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2021年3月23日 (火)

続・生物学茶話135: アセチルコリンによる情報伝達

神経伝達物質やホルモンの研究において、自然にはないのに同様な作用を示す試薬であるアゴニストは重要です。なぜならアゴニストは通常より強く作用するとか、長時間作用するとか、一部の受容体にだけ作用するとかさまざまな条件変更ができるので、生体分子だけを用いる実験よりも多くの情報を得ることができるからです。アセチルコリンの研究で用いられる代表的なアゴニストはムスカリンとニコチンです。

ムスカリン(英語ではマスカラン)はベニテングタケなどある種のキノコに含まれる有毒アルカロイドで、食べると副交感神経を過剰に刺激し死に至る場合もあります。構造式はアセチルコリンに類似していて、アセチルコリンの作用を模倣するアゴニストです(1、図135-1)。19世紀の半ばから抽出され性質が調べられてきましたが(2)、構造が最終的に確定されたのは1957年です(3)。ムスカリンはアセチルコリンと違って、アセチルコリンエステラーゼによって代謝されないので、効果が長引きます。

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図135-1 ムスカリン

アセチルコリンの受容体の中には、ムスカリンには反応せず、ニコチンと結合するグループもあります。ムスカリンに反応するグループをムスカリン性アセチルコリン受容体、ニコチンに反応するグループをニコチン性アセチルコリン受容体といいます。ニコチンは主にたばこの葉に含まれ、昆虫に対して強い毒性を持ち、昆虫による食害を嫌う植物によって発明された化合物と考えられています(4)。ニコチンは一見それほどアセチルコリンと構造が似ているようにはみえませんが、アゴニストとして作用します。ニコチンの構造は19世紀末には報告されていたようです(5)。ニコチンはムスカリンと違って脳血管関門を突破して脳に作用するので、依存性など様々なリスクを発生させます。

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図135-2 ニコチン

さてシナプス間隙に放出されたアセチルコリンを、シナプス後細胞や組織の細胞表層にある受容体が受け取らなければなりません。シナプス間隙はわずか20~40nmというリボソーム一つ分くらいの距離なので、分子の拡散によって短時間で受け取ることができると考えられます。アセチルコリンを受け取るための受容体には、上記のようにムスカリン性受容体グループとニコチン性受容体グループがあります(6)。

ムスカリン性アセチルコチン受容体には5つのサブタイプがあり、それぞれM1~M5と命名されています。組織によって主に存在するサブタイプに違いがあり作用が異なります(7)。図135-3に一覧を示しました。

ムスカリン性アセチルコチン受容体は、7回膜貫通型のGタンパク質共役受容体(GPCR=G protein-coupled receptor)であり(8)、主に副交感神経の活動に関与しています。リガンドを受け取ると、細胞内ドメインに結合している3量体Gタンパク質(αβγ)が解離することによってその役割を果たします。結合している3量体Gタンパク質のαサブユニットには2つのタイプがあり、その違いによってM1、M3、M5が持つG蛋白質はGq型、M2、M4が持つG蛋白質はGi型とよばれます(7、図135-3)。

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図135-3 ムスカリン性アセチルコリン受容体

アセチルコリンまたはムスカリンが受容体に結合すると、Gq型の場合受容体に結合していた3量体G蛋白質がα と β+γ に解離し、GDPと結合していた α はGDPと解離してGTPと結合します。GTPと結合したα (Gq型α-GTP)はフォスフォリパーゼCを活性化します。この酵素の作用によって、フォスファチジルイノシトール4,5-ビスリン酸がジアシルグリセロール(DAG)とイノシトール3リン酸(IP3)に分解され、DAGはプロテインキナーゼCを活性化し、各種のタンパク質のリン酸化が促進されます。またIP3は小胞体のIP3受容体に結合して、細胞質にカルシウムを放出させます(9、図135-4)。

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図135-4 Gq型の作用機構

Gi型の場合、αサブユニットがGTPと結合するところまでは同じですが、Gi型α-GTPはアデニルシクラーゼ活性を阻害し、ATPからサイクリックAMP(cAMP)が合成される反応を抑制します。この結果cAMPプロテインキナーゼの活性が抑制され、様々なタンパク質のリン酸化が抑制されます(9、10、図135-5)。ですから図135-3のM2、M4の場合など、筋収縮やさまざまな異化的代謝を抑制するなど、生物が休養・食事・睡眠などをとるのに適した働きをします。

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図135-5 Gi型の作用機構

ニコチン性アセチルコリン受容体はGタンパク質共役受容体(GPCR)ではなく、受容体そのものがイオンチャネルです。ですからムスカリン性アセチルコリン受容体とは全く異なる構造とメカニズムで動作するグループです。ニコチン性アセチルコリン受容体にも3つのサブグループがあります。それらは筋肉型(NM型) : 神経筋接合部に分布、末梢神経型(NN型):自律神経節、副腎髄質に分布、中枢神経型(CNS型):シナプスに分布です(6)。これらの3つの型は、Gq型とGi型のようにメカニズムが異なるわけではなく、すべてリガンドの結合によってチャネルが開くというメカニズムで動作します。脳科学辞典では骨格筋型(Nm型)と神経型(Nn型)の2種類に分類しています(11)。

