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2021年5月 5日 (水)

続・生物学茶話141: ドーパミンの普遍性とその役割

GFP(Green fluorescent protein) はオワンクラゲから発見された青色の光を吸収して緑色の蛍光を発色するタンパク質で、下村脩らによって発見され、彼らにノーベル賞が授与されました。現在では様々な色の蛍光を出すツールが開発されています。中井淳一らはこのタンパク質の発色団を取り巻くβシートにカルシウムを結合するタンパク質であるカルモジュリンと、そのカルシウム感受性を増強するミオシン軽鎖キナーゼM13フラグメントを結合させ、さらに構造をモディファイして、マイクロモル以下の少量であってもカルシウムが存在すると強い蛍光を発する高感度プローブを開発しました(1、2、図141-1)。

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図141-1 蛍光カルシウムセンサーの構造

筋細胞が神経からの指令を受けて脱分極すると、小胞体からカルシウムが細胞質に一時的に放出されるので(3)、図141-1のようなカルシウムセンサーを発現させておくと収縮する筋細胞を容易に検出できます。蛍光顕微鏡にビデオ装置をつけて観察すれば、連続的な記録も可能です。図141-2はルフェーブルらがフリーで提供してくれている線虫C.エレガンスの筋肉の動画をキャプチャーしたものです(4)。

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図141-2 筋収縮を蛍光発光で検出する

宇佐美らはこのG-CaMPを用いて、C.エレガンスが前進から後退へと行動を変化させる際にドーパミン作動性ニューロンが関与していることを示しました(5、6)。現在ではC.エレガンスの302個の神経細胞のうち8個がドーパミン作動性の神経細胞であることがわかっていて(雌雄同体の場合)、それらはこの生物の行動にさまざまな役割を果たしていることが明らかとなっています(7)。さらに驚くべきことに、ドーパミンは散在神経系しかもたない刺胞動物のヒドラにおいても、細胞間の伝達物質としての役割を果たしていることが明らかになっています(8)。最近の研究結果ではヒドラにドーパミンを与えると睡眠が促進されるようです(9)。脳がない生物にも睡眠は必要で、ヒドラが眠ることは以前から知られていました。ドーパミンは軟体動物の中枢および末梢神経系でも神経伝達物質として役割を果たしています(10)。

昆虫はアドレナリン・ノルアドレナリン系の神経伝達はありませんが、ドーパミン系は存在します(11)。岡田らの研究によれば、沖縄産のトゲオオハリアリは巣の“構成員”が全て同じ大きさと形をしており、順位争いで勝ったアリが繁殖権を得て女王となります。一方、順位争いに負けたそれ以外のアリは働きアリとなり、姉妹である幼虫の養育にあたることで集団の拡大に貢献する、という順位性の社会システムを持っています。順位争いに勝ったアリ(将来の女王アリ)と負けたアリ(将来の働きアリ)の脳内のドーパミン量を調べたところ、女王になるアリでは脳内のドーパミン量が上昇していることが明らかになりました。また、働きアリに人為的にドーパミンを投与したところ、繁殖促進効果が見られました。このことからドーパミンはアリ集団において、序列関係とアリ社会の役割分担(繁殖/子育て)とをつなぐ生理物質であると示唆されました(12)。

神戸大学の北條らの研究によれば、ムラサキシジミ(図141-3)の幼虫はアリに蜜を与えてドーパミンを減少させ、彼らの行動を操って自分の周りに留め置き、寄生蜂に卵を産み付けられないように警護させるそうです(13)。かなり多くの種類のアリがムラサキシジミの作戦に乗って警護役をひきうけるそうです。実際蟻に警護されている幼虫には、寄生蜂は卵を産み付けることができません(14)。これは考えようによっては、蟻を薬物中毒にして行動意欲を低下させ、餌には困らないというジゴロ的生活を提供することによって用心棒の役割をさせるという恐るべきテクニックです。このようなムラサキシジミとアリの関係を共生と言うかどうかは微妙だと思います。

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図141-3 ムラサキシジミとアリ

ドーパミン系の神経細胞はホヤにもあることがわかっているので(15)、左右相称動物以前からはじまって、冠輪動物・脱皮動物・後口動物と非常にユニーバーサルに存在する情報伝達のツールであることは明らかです。そこでいよいよヒトの脳では、ドーパミンは何をやっているのかということになりますが、ここに突っ込むということは脳科学の中枢となる大魔宮に突入するということなので、とりあえずリーバーマンとロングの本(16、図141-4)を読んでおそるおそるドアを開けてみました。この本は一般向けの本ですが、非常にきちんと書いてあります。ただ非常に話題を広くとっているので、これを読了するには大量のドーパミンを放出する必要がありそうです。

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図141-4 リーバーマンとロングの著書

著者はドーパミンと対峙する因子として、H&N(here and now)物質をあげています。これはオキシトシン・バソプレシン・エンドルフィン・エンドカンビノイド・セロトニン・ノルアドレナリンなどで、これらはヒトに満足感を与える役割を持っています。ドーパミンは満足感は与えず、それを得るための行動を促す役割があるとしています。私なりにまとめてみました。

