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2021年6月10日 (木)

続・生物学茶話146: 神経伝達物質としてのヒスタミン

ヒスタミンはイミダゾール骨格にエチルアミンの側鎖がついている構造の化学物質で、哺乳動物のほとんどすべての組織に含まれています。アミノ酸のひとつであるL-ヒスチジンから、L-ヒスチジン脱炭酸酵素による脱炭酸反応により生合成されます(1、図146-1)。ヒスタミンはおそらく太古の時代から生物がつくっていた物質で、図146-1の反応は細菌でも行うことができるものがいることが知られています。細菌がなぜこのような反応をおこなうかについては、一般的には酸性になった細胞内環境を中性にもどす役割が想定されていますが、そのほかの役割もあるようです(2)。

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図146-1 ヒスタミンの生合成

1907年にウィンダウス(図146-2)とフォークトによってヒスタミンが化学的に合成されたことが、ヒスタミン研究の実質的な出発点となりました(3)。ウィンダウスは1927年にノーベル化学賞を受賞していますが、それはコレステロールやビタミンの研究が評価されたものです。しかしノーベル財団のバイオグラフィーをみると、彼がヒスタミンを発見したことにも少しだけ触れてあります(4)。

合成ヒスタミンが使えるようになったので、デイルとレイドロー (図146-2)はまず10mgのヒスタミンをカエルの背中のリンパ嚢に注入したところ、カエルは大口を開けて、手足は伸びきり、明らかに中枢神経系の活動が抑制されたことが示されました。次に2mgのヒスタミンをウサギの静脈に注射すると、ウサギは平伏し、心臓の鼓動が不整で弱くなり、さらに2mg追加すると死亡するという結果を得ました。またヒスタミンがアナフィラキシーショックを引き起こすことがあるとも指摘しています(5)。デイルはレーヴィとともに神経伝達物質(アセチルコリン)を発見したことで有名で、その業績で1936年のノーベル生理学医学賞を受賞しています(6)。

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図146-2 ヒスタミン研究の先駆者達

ヒスタミンが100年以上も前から神経に関係した物質であることが知られていたとはちょっとした驚きです。ヒスタミンと聞いてすぐピンとくるのは抗ヒスタミン剤でしょう。日経メディカルのサイトを見ると多くの種類が掲載されています(7)。ヒスタミンが過剰に作用すると、じんましん・皮膚炎・鼻炎・ぜんそくなどのアレルギー反応や、ひどい場合にはアナフィラキシーショックを引き起こすこともあるので、それらを抑制するための抗ヒスタミン薬はほとんどの人がお世話になっているはずです。クロルフェニラミンは多くの風邪薬に含まれていますし、市販薬のメンソレータムやレスタミンコーワもおなじみです。

ヒスタミンは特定の内分泌器官から放出されるものではないので、ホルモンの定義からは逸脱していますが、主にマスト細胞(肥満細胞)、好塩基球、マクロファージ、神経細胞などが放出し、血圧降下、血管透過性亢進、平滑筋収縮、血管拡張、腺分泌促進、アレルギー反応・炎症の促進などの生理作用を持っています。図146-3に示したマスト細胞や好塩基球ではヒスタミンを含む顆粒が染色されて、はっきり見えます。マクロファージの場合だけ、ヒスタミンは細胞質にある顆粒内にストックされずフリーのまま放出されます(1)。

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図146-3 ヒスタミン顆粒

図146-4に皮下組織にみられるマスト細胞の電子顕微鏡写真を示します(3番の細胞、8)。cの矢印がヒスタミン顆粒を指しています。2番の細胞は線維芽細胞、左端に筋細胞が見えます。

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図146-4 電子顕微鏡で見るマスト細胞とヒスタミン顆粒

ヒスタミンの機能から考えると、それが作用しそうな免疫細胞・血管細胞・平滑筋細胞のほか神経細胞などもヒスタミンの受容体を持つと考えられます。現在発見されているすべてのヒスタミン受容体は膜7回貫通GPCR(G protein-coupled receptor、Gタンパク質共役受容体)であることがわかっています。図146-5ではGタンパク質のαサブユニットがGsである例を示しています。この場合ヒスタミンを受け取ったGPCRはGタンパク質と結合し、Gタンパク質はそれとともに結合していたGDPを解離してGTPと結合します。GTPと結合したαサブユニットはGPCRから解離してアデニル酸シクラーゼを活性化します。用が済むとαサブユニットはGTPを解離し、GDPと結合してβγサブユニットと結合して待機します(9)。

図146-5はウィキペディアの図(9)を改変したものですが、ここまではどの教科書でも似たような記述です。しかしGタンパク質がどのようなメカニズムでイオンチャネルに影響を及ぼすかについてはまちまちで歯切れが悪くなります。私も驚いたのですが、どうも詳細はわかっていないようです。なかにはβγサブユニットがイオンチャネルと結合しているような図が出ているものもありますが、どうなんでしょうか?

