83.制限酵素
細菌にとって最大の天敵はバクテリオファージ(ウィルス)です。この寄生体はホスト細菌の細胞壁にとりついて、注射器のようなツールでDNAを注入し、細菌のDNAにまぎれこませたり、あるいは直ちに細菌の中にある栄養物質を使って増殖し、殻もつくってホストを殺して外に出たりするわけです。
ベルタ-ニとワイグルはファージの細菌感染を研究しているうちに、不思議な現象を発見しました(1、図83-1)。それは、ある系統の大腸菌(図83-1、斜線)で生育させたファージを取り出して、別系統の大腸菌(図83-1、ドット)に感染させると、斜線の大腸菌で生育したファージはドットの大腸菌に対する感染能を失っている場合があるということです(赤で示した!は感染能の喪失を示します)。すなわち大腸菌はP2やλファージの感染性を制御する、あるいは不活化する能力を持っているということを意味します。彼らはこの現象が遺伝子の突然変異によるものではないことを示しましたが、そのメカニズムは解明できませんでした。ヒトはインフルエンザウィルスに感染すると、抗体を作るなど免疫機構を発動して対抗しますが、細菌もなんらかの防御機構を持っているのでしょうか? 他にもこの現象に気がついていた研究者もいましたが、誰もメカニズムを解明できませんでした(2)。
図83-1 バクテリオファージの感染能力はホストの細菌によって制御される場合がある この図について本文より詳細な説明をご覧になりたい方は、文献(1)を参照して下さい。
アルバー(図83-2)はジュネーヴ大学を卒業して、電子顕微鏡のオペレーターの仕事をしていましたが、そこからファージの研究に転身して、λファージを大腸菌に感染させる仕事をしていました。そしてλファージが大腸菌の中で、うまく増殖してくれないことに関心を持って研究を進めるうちに、λファージDNAを放射性のP(32P)でラベルして感染させると、大腸菌のなかでDNAが分解され、32Pは可溶性分画に出てくることがわかりました(3)。大腸菌の免疫機構が発動して、ファージを分解していたのです。
図83-2 制限酵素の発見者達 ウェルナー・アルバー ハミルトン・スミス ダニエル・ネイサンズ
1960年代には、この免疫機構にS-アデノシルメチオニンが必要なことや、DNAのメチル化がかかわっていることがわかってきました。すなわち修飾がないとファージと同様にみずからの分解酵素でアタックされるはずの大腸菌DNAの切断部位が、メチル化されることによって切断を免れることが判明しました(4)。ファージのDNAを分解する酵素を制限酵素 (ファージの増殖を制限するという意味 英語では restriction endonuclease) といい、ホストのDNAを保護するDNAメチラーゼとあわせて制限修飾系(R-Mシステム)ともいいます。
制限酵素を大腸菌から最初に精製したのはメセルソンとユアンでした(5)。この酵素はその後 I 型制限酵素と呼ばれ、DNA鎖上の特異的な塩基配列を認識しますが、DNAを切断する部位は認識部位から400~7000塩基(bp)も離れたところにあるので、遺伝子工学の研究者からは「使えない」酵素として忘れ去られました。大腸菌にしてみれば、自分のゲノムは切断されず、進入してきたファージDNAを切断してくれるわけですから、I 型でも十分用は足りているわけです。
I 型制限酵素はDNAを切断するRサブユニット2個、DNAをメチル化するMサブユニット2個、DNAの塩基配列を認識するSサブユニット1個の計5つのサブユニットからなり、同じ塩基配列を認識しても、ホストのDNAはメチル化し、ファージのDNAは切断するという複数の役割をひとつの分子が行なうことができます(6、図83-3)。Sサブユニットもふたつのドメインが逆向きに重なったような構造で、2本の αヘリックスからなるバーの両端に塩基配列認識部位があるので、離れた2ヶ所で塩基配列を認識します。非常に高度な機能を持った有能な酵素なのですが、I 型制限酵素は認識した塩基配列から離れた位置でDNAを切断する点、そしてメチラーゼ活性を持っているという点で遺伝子工学のツールとしては不適切でした。
図83-3 I型制限酵素
ハミルトン・スミス(図83-2)は大学では数学を専攻していました。その後カリフォルニア大学、ジョンズ・ホプキンス大学と渡り歩いて医師になりました(7-8)。ところが彼はアルバーが制限酵素を発見したことに興味を持ち、ちょうど自分の研究室を持てることになったので、せっかく資格を得た医師の仕事を棄てて研究者になりました。同じ材料で追試するだけではつまらないので、彼はアルバーが使った大腸菌とは異なるインフルエンザ菌(昔この菌がインフルエンザの病原体と考えられていた時期があり、その名残で名前が残っている)の制限酵素を調べてみました(8)。実験材料だけ換えて追試するというのはバカにされがちですが、これも必要な研究ですし、ときには思いがけない重要な発見もあるのです。まさにハミルトン・スミスは彼の最初の学生だったケント・ウィルコックスと共に驚きの実験結果を得ました。
