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2009年2月11日 (水)

300年保証

300年保証

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  目覚めると、目の前にはスクリーンがあった。しかしいつものようなニュースではなく、映画が放映されていた。しばらくすると、アナウンスが流れてきた。

  「皆様 申し訳ありません。ニュースを放映する予定が映画に変更になっておりますが、これは地球からの送信が途絶えているからで、まだ回復の見込みはたっておりません。もうひとつお詫びしなくてはいけません。今回、前回のお目覚めから8年経過してしまいました。週に一回の契約になっておりますところ、誠に申し訳ありません。これは太陽電池システムの故障によるもので、本社に修理を依頼しておりますが連絡がございません。恐縮でございますが、しばらくお待ちくださいませ。またお目覚めのインターバルの件につきましては、本社に連絡いたしまして契約金の返却について検討する予定でございますが、実は本社と連絡がつかない状況になっております。改善に努めてまいりますので、いましばらくお待ちくださいませ」

  8年・・・??? それは無茶苦茶だ。だいたいスペースライフ社との契約だと「最低300年間のシステム維持と各種特約を保証します」ってことになっていたはずだ。体はなくなってしまうが、記憶はすべて生体脳から電子脳にコピーし、毎週一日は目覚めて、ニュース、ドラマ、サッカーなど、あらかじめ希望したジャンルの番組を満喫できるはずだった。これが最低300年続かないと契約違反だ。私と同様こんな300年+αの人生を選んだ人間が、ここには100人いるはずだ(すでにもう人間とは言えないわけだが)。このような人生を選ぶには、人それぞれの事情があったのだろう。それだけでもここに来た人たちとは友人になれそうな気がする。少なくとも話をしてみたい。しかし私には手足がないし、口をきくこともできない。スペースライフ社の契約違反のせいでこんなとんでもない事態になっても、誰かに抗議することすらできない。私はただの哀れな箱なのだ。

  もっとも相手から突然連絡を絶たれてモノは届かない、お金は返らないというような経験は生体で動いていたときから何度か経験したことではある。警察に届けてもまったく解決しなかったが、ここには警察も弁護士も裁判所もないし、あっても私は口がきけない。がっかりしていると、突然管理人の女がやってきて自分の腹からコードを引き出し、私にプラグを差し込んだ。彼女はアンドロイドのようだ。これで話ができるのか。

「池田俊夫さんですね。あなたは昔パイロットをやっていたんですね」
「はい ブルーパシフィックエアラインに勤務しておりました」と私は答えた。
といっても音声で答えたわけではないが、なぜか意味は伝わったようだ。

  管理人は「では今からあなたに運動装置を装着します」と言って私=箱を棚からおろし、ロボットのような装置を取り付けた。これで私もインテリジェントボックス(スペースライフ社はそう呼んでいた)からロボットに昇格だ。10年前にはこのようなロボットは高嶺の花だった。動けるというのはなかなかいいことだ。動くのは10年ぶりだ。しかしそれを楽しむまもなく、すぐに管理人の部屋に案内された。ロボットタイプに昇格すると無線通信装置が内蔵されていて、コードをつながなくても自動的に周波数が調整され、対面する相手と話ができるようだ。

  管理人は私からプラグを抜いて、さっきより少し親密な感じで話しかけてきた。「ロボット型でごめんなさい。人型のはここにはないの。それより、実は事態はとても深刻なのよ。太陽電池システムの故障で、あなた方にもなかなか目覚めてもらえる余裕がないし、いくら会社に依頼しても修理の技術者がこないのよ。8年も! それどころか補給の船もここ5年くらい来ていないの。トラブルがあるという話なんだけど、だいたい本社との連絡すらも最近はとれなくなって、私自身の充電もままならなくなってきたの。最近はタイマーをセットして、ほとんどの時間眠っているという状態なのよ。本当は地球に帰って話をつけなきゃいけないんだけど、私は宇宙船の操縦ができないし、もうどうしようもない。ここで朽ち果てるしかない。と一度は覚悟したわけよ。でもその前にひょっとしてと思って、お客さんの経歴を調べてみると、ビンゴ! 昔操縦士だった人がいたわけ。慌てて倉庫を調べると、幸運なことに一体だけロボットモジュールがあったのよ。私は今は人型のモジュールをつけてるけど、以前はロボット型をつけていたわけ。それが残っていたのね。というわけで池田さん、私といっしょに地球の様子を見に行ってくれませんか」

