« 孫崎の言っていることは正解だと思う | トップページ | 2016~2017リーガ・エスパニョーラ第27節: 不可解な3バックでデポルに沈められる »

2017年3月13日 (月)

やぶにらみ生物論65: 糖質

生体は核酸とタンパク質だけでできているわけではなく、糖質や脂質ももちろんその構成要素です。糖質の構造の基本は19世紀末に、ここにも何度も登場しているエミール・フィッシャーによって明らかにされ、構造式の書き方も彼が考案したものが現在も使われています(1)。糖質でやっかいなのは異性体が非常に多いことで、きちんと整理しておかないと混乱します。

糖の話に入る前に、図1に異性体のおおまかな分類を示します。


A_9

異性体:異性体(isomer)とは、同じ数、同じ種類の原子を持っているが、違う構造をしている物質のこと。

構造異性体:構造異性体(structural isomer)とは、組成式は等しいが原子の間の結合関係が異なる分子のこと。
ブタンと2-メチルプロパン:組成式はともに C4H10 であるが、ブタンの構造式は H3C-CH2-CH2-CH3 であるのに対し、2-メチルプロパンは H3C-CH(CH3)-CH3 です。

立体異性体:立体異性体(stereoisomer)は、同じ構造異性体同士で、3次元空間内ではどう移動しても重ね合わせる(スーパーインポーズする)ことができない分子。

鏡像異性体:鏡像異性体(enantiomer)とは立体異性体のうち、左手と右手のように鏡に映した形の分子を意味し、鏡像異性体をもつ分子をキラル分子といいます。炭素原子が持つ4価の共有結合の相手がすべて異なる場合、必ず鏡像異性体があり得るので、このような結合を行っている炭素を不斉炭素(キラル炭素)といいます。例えばアラニンは不斉炭素にNH2、CH3、H、COOHという4種のグループが結合しているので、LアラニンとDアラニンという互いに鏡に映した形の鏡像異性体が存在します。

ジアステレオマー(Diastereomer):立体異性体のうち鏡像異性体でない分子。シス-トランス異性体などはジアステレオマーです。

糖類を代表する分子としてまずグルコース(ブドウ糖)をとりあげましょう。グルコースは水溶液中では図2のように、α型とβ型の環状体と中央の鎖状体の3つの形が平衡状態にあります。鎖状体はα型またはβ型に対して構造異性体、α型とβ型は立体異性体ということになります(1、2)。

A_10


鎖状構造のグルコースの異性体に着目してみます(図3)。上から炭素に番号を付けると、2番目から5番目の炭素が不斉炭素です。ここで5番目の炭素の左右と下の構造を固定し(赤で示したOHが右にある)、上だけ可変とすると、図3のように8種類の異性体が考えられます。それぞれの異性体に鏡像異性体が存在するので16の異性体が存在します。5番目の炭素のOHを左側にもってくると異性体の数は32となります。それぞれの異性体には名前があります(3)。フィッシャーは当時の研究法で III がグルコースであることを示しました。

A_11


グルコースには図2で示した3つの形があるので、32x3=96の異性体があることになります。さらにいす型やふね型の立体配座の異性体があるので(4)、それらをカウントすると、とんでもない数になります。糖質のおそるべき複雑さを垣間見ましたが、自然界に存在するグルコースはほとんどが図3-IIIの5番目のCの右側にOHがあるD体です(5)。アミノ酸の場合H2N-C-COOHと書いて、Cの下にHを書きます。これがL体。糖の場合H-C-OHと書いて、Cの下にCH2OHと書きます。これがD体です。

歴史的には結晶に光を照射したときに、右にまがる(dextro-rotatory)か左にまがる(levo-rotatory)かで判定されました。もっと理論的な命名法がRS法ですが、ここでは説明しないので知りたい方は文献(6)を見て下さい。アミノ酸と糖に関してはDL法が一般的です。

グルコースのようにひとつの環でできている糖を単糖とよびます。単糖にはグルコースのように5つのCとひとつのOで構成される環が基本となっているヘキソースと、リボースやキシロースのように4つのCとひとつのOで構成される環が基本となっているペントースが存在します(図4)。この6員環(5C+1O)をピラン、5員環(4C+1O)をフランとよびます。ピラン環でもフラン環でもOと結合している炭素はO以外にC・H・OHと結合している場合不斉炭素であり、HとOHが上下逆のα型とβ型を生じます。リボースはRNAの構成成分ですが、2の位置のOHがHに変わったデオキシリボースはDNAの構成成分です。デオキシリボースのような糖を一般にデオキシ糖とよびます。

