パパラギ サモア酋長の講演
およそ100年前のことです。サモアの少年ツイアビはヨーロッパからやってきた宣教師が建てた教会でキリスト教の教えに感動し、成人になってその教えを生んだヨーロッパの諸国に視察旅行に行きました。しかしそこは彼が期待したような場所ではなく、恐ろしい場所でした。彼は後に村の酋長になったときに、サモアがヨーロッパの文化に感化されて、暗黒の世界に引きずり込まれてしまうのを恐れ、村人にヨーロッパ文化のバカバカしさを講義してその記録を残しました。そしてその後ツイアビの友人だったショイルマンがドイツ語に翻訳して、1920年にスイスから一冊の本を出版しました。
それから90年近く読み継がれているのがこの「パパラギ」という本です。2007年に英語に翻訳されましたが、講談社英語文庫でも出版されました(¥680)。パパラギとは西欧人のことで、この本はその西欧人の文明を素朴かつ真摯に批判したものとして評価が高まっているようです。ツイアビ酋長はまず服装から話を始めます。
「西欧人は分厚い洋服に身を包み、足も巻き貝のように周りを硬い皮で固め、しかも泥をこすりつけて光らせている。西欧人は肌を露出することは罪悪と考えている。女も乳房を隠しており、しかも赤ん坊は角の生えた醜悪な動物のミルクで育てる。処女の女も肌は出さないので、若い男はなんとか裸の女をみたいと頭がいっぱいでよからぬことを考えてしまう。体を見せないで結婚するので、男はあとでだまされたことに気づくこともある。男の足など朝から晩まで固い皮で固められているので空気が流通せず、腐った臭気が漂っている。西欧人は首から上だけが生き物で、体や手足は生き物と考えない。しかしサモア人は体や手足も生き物で、日光と風にあてることが自然なのだ。」とツイアビは話します。確かに肌を露出している地域の方が、隠している地域より性犯罪が多いという話はききません。現代の考え方ではオゾン層の破壊もあり、肌をむやみに露出するのは危険なのでやめた方がよいのですが、ツイアビの見方も理解はできます。
次は住居です。20世紀初頭のヨーロッパの諸都市ではもうビルが林立し、都市の住民はそこの集合住宅に住んでいました(現在の日本もほぼ同じ)。彼から見ればパパラギは溶岩の割れ目に住んでいるサソリのように見えたようです。「いろんなサイズの石の箱をヤシの木よりも高く積み上げ、一日中日が当たらず、風も通らず、すすや黒い砂(スモッグ)、調理のにおいがこもった不健康な部屋で過ごし、外に出てもビルの谷間に出るだけでやはり日は当たらない。私は彼らを「谷間の人(gully people)」と呼ぶ。西欧には彼らとは異なる「耕地の人(land people)」という、より健康的な生活を送っている人がいるが、彼らはたくさん食物を持っているのに、谷間の人にあこがれを抱いていて、そうなりたいと考えている。」とツイアビは指摘しますが、これはかなり当たっている感じですね。
ツイアビの舌鋒はますます鋭くなります。彼があこがれていたキリスト教は、実際に西欧に行ってみると全くのいかさまだったことが分かります。キリスト教では神の愛を説きますが、パパラギが愛しているのはコインと紙幣だけだったのです。何をするにも、食べたり水を飲んだり、踊ったり歌ったりするにもお金がかかるので、パパラギは日の出から日没まで、あるいは夜の間もお金のことを考えざるを得ません。このことがツイアビには我慢のならないことだったようです。パパラギはお金のために、健康、笑い、幸福、良心、妻子まで捨てているようにツイアビには見えました。
このあともどんどん鋭い文明批判が飛び出します。「新聞が各地の情報をみんな報道するので、知っていることはみんな同じだ。サモアでは別の島の知り合いと久しぶりで会うと四方山話で盛り上がるが、パパラギは遠い土地の知り合いと会っても話すことがない。」というのが面白かったです。私たちはニュース番組によって、おきまりの情報をおきまりの見方で受け取り、マインドコントロールされているのです。
読んでから気がついたのですが、すでに1981年に立風書房から日本語訳が出版されておりました。これも購入可能なようです。
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