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2021年5月29日 (土)

続・生物学茶話144: モノアミントランスポーター

ドーパミン、セロトニンなどのモノアミンの細胞内への取り込みを実行するのは、モノアミントランスポーターという細胞膜に埋め込まれたタンパク質で、これについての研究はジュリアス・アクセルロッド(図144-1)によって扉が開かれました。彼はポーランド系のユダヤ人で、1933年にニューヨーク私立大学を卒業したのですが、その後仕事をしながらナイトスクールに通って修士の学位を得たりして苦学したそうです。結局Ph.Dの学位を得たのは1955年のことでした。その後ようやくNIHでポジションを得て、「モノアミン系神経伝達因子はシナプスから解放された後、再度シナプス前細胞にとりこまれて再利用される」ことを証明し、1970年にノーベル生理学医学賞を受賞しました(1、2)。自伝を書いていますが、そのタイトルに「late blooming」という言葉が加えられています(2)。ジョン・キルティ(図144-1)らによって1991年にドーパミントランスポーターの遺伝子がクローニングされ、その後詳細な分子生物学的研究が開始されました(3)。

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図144-1 ジュリアス・アクセルロッドとジョン・キルティ

モノアミントランスポーターは膜12回貫通型のタンパク質で、N末・C末共に細胞内にあります。イザベラ・ゴラルらが発表したノルアドレナリントランスポーターの模式図(4)を図144-2に示しておきます。これによれば、細胞膜に埋め込まれていない長めのループが、細胞外にも細胞内にも複数あるようです。ヒトのノルアドレナリントランスポーターは617個のアミノ酸で構成されていますが、彼らはノルアドレナリンを結合する上で重要なアミノ酸は Phenylalanine F72、 aspartic acid D75、 tyrosine Y152、 および phenylalanine F317 の4つであり、特にアミノ基をトラップするのはD75(アスパラギン酸)だということを解明しました。

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図144-2 ノルアドレナリントランスポーターの模式図

図144-3にウィキペディアに掲載されていたドーパミントランスポーターの立体構造(5)をコピペしました。このタンパク質は12本の貫通ペプチドに囲まれた内部の空間に塩素イオン・ドーパミン・ナトリウムイオンを順に取り込み、次に構造を転換して細胞質側に通路を形成し、それらを細胞質に放出するというメカニズムでドーパミンを細胞内に輸送すると考えられています(6、7)。

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図144-3 ドーパミントランスポーターの立体構造と輸送のメカニズム(構造図はパブリックドメイン、メカニズムは Jacob Eriksen のアイデア)

神経伝達物質として用いられるモノアミンは脊椎動物ではドーパミン・ノルアドレナリン・セロトニンに限られますが、昆虫など一部の無脊椎動物はオクトパミン・ティラミンを利用しています。これらの分子構造式を図144-4に記します。


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図144-4 モノアミン系神経伝達物質の分子構造式

分子生物学的研究の進展によって、モノアミントランスポーターすなわちドーパミントランスポーター(DAT)、ノルアドレナリントランスポーター(NAT)、セロトニントランスポーター(SERT)、オクトパミン・ティラミントランスポーター(OAT)はすべてSLC6というタンパク質ファミリーに所属することがわかりました。SLCファミリーは Solute carrier family の略で、このファミリーは細胞膜を分子が通過するために必要な400種類以上のタンパク質が所属する巨大な分子群で、さらに66のファミリーに分けられています。SLC6は上記の分子以外にグリシン、GABA、タウリンなどのトランスポーターも含みます。このグループに共通する特徴は、すべて膜12回貫通タンパク質であり、ナトリウムイオンとモノアミン分子を同時に細胞外から取り込むということです(8、9)。

SLC6のドーパミントランスポーターとセロトニントランスポーターはあらゆる左右相称動物以外に、刺胞動物にも存在するので、少なくとも6億年以上前からそれらの生物に共通する祖先もこの分子を保有していたと考えられます(10、11)。SLC6と同様にナトリウムイオンと共に他の分子を取り込むトランスポーターは細菌や古細菌にも存在し、これらは13~15の膜貫通領域を持っていることが知られています。もともとは外界のアミノ酸を栄養として細胞内に取り込む役割を果たしていたと思われます(12)。実際グリシン、GABA、タウリンなどはアミノ酸なので、当時からの伝統は私たち人類にも引き継がれています。つまり進化の過程で、神経伝達物質の回収などという作業にこれらの分子が流用されたわけです。

左右相称動物はその後前口動物と後口動物に分岐しますが、前口動物は新たにオクトパミンとティラミンという神経伝達物質を獲得し、後口動物はアドレナリンとノルアドレナリンを獲得しました。それに伴ってトランスポーターも進化しました。Stanley Caveney らは様々な動物のモノアミントランスポーターを調査し、また他の研究者達の研究結果を統合して分子系統樹を作成しました(13)。簡略化して彩色し、日本語化した図を図144-5として示します。

