池田譲 著 「タコの知性 その感覚と思考」
学生時代によく学食の昼食時間に遅れてしまうことが多くて、そうするとA定食(マグロ刺身)、C定食(日替わり)が売り切れで、残っているB定食(たこ酢)を食べることになります。しかしその後タコは非常に頭の良い生物であることが分かって、犬・猫・サル・イルカなどと同様食材としては好ましくないと思って、なるべく食べないようにしています。この池田譲氏の本は、タコがどう頭が良いのかをいろいろな視点で教えてくれます。著者は農学系の人ですが、食糧資源としてのタコ・イカの研究ではなく、むしろ純生物学的な観点から軟体動物の研究を続けてきた方で、現在は琉球大学理学部で教鞭をとっておられるようです。
学術的な観点で面白かったのは、よく動物の知能を解析する際に図形記憶というのを使うのですが、サルなどはよく画に描かれたさまざまな図形を識別するとされています。タコはある意味ヒトの眼を上回る素晴らしい眼を持っているので、さぞかしいろいろな図形をうまく識別できるだろうと著者も思っていたらしいですが、その実験はうまくいきませんでした。ところが画ではなく立体にして触らせると、タコは様々なかたちを識別できるそうです。専門家はこれをクロスモーダルな認識と言うそうです。つまり画像と触感の両者を統合した形で認識するという意味で、タコはヒトとは異なるクロスモーダルな世界に生きているようなのです。
私がもう一つ面白かったのは、蛸壺を等間隔で並べて1匹ずつタコを住まわせて置いたとき、端の一匹が蛸壺を移動させると(タコは自分の家を持ち歩きます=道具を使うことができます)、間隔が縮まったと思った隣のタコは住処を抱えて移動し、もとの間隔にもどすというのです。その結果別のタコの住処に近くなることは気にしません。しかし近寄られたタコはそれが気になるのです。そして下図(本の図をモディファイして私が作成)のように玉突き方式で次々と転居して、結局最初の間隔にもどるように全員移動することになります。
これはタコの縄張り間隔の認識を示すものと思わます。しかしこれを社会的行動というのはどうかと思います。逆に単独で生きるという生き方を保障する行動だと思いますよ。ただ同性であっても近隣のタコと「交際」したり、他の個体の卵を育てるということは、この本の記述からそういうこともあるのだろうと納得しました。
最後に爆笑したのは、いつもやっているエサの解凍が不十分だったときに、エサをもらったタコが激怒してヒトに投げ返したという行動です。このとき体色のリング模様も点滅させていたそうです。タコは皮膚の色や模様をいろいろ変化させることができますが、これは人で言えば表情のようなもので、気分や感情によって変化させるのだそうです。
タコは8本も腕があり、それぞれ無数の吸盤がついていて個別にこれらをコントロールして二枚貝の貝殻を開けたりできるそうで、腕が2本しかなくて指も5本という私たちとは全く別世界の複雑な情報処理をタコはできることになります。
なので人間はピアノを弾くとき最大10の音しか同時に出せませんが、タコは4つの鍵盤を使って数百の音を出せるでしょう。ただたたいたときでなく、吸い付けたときに音が出るように構造を変えなければいけませんが。
池田譲著 「タコの知性 その感覚と思考」 朝日新書761 朝日新聞出版(2020)
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