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2020年1月23日 (木)

74.細胞骨格 I

 ボートは船の格好をしている堅い構造体なので漕げば思う方向に進むわけですが、これが方向性のない円形の形態をとったり不定形のふにゃふにゃとしたものであれば、乱流が発生して漕ぐのはとても困難になるでしょう。佐渡のたらい船ですが、実際にこれを漕いでみた方は、その困難さに驚いたのではないでしょうか(1)。
 ですから細菌がピンと張った船あるいは棒状の細胞であることは重要です。彼らは保有している唯一の複雑で高級な備品である鞭毛を動かし、栄養物質を求めて泳ぎます。細菌はアメーバのような方法で移動することはできません。脂質で構成されている細胞膜ではこのような堅さは実現できません。そこで細菌は糖ペプチドや糖脂質でできた細胞壁で細胞を被って、丈夫でかつ鞭毛で泳ぎやすい細胞を作り出しました。細菌にも細胞骨格があるという話を聞いたときには、おそらく硬い屋根のような構造には梁が必要だろうと予想できたわけですが、事はそう単純ではありませんでした。
 真核生物の細胞骨格には、チュブリン系・アクチン系・ケラチン系の3つのグループのタンパク質群が存在します。細胞骨格という名前からは骨のような硬い物質が連想されますが、そうではなく、分子が重合して繊維状の構造を形成できる物質と考えた方が近いと思います。ひとつ注意したいのはカイコの繭やクモの糸などは繊維状のタンパク質重合体ではありますが、細胞の外に出て機能するものは細胞骨格とは言いません。
 細菌の細胞骨格研究の萌芽は、1991年のバイとルトケンハウスによるFtsZの局在に関する研究でした(2)。どうして真核生物に比べて、細菌の細胞骨格研究が著しく遅れたかというと、それは細菌におけるタンパク質の局在は、光学顕微鏡で研究するのはターゲットが小さいためなかなか難しく、電子顕微鏡に頼らざるを得なかったからです。電子顕微鏡によるタンパク質の同定(免疫電顕)には多くの技術的制限があって、一筋縄ではいかないことが多いのです。
 バイとルトケンハウスの研究をまとめたのが図74-1です。真核生物の収縮環にアクチンが集合するのはわかっていたので(右の緑色に染められた細胞)、細菌型アクチンかと色めき立ったのですが、真相はもっと驚くべきことでした。デブール(図74-1)らとレイチャンドゥーリらは1992年、FtsZがアクチンではなくチュブリンのホモログであることを発表したのです(3-4)。細菌ばかりでなく、一般的に古細菌もFtsZを使っているようです(5)。

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図74-1 FtsZは細菌の細胞分裂時に、分裂溝に集合する

 FtsZは20世紀の中頃、広田幸敬が細胞分裂の温度感受性突然変異体を多数作ったなかに、この遺伝子のミュータントがみつかっていました(6)。これがチュブリンのホモログだなんてきっと広田は墓の中で驚いていることでしょう。ようやく1990年代になってその研究が端緒についたわけです。まだFtsZがどのように分裂溝形成にかかわっているかということは完全には解明されていませんが、細胞膜と結合するためのアンカーや制御因子の研究は進んでいるようです。この遺伝子を分裂酵母に組み込んで発現させると、やはり分裂溝に集まってくるそうです(7)。
 FtsZは葉緑体にも存在し、驚くべきことに真核生物においては真核生物にしかないダイナミンファミリーのタンパク質が、太古のタンパク質FtsZと共同して分裂装置を形成するそうで、まさに10億年の時空を越えたコラボレーションです(8)。私達ヒトのミトコンドリアはもはやFtsZを持っていませんが、原生動物・藻類・粘菌など古参の真核生物のミトコンドリアはFtsZを使って分裂しているようです(9)。
 クインとマーゴリンは、大腸菌の細胞分裂時におけるFtsZの局在をGFPラベルで示した美しい写真を教育用に提供してくれているので図74-2に示しました。平常時にはラベルが分散しているのではっきりとはみえませんが、細胞分裂時には分裂溝に集結するのでよく見えます(明るく光っています)。オリジナル論文は(10)です。