A_12


グルコースの2の位置のOHはアミノ基と置換されることもあり、この場合はグルコサミンとよばれます。またアミノ基がアセチル化された場合、N-アセチルグルコサミンとよばれます。グルコサミンやN-アセチルグルコサミンは後に述べる複合糖質・ヒアルロン酸・糖脂質の材料として重要な物質です。サプリメントとしても有名ですが、関節症などに効くかどうかは疑わしいと考えられています(7)。

A_13
鎖状の糖の上端に書かれたアルデヒドのOと下端のCH2OHのH2のうちひとつのHが失われて環状化するとラクトンが形成されます。グルコースの場合グルコノラクトンとなります。このグループの化合物にはビタミンC(アスコルビン酸)という人類には必須の物質があります(図6)。ビタミンCはグルコースからやや複雑な経路で合成されます(8)。ビタミンCは私たちの体の中でコラーゲン合成、スーパーオキサイドの除去などの重要な役割を果たしています。

ヒトはビタミンCを体内で合成することはできません。私たちの祖先のサルが果実を主食としてビタミンCを日常的に外界から得ていたため、合成経路をになう酵素が突然変異してしまったままになったため活性が失われたと考えられています。霊長類の中でも、キツネザル・アイアイ・ロリスという原始的なグループはビタミンCを合成することができますが、ヒトを含めたそれ以外のグループは合成できません。

A_14

さて単糖だけでも膨大な異性体が存在するわけですが、これが2糖となるとそのかけ算となる上多彩な結合が存在しますから手に負えません。とはいえスキップするのもどうかと思うので、少しだけ紹介しておきます(図7)。グルコース+グルコースでできている麦芽糖(マルトース)は、デンプンがαまたはβアミラーゼによって分解されたときに生成する2糖類です。甘味料の他点滴にも使用されています。急激な血糖値の上昇を防ぐには2糖が有効です。麦芽糖はαグルコシダーゼの作用によって徐々に分解され、2分子のグルコースになります。

A_15

ショ糖(シュークロース)はグルコース+フルクトース(フラクトース)で構成される、自然界に最も多量に存在する2糖です。自然界では植物だけが合成できる化合物です。動物はインベルターゼという酵素でグルコースとフルクトースに分解して利用することができます。どうしてサトウキビやテンサイがショ糖を大量に蓄積するのか、調べましたがわかりませんでした。想像するに、ショ糖はデンプンなどと違って、草食動物に対して歯を溶かすなどなんらかの毒性があり、サトウキビやテンサイを好んで食べる動物に危害を与えるために合成するのかもしれません。

A_16


糖の正式な命名法は(9)を参照していただくことをおすすめします。

参照

1)http://受験理系特化プログラム.xyz/organic/fischer-3

2)グルコースの構造式:
http://sci-pursuit.com/chem/organic/glucose_structure.html

3)32コの異性体:
http://ameblo.jp/apium/entry-10212514628.html

4)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%B5%E3%81%AD%E5%9E%8B

5)http://kusuri-jouhou.com/creature1/suger.html

6)立体配置の記述法:
http://www.chiral.jp/main/R%26S.html

7)Wandel, Simon; Jüni, Peter; Tendal, Britta; Nüesch, Eveline; Villiger, Peter M; Welton, Nicky J; Reichenbach, Stephan; Trelle, Sven (2010). “Effects of glucosamine, chondroitin, or placebo in patients with osteoarthritis of hip or knee: network meta-analysis”. BMJ 341. doi:10.1136/bmj.c4675. ISSN 0959-8138.
http://www.bmj.com/content/341/bmj.c4675

8)ビタミンCの真実:
http://www.vit-c.jp/vitaminc/vc-02.html

9)http://nomenclator.la.coocan.jp/chem/text/carbohy.htm




| |

« 孫崎の言っていることは正解だと思う | トップページ | 2016~2017リーガ・エスパニョーラ第27節: 不可解な3バックでデポルに沈められる »

生物学・科学(biology/science)」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: やぶにらみ生物論65: 糖質:

« 孫崎の言っていることは正解だと思う | トップページ | 2016~2017リーガ・エスパニョーラ第27節: 不可解な3バックでデポルに沈められる »