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図144-5 モノアミントランスポーターの分子系統樹(Stanley Caveney らによる研究成果を模式図にしたもの)
SERT:serotonin transporter, iDAT:invertebrate dopamine transporter, MAT:monoamine transporte, OAT:octopamine-tyramine transporter, NAT:noradrenaline transporter

この系統樹は様々な興味深い示唆を与えてくれます。セロトニンのトランスポーター(SERT)の進化はシンプルです。始原的な左右相称動物(ウルバイラテリア)が持っていた分子がそのまま子孫に継承され、進化と共に放散していったことが想像されます。ドーパミントランスポーターの場合はやや複雑です。無脊椎動物の多くは2系統の分子を保有していますが、脊椎動物は1系統しか保有していません。脊椎動物に近い棘皮動物のウニは両者を保有していることから、脊椎動物はその分岐の根元あたりで1系統を失ったものと思われます。

無脊椎動物だけが持つドーパミントランスポーターは iDAT(inveretebrate dopamine transporter) としてまとめられています。昆虫などはもう一系統をOAT(octopamin-tyramine transporter) として進化させました。ウニやナメクジウオはもう一系統をノルアドレナリントランスポーターとして進化させました。脊椎動物はドーパミントランスポーターとして使い続けざるを得なかったわけですが、この系統から新たにノルアドレナリントランスポーターを分岐させて、新たな分子を獲得しました(図144-5)。これらの進化的に新しい分子群をまとめてMAT(monoamine transporter) とよびます(図144-5)。ですから脊椎動物のDATは、無脊椎動物のiDATよりOATやNATに近縁ということになります。

さてここでひとつの疑問は、ではアセチルコリンやアドレナリンはどうやってとりこまれているのかということなのですが、アセチルコリンの場合、コリンエステラーゼですぐにコリンに変換されてしまいます。コリンは細胞膜の成分であり、トランスポーターなしで細胞にとりこまれるので問題はありません。アドレナリンについては、図144-5のMAT系トランスポーターは特異性が低く、アドレナリンもついでにトランスポートされるようです。

 

参照

1)Wikipedia: Julius Axelrod
https://en.wikipedia.org/wiki/Julius_Axelrod

2)Julius Axelrod, Journey of a Late Blooming Biochemical Neuroscientist.,
J Biol Chem, vol.278(1): pp.1-13. (2003) doi: 10.1074/jbc.X200004200.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/12414788/

3)Kilty JE, Lorang D, Amara SG. Cloning and expression of a cocaine-sensitive rat dopamine transporter. Science, vol.254(5031): pp.578–579. (1991) doi: 10.1126/science.1948035.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/1948035/

4)Izabella Góral, Kamil Łątka and Marek Bajda., Structure Modeling of the Norepinephrine Transporter., Biomolecules vol.10(1), 102; (2020) https://doi.org/10.3390/biom10010102
https://www.mdpi.com/2218-273X/10/1/102/htm

5)Wikipedia: Monoamine transporter
https://en.wikipedia.org/wiki/Monoamine_transporter

6)Jacob Eriksen, PhD thesis - Københavns Universitet  (2009)
https://curis.ku.dk/ws/files/19986106/PhD_Thesis_Jacob_Eriksen.pdf

7)Pramod Akula Bala, James Foster, Lucia Carvelli, and L. Keith Henry., SLC6 Transporters: Structure, Function, Regulation, Disease Association and Therapeutics., Mol Aspects Med., vol. 34(2-3): pp.197–219. (2013) doi: 10.1016/j.mam.2012.07.002
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3602807/

8)Wikipedia: Neurotransmitter sodium symporter
https://en.wikipedia.org/wiki/Neurotransmitter_sodium_symporter

9)N-H Chen, M.E.A. Reith and M. W. Quick, Synaptic uptake and beyond: the sodium- and chloride-dependent neurotransmitter transporter family SLC6. Pflügers Archiv volume 447, pages 519–531 (2004)
https://link.springer.com/article/10.1007/s00424-003-1064-5

10)Hay-Schmidt, A., The evolution of the serotonergic nervous system. Proc. R. Soc. London B Biol. Sci., vol.267, pp.1071-1079.(2000)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1690648/

11)Raible, F. and Arendt, D., Metazoan evolution: some animals are more equal than others. Curr. Biol. vol.14, R106-R108. (2004)
https://www.researchgate.net/publication/6747527_Metazoan_Evolution_Some_Animals_Are_More_Equal_than_Others

12)Tania Henriquez, Larissa Wirtz, Dan Su, and Heinrich Jung., Prokaryotic Solute/Sodium Symporters: Versatile Functions andMechanisms of a Transporter Family., Int. J. Molec. Sci., vol.22, 1880 pp.1-21 (2021) . https://doi.org/10.3390/ijms22041880
file:///C:/Users/morph/AppData/Local/Temp/ijms-22-01880-v3.pdf

13)Stanley Caveney, Wendy Cladman, LouAnn Verellen and Cam Donly., Ancestry of neuronal monoamine transporters in the Metazoa., J. Exp. Biol., vol.209, pp.4858-4868 (2006) doi:10.1242/jeb.02607
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/17142674/


 

 

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