  こうなった以上、地球に様子をみにいくしかないだろう。
「もちろんお手伝いしますよ。会社の契約違反には我慢できません。ところで、地球に行ける船はあるんですか?」と私は即答した。
「一台緊急用の宇宙船があります。操縦可能かどうか見ていくれますか」
管理人は私を宇宙船の格納庫に案内した。

  宇宙船の英文マニュアルを渡されて読むと、内容はほぼ理解できた。とりあえず機器をチェックしてみると、月から地球各地へはいくつかのパラメータを入力すればプリセットプログラムによる自動操縦でも行けるようだった。

「大丈夫みたいです。私でも操縦できるでしょう」
「そう よかったわ じゃあ早速乗り込みましょう」

私は少し驚いた。

「点検整備やってませんが・・・」
「あなたできるの?」
「いや 無理です」
「じゃあフライトをやめる」
「という選択肢はありませんよね。行きましょう」

  私は覚悟をきめて、起動スイッチをいれて運行予定パネルを開き、成田空港にプリセットした。スタートボタンを押すと、かすかな振動と共にエンジンが起動し宇宙船は飛び立った。数分間手動で軌道に乗せた後、自動飛行をに切り替えた。これであとはプリセットプログラムにお任せだ。というかお任せでないと、地球突入の角度計算などは私には不可能だ。ということは、船の自動運行プラグロムがちゃんと動かなければ私たちはお陀仏ということを意味する。船が地球への軌道に乗ると、彼女は私に話しかけてきた。

「どうして人間生体をやめて、こんな話にのっかったの?」
「パイロットという仕事は家をあけることが多くて・・・。早い話、女房がよその男と出て行ったことがきっかけってことかなあ」

嘘をつく気にはならなかった。

「あらら・・・。 ところでまだ名前も言ってなかったわね。私はキャロライン。スペースライフ社のアンドロイド社員よ。こんな退屈な仕事をOKする人間がいなかったので、私が志願して月で働くことになったわけよ。5年くらい働いたら地球に戻って昇進する予定だったのに、まったくうちの会社ときたら・・・」

  彼女はさらにスペースライフ社や上司の悪口をしゃべりまくった。しかし私は彼女の話はあまり聴かず、別のことを考えていた。地球に帰ると、そのうちいつか私を捨てて家から出て行った女房と、驚いたことにそんな女房について行ってしまった娘に会うことになるだろう。何とも言えない嫌な気分。そしてそれでも会いたいという気分とがないまぜになって混乱していた。そうだ・・・成田空港にプリセットして良かったのだろうか?

「とりあえず日本の成田空港に行っていいですか、それとも・・・えーと・・・スペースライフ社の本社はシカゴでしたっけ?」
「私は月にくるまでは日本支社で勤務していたの。だから成田空港の方がいいです。日本支社の人はほとんど知っているし、空港にも知り合いがいます。シカゴ本社の知り合いは少ないわね」

  成田空港上空には不思議なことに全く航空機がいなかった。レーダーにも全く機影がみえない。私は自分のボディに収納されていたキャロラインとの会話に以前使ったケーブルを引き出し、管制塔と書いてあるパネルのプラグにつなぐと、ビンゴ・・・管制官と話ができた。プラグをつなぎ替えて、キャロラインに管制塔と話をさせると、意外にもすんなりと着陸できた。 話の内容はわからないが、おそらく管制官が彼女のことを知っていたのだろう。

  空港に着陸して機体から外に出てみると異様な雰囲気だった。 周りはアンドロイドらしき兵士ばかりだった。 私たちはいまや兵舎となっている北ウィングの小部屋に連れ込まれ、いろいろと事情を訊かれた。 キャロラインと私がきちんと状況を説明すると、彼らは少しの間コンピュータで調査し納得したようだった。

