捨てられないという話
シドニー・ブレンナー博士は日本語にも詳しいらしく、次のように述べています。「どの言語でも「屑」を指す言葉には2種類あります。1つは捨てるもの,英語では“garbage”で,日本語では「ゴミ」です。もう1つは,取っておくもので,英語では“junk”,日本語では「ガラクタ」です。つまり取っておくべき「屑」があるのです。 」
フグのゲノムDNAのサイズはヒトの10分の1しかなく、他の多くの脊椎動物と比べても圧倒的に小さい。それでもその中にある遺伝子の数はヒトなどとほぼ等しく、他の生物と比べてフグの姿形に異常に省略された形態などはみられません。つまりヒトをはじめとする多くの脊椎動物は無駄だけど捨てない「ジャンクDNA」を多量にもっていることがわかります。しかし上には上があるもので、イモリはヒトの10倍、タマネギはヒトの12倍のゲノムDNAを持っているそうです。もうほとんどがジャンクで、そこから必要な部分を探し出して生きているわけですからイモリやタマネギはすごい。そんなにたくさんDNAを持っているのに、イモリが特別複雑な体の構造をもっているわけではありません(赤血球の直径はヒトの10倍くらいあって巨大ですが。そんなでかい赤血球だとヒトはすぐに脳梗塞になりそう)。
ジャンクDNAの正確な定義というのは実はありません。遺伝子すなわちタンパク質に対応しているDNAの部分以外にも、遺伝子を読み取る際に必要であったり、制御していることがはっきりしている部分もあり、これらは明らかにジャンクとは呼べません。いまジャンクだと思われていても、来年にはその意味が解明されてジャンクではなくなっているかも知れません。というわけで、ジャンクDNAという言葉自体もう専門用語ではなく(正確な定義がないので専門家は使いづらい)、一般用語になりつつあります。
DNAは直接タンパク質の構造を指定しているのではなく、いったんRNAに情報を転移して、RNAがタンパク質の一次構造を指定します。昔はRNAに情報が転移されるDNAは遺伝子の部分、およびリボソームRNA・トランスファーRNAに対応する部分だけだと考えられてきましたが、最近の実験結果では多くの「ジャンク?」DNAの情報もRNAに転移(転写という)されていることがわかっています。酵母では90%以上のゲノムが転写されているそうです(1)。昔はそんな生物は細菌だけだと思われていました。一方でDNAのかなりの部分を削っても正常なマウスが生まれてきたという報告もあります(2)。まだまだDNAにまつわる謎はとてつもなく深い。
1. Wilhelm et al. Nature 453, 1239-1243 (2008)
2. Nobrega et al. Nature 431, 988-993 (2004)
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