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2020年1月26日 (日)

90.染色体の数と性

 いろいろな生物で染色体の数はさまざまですが、それには意味があるのでしょうか。また性染色体の数や種類が性によってどう定まっているかについてもみてみましょう。染色体の数について論じる上でよく話題になるのがホエジカです。
 ホエジカ属(ムンチャック Muntjac) のシカは東南アジア、中国南部、インドなどに分布しています。図90-1左はインドホエジカ、右は中国ホエジカ(キョン)で、とても良く似た動物です。キョンは行川アイランドなどの動物園から逃げ出した個体が房総半島や伊豆大島で野生化し、食害が問題になっています(1)。千葉県などは駆除にやっきになっています。もともと古代の琉球以外の日本にはいなくて、人間が持ち込んだ動物なので、駆除というのも身勝手な話です。現在は特定外来生物に指定されており、許可なく日本国内に持ち込んだり国内で飼育したりすることは禁止されています。

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図90-1 インドホエジカと中国ホエジカ(キョン)

 ホエジカ(Muntiacus)属はウシ科のダイカー(https://en.wikipedia.org/wiki/Duiker)から分岐したグループです。分岐はミトコンドリアDNAから推定されました(2)。染色体の数が近縁種でも著しく異なることで有名です(図90-2)。図90-2の学名のあとについている数字は、さまざまな亜種があることを意味します。M.reevesi は更新世初期(100万年以前)に化石がみつかっていますが、M. muntjak と M. feae は更新世中期(50~100万年前)からしか化石がみつかりません。たかだか50万年くらいの間に染色体数が変化し、新しい種が生まれたことになります。

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図90-2 ホエジカ属の起源・分岐と染色体数の変化

 インドホエジカとキョンのカリオタイプを比較すると図90-3のようになります(3)。キョンは私達ヒトと同じ46本の染色体を持ち、そのなかにメスはXX、オスはXYという性染色体が含まれます。ところがインドホエジカはメスは6本、オスは7本の染色体を持ち、オスに余分にある1本がY染色体に相当すると思われますが、最近の文献(4)にY2などという記載があるように、一筋縄ではいかないようです。いずれにしても染色体の数が劇的に変化しても、同じ遺伝子のセットが存在すれば、それほど生物の特徴に変化は発生しないということは結論できそうです。ただ、もしY染色体が単独の染色体であるとすると、減数分裂の際の組み換えの可能性がゼロになるので進化上不利になるのは否めません。

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図90-3 インドホエジカとキョンのカリオタイプ

 前のパラグラフで「染色体の数が劇的に変化しても、同じ遺伝子のセットが存在すれば、それほど生物の特徴に変化は発生しない」と述べましたが、性に関する染色体の問題は特別です。ヒトではメスはXX、オスはXYという組み合わせの染色体が性を指定しています。他の動物ではどうでしょうか? 図90-4のように大きく分けてXY型(オスがヘテロ)とZW型(メスがヘテロ)があります(5、図90-4)。
 有羊膜類では哺乳類・単孔類がXY型、鳥類・ヘビ類がZW型です。おそらくペルム紀にZW型の爬虫類からXY型の哺乳類型爬虫類が分かれたと思われますが、定かではありません。XY型というのはここではXY型=メスXX&オスXY・XO型=メスXX・オスXO・XnYn型・XnO型を含む総称です。カモノハシは雄・・・X1Y1X2Y2X3Y3X4Y4X5Y5:雌・・・ X1X1X2X2X3X3X4X4X5X5 という奇妙なカリオタイプですが(XnYn型)(6)、XY型の1種とされています。
 ZW型にはメスZW・オスZZというタイプと、メスZO・オスZZというタイプがあります。O(オー)というのは染色体がないという意味です。

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図90-4 有羊膜類の性染色体の分岐と、性決定の様々な様式

