« 台湾の女 | トップページ | 遭難 »

2009年7月26日 (日)

エターナルハイム

エターナルハイム

  私のように身寄りが全くない者が定年退職すると、いままで仕事に紛れていたよるべない感覚が吹き上がってきて激しい孤独感に襲われる。毎日自分の周囲には静寂な空間だけがあって、外の物音は全く自分とは関係のない別世界のようだ。こんなときに家族や係累が居るときっと気が紛れるのにと思う。しかし別の見方をすれば、身寄りがないということは、身内の誰かを介護するわずらわしさや誰かに介護される情けなさとは無縁というメリットはある。ただ静かにくたばり、死後かなり時間がたってから腐乱死体となって発見されるのだろう。発見した人や警察官には迷惑をかけることになるが、もう屍となっている私にはどうしようもない。謝ることもできない。

    落ち込むと日常的に死について考えがちになる。夢の中にも自分の死のシーンが頻繁に出てくる。たとえば体がだんだん麻痺してきて、電話をかけようとベッドから転げ落ちるのだが、どうしても携帯電話まで手が届かない。匍匐前進して進むが、あと10センチのところで全く体が動かなくなってしまう。私は薄れる意識の中で必死に手を伸ばすが、ついに力尽きる。汗びっしょりになって目が覚める。ああ生きていたのかとライトを点けると午前4時だったりする。

  世の中ではインフルエンザが猛威をふるっていた。退職前の多忙にかまけて予防注射はしていなかった。もっともそれもこの年に限っては、あまり有効ではなかったようだが・・・。ともかくそのたちの悪いインフルエンザに私も感染したらしく、しばらく熱が出て寝込んでしまい、そのあとときどき咳き込むようになった。かなり重い症状になってから近所の竹見医院に行って診察してもらいやっと少し楽になったのだが、独り身だと寝込んだときのダメージがひどい。一週間くらいベッドに出たり入ったりの生活をしていると、太ももの筋肉が目に見えてしぼんでくる。こういうときは近所のコンビニだけが頼りだ。だいぶよくなってから、久しぶりで車でスーパーまで出かけてあれこれ買い物をしていると、普段では信じられないくらいへとへとになって息が切れた。

  その頃、つまり職を失ってから1ヶ月くらいたった頃、市役所から電話がかかってきた。「高齢者の健康診断を無料で行うというシステムの試行で、あなたがモニターに当選したのですが、参加していただけますか」という内容だった。会社にいた頃は、毎年当然のように会社のお膳立てで健康診断を受けていたが、健康診断まで自前でやらなくてはいけないんだということを思い知らされた。しかし今回は無料だというのでさらに詳しい話を訊くと、近所の竹見医院でやるので予約して下さいとのことだった。ちょうど体調も万全ではなかったので予約することにした。

  竹見医院は大きな病院ではないが、内科・外科・脳外科があって、近隣ではたいていの人がお世話になっていた。竹見先生からいろいろと問診を受け、血液検査とレントゲン検査をやってもらった。一週間ほど経過して、結果の説明を受けるためもう一度医院に行くと、先生がカルテを見ながら深刻な顔で私に言った。

「最近体の具合はどうですか?」 私があまり良くないと答えると、

「ちょっと腫瘍マーカ-の値に問題がありましてね。これは精密検査を受けないといけませんね。紹介状を書くので、市民病院に行って下さい。知人の医師がいるので融通ききますよ。明日はどうですか? よかったらこちらから電話で頼んでおきますが」 と竹見先生は市民病院での検査を勧めた。

  竹見先生が親切に段取りを整えてくれるようだ。市民病院は普通予約してから2週間くらいしないと診てもらえないのでこれはラッキーだと思ったが、一方で私はそんなに緊急に診てもらわなければいけないほど悪いのかという不安におののいた。特に用もなかったので、もちろん「明日ですか。大丈夫です。宜しくお願いします」と返事をした。

  自分は癌になってしまったのかという不安でその夜は一睡もできなかった。朝一番で病院にかけつけ、受付をすませて待合室に座っていると、ひとりの女性の看護師が、「遠井さーん・遠井さーんいらっしゃいますか」と私の名前を呼びながら近づいてきた。私が手を挙げると、私の前にやってきて「あなたが遠井さんですね。CT・PETなどの検査をやります。ちょっと今検査が混雑していて時間がかかるので、申し訳ないのですが、うちで委託している竹見医院にこれから行ってすぐ検査して下さい。竹見医院でもCTと細胞診は可能です。他の検査の日程は後ほどお知らせします。竹見先生には連絡してありますので、このファイルを持参して下さい。終了したらこちらにもどって、このあたりの席でお待ち下さい」と告げた。

