2020年1月21日 (火)

67.糖タンパク質

 糖が生体構成成分となる場合、しばしばタンパク質や脂質と共有結合した複合分子として存在する場合があります。今回は糖とタンパク質の複合体に着目します。谷口直之によると「タンパク質のおよそ50%以上には糖鎖が付加されている」そうです(1)。これが多少盛った話だとしても、糖タンパク質が生体内でありふれた存在であることに間違いはありません。
 糖がタンパク質と共有結合する場合に通常2つの方法があって、ひとつはN-結合型、いまひとつはO-結合型です(2)。N-結合型の場合、タンパク質のアスパラギンの側鎖アミノ酸の窒素原子(N)にグリコシド結合します(図67-1)。アスパラギンならどれでも良いわけではなく、アスパラギン-(任意アミノ酸)-セリン/スレオニンという配列に限られます。最初の糖鎖は多くの場合N-アセチルグルコサミン(GlcNAc)です。
 O-結合型の場合は、タンパク質のセリンまたはスレオニンの水酸基とO-グリコシド結合します。タンパク質と結合する最初の糖鎖は多くの場合N-アセチルガラクトサミンです(GalNAc、図67-1)。ひとつのタンパク質分子が複数の糖鎖をもつこともありますし、N-結合型とO-結合型の両者の糖鎖をもつこともあります。同じ種類のタンパク質でも糖鎖の付いている分子と付いていない分子がありますし、糖鎖が付いていてもその構造が異なる場合もあります。

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図67-1 糖タンパク質 N-グリコシル結合とO-グリコシル結合

 糖には無数のバラエティーがありますが、タンパク質に結合する糖鎖を構成する単糖は、ほぼ図67-2に示した8種に限られています。これは合成する酵素の自由度やバラエティーに限界があるからでしょう。8種類とは少ないようですが、DNAが4種の塩基で構成されていることを考えると、8種類でも順列組み合わせを考えると膨大な種類の糖鎖ができ得ることは明らかです。この中にアミノ糖が3種はいっていることは特徴的です。N-アセチルグルコサミンはグルクナック、Nーアセチルガラクトサミンはギャルナックとよばれることもあります。1種の愛称のようなものです

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図67-2 糖タンパク質の糖鎖を構成する単糖

 N-グリコシド結合を行ってできる糖鎖は3つのグループ、すなわち複合型(コンプレックス型)・高マンノース型(ハイマンノース型)・混成型(ハイブリッド型)に分類できます(3)。いずれもアスパラギンにN-アセチルグルコサミンが結合し、図67-3の破線に囲まれた部分は共通の構造(コア)ですが、さらにその先複合型ではN-アセチルグルコサミン→ガラクトースという順に並び、高マンノース型ではマンノース→マンノース、混成型ではマンノース・N-アセチルグルコサミン・N-アセチルグルコサミン→ガラクトースという3種類構成になっています。

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図67-3 N-グリコシル結合型糖タンパク質に用いられる糖鎖コアの構造  破線内は共通で、その先の構造により3種類に分類される

 O-グリコシド結合を行ってできる糖鎖は、N-グリコシド結合の場合よりもバラエティーに富んでいますが、コアは8種類に分類できます(3-4)。いずれもタンパク質のセリンまたはスレオニン残基と最初に結合する糖はN-アセチルガラクトサミンで、α型結合でアミノ酸と結合します。2番目の糖がガラクトース・N-アセチルガラクトサミン・N-アセチルグルコサミンなどとなり、分岐もあるので、8種類のバラエティーが発生します(3-4、図67-4)。図67-4下方のエピトープは抗体によって認識される部位(抗原)のことで、血液型については糖脂質のところで述べます。3番目以降は千差万別で、分類する意味も多分ありません。

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図67-4 O-グリコシル結合型糖タンパク質に用いられる糖鎖コアの構造

 これらの糖鎖の構造決定には多くの人々が関わって解明されてきましたが、N-結合型糖鎖の根元、すなわちタンパク質と結合している糖がN-アセチルグルコサミンであることを解明したのはサウル・ローズマン (図67-4)です(5-6)。彼は「セレンディピティー(思いがけない発見)のプリンス」と呼ばれていたそうです(7)。

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図67-5 サウル・ローズマン(1921~2011)

 では個別の例についてみていきましょう。まずエリスロポエチンをみてみますと、3ヶ所にN-結合型糖鎖が、1ヶ所にO結合型糖鎖が認められます(図67-6)。エリスロポエチンは主に腎臓で合成されるタンパク質ホルモンで、赤血球の増殖や分化を促進します。腎不全が貧血を伴うのは、このホルモンの合成が低下するからです。糖鎖がついていないホルモンも生理活性がないわけではないのですが、糖鎖が付くことによって生理活性が高まり、安定性も増加します。
 図67-6に示された所定の場所に糖鎖が結合することによって最大の活性が得られることが、村上真淑らによって最近証明されました(8)。糖鎖の位置にそこまで遺伝的セレクションがかかっているとは、私にとってはちょっとした驚きでした。腎不全による貧血をエリスロポエチン投与によって治療するというやり方は、かなり以前から行なわれています。

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図67-6 エリスロポエチンのアミノ酸配列と糖鎖が結合する位置

 ムチンは動物粘液の主成分でヒトの胃液や粘液などにも含まれています。なんとヒトは20種類以上のムチン遺伝子を保有しているそうです(9)。セリンとスレオニンを多数含んでいるアミノ酸配列なので、O結合型糖鎖が非常にできやすい状態にあり、タンパク質の周りに密林のように糖鎖が生えています(図67-7)。そのため抜群の水分保持力があり、乾燥を防ぐほか、体表にゲル状に広がっていると感染を防ぐこともできます。粘膜を保護する役割も重要です。これだけ多数の糖鎖に被われていると、タンパク質分解酵素がアクセスしにくくなるので、壊されにくい分子になっています。胃が消化液で消化されないのも、胃粘膜のムチンのおかげなのでしょう。
 日本ではムチンは納豆や山芋などネバネバした食品に含まれている糖タンパク質だとされていますが、これは国際的には認められておらず、植物性のネバネバ物質は動物のムチンとは全く異なる物質なので、科学的に正しくはありません(10)

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図67-7 ムチン

 最後に細菌の細胞壁に使われているペプチドグリカンをみてみましょう。図67-8は典型例(黄色ブドウ球菌)ですが、N-アセチルグルコサミンとN-アセチルムラミン酸がひとつのユニットになっており、糖鎖はN-アセチルムラミン酸の乳酸残基にテトラペプチド(TP)が結合しています(図67-8左図)。このユニットがタンデム、およびペプチドを介してラテラルに結合して細胞壁を形成しています(図67-8右図)。
 細菌によって使われている糖の種類も変わり、ペプチドの種類や長さも変わりますが、グラム陽性菌は分厚いペプチドグリカン層で細胞全体が被われており、細胞膜が脆弱であっても生きていけるわけです(4、11)。分厚いペプチドグリカン層がクリスタルバイオレットという色素で染まるので、グラム陽性菌という名前になりました。

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図67-8 細菌のペプチドグリカン

 

参照

1)谷口直之 生命誌研究館 サイエンティスト・ライブラリー No.64
グルタチオン代謝から糖鎖生物学への広がり  http://brh.co.jp/s_library/interview/64/
2)IonSource (Mass Spectrometry Educational Resource)
http://www.ionsource.com/Card/carbo/nolink.htm
3)大阪大学 Kajihara Laboratory: 
http://www.chem.sci.osaka-u.ac.jp/lab/kajihara/background.html
4)Lianchun Wang, O-GalNAc Glycans:
https://www.ccrc.uga.edu/~lwang/bcmb8020/O-glycans-B.pdf
5)Fabrizio Monaco and Jacob Robbins,  Incorporation of N-Acetylmannosamine and N-Acetylglucosamine into Thyroglobulin in Rat.  Thyroid in Vitro.,  J. Biol. Chem., Vol. 248, No. 6,  pp. 2072-2077 (1973)
http://www.jbc.org/content/248/6/2072.full.pdf?sid=b4c0f52f-ec70-497d-b615-fe3651ae6f9b
6)Saul Roseman, The synthesis of complex carbohydrates by multigulycosyltransferase systems and their potential function in intercellular adheshion. Chem. Phys. Lipids vol. 5, pp. 270-297 (1970)
7)Biologist Saul Roseman, 90, champion of serendipitous discovery
http://archive.gazette.jhu.edu/2011/07/18/biologist-saul-roseman-90-champion-of-serendipitous-discovery/
8)ResOU(Research at Osaka Univ.): 精密化学合成により調整した糖タンパク質:エリスロポエチンの糖鎖機能を解明 http://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2016/20160116_1
9)ウィキペディア: ムチン
10)丑田公規 ムチン奇譚:我が国における誤った名称の起源  生物工学 第97巻 第1号 pp. 48-49(2019)
file:///C:/Users/User/AppData/Local/Microsoft/Windows/INetCache/IE/CFQW7HJS/9701_kaisetsu.pdf
11)Wikipedia: Peptidoglycan,  https://en.wikipedia.org/wiki/Peptidoglycan

 

 

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66.多糖類

   多糖類はタンパク質と異なり、その構造が遺伝子によって指定されていないので、例えばグリコーゲンといっても、同じグリコーゲン分子はないというくらい多様性があります。これはたとえばケヤキの幹や枝が同じ形の樹木がないのと似ています。それでもケヤキをクスノキや桜と識別できるように、多糖類も構成ユニットである単糖の種類、結合の様式などで分類することはもちろん可能です。1種類の単糖で構成されている多糖類をホモグリカン、複数の単糖で構成されているものをヘテログリカンといいます(1)。
 まずホモグリカンの代表として、グルコースだけで構成される多糖類をみていきましょう。私たちが主食としている米や芋の主成分はでんぷんです。デンプンは主に植物によってつくられる多糖類で、α-1,4-結合でグルコースが直鎖状に重合したアミロースと、α-1,4結合だけでなく、ところどころでα-1,6-結合で分岐しているアミロペクチンがあります(1-2、図66-1)。
 お米の場合、うるち米はアミロースとアミロペクチンがおよそ2:8なのに対して、「もち米」はアミロペクチンのみでアミロースを含んでいないので、枝分かれ構造のあるアミロペクチンがお餅の粘りのもとなのでしょう(3)。アミロースもアミロペクチンもα-D-グルコースだけが重合したもので、β-D-グルコースは含まれていません(図66-1)。

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図66-1 でんぷんの構造 アミロースとアミロペクチン

 デンプンは唾液や膵液に含まれるアミラーゼによって分解されますが、アミラーゼは1種類ではなく、図66-2のようなα型、β型、γ型、イソ型という4種類があります。α型はいわゆるエンドタイプの分解酵素で鎖の任意の位置で切断します。ただし切断できるのは 1,4 結合のみで、1,6結合(分枝する位置)は切断できません。グルコースダイマーのマルトースは切断できません。
 β型は植物などに存在するエクソタイプの分解酵素で、鎖の末端から2つのグルコースをマルトースの形で切り離します。γ型は同じくエクソタイプで、鎖の末端からひとつづつグルコースを切り離します。ヒトの場合マルトースを2つのグルコースに分解する活性も高いとされていて、マルターゼあるいはグルコアミラーゼとも呼ばれています。1,4 結合のみならず1,6結合も分解できるので(4)、αタイプとγタイプのアミラーゼがあればデンプンをグルコースにほぼ分解できます。イソアミラーゼは植物などに存在する酵素で1,6結合を特異的に切断します。

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図66-2 でんぷんの分解 αアミラーゼ(黒)(1,4結合を切断するエンド型)、 βアミラーゼ(赤)(エクソ型)、 γアミラーゼ(青)(エクソ型)、 イソアミラーゼ(黄)枝分かれの部分で枝を切断

 セルロースはβ-D-グルコースだけが重合した多糖類で、α-D-グルコースは含まれていません(図66-3)。セルロースは主に植物によって作られますが、草食動物はセルロースを主な栄養分としています。草食動物やシロアリは腸内細菌によってセルロースを分解しており、これらの細菌を体内に共生させることによって生体の素材やエネルギーを得ているわけです。
 セルロースはβ-D-グルコースがβ-1,4-結合によって重合した直鎖状のポリマーですが、直鎖同士が非常に水素結合をつくりやすい構造になっているので、シート状の形態になります(図66-3)。構造は非常に安定で、熱水や酸・アルカリに溶けません。ヒトはこのことを利用して衣服(木綿)や紙を製造しました。
 木綿は8000年前からメキシコで、7000年前からインド・バングラデシュで栽培されていた証拠があるようです。しかしその技術が欧州にもたらされたのは9世紀になってからです(5)。紙は中国で紀元前から使用されていたようですが、紀元後の後漢王朝の頃、宦官の蔡倫が製造法を確立して現在に至ります(6)。紙が欧州にもたらされたのはルネサンスの頃で、ルイ・ロベールが紙漉き用の機械を製造してから一般的に使われるようになりました(7)。

