やぶにらみ生物論122: アセチルコリンによる神経伝達
前稿(1)でレーヴィとデイルが、迷走神経を刺激して放出された液体によって、カエルの心収縮が抑制されることを見いだし、その活性を持つ物質がアセチルコリンであることを証明したことを記しました。これがはじめての神経伝達物質の発見だったわけです。
現在では数多くの神経伝達物質が報告されていますが、まずアセチルコリンから見ていきましょう。アセチルコリンはコリンとアセチルCoAを材料として、コリンアセチルトランスフェラーゼという酵素によって合成されます(図1)。アセチルCoAは生物が呼吸を行なっている限りミトコンドリアが産生する物質で、通常細胞質に存在します。
コリンはアセチルコリン合成の材料だけではなく、細胞膜の成分でもあり生合成も可能ですが、それでは足りないので栄養として摂取することが必要です。レバー・卵黄・大豆・赤飯用のササゲなどに豊富に含まれています。

神経細胞も必要な量のコリンを産生できないので、細胞膜に高親和性トランスポーターという装置を設置して、コリンを外界から取り込んでいます。コリンの取り込みに成功すれば、コリンアセチルトランスフェラーゼは常に十分な活性が存在するので、直ちにアセチルコリンを供給することが可能です(2、図2)。
アセチルコリンは小胞アセチルコリントランスポーターによって、シナプス小胞に取り込まれます(図2)。驚くべき事に小胞アセチルコリントランスポーターの遺伝子は、コリンアセチルトランスフェラーゼ遺伝子のイントロンの中に存在しており、エンハンサーやプロモーターを共有していることが報告されています(3)。
興奮が軸索末端に伝わるとカルシウムが取り込まれ、前稿(1)のようなプロセスを経て、シナプス小胞が細胞膜と融合して中身がシナプス間隙に放出されます。シナプス小胞ひとつにつき1000~50000分子のアセチルコリンが放出されるようです(2)。

神経伝達に必要なコリンの大部分は細胞外からとりこまれるわけですが、それを実行する細胞膜のコリントランスポーターは長い間謎に包まれた存在であり、全貌が明らかになったのは最近のことです(4)。1990年頃に後述する様々な神経伝達物物質のトランスポーター遺伝子が次々とクローニングされる中で、コリントランスポーターの研究は屍累々の有様でした(5)。
その突破口は思わぬところにありました。1998年にC.エレガンス(線虫)の全ゲノムが解明され、C.エレガンスもコリントランスポーターを持つことから、奥田等は線虫のゲノム塩基配列情報を利用してcDNAの発現クローニングを行なうことにしました。彼らは候補のcDNAをひとつづつアフリカツメガエルの卵母細胞にいれて発現させ、ついにコリントランスポーターの遺伝子をつきとめました(6)。
奥田等は当初高親和性コリントランスポーターは膜12回貫通蛋白質だと考えていたようですが(5)、最近の文献をみると、13回膜貫通蛋白質とされているようです(7、図3)。この場合N末は細胞外、C末は細胞内に突き出していることになります。
コリントランスポーターの構造解明が遅れたのは、これが他の神経伝達物質のトランスポーターとの類似性がなく、意外なことにグルコーストランスポーターと類似していたことに、構造が解明されるまで誰も気が付かなかったことが大きな要因でした(5)。コリンはもともと栄養物質であり、進化の過程で神経伝達物質として流用されたからこのようなことになったのでしょう。

ここまで述べてきた神経伝達に関与するコリントランスポーターは高親和性トランスポーター(CHT1)のことですが、コリンはフォスファチジルコリン、スフィンゴミエリン、S-アデノシルメチオニンの合成などにも寄与しており、中親和性トランスポーター(CTL1~CTL5)、低親和性トランスポーター(OCT1~OCT2)が知られています(8)。これらのトランスポーターは血液脳関門においても重要な役割を果たしていると思われますが(8)、神経伝達に直接関与してはいないようなので、ここでは文章の脈絡上触れないでおきます。
さてシナプス間隙に放出されたアセチルコリンを、シナプス後細胞や組織の細胞が受け取らなければなりません。シナプス間隙はわずか20~40nmというリボソーム一つ分くらいの距離なので、瞬時に受け取ることができると考えられます。アセチルコリンを受け取るための受容体には大別してムスカリン性受容体とニコチン性受容体の2種類があります。前者はムスカリン、後者はニコチンがアセチルコリンのアゴニストとして機能します(9、図4)。化学式をみるとニコチンはアセチルコリンとは似ても似つかない化合物ですが、立体構造が似ているのかアゴニストとして作用します。

ムスカリン性アセチルコチン受容体には5つのサブタイプがあり、それぞれM1~M5と命名されています。組織によって主に存在するサブタイプに違いがあります(10)。また組織によって作用が異なります。図5に一覧を示しました。
ムスカリン性アセチルコチン受容体は、7回膜貫通型のGタンパク質共役受容体(GPCR=G protein-coupled receptor)であり(11)、主に副交感神経の活動に関与しています。リガンドを受け取ると、細胞内ドメインに結合している3量体Gタンパク質(αβγ)を解離することによってその役割を果たします。結合している3量体Gタンパク質のαサブユニットには2つのタイプがあり、その違いによってM1、M3、M5が持つG蛋白質はGq型、M2、M4が持つG蛋白質はGi型とよばれます(9、図5)。

