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2020年1月21日 (火)

65.糖質

 生体は核酸とタンパク質だけでできているわけではなく、糖質や脂質ももちろんその構成要素です。糖質の構造の基本は19世紀末にここにも何度も登場しているエミール・フィッシャーによって明らかにされ、構造式の書き方も彼が考案したものが現在も使われています(1)。糖質でやっかいなのは異性体が非常に多いことで、きちんと整理しておかないと混乱します。まず図65-1におおまかな異性体の分類を示しておきます。
 異性体は大きく分けて、構造異性体と立体異性体があり、立体異性体にはさらにジアステレオマーとエナンシオマーがあります。

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図65-1 異性体の分類

いろいろな異性体について定義したいのですが、これがなかなか難しい。一応考えてみましたが、これでは不十分だと思います。

1.異性体:異性体(isomer)とは、同じ数、同じ種類の原子を持っているが、違う構造をしている物質のこと。

2.構造異性体:構造異性体(structural isomer)とは、組成式は等しいが原子の間の結合関係が異なる分子のこと。ブタンと2-メチルプロパン:組成式はともに C4H10 であるが、ブタンの構造式は H3C-CH2-CH2-CH3 であるのに対し、2-メチルプロパンは H3C-CH(CH3)-CH3 です。

3.立体異性体:立体異性体(stereoisomer)は、同じ構造異性体同士で、3次元空間内ではどう移動しても重ね合わせる(スーパーインポーズする)ことができない分子。

4.鏡像異性体:鏡像異性体(enantiomer)とは立体異性体のうち、左手と右手のように鏡に映した形ふたつの分子の関係を意味し、鏡像異性体をもつ分子をキラル分子といいます。炭素原子が持つ4価の共有結合の相手がすべて異なる場合、必ず鏡像異性体があり得るので、このような結合を行っている炭素を不斉炭素(キラル炭素)といいます。例えばアラニンは不斉炭素にNH2、CH3、H、COOHという4種のグループが結合しているので、LアラニンとDアラニンという互いに鏡に映した形の鏡像異性体が存在します。

5.ジアステレオマー(Diastereomer):立体異性体のうち鏡像異性体でない分子。シス-トランス異性体などはジアステレオマーです。

 

 糖類を代表する分子としてまずグルコースをとりあげましょう。グルコースは水溶液中では図65-2のように、α型とβ型の環状体と中央の鎖状体の3つの形が平衡状態にあります。鎖状体はα型またはβ型に対して構造異性体、α型とβ型は立体異性体ということになります(1-2)。α型とβ型を互いにアノマーであるという表現も用いられます。

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図65-2 水溶液中でのグルコースの構造 α型、鎖状構造、β型が平衡状態にある

 ここで鎖状構造のグルコースの異性体に着目してみます(図65-3)。上から炭素に番号を付けると、2番目から5番目の炭素が不斉炭素です。ここで5番目の炭素の左右と下の構造を固定し(赤で示したOHが右にある)、上だけ可変とすると、図65-3のように8種類の異性体が考えられます。それぞれの異性体に鏡像異性体が存在するので16の異性体が存在します。5番目の炭素のOHを左側にもってくると異性体の数は32となります。それぞれの異性体には名前があります。なかなかこの全部の名前を書いてある文献はありませんでしたが、masaさんのブログに書いてありました(3)。フィッシャーは分析機器が乏しい当時の研究法で III がグルコースであることを示しました。

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図65-3 鎖状構造グルコースの異性体

 32種でも混乱するのですが、グルコースには図65-2で示した3つの形があるので、32x3=96の異性体があることになります。さらにいす型やふね型の立体配座の異性体があるので(4)、それらをカウントすると、とんでもない数になります。糖質化学のおそるべき複雑さを垣間見ましたが、自然界に存在するグルコースはほとんどが 図65-3-III の5番目のCの右側にOHがあるD体です(5)。歴史的には結晶に光を照射したときに、右にまがる(dextro-rotatory)か左にまがる(levo-rotatory)かで判定されました(DL法)。もっと理論的な命名法がRS法ですが、ここでは詳しく説明しないので正確な情報を知りたい方は文献(6)を見て下さい。簡単に言うと、不斉炭素が結合している原子団に原子番号などによって優先順位を決め、2位の原子団のどちら側に3位の原子団があるかによってRかSかを決める方法です。糖とアミノ酸の場合RS法はあまり使われません。
 グルコースのようにひとつの環でできている糖を単糖とよびます。単糖にはグルコースのように5つのCとひとつのOで構成される環が基本となっているヘキソースと、リボースやキシロースのように4つのCとひとつのOで構成される環が基本となっているペントースが存在します(図65-4)。この6員環(5炭素+1酸素)をピラン、5員環(4炭素+1酸素)をフランとよびます。ピラン環でもフラン環でもOと結合している炭素は、O以外にC・H・OHと結合している場合不斉炭素であり、HとOHが上下逆のα型とβ型を生じます。リボースはRNAの構成成分ですが、2の位置のOHがHに変わったデオキシリボースはDNAの構成成分です。