インフルエンザ菌の制限酵素はなんと認識した塩基配列を、その位置で切断したのです(9、図83-4)。この酵素は現在 HincⅡ(または HindⅡ) とよばれています。図83-4にみられるように HincⅡ は1種類の塩基配列だけ認識するわけではなく、若干の幅があって、4種類の塩基配列を認識し、その中央でDNAを切断します。II 型制限酵素は、I 型のようにATPやS-アデノシルメチオニンを必要とせず、マグネシウムイオンのみを要求する酵素反応を行います。またほとんどはDNAメチラーゼの活性をもっておらず、制限修飾系は別の分子であるDNAメチラーゼと協力して成立します。
図83-4 II型制限酵素
ハミルトン・スミスの研究結果は分子生物学の分野で燎原の火のように広がり、われもわれもと新しい制限酵素の発見競争がはじまりました。そのなかのひとりがダニエル・ネイサンズ(図83-2)でした。彼はSV40というヒトやサルに感染するウィルスを研究していましたが、このウィルスのDNAをハミルトン・スミスの酵素で処理すると最大11個の断片に切断することができました(10)。これはDNAの塩基配列の研究に非常に有用であり、かつ塩基配列レベルでの遺伝子地図の作成が可能であることを示唆しました(図83-5)。
例えば図83-5で、あるDNAを制限酵素「赤」で切断して3つの断片A,B,Cが得られたとします。それだけでは各断片の塩基配列を解析してもABCの順番はわかりません。しかし同じDNAを別の制限酵素「青」で切断して4つの断片が得られ、そのうちひとつの断片の左側(2’)が断片Aの右側(2)と一致し、右側(3’)が断片Bの左側(3)と一致すれば、断片Aは断片Bの左隣であることがわかります。同様に断片B、Cについても調べれば、BがCの左隣であることがわかり、制限酵素「赤」で切断した結果の3断片はABCの順に並んでいることがわかります。
図83-5 制限酵素を用いた塩基配列レベルでの遺伝子マッピング
アルバー、スミス、ネイサンズの3人(図83-2)は1978年にノーベル生理学医学賞を受賞しました(11)。その受賞理由は「for the discovery of restriction enzymes and their application to problems of molecular genetics」となっています。生理学医学賞で application to という言葉が使われたのははじめてです。すなわち生理学医学の領域においてもサイエンスのみならず、テクノロジーの分野における貢献もノーベル賞の対象になるということを、彼らは示しました。
さて、次々とみつかった II 型制限酵素を統一的に命名し整理することが必要になりました。スミスとネイサンズは1978年に命名法の基準を提案しましたが(12)、現在でもほぼ彼らの考え方に沿った形で命名が行われています。
1.当該制限酵素を産生する生物の属名の先頭の1文字、種名の先頭の2文字を記す。例えば大腸菌なら学名は Escherichia Coli ですから Eco、インフルエンザ菌なら Haemophilus influenzae ですから Hin となります。
2.制限酵素の由来がその生物のゲノムではなく、潜在ウィルスやプラスミドに由来する場合はそれらの頭文字(大文字)を記す。例えば EcoR。
3.生物の株によって産生する酵素が異なる場合、株名を記す。例えばHaemophilus influenzae のd 株(小文字)なら Hind となる。
4.同じ株が複数の制限酵素を産生する場合は、それぞれローマ数字をつける。例えばHaemophilus influenzae のd 株は3種の制限酵素を産生するので、それぞれ Hind I, Hind II, Hind III となります。
制限酵素によるDNA切断の様式を大きく分類すると、図83-6のような3種類になります。平滑末端を作るタイプの制限酵素は、リボンをハサミで切断するように、突出部位の無い平滑な末端(blunt end)をつくります。5’ が突出するタイプの末端をつくる酵素は、DNAの両鎖ともに5’ が突出した末端が形成されます。Hind III の場合TCGAとAGCTという相補的な末端ができるので、これらは再びくっつき易いという特徴をもっています(cohesive end)。また3’-OH があって鋳型もあるわけですから、DNAポリメラーゼのよい標的になります。3’ が突出するタイプの末端を作る酵素は5’突出型と同様な特徴がありますが、DNAポリメラーゼの標的にはなりません(3’-OHはありますが鋳型がありません)(図83-6)。
図83-6 制限酵素による切断部位の種類 平滑末端 5’突出末端 3’突出末端
現在4000種類の制限酵素がみつかっており、そのうち600種類は市販されているそうです(13)。
ところで図83-6の塩基配列をみればわかりますが、制限酵素が認識する部位は塩基配列が回文構造になっています。回文とはアニマルマニアのように前から読んでも後ろから読んでも同じ文のことですが、たとえばHind Ⅲが認識する配列は、AAGCTTであり、これ自体は回文ではありませんが、対面するDNAの塩基配列はTTCGAAであり、180度回転対称となっているので、この意味で回文構造と称しているわけです。
