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2020年1月18日 (土)

50.DNA修復 Ⅱ

 ジャン・ジャック・ワイグル(1901~1968)はもともとはスイスでX線解析などをやっていた物理学者だったのですが、なぜか米国に渡って微生物学者になりました。彼は1953年に不思議な現象を発見しました。彼が培養していたラムダファージを紫外線で不活化し(=殺し)、それを紫外線を照射した大腸菌にとりこませると、ファージは再活性化される(=生き返る)のです(1)。
 ワイグルが発見した現象は、その後数十年かけて徐々にその全貌は解明されつつあります。驚くべきことに、この現象は細菌からヒトを含む真核生物に連綿と受け継がれた「DNA乗り越え修復 translesion DNA repair = TLS DNA repair」という想像を絶する機構に基づくものであることがわかりました。普段は隠れていたこの機構が、紫外線を照射されるという危機的な状況で表に現れ、生命を救うのです。ですからSOSリペアなどともよばれていました。
 図50-1に示すように、DNA複製の際にDNAに損傷が発生し、DNAポリメラーゼがその位置で停止してしまうと、そこから先のDNAは複製されず細胞はアンダー・コンストラクションの状態で死を待つことになります。通常2本鎖DNAの片側に損傷が発生した場合、その部分を切り取って、対面のDNA配列を利用して修復することができます(2)。しかしDNA複製の際には複製フォーク(レプリケーションフォーク)が形成されているため、損傷部位の対面配列は離れた位置にあり利用できません(図50-1)。

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図50-1 複製途上でDNAが損傷を受けた場合

 この問題を解決するために、細菌は「DNA損傷乗り越え修復」という技を編み出しました。道で事故車が止まっていたときに、それをレッカー車で移動してから通過するのではなく、いったん歩道に乗り上げて事故車を通過するというような強引なやり方です。損傷部位に乗り上げたDNAポリメラーゼIIIは離脱し、RecAというタンパク質がATPを使ってRecA複合体を形成すると共に、DNAポリメラーゼVと共同して損傷部位を鋳型としてDNAを合成しつつあった鎖を、損傷部位のヌクレオチドをあまり気にしないで、強引に乗り越えさせて鎖を延長するのです(3-4)。
 なぜこの酵素だと延長できるかというと、DNAポリメラーゼVは厳密にワトソンクリック型の対面ヌクレオチド、すなわちATまたはGCペアを必ずしも合成するのではなく、かなり特異性が低くて間違ったヌクレオチドを持ってきてもそこで反応がストップしないという特徴をもっているからです。別の言い方ではフィデリティー(忠実度)が低いとも言います。ですから図50-2にみられるようにTに対してGをもってきたりするわけです。
 フィデリティーの低さの利点は、壊れているTも壊れていないヌクレオチドと認識することができるという利点があるところです。このためDNAポリメラーゼIIIが読めなくて停止するような場合(図50-2-1)でも、涼しい顔で通り過ぎることができるわけです。損傷部位を通り過ぎた段階でDNAポリメラーゼVはお役御免で、DNAポリメラーゼIIIにふたたびバトンタッチします(図50-2-4)。どうしてこのような選手交代がスムースにいくのかはよくわかっていません。しかしこのプロセスが実行された結果、間違った塩基配列が形成されたとしても、とりあえず細胞は死を逃れることができます。細胞が生き延びれば、あとでミスマッチリペアの機構によってエラーは修復されるかもしれません。

