ミトコンドリアを入れ替える
私たちの細胞には、必ずミトコンドリアが含まれています。ひとつの細胞に数個の場合もあり、また数千個の場合もあります。ミトコンドリアはもともとは自由生活をしていた細菌で、大昔に真核生物が細胞内にとりこんで、細胞の一部にしてしまったといわれています。しかし昔の名残はあって、ミトコンドリアは細菌のように独自の環状DNAを持っています。しかも1本だけでなく多数のコピーを持っている場合もあります。すなわちDNAの本数だけから言えば、真核生物は自分の核ゲノムより圧倒的多数のミトコンドリアゲノムを所持していることになります。写真はミトコンドリアの断面で、ウィキペディアからお借りしました。
ミトコンドリアは酸素を使ってエネルギーを生み出す、いわば車で言えばエンジンにあたる役割を果たしています。この機能が低下すると、特にエネルギーが大量に必要な筋肉や脳をはじめ、多くの組織に不具合が生じる可能性があります。筋力低下、知能障害、心臓肥大、てんかん、まぶたが上がらないなどの症状が出ます。また糖尿病や貧血をもたらすこともあります。
さて話は変わりますが、精子は活発に動かなくてはいけないのでミトコンドリアを多く持っていますが、このミトコンドリアは精子の中で「死の標識」をつけられ、受精した後受精卵の中で殺されます。したがって、受精後生き残るミトコンドリアはすべて母親由来のものということになります(母性遺伝)。
母親のミトコンドリアのDNAが損傷を受けた場合、この異常ミトコンドリアは子供に受け継がれます。女の子がいた場合、またその子に受け継がれます。つまりミトコンドリア病の家系が生まれることになります。いまのところこの病気を完治させる方法はありません。
そこでこの家系から病原性のミトコンドリアを除去する方法が考えられました。実験はまだサルの段階ですが、成熟未受精卵から「染色体+紡錘体」を細い硝子管で吸い出し、健康なミトコンドリアを持つ、「染色体+紡錘体」を抜き取った他のサルの成熟未受精卵にレーザー手術で埋め込むというという技術です。手術した未受精卵は、人工授精処理を行い、「染色体+紡錘体」を提供したドナーの母親に戻します。
ここでひとつ問題があります。「染色体+紡錘体」を吸い出すときに、どうしてもミトコンドリアを一緒に吸い出してしまうのは避けられません。しかしこの病的ミトコンドリアは、手術した卵から発生した個体には認められませんでした。これはこの技術を開発した立花博士らの業績です。これによって患者の治療はできませんが、病気の家系から病因の異常ミトコンドリアを除去できる可能性が生まれました。
この方法だと、第3者から未受精卵をもらう必要がありますが、核ゲノムの遺伝子はすべて父母のものなので、子供のゲノム遺伝子は基本的に通常通り父母から受け継ぎ、ミトコンドリアだけ第3者から受け継ぐことになります。使用する未受精卵はすでに成熟しているものなので、手術後すぐに母体にもどすことができるというのが大きなメリットです。試験管の中で長い間卵を維持していると、異常が発生する確率が高くなります。
Tachibana et al: Nature 461, 367-372 (2009)
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