続・生物学茶話 124: ウルバイラテリアをめぐって
扁形動物(プラナリアなど)は体腔・呼吸器・循環器・骨格・貫通する消化管などは持っていませんが、かなり立派な神経系を持っていて脳もあります。20世紀までは扁形動物は左右相称動物 (バイラテリアン Bilaterian) の最古の祖先(ウルバイラテリアン Urbilaterian) と最も近縁な生物と考えられていました(1、図124-1 伝統的分類)。しかし遺伝子の研究などの進歩によって、扁形動物は現在ではその生きた化石としての地位を剥奪され、前口(旧口)動物群に属する冠輪動物の1グループとみなされるようになりました(2、図124-1新分類)。
そして最近になって、扁形動物に含まれるか極めて近縁とされていた無腸動物は、なんと後口(新口)動物群の根元から分岐したと考えられている珍渦虫と同じグループに移動しました。両者をあわせて珍無腸動物門(xenacoelomorpha)を新設するべきだという考え方も有力なようです(3、図124-1)。これは非常にまずいネーミングだと思いますが、渦無腸動物とすると扁形動物みたいな感じになるので致し方ありません。
筑波大学のグループは無腸動物は棘皮動物に近い生物で、進化の過程で形態が単純化されたと主張しています(4)。この考え方には私は違和感があります。どうしてプロトタイプ的生物がいったん棘皮動物に進化した後、またプロトタイプ的生物にもどったのでしょうか?
図124-1 左右相称動物の系統樹
Peterson らは扁形動物の祖先と無腸動物の祖先が分離したのは遅くてもエディアカラ紀だとしています(5)。すなわちウルバイラテリアン(始原的左右相称動物)が存在したのはエディアカラ紀以前ということです。無腸動物は寄生によって生き延びた生物ではなく、エディアカラ紀から今日まで、それぞれの時代の環境に適応して進化し、生き延びた結果を示していると考えられます。ですから一見単純な生物のように見えますが、その遺伝子や形態・生活史には5億年のさまざまな生存の知恵が隠されているかもしれません。多くの扁形動物の仲間が寄生生活によって生き延びた中で、独自の自由な生き方を選んだプラナリアも同様です。すなわち無腸動物と自由生活型の扁形動物はそれぞれ後口動物と前口動物を代表するプロトタイプ的生物であるとの見方(1)を支持したいと思います。
実際扁形動物と無腸動物のボディプランにはかなり共通性があり、ウルバイラテリアンの特徴を両者とも時代を超えて保存してきた可能性があります。彼らは最初に記したようなさまざまな臓器は持っていませんが、餌を吸い込む口は持っていて、細胞や合胞体(細胞のシンシチウム)に取り込んで消化します。肛門はありません。口は体の下側にないと効率的に餌をとれないので、体を定位させる必要があり、そのために平衡胞という臓器を持っています。平衡胞の内壁には感覚毛があり、これで平衡石を感知して姿勢を定位させます(6、7)。ウィキペディアをはじめとして、いくつかのサイトに無腸動物は脳を持たないという記述がありますが、体を定位させるためには平衡胞の複数の感覚毛から得た情報を処理し、体の各所にある筋細胞に指示を出さなければならないので、かなり高度な神経系の働きが必要です。実際 Bery らは電子顕微鏡による詳細な研究から、脳・神経索・交連神経・ニューロパイルが存在するとしています(1、8、図124-2~図124-4)。
図124-2 無腸動物の神経系
図124-3は扁形動物の神経系ですが、多岐腸目(ヒラムシなど)と三岐腸目(プラナリアなど)で少し違いがあります。前者は網目状で脳から放射状に神経が伸びていますが、後者ははしご状の構造です。ただし扁形動物では体節が明確でないので、専門用語としてのはしご状神経系という言葉は使わないことになっています。ただウィキペディアの「はしご状神経系」の項目を見ると「扁形動物の神経系はかご状神経系といわれるが、これをもはしご状という場合がある」という記載があり、使ってもいいのかもしれません(9)。多岐腸目と三岐腸目の神経系を比較すると似ている点もあります。まず脳が左右の葉(ローブ)にわかれていること、脳が体の前方にあること、概ね左右相称であることなどです(図124-3)。これはおそらく始原的左右相称動物であるウルバイラテリアンの特徴を引き継いでいるのではないかと思われます。
図124-3 扁形動物の脳と神経系
つい最近まで無腸動物には脳はないと言われてきましたが、近年の電子顕微鏡による研究によって(1、8)次第に脳の存在が認められてきました。図124-4をみると、平衡胞の外側・表皮の内側にニューロパイル(np)と呼ばれる樹状突起・軸索・シナプスなどが集合した領域が観察されます。これは無腸動物が脳を持つことを強く示唆しています。扁形動物ではさらに広大な領域のニューロパイルがみられます。
図124-4 無腸動物・扁形動物に見られるニューロパイルの電子顕微鏡写真
左右相称であることは生物の進化においては重要な意味があります。非相称あるいは放射相称の生物は、ある場所に体を固定して生きるか、水の流れのままに漂って生きるかです。左右相称であるということは、自分の意思で移動するということと深い関連があります。左右相称生物は餌を嗅覚・視覚・触覚などで感知し、そちらの“方向”に移動することに特徴があります。それによって進行方向が前であるという「前後という方向の概念」が生じ、その場所に正しく到達するために左右にハンドルを切る必要があるので、体の左右の筋肉を別々に制御する必要が生まれ。また「左右という概念」が生じます。
ウルバイラテリアンの2つのモデルがウィキペディアにあります(10、図124-5)。無腸動物や扁形動物の研究から想像できるのはそのどちらでもなく、右側のプラヌロイドモデルに中枢神経系を与えたような形が正解なのではないかと思われます。
図124-5 ウルバイラテリアンの2つのモデル
参照
1)Xavier Bailly, Heinrich Reichert, and Volker Hartenstein., THE URBILATERIAN BRAIN REVISITED: NOVEL INSIGHTS INTO OLD QUESTIONS FROM NEW FLATWORM CLADES., Dev Genes Evol., vol. 223(3), 149-157 (2013). doi:10.1007/s00427-012-0423-7.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/23143292/