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図146-5 ヒスタミンとGPCR(Gタンパク質のαサブユニットがGsの場合)

ヒスタミンの受容体は現在4種類が知られており、それぞれの特徴をとりあえずウィキペディアからコピペしておきます(9、図146-6)。

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図146-6 4種類のヒスタミン受容体

ヒスタミンが脳神経系に存在することを最初に示したのはクフィアトコフスキで1943年のことです。古い論文ですがフリーでアクセスできます(10)。その後 Garbarg(発音不明)らはヒスタミンが脳の灰白部、特に神経末端に局在していることをつきとめました(11)。ヒトの脳ではヒスタミン系の神経伝達経路は、視床下部外側結節乳頭核 (Tuberomamillary nucleus) から脳全体に投射していることがわかっています(12、図146-8)。この総説を書いたハースはヒスタミン系神経伝達経路研究の中心人物のひとりで図146-7に写真を貼っておきました。

ヒスタミン神経系の実在を証明する上で、大阪大学の和田博と門下の渡邉建彦(図146-7)、遠山正彌らは大きな貢献をしました。彼らはヒスチジン脱炭酸酵素の抗体を作成して、脳におけるヒスタミン神経系の可視化に成功しました(13)。ただヒスタミンを大量に産生するマスト細胞が脳にも存在するのでまぎらわしい点があり、最終的にはマスト細胞を持たないミュータントマウスを使って証明することができたとのことです(13)。

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図146-7 ヒスタミンが神経伝達物質であることを明らかにした人々

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図146-8 ヒト脳におけるヒスタミン系神経伝達経路

ヒスタミンの作用は図146-6からも広汎であることがわかりますが、ひとつ注意すべきは免疫反応を促進するため、ぜんそく、じんましん、発熱などのアレルギー反応などを引き起こす悪者として扱われることもよくあります。しかしそれらはあくまでも生体防御反応の結果ですし、ヒスタミンは上記のように神経伝達物質として脳の機能に深く関わっているほか、平滑筋収縮、血小板凝集、胃酸分泌を促進するなどの重要な機能も持ち合わせています。

脳でのヒスタミンのはたらきのなかで、特に注目すべきはその覚醒維持作用です。ヒスタミン神経系は、眠らせようとするアデノシン-GABA系の神経系と拮抗しており、覚醒を維持するために重要なはたらきがあります(14、15)。三島先生の記事を引用すると「脳を最も強力に覚醒させる神経伝達物質の一つであるヒスタミンは結節乳頭核から大脳に投射されている。腹側外側視索前野はその結節乳頭核の活動を抑え込むことで眠気(睡眠)を誘発する。アデノシンは自身が産生されたクモ膜下腔のすぐ近くにある腹側外側視索前野を活性化し、結果的に眠気をもたらす(14)。」ということになります。ですから抗ヒスタミン剤(ドリエルなど)を投与されると、当然眠くなります(16)。この薬を服用した場合は、翌日も眠くなる可能性があるので、車の運転をしないなど行動には十分注意する必要があります(17、18)。

ヒスタミンが記憶を増進するという報告を最初に行ったのは de Almeida と Izquierdo (19)ですが、彼らの実験系には信頼性に乏しいところがあり、きちんと証明したのは亀井らのグループです(20)。文献20は彼らの過去の研究を振り返ってまとめて解説したレビューです。ラットは明るい部屋と暗い部屋を用意すると暗い部屋に集まります。そこで暗い部屋に入るとドアが閉じて5秒間電気刺激を与えます。これを1日1回行ない、10日間繰り返すとラットは暗い部屋に入っても2秒以内に明るい部屋に移動するように学習します。その後訓練を中止し6ヶ月たつと、ラットたちは暗い部屋を出るのに5~10秒くらいかかるようになります。記憶がおぼろになったわけですね。このようなラットたちにヒスタミンを投与すると有意に暗い部屋を出るまでの時間が短縮されました。そして受容体H1拮抗薬を同時投与すると記憶を蘇らせるヒスタミンの効果は消滅しました。H1作用薬(アゴニスト)を投与するとヒスタミンと同様の効果が見られましたが、H2作用薬を投与してもヒスタミンのような効果はみられませんでした。そのほかにも彼らは多くの実験を行ない、ヒスタミンが記憶に関与することを証明しました。

その後ヒスタミンH1、H2受容体のノックアウトマウスを使った実験などで、脳のヒスタミン系神経伝達システムが何らかの形で記憶に関与していることが示唆されています(21、22)。またパッサーニらはH2およびH3受容体を介して、ヒスタミンによる記憶の定着強化が行われていることを示しました(23)。