  私は「なんだ二度手間じゃないか」と思いながら、ともかく早く検査をすませて早く結果が知りたいという一心で、また竹見先生のところに戻って検査を受けた。終了後指示通り市民病院にとって返すと、前の看護師がまた出てきて一人の医師を紹介してくれた。「片倉先生です。少しそちらでお話しましょう」と彼女は私をロビーの端にある談話室のようなコーナーに連れて行った。片倉という医師がファイルを見ながらにこやかに話しかけてきた。「腫瘍マーカーの値が少し高めなのですが、結構誤差のある検査なので、精密検査で何でもなかったという場合が多いのですよ。遠井さんもあまり心配しないで検査結果をお待ち下さい。竹見医院での検査結果をみて、さらに検査が必要なら連絡します」ということだった。

☆ ☆ ☆

  いよいよ精密検査の結果が出る日がやってきた。竹見医院にいくと、気のせいかもしれないが、凍り付いたような雰囲気で先生がモニターを見ながら座っていた。「まあそこに座って下さい」と先生が口を開いた。「遠井さん。残念だけど肺癌だね。タイプとしては小細胞癌というあんまりタチの良くないやつで、手術でとればいいというものではないんですよ。でも悲観しちゃいけませんよ。入院して長期間の化学療法が必要になると思いますが、きちんと治療できますから」というご託宣だった。

  私は目の前が真っ暗になった。その後体調とか喫煙歴とかいろいろと質問されたような記憶があるが、どう答えたのかさっぱり覚えていない。喫煙歴はかなりある方だった。後悔してももう遅い。やりとりが終わってがっくりとしていると、市民病院の片倉先生が現れた。竹見先生は私の肩をたたいて「遠井さんの病状を片倉先生に連絡したら、こちらに来てくださるとというので、先生のご意見をうかがってみましょう。片倉先生は癌の専門医ですから、遠井さんに最適の治療のストラテジーを考えてもらえますよ」と私を片倉先生の前に連れて行った。私は片倉先生にすがるように小声で「お願いします」と言った。片倉先生はデータを見ながら「うーん。これは・・・。かなり大変だね。時間はかかりそうだけど、化学療法で頑張ってみましょう」とにこやかに励ますように言った。「時間がかかるというのは、具体的にはどのくらいかかるのでしょうか」と訊くと、片倉先生は「そうね。休みを入れながら間欠的に半年くらいやって、少し様子を見てまた半年という感じになりますかね」と曖昧な感じで、口を濁しながら答えた。

  「遠井さん、少し待って下さい」と言って、片倉先生は竹見先生に目配せして奥の別室に出て行った。しばらくすると片倉先生は一冊のパンフレットを持って、私が待つ診察室に現れた。先生が言うには、私の病気の場合長期の入院が必要なので市民病院ではちょっと無理で、先生の知り合いの医師が経営するというこのパンレットで紹介されている専門病院で治療するのが良いのではないかということだった。何でも少し前まで健康省の外郭団体が経営する保養施設だったのを、片倉先生の知り合いの先生が経営する法人がタダ同然で買い取り、長期入院加療が必要な患者のための専門病院にしたというのだ。保養施設の時代は、長年にわたって赤字を垂れ流していたようだ。交通が少し不便とはいえ、熱海の高台にあると言うし、ともかくどんな施設か見てこようと思った。

☆ ☆ ☆

  新幹線の熱海駅を降りてタクシーに乗ると、くねくねと曲がる細い道を山の方へ上っていった。15分くらい走っただろうか、パッと開けた大地があって、そこに施設の白い建物が見えた。思っていたより内部はきれいで、ロビーの大きな窓からは相模灘を見渡すことができて、遠くには三浦半島が霞んで見えた。ずっと鬱滅とした気分で過ごしていたので、熱海の高台の素晴らしい景観には癒された。天気予報では来週から梅雨になるらしい。晴れ渡った空と海を見ていると、ここ何週間かの出来事が、すべて架空のものだったようにすら思われた。ただ名前がエターナルハイムというのが少し気になる。ひょっとしてここはホスピスなのか? 背筋にかすかに冷たいものが走った。

A_2

  受付で名前を告げるとロビーのソファーに案内され、係員の中年女性が資料を広げて詳しく説明してくれた。正式な病院としてのスタートは2週間後で、現在は準備期間だが、昨日から特別に選ばれた少数の患者さんの入院の手続きを始めていて、来週から試験的な入院が可能だということだ。診察・検査・治療などは2週間後に予定されている開院式終了後、ただちに開始されるそうだ。医者や看護士などの病院スタッフは開院式前日から顔をみせるということだった。

  普通の病院と違って、まず保証金300万円也を支払わなければならない。ただしこれは退院するときに返却される。退院できればの話だが・・・。まあとりあえずそのことは考えないことにしよう。さらにここからが費用になるわけだが、1年分の施設使用料30万円、サービス料60万円、まかないの代金240万円を支払わなければならない。合計630万円になるが、自宅の賃貸料と1年の生活費を考えると、決して高額ではない様に思われた。個室が用意され、しかも温泉とプール付きだ。もちろん3度の食事は用意されるし、掃除をする必要もない。洗濯は地下にあるランドリーが利用できる。係員は他言しないようにと私に釘をさしたあと、保証金の300万円について、「通常は500万円だけれど、遠井さんの場合は理事長のお知り合いの先生からのご紹介なので300万円になりました」と耳打ちをした。

