ヒトのES細胞は孤独が嫌い
胚性幹細胞(ES細胞)はさまざまな細胞に分化する可能性を秘めた、医学的に重要な細胞です。ところがヒトのES細胞はマウスのものにくらべてひよわで、1個の細胞に分離するとほとんど死んでしまうという難点がありました。
これは細胞を取り扱う上で大変不利で、例えば遺伝子をとりこませたあと、うまく取り込んだ細胞を選別しようとしても、細胞を1個づつ別々に培養(サブクローニングという)できなければ、よい細胞を選別することができません。
笹井博士らは、すぐ死んでしまうのは細胞自殺機構が働いているからで、これを阻止すれば生き残るのではないかとの発想から、様々な細胞自殺を阻止する薬剤を試していたところ、Y-27632 という酵素活性阻害剤が有効であることを発見しました。
Y-27632 (図)というのは三菱ファーマで開発した、p-160-Rho-associated coiled coil kinase (略称 ROCK)というリン酸化酵素の阻害剤ですが、10μモルで1時間細胞を処理することにより、有効に細胞死を防ぐことができるようで、処理なしでは1%の細胞しか生き残らなかったのにくらべ、処理によって26.6%の細胞が生き残るという劇的な結果が得られました。しかも生き残った細胞は神経をはじめ、様々な細胞に分化できることが証明されました。
再生医療はES細胞からつくった神経細胞などを、悪い細胞の代わりに移植する治療を目指しているので、このように有効な細胞を大量に増やす技術の開発は非常に有用です。このようにして作った細胞が安全であるかどうか、Y-27632 がなぜ細胞死阻止に効くのかを含め今後の展開が期待される研究です。
文献:A ROCK inhibitor permits survival of dissociated human embryonic stem cells. K. Watanabe et al., Nature Biotechnology doi:10.1038/nbt1310 (2007)
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