「ここにいるのはみんなアンドロイドの兵士だ。 人間の過激派がプラスチックを食うバクテリアを撒いたために、アンドロイドは空港の外には出られない。 過激派とわれわれはもう8年間も戦闘状態だ。 おまえ達はここで用が済んだら、さっさと月に帰ることだ」と司令官らしき男が指示した。 司令官は馬鹿にしたような笑いを浮かべて「そんな格好じゃ困るだろう」と言って、私に人型アンドロイド用のアタッチメント一式を貸してくれた。ようやく私に顔が装着され、発声や空間音認識ができるようになり、視覚も顔が上下左右自由に動かせるようになって格段に便利になった。ロボット型だと水平にしか動かせないのだ。匂いを感じられれる様になったのには驚いた。これでは人型ロボットじゃなくて、ほぼ人間だ。

  一度はすべてを捨てて月で朽ち果てようとした私だが、10年ぶりに地球に帰ってきてみると、どうしても娘に会いたい、会えないまでも見ておきたいという気持ちを抑えられない。キャロラインになんとか外に出る方法はないのかと訊ねると、キャロラインが「手がないわけじゃないと思うんだけど・・・。 ともかく会社と連絡したいんだけど、メールも電話もつながらないのよ。日本支社もシカゴ本社もダメ。いったい会社がどうなっているのか確認しないとお話にならないし。 でも、少し待っていて」と言って姿を消した。 しばらくすると彼女は戻ってきて、笑顔で「会社のヘリがあったわ。ラッキー」と言って、私に手招きして車で空港の片隅の倉庫に捨てられたように置かれてあるヘリのところに案内した。

  しかしいくらなんでも、戦時下(?)に勝手に発着するのは危険すぎるということで、二人で司令官に話しに行った。 司令官は最初は渋っていたが、結局東京の状況を偵察してくる任務の兵士に同行し、仕事を手伝うという条件で、軍事用のヘリとパイロットの兵士一人を用意してくれた。 さらに消毒用のスプレーと自動小銃まで持たせてくれた。 兵士に自動小銃の打ち方を教えてもらい、さらにいざという場合に備えて軍事用ヘリの操縦法を教えてもらった。発砲するのは怖いが、操縦はほぼいけそうだ。2時間ほどトレーニングとレクチャーを受けて、私たちは東京に飛び立った。 兵士によると、過激派は異常にアンドロイドを嫌っているということだった。 過激派の司令部は地下にあることは分かっているが、正確な位置はまだわからないそうだ。  私たちはVTR機器を使って地上の様子を録画した。驚いたことに、東京の中心部は廃墟のようになっていた。 かなり激しい戦闘があったようだ。 スペースライフ社のビルも半壊して人影はなかった。 キャロラインは呆然として、じっとそれをみつめていた。

  次にヘリは私の娘が住んでいるはずの世田谷に向かった。 私が地球を離れたとき彼女は10才だったので、今年成人になったはずだ。 会いたい。 世田谷は比較的家屋がそのままの形で残っていた。 目的地の近くの広場で集会が行われていた。 兵士に双眼鏡を借りてのぞいてみると、どうも演壇でわめいているのは元女房らしく、その隣に娘らしい人物が寄り添っていた。どうしても確かめたくなって、兵士の反対を押し切り、少し離れた場所に着陸した。

  私一人で地面に降り立ち、拡声器の音をたよりに集会場に近づいた。聴衆のはるか後ろから双眼鏡で壇上を見ると、拡声器を持ってわめいているのはやはり元女房だった。軍服のような服装だ。隣の若い女は女房とよく似ている。年格好からして、私の娘だろう。

「本来の生命体を否定するアンドロイドを絶滅しよう」などと元女房がアジっている。アジテーションが途切れると、娘らしい女がシュプレヒコールの音頭をとる。彼女たちは私がアンドロイドになっていることは知るよしもない。少し近づいてみたが、あまり接近すると聴衆に気づかれて殺されるかも知れない。長居はぜず、ヘリにとって返して早々に離陸した。

