傷の治療:最近の考え方
最近普通の絆創膏とはことなる、キズパワーパッドという製品が発売されています。これは傷口をなるべく湿潤状態にして治療しようという新しい考え方に基づくものです。
ヒトや動物の皮膚には多くの細菌が普段から住み着いていて、何事もなく生活しています。そして皮膚に傷ができた場合、傷口でこれらの細菌が必ず異常繁殖して化膿するかというと、そうではなく、普通の傷口は自然に治癒してしまいます。浅い傷だとまわりから表皮の細胞が増殖して伸びてきて傷口をふさぎ、深い傷だとまず肉芽組織ができて、その後表皮が伸びてきて傷口をふさぎます。本来ヒトにも動物にも傷を治癒する能力はそなわっているわけです。
夏井睦先生らの考えによりますと、消毒薬というのは細菌を殺すだけではなく、のびてくるはずの表皮の細胞や肉芽細胞まで殺してしまうので、傷口を消毒するのは有害なのだそうです。確かに消毒に有効な濃度のアルコール(70%程度)なら、接触した細胞は即死します。傷口に土やガラスなどの異物がついていたときは、生理食塩水か、なければ水道水で洗うだけのほうがよほど良いということです。
化膿するのは、傷口に特別に細菌が住みやすい環境が形成されることが原因だそうで、ガーゼ、包帯、絹の手術糸、壊死した組織などがその住みやすい特別な環境を形成します。これらが傷口に直接接触することによって、異様に細菌が増えて、化膿してしまうというわけです。
もうひとつ傷の治癒に有害なのは、傷口を乾燥させてしまうことだそうです。確かに培養細胞など飼っていますと乾燥は大敵で、もちろん水分がなければ細胞は即死しますが、培養液の塩分が少し濃くなっただけでも、細胞の増殖には非常に有害です。従来は傷口がじゅくじゅくしないように乾燥させて直すという考え方だったわけですが、傷口を乾燥させると、伸びてくるはずの表皮の細胞や肉芽細胞が死ぬか、元気がなくなってしまうので、この意味では確かに有害です。
というわけで、最近ではとくに褥瘡の治療に、サランラップのようなシールで被覆して治療するというような方法が普及してきているようです。褥瘡の原因は複雑ですが、夏井先生らによると、より単純な原因による普通の傷の治癒の場合などは、この方法がより有効で、従来の方法より数倍早く治癒するそうです。
そこで最初に述べたキズパワーパッドという、あたらしい考え方の絆創膏が発売されたというわけです。これはハイドロコロイドという素材でできていますが、その他にも用途によって様々な傷被覆用の素材が開発されており、外科手術も含めて傷の治療のシステムが革命的な変革の時期を迎えているようです。
ただ、すべての場合にこの考え方でよいかというと、そうでもないのが生命現象の奥深さで、カミソリですぱっと切れたような傷の場合、細胞の増殖より傷口の癒着が優先されるので、普通のバンドエイドの方が良いかもしれません。
下の参考文献は医学の本ですが、たとえ話やジョークが満載で、素人でも面白く読ませていただきました。それにしても、考えてみれば当たり前と思われるようなことが、最近まで全く無視されていたということは、ある意味医業界の頭の固さを示しているとも言えるでしょう。
参考書:
創傷治癒の常識非常識 消毒とガーゼ撲滅宣言 夏井睦(なついまこと)著 三輪書店(2004)
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