ドーパミンの役割

[何らかの行動を起こそうという意思]= ドーパミン放出 → 行動

[実際の報酬]-[予測された報酬]= 報酬予測誤差 = ドーパミン放出 → 記憶

[バラ色の未来]-[惨めな現状]= 未来現状誤差 = ドーパミン放出 → 行動

[薬物による快感]-[薬物がない状態]= 薬物への渇望 = ドーパミン放出 → 行動・薬物依存

ドーパミンが過剰になると、現在を犠牲にしても未来のために努力するという生き方をするようになり、この例として著者は最初に月面歩行を成し遂げたバズ・オルドリンをあげています。彼はドーパミン過剰のために、3度の離婚・うつ病・アルコール依存症・精神病での入院など苦い人生を送ることになりました。

一方ドーパミンが不足すると、ヒトは未来の計画をめざすための行動ができなくなり、現在の感情のままに行動しようとします。ADHD(注意欠陥・多動性障害)はその代表例です。

参照

1)J Nakai, M Ohkura, and K. Imoto., A high signal-to-noise Ca2+ probe composed of a single green fluorescent protein., Nature Biotechnology, vol.19, pp.137-141 (2001)
https://www.nature.com/articles/nbt0201_137#citeas

2)中井淳一、大倉正道 GFPを用いた蛍光カルシウムプローブG-CaMPの開発
比較生理化学 vol.19 no.2 pp.135-145 (2002)

3)遠藤實 筋細胞におけるカルシウム・イオン動員機構とその薬理 日薬理誌 vol.94, pp.329-338 (1989)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/fpj1944/94/6/94_6_329/_pdf

4) Christophe Lefebvre et al., The ESCRT-II proteins are involved in shaping the sarcoplasmic reticulum in C. elegans., J Cell Sci vol.129 (7): pp.1490–1499.(2016)
https://journals.biologists.com/jcs/article/129/7/1490/56282/The-ESCRT-II-proteins-are-involved-in-shaping-the

5)Atsushi Usami, Keiko Gengyo-Ando, Yuko Nagamura, Yuka Yoshida, Norio Matsuki, Yuji Ikegaya, Junichi Nakai., Dynamic neuromuscular regulation in freely crawling C. elegans: High-resolution and large-scale in vivo Ca2+ imaging., Neurosci. Res., vol.71, p.e242 (2011) https://doi.org/10.1016/j.neures.2011.07.1058
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0168010211012417?via%3Dihub

6)宇佐美篤 学位論文要旨「ドパミンによる線虫 C.elegans の自発的な運動方向交替の調節」
http://gakui.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/data/h23/128357/128357-abst.pdf

7)Jason F. Cooper and Jeremy M. Van Raamsdonk, Modeling Parkinson’s Disease in C. elegans., Journal of Parkinson’s Disease vol.8, pp.17-32 (2018) DOI 10.3233/JPD-171258
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/29480229/

8)M Carlberg, M Anctil., Biogenic amines in coelenterates., Comp Biochem Physiol C Comp Pharmacol Toxicol., vol.106(1): pp.1-9. (1993)
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/7903605/

9)Hiroyuki J. Kanaya et al., A sleep-like state in Hydra unravels conserved sleep mechanisms during the evolutionary development of the central nervous system., Science Advances 07 Oct 2020:
Vol. 6, no. 41, eabb9415 DOI: 10.1126/sciadv.abb9415
https://advances.sciencemag.org/content/6/41/eabb9415

10)宗岡洋二郎 軟体動物末梢系の神経伝達物質 動物生理 vol.1, no.2, pp.41-49 (1984)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/hikakuseiriseika1984/1/2/1_2_41/_pdf/-char/ja

11)太田広人 昆虫生体アミン の分子薬理学的研究 日本農薬学会誌34(3),196−202(2009)
https://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_10878322_po_ART0009199063.pdf?contentNo=1&alternativeNo=

12)岡田泰和 アリ社会の"序列" 脳内のドーパミンが制御 東京大学 総合情報 (2015)
https://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/news/topics/20150409093506.html

13)Masaru K. Hojo, Naomi E. Pierce, Kazuki Tsuji., Lycaenid Caterpillar Secretions Manipulate Attendant Ant BehaviorLycaenid Caterpillar Secretions Manipulate Attendant Ant Behavior., Curr Biol., vol.25, issue 17, pp.2260-2264 (2015)
https://www.cell.com/current-biology/fulltext/S0960-9822(15)00819-2?_returnURL=https%3A%2F%2Flinkinghub.elsevier.com%2Fretrieve%2Fpii%2FS0960982215008192%3Fshowall%3Dtrue

14)Yui Nakabayashi, Yukari Mochioka, Makoto Tokuda, Issei Ohshima., Mutualistic ants and parasitoid communities associated with a facultative myrmecophilous lycaenid, Arhopala japonica, and the effects of ant attendance on the avoidance of parasitism., Entomol. Sci., vo.23, no.3, pp.233-244 (2020) https://doi.org/10.1111/ens.12417
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1111/ens.12417

15)Takeo Horie et al., Regulatory cocktail fordopaminergic neurons in aprotovertebrate identified bywhole-embryo single-celltranscriptomics., Genes & Dev. vol.32: pp.1297-1302 (2018)
http://www.genesdev.org/cgi/doi/10.1101/gad.317669.118.
http://genesdev.cshlp.org/content/32/19-20/1297

16)ダニエル・リーバーマン、マイケル・ロング著 「The molecule of MORE」 邦題は図141-4の通り、翻訳:梅田智世 インターシフト 2020年刊行

 

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