どうしてこのような構造になったのかの説明ですが、図83-7に示したように、回文配列はDNAの裏から酵素がアプローチしても塩基配列を認識できることから、酵素による認識効率が2倍になるためという説がありますが、どうでしょう? 2倍の効率というのは、この様式が固定されるにはちょっと低すぎると思います。回文配列の部分が特異な構造なので、熱力学的に切断に要する化学エネルギーが少なくて済むからという可能性もあると思います。またII型制限酵素はホモダイマーあるいはテトラマーであり、同時にDNAの表裏を認識していると思われ、このような様式を利用してDNA塩基配列を認識し切断するというやり方が、このシステムができた初期の頃に定まったというのがひとつの理由なのかもしれません(14)。
II 型制限酵素を使うと、自在にDNAを切断して再連結することができるので、例えば図83-8のように別種のDNA(AとB)をそれぞれHind III で処理し混合すると、それぞれAGCT、TCGAという相補的な突出部位を持っているので、再連結させることができます(アニーリング)。そしてDNAリガーゼで3’OHと5’Pを接続すると、AとBを連結したハイブリッドDNAができあがります(15)。
図83-7 制限酵素は回文構造を認識してオペレーションを開始する
これはAという菌とBという別種の菌を融合した新種の菌ABができる可能性を示唆しており、まさしく科学が神(=創造主)の領域にまで進出したということで騒ぎになりました。またこの種の研究がきっかけとなって、日本でも分子生物学会が設立されました(1978年)。しかし誰も科学技術の進歩は止められず、20世紀末にDNAの加工に関連したテクノロジーは大発展をとげることになります。とは言っても、ハミルトン・スミスの論文が出版されてから50年を経過する今日に至っても、疾病原因遺伝子を自在に正常遺伝子に置き換えるというような治療には程遠いというのが現実です。
図83-8 ハイブリッドDNAの作成
細菌は I、II 型とは異なるタイプの制限酵素ももっていて、むしろ III 型はより一般的なのかもしれません。III 型制限酵素はメチル化活性を持つ酵素ですが、エンドヌクレアーゼのサブユニットx2+DNAメチラーゼのサブユニットx2で構成されていて、I型のように塩基配列認識のためのサブユニットがないので、それぞれの酵素活性をもつサブユニットが認識していると思われます(16)。
例えばサルモネラ菌の StyL TI は5’-CAGAG-3’ という塩基配列を認識します。III 型はこの認識部位でDNAを切断するのではなく、25-27bp下流(3’側)で切断します。DNA切断にはマグネシウムイオンとATP、メチル化にはマグネシウムイオンとS-アデノシルメチオニンが必要です。細菌とファージの戦いは熾烈で永遠です。このほかにも IV型、V型などの制限酵素がみつかっているようです(17)。
ともあれ細菌の免疫機構という地味な研究の中で見つかった制限酵素を使うことによって、分子生物学が飛躍的な進歩をとげたことは奇跡的な幸運としか思えません。まさに目的指向的な研究だけをやっていては開かれない扉があることの証といえるでしょう。
参照
1)G. Bertani and J. J. Weigle., HOST CONTROLLED VARIATION IN BACTERIAL VIRUSES, J Bacteriol., vol. 65(2), pp.113-121. (1953)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC169650/
2)Luria SE. Host-induced modifications of viruses, Cold Spring Harb. Symp. Quant. Biol., vol.18, pp.237-244 (1953)
3)Daisy Dussoix,Werner Arber., Host specificity of DNA produced by Escherichia coli: II. Control over acceptance of DNA from infecting phage λ., Journal of Molecular Biology, Vol.5, Issue 1, pp.37-49 (1962)
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S002228366280059X?via%3Dihub
4)Werner Arber and Stuart Linn., DNA modification and restriction., Annual Review of Biochemistry., Vol.38, pp.467-500 (1969)
5)Matthew Meselson and Robert Yuan., DNA restriction enzyme from E.Coli., Nature 217, 1110-1114 (1968). doi:10.1038/2171110a0
