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2020年1月25日 (土)

88.トランスポゾン Ⅱ

 細菌から私達人類まで、あらゆる生物はファージ(細菌に感染するウィルス)やウィルスの脅威にさらされています。しかしファージやウィルスは細胞に感染するとすぐに増殖して細胞を破壊するようなタイプのものばかりではなく、なかにはホストのDNAに組み込まれて、あたかもホストのDNAの一部であるように振る舞うタイプもあります(1)。すなわち太古の昔から、素性の知れない外界DNAをホストのDNAの中に埋め込む生化学的システムは存在したと考えられます。そのために必要な最小限のメカニズムには、ホストのDNAと親和性を持つ(侵入DNAの)塩基配列、ホストDNA(と感染DNAの境目)に切れ目を入れるエンドヌクレアーゼ活性(侵入DNAの遺伝子由来)、ホストのDNAと接続するためのDNAリガーゼ活性(これはホストのものでよい)などが含まれているはずです。
 ホストのDNAに埋め込まれたウィルスのDNAの一部に突然変異が生じて、例えば殻のタンパク質をコードする遺伝子が使えなくなってしまったらどうなるでしょう。もはやウィルスはホストの外では活動できません。しかしDNAを切り出したり、埋め込んだりする活性が残っていればホストのDNAの中で移動することは可能かもしれません。
 真核生物の場合は、このようなDNAを遺伝物質として持つウィルス以外に、RNAを遺伝物質として持つレトロウィルスが感染する場合があります。この場合レトロは「昔の」という意味ではなく、「逆の」という意味です。普通の生物がやっているDNAからRNAへの転写ではなく、レトロウィルスはRNAを鋳型として、逆転写酵素によりDNAを合成する(=逆転写)ことができます。レトロウィルスとは、ヒトに感染するものではインフルエンザウィルス、HIV、はしかウィルス、ムンプス(おたふくかぜ)ウィルス、B型以外の肝炎ウィルスなどがそうです。この場合も逆転写されたDNAがたまたまホストのDNAに組み込まれてプロウィルスの状態になることがあります
 プロウィルスとなっても細胞に感染するための遺伝子が変異して役立たなくなることはあり得ます。このように感染力を失ったウィルスは、本来持っていた 1)細胞に外から感染するシステム、2)遺伝子を殻内部にパッケージングするためのシステム、3)遺伝子を包む殻、4)細胞を破壊するためのシステム などに関連する多くの遺伝子はすべて正常であっても、感染できないという意味で結果は同じになるので、最初に変異した遺伝子以外の上記1)~4)の遺伝子にも全く選択圧力がかからなくなり、荒れ放題(変異放題)となります。こうなるともう永遠に感染性を持った生物(?)として生きることは不可能となりますが、細菌のプラスミドのようにホストの体内で生き延びる可能性は残されています。哺乳類の場合プラスミドとして存続するDNAはみつかっていませんが、ホストのDNAに組み込まれたまま存続するDNAは存在します。特にそのDNAにDNAを切り出す遺伝子と、再度ホストDNAに組み込む遺伝子が残されていれば、ホストのシステムを使って増殖することすら可能です。
 細菌のトランスポゾンはすべてDNAトランスポゾンですが、真核生物のトランスポゾンにはDNAトランスポゾンとレトロトランスポゾンが存在します。まずDNAトランスポゾンからみていきましょう(2、図88-1)。
 DNAトランスポゾンには両端にダイレクトリピート(DR)という同方向を向いた反復配列がある場合があります。これはターゲットのDNAにトランスポゾンを挿入する際に使われると考えられます。ダイレクトリピートの内側にITR(inverted terminal repeat)、またはTIR(terminal inverted repeat)という逆向きの反復配列があります(図88-1)。これは図88-3であらためて説明しますが、トランスポゾンのDNAを切り出すときに認識する配列です。これらの反復配列以外に、DNAトランスポゾンはDNAトランズポゼースの遺伝子をもっており、この他にこの遺伝子を転写するために必要な配列があれば、最小限の構成を確保できます(図88-1)。なお図88-1の塩基配列は1例であり、実際の配列とは関係ありません。実例についてもっと詳しく知りたい方は文献(3、4)などが参考になると思います。

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図88-1 DNAトランスポゾン

 細菌のトランスポゾンはDNAトランズポゾンですし、植物の中には稲のようにゲノムの大部分がDNAトランスポゾンで構成されているものも多いと思われるので、おそらく真核生物が持つ世界最多遺伝子は「DNAトランスポゼースという酵素の遺伝子」でしょう。DNAトランスポゾンには図88-2のように2つのタイプがあり、ひとつは二重鎖ごとカットして他の部位にペーストする移動型、いまひとつは一重鎖のみ切り出して、複製して二重鎖としてから他の部位に挿入する増殖型です。増殖型の場合、切り出された一重鎖の部分は残された鎖を鋳型としてホストの酵素で複製されるので、結果的にコピー&ペーストとなり、トランスポゾンが2倍に増幅されます。移動型は基本的にカット&ペーストですが、切り出されている間にホストのシステムで複製されないとは限りません。

