Novel Class of NeurofilamentP rotein., J. Biol.Chem. Vol.266, No.23, pp.15035-15041, (1991)
16)Li-Qing Jin, Guixin Zhang, Brenton Pennicooke, Cindy Laramore, and Michael E. Selzer, Multiple neurofilament subunits are present in Lamprey CNS. Brain Res. vol.1370: pp.16–33. (2011) doi:10.1016/j.brainres.2010.11.037.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/21081119/
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