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2018年7月24日 (火)

生物学茶話@渋めのダージリンはいかが109: Pax6とクリスタリン

Pax6というタンパク質の遺伝子の変異によって、無虹彩症やペータース異常という目の病気が発生することは、昔から知られていました(1-4)。

Pax 遺伝子群はもともとマウスの胎生期に、組織や器官の発生において中心的な役割を果たす遺伝子ファミリーの1グループとして発見されていて(5)、Pax6 をコードする遺伝子はそのひとつです。Pax 遺伝子群がコードするタンパク質はそれぞれ転写因子であり、DNAに結合する部位をもっていて、転写を調節するという機能によって、発生の過程で組織や器官の位置を決めたり脳の領域わけを行なったりする作用があります。

Pax6 遺伝子をノックアウトすると、目だけではなく脳の異常も発生し、死産も増加します。また Pax6 は脳の発生過程で、興奮性ニューロンが集中する領域と抑制性ニューロンが集中する領域の境界部位を形成するうえで重要な役割を果たすと考えられています(3,6-8)。

Pax 6 の分子構造など詳細は、カール・パボの研究室で徐エリックらによって明らかにされました(9、図1)。ヒトやマウス・ラットばかりでなく、魚類にも類似した遺伝子があることが判明しました(図1)。

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図1のようにヒトとマウスの Pax6 の遺伝子構造には若干の相違がありますが、生成されるタンパク質 Pax6 のアミノ酸配列を比較してみると、驚くべき事にヒトとマウスで一致しています(図2、ただしアイソフォームがあって、完全に一致しない分子もあるそうです)。これは珍しい例です。アカゲザル、ウシ、ラットともほぼ完全一致で、ゼブラフィッシュとも96.5%の一致です(図3)。これは勿論、Pax6がそのわずかなアミノ酸配列の変化も種の存続に関わるくらい構造の保存が必要な、そして重要なタンパク質だということです。

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図3に示したように、Pax6および類似したタンパク質は鳥類、魚類、両生類、昆虫、線虫にも存在します(10、11)。Pax 遺伝子群について脳科学辞典を引用しておきましょう。

脳科学辞典からの引用: 「PAX遺伝子群:Pax 遺伝子群は動物の胎生期に、組織や器官の発生において中心的な役割を果たす遺伝子ファミリーである。脊椎動物ではPax1〜Pax9の9種類が同定されている(表)。Pax遺伝子群はDNA結合ドメインであるペアードドメイン(PD)と呼ばれる領域を共通に持っている。また、Pax遺伝子にはオクタペプチドモチーフ(OP)を持つものや、DNA結合ドメインであるホメオドメイン(HD)、もしくはホメオドメインの一部を持つものがある。このようなドメイン構造の差異から、Pax遺伝子群は4つのサブファミリーに分類される。Pax遺伝子群はヒトやマウスに於いて、病気の原因遺伝子として同定されたものが多い。例えば、眼の発生のマスター制御遺伝子であるPAX6は、無虹彩症の原因遺伝子である。(12) 」(引用終了)

図3にみられるようにPax6遺伝子はペアードドメインとホメオドメインという二つのDNA結合部位を持っており、それは脊椎動物から線虫まで共通の遺伝子構造です。アシュレイ-パダンらは、この遺伝子が眼が形成される際にまず表層外胚葉に発現し、それを契機としてレンズが形成されるとしました。

また彼らはCre-loxP法という時限的遺伝子破壊システムを用いて、Pax6がレンズ形成や網膜の配置などに必須であることを証明しました(13、14、図4)。図4に胎仔期マウス(左:9.5日、右15.5日)に発現している位置(紫色)が示してあります。ちなみにアシュレイ-パダンのボスだったグリュス(図4)は現在沖縄科学技術大学のプレジデント/CEOに就任しています。

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おそらくPax6遺伝子は現存するほとんどの動物の共通祖先の時代にすでに存在していたはずで、もともとは眼の発生のためにできた遺伝子ではないと考えられます(図5)。眼のある生物は、神経の発生など本来他の目的で存在するこの遺伝子を、眼のために流用したものと思われます。図5および図6はカリフォルニア大学バークレイ校の教育プログラムの図です。

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高度に発達した複雑な眼は、脊椎動物・節足動物・環形動物・軟体動物にみられるわけですが、それぞれの眼は図6で色分けしてあるように、独立に進化したと考えられています。

それでも節足動物と環形動物の眼が似ていたり、脊椎動物と軟体動物頭足類の眼が似ていたりするのは、一つは前記のようにPax6によって形成されたものであるということ、今ひとつはレンズの素材としてクリスタリンというタンパク質を用いていることと関係があると思われます。

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クリスタリンを発見したのはウィリアム・ホルトとジン・キノシタです(15、図7)。ジン・キノシタは米国の National Eye Insutitute で研究を行なっていた方で、2010年に逝去されたとのことで研究所から弔辞もだされています(16)。しかしウィリアム・ホルトについては消息がわかりませんでした。またクリスタリンを精製して詳しく性質を調べた(17)リチャード・J・アレクサンダーという人物についても情報を得ることが出来ませんでした。彼は当時クリスタリンをBovine Corneal Protein (BCP) 54と命名していました。