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図74-2 大腸菌の細胞分裂時におけるFtsZの局在

 図74-3は β-チュブリンとFtsZの分子構造を比較したものですが(11)、素人目にもかなり似ている部分(サークル内)があるように思いました。

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図74-3 β-チュブリンとFtsZの構造的類似性

 このようにしてチュブリンのホモログはみつかりましたが、ではアクチンに類似した細菌タンパク質もあるのでしょうか? このことが判明したのは21世紀になってからでした。
 MreBというアクチンスーパーファミリーに属するタンパク質が細菌に存在することを発見したのはフシニータ・ファン・デン・エントらでした(12)。アラインメントの結果、MreBは真核生物のアクチンとはわずか15%の一致でしたが、重合してケーブルを形成することや、細胞の形態を維持するために必須であること、3次元構造がよく似ていること(13、図74-4)などから、ホモログであると考えられています。MreBを欠損すると、大腸菌は棒状(ロッド状)の形態を失って球形の大きな細胞になり、娘細胞への染色体の分配がうまくできなくなって致命的となります(14)。

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図74-4 アクチンと類縁関係にある細菌のタンパク質

 MreBは細胞膜直下でコイル状やリング状に重合したケーブルとなって、細菌のロッド状構造を維持することができます(15、図74-5)。これはシュラフからテントへの昇格に例えられるでしょう。ほとんどの原核生物はMreBを使って形態を維持しているようです。 細胞分裂の際には真核生物の紡錘糸のような役割も果たしているようです(16)。しかしそれではチュブリンとアクチンの役割が細菌と真核生物で入れ替わったということになり、奇怪なミステリーです。このような奇怪な役割交代がなぜおこったかについては全くわかっていません。ただチュブリン系は重合にGTPのエネルギーを、アクチン系はATPのエネルギーを使うという方式は十億年以上の時を越えてほぼ維持されているようです。

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図74-5 MreBの役割

 MreBそのものは膜結合タンパク質または膜に埋め込まれるタンパク質ではないため、細胞膜直下に局在するためには他のタンパク質がアシストしてあげなければなりません。ファン・デン・エントらは図6のようなモデルを提出しています(17)。このモデルではRodZというタンパク質がMreBと膜貫通タンパク質の両者と結合して、クランプの役割をはたしていることになります。
 細菌のアクチンホモログの研究は21世紀になってからはじまったので、まだまだ解決しなければいけない課題は多いと思います。ただ研究費が続くかどうかはわかりません。病気と直接関係の無い細菌や古細菌の研究は趣味的とされがちですが、それでもこれは生身の生物についての科学ですから、どんなところに人類に有用な知識が潜んでいるかわかりません。それはこれまでの経験によって証明されています。

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図74-6 MreBを細胞膜にアンカーするモデル

 細菌のアクチンホモログはMreBだけではなく、同じオペロンに含まれるMreC、MreDなどのほか、ParMというグループもみつかっています(13、図74-4、図74-7)。ParM の役割としては、細胞分裂の際に図74-7のようにプラスミドDNAを細胞の両端に押し分け、片方の娘細胞に偏ってプラスミドが分配されないようにすることがわかっています(11、13)。図74-7の右側の図は、ParMがプラスミドDNAに結合したParRと結合していることを示しています。さらにフリーのParMは、ATPのエネルギーを使ってParM線維にDNA側から結合し、線維を伸長させることを示唆しています。 ジェケリーはその総説の中で、原核生物のタンパク質ネットワークは、1)プラスミドのパーティショニング(ParMの語源)、2)細胞分裂のための装置、3)細胞膜の合成と細胞の骨組み のために発達してきたと述べています(18)。

