続・生物学茶話149: GABA その3 GABAB受容体
GABAの受容体には塩素イオンチャネルのGABAA受容体以外に、GPCRであるGABAB受容体が存在します。バウリーらは1980年に、GABAAのアンタゴニストである bicuculline が無効で、GABAAのアゴニストではない baclofen がアゴニストとして作用する新規のGABA受容体が存在することを示し、旧来の受容体をGABAA、新規受容体をGABABと命名しました(1、2、図149-1)。また彼らによって遺伝子構造も解明されました(3)。
図149-1 GABAB受容体の発見
カウプマンやベトラーらの研究によると、GABAB受容体は通常の7回膜貫通型GPCRではなく、ふたつのGPCRが結合し共同して作用するめずらしいタイプの(当時としては新規の)受容体であることが明らかになりました(4、図149-2)。図149-2は脳科学辞典から拝借しました(5)。現在ではこのタイプの受容体がいくつかみつかっていて、クラスCのGPCRとしてまとめられています。このなかにはGABABと同じようにヘテロダイマーを形成する味覚受容体(T1R、T2R)や、ホモダイマーを形成するグルタミン酸受容体などが含まれています。クラスCのGPCRは、いまのところ最も構造解析が遅れている受容体グループと言えます。
図149-2に示すように、GABAB受容体はR1(B1)とR2(B2)という細胞膜内で隣接する分子が、細胞内の両者の長いC末領域で複雑に絡まり合っていて、あたかも1分子のように動作します。R1はGABAの受容体として、R2はGタンパク質の結合因子としての役割を分担しています。すなわちR2はR1がGABAと結合したことを検知して、Gタンパク質をリリースするという段取りになります。ただし両者C末の細胞質内にあるからまりあった部分には、さまざまな転写因子や細胞骨格関連因子などが結合する部位があり、この受容体の多彩な役割を示唆しています。またR1の細胞外部位には「すしドメイン」と名付けられた部位があり、ここでは細胞外マトリクスの構成因子であるフィブリン2と結合することが知られています(6)。
図149-2 GABAB受容体の構造
R2に結合しているGαタンパク質は i 型で、GABAのシグナルによって遊離し、アデニル酸シクラーゼを阻害してcAMP合成を妨げる働きがあります。これによってタンパク質のリン酸化が低下します。また同じく遊離したGβγタンパク質によって、カリウムチャネルが開き、カルシウムチャネルが閉じられます。K+は細胞内濃度が高いので細胞外に流出し、過分極の方向、すなわち脱分極を防ぐ方向にコントロールされます。またカルシウムの流入が妨げられるのも同じ効果があります(6、7、図149-3)。
GABAA受容体はイオンチャネルなので、GABAシグナルに対する即時(ミリ秒単位)の反応を受け持ち、GABAB受容体は遅い反応(数百ミリ秒単位)または継続的な反応を受け持つと思われます(6、7)。
図149-3 GABAB受容体の機能
最近の研究によると、哺乳類と同様なヘテロダイマー仕様のGABAB受容体はショウジョウバエにも存在し、特にR1とR2が結合しているC末のコイルドコイルドメインの構造はよく保存されているそうです(8)。ヒトでもそうですがショウジョウバエのGABAシグナルは睡眠や概日リズムにも関与するようです(8-10)。またこのようにGABAB受容体が、前口動物と後口動物で同じような特異仕様になっているということは、それらのグループが分岐する以前の生物がこのような受容体を持っていたことを示唆します。
さらにGABAB受容体分子のルーツをたどっていくと、驚くべきことに細菌の細胞膜形成に重要な役割を果たしているペニシリン結合タンパク質までたどりつくことがわかりました(11)。もちろんこの場合ヘテロダイマーは形成していません。他のクラスC-GPCRとの関係もチュェンらが示してくれていたので(11)、図149-4に改変して示しました。これまでにもいろいろな神経伝達因子受容体についてみてきましたが、この場合も真核生物が出現する前後にこの分子がGPCRと一体化して情報伝達関連因子の受容体として進化し、さらに神経伝達因子受容体として流用されて、それが今日まで引き継がれていると思われます。
図149-4 ClassC GPCRの分子進化系統樹
さて再掲となりますが図149-5をみますと、GABAによる情報伝達に関しては、まだいくつかの重要な因子があることがわかります。まず⚪で示されているGABAトランスポーター(GAT)です。これにはいくつかのタイプがあり、シナプス前細胞にはGAT1型、シナプス周辺アストログリア細胞にはGAT3型、脳以外の臓器の細胞にはGAT2型が概ね局在しています。
図149-5 シナプス周辺のGABAの動向
GATは膜12回貫通型の細胞膜に埋め込まれたタンパク質で、C末・N末共に細胞内に露出します(図149-6)。GATがGABAを細胞内に取り込む際にGABA1分子につきナトリウムイオン2個と塩素イオン1個が移動しますが(12、図149-6)、ATPは使用しません。といってもナトリウムを取り込むと、ATPを使って排出することになるので、間接的にはATPのエネルギーを利用していることになります。
GABAが通過する部分はシーソーのような構造になっており、図149-6のように立体構造を変えることによってGABAを移動させます(12)。GABAを放出後、シナプス間隙の不要なGABA濃度が高まると、シナプス前細胞のGAT1がGABAをすみやかに回収します。アストログリア細胞のGAT3もGABAの回収に使われるようです。この両者によって約75%のGABAを回収できるとされています(12)。
アストログリア細胞(図149-5)が回収したGABAはグルタミン酸からグルタミンに変換され、トランスポーターを通してシナプス前細胞に受け渡されて再利用されます。シナプス前細胞は自ら回収したGABAと、アストログリア細胞から受け取ったグルタミンから合成したGABAを使用することができます。GABAが長時間シナプス間隙に残留するとまずい場合が多いので、このような回収システムがすみやかに稼働すると思われます。
図149-6 GABAトランスポーター(GAT)の作用機構
図149-5にもうひとつの役者VGATが⚫で記されています。VGATとは小胞GABAトランスポーター(vesicular gaba transporter) の略称で、GATとは全く異なるトランスポーターです。VGATはアミノ酸配列から9回膜貫通型のトランスポーターと考えられていて、細胞質のGABAとグリシンをシナプス小胞内に取り込むことができます(13)。小胞内にため込まれた神経伝達物質は、必要時にエキソサイトーシスによってシナプス間隙に排出されます(14)。
参照