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図66-3 セルロース

 細菌などが持つセルロース分解システムは複雑ですが、大まかには図66-4のような3種類の酵素の作用で行われます。このような分解系を利用してさまざまな有用物質を生産しようとする試みは盛んに行われています(8)。特にセルロースからエタノールを得てエネルギー源にしようとする試みは注目されています。セルロースというタイトルの専門誌も存在します(9)。

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図66-4 セルロースの分解

 植物がデンプンを貯蔵するのに対して、動物はグリコーゲンを貯蔵します。グリコーゲンはα-D-グルコースが α1,4 および α1,6結合で重合しているという意味ではデンプンと同じです。ただ分岐は非常に多く編目のような構造になっています(図66-5)。分岐が多いということの利点は、少ない容積に多数のグルコースを詰め込むことができるということです。もうひとつグリコーゲンに特徴的なのは、最初にグリコジェニンという特異な酵素が働くことです。この酵素は自らが基質となり、自分のチロシンのOHにグルコースを結合させ、そこからグルコース鎖を延長させることができます(10-11)。

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図66-5 グリコーゲン 複雑で不規則な枝分かれ構造を形成するが、中心に位置しているのはグリコジェニンという酵素兼基質

グリコーゲンをつくるための最初の反応は

UDP-alpha-D-glucose + glycogenin ⇌ UDP + alpha-D-glucosylglycogenin

次の反応は

alpha-D-glucosylglycogenin + UDP-alpha-D-glucose ⇌ UDP + alpha-D-glucosylglycosylglycogenin

となります。グルコースにUDP(ウリジン2リン酸)がくっついているのは、反応を進行させるためにグルコースを活性化するというしかけです。

 ある程度鎖が延長されるとグリコジェニンはお役御免となり、グリコーゲンシンテースや分岐酵素にバトンタッチして鎖延長や分岐が続行されます。グリコジェニンという奇妙な酵素はクララ・クリスマン、ウィリアム・ウェランらによって発見されました(10-13、図66-6)。クララ・クリスマンらはUDP-グルコ-スを14Cでラベルして肝臓抽出液に投入してインキュベートすると、トリクロル酢酸で沈殿する分画にラベルが移行し、これによってグルコースオリゴマーがタンパク質に結合していることを示唆しました。ウェランらはこの結合が共有結合であることを証明しました。グリコーゲンがタンパク質と共有結合しているかどうかは、昔激しい論争があったようで、ウェランも刺激的なタイトルの総説を書いています(12)。自分が基質になる酵素というのは他にないわけではなく、たとえばタンパク質分解酵素のなかには自己消化を行うものもありますが、それはある酵素分子が自分自身を消化するという意味ではありません。

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図66-6 ウィリアム・ウェラン

 グルコースの誘導体のひとつとしてN-アセチルグルコサミンについては前回述べましたが、N-アセチルグルコサミンがβ-1,4-結合を繰り返してポリマーになったものがキチンです(図66-7)。節足動物の体表を被う外骨格の素材として用いられています。セルロースと同様に分子間の水素結合が強力で、丈夫な線維・シートを形成することができます。創傷治癒のための医療用品・化粧品・衣料・農薬などの素材に用いられています(14)。

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図66-7 キチンの構造単位

 さて私たちオピストコンタと植物(プランタ=アーケプラスチダ)というかけ離れた分類学上の位置にある生物が似たような多糖類、すなわちデンプンとグリコーゲンをエネルギー源として貯蔵しているのはちょっとした驚きですが、両者と分類学上離れた位置にあり、ストラメノパイルというスーパーグループに属する昆布などはどのような多糖類を合成しているのでしょうか? 
 ウィキペディアによると昆布は夏から秋にかけて重量の40~50%を占めるくらい大量のラミナランという多糖類を合成して貯蔵しておくそうです。それはやはりグルコースのポリマーなのですが、結合様式が β1,3結合 と β1,6結合 からなっていて、オピストコンタやプランタとは大きく異なっています(15、図66-8)。

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図66-8 ラミナラン


 ヘテログリカンの代表としてヒアルロン酸を紹介しておきます。ヒアルロン酸はN-アセチルグルコサミンとグルクロン酸がβ-1,4-結合した2糖を基本単位として、これらがβ-1,3-結合で重合したものです(図66-9)。ヒアルロン酸は主に細胞外に放出されて、細胞間のマトリクスとして存在します。ぬめぬめしたゲルのような性質で、関節がなめらかに動くように機能しています。また皮下の結合組織や眼球の硝子体に多量に存在しますが、これはヒアルロン酸が水を保持する能力に優れ、組織や細胞をひからびさせないようにする作用があるためと思われます。

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図66-9 ヒアルロン酸

 膝の関節に注入することによって疼痛を軽減できますが、徐々に分解されるので、ある期間が過ぎると追加が必要になります。経口ではほぼ効かないようです(16)。毒性がほとんどないのでシワとりなど美容整形にもよく用いられますが、この場合も徐々に分解することは避けられません。また間違って動脈に針が入ると、血管が詰まって悲惨なことになってしまうので、個人的にはあまりおすすめできません。

参照

1)研究.net  研究用語辞典 「多糖」 http://www.kenq.net/dic/157.html
2)ホートン 生化学第3版 p.183 東京化学同人(2002)
3)JA全農やまぐち http://www.yc.zennoh.or.jp/rice/mamechishiki/mame01-4.html
4)酵素辞典 http://www.amano-enzyme.co.jp/jp/enzyme/4.html
5)ウィキペディア: 木綿
6)中国の歴史 紙の発明と歴史 【古代中国での発明と蔡倫による改良】
http://chugokugo-script.net/rekishi/kami.html
7)飯田清昭 抄紙機における技術開発の歴史:ロベールから始まる100年間 第1部:フォードリニヤー抄紙機及び円網抄紙機の誕生
 紙パ技協誌 68 巻 4 号(2014)
8)三重大学 教育資料 セルラーゼの話題 http://www.bio.mie-u.ac.jp/~karita/sub3.html
9)Cellulose,  Springer  https://link.springer.com/journal/10570
10)Krisman CR, Barengo R., A precursor of glycogen biosynthesis: alpha-1,4-glucan-protein. Eur. J. Biochem. vol.52, pp. 117–23 (1975)  doi:10.1111/j.1432-1033. 1975. tb03979.x. PMID 809265
11)Whelan WJ., The initiation of glycogen synthesis. BioEssays vol.5, pp. 136-140 (1986)
12)Whelan WJ., Pride and prejudice: the discovery of the primer for glycogen synthesis., Protein Sci. vol.7, 2038–2041 (1998)  doi:10.1002/pro.5560070921. PMC 2144155Freely accessible. PMID 9761486
13)Whelan WJ., My Favorite Enzyme Glycogenin., IUBMB Life, Vol. 61, pp. 1099-1100 (2009)
14)キチン・キトサン利用技術:http://www.inpit.go.jp/blob/katsuyo/pdf/chart/fkagaku19.pdf
15)ウィキペディア: ラミナラン
16)変形性膝関節症: http://www.jcoa.gr.jp/health/clinic/knee/koa.pdf
file:///C:/Users/User/AppData/Local/Microsoft/Windows/INetCache/IE/PVA09UPG/koa.pdf

 

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65.糖質

 生体は核酸とタンパク質だけでできているわけではなく、糖質や脂質ももちろんその構成要素です。糖質の構造の基本は19世紀末にここにも何度も登場しているエミール・フィッシャーによって明らかにされ、構造式の書き方も彼が考案したものが現在も使われています(1)。糖質でやっかいなのは異性体が非常に多いことで、きちんと整理しておかないと混乱します。まず図65-1におおまかな異性体の分類を示しておきます。
 異性体は大きく分けて、構造異性体と立体異性体があり、立体異性体にはさらにジアステレオマーとエナンシオマーがあります。

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図65-1 異性体の分類

いろいろな異性体について定義したいのですが、これがなかなか難しい。一応考えてみましたが、これでは不十分だと思います。

1.異性体:異性体(isomer)とは、同じ数、同じ種類の原子を持っているが、違う構造をしている物質のこと。

2.構造異性体:構造異性体(structural isomer)とは、組成式は等しいが原子の間の結合関係が異なる分子のこと。ブタンと2-メチルプロパン:組成式はともに C4H10 であるが、ブタンの構造式は H3C-CH2-CH2-CH3 であるのに対し、2-メチルプロパンは H3C-CH(CH3)-CH3 です。

3.立体異性体:立体異性体(stereoisomer)は、同じ構造異性体同士で、3次元空間内ではどう移動しても重ね合わせる(スーパーインポーズする)ことができない分子。

4.鏡像異性体:鏡像異性体(enantiomer)とは立体異性体のうち、左手と右手のように鏡に映した形ふたつの分子の関係を意味し、鏡像異性体をもつ分子をキラル分子といいます。炭素原子が持つ4価の共有結合の相手がすべて異なる場合、必ず鏡像異性体があり得るので、このような結合を行っている炭素を不斉炭素(キラル炭素)といいます。例えばアラニンは不斉炭素にNH2、CH3、H、COOHという4種のグループが結合しているので、LアラニンとDアラニンという互いに鏡に映した形の鏡像異性体が存在します。

5.ジアステレオマー(Diastereomer):立体異性体のうち鏡像異性体でない分子。シス-トランス異性体などはジアステレオマーです。

 

 糖類を代表する分子としてまずグルコースをとりあげましょう。グルコースは水溶液中では図65-2のように、α型とβ型の環状体と中央の鎖状体の3つの形が平衡状態にあります。鎖状体はα型またはβ型に対して構造異性体、α型とβ型は立体異性体ということになります(1-2)。α型とβ型を互いにアノマーであるという表現も用いられます。

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図65-2 水溶液中でのグルコースの構造 α型、鎖状構造、β型が平衡状態にある

 ここで鎖状構造のグルコースの異性体に着目してみます(図65-3)。上から炭素に番号を付けると、2番目から5番目の炭素が不斉炭素です。ここで5番目の炭素の左右と下の構造を固定し(赤で示したOHが右にある)、上だけ可変とすると、図65-3のように8種類の異性体が考えられます。それぞれの異性体に鏡像異性体が存在するので16の異性体が存在します。5番目の炭素のOHを左側にもってくると異性体の数は32となります。それぞれの異性体には名前があります。なかなかこの全部の名前を書いてある文献はありませんでしたが、masaさんのブログに書いてありました(3)。フィッシャーは分析機器が乏しい当時の研究法で III がグルコースであることを示しました。

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図65-3 鎖状構造グルコースの異性体

 32種でも混乱するのですが、グルコースには図65-2で示した3つの形があるので、32x3=96の異性体があることになります。さらにいす型やふね型の立体配座の異性体があるので(4)、それらをカウントすると、とんでもない数になります。糖質化学のおそるべき複雑さを垣間見ましたが、自然界に存在するグルコースはほとんどが 図65-3-III の5番目のCの右側にOHがあるD体です(5)。歴史的には結晶に光を照射したときに、右にまがる(dextro-rotatory)か左にまがる(levo-rotatory)かで判定されました(DL法)。もっと理論的な命名法がRS法ですが、ここでは詳しく説明しないので正確な情報を知りたい方は文献(6)を見て下さい。簡単に言うと、不斉炭素が結合している原子団に原子番号などによって優先順位を決め、2位の原子団のどちら側に3位の原子団があるかによってRかSかを決める方法です。糖とアミノ酸の場合RS法はあまり使われません。
 グルコースのようにひとつの環でできている糖を単糖とよびます。単糖にはグルコースのように5つのCとひとつのOで構成される環が基本となっているヘキソースと、リボースやキシロースのように4つのCとひとつのOで構成される環が基本となっているペントースが存在します(図65-4)。この6員環(5炭素+1酸素)をピラン、5員環(4炭素+1酸素)をフランとよびます。ピラン環でもフラン環でもOと結合している炭素は、O以外にC・H・OHと結合している場合不斉炭素であり、HとOHが上下逆のα型とβ型を生じます。リボースはRNAの構成成分ですが、2の位置のOHがHに変わったデオキシリボースはDNAの構成成分です。

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図65-4 ピラン環(グルコース)とフラン環(リボース、デオキシリボース)