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図65-4 ピラン環(グルコース)とフラン環(リボース、デオキシリボース)

 グルコースの2の位置のOHはアミノ基と置換されることもあり、この場合はグルコサミンとよばれます。一般的にOHがアミノ基と置換された糖をアミノ糖といいます。またアミノ基がアセチル化された場合、N-アセチルグルコサミンとよばれます。グルコサミンやN-アセチルグルコサミンは後に述べる複合糖質・ヒアルロン酸・糖脂質の材料として重要な物質です。グルコサミンはサプリメントとしても有名ですが、関節症などに効くかどうかは疑わしいと考えられています(7)。


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図65-5 グルコサミンとN-アセチルグルコサミン

 糖を鎖状に書くと(たとえば図65-3)、上端はCHO(アルデヒド)、下端はCH2OHとなります。上端に書かれたアルデヒドのOと、下端のCH2OHのH2のうちひとつのHが失われて環状化するとラクトンが形成されます。グルコースの場合グルコノラクトンとなります。このグループの化合物にはビタミンC(アスコルビン酸)という人類には必須の物質があります(図65-6)。ビタミンCはグルコースからやや複雑な経路で合成されます(8)。ビタミンCは私たちの体の中でコラーゲン合成、スーパーオキサイドの除去などの重要な役割を果たしています。
 私たちはビタミンCを体内で合成できません。私たちの祖先のサルが果実を主食としてビタミンCを日常的に外界から得ていたため、合成経路をになう酵素が突然変異したまま活性が失われたと考えられています。霊長類の中でも、キツネザル・アイアイ・ロリスという原始的なグループはビタミンCを合成することができますが、ヒトを含めたそれ以外のグループは合成できません(8)。

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図65-6 グルコノラクトンとビタミンC(アスコルビン酸)  ビタミンCはC=OのOがO- になったとき、負電荷をフラン環で共有して安定化することができ、アスコルビン酸という酸として挙動します。

 さて単糖だけでも膨大な異性体が存在するわけですが、これが2糖となるとそのかけ算となる上多彩な結合が存在しますから手に負えません。とはいえスキップするのもどうかと思うので、少しだけ紹介しておきます(図65-7)。グルコース+グルコースでできている麦芽糖(マルトース)は、デンプンがαまたはβアミラーゼによって分解されたときに生成する2糖類です。甘味料の他点滴にも使用されています。急激な血糖値の上昇を防ぐには2糖が有効です。麦芽糖はαグルコシダーゼの作用によって徐々に分解され、2分子のグルコースになります。

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図65-7 麦芽糖とショ糖

 ショ糖(シュークロース)はグルコース+フルクトース(フラクトース)で構成される、自然界に最も多量に存在する2糖です。自然界では植物だけが合成できる化合物です。動物はインベルターゼという酵素でグルコースとフラクトースに分解して利用することができます。どうしてサトウキビやテンサイがショ糖を大量に蓄積するのか、調べましたがわかりませんでした。私が想像するに、ショ糖はデンプンなどと違って草食動物に対して歯を溶かすなどなんらかの毒性があり、サトウキビやテンサイを好んで食べる動物に危害を与えて、それらの動物に食べ尽くされるのを防いでいるのかもしれません。

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図65-8 サトウキビとテンサイ

 糖の正式な命名法は(9)を参照していただくことをおすすめします。ただIUPACが推薦する正式名称は、専門家が論文を書くときに使うくらいで、あまり普及しているとは言えないと思います。

参照

1)フィッシャー投影式を使って単糖の構造式の暗記量を激減させる方法
https://受験理系特化プログラム.xyz/organic/fischer-3
2)グルコースの構造式: http://sci-pursuit.com/chem/organic/glucose_structure.html
3)32個の異性体: https://ameblo.jp/apium/entry-10212514628.html
4)ウィキペディア: シクロヘキサンの立体配座
5)役に立つ薬の情報 専門薬学 糖の性質
https://kusuri-jouhou.com/creature1/suger.html
6)立体配置の記述法: http://www.chiral.jp/main/R%26S.html
7)Wandel, Simon; Jüni, Peter; Tendal, Britta; Nüesch, Eveline; Villiger, Peter M; Welton, Nicky J; Reichenbach, Stephan; Trelle, Sven (2010). “Effects of glucosamine, chondroitin, or placebo in patients with osteoarthritis of hip or knee: network meta-analysis”. BMJ 341. doi:10.1136/bmj.c4675. ISSN 0959-8138. http://www.bmj.com/content/341/bmj.c4675
8)ビタミンCの真実: http://www.vit-c.jp/vitaminc/vc-02.html
9)http://nomenclator.la.coocan.jp/chem/text/carbohy.htm

 

 

 

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