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2020年1月23日 (木)

79.核膜

 生きとし生けるものを最もおおざっぱに分類するとすれば、現代生物学ではその生物の細胞に核膜があるか、ないか、で2つに分けるということになります。フランスの海洋生物学者エドゥアール・シャトン(図79-1)は1925年に前者を Eukaryote(真核生物)、 後者を Prokaryote (原核生物)と名付けました(1-2)。この考え方は後に彼の友人アンドレ・ルウォフと、カナダの微生物学者ロジェ・スタニエ(図79-1)によって、電子顕微鏡による観察を基盤とした洗練された形で発表され、現在の分類学の基本となりました(3)。

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図79-1 真核生物と原核生物の概念をつくった研究者達

 真核生物にとって、核膜は必須のツールです。たとえば私達の遺伝子はたいてい分断されており、転写の際には、まず分断されている部分(イントロン)もまとめてPre-mRNAがつくられ、それがスプライシングをうけてmRNAがつくられます(4)。核膜がなければPre-mRNAにリボソームがとりついて、意味のないタンパク質がどんどん合成されるという悲惨な状況になるかもしれません。核膜があれば、リボソームは核内に侵入できません。プロセッシングが終了した正規の mRNA に加工されてから順に核の外に出して、正確なタンパク質合成を行うことができます。細菌では大部分の遺伝子は分断されていないので、RNAに転写されると直ちにリボソームがとりついてタンパク質が合成されても問題ありません。
 しかし進化という観点から言えば、分断された遺伝子から正しいタンパク質を製造するために核膜が形成されたかというと、それはないだろうと思われます。多くの場合遺伝子が分断された個体は死んで生物の歴史から排除されたであろうからです。むしろ核膜が形成されたために、遺伝子の分断が許容されたと考えるべきでしょう。細菌にも分断された遺伝子が全くないわけではなく、それらは特殊な形をしていてリボソームが単純には仕事ができないようになっていると思われますが、特殊化というのは往々にして進化の障害となります。
 このようなことを考えると、真核生物の核膜には進化の当初から核膜孔が存在していたと思われます。核膜孔の存在をはじめて示したのはカランとトムリンとされています(5)。R.W.メリアムはカエルの卵母細胞を電子顕微鏡で観察することによって、核膜に多数の孔のようなものが見えることを報告しました。1962年のことです(6)。メリアムの論文の General discussion というセクションには初期の核膜孔の研究状況が詳しく記してあります。
 核膜孔複合体(NPC=nuclear pore complex)に対する蛍光抗体を作成して、図79-2の赤で示したのが核膜孔複合体(NPC)です。NPCは一定の間隔で並んでいるのではなく、ほぼランダムに配置されています。緑色は「細胞骨格3」(7)に登場したラミンを示します。ラミンは核膜の裏側にびっしりと張り付いています。核膜の構造を強化するには有用でしょう。染色体は多くの場合核膜の内側に接するように存在します(図79-2)。ひとつの核にいくつNPCがあるかというと、参照文献(8)によれば酵母で200、増殖中のヒト細胞で2000~5000、アフリカツメガエルの卵母細胞で5000万とされています。細胞のサイズ・種類・状態によって、大きくその数は異なります。

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図79-2 核膜における核膜孔複合体の配置、および核膜の裏打ちとなるラミンBの可視化(蛍光抗体による)

 哺乳類の核膜孔複合体(nuclear pore complex=NPC)全体のサイズは直径1200nmと非常に大きいものですが、開いている孔そのものの内径は5~10nmくらいの小さなものです。哺乳類NPCの分子量は124メガダルトン(1億2400万ダルトン)という巨大なもので、30種類くらいのタンパク質(ヌクレオポリン=Nup)のそれぞれマルチコピー(総数500~1000分子)によって構成されています。その全体像は図3のようになります。孔の周りに分厚いリング状の構造物があり、核の内部と外部では形態が異なります。このようなおおざっぱな形態は各種の生物でほとんど同じです。
 NPCの詳細な構造は参照文献(8)や(9)をみるとよくわかります。NPCを構成するタンパク質複合体は次の6つのグループに分類されています。

1:通常の核膜とNPCの境目にあって、NPC形成の基盤となる膜タンパク質
2:膜並置ヌクレオポリン
3:アダプターヌクレオポリン
4:チャネルヌクレオポリン
5:核バスケットヌクレオポリン
6:細胞質側フィラメントヌクレオポリン。

 それぞれのグループの位置関係は図79-3に示します。

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図79-3 核膜孔複合体の構造

 NPCについてひとつの困った問題は、細胞分裂の際に染色体が分離してから分裂が完了するまでの間核膜がなくなり、NPCも崩壊してしまうということです。これは細胞質に形成された紡錘糸が染色体にコンタクトするためには、核膜がじゃまになるからです。したがって図79-4に示すように、M期(細胞分裂期)のはじめに核膜は崩壊し、おわりに再構築されます。そのため核膜に付属する核膜孔も細胞分裂のたびにいったん崩壊し、再構築されなければなりません。数万個以上の分子を正しく集合させて巨大なNPCをつくるわけですから大変な作業であり、その全貌は現在も明らかではありません。