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図50-2 DNA損傷乗り越え修復

 DNAポリメラーゼVは忠実度の低い酵素なので、通常は使われないよう厳しく管理されています。大腸菌に紫外線を照射して数十分後にようやくこの「DNA損傷乗り越え修復」という機能が発動します。つまり他の忠実性の高いシステムで修復を試みて、どうしても修復できない場合の最後の手段として使うという意味もあるようです。DNAポリメラーゼII や DNAポリメラーゼIV もDNA乗り越え修復の機能があるようですが、詳細は不明のようです(5)。
  DNAポリメラーゼVなどのTLSポリメラーゼ(translesion DNA polymerase, 損傷乗り越え修復DNAポリメラーゼ)は、細菌・古細菌で類似しているだけでなく、真核生物においてもその遺伝子構造が引き継がれており、ヒトも例外ではありません。このような祖先生物から複数の種に機能・構造が引き継がれている遺伝子をたがいにオルソログであるといいます。真核生物のTLSポリメラーゼにはイオタ、エータ、ゼータ、カッパがあります。大腸菌のPolIV・PolV、古細菌のDpo4、真核生物のPolイオタ・Polエータ・PolカッパはYファミリーとよばれるオルソログ、大腸菌のPolIIと真核生物のPolゼータはBファミリーというオルソログのグループを形成しています(5)。真核生物にもDNA損傷乗り越え修復を行う機能はあり、DNAポリメラーゼ イオタ(ι)、エータ(η)、ゼータ(ζ)、カッパ(κ)などが関与しているようです。このほかにも2本鎖がどちらも切断されたときとか、組み替え修復などの機構を生物は持っていますが、ここでは触れません。

 いろいろなDNAポリメラーゼが話の中に出てきて混乱するので、大腸菌と真核生物の各種DNAポリメラーゼをリストアップして、簡単な解説をつけておきます。

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

大腸菌の場合

#DNAポリメラーゼI: 1956年に、アーサー・コーンバーグによって最初に発見されたDNAポリメラーゼ。この酵素が働かなくても大腸菌は生存可能なので、DNAの複製に必須ではありませんが、このような株は紫外線の感受性が高いことが知られています。またこの酵素はTSL型ではないため、主に各種除去修復の際のDNA合成に関与していると考えらています。この酵素の特徴はエキソヌクレアーゼ活性(3’→5’)を持っていることで、間違った塩基のペアができた場合、鋳型の上を逆走してそれらを分解し、DNA合成をやりなおすことができます。これは校正機能とよばれています(6)。また逆方向(5’→3’)のエキソヌクレアーゼ活性も持っているため、おしりでDNA合成しながら頭でDNA分解を行うことができます。したがって頭の位置にあるDNAの断点(ニック)を、結果的に進行方向にずらしていくことが可能で、これをニックトランスレーションと呼びますが、この反応を行わせるときに放射性のヌクレオチドを入れておくと、このポリメラーゼが通過した部分のDNAが放射能で標識されます。この機能を使えば手持ちのDNAをとりあえず標識できるので、研究上便利です。
 この酵素がなくても大腸菌は生存可能とはいえ、あった場合はDNAの複製にも関与すると言われています。ウィキペディアによるとRNAプライマーが分解されたあとのギャップを埋めるのに使われるとされています。この酵素は真核生物のミトコンドリアに存在するDNAポリメラーゼガンマとオルソログであり、Aファミリーを形成します(6)。

#DNAポリメラーゼII: この酵素はDNAポリメラーゼI と同様な校正機能を持っていて、しかも忠実度(フィデリティー)が非常に高いので、DNAポリメラーゼIIIが正しいペア形成に失敗したときに修正する機能があるとされています。ラギング鎖のDNA合成を行なうとも言われています。DNAにクロスリンクができてしまったときの処理に働いているという説もあります。バックアップ用の酵素かもしれませんが、まだ未解明な部分が多いと思われます(7)。大腸菌のDNAポリメラーゼIIは古細菌から発見されたPol B1, Pol B3、真核生物の Polアルファ、Polデルタ、Polイプシロン、Polゼータなどとオルソログであり、Bファミリーを形成しています。細菌のDNA複製の主役はDNAポリメラーゼIII(Cファミリー)なのですが、古細菌や真核生物はこれを没にして、Bファミリーの酵素群を主役(複製用酵素)に抜擢しています。

