« J-POP名曲徒然草211: いちご白書をもう一度 by 石川ひとみ | トップページ | レイキャヴィック近郊の火山が噴火 »

2021年3月18日 (木)

続・生物学茶話134: 高親和性コリントランスポーター

前のセクションでも述べましたが、アセチルコリンはコリンとアセチルCoAからコリンアセチルトランスフェラーゼという酵素の作用で合成されます(図134-1)。この酵素とアセチルCoAは通常細胞内に必要量がありますが、コリンは大部分を栄養として摂取する必要があるので不足しがちです。特に神経細胞はコリンを合成する能力が低いので、図134-1の反応を進行させるためにはコリンを外界から取り入れる必要があります。つまりこの反応はコリンの濃度が律速しています(1)。

1341a

図134-1 アセチルコリンの合成

アセチルコリンは最初に発見された神経伝達物質で、発見者であるレーヴィとデイルは、昔々の1936年にノーベル賞を受賞しているわけですが(2)、神経細胞におけるコリンの供給に関する研究は非常に難航して現在に至っています。コリンを外界から取り込むためのトランスポーターの全貌が明らかになったのは最近のことです(3)。

1990年頃に後述する様々な神経伝達物物質のトランスポーター遺伝子が次々とクローニングされる中で、コリントランスポーターの研究は屍累々の有様でした(4)。その突破口は思わぬところにありました。1998年にC.エレガンス(線虫)の全ゲノムが解明され、C.エレガンスもコリントランスポーターを持つことから、奥田等は線虫のゲノム塩基配列情報を利用してcDNAの発現クローニングを行なうことにしました。彼らは候補のcDNAをひとつづつアフリカツメガエルの卵母細胞にいれて発現させ、ついに高親和性コリントランスポーター(CHT1)の遺伝子をつきとめました(5)。

奥田らは当初高親和性コリントランスポーターは膜12回貫通蛋白質だと考えていたようですが(4)、後に13回膜貫通蛋白質として確定されました(6)。この結果、N末は細胞外にあり、C末はかなり長いペプチド鎖が細胞内に突出していることになります(図134-2)。

コリントランスポーターの構造解明が遅れたのは、これが他の神経伝達物質のトランスポーターとの類似性がなく、意外なことにグルコーストランスポーターと類似していたことに、構造が解明されるまで誰も気が付かなかったことが大きな要因でした(4)。コリンはもともと栄養物質であり、進化の過程で神経伝達物質として流用されたからこのようなことになったのでしょう。実際コリントランスポーターはグルコーストランスポーターと同様ナトリウムイオンに依存して活動し(7)、アミノ酸配列のホモロジーも20-26%認められました(8)。他の神経伝達因子とのホモロジーは認められませんでした。ラットのCHT1は580個のアミノ酸からなるタンパク質で、マウスとは98%、ヒトとは93%のホモロジーが認められました(9)。

1342a

図134-2 高親和性コリントランスポーターの構造

ここまで述べてきた神経伝達に関与するコリントランスポーターは高親和性トランスポーター(CHT1)のことですが、コリンはフォスファチジルコリン、スフィンゴミエリン、S-アデノシルメチオニンの合成などにも寄与しており、中親和性トランスポーター(CTL1~CTL5)、低親和性トランスポーター(OCT1~OCT2)が知られています(10)。これらのトランスポーターは血液脳関門においても重要な役割を果たしていると思われますが、神経伝達に直接関与してはいないようなので、ここでは文章の脈絡上触れないでおきます。

さてようやくCHT1の遺伝子やタンパク質の構造がわかってきたところで、ひとつ難解な問題が発生しました。それはこのトランスポーターが細胞膜には少なく、なんと多くはシナプス小胞に局在することが判明したのです(11、12)。トランスポーターが細胞膜にあって、その開閉が化学物質で制御されているという普通のメカニズムならアプローチは簡単だったのですが、生物はこのトランスポーターについてはそのような方式はマイナーであり、メジャーにはもっとややこしい方式を採用したことになります。細胞膜にあるCHT1はクラスリン依存性または非依存性のエンドサイトーシスによって小胞にとりこまれ、同時に外界のコリンも取り込まれます。細胞内小胞膜のCHT1は向きが逆になり、小胞内のコリンを細胞質に輸送します。エンドサイトーシスによる小胞内のナトリウムイオン濃度は細胞質より高いので輸送は可能です(図134-3)。

