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2021年4月 5日 (月)

続・生物学茶話137: アドレナリンとノルアドレナリン

アドレナリンはホルモンであると同時に神経伝達因子であるという物質です。ホルモンとしては副腎髄質で合成され血中に放出されて、心拍数を上げる、血圧を上げる、瞳孔を開く、血糖値を上げる、消化管の活動を抑制する、痛みを感じないようにする、など「興奮状態」あるいは「闘争に適した状態」を作り出すとされていますが、実際にはもう少し複雑です。

アドレナリンはアミノ酸のひとつであるL-チロシンから4つのステップを経て生合成されます(1、図137-1)。まずチロシンのベンゼン環にもうひとつOHをつけ、次にカルボキシル基を取り外しドーパミンとなります。この時点でアミノ酸ではなくなり、カテコールアミンというグループの化合物が形成されます。ドーパミンは中枢神経系の神経伝達物質のひとつであり、かつアドレナリン合成の中間生成物でもあります。これにさらにOHが添加され、ノルアドレナリンができます。ノルアドレナリンにS-アデノシルメチオニンから持ってきたメチル基をひとつ添加することによって、アドレナリンが合成されます。

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図137-1 アドレナリンの生合成

アドレナリンの情報を細胞の受容体がキャッチしなければいけないわけですが、アセチルコリンの場合GPCRとイオンチャネルの2つのタイプがありました(2)。アドレナリンではどうでしょうか? 1948年にジョージア大学の薬理学者アルクイスト(図137-2)が得た結論は結構複雑なものでした。正確を期すため原文を引用しておきます。

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The alpha adrenotropic receptor is associated with most of the exitatory functions
(vasoconstriction, and stimulation of the uterus, nictitating membrane, ureter and dilator pupillae) and one important inhibitory function (intestinal relaxation). The beta adrenotropic receptor is associated with most of the inhibitory functions (vasodilation, and inhibition of the uterine and bronchial musculature) and one excitatory function (myocardial stimulation).

(拙訳)α型アドレナリン受容体は多くの興奮性機能(血管収縮、子宮・瞬膜・尿管・瞳孔拡張の刺激)とひとつの重要な抑制的機能(腸の弛緩)と関係があり、β型アドレナリン受容体は多くの抑制的機能(血管拡張・子宮や気管支の筋肉組織の抑制)とひとつの興奮性機能(心筋の刺激)に関係があります。

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現在ではアドレナリン受容体はα1型3種類、α2型3種類、β型3種類の計9種類が存在することが明らかになっています。図137-2にリストアップしました。機能は多岐にわたっていますが、このリストでは一部のみ記しています。もう少し詳しいリストを図137-4に掲載しています。

ノルアドレナリンはアドレナリン合成の中間生成物ですが(図137-1)、アドレナリンと同様ホルモンかつ神経伝達因子としての役割を持っています(4)。図137-2を見てもわかるように、アドレナリン・ノルアドレナリンは私たちを戦闘態勢にさせるとはいっても、実際はそれほど単純ではなく、リガンド(アドレナリン・ノルアドレナリン)および受容体の機能の多様性による調整も確保したものであることがわかります。受容体は基本的にアドレナリンとノルアドレナリンに共通ですが、アドレナリンに親和性が高いもの、ノルアドレナリンに親和性がたかいもの、両者に対して親和性が高いものに分かれており、アドレナリンとノルアドレナリンの使い分けが可能になっています(図137-2)。

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図137-2 レイモンド・アルクイストとアドレナリン作動性受容体の多様性

9種類の受容体はすべて膜7回貫通3量体Gタンパク質共役受容体(GPCR=GTP-binding protein-coupled receptor )です(図137-3)。アセチルコリンの受容体はイオンチャネルの場合もあるので、アドレナリンによる情報伝達はアセチルコリンほど迅速でなくても大丈夫だということなのでしょう。

GPCRは生物が発明したタンパク質の中でも最大級に重要なタンパク質であり、「薬のすべてがわかる!薬学まとめ」によると、「医療に用いられている薬の約半数は、直接的もしくは間接的にGPCRを標的としている。世の中にある薬の半分はGPCRが関わっているということである。」のだそうです(5)。細胞を家に例えればGPCRはポストに例えられるでしょう。注意すべきは、誰が開封して読むか(Gタンパク質)によってとる行動は異なるということです。

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図137-3 受容体が結合しているGタンパク質による機能の違い

