ワイス博士の不遇
遺伝子工学の基本はDNAを増やし、切断し、連結することです。
1)まず増やすということですが、増やす酵素をみつけた A. Kornberg 博士は、発見してからわずか4年後にノーベル医学生理学賞(1959年)を受賞しています。さらに高速でじゃんじゃん増やす方法(PCR法)をみつけた K. Mullis 博士も1993年にノーベル化学賞を受賞しました。これは温泉に生きる生物の酵素を用いた巧妙な方法で、一見マイナーもいいところの温泉の研究が、一気に世界を驚かせる技術に直結した好例です。
2)次に切断する酵素ですが、これはもともとバクテリアがウィルスの攻撃から身を守る方法として作り上げたものでした。人の場合のように抗体を使ったりしないで、彼らは直接ウィルスのDNAを切り刻んで身を守ります。これももともとは地味な研究ですが、遺伝子工学に応用できることがわかって、一気に時代の寵児となりました。発見した H.O. Smith 博士と D. Nathans 博士は1978年のノーベル医学生理学賞を受賞しました。
3)ここで非常に不思議なのは、DNAを連結する酵素を発見した B. Weiss 博士と C.C. Richardson 博士についてです。彼らはノーベル賞をもらえなかったどころか(もう発見から40年経過しました)、米国版のウィキペディアで、件の酵素DNAリガーゼの項目をひいて見ても、名前すら出てこないのです(2007年3月7日現在)。日本語のグーグル検索に至っては、かなり熱心にみても彼らの関連記事は皆無でした。DNAリガーゼは生理的にも、遺伝子工学的にも、非常に重要な酵素であるにもかかわらずです。どうしてこんなことになったのか、心にとめて何かわかったらまた記事を書こうと思います。事情をご存じの方がおられたら、ご教示賜りたいです。
写真:Weiss 博士
http://pathology.emory.edu/AdminFacultyMember.cfm?Name_seq=422
文献:Weiss, B., and C. C. Richardson. 1967. Enzymatic breakage and joining of deoxyribonucleic acid. III. An enzyme-adenylate intermediate in the polynucleotide ligase reaction. J. Biol. Chem. 242: 4270-4272; Weiss, B., and C. C. Richardson. 1967. Enzymatic breakage and joining of eoxyribonucleic acid, I. Repair of single-strand breaks in DNA by an enzyme system from Escherichia coli infected with T4 bacteriophage. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 57: 1021-1028
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