2)Adoutte A, Balavoine G, Lartillot N, Lespinet O, Prud’homme B, De Rosa R. The new animal
phylogeny: reliability and implications. Proc Natl Acad Sci USA. vol.97, pp.4453–4456, (2000)
3)Philippe H, Brinkmann H, Copley RR, Moroz LL, Nakano H, Poustka AJ, Wallberg A, Peterson KJ,
Telford MJ. Acoelomorph flatworms are deuterostomes related to Xenoturbella. Nature, vol.470, pp.255–258, (2011)
4)つくばサイエンスニュース 動物の左右対称の体はどこから? (2019)
http://www.tsukuba-sci.com/?p=6457
5)Peterson KJ, Cotton JA, Gehling JG, Pisani D. The Ediacaran emergence of bilaterians: congruencebetween the genetic and the geological fossil records. Phil Trans Soc. B., vol. 363, pp.1435–1443, (2008)
6)ウィキペディア:扁形動物
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%89%81%E5%BD%A2%E5%8B%95%E7%89%A9
7)ウィキペディア:無腸動物
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%84%A1%E8%85%B8%E5%8B%95%E7%89%A9
8)Amandine Bery & Albert Cardona & Pedro Martinez, Volker Hartenstein., Structure of the central nervous system of a juvenile acoel, Symsagittifera roscoffensis., Dev Genes Evol vol.220, pp.61–76 (2010), DOI 10.1007/s00427-010-0328-2
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2929339/pdf/427_2010_Article_328.pdf
9)ウィキペディア:はしご状神経系
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%AF%E3%81%97%E3%81%94%E5%BD%A2%E7%A5%9E%E7%B5%8C%E7%B3%BB
10)Wikipedia: Urbilaterian
https://en.wikipedia.org/wiki/Urbilaterian
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コメント
個人のブログに一々指摘することもないかとは思いますが、科学や生物学を語る際には基本的な事実や研究成果を重視するのが良いでしょう。
(4)については、「珍渦虫はもともと単純か複雑か―まだ続く珍無腸動物門―」にて、中野裕昭准教授ほか世界11カ国25名からなる研究グループによって大規模なゲノム系統学的解析に基づいた報告がなされています。内容は、珍無腸動物門が、左右相称動物の中で初期に分化したグループではなく、水腔動物と近縁であるとされています。
扁形動物の仲間などがウルバイラテリアン(始原的左右相称動物)の特徴を保持し続けた可能性はあるでしょうが、少なくとも珍無腸動物門については、本研究により複雑な祖先から二次的に単純化して進化してきたことが示唆されるようです。
「プロトタイプ的生物がいったん棘皮動物に進化した後、またプロトタイプ的生物にもどったのでしょうか?」とありますが、本研究は、「非常に単純な体を持つ」という点がプロトタイプ的とは言えないことを示していると思われます。
「多くの扁形動物の仲間が寄生生活によって生き延びた中で、独自の自由な生き方を選んだプラナリアも同様です」ともありますが、扁形動物の系統は自由生活型の一部から寄生生活型が進化したのであって、もともと自由生活型の方が古いと明らかになっています。
上記は、ある意味で「複雑な体の自由生活型」から「極めて単純化された寄生生活型」への変化が見られます。つまり体の単純化は、さして珍しいことでもなく、珍無腸動物門の系統学的位置が初期に分化したのではない有力な結果が明らかになった以上は、余程根底を覆す新研究がない限りは研究の結果が支持されるのではないでしょうか。
(疑問を持つのは大事ですが「違和感」や「考えたくありません」のような個人的な感想で判断することは科学でも生物学でもありません。特に誰でも記述できる低品質なネットの記述は、出典内容が歪められたり、矛盾した記述が書かれている場合がほとんどなので参考にはならないでしょう)
感情で正規の研究成果を歪めることはできません。事前に研究内容や事実はよりきちんと調べるべきでしょう。
投稿: 通りすがり | 2022年1月19日 (水) 00:18
>通りすがり 様
貴重なご指摘有難うございました
投稿: monchan | 2022年1月20日 (木) 10:07
つづき: 進化という言葉自体、文学的表現であまり使いたくありませんが 習慣上やむなく使っています
投稿: monchan | 2022年1月20日 (木) 12:54