https://www.nature.com/scitable/content/DNA-Restriction-Enzyme-from-E-coli-12388
6)Wil A. M. Loenen, David T. F. Dryden, Elisabeth A. Raleigh and Geoffrey G. Wilson., SURVEY AND SUMMARY Type I restriction enzymes and their relatives., Nucleic Acids Research, Vol. 42, No. 1, pp. 20-44 (2014)
doi:10.1093/nar/gkt847
7)https://en.wikipedia.org/wiki/Hamilton_O._Smith
8)Jane Gitschier, A Half-Century of Inspiration: An Interview with Hamilton Smith. PLoS Genetics vol. 8, pp. 1-5 (2012)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3257296/pdf/pgen.1002466.pdf
9)Hamilton O. Smith and Kent W. Welcox., A Restriction enzyme from Hemophilus influenzae: I. Purification and general properties., Journal of Molecular Biology
Vol. 51, Issue 2, pp. 379-391 (1970)
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/002228367090149X?via%3Dihub
10)The Daniel Nathans Papers. Restriction Enzymes and the "New Genetics," 1970-1980. US National Library of Medicine., NIH
https://profiles.nlm.nih.gov/ps/retrieve/Narrative/PD/p-nid/325
11)The Nobel Prize in Physiology or Medicine 1978
http://www.nobelprize.org/nobel_prizes/medicine/laureates/1978/
12)Smith HO, Nathans D., A suggested nomenclature for bacterial host modification and restriction systems and their enzymes., J Mol Biol.. vol. 81(3), pp. 419-23. (1973)
13)Thermo Fischer Scientific 制限酵素の基礎知識
https://www.thermofisher.com/jp/ja/home/life-science/cloning/cloning-learning-center/invitrogen-school-of-molecular-biology/molecular-cloning/restriction-enzymes/restriction-enzyme-basics.html
14)Pingoud A, Fuxreiter M, Pingoud V, Wende W., Type II restriction endonucleases: structure and mechanism., Cell Mol Life Sci., vol. 62(6), pp. 685-707. (2005)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/15770420
15)R.W.オールド、S.B.プリムローズ 「遺伝子操作の原理」 第5版 関口睦夫監訳 培風館 (2000)
16)Desirazu N. Rao, David T. F. Dryden and Shivakumara Bheemanaik., SURVEY AND SUMMARY Type III restriction-modification enzymes: a historical perspective., Nucleic Acids Research, Vol. 42, No. 1 pp. 45–55 (2014) doi:10.1093/nar/gkt616
17)Wikipedia: Restriction enzyme, https://en.wikipedia.org/wiki/Restriction_enzyme
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