 グルコースの2の位置のOHはアミノ基と置換されることもあり、この場合はグルコサミンとよばれます。一般的にOHがアミノ基と置換された糖をアミノ糖といいます。またアミノ基がアセチル化された場合、N-アセチルグルコサミンとよばれます。グルコサミンやN-アセチルグルコサミンは後に述べる複合糖質・ヒアルロン酸・糖脂質の材料として重要な物質です。グルコサミンはサプリメントとしても有名ですが、関節症などに効くかどうかは疑わしいと考えられています(7)。


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図65-5 グルコサミンとN-アセチルグルコサミン

 糖を鎖状に書くと(たとえば図65-3)、上端はCHO(アルデヒド)、下端はCH2OHとなります。上端に書かれたアルデヒドのOと、下端のCH2OHのH2のうちひとつのHが失われて環状化するとラクトンが形成されます。グルコースの場合グルコノラクトンとなります。このグループの化合物にはビタミンC(アスコルビン酸)という人類には必須の物質があります(図65-6)。ビタミンCはグルコースからやや複雑な経路で合成されます(8)。ビタミンCは私たちの体の中でコラーゲン合成、スーパーオキサイドの除去などの重要な役割を果たしています。
 私たちはビタミンCを体内で合成できません。私たちの祖先のサルが果実を主食としてビタミンCを日常的に外界から得ていたため、合成経路をになう酵素が突然変異したまま活性が失われたと考えられています。霊長類の中でも、キツネザル・アイアイ・ロリスという原始的なグループはビタミンCを合成することができますが、ヒトを含めたそれ以外のグループは合成できません(8)。

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図65-6 グルコノラクトンとビタミンC(アスコルビン酸)  ビタミンCはC=OのOがO- になったとき、負電荷をフラン環で共有して安定化することができ、アスコルビン酸という酸として挙動します。

 さて単糖だけでも膨大な異性体が存在するわけですが、これが2糖となるとそのかけ算となる上多彩な結合が存在しますから手に負えません。とはいえスキップするのもどうかと思うので、少しだけ紹介しておきます(図65-7)。グルコース+グルコースでできている麦芽糖(マルトース)は、デンプンがαまたはβアミラーゼによって分解されたときに生成する2糖類です。甘味料の他点滴にも使用されています。急激な血糖値の上昇を防ぐには2糖が有効です。麦芽糖はαグルコシダーゼの作用によって徐々に分解され、2分子のグルコースになります。

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図65-7 麦芽糖とショ糖

 ショ糖(シュークロース)はグルコース+フルクトース(フラクトース)で構成される、自然界に最も多量に存在する2糖です。自然界では植物だけが合成できる化合物です。動物はインベルターゼという酵素でグルコースとフラクトースに分解して利用することができます。どうしてサトウキビやテンサイがショ糖を大量に蓄積するのか、調べましたがわかりませんでした。私が想像するに、ショ糖はデンプンなどと違って草食動物に対して歯を溶かすなどなんらかの毒性があり、サトウキビやテンサイを好んで食べる動物に危害を与えて、それらの動物に食べ尽くされるのを防いでいるのかもしれません。

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図65-8 サトウキビとテンサイ

 糖の正式な命名法は(9)を参照していただくことをおすすめします。ただIUPACが推薦する正式名称は、専門家が論文を書くときに使うくらいで、あまり普及しているとは言えないと思います。

参照

1)フィッシャー投影式を使って単糖の構造式の暗記量を激減させる方法
https://受験理系特化プログラム.xyz/organic/fischer-3
2)グルコースの構造式: http://sci-pursuit.com/chem/organic/glucose_structure.html
3)32個の異性体: https://ameblo.jp/apium/entry-10212514628.html
4)ウィキペディア: シクロヘキサンの立体配座
5)役に立つ薬の情報 専門薬学 糖の性質
https://kusuri-jouhou.com/creature1/suger.html
6)立体配置の記述法: http://www.chiral.jp/main/R%26S.html
7)Wandel, Simon; Jüni, Peter; Tendal, Britta; Nüesch, Eveline; Villiger, Peter M; Welton, Nicky J; Reichenbach, Stephan; Trelle, Sven (2010). “Effects of glucosamine, chondroitin, or placebo in patients with osteoarthritis of hip or knee: network meta-analysis”. BMJ 341. doi:10.1136/bmj.c4675. ISSN 0959-8138. http://www.bmj.com/content/341/bmj.c4675
8)ビタミンCの真実: http://www.vit-c.jp/vitaminc/vc-02.html
9)http://nomenclator.la.coocan.jp/chem/text/carbohy.htm

 

 

 

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64.制御タンパク質他

 数回にわたってタンパク質とはどんなものかをざっくり述べてきましたが、最後に「制御タンパク質他」のジャンルに属するものについてふれておきましょう。
 酵素などは基本的には作られる量と壊される量によって制御されています。その他に他の酵素によって化学修飾されたり、ビタミンや生成物などの低分子物質によっても制御されます。しかし中にはわざわざ自分の活性を制御する専門のタンパク質が遺伝子として存在するようなラグジュアリーな酵素も存在します。ODC(オルニチン脱炭酸酵素)はそのひとつです。
 オルニチンはすでに述べたように(1)、尿素サイクルに含まれる物質で、アンモニアを解毒し排出するうえで重要な位置にありますが、それ以外にODCによってオルニチンはプトレシンに代謝されます。

H2N-(CH2)3-CH(NH2)-COOH(オルニチン) → H2N–(CH2)4–NH2 (プトレシン)+ CO2

 プトレシンを起点として、いわゆるポリアミン類-スペルミジン・スペルミンが合成されます。ポリアミンは精液に多量に含まれますが、その機能は細胞増殖、イオンチャンネルの制御、DNAの安定化など多岐にわたっており、まだ完全には解明されていません(2)。ポリアミンは多すぎても少なすぎても生物が生きていく上で障害になるので、ODCの活性は厳密に制御されなければなりません。余談ですが、そういう意味ではオルニチンをサプリメントとして摂取するのは、体に負担をかけることになるのではないかと危惧されます。
 そこで登場するのがODCアンチザイムという制御因子で、このタンパク質がODCに結合することによって、ODCは迅速に分解されます(3、図64-1)。結合状態での分子形態なども報告されています(4)。ODCアンチザイム自身がODCを分解するわけではなく、あくまでもODCの形態(コンフォメーション)を変化させて、タンパク質分解酵素が見つけやすいターゲットにするということです。アンチザイム自身は分解されないので、再利用されます。
  アンチザイムは特殊な例ですが、もっと一般的で重要なアロステリックモデュレーターとして機能する因子があります。

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 図64-1 オルニチンデカルボキシラーゼ(ODC)とアンチザイム

 図64-2のように細胞膜を何度も貫通するタンパク質は数多く存在しますが、それらは外界からのシグナル(例えばホルモン)を受けて、分子形態が変化し、細胞内に出ている部分を使って外界からきたシグナルを細胞内に反映させるべく仕事をします。このような機能を正方向(+)あるいは負方向(-)に導くためのタンパク質性制御因子が存在します(5-6、図64-2)。このような制御因子(アロステリックモデュレーター)は膜貫通タンパク質等に結合することによって、その構造を変化させ機能に影響を与えます。

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図64-2 細胞膜の膜貫通タンパク質とそのアロステリックモデュレーター 膜貫通タンパク質に作用し、正方向(+)または負方向(-)の制御を行なう

 制御因子のなかにはDNAと結合して転写を制御しているものもあります。これらは通常転写因子(transcription factor)とよばれています。例えばbZipは、C末側でαヘリックスがロイシンなどを介して結合してダイマーを形成し、N末側ではキッチン用品のトングのようにDNAをはさんで転写を制御します(図64-3)。2本のαヘリックスがジッパーのように重なりあって結合している部位をロイシンジッパーといいます。


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図64-3 転写因子の例 bZip ロイシンジッパー

 またZif268(またはEGR1)という転写因子は、分子内にジンクフィンガーという部位(図64-4A)を3ヶ所持っており、その特異な構造を使ってDNAに結合します(図64-4B)。ジンクフィンガーというのは亜鉛原子を抱え込んだ指のような構造で、図64-4Aでは2つのシステインと2つのヒスチジンが亜鉛原子と結合しています。2つのβシートと1つのαヘリックスを含んだ構造が亜鉛原子によって安定化されているようです(7、図64-4B)

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図64-4 転写因子の例 Zif268 ジンクフィンガー

 ロイシンジッパーやジンクフィンガー部位をもつタンパク質は数多く存在し、またそれぞれがさまざまな遺伝子を発現させるので、機能によって分類や命名ができないため、酵素などと違って暗号のような名前になっています。タンパク質分子をいくつかの領域に分けて、それぞれをドメインとよぶことがあります。その場合ロイシンジッパードメインとかジンクフィンガードメインなどとよばれます。
 もうひとつ、bHLH(basic helix-loop-helix)というドメイン(図64-5A)をもつ転写因子について述べておきます。このドメインは図64-5Aのように、2つの短いαヘリックスがループ状の構造でつながっています。このグループを代表する転写因子はMyoDです。MyoDはE12という別の転写因子とヘテロダイマーを形成して2本足のような構造をつくり、塩基性アミノ酸を使ってDNAと結合します(図64-5B)。

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図64-5 転写因子の例 MyoD  bHLH(basic helix-loop-helix)

 MyoDはデイヴィス(R.L. Davis)らが発見した元締め的転写因子で、筋肉形成という極めて複雑なプロセスにゴーサインを出すマスター制御因子とされています(8-9)。発生の途中で未分化細胞を筋細胞に分化させるだけでなく、例えば筋トレをしたときもこれが発現して筋肉が増強されると考えられています。将来工場で細胞を分化させて食糧を製造するというようなことがあるとすれば、MyoDはキーファクターとして使われるかもしれません。
 転写因子にはこれらの他にも非常に多くの種類があり、きりがありませんが、細胞がそれぞれ特徴を出すためにどの道を行くか決めるハンドルのようなものです。ノーベル賞の山中4因子(Oct3/4、Sox2、Klf4、c-Myc)もすべて転写因子です(10)。これらはいったん来た道を逆行して元に戻るプログラムを進行させる因子とも言えます。
 最初に 「制御因子他」 と書きましたが、「他」 というのは例えばヘモグロビンです(図64-6)。ヘモグロビンは(グロビン+ヘム)x4(テトラマー)で構成されるタンパク質で、モノマーのグロビンも含めると真核生物のみならず、酸素を利用する生物には細菌も含めて広範囲に分布しています(11)。このタンパク質は酵素でも、構造タンパク質でも、制御因子でもなく、酸素や二酸化炭素を運搬する担体として使われています。

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図64-6 A.ヘモグロビンの立体構造(グロビン+ヘム)x4 B.ヘムの分子構造

 そのほかにもリボソームというタンパク質製造マシーンではRNAと共に100種類近いタンパク質が、そのパーツとして働いています。メッセンジャ-RNAを製造する工場であるスプライソソームでも多くのタンパク質がそれぞれ役割を果たしています。すなわち酵素・構造タンパク質・制御因子以外にも重要な役割を担っているタンパク質は数多く存在します。

参照

1)http://morph.way-nifty.com/grey/2016/05/post-8705.html
2)栗原新、ポリアミンのとても多彩な機能、生物工学会誌 vol.89,p.555 (2011)
https://www.sbj.or.jp/wp-content/uploads/file/sbj/8909/8909_biomedia_3.pdf
3)村上安子, 松藤千弥、迅速なポリアミン制御を可能にするオルニチン脱炭酸酵素の分解系、化学と生物 Vol. 39, No. 3, pp.171-176 (2001)・・・アンチザイム
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kagakutoseibutsu1962/39/3/39_3_171/_pdf
4)Hsiang-Yi Wu et al., Structural basis of antizyme-mediated regulation of polyamine homeostasis. Proc Natl Acad Sci USA, vol. 112 no. 36, pp. 11229–11234 (2015)
http://www.pnas.org/content/112/36/11229.full.pdf
5)Lauren T. May, Katie Leach, Patrick M. Sexton, and Arthur Christopoulos, Allosteric Modulation of G Protein-Coupled Receptors.Annual Review of Pharmacology and Toxicology  Vol. 47, pp. 1-51 (Volume publication date 10 February 2007)
http://www.annualreviews.org/doi/10.1146/annurev.pharmtox.47.120505.105159
6)J.N. Kew, Positive and negative allosteric modulation of metabotropic glutamate receptors: emerging therapeutic potential., Pharmacol Ther. vol.104(3), pp. 233-244 (2004)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/15556676
7)Wikipedia: Zinc Finger,  https://en.wikipedia.org/wiki/Zinc_finger
8)Robert L. Davis, Harold Weintraub, Andrew B. Lassa, Expression of a single transfected cDNA converts fibroblasts to myoblasts.  Cell, Vol.51, Issue 6, pp. 987–1000 (1987)
9)Ma, P.C.,Rould, M.A.,Weintraub, H.,Pabo, C.O.Crystal structure of MyoD bHLH domain-DNA complex: perspectives on DNA recognition and implications for transcriptional activation. Cell vol.77, pp. 451-459 (1994)
10)iPSビズ ヤマナカファクターとは http://ips 細胞.biz/dic/30.html
11)ウィキペディア: ヘモグロビン