1)N. G. Bowery, D. R. Hill, A. L. Hudson, A. Doble, D. N. Middlemiss, J. Shaw & M. Turnbull, (-)Baclofen decreases neurotransmitter release in the mammalian CNS by an action at a novel GABA receptor., Nature vol.283, pp. 92-94 (1980)
https://www.nature.com/articles/283092a0
2)Bowery NG, GABAB receptor pharmacology. Annual Review ofPharmacology and Toxicology vol.33: pp.109-147 (1993)
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/8388192/
3)Bowery, N.G. and Brown, D.A., The cloning of GABA(B) receptors. Nature vol.386, pp.223-224. (1997)
https://www.nature.com/articles/386223a0.
4)K Kaupmann 1 , K Huggel, J Heid, P J Flor, S Bischoff, S J Mickel, G McMaster, C Angst, H Bittiger, W Froestl, B Bettler, Expression cloning of GABA(B) receptors uncovers similarity to metabotropic glutamate receptors., Nature vol.386, pp.239-246. (1997) doi: 10.1038/386239a0.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/9069281/
5)脳科学辞典 GABA受容体
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/GABA%E5%8F%97%E5%AE%B9%E4%BD%93
6)Miho Terunuma、Diversity of structure and function of GABAB receptors: a complexity of GABAB-mediated signaling., Proc. Jpn. Acad., Ser. B 94 pp.390-411 (2018) doi: 10.2183/pjab.94.026
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30541966/
7)Bernhard Bettler, Klemens Kaupmann, Johannes Mosbacher, and Martin Gassmann, Molecular Structure and Physiological Functions of GABAB Receptors., Physiol. Rev., vol.84: pp.835–867, (2004)
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/15269338/
8)Shenglan Zhang et al., Structural basis for distinct quality control mechanisms of
GABAB receptor during evolution., The FASEB Journal. Vol.34, Issue 12., pp.16348-16363 (2020)
https://doi.org/10.1096/fj.202001355RR
https://faseb.onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1096/fj.202001355RR
9)名古屋大学・北海道大学プレスリリース 脳内の概日時計における抑制性神経の機能を発見!
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/medical_J/research/pdf/Com_Bio_20190621.pdf
10)https://www.taisho-direct.jp/simages/ad/hm/SS_t_b.html?utm_source=google-02&utm_medium=1001&utm_content=SS-basic&utm_campaign=ss&gclid=EAIaIQobChMI86H5nK7L8QIVA9GWCh0nYwAgEAMYASAAEgK8ZvD_BwE
11)Lei Chun, Wen-hua Zhang, Jian-feng Liu, Structure and ligand recognition of class C GPCRs., Acta Pharmacologica Sinica (2012) 33: 312–323 doi: 10.1038/aps.2011.186
https://www.nature.com/articles/aps2011186
12)Sadia Zafar and Ishrat Jabeen, Structure, Function, and Modulation of γ-Aminobutyric Acid Transporter 1 (GAT1) in Neurological Disorders: A Pharmacoinformatic Prospective. Front Chem. vol.6: article 397. pp.1-19 (2018)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6141625/
13)脳科学辞典 小胞GABAトランスポーター
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E5%B0%8F%E8%83%9EGABA%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%BC
14)脳科学辞典 シナプス小胞
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E3%82%B7%E3%83%8A%E3%83%97%E3%82%B9%E5%B0%8F%E8%83%9E
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