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図88-2 DNAトランスポゾン 移動型と増殖型

 Inverted terminal repeat ( ITR ) がDNAトランスポゾンの両端にあることは、DNAトランスポゼースの作用機構と密接な関連があります。図88-3のようにDNAトランスポゼースはダイマーとしてそれぞれがITRを認識して働く、すなわちDNAを切断するので、ITRがトランズポゾンの両端にあることは都合が良いのです。このことはトランスポゾンのエリアを2つのITRにはさまれた部分という認識を酵素が行う上でも重要です(5)。図88-3右図はプロテイン・データバンク・ジャパンのイラストです。DNAトランスポゼースとDNAの関係を3Dで表現したものです。

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図88-3 トランスポゾンの切り離しとインバーテッド・ターミナル・リピート(ITR)

 DNAトランスポゾンをDNAに挿入するときに、ギャップができることがわかっており、ここがダイレクトリピート(DR)あるいはターゲット・サイト・デュプリケーション(TSD)と呼ばれるサイトと考えられています(5)。この部分は当然修復されDNAの接続(ライゲーション)が行われなければなりません。
 図88-4にみられるように、トランスポゾンが挿入されたあと、ホストの酵素によってギャップは修復されます(6)。修復された部分はトランスポゾンの両端に存在し、同じ方向を向いた同じ配列となります(ダイレクトリピート=DR)。次にこの位置のトランスポゾンを切り出すときにDRを置いていくと、DNA上に昔トランスポゾンがあったという痕跡が残りますし、持ち出すとDR配列付きのトランスポゾンができます。

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図88- トランスポゾンの挿入とダイレクトリピート(DR)

 ここまでDNAトランスポゾンについて述べてきましたが、トランスポゾンにはもうひとつレトロトランスポゾンというジャンルのものがあります。細菌にはこのタイプのトランスポゾンはみられず、真核生物だけに存在するものです。レトロトランスポゾンの場合、潜伏するトランスポゾンDNAは普通の遺伝子のようにいったんRNAに転写され、そのRNAを鋳型として逆転写によってDNAが合成され、さらにその単鎖DNAを鋳型として二重鎖DNAが合成され、ホストのDNAに埋め込まれます(7、図88-5)。

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図88-5 レトロトランスポゾン

 大変複雑なように見えますが、実はありふれたウィルスであるインフルエンザウィルス、HIV、B型以外の肝炎ウィルス、おたふく風邪ウィルス、はしかウィルスなどはみんなRNAの形でホストに感染し、逆転写によって相補的なDNAを合成してホストDNAにプロウィルスという形で埋め込まれた状態で潜伏し、転写によって遺伝子RNAと必要なタンパク質を合成してウィルス粒子を作り、外に出るという生活史を繰り返します。
 ホストのDNAに遺伝子のセットを埋め込んで仮住まいしたのはいいとして、その一部が壊れてしまったらどうなるでしょう。ウィルス粒子を作って他の細胞に感染することができなくなるので、プロウィルスのままホストのDNAにとどまるしかありません。いったんとどまってしまったら、プロウィルスとしてホストの細胞内で存続するための遺伝子を除いて、他の遺伝子は壊れ放題になってしまいます。そうなるとプロウィルスは原型をとどめないトランスポゾンとなってしまいます。これをレトロトランスポゾンといいます。
 レトロトランスポゾンの中で、一番ウィルスの原型をとどめているのはLTR型レトロトランスポゾンで、図88-6に示すように、両端にLTR(long terminal repeat)という構造を持っています。ロングと言っても数百から数千塩基対というバラエティーがあって、その機能は十分には解明されていませんが、レトロウィルスはこの部位を利用してホストDNAに逆転写したDNAを組み込んでいることは間違いなさそうです(8)。そのレトロウィルスの機能を使ってトランスポゾンをホスト内部で移動させようというのが、LTR型レトロトランスポゾンです。このトランスポゾンは内部にエンドヌクレアーゼ(DNAを切断する酵素)と逆転写酵素(リバーストランスクリプターゼ)の有効な遺伝子を保存していますが、他の構造タンパク質などの遺伝子(gag、env など)は変異して無効になっています(図88-6)。