#DNAポリメラーゼ III : トーマス・コーンバーグとマルコム・ゲフターによって1970年に報告されました。細胞増殖のために行われるDNAの複製を担う酵素としては、はじめて発見されたDNAポリメラーゼです。DNA合成を行うために他の多くの因子とDNAレプリソームという複合体を形成して働きます。3’→5’エキソヌクレアーゼ活性を持っており、校正機能があります(8)。DNAポリメラーゼIIのところで述べたように、この酵素ファミリー(Cファミリー)は古細菌や真核生物では用いられていません。細菌用の酵素として非常に完成度が高かったため、生物の進化に対応できなかった可能性があります。

#DNAポリメラーゼIV: DNA損傷乗り越え修復を行なう酵素です。DNA合成が途中で停止したような場合に大量に出現し、合成を完了させるための損傷乗り越え修復を行ないます。この酵素を欠損する株では、DNAの損傷をひきおこすような薬剤を投与した場合に、突然変異の確率が高まることが知られています(9)。

#DNAポリメラーゼV: DNAポリメラーゼIVと同様、DNA損傷乗り越え修復を行ないます。IVと共にYファミリーを形成し、古細菌や真核生物にも多くのオルソログが存在する大ファミリーです。Yファミリーの酵素は、忠実度を低くすることによって、鋳型(テンプレート)が損傷を受けてもDNA合成を継続させるのが仕事なのですが、それでも損傷を受けた鋳型に対して、正しい対面ヌクレオチドを選択するに超したことはありません。従って受けた損傷の形に応じて使う酵素を変えて、より正確な複製を行うために種類が増えたのかもしれませ(10)。

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

真核生物の場合

#DNAポリメラーゼアルファ(α): プライメースと複合体を形成して、DNA合成をスタートさせる役割を担っています。プライマーの末端3'OHからDNA鎖を延長していきますが、20ヌクレオチドあるいはそれ以内の鎖を合成したところで、デルタやイプシロンと交代します(11)。エキソヌクレアーゼ活性を持っておらず、校正機能が無いため、デルタやイプシロンほど正確な複製ができません。BファミリーのDNAポリメラーゼです。

#DNAポリメラーゼベータ(β): 塩基除去修復に必要とされている酵素です。DNAポリメラーゼラムダやDNAポリメラーゼミューと同じXファミリーに所属します(12)。しかしラムダやミューはベータとは別の役割を果たしているようです(12)。細菌のDNAポリメラーゼXは研究が進んでいないようです。

#DNAポリメラーゼガンマ(γ): ミトコンドリアに存在し、ミトコンドリアのDNA複製に関与すると考えられています(13)。大腸菌のDNAポリメラーゼ I と同じAファミリーに所属しています。ミトコンドリアは活性酸素が多い環境なので、DNAはダメージを受けやすく、この酵素が校正機能を持っていることには大きなメリットがあります。

#DNAポリメラーゼデルタ(δ): DNAを複製および修復するときに用いられます。以前はラギング鎖のみ複製すると考えられていましたが、リーディング鎖の複製も行っているようです(14)。Bファミリーに所属し、校正機能を持っています。δと次のεは真核生物にとってDNA複製における主役を張る酵素といえます。

#DNAポリメラーゼイプシロン(ε): DNAを複製および修復するときに用いられます。主にリーディング鎖の複製を行っていると考えられますが、これはデルタで代用できるようです。しかしそれ以外に、2重鎖になっているDNAをほどいてルーズな状態に変化させるDNAヘリカーゼ(ヘリケース)を活性化する機能があり、これによって複製フォークが形成されるようで、こちらの機能は代替不可だそうです(15)。Bファミリーに所属し、校正機能を持っています。

#DNAポリメラーゼ ラムダ(λ)&ミュー(μ): DNAの2本鎖が両方とも切れたときの修復(非相同末端結合)に使われるようです。また相同組み換えにも使われるようですが、まだ詳しく研究されていないようです(16)。いずれもXファミリーに所属しています。