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哺乳類の主なクリスタリンはα、β、γ の3種類ですが、図8に示すように「α」と「β、γ」は一部分を除いては共通性に乏しく、別のグループのタンパク質と考えられています。卵白アルブミンの例をみればわかるように、タンパク質は通常透明な溶液であり、熱などで変性すると不透明な固体になります。レンズの素材となるタンパク質としては、当然変性しにくい性質を持つものが歓迎されるでしょう。

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クリスタリンはもともと眼のレンズ(水晶体)や角膜のために出現したタンパク質ではなく、たとえばα クリスタリンは分子シャペロンという、他の分子の立体構造を保持したり修復したりする作用を持つ small heat shock protein family という分子群に所属します(18,19)。α クリスタリンはレンズにおいても、β-γ クリスタリンの構造修復に寄与していると考えられています(20)。レンズの細胞は、レンズが完成したあとは増殖能力を失い、固体の一生を通じて補充無し(細胞増殖無し)で機能するので、この修復機能は大変重要です。それでも80才くらいになると、ほとんどの人はクリスタリンの構造変化によって白内障を発症します(21)。

細胞の中に非常に高濃度のタンパク質が蓄積されるような細胞は、細胞分裂の装置が機能できなくなる場合が多いようです。たとえば表皮・毛髪・爪・赤血球などです。この様な場合、まだタンパク質の蓄積を行なっていない未分化な幹細胞を保存しておき、細胞の補充は幹細胞が行ないますが、レンズの場合はそれもなく、ただ細胞を維持するだけという特殊な細胞です。

β-γ クリスタリンはカルシウム結合蛋白質のスーパーファミリーに所属するタンパク質で、多くの細菌もこのタンパク質を持っており、機能は多岐にわたっていると思われますが十分には解明されていないようです(22)。レンズが機能を発揮するためには、高濃度になっても透明性や弾力が維持される必要があり(もちろん結晶化してはいけません)、光を散乱させないで、適度に光を屈折して網膜にフォーカシングしなければいけません。

各クリスタリンの立体構造を図9に示しました(23)。

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哺乳類はα、β、γ クリスタリンがレンズの主成分ですが、他のグループでは他のクリスタリンを用いる場合も多いことが知られています(24、図10)。その場合も用いられたタンパク質は酵素など別の役割を果たしていたものを流用していることに変わりはありません。

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ヒトの眼について簡単に概観したい場合、文献25が発生から白内障までうまくコンパクトにまとめてあるのでお勧めします(25)。

参照

1)Jordan T, Hanson I, Zaletayev D, Hodgson S, Prosser J, Seawright A, Hastie N, van Heyningen V., The human PAX6 gene is mutated in two patients with aniridia., Nat Genet., Vol.1(5), pp. 328 - 332. (1992)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/1302030

2)難病情報センター 無虹彩症
http://www.nanbyou.or.jp/entry/5452

3)Davis LK1, Meyer KJ, Rudd DS, Librant AL, Epping EA, Sheffield VC, Wassink TH., Pax6 3' deletion results in aniridia, autism and mental retardation., Hum Genet., vol. 123(4) pp. 371-378. (2008)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18322702

4)日本小児科学会 ペータース異常
http://www.japo-web.jp/info_ippan_page.php?id=page06

5)Walther, C., Guenet, J-L., Simon, D., Deutch, U., Jostes, B., Goulding, M.D., Plachov, D., Balling, R., and Gruss, P.,  Pax: a murine gene family of paired box containing genes. Genomics, vol. 11: pp. 424-434, (1991)

6)Jones L1, López-Bendito G, Gruss P, Stoykova A, Molnár Z., Pax6 is required for the normal development of the forebrain axonal connections., Development., vol. 129(21): pp. 5041-5052. (2002)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/12397112

7)Laura A Cocas, Petrina A. Georgala, Jean-Marie Mangin, James M. Clegg, Nicoletta Kessaris, Tarik F. Haydar, Vittorio Gallo, David J. Price, and Joshua G Corbin., Pax6 is required at the telencephalic pallial-subpallial boundary for the generation of neuronal diversity in the post-natal limbic system., J Neurosci., vol. 31(14): pp. 5313–5324. (2011) doi:10.1523/JNEUROSCI.3867-10.2011.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3086773/pdf/nihms286466.pdf

8)MGI Alliance of genome resources., Pax6 gene detail.
http://www.informatics.jax.org/marker/MGI:97490

9)H. Eric Xu, Mark A. Rould, Wenqing Xu, Jonathan A. Epstein, Richard L. Maas, and Carl O. Pabo1., Crystal structure of the human Pax6 paired domain–DNA complex reveals specific roles for the linker region and carboxy-terminal subdomain in DNA binding., Genes Dev. vol. 15; 13(10):  pp. 1263–1275. (1999)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC316729/