参照

1)ウィキペディア:ヒスタミン
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%9F%E3%83%B3

2)小栁喬 細菌たちよ,アミノ酸をなぜ脱炭酸する? 生物工学 第 95巻 第9号(2017)
file:///C:/Users/User/AppData/Local/Microsoft/Windows/INetCache/IE/CFQW7HJS/9509_biomedia_3.pdf

3)Windaus A, Vogt W. Synthese des Imidazolyl-athylamins. Ber. Dtsch. Chem. Ges. vol.40, pp.3691-3695 (1907)
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1002/cber.190704003164

4)Adolf Windaus Biographical  MLA style: Adolf Windaus Biographical. Nobe lPrize.org. Nobel Media AB 2019. Mon. 13 May 2019.
https://www.nobelprize.org/prizes/chemistry/1928/windaus/biographical/

5)Dale HH, Laidlaw PP. The physiological action of beta-iminazolylethylamine. J Physiol., vol.41(5):pp.318-344 (1910)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1512903/

6)https://morph.way-nifty.com/grey/2019/02/post-e2ed.html

7)日経メディカル 処方薬事典 抗ヒスタミン薬(内服薬・注射剤・貼付剤)の解説
https://medical.nikkeibp.co.jp/inc/all/drugdic/article/556e7e5c83815011bdcf82ab.html

8)K.Morioka 「Hair follicle Differentiation under the electron microscopy. An Atlas」
Springer-Verlag Tokyo (2005)

9)ウィキペディア:ヒスタミン受容体
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%9F%E3%83%B3%E5%8F%97%E5%AE%B9%E4%BD%93

10)Kwiatkowski H. Histamine in nervous tissue. J Physiol vol.102: pp. 32-41, (1943).
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1393435/

11)Monique Garbarg, Gilles Barbin, Jean Feger, Jean-Charles Schwartz., Histaminergic Pathway in Rat Brain Evidenced by Lesions of the Medial Forebrain Bundle.
Science Vol. 186, Issue 4166, pp. 833-835 (1974) DOI: 10.1126/science.186.4166.83307
https://science.sciencemag.org/content/186/4166/833?ijkey=7306dedf001ced6e0be14ccae7aea614ae2907&keytype2=tf_ipsecsha

12)Helmut L. Haas, Olga A. Sergeeva, AND Oliver Selbach., Histamine in the Nervous System., Physiol Rev vol.88: pp.1183-1241 (2008); doi:10.1152/physrev.00043.2007.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18626069

13)T.Watanabe and H.Wada (eds), Histaminergic neurons: Morphology and Fundtion. CRC Press (1991) Boca Raton, Florida

14)三島和夫 睡眠の都市伝説を斬る ナショナルジオグラフィック
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/web/15/403964/082900048/?P=3

15)筑波大学 報道資料 睡眠と覚醒を制御する神経回路を解明 ~視床下部睡眠中枢と覚醒中枢の神経接続の解明~ (2018)
file:///C:/Users/User/AppData/Local/Microsoft/Windows/INetCache/IE/PVA09UPG/180717sakurai-3.pdf

16)エスエス製薬 睡眠改善薬のメカニズム
https://www.ssp.co.jp/condition/insomnia/mechanism/

17)https://kotobank.jp/word/%E7%9D%A1%E7%9C%A0%E6%94%B9%E5%96%84%E8%96%AC-187116

18)https://www.min-iren.gr.jp/?p=5526

19)M A de Almeida, I Izquierdo, Memory facilitation by histamine., Arch Int Pharmacodyn Ther,
vol.283(2): pp.193-198. (1986)
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/3789882/

20)亀井千晃 ヒスタミン並びに関連化合物の中枢神経機能に対する効果 薬学雑誌 141巻1号 pp.93-110 (2021)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/yakushi/141/1/141_20-00197/_article/-char/ja

21)Hongmei Dai et al., Selective cognitive dysfunction in mice lacking histamine H1 and H2 receptors., Neurosci Res, vol.57(2): pp.306-313.(2007)
doi: 10.1016/j.neures.2006.10.020.

22)Gustavo Provensi, Maria Beatrice Passani, Alessia Costa, Ivan Izquierdo and Patrizio Blandina., Neuronal histamine and the memory of emotionally salient events., British Journal of Pharmacology vol.177 pp.557–569 (2020) DOI:10.1111/bph.14476

23)Maria Beatrice Passani, Fernand Benetti, Patrizio Blandina, Cristiane R.G.Furini, Jocianede Carvalho Myskiw, Ivan Izquierdo, Histamine regulates memory consolidation., Neurobiology of Learning and Memory, vol.145, pp. 1-6 (2017)
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S1074742717301296?via%3Dihub
https://daneshyari.com/article/preview/5043078.pdf

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