「代行返上」 by 幸田真音
代行返上というのは、本来国がやるべき年金の運用を厚生年金基金という形で一部企業に代行させていたのを、国に返すということです。経済成長期には基金を運用することによって打ち出の小槌のように高額の年金を生み出してきたのですが、経済の停滞で運用が難しくなってきたのでババを国に返すことになったわけです。いまではもう大部分の大企業は返上を完了したらしいです。
幸田真音(こうだまいん)氏は金融業界にいた人で、話題に乗ってさっさと小説を書いちゃうという能力はたいしたものだと思います。私のようにこのような問題に無知な人間にとっては、代行返上の事情や内幕を知ることができてなかなか面白かったです。
代行返上するためには、基本的に基金で運用していた株や債権を売って現金化し、国に返却しなければなりません。株を売れば株価は暴落します。したがってインサイド情報があれば、空売りによって莫大な利益が転がり込みます。これを狙ってヘッジファンドをはじめ魑魅魍魎が暗躍する、私たちには計り知れない裏社会が描かれていて、会社の上層部・実務を担当する部門・ヘッジファンド・投資銀行・証券会社・国家の死闘にはなかなか興味をそそられます。ババは早く切りたい会社上層部、面倒は会社に押しつけたい厚生労働省上層部などのはざまで、会社の記録と国の記録をひとつひとつつきあわせて(突合)いかなければならない現場の事務担当者の苦労は大変なものだったのでしょう。エラーが発生する仕組みもよく分かりました。
幸田氏によれば、金融の世界はこれからますます世間の目には触れない陰の世界になっていくとのことです。そしてみんなが知らないうちに特定のグループが莫大な利益をあげられるような仕組みが、次第にできあがっていくようです。
この「代行返上」を純粋な小説として見た場合、人物と人間関係にやや現実感が希薄で、引き込まれるような魅力に欠けるところがちょっと残念ですが(こういう人ですよ、こういう関係ですよと作者が一生懸命説明している感じ)、それはこの作者の限界かもしれません。理系頭で書かれた小説という感じですね。
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