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2008年11月 3日 (月)

スズメたちのアイドル

スズメたちのアイドル

  夏の街は緑が濃く、遠くに峻険な山々がかすみがかかって屹立するのが見える。
野の花や花壇の花も咲き誇ってまぶしいくらい美しい。野外劇場ではオーケストラが華やかに、リヒャルト・シュトラウスのアルプス交響曲やグスタフ・マーラーの第一交響曲を演奏する。街の中心にある広場には、黄金色に輝く王子の像がこの春に建立された。まばゆい太陽の光を反射して光り輝くその像は街の誇りだった。

  街の人々は広場を通るたびに立ち止まって像を見上げ、王子の美しい容姿にうっとりしていた。旅人たちもその像の前に立ち止まり、似顔絵描きに自分と王子像を並べて描いてもらう。夏のお祭りは広場で盛大に行われた。街の名士達が市長の演説を聴こうと集まっている。市長は像と並んで大勢の市民に誇らしげに挨拶し、この地方の名産物であるワインを巨大なグラスに注いで乾杯の音頭をとった。

  名士達はみずからの寄付金で造られた王子像を褒め称える。
「この光り輝く王子は、繁栄する街のシンボルとしてぴったりですな」
「おっしゃる通り、これは自慢できる出来映えだね」
役人も言う。
「この塵一つない美しい広場にふさわしい輝きといえましょう。花壇の花たちも王子を引き立てていますよ」
広場の掃除と花壇の世話は、その役人の役目だ。
市長は名士達を褒め称える。
「皆さんのご寄付のおかげで、私たちはこんな素晴らしい像を手に入れることができたのです。本当に感謝します」

  しかし少し離れた場所で職人達はひそひそ話をしていた。
「寄付金の額の割には、えらく代金を値切られて困ったね」
「どうみても勘定が合わないな」
「市長がネコババしたんじゃないか」
「赤字になるから金箔は薄めにしたけどね。こちとらも慈善事業じゃないんだから」

  賑やかなのは人間だけではなく、この高原の街にはいろいろな夏鳥たちが繁殖のためにやってくる。盛大なさえずりで1日中さわがしい。スズメたちにとって、騒然とした夏は緊張を強いられる油断のならない季節だった。夏鳥達はみんな縄張りを主張して激しく争い、肉食の猛禽類も空を舞う。

  パン屋の屋根裏に住むスズメたちは夏鳥達を「自分たちの場所を不作法に荒らしていく無法者」とみなしていたが、唯一の例外はツバメだった。ツバメは彼らのあこがれの的だった。スズメたちは植え込みの陰に潜みながら、小声で口々にツバメを賞賛した。

「パンくずやゴミ箱をあさって生きている俺たちに比べて、あの目にもとまらぬ早さで蛾を加えていく技はなんなのだろう」
「私もあんな風に、くるくるっと回転しながら餌を捕まえてみたいわ」
「蛾やトンボって、パンくずよりうんと美味しいのかなあ」

☆ ☆ ☆

  騒々しい夏がようやく終わって、紅葉に包まれた静かな街がもどってきた。ときおり山からから冷たい風が吹いてくる。ツバメたちは次々南の国に飛び立っていったが、最後に残った一羽だけは、なかなかこの町を去っていかなかった。

「どうしたのかしら あのツバメ」
「カラスの話では、どうやら王子様の命令であちこちの貧乏な人間達に王子様の持ち物を届けてるらしいわよ」
「大丈夫なのかしら ひとりだけここに残されて淋しくないのかしら」
「王子様って言ったって、今や動けない彫像でしょう。命令なんてほうっておけばいいのに」
「でも かっこいいわ ジョナサンって名付けましょう」
「よーし、ジョナサンの後についていって、飛んでる虫を捕まえる練習をしよう」
「あの通りに飛べばいいのよね」
「よーし みんなで競争だ」

A 

  スズメたちは懸命にジョナサンの後についていこうとしたが、何秒もしないうちにみんな脱落した。数日頑張ってみたが、いくらやっても無駄だった。ジョナサンは相変わらず王子の体の金箔を剥がして、王子の指示通りに人間に届けていた。

  そのうち寒い朝に初雪が降った。スズメたちは目覚めると、いつものようにパンくずをひろいに飛び立った。しかし何秒か後に、みんなパタパタと翼を翻して元の屋根裏に引き返した。あのジョナサンがふらふらと、自分たちの餌場のパンくずをつついていたからだった。雀たちは凍り付いたように、じっとジョナサンの様子をみつめていた。

  ジョナサンは次の日、王子の彫像の台座で死んでいた。スズメたちはみんな泣いた。

「ジョナサン かわいそう」
「王子様が悪いのよ こき使って殺したのよ」
「寒がりのツバメを こんなに寒い日まで引き留めるなんて悪魔よ」
「人間って私たちよりずっと頭がいいんでしょう。それなのにどうして施し物が必要なの?」「俺たちはその人間からの施しもので生きているんだが」
「そうじゃないわ。彼らが不必要で捨てた物で生きているんでしょう。言い方に気をつけて!」
「ともかく これはただではひきさがれないな」
「制裁だ 制裁だ 王子に制裁だ」

みんな王子様の像にとまって口々にののしったが、王子様は何も言わなかった。どうやらツバメとしか話が通じないようだった。

  非難しても何の反応もないので、スズメたちはみんなで王子の頭に糞をした。何日かたつと王子の頭はまるで帽子をかぶったように糞でいっぱいになった。以前は街の誇りだった王子様の像だったが、しだいに市民が目をそむけて通り過ぎるようになった。そのうちこの冬最初の吹雪がやってきた。ジョナサンの屍は風にあおられて台座の上から地面に転落した。

  吹雪の翌日は快晴になった。市民のクレームを受けて市会議員達が王子像の様子を視察に来た。王子像は糞の帽子をかぶり、体を覆っていた金箔は剥がれていた。市会議員達は王子像を見上げながら「こんな汚い彫像は街の恥だな」「早く取り壊さないと」などと思い思いに像の悪口を言った。同行してきた大学教授は「このままだと衛生上困ったことになりますな」と意見を述べた。

  彼らが帰った後、すぐに市役所の作業員がやってきて、ツバメの屍はゴミ箱に捨てられ、王子の彫像は台座から引きずり下ろされて解体された。しかし台座だけは、あまりに重かったからだろう、そのまま放置された。残された台座の前を通り過ぎる人は、誰一人として足を止めなかった。

A_2

  毎日木枯らしが吹く長い冬がやってきた。スズメたちパン屋の屋根の上に集まって公園をみたが、もうどこにもツバメも王子もいなくて、ただ冷たい風が吹き抜けていた。スズメたちは、みんな無口になった。

参考:オスカー・ワイルド「幸福の王子」

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