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2020年1月19日 (日)

56.アミノ酸

 しばらく核酸(DNA・RNA)のお話がつづきました。かなりつっこみましたので、このあたりで少しタンパク質の話題にワープしようと思います。核酸とタンパク質は生命現象をささえる両輪と言えます。タンパク質は約20種のアミノ酸からなる生体高分子ですが、まずその構成要素であるアミノ酸のお話から始めましょう。最初にアミノ酸を発見したのはフランスの薬剤師・化学者ルイ=ニコラ・ヴォークラン(1763~1829)と彼の助手だったピエール=ジャン・ロビケ(1780~1840)です(図56-1)。彼らは1806年にアスパラガスから高純度のアミノ酸を抽出し、その性質を研究してアスパラギンと命名しました(1-3)。またアンリ・ブラコノー(1780~1855、図56-1)は1820年にゼラチンの分解物からグリシンを発見しました(4)。
 結局ほぼすべてのアミノ酸が発見されるまでには100年の歳月を要しました。日本のアミノ酸研究者としては池田菊苗(1864~1936)が有名です。彼はグルタミン酸の発見者ではありませんが、このアミノ酸のナトリウム塩が「だし」のうまみ成分であることを発見しました(5)。

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図56-1 アミノ酸の発見者達

 最初にタンパク質の一次構造、すなわちアミノ酸が並ぶ順番を解明したのはフレデリック・サンガー(図56-2)でした。これによって、アミノ酸のみがつながってタンパク質を構成していることもわかりました。サンガーはこの業績によって1958年のノーベル化学賞を受賞しましたが、後にDNAの塩基配列を決定する方法も開発して、1980年に2度目のノーベル化学賞を受賞しています(6-7)。2度ノーベル賞を受賞したのはサンガー以外では、ジョン・バーディーン、マリ・キュリー、ライナス・ポーリングの3名のみです。

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図56-2 フレデリック・サンガー(1918~2013)

 サンガーが解明したのはインスリン分子におけるアミノ酸の配列ですが、その前にアミノ酸の略号による表記を図56-3に示しておきます。3文字を用いる場合と1文字を用いる場合があります。

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図56-3 アミノ酸の略称 3文字略称と1文字略称

 図56-3の1文字による表記を使ってインスリン分子の構造を示したのが図56-4です。サンガーが使用したインスリンのサンプルは牛の膵臓から抽出して、何度も結晶化することによって精製されたものです。アミノ酸の配列は動物種によって多少異なります。ですからヒトなどほかの生物のインシュリンのアミノ酸配列が教科書などに出ている場合、この配列とは異なる可能性があります。
 インスリン分子は単にアミノ酸がタンデム(直列)につながったものではなく、A鎖(21アミノ酸)・B鎖(30アミノ酸)の2列のアミノ酸が、システインのところでS-S結合(ジスルフィド結合)を形成し、接続された構造になっています(図56-4)。

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図56-4 インスリンの化学構造とSS結合の位置


 タンパク質の構造については後にまた述べることとして、まずタンパク質の構成要素であるアミノ酸についてみていきましょう。生物に含まれるアミノ酸はいろいろバリエーションはありますが、基本的には図56-3に示した20種類です。すべてのアミノ酸分子は炭素原子を中心として、これにカルボキシル基(COOH)、アミノ基(NH2)、水素(H)、側鎖が結合しています(図56-5)。この4つの要素がすべて異なる場合、図6のように鏡像の構造体=エナンティオマー(対掌体)が存在し得ます。4つの要素の中心になる炭素を不斉炭素(アシンメトリックカーボン)と呼びます。

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図56-5 アミノ酸の基本形

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図56-6 対掌体としてのアミノ酸

 対掌体は光線を当てたときの回折方向が異なるので、以前は光学異性体と呼ばれていました。対掌体のふたつの化合物はそれぞれD体、L体と呼ばれます。アミノ酸の場合、生物はほぼL体のみを用いてタンパク質を合成します。ただまれにD体を使用する場合もあるので、DL変換を行なうアミノ酸ラセマーゼという酵素も存在します(8-9)。
 アミノ酸のうちグリシンは図56-5のRの部分が水素(H)なので、図56-7のように鏡像を構成する物質は120度回転すると同じになってしまいます。したがって対掌体は存在しません。またプロリンは通常のアミノ酸と構造が異なりますが、対掌体(光学異性体)は存在します(10)。

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図56-7 グリシンにはDL対掌体が存在しない

 アミノ酸は側鎖R(図56-5)の構造によって、異なる性質をもつグループに分類できます。図56-8に示したのは中性で疎水性のグループです。球形のタンパク質をつくる場合、外側の水と接する部分を親水性のアミノ酸、内側を疎水性のアミノ酸にすれば、うまく球状の分子構造を形成することができます。また細胞膜の外側と内側に親水性、細胞膜内部に疎水性のアミノ酸を配置すれば、細胞膜を貫通するタンパク質のデザインとして好適となります。疎水性のアミノ酸をさらに細かく分類すると、芳香族のトリプトファンとフェニルアラニン、それ以外の脂肪族のグループに分けられます。