α型には3量体Gタンパク質のαサブユニットがGqのもの(α1型)とGiのもの(α2型)があり、α1型はアセチルコリン受容体のM1、M3、M5型の場合と同様に、GqがPLC(フォスフォリパーゼC)を活性化し、PLCがイノシトール4,5-ビスリン酸をイノシトール3リン酸(IP3)とジアシルグリセロール(DAG)に分解し、IP3はERからのカルシウム放出、DAGはプロテインキナーゼCを活性化します。これらの反応が筋収縮などの引き金となり、生物が活発に活動するあるいは戦闘態勢にはいるための準備を行います(図137-4)。

α2型はシナプス前細胞にも存在し、放出されたアドレナリン・ノルアドレナリンをトラップして、これらの情報伝達因子が後細胞や作動細胞にいかないように抑制する役割があります。つまり過剰な反応を調整する役割を担っています。α2型はアセチルコリン受容体のM2、M4型と同じく、共役するGタンパク質のαサブユニットはGiであり、これはアデニルシクラーゼの活性を阻害してcAMPのレベルを低下させ、cAMP依存性プロテインキナーゼの活性を抑制するほか、グリコーゲンや脂肪の分解を抑制する、心筋を弛緩させる、血小板を活性化するなど、生物が休養・食事・睡眠などを行なうのに適した状態を維持するはたらきがあります(図137-4)。

β型は共役するGタンパク質のαサブユニットがGsであり、GsはGiと正反対にアデニルシクラーゼを活性化する作用を持ち、cAMPの濃度を上昇させます。したがってβ型はα2型とは正反対の生理作用をもたらします。心筋を収縮させ、異化代謝を活性化しますが、平滑筋は弛緩させます。腸を動かすのは平滑筋ですが、食事している場合じゃないということでしょうか(図137-4)。図137-4は文献6等を参考にして作成しました。

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図137-4 アドレナリン・ノルアドレナリン受容体の機能のリスト

アドレナリン・ノルアドレナリンの特徴は神経伝達物質であると同時に、副腎髄質から分泌されるホルモンでもあるということです。これはおそらく生物の進化の過程で、様々な事情で生まれてきたメカニズムであり、もし神様が生物を作ったとしたら、決してこんな混乱を生む可能性があるシステムにはしなかったでしょう。何が起こるかはアドレナリン・ノルアドレナリンが直接決めるのではなく、上記のように受容する細胞のGタンパク質の機能に依存するというワンクッション置いたメカニズムが優れていて、このようなシステムでも混乱が起こらないようになっています。

最近新型コロナウィルスワクチンによってアナフィラキシーショックが発生したときに、アドレナリンを投与するとショックが軽減されるということで、アドレナリンが話題になりました。2011年の Rosas-Ballinaらの報告によると、迷走神経の興奮によって、脾臓に投射する迷走神経から(例外的に)ノルアドレナリンが放出され、その刺激を受けてCD4+T細胞がアセチルコリンを産生し(7)、このアセチルコリンがマクロファージにおける炎症性サイトカインの産生を阻害するということがわかりました(8)。昔からストレスがたまる(交感神経系が活発に活動する)と免疫系の活動が低下して病気になりやすくなるといわれていましたが、ようやく21世紀になってそのメカニズムが明らかになりつつあります。アドレナリンを投与するとアナフィラキシーショックを軽減できるというのも、このメカニズムに関係していると思われます。

 

参照

1)脳科学辞典:アドレナリン
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E3%82%A2%E3%83%89%E3%83%AC%E3%83%8A%E3%83%AA%E3%83%B3

2)続・生物学茶話135: アセチルコリンによる情報伝達
https://morph.way-nifty.com/grey/2021/03/post-5df6c6.html

3)R. P. Ahlquist, A study of the adrenotropic receptors. Am. J. Physiol., vol.153, no.3, pp.586-600 (1948)
https://journals.physiology.org/doi/abs/10.1152/ajplegacy.1948.153.3.586

4)Wikipedia: History of catecholamine research.
https://en.wikipedia.org/wiki/History_of_catecholamine_research

5)薬のすべてがわかる!薬学まとめ  Gタンパク質共役型受容体(GPCR)
http://kusuri-yakugaku.com/pharmaceutical-field/pharmacolory/receptor/membrane-receptor/gpcr/

6)管理薬剤師.COM
https://kanri.nkdesk.com/hifuka/sinkei25.php

7)Rosas-Ballina, M., Olofsson, P. S., Ochani, M. et al.: Acetylcholine-synthesizing T cells relay neural signals in a vagus nerve circuit. Science, vol.334, pp.98-101 (2011)
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/21921156/

8)Andersson, U. & Tracey, K. J.: Reflex principles of immunological homeostasis. Annu. Rev. Immunol., vol.30, pp.313-335 (2012)
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/22224768/

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