  長い闘病生活を考えると、私にはここしか選択肢がないように思われた。最悪の場合、2度と外には出られないのかも知れない。しかしそれでも自宅でひっそりと死んで腐乱死体で発見されるより、ここで看護師や世話係の女性にみとられて死ぬ方がよほど幸福だろう。発見者や大家にも迷惑をかけないですむ。幸いにして、まだ退職金には手をつけていなかった。私は係員に「よくわかりました。近々振り込みます。来週入院しますのでよろしくお願いします」と告げた。

☆ ☆ ☆

  いざ入院してみると、温泉ホテルにいるのも同然で、実に優雅な毎日だった。それに入院してから気がついたのだが、すこぶる体調が良い。咳も出なくなったし、だるさもない。この私が本当に肺癌なのか・・・? 病院には次々入院患者がやってきた。みんな暗い不安そうな顔だ。私と似たり寄ったりの病状の人が多いのだろう。そのうち不思議なことに気がついた。私は近所つきあいは少ない方だったが、近所で見かけたことがあるような人が何人か患者の中にいるような気がした。彼らも市民病院の片倉先生に紹介されてここに来たのだろうか?

  異変が起こったのは開院式の2日前のお昼頃だった。朝一番で銀行に振り込まれるべき職員のサラリーが、まだ振り込まれていないとロビーで騒ぎになっていた。職員のひとりに訊くと、以前の保養施設時代から勤務しているそうだ。主な仕事は清掃とベッドメイキングだそうだが、保養施設時代には施設は赤字でも給料の遅配なんて一度もなかったと文句を言っていた。

  私はどうなっているのか確かめようと市民病院に電話をかけた。理事長の友人の片倉先生に聞けば何かわかるかもしれない。ところが片倉先生を呼び出してもらおうとすると、病院の担当者は「その名前の先生は当院には在籍しておりません」と答えた。何度確かめても同じだった。私は蒼白になって竹見先生に電話をかけたが、全くつながらなかった。私は腰が抜けてフロアに座り込んだ。

  ようやくソファーに腰掛けて頭をかかえていると、ロビーで騒いでいる人のひとりが「これは詐欺だろう」と叫んだ。私はその声で我に返った。

「詐欺って? じゃあ私は癌じゃないのかも???」
私の背中を閃光が駆け抜けた。

  翌日刑事がやってきて、私も事情を訊かれた。しかし、考えてみると片倉先生と看護師はマスクをしていたので顔がわからない。インフルエンザが流行していたせいで、彼らがマスクをしていても全く不審な感じはしなかった。竹見先生の行方はわからないそうだ。私はなけなしの退職金から630万円を失った。しかし、詐欺師のカモになったという怒りが湧き上がってくる前に、癌から生還したという喜びが押さえきれなかった。

  しばらくしてから、また刑事がやってきて「何か思い出したことはないか」などと訊いてきたが、有益な情報は思い出せなかった。主犯は理事長と片倉と看護婦で、竹見先生は理事長のやっていた闇金から借金して首がまわらなくなり、言いなりになったのだろう・・・というのがその刑事の見解だった。病院の従業員は犯罪には全く関与していなかったようだ。被害総額は1億円を超えたそうだ。そうそう、事件の最初に市役所からかかってきた電話というのは、その理事長役の男がかけたのだろう。後で考えてみると、おかしな点はいろいろあったのだが、癌になったというショックで、当時の私としてはいぶかる余裕は全くなかった。他の騙された人々もみんなそうだったのだろう。

☆ ☆ ☆

  あれから1年たって、私は退職金の損失を取り返すため再就職して、また忙しい日々を送ることになった。なかなか静かな人生を送れそうもないが、私にはそんな日々の方が合っているのかもしれない。事件を思い出さない日が増えてきた頃、夕刊の記事に私の目は釘付けになった。奥多摩の山中から竹見先生の死体が発見されたのだ。犯人たちはまだ捕まっていない。

  またあの悪夢のような日々がざわざわと記憶に蘇ってきた。私はそこから逃れるように、とっておきのハワイコナを開封し、ゆっくりと手回しで挽いた。棚からお気に入りのウェッジウッドのカップを取り出し、挽きたての香り高いコーヒーを淹れて、じっと褐色の水面を見つめながらカップに顔を近づけた。水面に映る顔に、私はつぶやいた。

Photo 

「よくまあ生きていたものだな」

|

« 台湾の女 | トップページ | 遭難 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: エターナルハイム:

« 台湾の女 | トップページ | 遭難 »