« 8.系統樹とその逸脱 | トップページ | 10.オピストコンタ »

2020年1月10日 (金)

9.ミトコンドリアの役割

 生物は体を構成する物質すなわち有機物を合成するために、エネルギーを必要とします。そのエネルギーとは通常ATP(アデノシン3リン酸)を分解することによって獲得することになっているわけです。化学式で書けば
ATP → ADP + リン酸 + 化学エネルギー
となります。実際にはこの反応と、エネルギーが必要な反応をカップリングさせて生命維持に必要な物質をつくるというのが生命現象のひとつのからくりですが、ATPが上記のように分解するときに発生するエネルギーをモーターの駆動力として利用することもあります。ATPのエネルギーが力学的トルクに変換される瞬間を、光学顕微鏡で観察する技術なども開発されています(1-2)。
 ではそのATPをどうやってつくるかというのが課題になりますが、α-プロテオ細菌は酸素を利用した素晴らしい化学反応を進行させるシステムを獲得していました。「8:系統樹とその逸脱」でも示しましたが、再掲すると
   C6H12O6 + 6O2 + 38ADP + 38phosphate → 6CO2 + 6H2O + 38ATP
   (最近の研究によれば 38ATP ではなく 28.92または27.54 ATP (3)
 この細菌と共生することによって、豊富なATPを用いて真核生物は様々な有機物を製造することができるようになり、圧倒的なアドバンテージを獲得しました。現在生きている真核生物のほとんどあるいはすべては、α-プロテオ細菌との共生に成功してミトコンドリアを作り出した個体の子孫だと思われます。
 そして真核生物はミトコンドリアが勝手に増殖するのを制限するため、その遺伝子の多くをゲノムに移転しました。生物はDNAを切り貼りする機構を本来もっているため、外来のDNAをゲノムに取り込む危険とチャンスは常に存在します。ミトコンドリアに残されたDNAより真核生物に移転したDNAの方が、細胞核に守られていたので良好に保存されたため、いかにもDNAを奪ったようにみえる結果になったのかもしれません。
 結果的にミトコンドリアの自主性を奪うことになりましたが、一方で真核生物はミトコンドリアに細胞の生死を制御するシステムを持たせることにしました。なぜだかはわかりません。想像をめぐらしてみると、ゲノムに「死の司令室」を置いておくと、なにかの場合に間違って発現してしまうというリスクがあるからかもしれません。
 細胞に強いストレスがかかって耐えきれない場合、個体にとってみれば一部の細胞が死んでくれた方が都合が良かったりする場合、発生の過程で進化のなごりを除去する場合など、それらの情報をミトコンドリアにある「死の司令室」が斟酌して、本来ミトコンドリアの内部にあるべきチトクロム c (cytochrome c) というタンパク質を細胞質に排出し、Apaf-1 を介してカスパーゼ9 (caspase-9) を活性化し、活性カスパーゼ9がカスパーゼ3 (caspase-3) を活性化するという一連のリアクションを起こします。活性化されたカスパーゼ3はタンパク質を分解する機能を持つ酵素で、細胞を死に導きます。この様なプログラムされた細胞死をアポトーシスと呼びます(図9-1)。
 アポトーシスについては研究がかなり進んでいて(4)、この本でも後に言及します。アポトーシスのスペルは apoptosis で、ギリシャ語で落葉する様子などのことを意味するそうです。反対語はネクローシス=壊死です。昔はアポトーシス=プログラム細胞死という理解でしたが、現在ではアポトーシスはプログラム細胞死のひとつの型ということになっています(5)。うろこや体毛を持つ生物は日常的に死細胞を利用して、外敵・紫外線・低温などから体を防御しています。牙や角を持つ生物は死細胞を武器として利用しています。これらはある種ポジティブな目的を持ったプログラム細胞死です。私たちの体内で日常的に発生しているがん細胞は、アポトーシスによって取り除かれているとされています(4)。多くの多細胞生物にとって、プログラム細胞死は日常的な出来事です。

91

図9-1 ミトコンドリアが起動するプログラム細胞死のシステム

 α-プロテオ細菌が効率的なエネルギー反応を発明する前提として、シアノバクテリアが地球上に酸素を多量に蓄積していなければなりません。そして酸素が蓄積することによって紫外線が遮蔽されて、陸上生物が現れることになります。一方で酸素を利用する生物は酸素の毒性を緩和するシステムを開発する必要があります。ミトコンドリアにある「死の司令室」のメンバーの全容については(6)に記載があります。

参照

1)西坂崇之、 政池知子. F1-ATPaseの化学―力学カップリング:1分子の反応を顕微鏡でとらえる 生物物理 vol.47(2),pp. 118-123 (2007)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/biophys/47/2/47_2_118/_pdf
2)Chun Biu Li et al., ATP Hydrolysis Assists Phosphate Release and Promotes Reaction Ordering in F1-ATPase., Nature Commun., 6:10223 (2015) │ DOI: 10.1038/ncomms10223
https://www.es.hokudai.ac.jp/result/2015-12-18-mlns/
3)ウィキペディア: 呼吸
4)ウィキペディア: アポトーシス
5)ウィキペディア: プログラム細胞死
6)Mitochondrial Control of Apoptosis. Cell Signaling Technology. A site of "Cell Signaling Technology"  (revised at 2012)
https://www.cellsignal.jp/contents/science-cst-pathways-cell-death/mitochondrial-control-of-apoptosis/pathways-apoptosis-control

 

|

« 8.系統樹とその逸脱 | トップページ | 10.オピストコンタ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 8.系統樹とその逸脱 | トップページ | 10.オピストコンタ »