アセチルコリンまたはムスカリンが受容体に結合すると、Gq型の場合受容体に結合していた3量体G蛋白質がα と β+γ に解離し、GDPと結合していた α はGDPと解離してGTPと結合します。GTPと結合したα (Gq型α-GTP)はフォスフォリパーゼCを活性化します。この酵素の作用によって、フォスファチジルイノシトール4,5-ビスリン酸がジアシルグリセロール(DAG)とイノシトール3リン酸(IP3)に分解され、DAGはプロテインキナーゼCを活性化し、各種のタンパク質のリン酸化が促進されます。またIP3は小胞体のIP3受容体に結合して、細胞質にカルシウムを放出させます(12、図6)。

Gi型の場合、αサブユニットがGTPと結合するところまでは同じですが、Gi型α-GTPはアデニルシクラーゼ活性を阻害し、ATPからサイクリックAMP(cAMP)が合成される反応を抑制します。この結果cAMPプロテインキナーゼの活性が抑制され、様々なタンパク質のリン酸化が抑制されます(13、14、図7)。ですから図5のM2、M4の場合など、筋収縮やさまざまな異化的代謝を抑制するなど、生物が休養・食事・睡眠などをとるのに適した働きをします。

ニコチン性アセチルコリン受容体はムスカリン性のものと全く違って、Gタンパク質共役受容体(GPCR)ではなく、受容体そのものがイオンチャネルです。ニコチン性アセチルコリン受容体にも3つの型がありますが・・・(筋肉型(NM) : 神経筋接合部に分布、末梢神経型(NN):自律神経節、副腎髄質に分布、中枢神経型(CNS):シナプスに分布、9)・・・それらの3つの型は、Gq型とGi型のようにメカニズムが異なるわけではなく、リガンドの結合によってチャネルが開くというメカニズムに変わりはありません。
ニコチン性アセチルコリン受容体の構造は、宮澤らによる極低温高分解能電子顕微鏡を用いた研究によって解明されました(15、16、図8)。この分子は(α、α、β、γ or ε、δ)の5つのサブユニットからなり、それらが環状に配置されてイオンチャネルを形成しています。それぞれのサブユニットは細胞膜を1回貫通しています。

アセチルコリンまたはニコチンが受容体に結合すると、受容体のサブユニットがアロステリックな構造変化を起こしてイオンチャネルが開放されます(15、16)。このチャネルは、カチオンでありサイズが大きすぎなければ非選択的にイオンを通過させます。したがってリガンドが結合するとチャネルが開放され、ナトリウムやカリウムが細胞内に流入し、ただちに活動電位が発生します。
1)https://morph.way-nifty.com/grey/2019/02/post-e2ed.html
2)脳科学辞典 アセチルコリン
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E3%82%A2%E3%82%BB%E3%83%81%E3%83%AB%E3%82%B3%E3%83%AA%E3%83%B3
3)Lee E. Eiden.,The Cholinergic Gene Locus., Journal of Neurochemistry., vo.70, no.6, pp. 2227-2240 (1998)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/9603187
4)Takashi Okuda et al., Transmembrane Topology and Oligomeric Structure of the High-affinity Choline Transporter., J. Biol. Chem., vol.287, no.51., pp. 42826-42834 (2012)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3522279/
5)奥田隆志、芳賀達也: 高親和性コリントランスポーター -ゲノム情報を利用したクローニング-
蛋白質 核酸 酵素 45巻 10号 pp 1722-1727 (2000)
6)Takashi Okuda et al., Identification and characterization of the high-affinity choline transporter., Nature Neuroscience, vol. 3, pp. 120-125 (2000)
7)Haga, T., Molecular properties of the high-affinity choline transporter CHT1., J. Biochem. vol. 156(4): pp. 181–194 (2014) doi:10.1093/jb/mvu047
https://www.researchgate.net/publication/264390083_Molecular_properties_of_the_high-affinity_choline_transporter_CHT1
8)岩尾 紅子、稲津 正人: 血液脳関門におけるコリントランスポーターの機能発現 Functional expression of choline transporters in blood-brain barrier., 東大医誌 vo.75 (1), pp. 74-77 (2017)
10)Brian Piper: Muscarinic agonists and antagonists (2012)
https://www.slideshare.net/bpiper74/muscarinic-agonists-andantagonists
11)Kubo T. et al., Cloning, sequencing and expression of complementary DNA encoding the muscarinic acetylcholine receptor. Nature vol. 323: pp. 411-416. (1986)
https://www.nature.com/articles/323411a0
12)https://ja.wikipedia.org/wiki/G%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%91%E3%82%AF%E8%B3%AA
13)https://ja.wikipedia.org/wiki/G%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%91%E3%82%AF%E8%B3%AA
14)https://www.jst.go.jp/pr/announce/20060623/zu1.html
15)Miyazawa A, Fujiyoshi Y, Unwin N., Structure and gating mechanism of the acetylcholine receptor pore. Nature. 2003 Jun 26;423(6943):949-55.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/12827192
16)宮澤淳夫、藤吉好則: ニコチン性アセチルコリン受容体の構造と機能 蛋白質 核酸 酵素 col.49 no.1 pp. 1-10 (2004)
http://lifesciencedb.jp/dbsearch/Literature/get_pne_cgpdf.phpyear=2004&number=4901&file=mndiLGM3FM1ZjMmfEFUUKA==
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