外ごもり
浜なつ子氏は「唐突ですが、今の日本をどう思いますか」という質問に、「不気味です。言いようもなく不気味。日々、どんどんつまらなくなっている。外に出て楽しいことがない。これから良くなる兆しもない。日本にいると小腹が立つことが多いですね。日本では、ともかく自分だけでもワクワクしようとすると、発狂するしかない。そんな感じを受けてます」と答えています。
http://www.geocities.jp/haruasia/loveasia/bakhn/bkh029hn01.htm
「外ごもり」という言葉も、彼女が発明したらしいです。実家にひきこもるというのは結構大変なことです。親や家族との軋轢、場合によっては激しい衝突も避けられません。収入もないので、衝突している家族に依存して生活しなければなりません。これでは精神的に追い詰められない方が不思議です。「外ごもり」というのは、年に何ヶ月か日本で仕事をして幾ばくかの貯金をつくり、物価の安い外国に渡って、何も仕事をせずにボンヤリ暮らすというというライフスタイルです。これだと親と衝突しても、だいたい一年の大半をひとりで外国で暮らしているわけですから、知らん顔をしていればすみます。
そうなった理由は人それぞれでしょうが、おおざっぱに言えば日本社会の窮屈さに耐えられず、逃避するということでしょう。こういう人々が親近感を感じるのがタイという国で、バンコクのカオサンという裏町周辺の安宿やアパートは、この種の人々のたまり場になっているようです。下川祐治氏の著書「日本を降りる若者たち」によれば、タイ以外の国にいる人も含め、今1万人くらいの「外ごもり」の人がいるそうです。
日本社会に閉塞感が深まっていることは、ひしひしと感じられます。直接的な原因は人材派遣が多くの会社で常態化してきたことと関係が深いと思われますが、私たちの親の世代の会社の雰囲気・・・帰りに同僚と飲み屋に寄って一杯やりながら、上司の悪口や仕事の愚痴などを語って気晴らしをする・・・が次第に失われてきたことも影響しているのでしょう。会社とのつながりが金だけということになれば、社会との疎外感が深まるのはやむを得ないことでしょう。会社という組織の中で自分の居場所をみつけられなかった人にとって、日本の社会は厳しいものがあります。
タイは「なんとかあまり仕事をしないで、ゆるく生活したい」というのが国民的な裏コンセンサスというお国柄なので、「外ごもり」の人々も違和感なく受け入れてくれるようです。昼は現地の子供達と路上で遊び、夜は安宿の中は狭く暑いので、路上でぼーっと過ごすというような生活のようです。
冷房のある安アパートを借りるというグループは、スーパーで一週間分の買い物をしてアパートにひきこもるというような生活の人も多いようです。彼らは携帯電話はもっていなくても、パソコンは持っていて、アパートでもっぱらパソコン相手にゲームやウェブ・ブログの世界に沈没しているようです。彼らは日本という強固な社会組織からパージされた難民とも言えます。タイもそのような人々を次々受け入れることは有難いことではなく、おそらく状況は次第に難しくなっていくことでしょう。そのときに彼らを受け入れてくれる国があるのでしょうか?
下川氏のルポは何人かの「外ごもり」の人々との対話によって、現在の日本社会の矛盾を自然に暴き出すという仕掛けになっています。私も日本社会はもっと「ゆるく」なっていいのではないかと思います。現在は特に報道番組が、このゆるい社会への変化を妨げる障害になっているように感じます。規制緩和、刑罰を重く、監視を厳格に、教育はつめこみを復活、などのポピュリズムが氾濫していて、自民党も民主党もこのくびきから逃れることは困難でしょう。これだけ物価に比べて収入が少なくなってしまった日本なのですから、社会的規律・企業における労務管理をゆるくしていかないと、冒頭の浜なつ子氏の言うとおりの社会になっていくおそれがあります。
下川氏の本でとても印象深い言葉がありました。それは「日本では人と出会えない」という言葉です。タイでは「外ごもり」の人々は、だいたい暇ですし心に鎧も着ていないので、フランクに話ができて友達の輪が広がってゆきます。ところが日本ではサラリーマン(まして派遣社員)はみんなギリギリでやっているので、精神的に追い詰められていて、職場以外の人と出会いフランクに話をするのは希なことでしょう。私自身について振り返ってみても、年に何度か会う機会がある友人というのは本当に限られています。みんな忙しいのでメールを出すのも躊躇することもあります。このような状況は決して人間的とは言えないでしょう。
下川祐治著「日本を降りる若者たち」講談社現代新書(2007年刊)
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コメント
本当にありがとうございました。
投稿: 豚 | 2008年9月26日 (金) 15:35