約束の地 by 樋口明雄
「約束の地」 樋口明雄著 光文社刊(2008)
環境省のキャリア役人である七倉は、長らく東京で仕事をしていましたが、山梨県の野生動物保護管理センターに出向することになりました。妻を亡くし、一人娘と共に赴任した七倉は、赴任地で様々な難問に直面します。
鉄砲が普及するまでは、日本の山野に君臨していたのはオオカミで、彼らによって生態系のバランスが保たれていました。そして彼らが絶滅した後は、猟師達が不十分ながらもオオカミの代役を果たしていました。しかし近年はレジャー狩猟がメインとなり、野生動物のプロである本物の猟師は絶滅しつつあります。
杉やひのきという生物を育てる力がない人工林、野生動物の生息域まで遠慮なく開発された農地や別荘地、どうして作られたかわからない深山を横断する林道、開発により失われつつある野生動物と人間の緩衝地帯としての里山などの影響で、人間と野生動物が接触する機会も増え、レジャー狩猟家もからんで事故は絶えません。私の故郷の神戸でも、イノシシが幹線道路の信号を渡っていたりします。
昔山の中でイノシシの親子に出会ったり、クマが木の皮を剥いでいるすぐ横を通りすぎたりしましたが、当時向こうはあまり人間に感心がなく、無視してくれました。しかし人間の食料のうまさに気がついた野生動物は、大変危険です。農家や別荘の人々はともかく野生動物がいなくなることを望んで、どんどん殺してくれと言ってきますし、一方で動物保護団体はその前にヒステリックに立ちはだかります。
七倉の困難はそればかりではなく、上司である自分を無視して勝手に行動する元猟師の部下達、どうせキャリアの腰掛けでしょうと面と向かって非難する部下の研究者、人手不足でボランティアの少年に電話番をさせる出先機関など難問山積です。そして追い詰められた山の主「稲妻」や「影」という野生動物の復讐がはじまります。そこに殺人事件などがからんで物語は激しく盛り上がるという仕掛けです。
この小説は人間と野生動物の関わり方について深く考えさせる内容を含んでいます。日本にはまだちゃんとした野生鳥獣保全管理法がなく、またこの小説の主人公である七倉が勤務しているWLP(ワイルドライフパトロール)という組織もないそうです。オオカミは絶滅し、ハンターにも問題があるとすれば、山や野生動物のプロの集団であるWLPのような組織はどうしても必要でしょう。政府が決断する必要があります。
というわけで志とメインのストーリーは素晴らしいのですが、細部が・・・です。作者がとても生真面目で丁寧な性格なのか、くりかえされる主張、丁寧すぎる情景描写などが、せっかくの物語にひきこまれる力を奪っています。内容的にもいろいろな問題を盛り込みすぎでしょう。私は1日に30ページくらいしか読めず、読了するのに多大な労力と時間を使いました。こんなに読むのに疲れた小説は最近ありませんでした。このあたりを次作では考えて欲しいと思いますが、まあ人間の性格というのは変わりませんから、この作者はずっとこういうスタイルでやっていくのでしょう。
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