 

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63.構造タンパク質

 タンパク質をその役割で分類すると、最もおおざっぱには酵素、制御因子、構造タンパク質、その他ということになります。ここでは構造タンパク質の概要についてみてみましょう。構造タンパク質を代表するものとして、その地球上での量ではダントツのアクチンとミオシンがあります(ミオシンは酵素でもありますが)。これらは筋肉の主成分であり、肉食動物はこの2種類のタンパク質を主な栄養源として生きています。人間は雑食ですが、多くの人々は穀物(炭水化物)の他に、特に南米などではアクチンとミオシンを主要な栄養源としています。日本人も次第にそのようなライフスタイルに近づきつつあります。動物を殺さなくても美味な食事ができるようになれば、人間はもう少し高尚な生物になれると思いますが、エミール・フィッシャーの夢はなかなか実現しそうにありません。
 生物が生物であるためには、生物と外界との間に仕切りが必要ですが、それは脂質が中心となった細胞膜です。細菌や植物はその外にさらに多糖類でできた細胞壁という構造を持っています。細胞壁はいわゆる動物にはありません。脂質の膜は細胞の内部にもあり、コンパートメントや物質輸送の役を果たしています。
 ではタンパク質は細胞の構造形成にどのような役割を果たしているのでしょうか。ひとつは家で言えば柱とか梁のような、細胞に一定の形をとらせることです。細胞壁のない細胞は柱や梁に相当する構造がなければ一定の形態を保つことは不可能です。とは言っても家屋のような静的な恒久構造ではなく、ダイナミックに変化します。もうひとつは、これは特殊な役割ですが、細胞分裂を実行する構造ツールとしてタンパク質が機能するということがあります。
 これらに関与しているタンパク質はほぼ3つのグループ、すなわちチュブリン、アクチン、中間系線維(線維という漢字が好まれますが、繊維でもかまいません)に分類できます。この3つのグループは、細菌・古細菌・真核生物のすべてに存在するユニバーサルなタンパク質です。
 細菌では図63-1のように、チュブリン系のタンパク質であるFtsZは細胞分裂の際にZリングという構造を作って細胞と細胞の仕切りを形成する役割を果たしています。アクチン系のMreBは細胞膜の直下に、細胞の全長に及ぶ繊維構造からなる螺旋状のネットワークを形成しており、細菌がロッド状の形態をとるために必要な役割を果たしています。またある種の細菌では真核生物の場合と同様、収縮リングをつくって細胞分裂を実行する役割を担っているようです(図63-1)。
 中間系繊維グループのクレセンチンは、細胞が三日月のある種の細菌に存在し、細胞を屈曲させる役割を果たしています(図63-1)。人間の胃に住んでいるヘリコバクター・ピロリ、いわゆるピロリ菌もこの仲間のようです。栄養リッチな環境に住んでいる細菌は、その場所から流されたくないので、ひっかかりやすい構造をめざしたのでしょうか? 細菌の細胞骨格については、ウィキペディアにもう少し詳しい解説があります(1)。

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図63-1 細菌の細胞骨格 真核生物との比較

 真核生物におけるチュブリンは毛利秀雄(図63-2)によって発見・命名された分子量約5万の球状タンパク質で(2)、通常重合して微小管などの構造を形成しています。αチュブリンとβチュブリンは図63-3のようにヘテロダイマーαβを形成し、さらにそのヘテロダイマーが連結して線維状のプロトフィラメントを形成し、13本のプロトフィラメントが集合して管になったような形の微小管が形成されます(3)。微小管の直径は約25nmです。

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図63-2 毛利秀雄(1930~)とフェレンツ・ブルノ・シュトラウプ(1914~1996)

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図63-3 チュブリンと微小管

 微小管が最も規則的で美しい形態ととっているのは精子の鞭毛です。私たちオピストコンタの精子は、細胞の進行方向後方に1本の精子の鞭毛を持っています。鞭毛を輪切り(クロスセクション)にすると、中心にある1対=2本の微小管を、9ペア=18本の微小管が取り囲むという美しい規則的な構造になっています(図63-4)。微小管の周囲に存在するダイニンはATPが持つ化学エネルギーを運動エネルギーに変換することができるタンパク質(モータータンパク質)であり、これらの作用によって精子は鞭毛を動かし、泳いで卵に到達することができます。この9+2の構造は繊毛でも同じで、しかも原生動物からヒトに至るまで同じです(4)。

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図63-4 精子の鞭毛 クロスセクション

 アクチンはF.B.シュトラウプ(図63-2)によって発見された、分子量約4万2千の球状タンパク質です(5)。微妙に異なる6種類があり、冒頭で述べた筋肉を作るタイプのものとは異なるβ型アクチンは、重合してマイクロフィラメントという直径6nm前後の線維を形成し、微小管と同様細胞骨格の役割を果たしています(図63-5)。アクチン自体はモータータンパク質ではありませんが、ATPやADPと結合することによって線維形成が制御されています(6-7)。

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図63-5 アクチンとアクチン線維赤丸のATPが結合することによって、アクチンが重合し線維が形成される。 線維が形成された後、ATPはADPとなるので、アクチン線維(マイクロフィラメント)には前後の方向性が存在する。

 細胞形態がいかにチュブリンやアクチンに依存しているかということは、図63-6をみれば一目瞭然です。細胞質の中は微小管やマイクロフィラメントのジャングルジムのようです。これらの細胞骨格はジャングルジムと違ってフレキシブルで、次の瞬間には別の形になることもあります。微小管やマイクロフィラメントは常に多くの分子が参加したり離脱したりしているので、細胞の柱や梁といっても、非常に流動的なパーツではあります(8)。

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図63-6 蛍光染色によって可視化された細胞骨格  緑:微小管(マイクロチューブル) 赤:微笑線維(マイクロフィラメント)

 細胞骨格にはもうひとつの要素、すなわち中間径線維があります。中間径というのは線維の直径が微小管とマイクロフィラメントの中間という意味で、約10nmのサイズになります。中間径フィラメントを構成するタンパク質には、ケラチン、ニューロフィラメントタンパク質、デスミン、ビメンチン、ラミンなどがあり、細胞の種類によって特異性があります。ミオシンもこのグループに近いタンパク質です。
 中間径線維の代表としてケラチンに注目してみましょう。ケラチンは毛髪・羽毛・爪・表皮・角・くちばし・魚類以外のウロコなどの主成分となるタンパク質です。ケラチンはヒトのものだけでも54種類あり、まだ増えるかもしれません(9-10)。ケラチン分子は細長い線維性(フィブラス)の分子で、図63-7のようにまず2分子が同じ方向性でダイマーを形成し、2つのダイマーが互いに逆方向で重合して4量体(テトラマー)をつくり、そのテトラマーがタンデムに結合してマイクロフィラメントが形成されます。8本のマイクロフィラメント(これはアクチンが形成するマイクロフィラメントと同じ用語なので感心しません)が集合してマイクロフィブリルを形成し、マイクロフィブリルがさらに集合して毛や皮膚などの細胞に充満しています(図63-7)。
 ケラチン分子はシステインを多く含んでいる場合があり、システインが分子間で共有結合(S-S)を多数形成すると、非常に強靱な構造をつくることができます。こうなると物理的に強靱であるばかりでなく、酵素による分解も受けにくくなり、場合によっては羽毛恐竜のように1億年以上前の化石からも検出できるようなことがあります。

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図63-7 ケラチン線維の形成

 図63-8は私が撮影した毛の断面の電子顕微鏡写真で、まだ完全にケラチン線維で埋め尽くされていない未分化な下部の構造です。ケラチン線維の束(マイクロフィブリル)の間に隙間がまだみられます(9)。

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図63-8 毛の電子顕微鏡写真(クロスセクション)

 筋肉は中間径線維グループに近縁のミオシンと、全く別オリジンのアクチンなどのタンパク質が共同して作った驚異的な芸術的作品です。筋肉によって動物は歩行し、呼吸し、消化し、出産し、飛翔し、遊泳し、目のピントを合わせ、キーボードをたたくことができます。いずれまた話題になると思いますのが、ここでは1枚の私が撮影した電子顕微鏡写真だけ貼っておきます(9、図63-9)。ケラチンについては文献(10-11)などにも簡潔にまとめてあり、フリーで読めます。より詳しい情報を得たい方は、この分野の世界的権威であるラングバイン博士と共同研究者達が多数のレビューを書いており、一部(12など)はフリーで読むことができます。

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図63-9 筋線維の電子顕微鏡写真 mtはミトコンドリア  筋肉はアクチンとミオシンの相互作用によって収縮する
A帯はその相互作用が行われている場所 I帯はアクチンフィラメント H帯はミオシンフィラメント

参照

1)ウィキペディア: 原核生物の細胞骨格
2)Mohri H., “Amino-acid composition of Tubulin constituting microtubules of sperm flagella.”. Nature vol. 217, pp. 1053-1054 (1968)  PMID 4296139
3)Nogales, E., Wolf, S.G., Downing, K.H. , Structure of the alpha beta tubulin dimer by electron crystallography. Nature vol. 391, pp. 199-203 (1998)
4)廣野雅文 東京大学理学部広報プレスリリース (2011)
https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/press/2011/06.html
5)Straub FB., Actin,  Studies Inst Med Chem Univ Szeged. vol.2, pp. 3–16 (1942)
http://actin.aok.pte.hu/archives/pdf/StudiesII_1.pdf
6)ウィキペディア: アクチン
7)Geoffrey M Cooper, Structure and Organization of Actin Filaments. The Cell: A Molecular Approach. 2nd edition. Sunderland (MA) (2000).
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK9908/
8)Wikipedia: Cytoskeleton,  https://en.wikipedia.org/wiki/Cytoskeleton
9)K. Morioka, "Hair Follicle. Differentiation under th Electron Microscope. An Atlas" Spirnger-Verlag Tokyo (2005)
https://www.amazon.co.jp/Hair-Follicle-Differentiation-Electron-Microscope-ebook/dp/B000SNUPWM/ref=sr_1_1?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&keywords=hair+follicle&qid=1572774225&s=digital-text&sr=1-1
10)京都大学教育資料 ケラチン
https://www.kuhp.kyoto-u.ac.jp/~pathology/templates/keratin.html
11)片方陽太郎 ケラチン蛋白質の生化学 -構造、機能、そして遺伝子まで-、蛋白質 核酸 酵素 vol. 38, pp. 2711-2722 (1993)
http://lifesciencedb.jp/dbsearch/Literature/get_pne_cgpdf.php?year=1993&number=3816&file=sU0K8gPLUSkWylrPLUS03QAhjDig==
12)Moll R, Divo M, Langbein L., The human keratins: biology and pathology.,
Histochem Cell Biol. vol. 129(6): pp. 705-33. (2008)  doi: 10.1007/s00418-008-0435-6. Epub 2008 May 7.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18461349

 



 

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62.酵素 Ⅱ

   第二次世界大戦前までに、酵素はタンパク質であり、生命現象に必要なほとんどの化学変化は、酵素によって触媒される反応であることが明らかになりました。大戦後は酵素の作用機構や制御が主要な課題となりました。
 エミール・フィッシャーの古典的な「鍵と鍵穴」説の検証と新しい概念構築の中心になったのはジャン=ピエール・シャンジューでした。シャンジュー(図62-1)は学生の頃パスツール研究所のジャコブ&モノー研究室で過ごました。彼はそこでタンパク質は固定した形を持つものではなく、基質や様々な制御因子の影響、オリゴマーの形成などによって形を変えるフレキシブルな物質であることに注目し、アロステリック変化という概念を提出しました(1-2)。この理論はダニエル・コシュランド(図62-1)らによってさらに発展し、「誘導適合説」などが提唱されました。このあたりの事情を知るには、コシュランドが書いたレビューが出版されています(3)。コシュランドは第二次世界大戦中はマンハッタン計画に参加して、原爆製造の仕事にかかわっていました(4)。

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図62-1 ジャン=ピエール・シャンジュー(1936~)とダニエル・コシュランド(1920~2007)

 簡単に説明すると、図62-2のように「鍵と鍵穴」説ではもともと鍵にぴったり合った鍵穴があることになっていますが、「誘導適合」説では、基質の接近によって酵素が形態(コンフォメーション)を変えて、基質を取り込むということになります。
 またこのコンフォーメーションの変化に伴って、ケミカルアタックを行うサイト(catalytic site、図62-2の赤のサイト) が基質と接近して活動を行うことができるようになります。このサイトは2ヶ所に分かれていて、サイト-基質-サイトという形で電子や原子の受け渡しを行ないます。

