真相はヤブの中-HIVの起源
私は昆虫学には全く疎いので、ウィリアム・ハミルトン博士についても、ひょんなことでこの本「虫を愛し、虫に愛された人」を読むまでは知りませんでした。ハミルトン博士は2000年に63才で他界された高名な昆虫学者だそうで、この本はご本人による自伝と、日本人で親交のあった関係者らによる追悼の寄稿によって構成されています。
自然淘汰の考え方から言えば、自分の子供が少なくなるような変異が自然界で保存されることはあり得ないということなのですが、自分の子供は残さず他の個体の世話をする働き蜂の性質がどうして子孫に伝わったのかを、ハミルトン博士は「血縁淘汰説」という新理論で説明し、社会生物学の基盤をつくったことで知られているそうです。
昆虫の世界はすごいもので、哺乳類などとは違って、驚異的なバラエティーに驚かされます。母親の体内で交尾を行う子供達とか、自分の体よりデカい精子を運ぶ連中とかの話にはかなり引きましたが・・・・・。いろいろな発見を生涯にわたって行ったハミルトン博士ですが、晩年に最も関心を寄せていたのが、なぜかエイズウィルスの起源についてだったというのが意外でした。
問題はコプロウスキー博士がポリオの生ワクチンを、ベルギー領コンゴで多くの人々に試験接種した際に、チンパンジーから人にエイズウィルスの起源となるウィルスが感染したのではないかという疑いです。これについては多くの議論があり真相は藪の中です。興味のある方は1999年にエドワード・フーパー博士が発表した The River: A Journey to the Source of HIV And AIDS、 Little Brown & Co 刊 を読まれるとよいでしょう(アマゾンなどから入手できます)。この件に関する国際シンポジウムも開催されました。最近の研究結果はこの説に否定的なものが多いと聞いていますが、まだ疑問も残ります。
サルの腎臓の培養細胞にポリオウィルスを感染させて、ウィルスをふやし、ワクチン製造や研究に用いるのは一般的なのですが、コプロウスキーらにとって運がなかったのは、彼らが用いたアフリカのサルはSIVウィルス(エイズウィルスの起源とされるウィルス)を持っていたことです。セービンらの用いたアジアのサルにも多くのウィルスが感染していて、細胞培養液にポリオウィルスと共に出てきて、人に感染するということはあり得たわけですが、アジアのサルのウィルスには特に有害なものがなかったにすぎません。分子生物学でよく用いられるSV40というウィルスは、アジアのサルで40番目に見つかったウィルスという意味です。
真相は別として、この疑惑を押さえ込もうとした圧力がかなりあったということは事実でしょう。またコプロウスキー一派の姿勢も疑惑を招くもととなったと思われます。最近「ナイロビの蜂」という映画が公開されましたが、これはフィクションの形をとったドキュメンタリー映画です。ラヴストーリー中心のような宣伝文句ですが、実は製薬会社と関連会社が行ったアフリカでの人体実験による死・・・を隠蔽するための殺人事件を描いたシリアスな映画で、私もDVDで見ました。映画ではエイズではなく結核の薬ということになっています。今見終わりましたが、全くやりきれない気分です。
ハミルトン博士はフーパー博士の協力者でしたが、コンゴのチンパンジーの調査にアフリカに行った際にマラリアに感染して、2000年3月に63才の若さで亡くなられたということです。
参考書:「虫を愛し、虫に愛された人-理論生物学者W.ハミルトン 人と思索」 長谷川真理子編 文一総合出版 (2000)
参考DVD:「ナイロビの蜂」主演:レイフ・ファインズ、妻役のレイチェル・ワイズはアカデミー賞助演女優賞受賞 FOCUS FEATURES LLC (2005)
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