サットンの栄光と悲劇
1900年にコレンス、チェルマク、ド・フリースによって、いわゆる「メンデルの法則の再発見」が行われました。それからわずか2年のうちに、メンデルの言っている「要素=エレメント」の実体が染色体であることを示唆したのが、ウォルター・サットン Walter Sutton です。
サットンはバッタの一種 Brachystoma magna を材料として、配偶子形成過程における染色体の挙動について詳細な観察を行いました。精原細胞(精子のおおもととなる細胞)から精母細胞ができる過程では通常の体細胞分裂が行われますが、精母細胞から精子ができる過程(配偶子形成)は減数分裂という特殊な細胞分裂をともないます。この減数分裂というのがキーポイントです。
精母細胞では、まず染色体が分裂して通常2セットのものが4セットとなります。この4セットの染色体は集合したのち、細胞分裂の際に片方に2セットづつ分配されます。さらに次の細胞分裂の時に、片方に1セットづつ分配されます。すなわち2セットづつの染色体を持つひとつの精母細胞から、2回の細胞分裂によって1セットづつの染色体を持つ4つの精子ができる。植物の場合もちろん同様に花粉ができます。
このように体細胞はそれぞれメンデルの言う2つの要素(2本一組の染色体)を持ち、配偶子はそれぞれ一つの要素(1本づつの染色体)を持っていて、受精によってふたたび二つの要素を持つ受精卵ができると考えると、それまで概念だけであったメンデルの法則が、実体をともなってうまく説明できます。このことをサットンは1902年、1903年の2報の論文にまとめて報告しました。これが染色体説です。
サットンの染色体説の詳細は次のようなものです。
1.メンデルの言うところの”要素”は卵や精子(花粉)のような配偶子を通じて次世代に伝達される。卵と精子には均等に要素が含まれる。
2.細胞核の構成成分のうち、染色体は細胞分裂のとき娘細胞に均等に分配される。要素は卵と精子が均等にもっているはずなのに、卵の細胞質は巨大で、精子の細胞質は非常に乏しいことから、細胞質ではなく核(染色体)に要素が含まれると考えられる。
3.染色体は核の中で、メンデルの考えた”要素”という考え方に沿ったかたちで、対になって存在する(相同染色体) → ”要素”は染色体の上に乗っていることが示唆される。
4.卵や精子がつくられるときは、通常対になっているはずの染色体が分離し、そのうちの一つづつがランダムに選ばれて卵や精子に受け継がれる。たとえば体細胞がAaBbCcという要素をもっているとすると、卵や精子は、ABC, ABc, AbC, Abc, aBC, aBc, abC, abc の2の3乗通りの種類が考えられる。人の場合だと23組なので2の23乗通りの卵と精子が存在する。
5.染色体の数に比べて要素の数は非常に多いので、ひとつの染色体に多数の要素が相乗りしており、これらの相乗りしている要素についてはメンデルの分離の法則は成立しないと予測できる。
ヨハンセンは1909年に”要素”をはじめて遺伝子(gene)と呼びました。そして形質をはっきりと「遺伝子型」と「表現型」にわけて定義しました。
サットンはカンザス大学医学部出身ですが、大学院では、ニューヨークのコロンビア大学に移籍し、ウィルソン教授の門下で生物学の研究を行いました。上記の仕事はすべて彼が大学院のときに行ったものです。
しかし生来の熱血漢である彼は、あまり薄暗い実験室で顕微鏡を覗いてばかりというような生活は、自分の性格や生きていくポリシーと合わないと考えたのでしょう。大学院時代に歴史的論文を2編発表した後、研究をやめてカンザスにもどり外科医に転業します。そして第一次世界大戦のときにはヨーロッパに渡り、フランスで兵士の治療にあたっています。サットンの面目躍如というところです。
ヨーロッパから帰還してまもなく、サットンは虫垂炎にかかってしまいます。そしてこの手術が失敗に終わり、わずか39年の生涯を終えることになりました。長生きしていれば間違いなくノーベル賞を受賞していたと思われるので、誠に残念な悲劇でした。彼の遺骸はサットン家の立派な霊廟(図)に眠っています。
詳しい伝記は→ http://www.kumc.edu/research/medicine/anatomy/sutton/
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