グリーンランドで発掘された髪の毛のDNA
グリーンランドはデンマーク領の大きな島で、大部分が北極圏にあり、海沿いのわずかな地域以外は永久凍土です(地図 ウィキペディアより)。住んでいる人々は日本人と顔的には区別できないそうです。この島の西海岸にあるサカクという町の周辺に紀元前2500年前から紀元前800年頃にかけてサカク文化が栄えていたそうです。
Dr. Willerslev はサカク文化を形成した古代人類の凍結された遺体を掘り出してDNAを調べようとやっきになっていたのですが、遺跡はみつかっても遺体はみつからず困っていました。しかしなんと2008年になって、自分の研究室があるコペンハーゲン大学から自転車でわずか10分のところにある国立博物館に保管されていた発掘品を調査したところ、なんと4000年前の地層から発掘された髪の毛が一束あることに気がつきました。これは20年以上前に掘り出されて保管されていたものでした。
髪の毛というのは死んだ細胞のかたまりですが、何しろ死んでからお役目を果たすわけですから普通の死に方ではありません。細胞の中にケラチンという繊維化するタンパク質がびっしりと充填され、ケラチン分子同士が結合しあって細胞内に溶液部分がなくなり、代謝などの化学反応がほとんどなくなって細胞が死に至るという過程です。通常細胞が死ぬとその成分は分解され、残存物も他の細胞に食べられて跡形もなく清掃されます。しかし毛などの特別な細胞は除去されず、死んでからもその役割を果たします。一番毛と似ている組織は皮膚で、やはりケラチンで充填されますが、皮膚は垢になってどんどんはがれ落ちてしまうというのが毛と少し違います。
DNAは細胞が普通の死に方をすると分解されてしまうのですが、髪の毛の細胞ではケラチンのかたまりのなかに埋め込まれてそのまま保存されます。しかも永久凍土のなかに埋まっていると細菌やカビのエサにもならず、非常によい状態で入手できる可能性が高くなります。
Dr. Willerslev らは早速次世代高速シーケンサを用いて、この髪の毛のDNAの塩基配列を分析し、いろいろな人種のDNAと比較してみました。そうすると意外にも現在の住人カラーリット族とは遠縁で、カムチャッカ半島の北部からシベリアの東端に住んでいるカリヤーク族やチュクチ族と近縁であることがわかりました。すなわちこの近縁度の分析から、4000年前にこの地に住んでいたこの髪の毛の持ち主の200世代前の祖先はシベリアに住んでいたらしいということです。
このことは現在のアメリカインディアンや南米インディオの祖先が、ベーリング海峡を越えてアメリカ大陸にひろがっていく遙か前に、シベリアのチュクチ族・カリヤーク族がアラスカ・北極圏カナダを越え、はるばるグリーンランドまで旅をしてきていたことを意味します。それにしても極寒の地ばかりをたどって移動する人々は何を好んでと思いますが、彼らにしてみればトナカイを飼い、豊富な海獣・海鳥・魚に恵まれた土地を捨てることはしたくなかったのでしょう。人類の歴史の中で、北極圏で大規模な戦争があったという記録もなく、平和な土地でもあったのでしょう。もちろん今回の研究はわずかひとりの情報しかありませんので、もっと多くの髪の毛を分析する必要があります。
Ancient human genome sequence of an extinct Palaeo-Eskimo. M. Rasmussen et al. Nature Vol.463, 757-762 (2010)
グリーンランドの写真: http://homepage1.nifty.com/yuzo/Greenland/greenland_main.htm
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