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図79-4 細胞周期と核・核膜孔の消長

 NPCを分子が通過する機構は核内への移行と核外への移行で異なります。まず核内への移行には積荷となるタンパク質が核移行シグナル(NLS=nuclear localization signal)をもっていることが重要で、これに kap α (インポーチン)が結合し、さらに kap β(エクスポーチン)が結合して通過複合体を形成することによって、核膜孔を通過することができます。
 通過後核内のRan-GTPと 通過複合体の kap β が結合することによって通過複合体は解離し、核内移行が完了します。Ran-GTPと結合した kap β は再び核膜孔を通過し細胞質に移行します。このときRan-GTPはRan-GDPとなって、エネルギーを消費します(8、図79-5)。

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図79-5 核膜孔を通って、細胞質から核内に移行する機構

 核外への移行はタンパク質だけでなく各種RNAも輸送しなければならないので、核内への移行とくらべて積荷の種類が多くてはるかに複雑です。積荷がタンパク質だった場合、核外移行シグナルを持っていれば、kap β が認識して「積荷-kap β-Ran-GTP」複合体が形成され、核外に移行できます(図79-6)。核外移行の際Ran-GTPはRan-GDPとなって、エネルギーを消費します。tRNAも kap β が認識して結合し同様に核外に輸送されます(8)。
 rRNAやmRNAも核外に輸送する必要がありますが、mRNAはアダプタータンパク質などを用いた独自の複合体を形成して輸送されます(9)。rRNAも特殊な方法で輸送されるようですが、基本的にはリボソームのサブユニットとしてタンパク質と結合した状態で輸送されるので、タンパク質の核外移行シグナルを使って kap β の輸送システムを利用します(10)。発展途上分野なので詳述はいたしません。興味ある方は、文献9、10などを参考にして下さい。
 核膜孔移行に用いられるタンパク質はカリオフェリンまたはトランスポーチンと呼ばれています。ただ kap β (カリオフェリンβ)は核内移行にも関与しているので、エクスポーチンという名前はふさわしくないと思いますが、普通に使われているようです。

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図79-6 タンパク質やtRNAの核外輸送システム

 核膜の内側はラミンという細胞骨格タンパク質が主体となっている核ラミナという網目構造によって裏打ちされています。核ラミナはさまざまなタンパク質と結合しており、たとえばネスプリンという膜貫通タンパク質は細胞質のアクチンフィラメントや中間径フィラメントと接続することが可能で(11)、核が細胞内をピンボールのように自由に動かないように係留することができます。また核ラミナは染色体と結合して、染色体を核膜の内側に係留することができます(図79-7)。

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図79-7 核ラミナ

 

参照

1)Chatton E. Pansporella perplexa: Reflexions sur la biologie et la
phylogenie des protozoaires. Ann Sci Nat Zool vol.8:pp.5-84 (1925)
2)Soyer-Gobillard MO. Scientific research at the Laboratoire Arago (Banyuls, France) in the twentieth Century: Edouard Chatton, the“master”, and Andre Lwoff, the “pupil”. Int Microbiol vol.5:pp.37-42 (2002)
3)Stanier R, Lwoff A. Le concept de microbe de Pasteur a nos jours.
La Nouvelle Presse Medicale vol.2:pp.1191-1198 (1973)
4)http://morph.way-nifty.com/grey/2016/12/post-b88f.html
5)Callan H. G., Tomlin S. G. Experimental studies on amphibian oocyte nuclei. I. Investigation of the structure of the nuclear membrane by means of the electron microscope. Proc. R. Soc. B vol. 137, pp. 367–378 (1950)  10.1098/rspb.1950.0047
6)R.W. Merriam, Some dynamic aspects of the nuclear envelope., J. Cell Biol., vol.12, pp. 79-90 (1962)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2106017/pdf/79.pdf
7)「細胞骨格3」http://morph.way-nifty.com/lecture/2017/06/post-8a89.html
8)橋爪智恵子,Richard W. Wong、 核膜孔複合体の構造と機能、生化学 vol.83(10), pp. 957-965 (2011)
http://www.jbsoc.or.jp/seika/wp-content/uploads/2013/05/83-10-09.pdf#search=%27%E6%A0%B8%E8%86%9C%E8%A4%87%E5%90%88%E4%BD%93+%EF%BC%AE%EF%BD%95%EF%BD%90%EF%BD%93%27
9)片平じゅん、mRNA核外輸送複合体の形成機構 生化学 vol. 87(1): pp. 75-81 (2015)
https://seikagaku.jbsoc.or.jp/10.14952/SEIKAGAKU.2015.870075/data/index.html
10)松尾芳隆、核外輸送の過程におけるリボソームの品質管理の機構、ライフサイエンス 新着論文レビュー DOI: 10.7875/first.author.2013.158
http://first.lifesciencedb.jp/archives/8023
Coupled GTPase and remodelling ATPase activities form a checkpoint for ribosome export. Yoshitaka Matsuo, Sander Granneman, Matthias Thoms, Rizos-Georgios Manikas, David Tollervey, Ed Hurt., Nature, vo. 505, pp. 112-116 (2014)
11)Wikipedia: Nesprin,  https://en.wikipedia.org/wiki/Nesprin

 

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