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図74-7 ParMの役割と線維伸長の機構

 古細菌の細胞骨格研究はあまり進んでいないようですが、クレナクチンという真核生物のアクチンとよく似たアクチンホモログがみつかっています(19-20)。アクチンホモログの分子進化はおおまかには図74-8のようになっています。FtsAは分裂溝に出現するタンパク質です。

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図74-8 細菌におけるアクチン類縁タンパク質の分子系統図

 最後にケラチン系のタンパク質についてみてみましょう。このグループのタンパク質がつくるケーブルは中間径線維と呼ばれています。真核生物の場合、アクチンがつくるケーブルはマイクロフィラメントと呼ばれており、径は5~9nm。チュブリンがつくるケーブルは微小管と呼ばれていて、径は約25nm。中間径線維のケーブルの径は8~12nmで、マイクロフィラメントと微小管の中間的なサイズです。
 真核生物の中間径繊維をつくるタンパク質は多様で、ケラチン・ビメンチン・ニューロフィラメント・核ラミンなどがあります。細菌にもこのグループのタンパク質はみつかっていて、それはクレセンチンです(21-22)。細胞がロッド状でなくジェリービーンズのような格好をした菌、あるいはヘビのようにくねくねした形態の菌に、図74-9のように片側に偏った感じで配置されています。クレセンチンがあるサイドはテンションがかかっていて縮み、逆サイドは延びるということになります。両サイドが交互に重合と解離を繰り返せば泳げるかもしれません。何かに付着したい場合、湾曲の角度を変えてぴったり密着させることができるかもしれません。
 クレセンチンはウィキペディアによると、ケラチン19のアミノ酸配列を比較すると25%が一致し40% の領域で相同性が認められるそうです。核ラミンと比較しても同様なホモロジーがあるそうで、ケラチン系タンパク質の祖先であることは間違いないと思われます。

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図74-9 クレセンチンによる細胞の屈曲と発見したアスミーズ

 脂質二重層でDNAを被えば、それは生物としての出発点といえるでしょうが、脂質だけの細胞膜は脆弱すぎるという問題があります。ですから細胞膜を多糖類やタンパク質で裏打ちしたり、その工事のために足場をつくったりするために細胞骨格が必要であったとは容易に想像できます。しかしジェケリーが言うように(18)、とりわけプラスミドDNAをうまく娘細胞に分離するために必要だったという考え方にもうなづけるものがあります。例えば図74-8の分子系統図をみるとMreBやFtsAより、ParMファミリーの方が古いタンパク質とされています。

 