ニコチン性アセチルコリン受容体の構造は、宮澤らによる極低温高分解能電子顕微鏡を用いた研究によって解明されました(12、13、図135-6)。この分子は(α、α、β、γ or ε、δ)の5つのサブユニットからなり、それらが環状に配置されてイオンチャネルを形成しています。それぞれのサブユニットは細胞膜を4回貫通しています。5つのサブユニットからなるといっても、中には5つともαであるとかのホモメリックな分子も存在しています(14)。

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図135-6 ニコチン性アセチルコリン受容体の立体構造

アセチルコリンまたはニコチンが受容体に結合すると、受容体のサブユニットがアロステリックな構造変化を起こしてイオンチャネルが開放されます(12、13、図135-7)。このチャネルは、カチオンでありサイズが大きすぎなければ非選択的にイオンを通過させます。したがってリガンドが結合するとチャネルが開放され、ナトリウムなどが細胞内に流入し、ただちに活動電位が発生します。

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図135-7 ニコチン性アセチルコリン受容体の開閉

ニコチン性アセチルコリン受容体は神経細胞だけではなく、グリア細胞・内皮細胞・免疫細胞・肺上皮細胞などにも存在することが知られており、細胞を脱分極させること以外にもさまざまな細胞の機能に関与していることが示唆されています(14)。

重症筋無力症はニコチン性アセチルコリン受容体に対する抗体ができる自己免疫疾患で、この病気にかかると筋収縮が起こりにくくなるなどの深刻な症状がみられます(15)。

参照

1)ウィキペディア:ムスカリン
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A0%E3%82%B9%E3%82%AB%E3%83%AA%E3%83%B3

2)Schmiedeberg, O., und Koppe, R., Das Muscarin, das giftige Alkaloid des Fliegenpilzes (Agaricus muscarius L.), seine Darstellung, chemischen Eigenschaften, physiologischen Wirkungen, toxicologische Bedeutung und sein Verhältniss zur Pilzvergiftung im allgemeinen., Leipzig: Verlag von F.C.W. Vogel., (1869)
https://books.google.co.jp/books?id=_FZVYpYGrUkC&pg=PP3&redir_esc=y#v=onepage&q&f=false

3)Jellinek, F., "The structure of muscarine". Acta Crystallographica. vol.10 (4): pp.277–280. (1957) doi:10.1107/S0365110X57000845.
http://scripts.iucr.org/cgi-bin/paper?S0365110X57000845

4)ウィキペディア:ニコチン
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%82%B3%E3%83%81%E3%83%B3

5)Pinner, A., and Wolffenstein, Ueber Nicotin., Berichte der deutschen chemischen Gesellschaft., (1891)
https://chemistry-europe.onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1002/cber.189102401242

6)ウィキペディア:アセチルコリン受容体
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%BB%E3%83%81%E3%83%AB%E3%82%B3%E3%83%AA%E3%83%B3%E5%8F%97%E5%AE%B9%E4%BD%93

7)Brian Piper, Muscarinic agonists and antagonists. Health and Medicine, Oct 1, 2012
https://www.slideshare.net/bpiper74/muscarinic-agonists-andantagonists

8)Kubo T. et al., Cloning, sequencing and expression of complementary DNA encoding the muscarinic acetylcholine receptor. Nature vol. 323: pp. 411-416. (1986)
https://www.nature.com/articles/323411a0

9)ウィキペディア:Gタンパク質
https://ja.wikipedia.org/wiki/G%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%91%E3%82%AF%E8%B3%AA

10)徳江辰一 Gタンパク質共役型受容体 (GPCR)シグナルの細胞内因子による活性調節機構の解明
東北大学機関リポジトリ
http://hdl.handle.net/10097/40179
file:///C:/Users/morph/AppData/Local/Temp/Tokue-Shinichi-02-09-0079.pdf

11)脳科学辞典:アセチルコリン
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E3%82%A2%E3%82%BB%E3%83%81%E3%83%AB%E3%82%B3%E3%83%AA%E3%83%B3#.E5.8F.97.E5.AE.B9.E4.BD.93

12)Miyazawa A, Fujiyoshi Y, Unwin N., Structure and gating mechanism of the acetylcholine receptor pore. Nature. 2003 Jun 26;423(6943):949-55.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/12827192

13)宮澤淳夫、藤吉好則: ニコチン性アセチルコリン受容体の構造と機能 蛋白質 核酸 酵素 col.49 no.1 pp. 1-10 (2004)
http://lifesciencedb.jp/dbsearch/Literature/get_pne_cgpdf.phpyear=2004&number=4901&file=mndiLGM3FM1ZjMmfEFUUKA==

14)Michele Zoli1, Susanna Pucci, Antonietta Vilella1 and Cecilia Gotti, Neuronal and Extraneuronal Nicotinic Acetylcholine Receptors., Current Neuropharmacology, vol.16, pp.338-349 (2018)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6018187/

15)重症筋無力症 薬学用語解説
https://www.pharm.or.jp/dictionary/wiki.cgi?%E9%87%8D%E7%97%87%E7%AD%8B%E7%84%A1%E5%8A%9B%E7%97%87

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