みーちゃんの「わすれもの」
「わすれもの」西島三重子さんの自伝です。現代という時代は資本主義のシステムと思想が社会のずみずみにまで浸透するあじけない時代です。この自伝はファンと家族のための記録以外に、昭和の頃人情にあふれていた彼女のまわりのエピソードをいろいろ思い出して、今の時代にアンチテーゼとして提供しようという意図の作品です。
彼女は新井薬師にある会社の社長令嬢で、ピアノをならい、お手伝いさんや社員たちに囲まれ、私立の学校をエレベーター式に短大まで卒業。さらに美術の和光大学に進学後、芸能人としてデビューという、外から見れば絵に描いたようなお嬢様タレントかもしれません。しかし決して深窓の令嬢というわけではなく、兄弟や親族が多くて大家族の中でワイワイと育ったという様子が描かれています。18才のときに家族から遠く離れて、一人暮らしの貧乏生活が長かった自分などには考えられない世界で、ちょっと羨ましく思いました。
小さな頃の彼女の写真は犬といっしょのものが多く、おそらく母君が忙しくて、犬といっしょの時間が多かったのではないかと推測されます。可愛いけれど声をかけにくいタイプの少女というイメージの写真もあります(例えば116ページ)。ところが少し大きくなって187ページの写真などはコロコロしていて気安い感じになっているのは不思議。昭和時代のお話なので懐かしいアイテム、例えば最中カレー、シャンプーハット、左右別々にバンドで止めるストッキング、コッペパンなどのエピソードが満載です。針を落として聴く円盤レコードも懐かしい。彼女が初めて好きになったレコードは、ペールギュント組曲と月光ソナタだそうです。これが小学校5年生のときというので、小さな頃から歌謡曲に夢中という歌手志望の少女ではなかったようです。しかもクラシック音楽ですからね。中学生ではウィーン少年合唱団が好きだったようで、今でもメンバーの少年の名前を覚えているそうです。
大学に進むときに「あなたは家政科には向いてないから進路を変更しなさい」とアドバイスされたという話にはクスッときました。しかし次のページでは「私は料理は得意です」と自己フォローするあたりにまたクスッときました。短大では化学部だったそうです。私は昔から彼女は理科系のにおいがすると思っていたので、これには非常に納得しました。彼女の文章はこの本も含めて、ふわふわした感じや、ファンタスティックにイメージを飛翔させるというものではなく、理詰めにコツコツと積み上げていくというスタイルです。
高校の同級生の方に聞くと、数学や理科の成績も大変良かったそうです。そんな人がどうして絵を学ぼうと和光大学に進学したのかが謎です。しかもそのまま絵の世界に突入かと思いきや、3年で退学して歌手の道を歩むことになるという人生の不思議。
オーディションで優勝したのが「のんだくれ」。デビュー曲もこの「のんだくれ」という曲です。確かに当時、どんな曲にも似ていないオリジナリティーの高さを評価されたのだと思います。佐藤順英さんの池上線の歌詞が来たときには、池上線の存在すら知らなかったというお話にはこけました。曲ができあがったときの、塩崎ディレクターとのエピソードがこの本のクライマックスです。
西島三重子著 「わすれもの」 愛育社
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