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図62-2 「鍵と鍵穴」説と「誘導適合」説

 では具体的にトリオースリン酸イソメラーゼを例にとって。酵素反応の機構をみていきましょう(5)。この酵素はジヒドロキシアセトンリン酸(DHAP)をD-グリセルアルデヒド3リン酸(GAP)に代謝するときに利用されます。これはグルコースをピルビン酸に代謝する解糖経路の要所にある重要な反応です。ケトンをアルデヒドに変換する反応のひとつという見方もできます(図62-3)。

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図62-3 トリオースリン酸イソメラーゼによる反応

 酵素のポケット(鍵穴)に取り込まれたDHAPは、まずグルタミン酸側鎖COO-の電子をうけとってC1とC2の結合を二重結合化します。このときC1とC2はそのままでは共に5価になってしまうので、C1はHをひとつ手放し、C2は酸素との二重結合を一重結合化します(図62-4、図62-5)。

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図62-4 C1とC2の二重結合化

 C2と二重結合していたOの解放された電子はヒスチジン側鎖のNHに攻撃を仕掛け、Hを奪い取ります(図62-5)。

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図62-5 ヒスチジン側鎖NHに対するアタック

Hを奪い取られたヒスチジン側鎖のNはC1からHを奪い返します(図62-6)。

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図62-6 Hを奪われたヒスチジンによるC1への逆襲

 ヒスチジンに水素を奪われたC1は、酸素との結合が二重結合になってしまうので5価となり、C2との二重結合を一重結合にします。この結果C2は3価となるので、グルタミン酸側鎖のカルボキシル基からHを奪って4価にもどします(図62-7)。

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図62-7 C1がグルタミン酸のHを奪って4価を回復


 因果は巡って、結局GAPが生成され、95番のヒスチジン側鎖と165番のグルタミン酸側鎖も元通りに戻ります。すなわち酵素はもとのままで、DHAP→GAPの化学反応が遂行されました(図62-8)。

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図62-8 反応は終了し、グルタルアルデヒド3リン酸(GAP)が生成された

 以上は単純化された仮説で、実際にはもっと複雑かもしれません。さてすべての酵素は基質濃度だけに反応して、役目を果たすのでしょうか? 答えはNoです。酵素には阻害物質を利用して反応生成物を適度な濃度で管理するという機構がしばしば存在します。
 最も単純なのは図62-9のように、基質と同じ鍵穴にアクセスできる別の鍵があり、その鍵が先にはまると基質は鍵穴にアクセスできなくなるというメカニズムです。すなわち基質と阻害剤が同じサイトに競合してアクセスしようとするわけですから、どちらがアクセスできるかはそれぞれの濃度に依存します。したがってもし大過剰の基質を投入すれば、阻害剤の影響は無視できる程度に低下するはずです。このような単純競合の場合、タンパク質自体の立体構造の変換を伴わないので、アロステリック制御とは言えません。

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図62-9 拮抗阻害  同じサイト(鍵穴)を基質と阻害剤が競い合って結合しようとする

 しかし図62-10の場合のように、阻害剤がアクセスする別のサイト(鍵穴)があって、そこに阻害剤がアクセスすると基質の鍵穴が変形して使用不能になるとすれば、これはアロステリック制御のひとつであり、このようなケースでは基質を大過剰にしても反応は抑制されることになります。この非拮抗阻害と呼ばれる方式ですと、阻害剤が高濃度に存在すると反応が完全に停止するので、反応を再開するには阻害剤が代謝されてしまうことが必要になります。

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図62-10 非拮抗阻害  阻害剤が結合すると、酵素は構造変化を起こし、基質に結合しなくなる

 阻害の様式にはもうひとつ、不拮抗阻害というのがあり(図11)、この場合フリーの酵素に阻害剤はアクセスすることができず、基質が結合した酵素にしかアクセスできません。阻害剤がアクセスに成功すると、基質結合部位がアロステリック効果により変形して基質が結合できなくなります。阻害剤がアクセスするまでの時間的余裕があるので、基質があればある程度反応は進行し、その後阻害されるということになります。

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図62-11 不拮抗阻害  基質が結合した後で、阻害剤が結合する

 阻害剤という反応進行に負の影響を及ぼす因子について述べてきましたが、このような阻害剤による負のアロステリック効果だけでなく、正のアロステリック効果も存在します(図62-12)。この場合、正のAE(アロステリックエフェクター)が酵素にアクセスすることが引き金になって、基質結合部位が形成され反応が開始します。

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図62-12 正と負のアロステリック効果

 ただし酵素反応は一般に無制限に進行することは許されず、特定のタイミングで適切な量の反応生成物を得ることを目的としています。細胞外に放出されるペプシンですら、胃に食べ物がないときには放出されないように制御されています。酵素反応をいかに制御するかということは、生命現象の本質のひとつと言えるでしょう。
 一連の酵素反応の結果生成された最終反応生成物が阻害因子となって、自らを生成した酵素反応カスケードを停止させるという場合があり、これをフィードバック制御といいます(図62-13)。

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図62-13 フィードバック制御  反応生成物が酵素-基質の結合に影響を与える

 例えばアスパラギン酸トランスカルバモイラーゼは最終反応生成物であるCTPによって阻害されます(6)。このような負のフィードバック制御が一般的ですが、なかには最終反応生成物が一連の反応を加速させる場合もあり、これは正のフィードバック制御です。途中で神経伝達が関与していますが、オキシトシンが分泌されて子宮収縮=分娩が促進されるような場合がその1例と考えられます。

参照

1)Monod, J., Wyman, J., Changeux, J. P., On the Nature of Allosteric Transitions: A Plausible Model. Journal of Molecular Biology. vol.12, pp.88-118 (1965). doi:10.1016/S0022-2836(65)80285-6. PMID 14343300.
2)ウィキペディア: アロステリック効果
3)Daniel E. Koshland Jr., The Key-Lock Theory and the Induced Fit Theory. Angewandte Chemie col.33, pp.2375-2378 (1995)
4)Wikipedia: Daniel Koshland,  https://en.wikipedia.org/wiki/Daniel_E._Koshland_Jr.
5)Proteopedia: Triose Phosphate Isomerase Structure & Mechanism.
http://proteopedia.org/wiki/index.php/Triose_Phosphate_Isomerase_Structure_%26_Mechanism
6)Berg JM, Tymoczko JL, Stryer L., Biochemistry 5th edn. Section 10.1, W. H. Freeman (2002) https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK22460/

 

 

 

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2020年1月20日 (月)

61.酵素 I

 酵素を誰が発見したのかというのは、特定の人物を指定することがやや難しい問題です。歴史をたどっていくことにしましょう。
 1752年、フランスの科学者ルネ・レオミュール(René-Antoine Ferchault de Réaumur、図61-1)は、消化されなかった食べ物を吐き出す習性があるトンビに目を付け、金網で囲った肉を食べさせて、はき出した金網の中の肉が溶けていたことを確認ました。さらにスポンジ(当時のことですから海綿)を食べさせて、はき出したスポンジから胃液を集め、その胃液に肉片を浸すことで肉片が溶けることも観察しました(1-2)。この結果からレオミュールは、胃液には肉を分解する物質が含まれると考えました。

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図61-1 ルネ・レオミュール(1687~1757)

 レオミュールという人は偉大な昆虫学者で、全六巻からなる大著「昆虫誌」(3)を出版しました。もちろんフランス語ですが、オープンライブラリーで閲覧可能なようです。
 レオミュールの観察を受け継いだのは、イタリア人のラッザロ・スパランツァーニ(Lazzaro Spallanzani, 図61-2)というとてつもない科学者でした。彼はレオミュールの実験をさまざまな動物で追試し、吐き出した海綿中に消化を行う物質があることは間違いないという確信を持ちました。それからが彼の異常なところで、1776年に同じ実験を自分自身の体を使って追試してみようと考えたのです。といっても思いつきでやってみたのではなく、イヌやヘビに布袋を飲ませようとしてかみつかれるなどの困難に直面した後の苦渋の決断だったようです。

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図61-2 ラッザロ・スパランツァーニ(1729~1799)

 スパランツァーニはまず研究ず布袋にパンを入れて飲み込み、排泄された布袋の中からパンが無くなっていることを観察しました。次に竹を削って木筒をつくり、そのなかにパンや肉片を入れ、小さな穴を開けた木筒を布袋に入れて飲み込みました。出てきた木筒の中の食物はなくなっていました。
 これによって胃ですりつぶされて食物が粉々になったためになくなったわけではないことが証明されました。木筒に骨を入れた場合は、消化されずにそのまま出てきました。このような実験を多数繰り返して、スパランツァーニは胃には鳥類の砂嚢のように食べ物を粉々にする作用はなく、胃液に含まれる因子によって食べ物が消化されるのだという確信を持ちました。
 しかしもう一押し、胃液を取り出して、その中で食べ物が消化されるのを見たいと思うのは、科学者として必然のなりゆきでしょう。そこからがまた彼の凄いところで、指をノドに突っ込んで自分の胃液をはき出すトレーニングをして実行したのです。そして実際に自分の胃液の中で肉が消化されるのを観察しました。それは腐敗とは違うことも確認しました。さらに前記の肉片の入った木筒を飲み込み、しばらくして吐き出すという名人芸も会得し、中を調べてみると肉片が消化されかかっていました。

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図61-3 「自分の体で実験したい」Leslie Dendy and Mel Boring 著 梶山あゆみ訳、紀伊國屋書店(2007)

 スパランツァーニが一連の自分の体を使った人体実験から得た結論は、「消化は機械的粉砕や微生物による腐敗や発酵ではなく、胃液が促進する通常の化学反応だ」 というものでした。彼の功績は「自分の体で実験したい」という本に詳しく記してあります(4)。この本の表紙を図61-3に示しました。布袋を飲み込みつつあるスパランツァーニの姿が表紙になっています。
 私も購入して通読しましたが、この本にはスパランツァーニ以外にも、自分をモルモットにして命がけで実験をした大勢の科学者の業績が記されています。命を落とした人もいるということで合掌・・・・・。
 18世紀におけるレオミュールやスパランツァーニの偉大な実験にもかかわらず、多くの科学者が酵素の存在を確信するまでには、さらに1世紀もの長い時間が必要でした。19世紀に入ると、まずパヤン Anselme Payenとペルソ Jean Francois Persoz (図61-4) が、麦芽抽出液からデンプンをグルコースに分解する酵素を分離しジアスターゼと名付けました(1833年、5)。これは現在ではアミラーゼと呼ばれています。

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図61-4 アンセルム・パヤン(1795~1871)とジャン・フランソワ・ペルソ(1805~1868)

 スパランツァーニの研究もいくつかの研究室で引き続き発展しました。1834年ヨハン・エベールは乾燥させた胃の粘膜から消化能力のある溶液を調製することに成功しました。その溶液で処理すると、卵白アルブミンは溶けてしまうだけではなく、検出できなくなりました細胞説で有名なテオドール・シュワンはエベールの実験結果に注目し、1836年に胃液に含まれる成分がアルブミン以外のタンパク質も分解することを確認して、ペプシンと命名しました。しかしそのペプシンを精製することはできませんでした。19世紀の生化学で優勢だったのは、パスツールが証明した「生物は生物からしか生まれない、そして発酵や腐敗は微生物によって行われる」という考え方で、消化もやはり微生物の作用あるいは何らかの生命力によると思われていましたが、一方でパヤン&ペルソらの酵素の作用による有機物の化学変化もまた無視できないという隔靴掻痒の状況にありました。

 そうした中で、1897年エドゥアルト・ブフナー(Eduard Buchner, 図61-5)がすりつぶした酵母をろ過した抽出液(無細胞抽出液)の中で、糖が発酵してアルコールと二酸化炭素になることを発見したことは大きな衝撃でした(6)。すなわち生きた細胞がいなくてもアルコール発酵が行われることが証明されたことになります。

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図61-5 エドゥアルト・ブブナー(1860~1917)

 これは大変重要な実験でした。なぜならこれで生気説は否定され、有機物の生成や分解も普通の化学変化にすぎないという考え方が勝利したからです。ブフナーは1907年にノーベル化学賞を受賞しました。しかしその10年後に第一次世界大戦で従軍し、戦死しました。

 最終的に酵素がタンパク質であるということが証明されたのは20世紀も深まってからでした。1919年に米国の化学者ジョン・ノースロップ(John Howard Northrop, 図61-6)はペプシンを単離して結晶化し、それがタンパク質であることを証明しました(7-8)。ノースロップは1946年にノーベル化学賞を受賞しています。