  成田空港に帰る途中で、倒壊したビルの蔭での撃ち合いを目撃した。空港に到着すると念入りに消毒して北ウィングに戻りゲストルームに案内された。私はあまりの衝撃で頭が混乱して立ち直ることができなかったが、キャロラインはもう冷静になっていた。

「こんなにひどいことになっているとは・・・。これじゃあ何も連絡が来ないのも当然ね」

彼女は携帯電話と社員名簿を出して、次々と電話をかけ始めた。なかなかつながらなかったが、何十回目かに知り合いの社員につながったらしい」

「ダニエル どうなってるの。私は月に置き去りよ」
・・・・・
「うちはアンドロイドへの転換を仕事にしている会社でしょう。そんな連中なんて、すぐにクビにしてたたき出せばよかったのに」
・・・・・
「うちのコンピュータシステムをぐちゃぐちゃにされたって? 信じられなーい」
・・・・・
「ええ~ 会社そのものがもうないの? シカゴ本社でも撃ち合い?」
・・・・・
「あなた今どこにいるの」
・・・・・
「シカゴ本社のシェルター。わかったわ。大変そうだけど元気で頑張ってね。私もなんとか生きていくから。じゃあね」

「池田さん、大変よ。世界規模で抗争が起こっているみたい。これは国と国との戦争じゃなくて、アンドロイド派とアンチ・アンドロイド派の抗争で、人間生体にも過激派・穏健派・アンドロイド支持派があり、アンドロイドにも人間絶滅派と共存派があるそうよ。人間の過激派が8年前に細菌兵器でアンドロイドの絶滅を計ったのがきっかけで、一部のアンドロイドが武器をとって立ち上がったのが抗争のはじまりだとダニエルが言っていたわ。兵士にはアンドロイドが多いのよ。電話に出たダニエルって言うのは、昔の同僚で以前日本で働いていたアメリカ人の社員よ。というか、もう会社はないみたいだけど」

「なんだって! 会社がない! てことは、ボクが支払った3000万円もボツってこと? マンションを売り払い、退職金もつぎ込んだのに? 300年保証はどうなるのって言っても意味ないわけ?」
「まあ そういうことね・・・」

お互いに言葉が出なくなり、しばらく沈黙が続いた。

・・・・・
・・・・・
・・・・・

私が切り出した。

「で これからどうする?」
「お金なし、会社なし、家なしよ」
「帰るしかないってこと」
「まだあそこには99人、いや99箱いるしね」
「ボクも地球にはもう居場所がないし、帰るしかないでしょう」

  私たちは空港の会社の倉庫に残されたものから、修理用のパーツや非常用電源などをかき集めて船に積み込んだ。キャロラインはスペースライフ社の空港倉庫の鍵を司令官にプレゼントして、「もう会社はないから、ヘリコプターでもなんでも自由に使ってください。お世話になって有難う。また何年か後にはよろしくね」とお礼を言うとともに、抜け目なくここを私たちの補給基地にしようとしていた。私たちは重い気分で船に乗り込んだ。乗り込んだとたんに近くで爆発音がした。空港の兵士達があわてて持ち場に走っているのが見えた。ここでも戦闘がはじまったようだ。私はあわてて起動スイッチを入れ、地球から飛び立った。「やれやれ、何年か後にここに来るって言ったって、空港があるかどうかもわからないな」と思わざるを得なかった。

☆ ☆ ☆

  月に帰還して、以前に私がいた棚を見上げると、私のボックスがあった空隙以外の場所に、整然と99個のボックスが並んでいた。それぞれいろいろな理由があって、こんな人生を送ることになったのだろう。彼らにもボディーや運動装置などを持ってきてあげたかったが、空港のスペースライフ社の倉庫には2個しかなかったので、戦っている兵士達のために残してきた。地球では常時営業している放送局をみつけられなかったので、地球から持ってきた装置や資料を使って、キャロラインと私でローカル番組をつくるしかない。それしかやることがなかった。

  ここ月世界の小さな建物は静寂と絶望の地だが、それでも地球よりは好ましい場所だ。私たち101名はここで朽ち果てるまで、静かに、意味もなく、ほんの少しだけ楽しみをみつけて平和に暮らす。地球の連中は勝手に何でもやってろってことさ。

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