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図56-8 疎水性アミノ酸の側鎖

 次に中性で親水性のグループを図56-9に示します。1級アミド(CONH2)や水酸基など水と親和性が高い分子パーツを持っています。極性分子グループと分類されることもあります。極性とは分子の片側に電子が偏って存在することを意味します。水も極性分子で、電子は酸素側に偏っています。したがって水に極性分子を混ぜると、電子が豊富な部位と、足りない部位が引き合ってうまく混合し、溶解度は高くなります。酵素は通常水に溶解した状態で作用するので、特に表層は親水性のグループで被われている必要があります。

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図56-9 親水性アミノ酸の側鎖

 図56-10には塩基性、図56-11には酸性のアミノ酸を示します。塩基性のアミノ酸は特に核酸との相互作用を行なう上で重要です。酸性のアミノ酸はその反応性の高さを利用するため、酵素の活性中心に位置する場合があります。図56-11に示したプロリンは特異なアミノ酸で、アミノ基がありません。その代わり5員環のNHがアミノ基の役割をしていて、他のアミノ酸のカルボキシル基と反応して結合することができます。これによってアミノ酸鎖の角度を変えることができるので、球形分子などを形成するときには重要な役割を果たします。タウリンはカルボキシル基を持たず、代わりにスルホン基(-SO3H)を持っていますが、タンパク質には含まれず単独分子で機能します。

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図56-10 塩基性アミノ酸の側鎖

 

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図56-11 酸性アミノ酸の側鎖

 植物のような独立栄養生物はすべてのアミノ酸を自前で合成できますが、従属栄養生物はアミノ酸をエサとして取り込む必要があります。ヒトの場合一般に、図56-12に示される9種類のアミノ酸を外界から摂取する必要があります(11-12)。ヒスチジンは体内で作られますが、急速な発育をする幼児の食事に欠かせないことから、1985年からこれも必要なアミノ酸として加わるようになりました(13)。なお、アルギニンは体内でも合成され、成人では非必須アミノ酸ではありますが、成長の早い乳幼児期では体内での合成量が十分でなく不足しやすいため、準必須アミノ酸とされています。

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図56-12 ヒトの必須アミノ酸

 一般に肉食動物は自分とほぼ同じアミノ酸バランスの食事なので栄養的には優れていますが、それを続けていると次第にアミノ酸合成を行なう酵素に進化的欠陥が発生し、必須アミノ酸が増える可能性が高くなります。図56-13で猫とヒトを比較していますが、アルギニン・チロシン・システインなどについては、ヒトと比べて猫は要求性が高くなっているようです。また猫はタウリンを合成できません。タウリンは、心臓の筋肉や目の細胞に多く含まれ、タウリンの欠乏は 網膜の異常(失明につながることもあり) 拡張型心筋症(発病すると死に至る…)や子猫の発育異常、免疫不全などの原因になります(14-15)。

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図56-13 ネコとヒトの必須アミノ酸

 とはいえ草食動物でも羊がシステインを合成できないなどということもあり、腸内細菌にアミノ酸合成を行わせる(草食動物の腸は長いので大量の腸内細菌を維持できる)場合もあって、必須アミノ酸のお話もそう単純ではありません(16)。アブラムシはその細胞内にブフネラという細菌を飼っていて必須アミノ酸をつくらせているというような極端な場合もあります(17)。シロアリはなんと窒素固定細菌を腸内に飼っていて、この細菌に空気中の窒素からアミノ酸をつくらせているそうです(18)。

 

参照

1)ウィキペディア: ルイ=ニコラ・ヴォークラン
2)http://www.a-creation.jp/basic/history/
3)http://andantelife.co.jp/aminoacids/aminoacids.htm
4)https://glycine-corp.com/2016/08/11/what-is-glycine/
5)大越 慎一:うま味の発見と池田菊苗教授、東京大学理学部広報
http://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/story/newsletter/treasure/02.html
6)ウィキペディア: フレデリック・サンガー
7)Antony O. W. Stretton、The First Sequence: Fred Sanger and Insulin、Genetics vol.162, pp.527–532 (2002)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1462286/pdf/12399368.pdf
http://www.genetics.org/content/162/2/527
8)山根隆 D-アミノ酸の効率的合成に関係する酵素の構造と機能  Japanest NIPPON (2011) http://japanest-nippon.com/jp/mbinfo/mb_detail1.php?cid=1&id=12
9)ウィキペディア: アミノ酸ラセマーゼ
10)http://www.tennoji-h.oku.ed.jp/tennoji/oka/OCDB/Protein/proline.htm
11)ウィキペディア: 必須アミノ酸
12)馬渕知子 タンパク質を構成する9種類の「必須アミノ酸」とは? 
http://www.skincare-univ.com/article/011704/
13)山口迪夫 食事:ヒスチジンが必須アミノ酸と考えられる理由
http://www.nutritio.net/question/FMPro?-db=question-bbs.fp5&-lay=main&-Format=detail.htm&hatugenID=97&-Find
14)岩田麻美子 猫の栄養学講座 タンパク質
https://allabout.co.jp/gm/gc/69259/all/
15)ロイヤルカナン イヌと猫の栄養成分辞典
https://www.royalcanin.co.jp/dictionary/nutrients/%E3%82%BF%E3%82%A6%E3%83%AA%E3%83%B3
16)Weblio辞書 https://www.weblio.jp/wkpja/content/システイン_羊
17)理化学研究所 プレスリリース(2009)
http://www.riken.jp/pr/press/2009/20090310_2/
18)理化学研究所 プレスリリース(2015)
http://www.riken.jp/pr/press/2015/20150512_2/

 

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