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図61-6 ジョン・ハワード・ノースロップ(1891~1987)

 結論的に言えば、酵素の発見は誰がというより、ここで述べた科学者達を中心とした多くの科学者達が、200年近くの歳月をかけてなしとげた業績です。
 酵素の作用機構についてはすでに1894年からエミール・フィッシャーが「鍵と鍵穴」説を発表しており(9)、現在でも当たらずといえども遠からずという評価を受けていて、説明にはよく用いられます。すなわち酵素には基質(=鍵)を凸とすると凹の形態を持った鍵穴があり、そこに基質を収納すると基質がケミカルアタックを受けて生成物に変化するという考え方です(図61-7)。

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図67-7 エミール・フィッシャーの鍵と鍵穴説

 この過程を、レオノア・ミカエリスとモード・メンテン(図61-8)は次のような化学式で表現しました。

酵素 (E) + 基質 (S) ⇔  酵素基質複合体 (ES) → 酵素 (E) + 生成物 (P)
E: enzyme,  S: substrate,  ES: enzyme-substrate complex,  P: product

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図61-8 レオノア・ミカエリス(1875~1949)とモード・メンテン(1879~1960)

 ここで重要なのはE+S⇄ ESの1段階目の反応は可逆的なのに、2段階目のES→E+Pという反応は不可逆的だということです。もしそうでなければ、デンプンを分解してブドウ糖を生成しエネルギー源として利用しようとしても、ブドウ糖がある程度たまるとデンプンに逆戻りしてしまうという不都合が発生します。ただし生成物が少量で良い時などには、フィードバック制御という別プロセスで酵素に阻害がかかり、反応が停止するということはあります。
 酵素は触媒の1種ですが、金属触媒などを用いた無機化学反応と違って、基質濃度を上昇させてもあるところで頭打ちになってしまいます。基質濃度を横軸、反応速度を縦軸としてグラフを描くと図61-9のようになります。

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図61-9 基質濃度と反応速度  基質濃度を上げても、比例的に反応速度が上昇することはなく、頭打ちになる。

1913年にミカエリスとメンテンは、このグラフを数式で表現する、ミカエリス・メンテンの式を発表しました(10、図61-10)。

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図61-10 ミカエリス・メンテン式

 図61-9において、最大反応速度はVmax、その2分の1の反応速度で反応が進行しているときの基質濃度をKmとしています。ミカエリス・メンテン式において、[S] = Km とすると、v = 0.5 x Vmax となります。ミカエリス・メンテン式の導出のしかたについて興味がある方はサイト(11)を参照して下さい。
 本稿でもうひとつ触れておきたいのは、酵素が化学変化の過程において、活性化エネルギーを低下させるということです。物質Aは自然に自由エネルギーが低い物質Bに変化していくことは、熱力学の第2法則が示していますが、それでも物質Aが存在しているのは、物質Bに変化するために要する時間が無限大に近いことによります。酵素は物質A(基質=S)が物質B(生成物=P)に変化するために必要な、活性化エネルギーのレベルを下げる作用を持っています(図61-11、赤線)。このことによって変化に必要な時間を著しく短縮することができるので、生命現象に必要な化学変化を現実的な時間で実行することが可能になるわけです。

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図61-11 酵素はSがPに変化するために必要な中間段階の自由エネルギーレベルを引き下げる効果を持つ 酵素と基質が結合することによって(ES)、反応中間段階に到達するための活性化エネルギーが少なくなる(赤線)。

 

参照

1)ウィキペディア: ルネ・レオミュール
2)http://contest.japias.jp/tqj2005/80064/kousohakkenn.html
3)René-Antoine Ferchault de Réaumur, Memoires pour servir a l'histoire des insectes. A Paris : De l'imprimerie royale (1734) 
https://archive.org/details/memoirespourserv01ra
4)「自分の体で実験したい」 原題:Guinea Pig Scientists、 Leslie Dendy and Mel Boring 著 梶山あゆみ訳、紀伊國屋書店 (2007)
5)A. Payen and J.-F. Persoz, "Mémoire sur la diastase, les principaux produits de ses réactions et leurs applications aux arts industriels" (Memoir on diastase, the principal products of its reactions, and their applications to the industrial arts), Annales de chimie et de physique, 2nd series, vol. 53, pages 73–92 (1833)
6)Eduard Buchner, “Alkoholische Gärung ohne Hefezellen (Vorläufige Mitteilung)”. Berichte der Deutschen Chemischen Gesellschaft. vol. 30,  pp. 117–124 (1897)
7)Northrop J.H., Crystallin pepsin., Science vol. 69,  p. 580 (1929)
8)P. A. Levene, J. H. Helberger, CRYSTALLINE PEPSIN OF NORTHROP, Science Vol. 73, Issue 1897,  pp. 494 (1931) DOI: 10.1126/science.73.1897.494
https://science.sciencemag.org/content/73/1897/494.1.long
9)Emil Fischer, Einfluss der Configuration auf die Wirkung der Enzyme. Berichte der deutschen chemischen Gesellschaft, Volume 27, pp. 2985–2993 (1894)
10)Michaelis, L.,and Menten, M., Die kinetik der invertinwirkung, Biochemistry Zeitung vol. 49, pp. 333-369 (1913)
11)ウィキペディア: ミカエリス・メンテン式

 

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60.タンパク質の基本 Ⅱ

   アミノ酸はアミノ基とカルボキシル基を持っているので、酸性溶液中ではアミノ基がNH3+となって塩基、アルカリ性溶液中ではカルボキシル基がCOO-となって酸となります。すなわちアミノ酸は両性電解質であるという特性と持っています。

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図60-1 アラニンの滴定曲線  アラニンを酸に溶かした溶液に、一定量づつNaOHなどのアルカリを滴下して、pHの変化を記録していくと、滴定曲線を作成できます。

 図60-1は酸性の溶液にアラニンを溶解し、アルカリ(OH-)を加えて滴定したときのpH変化を示したものです。まずpH2あたりで勾配がゆるやかになりますが、このあたりではアラニンは

+H3N-CHCH3-COOH → +H3N-CHCH3-COO- + H+

のようになるので、加えたOH-はH+に吸収され、pHの上昇がゆるやかになります。もう1ヶ所、pH10あたりで勾配がゆるやかになりますが、これはこのあたりで

+H3N-CHCH3-COO- → H2N-CHCH3-COO- + H+

となってもう1個プロトンが放出されるので、pH上昇がもう一度ゆるやかになります。
 このような緩衝作用を2ヶ所で発揮するのが、両性電解質の特徴です。アミノ酸によって緩衝作用を発揮するpH領域は異なるので、アミノ酸の混合液は広い範囲にわたって、環境の変化に対してpHを一定に保つ働きがあり、生物に福音をもたらします。
 +H3NとCOO-が拮抗して存在するpHを等電点といいます。アラニンの場合6.00です。
 タンパク質はアミノ酸が集まってできたものですが、アミノ酸が持っているアミノ基とカルボキシル基はアミノ酸が連結してタンパク質をつくる際にペプチド結合をつくって電荷が消滅するので、両端にしか電荷が発生しません。しかし例外として酸性アミノ酸と塩基性アミノ酸は通常ペプチド結合を形成しない側鎖にアミノ基またはカルボキシル基を持っているので、それらをどのくらい含むかによって、タンパク質もバラエティーに富んだ両性電解質になり得ます(図60-2)。

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図60-2 酸性アミノ酸と塩基性アミノ酸  タンパク質はそのなかにどのくらいのアスパラギン酸・グルタミン酸・アルギニン・リジンを含むかによって、等電点にバラエティーが発生します。

 図60-2に記したアミノ酸の数・位置によって、タンパク質の性質は大きく変わります。タンパク質の種類によって、酸性アミノ酸あるいはアルカリ性アミノ酸の含有量に差があるので、例えば等電点には大きなバリエーションがあります(図60-3)。


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図60-3 さまざまなタンパク質の等電点

 例えばリゾチーム(ニワトリ卵白)という酵素のアミノ酸配列をみますと、塩基性アミノ酸の数が酸性アミノ酸の数を上回っており、このような場合タンパク質は塩基性となります(図60-4)。図60-3に示されるように、リゾチームの等電点は11を少し上回っています。

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図60-4 卵白リゾチーム(ニワトリ)の1次構造  酸性アミノ酸(ピンク)10個と塩基性アミノ酸(青)17個を含む

 一方イヌのペプシンBのアミノ酸配列をみますと、酸性アミノ酸の数が塩基性アミノ酸の数を大きく上回っています。このような場合タンパク質は酸性となります(図60-5)。ペプシンの場合偏りが極端で、等電点が1となります。胃という特殊な環境で作用する酵素なので、特殊な構造をもっていると思われます。

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図60-5 ペプシンB(イヌ)の1次構造  酸性アミノ酸(ピンク)31個と塩基性アミノ酸(青)12個を含む

 生化学実験では等電点の違いを利用してタンパク質を分離精製するという作業がよく行われます。タンパク質の混合液に電流を流して、酸性タンパク質は+側に、塩基性タンパク質は-側に移動するのを利用するわけですが、実際には自然拡散や振動の影響を回避するため、タンパク質が移動できる程度のゆるいゲルを用います(図60-6)。

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図60-6 等電点電気泳動法

 図60-6には両性電解質をゲルに溶かしておく場合を示していますが、ゲルを作成するときに予めpHの勾配を作ってあるのを購入して使うというのが簡便で、よく利用されます(1)。タンパク質は通常プラスかマイナスにチャージしているので、精製された分子同士は電荷の反発でくっつきにくいのですが、等電点周辺では分子としてはチャージがなくなるので接近しやすく、場合によっては沈殿が発生します。これは等電沈殿という現象で、等電点電気泳動を行う場合には注意しなければいけません。
 等電点電気泳動法で分離した後、分子量の差を利用してさらに分離すると、少量とは言え、かなり純度の高いタンパク質が得られる場合が多いです(2、3)。もっと大量のタンパク質を精製する技術は、今でも生化学者の腕のみせどころで、非常に多くの方法が考案されています(4、5)。
 タンパク質にはもうひとつ特徴的な性質があります。それはある条件で相転移を行うことで、典型的な例は熱変性です。図60-7のように生卵に熱を加えると、ある時点で不可逆的にゆで卵になります。これはαヘリックスやβシートというタンパク質の基本構造が、熱によって破壊されることが主な原因です。αヘリックスやβシートは弱い水素結合によって形成されているので、温度が上昇すると不安定になり、構造が破壊されてランダムに近い状態になってしまいます。これによって多数の分子がからまりあって集合し、不溶性のかたまりを形成します。ただしペプチド結合は破壊されないので、バラバラになる(アミノ酸単体に分解される)ことはありません(図60-7)。タンパク質は酸でも変性します。たとえば胃液によって胃の中のタンパク質は変性を受け、消化酵素による分解を受けやすくなります。
 100℃でも生きている耐熱菌がいますが、これらの生物は様々なストラテジーで熱耐性を獲得しました。タンパク質について言えば、熱に弱いアミノ酸の排除、αヘリックスの安定化など様々な戦略で熱変性に耐える構造となっています(6)。

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図60-7 タンパク質の変性

 タンパク質には完成後に化学的修飾を受けて機能を発揮する分子も少なくありません。非常に色々な修飾が報告されていますが、ここでもいくつか紹介します。まずリン酸化について見てみますと、セリン・スレオニン・チロシンのOHがリン酸化されてOPO3-となります(図60-8)。リン酸化されているかいないかということが、あるシリーズの生体化学反応の起動スイッチになっている場合が多く、タンパク質のリン酸化は情報伝達のキーとなるイベントになっています。この分野のパイオニアはジョージ・バーネットとユージン・ケネディでしょう(7)。最近話題の抗がん剤オプジーボのターゲットであるPD-1もリン酸化されることによってスイッチを起動するタンパク質のひとつです(8)。タンパク質のリン酸化は、いくらでも話題が出てくる広範な領域なので、レビュー(9)などをみると俯瞰できます。

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図60-8 タンパク質の翻訳後修飾1 リン酸化とアセチル化

 タンパク質のアセチル化も重要な化学修飾です。ヒストンの低アセチル化は転写が抑制されたヘテロクロマチン状態のマーカーとされています(10)。また癌抑制因子として最も有名なp53はアセチル化によって活性化あるいは安定化することも知られています(11-13)。

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図60-9 タンパク質の翻訳後修飾2 SS結合と糖の付加

 

