眼の誕生とカンブリア爆発1
動物のいちばんおおざっぱな分類は門です。すべての動物は、人や鳥・魚などは脊索動物門、エビやカニ・昆虫などは節足動物門というように、38の動物門にわけられています。「これらのうちほとんどの門は、5億3千万年前から4億9千万年前のカンブリア紀に生まれ、それに伴って爆発的に多数の種が形成された。これをカンブリア爆発(カンブリアン・エクスプロージョン)という」・・・と私たちは習いましたし、10年くらいまではたいがいの生物学者はそう考えていました。
ところが最近の分子進化学の進歩によって、カンブリア紀の初期には新しい機能を持つ遺伝子の生成がほとんど 見られず、カンブリア爆発に約2億年も先行して遺伝子の爆発的な 多様化が起きていたという予想外の事実が明らかになってきました。しかしカンブリア紀以前の生物の化石はまれにしかみつかっておらず、悩ましい矛盾が生じます。いったいカンブリア紀の初期には何がおこったのでしょうか? アンドリュー・パーカーの著書「眼の誕生」はそのタイトル通りのことがおこったことがカンブリア爆発の最大の要因だったという仮説を述べたもので、それこそ眼からウロコのアイデアを開陳しています。原著(画像)のタイトルはもう少しおしゃれで「In the blink of an eye」です。
彼はこの本のはじめの方で、動物の形態は内臓の分化・配置などの内部体制と、棘・触角・甲羅など外部形態にわけられ、前者に関与する遺伝子は多いが、後者に関与する遺伝子は少ないと述べています。確かに皮膚だけに特別に働いている遺伝子の数というのは多くないように思います。ケラチンだって内臓にもあるのですから。皮膚の分化や増殖に関与すると考えられている遺伝子も、いまのところ特に目新しいものは少なく、少し変化させたり、働く時期や組み合わせを変えて機能している場合が多いように思われます。
カンブリア紀は眼を持つ三葉虫の登場と共にはじまり、彼らこそがカンブリア爆発の引き金であるとパーカーは主張するわけですが、ここで重要なのは眼というのは、単に光りを感じる眼点のようなレベルのものではなく、ちゃんと像を結んで形を認識できるものを意味するということです。三葉虫の目は複眼ですが、トンボなどと同様、ちゃんと像を結んで相手を認識できる優秀な眼だったと考えられています。
このことはエサを認識して食いつくことができるということを意味します。また同時に自分が食いつかれるという危険も意味します。すなわち眼の出現によって、それまで穏やかに千年一日のごとく暮らしてきた動物たちは、一気に弱肉強食の修羅場にたたきこまれることになったわけです。食う方から言えば、エサを切り裂く口、殺すのに必要な武器、エサが逃げないように押さえつける脚が必要です。食われる方から言えば、逃げ足の早さ、360度を探知できる柄の付いた眼、甲羅・棘などの装甲を身につける、擬態する、大量にたまごを産むなど、生存のための新しい戦略が必要になりました。これが動物にバラエティーを作る要因になったわけです。
著者が言うように、外部形態の変更はそれほど大規模な遺伝子の転換を必要としないため、短期間のうちに多様性が生まれたと思われます。しかしまた甲羅や殻・棘など硬いものは化石として残りやすくなるので、これがカンブリア紀爆発を誇大化する要因になることにも留意する必要があります。
「眼の誕生 カンブリア紀大進化の謎を解く」 アンドリュー・パーカー著 渡辺政隆・今西康子訳 草思社刊 (2006年)
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