 現在生きているヘビ以外の爬虫類は、環境の温度によってオスかメスかが決まる場合が多いようです(図90-5)。たとえばカミツキガメ(Chelydra serpentina) では、20°C以下の低温と30°C以上の高温の環境ではメスが産まれ、中間の22~28°Cでは主にオスが産まれます(7)。アオウミガメの場合は、28℃以下ならオス、28~29℃ならオスメス半々、30℃以上の高温だとメスとなります(7)。
 一般に遺伝子にバラエティーをつくるより、ともかく種の絶滅を防ぐことを優先しなければならないときは、メスを増やすのが得策です。ただそれぞれの生物が生きている環境によって、オス・メスどちらを優先的に作成すべきかは微妙に異なるでしょう。図90-5の最も古いタイプの爬虫類に似ていて生きた化石といわれるムカシトカゲが、性染色体による性決定を行うとしてありますが、ウィキペディア(8)をみると、「21℃では雌雄比は半々だが、22℃では80%がオスになる。さらに20℃では80%が、18℃でほぼ100%がメスになる。ただしムカシトカゲの性決定は環境要因(温度)だけでなく遺伝子要因も関係している複雑なものらしいという説がある」 と詳細に記載してあります。
 爬虫類の場合、単為生殖を行なう生物も少なくないようです(9-10)。この場合メス1匹だけ生き残った場合も、単為生殖を行なってオスを産めば絶滅を免れる可能性があるという利点があります。哺乳類の場合実験的操作を伴なわない限り、単為生殖を行なうのは不可能だとされています。どうしてそうなったかは未解決のひとつの謎です。

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図90-5 爬虫類の性決定機構

 図90-4に示したように、哺乳類ではXXはメス、XYはオスという染色体型によって性が決定されますが、性を決定する遺伝子はアンドリュー・シンクレア、ピーター・グッドフェローらによって解明されました(11、図90-6)。彼らによればY染色体上のSRY遺伝子が精巣形成を決定しているということです。クープマン、ラベル=バッジらは、さらにマウスXX胚にSRY遺伝子を導入すると、本来メスになるべきXX胚がオスになることを証明しました(12、図90-6)。
 性決定遺伝子の発見はめざましい業績だと思いますが、図90-6の4人はノーベル賞にはとどいていません。その理由はいろいろあると思いますが、ひとつはSRY遺伝子の上流に別の遺伝子があるかもしれないということです。すなわちその遺伝子がまずONになって、その遺伝子産物がSRY遺伝子を活性化するのかもしれません。性決定に関連する遺伝子も数多くあることがわかってきました(13)。もちろんSRY遺伝子の下流には、性ホルモンの産生など実際に精巣を形成するためにかかわっている遺伝子群が働いているでしょう。

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図90-6 性決定機構機構を解明した研究者達

 驚くべき事に、トゲネズミという日本にだけ棲息する絶滅危惧種3種(オキナワトゲネズミ、アマミトゲネズミ、トクノシマトゲネズミ)のうち、アマミトゲネズミとトクノシマトゲネズミは染色体がXO型で、Y染色体が存在しません(14)。黒岩麻里氏によると、これらのネズミはY染色体の一部に変異が生じて、減数分裂がうまくいかなくなり、性決定関連部位がX染色体に転移することによって生き延びたそうです(15)。その転移の際にSRY遺伝子は失われ、CBX2という遺伝子が機能を代替することになったのでしょう。図90-7のように、XX/XY型の一般的な哺乳類と同じ性決定様式だったオキナワトゲネズミからアマミトゲネズミやトクノシマトゲネズミが派生したと考えられます。

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図90-7 トゲネズミの染色体

 ショウジョウバエは哺乳類と同じくメスはXX、オスはXYの染色体型ですが、性決定のメカニズムは全然違うことがわかっています。Y染色体にはSRYのような性決定遺伝子がなく、常染色体とX染色体の比率で性が決定されます。すなわちショウジョウバエの染色体は2n=8本ですが、Aを常染色体としますと、AAAAAAXX or AAAAAAXXY=♀(A:X=3:1)、AAAAAAXYor AAAAAAXO=♂(A:X=6:1)、となりますが、A:Xの比が大きい場合(6:1)は♂、小さい場合(3:1)は♀となります(16)。
 哺乳類の場合原則的にY染色体が1本あればオス、鳥類の場合W染色体が1本あればメスになります。魚類は爬虫類と近いところがあって、性決定遺伝子は存在しますが(メダカでDMY遺伝子がみつかっている)、一筋縄ではいきません。たとえばヒラメはXX/XY型の性決定機構を持っているものの、XX稚魚を18°Cで飼育するとすべてメスになり、同じXX稚魚を20°Cで飼育するとすべてオスになることがわかっています(17)。
 またベラは一夫多妻制ですが、その家族のなかで1匹のオスが死ぬと、一番大きなメスがオスに性転換することが知られています(17)。よくテレビなどに登場するコブダイはタイではなく、ベラ科の魚です。このように魚類では遺伝要因よりしばしば環境要因が優先されます。ソードテイルは一度稚魚を産むと、オスに性転換するとされています(図90-8)。