参照

1)力屋観光汽船 意外と漕ぐのが難しいたらい舟
https://www.tripadvisor.jp/ShowUserReviews-g1021355-d1947724-r278970072-Rikiya_Kanko_Kisen-Sado_Niigata_Prefecture_Koshinetsu_Chubu.html
2)Erfei Bi and Joe Lutkenhaus, FtsZ ring structure associated with division in Escherichia coli., Nature vol.354, pp.161-163 (1991)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/1944597
https://www.researchgate.net/publication/21210591_FtsZ_ring_structure_associated_with_division_in_Escherichia_coli
3)de Boer P., Crossley R., Rothfield L., The essential bacterial cell division protein FtsZ is a GTPase., Nature vol. 359, pp. 254-256 (1992)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/1528268
4)RayChandhuri D., Park J. T., Escherichia coli cell-division gene ftsZ encodes a novel GTP-binding protein. Nature vol. 359, pp. 251-254 (1992)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/1528267
5)亀井綾美、山岸明彦 原核生物における細胞骨格の進化 蛋白質 核酸 酵素 vol.53, no.13 pp. 1759-1764 (2008)
file:///C:/Users/User/AppData/Local/Microsoft/Windows/INetCache/IE/C8FQEO1U/1759_53_2008.pdf
6)ウィキペディア FtsZ  https://ja.wikipedia.org/wiki/FtsZ
7)Ramanujam Srinivasan et al., The bacterial cell division protein FtsZ assembles into cytoplasmic rings in fission yeast. Genes and Development vol. 22, pp.1741-1746 (2008)
http://genesdev.cshlp.org/content/22/13/1741.full
8)宮城島進也、葉緑体の分裂制御機構とその進化 植物科学最前線 vol. 5, pp. 21-36 (2014)
9)Kiefel BR1, Gilson PR, Beech PL., Diverse eukaryotes have retained mitochondrial homologues of the bacterial division protein FtsZ., Protist.  vol. 155 (1), pp. 105-115. (2004)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/15144062
10)Qin Sun and William Margolin, FtsZ Dynamics during the Division Cycle of Live Escherichia coli Cells., J Bacteriol. vol.180(8):  pp. 2050–2056. (1998)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC107129/
11)Yu-Ling Shih and Lawrence Rothfield, The bacterial cytoskeleton., Microbiol Molec Biol Reviews pp. 729-754 (2006)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1594594/figure/f1/
12)Fusinita van den Ent, Linda A. Amos & Jan Lowe, Prokaryotic origin of the actin cytoskeleton. Nature vol. 413, pp. 39-44 (2001)
http://www.ibt.unam.mx/computo/pdfs/cursosviejos/bcelular/procaryoticoriginofactin.pdf
13)Joshua W. Shaevitz and Zemer Gitai, The Structure and Function of Bacterial Actin Homologs, Cold Spring Harb Perspect Biol, 2:a000364 (2010)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/20630996
14)Kruse T, and Gerdes K., Bacterial DNA segregation by the actin-like MreB protein. Trends Cell Biol. vo. 15(7), pp. 343-345. (2005)
15)Figge RM, Divakaruni AV, Gober JW., MreB, the cell shape-determining bacterial actin homologue, co-ordinates cell wall morphogenesis in Caulobacter crescentus. Mol Microbiol. Vol. 51(5), pp. 1321-32. (2004)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/14982627
16)生物史から、自然の摂理を読み解く 
http://www.seibutsushi.net/blog/2008/09/566.html
17)Fusinita van den Ent, Christopher M Johnson, Logan Persons, Piet de Boer, and Jan  Löwe, Bacterial actin MreB assembles in complex
with cell shape protein RodZ., EMBO J., Vol. 29(6), pp. 1081–1090 (2010)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2845281/
18)Gaspar Jekely, Origin and evolution of the self-organizing cytoskeleton in the network of eukaryotic organelles. Cold Spring Harb Perspect Biol, 6:a016030 (2014)
19)Thierry Izoré, Danguole Kureisaite-Ciziene, Stephen H McLaughlin,  Jan Löwe,  Crenactin forms actin-like double helical filaments regulated by arcadin-2, eLife Vol.5:e21600 (2016)
https://elifesciences.org/content/5/e21600
20)Tatjana Brauna et al., Archaeal actin from a hyperthermophile forms a single-stranded filament.,Proc NAS USA vol.112, pp. 9340-9345 (2015)
http://www.pnas.org/content/112/30/9340.full
21)Nora Ausmees, Jeffrey R Kuhn, Christine Jacobs-Wagner, The Bacterial Cytoskeleton. An Intermediate Filament-Like Function in Cell Shape. Cell,Vol.115, Issue 6, pp. 705–713, 12 December (2003)
http://www.cell.com/cell/fulltext/S0092-8674(03)00935-8?_returnURL=http%3A%2F%2Flinkinghub.elsevier.com%2Fretrieve%2Fpii%2FS0092867403009358%3Fshowall%3Dtrue
22)Ausmees N, Intermediate filament-like cytoskeleton of Caulobacter crescentus. J Mol Microbiol Biotechnol. 2006;11(3-5):152-8.

 

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