参照

1)GEヘルスケア・ライフサイエンス 等電点電気泳動
https://www.gelifesciences.co.jp/technologies/2d-electro/guide-3.html
2)GEヘルスケア・ライフサイエンス 二次元電気泳動
https://www.gelifesciences.co.jp/technologies/2d-electro/guide.html
3)山本佳宏 一発分析? 二次元電気泳動とは 生物工学 vol. 90,  pp. 128-131 (2012)
file:///C:/Users/User/AppData/Local/Microsoft/Windows/INetCache/IE/CFQW7HJS/9003_yomoyama_2.pdf
4)マイクロソフト ネットキャッシュfile:///C:/Users/User/AppData/Local/Microsoft/Windows/INetCache/IE/C8FQEO1U/02_1analysis1.pdf
5)GEヘルスケア・ライフサイエンス バイオ実験の原理と方法
https://www.gelifesciences.co.jp/newsletter/biodirect_mail/technical_tips/
6)赤沼哲史、山岸明彦  好熱菌のタンパク質はなぜ熱に強いか 生化学 vol. 81, no.12, pp. 1064-1071 (2009)
file:///C:/Users/User/AppData/Local/Microsoft/Windows/INetCache/IE/B04HR93V/81-12-06.pdf
7)G. Burnett and E.P. Kennedy, The enzymatic phosphorylation of proteins, J. Biol. Chem. vol. 211, pp. 969–980 (1954) 
8)Programmed cell death 1, 
http://www.ft-patho.net/index.php?Programmed%20cell%20death%201
9)Joseph Schlessinger, Receptor Tyrosine Kinases: Legacy of the First Two Decades.  Cold Spring Harb Perspect Biol. vol. 6,  pp.1-13 (2014) doi: 10.1101/cshperspect.a008912.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3949355/pdf/cshperspect-RTK-a008912.pdf
10)Cell Signaling Technology, タンパク質のアセチル化
https://www.cellsignal.jp/contents/science-cst-pathways-epigenetics/protein-acetylation/pathways-chromatin-acetylation
11)http://www.cyclex.co.jp/resource/keyword/jkeyword_2.html
12)田中知明、転写因子p53の翻訳後修飾と転写活性化機構. 生化学 vol. 82, no.3, pp. 200-209  (2010)
13) Nature ダイジェスト : http://www.natureasia.com/ja-jp/nature/highlights/79254

 





 

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59.タンパク質の基本 I

     タンパク質は生物の体を構成する要素として最も重要な物質であり、同時に栄養源としても重要です。タンパク質に含まれるアミノ酸の数をnとすると理論上20のn乗の種類のタンパク質があり得ますが、遺伝情報としてDNAに刻まれているのは、哺乳類では2万数千種類くらいです。それらは生物の歴史を反映したものであり、なかには細菌・古細菌・真核生物のすべてにおいて機能しているタンパク質も少なくありません。
 これまでの復習もかねてタンパク質の基本構造を示すと、図59-1のようになります。まずアミノ酸がペプチド結合でつながった1次構造。すなわちつながるアミノ酸の順列が一番基本的な構造になります。次にαヘリックス・βシート・ランダムコイル(実際にはランダムじゃないので適切な言葉とはいえません)・その他の規則的な構造などのローカルな共通構造を2次構造とよびます。数学で言う「次元」とは別の概念なので注意しましょう。
 αヘリックスやβシートなどを空間に3次元的に配置したものを3次構造とよびます。図59-1のリゾチームの図(1)がそれにあたります。リゾチームは細菌の細胞膜を構成する多糖類を分解する酵素で、抗菌作用があります。ヒトの涙、鼻汁、母乳などにも含まれており、ひとつの免疫機構と考えられます。ウィルスには無効なのに風邪薬に含まれており、不可解だったのですが、ようやく2016年に無効が確認されて販売が中止されたそうです(2)。
 同じまたは異なるタンパク質が、特定の配置で集合して機能を発揮するような場合、その集合体を4次構造とよぶことがあります。これも数学の「次元」とは異なる概念です。ちょっと無理があるなので、あまり使いたくない言葉ですが他に適切な言葉がみつかりません。

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図59-1 タンパク質の構造

 タンパク質の3次元構造は、X線結晶解析によって解明されました(3-4)。この功績によりジョン・ケンドリュー(1917~1997)とマックス・ペルーツ(1914~2002)(図59-2)は1962年のノーベル化学賞を受賞しました。同じ年にワトソンとクリックもノーベル医学生理学賞を受賞したので、この年のノーベル賞は、タンパク質とDNAの構造解明者が同時に受賞するという、分子生物学の歴史上最大の出来事と言っても良いでしょう。

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図59-2 ペルーツとケンドリュー

 ペルーツはナチが台頭する前にウィーンからイングランドに留学していたのですが、ナチの侵略後は両親が難民となったため資金を絶たれピンチとなりました。しかしロックフェラー財団の援助で学業・研究を続けられたそうです。第二次世界大戦中は氷山空母(氷の上から戦闘機が飛び立つ)を建造する計画に参加していました(5)。
 ケンドリューは英国空軍の研究所でレーダーの研究をしていましたが、なぜかタンパク質に関心を持つようになって、生物物理学の分野にやってきた人です。ケンドリューとペルーツは二人ともケンブリッジ大学のキャベンディッシュ研究所に在籍し、サー・ローレンス・ブラッグの高弟でした。ワトソンとクリックがDNAの構造を解明したのも、この研究所での仕事でした。
 彼らが研究材料として用いたミオグロビンというタンパク質(図59-3)は、クジラなど海に棲む哺乳動物の筋肉に豊富なもので、酸素を強く結合して保管しておき、血液中の酸素濃度が低下したときに放出して、長い時間海に潜ったままで活動する彼らの生活をささえています。血液中の酸素リザーバーはヘモグロビンで、ミオグロビンと類似したグロビン分子4つで構成されています(図59-5)。ですので単独分子のミオグロビンはヘモグロビンよりかなりシンプルな構造であり、研究材料として好適だったわけです(6)。もちろんクジラから採取するので、サンプルが大量に確保できるという利点もありました。

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図59-3 ミオグロビン

 ただちょっと複雑なのは、ミオグロビンはアミノ酸が連結した鎖だけでできているのではなく、ヘムという非タンパク質の、いわゆる補欠分子族といわれる物質を含んでいます。ヘムはポルフィリン環と中央部の鉄原子からなり、この鉄原子は酸素分圧によって、酸素と結合したり分離したりします(図59-4)。この反応を利用してミオグロビンは酸素が必要な時に、筋肉に酸素を供給しています。ミオグロビンは8つのαヘリックスをもつ安定な構造のタンパク質で(図59-3、それぞれのヘリックスに番号がつけられています)、ヘムを組み込むことによって適切に酸素を組織に供給する役割を果たしています。

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図59-4 ヘムにおける鉄原子の挙動 酸素分圧が下がると、鉄は酸素を解離して組織に供給する。

 ヘモグロビンはミオグロビンに類似したαグロビンとβグロビンを2個づつ組み合わせた4量体タンパク質で、前述のいわゆる4次構造を持っています(図59-5)。それぞれのグロビンがひとつのヘムを持っているので、1分子のヘモグロビンには4個のヘムが存在します。ヘモグロビンのヘムは、ミオグロビンのヘムにくらべて酸素との親和性が低く、酸素を放出しやすい性質を持っています。ヘモグロビンやミオグロビンは単なるヘムの台座ではなく、必要な酸素を適切に供給できるようなシステムを提供していると言えるでしょう。


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図59-5 ヘモグロビン

 ヘムはミオグロビンやヘモグロビン以外にもいくつかのタンパク質に含まれており、シトクロムcもそのひとつです(7、図59-6)。シトクロムcはαヘリックスを4つ持ち(図59-6)、アミノ酸約100個からなる小さなタンパク質ですが、酸素呼吸を行う生物(細菌から哺乳類に至るまで)にとっては必須の生体分子です(7)。

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図59-6 シトクロムc

 シトクロムcに含まれるヘム鉄(図59-6の朱色の球)は、Fe2+とFe3+に可逆的に変換することができ、それによってシトクロムcはミトコンドリアでの電子の受け渡しに関与しています。またミトコンドリアから放出されるとアポトーシスによる細胞死を誘導することが知られています(7)。シトクロムcに含まれるヘムは、ミオグロビンやヘモグロビンのヘムbとは異なり、ヘムcという構造をとっています。ヘムcはタンパク質と硫黄原子を介して共有結合しています(8、図59-7)。

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図59-7 ヘムbとヘムc

 ヘム以外にも補欠分子族にはさまざまなものがあり、図59-8と図59-9に主要なものを示しました。タンパク質と頻繁に結合したり分離したりする分子の場合、常時タンパク質に結合している補欠分子族と区別して補酵素とよぶこともあります。補欠分子族や補酵素はタンパク質以外の物質についての命名であり、これらと同様な機能をタンパク質が持つ場合、それらはサブユニットとよばれるタンパク質の4次構造の一部または独立の制御因子とみなされます。

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図59-8 補欠分子族と補酵素 FMNなど

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図59-9 補欠分子族と補酵素 NAD+など

 補欠分子族・補酵素はビタミンと関係が深く、FMN(フラビンモノヌクレオチド)・FAD(フラビンアデニンジヌクレオチド)はリボフラビン=ビタミンB2から合成され、テトラヒドロ葉酸はメチルコバラミン(ビタミンB12)、ピリドキサルリン酸はピリドキサール(ビタミンB6)、NAD+・NADP+はナイアシンから合成されます。またビオチン=ビタミンB7、チアミン=ビタミンB1など補酵素そのものがビタミンである場合あります。
 ミオグロビン・ヘモグロビン・シトクロムcはすべてαヘリックスとランダムコイルに近いペプチド鎖で構成されたタンパク質ですが、たとえばポリンのように、主要な構造がβシートで構成されているタンパク質もあります(9、図59-10)。ポリンは細胞膜にβシートが壁に相当するトンネルを埋め込んだような形で存在し、膜を通過する低分子物質の選別を行います。βシートはその通りシート状の構造や、かごのような構造をつくることもできます。

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図59-10 ポリン

 αヘリックスやβシートとは異なる、あるいはバリエーション的な規則構造をもつタンパク質も存在します。絹フィブロインは昆虫の繭の成分ですが、 Gly-Ser-Gly-Ala-Gly-Ala というアミノ酸配列の繰り返しを多数持っていて、図59-11のようにこの構造の逆順鎖と隣接することによって、まるでファスナーのように側鎖がかみ合って、繊維状の構造を形成しています。この側鎖が大小大小と交互に並ぶ特殊なファスナー様構造によって、絹は非常にちぎれにくい丈夫な繊維になることができます。

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図59-11 シルクフィブロイン

 さまざまなタンパク質のアミノ酸配列およびその他の情報はデータベースに集積されており、誰でも閲覧することができます。たとえば pir=protein information resource (10)にアクセスして、上部のバーから search/analysis を選択してクリック、次の画面から text search を選択してクリック、そうすると選択と入力の窓がでてきますので、選択の方は protein name を選択、入力の方は globin と入力し、search をクリックします。検索結果画面の最初に Protein name and ID という欄がありますので、その HBA MOUSE をクリックすると、マウスのαグロビンに関する様々な情報が得られます。スクロールしていくと真ん中あたりにアミノ酸配列が記載してあります(図59-12)。
  またはゲノムネットにアクセスし(http://www.genome.jp/ja/)、DBget search を開いて swiss prot というデータベースを探してクリックします。でてきた入力の窓に mouse globin と入力し、リストの中から HBA MOUSE を選択すると同様なデータが得られます。Swiss prot では、最後(ボトムエンドまでスクロールする)にアミノ酸配列の情報が記載されています。

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図59-12 マウスα-グロビンのアミノ酸配列

 このようなデーターベースの情報を用いて、すべての動物が持っているタンパク質であるシトクロムcのアミノ酸配列を、さまざまな動物について打ち出してみると、興味深いことがわかります(図59-13)。