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図90-8 ソードテイルの♂♀

 性は2種類というのが私達の常識ですが、繊毛虫(原生動物)のなかには10種類あるいはそれ以上の性をもつものがいるそうです(18)。こうなると交配する相手を見つけるのが大変だと思いますが、それはフェロモンで解決しているようです。原核生物にも性は存在し、たとえば大腸菌で性を担う遺伝子は、Fプラスミドという形でゲノム本体からは分離独立して存在し、接合(conjugation)の際に相手の細胞に注入されます。

 

参照

1)キョン房総で大繁殖14年で50倍5万頭 農業被害拡大
https://mainichi.jp/articles/20170413/k00/00e/040/242000c
2)Wen Wang, Hong Lan., Rapid and parallel chromosomal number reductions in muntjac deer inferred from mitochondrial DNA phylogeny., Molecular Biology and Evolution, vol.17,
pp.1326-1333 (2000)
https://doi.org/10.1093/oxfordjournals.molbev.a026416
3)Doris H. Wurster, Kurt Benirschke., Indian Momtjac, Muntiacus muntiak: A Deer with a Low Diploid Chromosome Number., Science  Vol. 168, Issue 3937, pp. 1364-1366 (1970)
DOI: 10.1126/science.168.3937.1364
4)Crancot Nature, Le Sambar et le Cerf aboyeur - Thaïlande
http://crancot-nature.blogspot.jp/2016/08/le-sambar-et-le-cerf-aboyeur-deux.html#!/2016/08/le-sambar-et-le-cerf-aboyeur-deux.html
5)ウィキペディア: 性染色体
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%80%A7%E6%9F%93%E8%89%B2%E4%BD%93
6)生物史から、自然の摂理を読み解く カモノハシの不思議?
http://www.seibutsushi.net/blog/2008/02/386.html
7)https://matome.naver.jp/odai/2138201788384062201
8)ウィキペディア: ムカシトカゲ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A0%E3%82%AB%E3%82%B7%E3%83%88%E3%82%AB%E3%82%B2
9)池田清彦 President online,  トカゲ・ヘビ・カメは、オス抜きで子がつくれます
https://president.jp/articles/-/7527
10)ナショナルジオグラフィック日本版 オスがいても“単為生殖”する野生ヘビ
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/6745/
11)Sinclair AH, Berta P, Palmer MS, Hawkins JR, Griffiths BL, Smith MJ, Foster JW, Frischauf AM, Lovell-Badge R, Goodfellow PN (1990). “A gene from the human sex-determining region encodes a protein with homology to a conserved DNA-binding motif”. Nature vol. 346: pp. 216-217. (1990)   doi:doi:10.1038/346240a0. PMID 1695712.
12)Koopman P, Gubbay J, Vivian N, Goodfellow P, Lovell-Badge R,  “Male development of chromosomally female mice transgenic for SRY”.,  Nature vol. 351: pp.117-121. (1991) doi:10.1038/351117a0. PMID 2030730.
13)諸橋憲一郎 性の決定に働く遺伝子たち 季刊誌「生命誌」通 巻24号
https://www.brh.co.jp/seimeishi/journal/024/ss_4.html
14)ウィキペディア: トゲネズミ属
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%82%B2%E3%83%8D%E3%82%BA%E3%83%9F%E5%B1%9E
15)黒岩麻里 Y 染色体をもたない哺乳類の性決定メカニズム 生化学 第84巻 第11号 pp. 931-934 (2012)
file:///C:/Users/User/AppData/Local/Microsoft/Windows/INetCache/IE/C8FQEO1U/84-11-04.pdf
16)啓林館 生物 I :
http://www.keirinkan.com/kori/kori_biology/kori_biology_1_kaitei/contents/bi-1/2-bu/2-3-4.htm
17)長濱嘉孝、小林亨、松田勝., 魚類の性決定と生殖腺の性分化/性転換 タンパク質・核酸・酵素 vol. 49, no. 2, pp. 116-123 (2004)
18)高木由臣著 有性生殖論 「性」と「死」は何故生まれたのか NHKブックス (2014)

 

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コメント

インドホエジカのメスのkaryotypeは、4常染色体+XY2ではなく、4常染色体+XXと思います。

投稿: 大学教員 | 2022年6月29日 (水) 16時29分

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