#DNAポリメラーゼ イオタ(ι)、エータ(η)、ゼータ(ζ)、& カッパ(κ): いずれもこのセクションで取り上げたDNA乗り越え修復に関与する酵素です。エータのようにチミンダイマーの対面をきちんとAAに修復できるエラーレスの酵素もあれば、エラーの確率が高い酵素もあります。ゼータはBファミリーですが、他の3つはYファミリーに所属します。他にも特殊な酵素がいくつかありますが、ここでは述べません。文献(16-17)などを参照してください。

 

参照

1)J. J. Weigle, Induction of mutations in a bacterial virus, Proc. Natl. Acad. Sci. USA vol. 39, pp. 628-636  (1953)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1063835/pdf/pnas01592-0060.pdf
2)生物学茶話@渋めのダージリンはいかが49: DNA修復1
http://morph.way-nifty.com/lecture/2016/11/post-455d.html
3)Reuven NB, Arad G, Maor-Shoshani A, Livneh Z., The mutagenesis protein UmuC is a DNA polymerase activated by UmuD', RecA, and SSB and is specialized for translesion replication., J Biol Chem. vol. 274(45): pp. 31763-31766. (1999)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/10542196
4)Mengjia Tang et al., UmuD′2C is an error-prone DNA polymerase, Escherichia coli pol V. Proc Natl Acad Sci U S A.  vol. 96(16): pp. 8919–8924. (1999)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC17708/
5)Myron F. Goodman and Roger Woodgate, Translesion DNA Polymerases., Cold Spring Harb Perspect Biol doi: 10.1101/cshperspect.a010363 (2013)
6)Wikipedia: DNA polymerase I,  https://en.wikipedia.org/wiki/DNA polymerase I
7)Wikipedia: DNA polymerase II,  https://en.wikipedia.org/wiki/DNA polymerase II
8)Wikipedia: DNA polymerase III,  holoenzymehttps://en.wikipedia.org/wiki/DNA polymerase III holoenzyme
9)Wikipedia: DNA polymerase IV,  https://en.wikipedia.org/wiki/DNA polymerase IV
10)Wikipedia: DNA polymrase V,  https://en.wikipedia.org/wiki/DNA polymerase V
11)L. Pellegrini, The Pol alpha -primase complex. Subcell Biochem. vol. 62, pp. 157-169 (2012)
12)10. J. Yamtich and J.B. Sweasy, DNA polymerase family X: function, structure, and cellular roles., Biochim Biophys Acta. vol.1804, pp.1136-1150 (2010)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19631767
13)R. Krasich1, W.C. Copeland, DNA polymerases in the mitochondria: A critical review of the evidence. Frontiers in Bioscience, Landmark, 22, pp.692-709 (2017)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/27814640
14)R.E. Johnson, R. Klassen, L. Prakash, and S. Prakash, A Major Role of DNA Polymerase δ in Replication of Both the Leading and Lagging DNA Strands., Mol. Cell. vol. 59, pp.163–175. doi:10.1016/j.molcel.2015.05.038. PMC 4517859Freely accessible. PMID 26145172
15)T. Handa et al., DNA polymerization-independent functions of DNA polymerase epsilon in assembly and progression of the replisome in fission yeast., Mol Biol Cell, vol.23, pp.3240-3253 (2012), doi: 10.1091/mbc.E12-05-0339
https://www.bio.sci.osaka-u.ac.jp/newinfo/info72.html
16)道津貫太郎、横井雅幸、花岡文雄、立体構造解析から見えてきた損傷乗り越えDNA複製の分子メカニズム. 放射線生物研究 vol. 46,pp. 1~14 (2011)
file:///C:/Users/User/AppData/Local/Microsoft/Windows/INetCache/IE/C8FQEO1U/sys_information_20120419145418-0629667827EFC1B364A7195B0E15E6FE7C89611DC470359C2E08D0B029287E1A.pdf
17)S. Doublie and K.E. Zahn, Structural insights into eukaryotic DNA replication. Frontiers in Microbiology. vol.5, pp.1~34 (2014)

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