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図88-6 LTR型レトロトランスポゾンとLine

 そのウィルスの遺産であるLTRを失った長鎖トランスポゾンをLine(long interspersed nuclear elements)といいます。LTRのかわりにやや長いダイレクトリピートDR=TSDがあり、さらに長い非翻訳領域が3’と5’の両端にTSDに続いて存在し、これらが何らかの形でLTRのかわりにトランスポゾンのDNA組み込みのメカニズムにかかわっていると思われます。LineはLTR型と同様内部にエンドヌクレアーゼとリバーストランスクリプターゼの遺伝子を持っており、それゆえに短くはなれません。だいたい4,000~10,000塩基対(bp)となっています。
 これに対してSine(short interspersed nuclear elements)はLTRのみならず、内部のエンドヌクレアーゼとリバーストランスクリプターゼの遺伝子も失っており、そもそもレトロウィルスを起源とするものかどうかも定かではありません。内部にtRNA、5SrRNA、7SL-RNAなどの機能RNAの一部に類似した塩基配列を持っており、3’末にはLineと相同な配列とポリAテイルがあります。おそらくレトロウィルスとは関係なく二次的に発生したものなのでしょう。転移するための酵素がないので、Lineなどが持っている酵素の支援がなければ転移することができません。構造に大きなバラエティーがあるのも特徴です(9)。

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図88-7 非LTR型短鎖レトロトランスポゾン(Sine)

 霊長類は霊長類にしかないAluエレメントというSineの1種を持っています。Aluエレメントという名は、Aluという制限酵素で切断される部位があることから名付けられました(図88-8)。ヒトの場合、全ゲノムの11%がAluエレメントだとされています(10)。なぜこんなに大量の特殊なトランスポゾンがヒトのゲノムにあるのかは謎です。このトランスポゾンは7SL-RNAという、タンパク質を細胞外に分泌するためのメカニズムの一翼をになうRNAの遺伝子と共通な配列の断片を数多く持っています(図88-8)。図88-8に両者のフルシーケンスを示しましたので、目をこらして比較してみて下さい。Aluエレメントを発見したのは、カール・シュミット(Carl W. Schmid )とプレスコット・ダイニンジャー(Prescott Deininger)(11、図88-8)ですが、こんな特殊なトランスポゾンがヒトのゲノムに大量にあるとわかって、さぞかしびっくりしたことでしょう。

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図88-8 Aluエレメントと7SL-RNA遺伝子

 さまざまな生物のなかには、DNAトランスポゾンを多く持つグループとレトロトランスポゾンを多く持つグループがあります(12、図88-9)。この中で注目したいのは、Entamoeba histolytica という哺乳類に感染する赤痢アメーバはレトロトランスポゾンを圧倒的に多く持っている一方で、Entamoeba invadense という爬虫類に感染する赤痢アメーバはDNAトランスポゾンが圧倒的に多いという研究結果です。つまりトランスポゾンが蔓延するために要する期間は、進化のスケールで考えるとかなり短いのではないかということが示唆されています。
 実際ショウジョウバエのPエレメントというDNAトランスポゾンは、ほとんどの自然界のハエが持っているにもかかわらず、古くから自然から隔離されてヒトに飼い継がれている実験用のハエには、どれにも全くみられないということが知られており、この場合数十年の内にPエレメントが自然界で蔓延したと思われます(13)。

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図88-9 生物種によるトランスポゾンの相違

 

参照

1)ウィキペディア: プロファージ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%AD%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%BC%E3%82%B8
2)Transposons: Mobile DNA
http://grupo.us.es/gfnl/dna/genetic_ingeniering/transposons.htm
3)  Kosuke Yusa, piggyBac Transposon., Microbiolspec, vol. 3 no. 2  (2015)
doi:10.1128/microbiolspec.MDNA3-0028-2014
http://www.asmscience.org/content/journal/microbiolspec/10.1128/microbiolspec.MDNA3-0028-2014
4)Narayanavari SA, Chilkunda SS, Ivics Z, Izsvák Z., Sleeping Beauty transposition: from biology to applications., Crit Rev Biochem Mol Biol.  vol.52, no.1, pp. 18-44. (2017) doi:
10.1080/10409238.2016.1237935. Epub 2016 Oct 4.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/27696897
5)JD Watson, Molecular Biology of the Gene., 6th edn., pp.334-370, Cold Spring Harbor Laboratory Press (2008)
6)Jennifer McDowall, Transposase.
http://www.ebi.ac.uk/interpro/potm/2006_12/Page1.htm
7)Wikipedia: Retrotransposon
https://en.wikipedia.org/wiki/Retrotransposon
8)what-when-how In Depth Tutorials and Information
Long Terminal Repeats
http://what-when-how.com/molecular-biology/long-terminal-repeats-molecular-biology/
9)http://sines.eimb.ru/Help.html
10)Prescott Deininger, Alu elements: know the SINEs.,  Genome Biol. 2011; vo. 12(12): pp. 236-248. Published online 2011 Dec 28.  doi:  10.1186/gb-2011-12-12-236
11)Schmid CW, Deininger PL  "Sequence organization of the human genome". Cell. 6: 345–358. (1975)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3334610/
12)Leslie A. Pray, Transposons: The Jumping Genes, Nature Education vol.1(1), p. 204 (2008)
https://www.nature.com/scitable/nated/article?action=showContentInPopup&contentPK=518
13)ウィキペディア: トランスポゾン
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%83%9D%E3%82%BE%E3%83%B3 (具体例のセクションを参照)

 

 

 

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