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図59-13 様々な動物のシトクロムcのアミノ酸配列

 左から3番目のアミノ酸をみてみますと、20種類の動物のうち16種類ではすべてバリンですが、七面鳥・鶏・鳩・王様ペンギンの4種類ではイソロイシン(赤囲い)になっています。哺乳類はこのアミノ酸を魚類・両生類・爬虫類から引き継いでいますが、鳥類はある時点でバリンをイソロイシンに転換したということになります。これはたまたまなのか、何らかの意義があるのかよくわかりませんが、アミノ酸配列から進化系統について論ずることが可能であることが示唆されています。
 もうひとつ興味深いのは4番目と46番目です。いずれもサル目のなかでクモザルだけが他と異なるアミノ酸になっています。ただし4番目の場合、爬虫類・鳥類・哺乳類のすべてがグルタミン酸(E)であるのにクモザルだけフェニルアラニン(F)となっています(青囲い)。対照的に46番目では爬虫類・鳥類・哺乳類のすべてがフェニルアラニン(F)なのに、クモザル以外のサル目の動物だけ(ヒト・チンパンジー・マカク)がチロシン(Y、赤囲い)となっています。これだけのデータでも、サル目のなかでクモザルだけが独立したグループであることが示唆されます。一方で11~12番目をみると、クモザルを含めたサル目が、サル目以外の哺乳類・鳥類・爬虫類・魚類とは異なる共通配列(IM=イソロイシン・メチオニン、赤囲い)を持っていることがわかります。
 たった1種のタンパク質のアミノ酸配列を比較しただけでも、様々な生物の歴史や系統関係を調べる糸口になります。実際シトクロムcのアミノ酸配列を比較するだけで系統樹を記述することができたという論文もあります(11)。ここで少し留意していただきたいのは、このような分子レベルでの変異が直接適者生存(ダーウィン的進化)にかかわる場合は少ないということです(12)。

参照

1)Wikipedia: Lysozyme,  https://en.wikipedia.org/wiki/Lysozyme
2)ウィキペディア: リゾチーム
3)John Kendrew et al., A Three-Dimensional Model of the Myoglobin Molecule Obtained by X-Ray Analysis., Nature vol. 181, pp.662 - 666 (1958); doi:10.1038/181662a0
4)Max Perutz et al., Structure of Hæmoglobin: A Three-Dimensional Fourier Synthesis at 5.5-Å. Resolution, Obtained by X-Ray Analysis., Nature vol. 185, pp. 416 - 422 (1960); doi:10.1038/185416a0
5)Reviewed by Richard E. Dickerson, "Max Perutz and the secret of life" by Georgina Ferry,
Protein Sci. vol. 17, pp. 377–379 (2008) doi:  10.1110/ps.073363908
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2222719/
6)Myoglobin: A brief history of structural biology. Video presentation.
http://www.richannel.org/myoglobin-a-brief-history-of-structural-biology.
7)ウィキペディア: シトクロムc
8)wikipedia: Heme C,  https://en.wikipedia.org/wiki/Heme_C
9)ウィキペディア: ポリン
10)PIR(Protein Information Resource)
https://proteininformationresource.org/
11)Robert M. Schwartz and Margaret O. Dayhoff, Origins of prokaryotes eukaryotes mitochondria and chloroplasts. Science,
Vol. 199, Issue 4327, pp. 395-403 (1978)
12)ウィキペディア: 中立進化説

 

 

 

 

 

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2020年1月19日 (日)

58.オリゴペプチド・ポリペプチド

 タンパク質の話題に入る前に、構成要素であるアミノ酸の数が少ないだけの、いわば弟分にあたるオリゴペプチド・ポリペプチドについてみておきましょう。オリゴペプチドは数個、ポリペプチドは数十個までのアミノ酸で構成されています。1928年アレクサンダー・フレミング(1881~1955)は、研究のために培養していたブドウ球菌の培養皿に青カビ(ペニシリウム)が生えていることに気がつきました。初歩的な失敗でしたが、よくみると青カビの周辺ではブドウ球菌が生育していないことに気がつきました。
 フレミングはこの青カビの毒素を抽出・精製することに成功しませんでしたが、ハワード・フローリー(1898~1968)とエルンスト・チェイン(1906~1979)は1940年に、このブドウ球菌の生育を阻止する毒素を精製し、いくつかの成分があることをつきとめました。それらを総称してペニシリンと言います。これらは20世紀最大の医薬品であり、開発の功績によって3人は1945年にノーベル医学生理学賞を受賞しました(1、図58-1)。現在でもよく使われるセフェム系の抗生物質はペニシリンと構造が類似した、同じグループの医薬品です。

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図58-1 ペニシリンを開発した3人の科学者

 ペニシリンのひとつであるペニシリンNの合成過程と構造式を図58-2に示します。アミノアジピン酸+システイン+バリンのトリペプチドであることがわかります。ただしアミノアジピン酸が遺伝暗号表にはないアミノ酸であること、青点線で示したような環状構造(β-ラクタム4員環+5員環)をつくること、バリンがもとはL型なのに、ペプチドに取り込まれたときにはD型になっていることなどの特異な性質を持っています。ペニシリンはもともとペニシリウム(青カビ)が生存競争のために産生する毒素(アロモン)なので、生物が簡単には分解解毒できないように特殊な構造を持っていると考えられます。
 ペニシリンはペプチドですが、リボソームで作られるのではなく、細菌が持つ酵素によって合成されます。遺伝暗号表に書き込まれていないものは、リボソームでは合成できません。ペニシリンは細菌の細胞壁の合成を阻害する作用を持っていますが、真核生物にとっては基本的に毒物としての作用はありません。ただもともと真核生物の体内に類似物質があるわけではなく、しかも特異な分子形態なので、強いアレルギー反応がおきやすいことがわかっています。私の父も直接的にはペニシリンショックで命を落としました。当時は現在のような十分な配慮なく投与されていたと思われます。交通事故や医療事故で突然人生が終了するというのは誠に理不尽なことです。
 米国NIHはペニシリンの効果と人体への安全性を確認するため、1946年から1948年にかけてグアテマラで人体実験を行ったことが、最近になって発覚しました。オバマ大統領は2010年にグアテマラに謝罪しました(2)。

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図58-2 青カビによるペニシリンの生合成

 真核生物にもペプチド性の毒素を持つものは多く、例えばテングタケの α-アマニチン(図58-3)は8つのアミノ酸からなるオリゴペプチドです。2次元の図はまるで駐禁マークのようです。α-アマニチンはRNAポリメラーゼIIに結合し、タンパク質の合成に必要なmRNAの合成反応を阻害します。蛇毒やヒキガエルの毒もペプチド性のものです。

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図58-3 αアマニチン

 最初にいくつか毒ペプチドについて述べたわけですが、もちろんオリゴペプチドにも有用な生理作用を持つものは数多く存在します。まずグルタチオンについてみてみましょう。図58-4のようにグルタチオンはグルタミン酸+システイン+グリシンからなるトリペプチドです。青丸のHによって過酸化物や活性酸素を還元無毒化する機能があります
 生物は酸素を利用するようになってから、酸素の毒性=あらゆるものを酸化しようとする(サビさせようとする)性質、からいかにして逃れるかが大きな課題だったわけですが、そのひとつの解決策がグルタチオンでした。生体内に還元型のグルタチオンをためておいて、活性酸素が発生するとすばやく還元し、結果生成した酸化型のグルタチオンは、ただちにグルタチオンリダクターゼとNADPHの作用によってまた還元型にもどすというサイクルによって、体の「サビ」を防ぐことができます(図58-4)。ただしグルタチオンは多量にあればあるほどよいわけではなく、代謝のバランスを保つことも必要ですし、タンパク質が持つSS結合を切断する作用もあるため、濃度は適切に調節される必要があります。

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図58-4 グルタチオン(還元型と酸化型)

 図58-4のグルタチオンの構造をよく見ると、一番左側にアミノ基とカルボキシル基があります。通常のペプチドだと左端はアミノ基、右端はカルボキシル基なので、これは普通ではありません。すなわちグルタミン酸の側鎖(γ位)のカルボキシル基を使って、隣のシステインとペプチド結合を形成しています。したがってL-γ-glutamyl-L-cysteinyl-glycineという名前が正式名になります。どうしてこのような構造が選択されたのかは、おそらく酵素による分解に抵抗するためと思われます。ペプチド結合を切断する酵素は数多くありますが、ほとんどは側鎖を使った結合を切断することができないので、グルタチオンは切断されにくくなっています。ペニシリンと同様、グルタチオンもリボソームではなく専用の酵素によって合成されます。
 オキシトシンはペニシリンやグルタチオンよりアミノ酸数が多い、Gly-Leu-Pro-Cys-Asn-Gln-Ile-Tyr-Cys の9個のアミノ酸で構成されています。図58-5に構造式を示します。末端のシステインが中間部のシステインとSS結合を形成して環状構造になっています(3)。通常のペプチド鎖と異なり、カルボキシル末端が存在しません。

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 オキシトシンの9個のアミノ酸の配列は遺伝子に刻まれており、ペニシリンやグルタチオンと違ってリボソームによってまず前駆体が合成され、複雑な加工の過程を経て図58-5のような構造の分子がつくられます。生体内では脳の視床下部でつくられ、脳下垂体からホルモンとして血流に放出されます。オキシトシンの作用によって、分娩時に子宮筋の収縮が促され、また出産後には乳腺の筋肉を収縮させ乳汁分泌が促進されます。
 女性だけではなく男性でも分泌され、仲間内での親密さを増す作用があることが知られています(4)。一方で仲間でない者には反発心が強まるという副作用もあると言われています。右翼的心情のベースになる物質かもしれません。
 ペプチドホルモンとしてはじめてオキシトシン・バソプレッシンを同定し構造解析と合成を行った功績で、ヴィンセント・デュ・ヴィニョーが1955年にノーベル化学賞を受賞しています(5)。脳がホルモンを合成するということで、当時は非常な驚きを持ってむかえられた研究でした。タレントでもある脳科学者中野信子がオキシトシンの作用を研究していることでも知られています(6)。この他にもペプチド性のホルモンは多数知られています(下記)。ペプチドホルモンの作用機構などについては、いずれ稿をあらためて述べるつもりです。


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 天然のオリゴペプチド・ポリペプチドの代表的なものを並べてみますと、次のようになります。

1.ペプチドホルモン:インスリン、グルカゴン、オキシトシン、バソプレッシン、アンジオテンシン、成長ホルモン、ガストリン、セクレチン、TRH、GnRH
2.抗生物質:ペニシリン、グラミシジンS
3.真核生物の抗菌性ペプチド(7,8):マガイニン、タチプレシン、ディフェンシン
4.酵素阻害ペプチド:ロイペプチン, ペプスタチン,植物トリプシンインヒビター
5.神経伝達物質:エンケファリン、エンドルフィン、ダイノルフィン
6.毒ペプチド:アマニチン,コブラトキシン
7.細胞内還元剤:グルタチオン

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 TRH(甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン)やGnRH(性腺刺激ホルモン放出ホルモン 図58-6)はいずれも視床下部で放出されて、脳下垂体の機能を調節するホルモンですが、これらの構造決定についてはロジェ・ギヤマン(Roger Charles Louis Guillemin)とアンドリュー・シャリー(Andrzej Wiktor Schally)の歴史的死闘とも言える競争があったことは業界では有名なお話です。興味のある方は書籍(9-10)を参照して下さい。なお二人とも1977年のノーベル医学・生理学賞を受賞しました。現在お二人とも90才と超えていますが、長生きでも競争しているようです。

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図58-6 GnRH

 人工甘味料のアスパルテームも N-L-α-aspartyl-L-phenylalanine 1-methyl ester というオリゴペプチドです(図58-7)。これは天然には存在しないものですが、無害の食品添加物として広く用いられています。ただし実は有害であるとの報告も蓄積されつつあります(11)。

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図58-7 アスパルテーム

 

参照

1)Wikipedia: Penicillin,  https://en.wikipedia.org/wiki/Penicillin
2)ウィキペディア: グアテマラ人体実験
3)Wikipedia: Oxytocin,  https://en.wikipedia.org/wiki/Oxytocin
4)上田 陽一、“オキシトシン”の多彩な生理作用 公益財団法人山口内分泌疾患研究振興財団 内分泌に関する最新情報 pp. 1-7 (2015)
file:///C:/Users/User/AppData/Local/Microsoft/Windows/INetCache/IE/CFQW7HJS/ueta201508.pdf
5)Vincent du Vigneaud et al., The synthesis of an octapeptide amide with the hormonal activity of oxytocin. . Am. Chem. Soc., vol.75, pp 4879–4880 (1953)
6)天才脳科学者:中野信子の脳は今夜もドーパミンでいっぱい
http://morph.way-nifty.com/grey/2015/01/post-b78b.html
7)小林聖枝、抗菌性ペプチドMagainin 2 とTachyplesin Iの細菌選択的相乗効果 カクテル療法への可能性、YAKUGAKU ZASSHI vol. 122, pp. 967-973 (2002)
8)富田哲治・長瀬隆英、生体防御機構としてのディフェンシン、日老医誌, vol.38, pp. 440-443 (2001)
9)Wade, Nicholas (1981). The Nobel Duel. Doubleday. ISBN 978-0-385-14981-5.
10)Nicholas Wade著 丸山工作・林 泉 訳、 ノーベル賞の決闘、岩波書店 (1984)  ISBN 978-4002601243
11)人工甘味料アスパルテームの危険性とは? 【常識はウソだらけ】
https://matome.naver.jp/odai/2136780173669119701

 

 

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