細胞質にはアセチルCoAとコリンアセチルトランスフェラーゼが常に存在するので、コリンはアセチルコリンに代謝されます。アセチルコリンはシナプス小胞膜の小胞アセチルコリントランスポーター(VAchT)によりシナプス小胞に取り込まれ蓄積されます。脱分極が発生すると、シナプス小胞はエキソサイトーシスによってアセチルコリンをシナプス小胞に放出し、小胞膜にあったCHT1は細胞膜に引き取られて局在を変えます。シナプス間隙に放出されたアセチルコリンはアセチルコリンエステラーゼによってコリンと酢酸になります。コリンの一部は細胞膜に局在を変えたCHT1によって細胞に取り込まれますが、CHT1の局在から考えると、エンドサイトーシスによって取り込まれる方式がメジャーだと思われます。細胞膜のCHT1もエンドサイトーシスの結果、小胞の膜に取り込まれます(9、図134-3)。

1343a

図134-3 コリンとアセチルコリンの往来

図134-3に描いてあるなかにも謎があります。たとえばエンドサイトーシスによって発生した小胞とアーリーエンドソームとの関係です。小胞内が酸性になるとCHT1の機能が失われるという報告もあります(13)。またCHT1がどのようなメカニズムでシナプス小胞に集められるかがわかりません。エンドサイトーシスで発生した小胞とシナプス小胞に直接の関係があるのか、すべてアーリーエンドソームを介して吸収と発生を繰り返しているのかも謎です。

参照

1)脳科学辞典: アセチルコリン
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E3%82%A2%E3%82%BB%E3%83%81%E3%83%AB%E3%82%B3%E3%83%AA%E3%83%B3

2)続・生物学茶話132: 化学シナプスの実在とカルシウムチャネル
https://morph.way-nifty.com/grey/2021/03/post-bb9eed.html

3)Takashi Okuda et al., Transmembrane Topology and Oligomeric Structure of the High-affinity Choline Transporter., J. Biol. Chem., vol.287, no.51., pp. 42826-42834 (2012)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3522279/

4)奥田隆志、芳賀達也: 高親和性コリントランスポーター -ゲノム情報を利用したクローニング-
蛋白質 核酸 酵素 45巻 10号 pp 1722-1727 (2000)

5)Takashi Okuda et al.,  Identification and characterization of the high-affinity choline transporter., Nature Neuroscience, vol. 3, pp. 120-125 (2000)
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/10649566/

6)Haga, T., Molecular properties of the high-affinity choline transporter CHT1., J. Biochem. vol. 156(4): pp. 181–194 (2014) doi:10.1093/jb/mvu047
https://www.researchgate.net/publication/264390083_Molecular_properties_of_the_high-affinity_choline_transporter_CHT1

7)Okuda T. and Haga T., Functional characterization of the human high-affinity choline transporter. FEBS Lett. 484, 92–97 (2000)
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/11068039/

8)Apparsundaram S., Ferguson S. M. and Blakely R. D., Molecular cloning and characterization of a murine hemicholinium-3-sensitive choline transporter. Biochem. Soc. Trans. 29, 711–716 (2001)

9)Fabiola M. Ribeiro et al., The "ins" and "outs" of the high-affinity choline transporter CHT1., Journal of Neurochemistry, vol.97, pp.1–12 (2006) doi:10.1111/j.1471-4159.2006.03695.x
https://portlandpress.com/biochemsoctrans/article-abstract/29/6/711/63047/Molecular-cloning-and-characterization-of-a-murine?redirectedFrom=fulltext

10)岩尾 紅子、稲津 正人: 血液脳関門におけるコリントランスポーターの機能発現 Functional expression of choline transporters in blood-brain barrier., 東大医誌 vo.75 (1), pp. 74-77 (2017)
file:///C:/Users/morph/AppData/Local/Temp/toidaishi075010074.pdf

11)Ferguson S. M., Savchenko V., Apparsundaram S., Zwick M., Wright J., Heilman C. J., Yi H., Levey A. I. and Blakely R. D., Vesicular localization and activity-dependent trafficking of presynapticcholine transporters. J. Neurosci. vol.23, pp.9697–9709 (2003)
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/14585997/

12)Nakata K., Okuda T. and Misawa H., Ultrastructural localization of high-affinity choline transporter in the rat neuromuscular junction: enrichment on synaptic vesicles. Synapse vol.53, pp.53–56 (2004)
https://keio.pure.elsevier.com/ja/publications/ultrastructural-localization-of-high-affinity-choline-transporter

13)Hideki Iwamoto, Randy D Blakely, Louis J De Felice., Na+, Cl-, and pH dependence of the human choline transporter (hCHT) in Xenopus oocytes: the proton inactivation hypothesis of hCHT in synaptic vesicles., J Neurosci., vol.26(39), pp.9851-9859, (2006) doi: 10.1523/JNEUROSCI.1862-06.2006.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/17005849/

| |

« J-POP名曲徒然草211: いちご白書をもう一度 by 石川ひとみ | トップページ | レイキャヴィック近郊の火山が噴火 »

生物学・科学(biology/science)」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« J-POP名曲徒然草211: いちご白書をもう一度 by 石川ひとみ | トップページ | レイキャヴィック近郊の火山が噴火 »