10)NCBI homologene https://www.ncbi.nlm.nih.gov/homologene/1212

11)NCBI homologene https://www.ncbi.nlm.nih.gov/homologene?cmd=Retrieve&dopt=AlignmentScores&list_uids=1212

12)脳科学辞典 「Pax遺伝子群」 https://bsd.neuroinf.jp/wiki/Pax

13)Ruth Ashery-Padan, Till Marquardt, Xunlei Zhou, and Peter Gruss., Pax6 activity in the lens primordium is required for lens formation and for correct placement of a single retina in the eye.
GENES & DEVELOPMENT vol. 14:  pp. 2701–2711 (2000)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC317031/pdf/X3.pdf

14)Ohad Shaham a, Yotam Menuchin a, Chen Farhy a, Ruth Ashery-Padan.,  Pax6: A multi-level regulator of ocular development., Progress in Retinal and Eye Research vol. XXX. pp. 1-26 (2012)
http://asherypadan.medicine.mytau.org/wp-content/uploads/2013/04/Shaham_Pax6_Review_2012.pdf

15)William S. Holt, Jin H. Kinoshita., The soluble proteins of the bovine cornea., Investigative Ophthalmology & Visual Science.,  Vol. 12, pp. 114-126. (1973)
http://www.google.co.jp/url?sa=t&rct=j&q=&esrc=s&source=web&cd=1&ved=0ahUKEwiQ-qCT3bTcAhUS9bwKHdkfDR8QFggtMAA&url=http%3A%2F%2Fiovs.arvojournals.org%2Fpdfaccess.ashx%3Furl%3D%2Fdata%2Fjournals%2Fiovs%2F932875%2F114.pdf&usg=AOvVaw2Z_aHRKYqdeaIVoEuTvHIm

16)NEI Mourns Jin H. Kinoshita.,
https://nei.nih.gov/news/briefs/kinoshita

17)Richard J. Alexander., Isolation and characterization of BCP 54, the major soluble protein of bovine cornea., Experimental Eye Research.,Vol. 32, Issue 2, pp. 205-216 (1981)
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/0014483581900099

18)Sharma KK1, Kumar RS, Kumar GS, Quinn PT., Synthesis and characterization of a peptide identified as a functional element in alphaA-crystallin. J Biol Chem., vol. 275(6): pp. 3767-3771. (2000)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/10660525

19)田中直毅 シャペロンペプチドの開発と応用 -分子シャペロンのミニマル機構に基づくタンパク質凝集抑制ペプチドの設計-  高分子 vol. 56, pp. 178-181 (2007)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kobunshi1952/56/4/56_4_178/_pdf/-char/ja

20)https://en.wikipedia.org/wiki/Crystallin

21)日本白内障学会 水晶体の基礎研究
http://www.jscr.net/activity/page-002.html

22)Shanti Swaroop Srivastava, Amita Mishra, Bal Krishnan, and Yogendra Sharma., Ca2+-binding Motif of βγ-Crystallins., J Biol Chem. vol. 289 (16): pp. 10958–10966. (2014)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4036236/

23)Educational portal of protein data bank.
http://pdb101.rcsb.org/motm/127

24)Tomarev SI, Piatigorsky J., Lens crystallins of invertebrates--diversity and recruitment from detoxification enzymes and novel proteins., Eur J Biochem. vol. 235(3): pp. 449-465. (1996)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/8654388

25)Joah F. Aliancy and Nick Mamalis, Crystalline Lens and Cataract., Webvision: The Organization of the Retina and Visual System (2017)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK476171/

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2018年7月 9日 (月)

生物学茶話@渋めのダージリンはいかが108: 視覚の進化

前稿では視覚の生化学的基盤について述べました(1)。光が当たることによってロドプシン分子が構造変化し、それが引き金となってイオンチャンネルの開閉が行なわれ、脱分極や過分極によって発生する電気信号が視覚の基盤となります。この原理はあらゆる動物で変わりません。一方受光するための装置は、カンブリア紀がはじまる頃から様々な形で進化してきました。まず Michael  F. Land (図1)の説(2)にしたがって、眼の進化をみていきましょう。図1は原図を省略表示し、改変し、日本語化しました。

図1の系統樹の根元にある扁形動物は、数億年の昔からこの地球に生きているにもかかわらず、視覚は最小限のままで特に発達させることはありませんでした。その理由は彼らの大部分が寄生生活に乗り換えたことにあると思われますが、自由生活をするプラナリアなどは捕食されても一部の体が残っていれば再生できるという驚異的な能力を獲得したため、高度の視覚・素早い運動・防具としての甲殻などは必要とせず、ゆっくり日陰に移動するという能力さえあれば生きて行けたというのも一つの理由でしょう。

彼らにとってはタイプa(図1)の眼で十分だったのでしょう。プラナリアの眼は眼房もなければレンズもない原始的なものですが、シェード付きなのでひとまわりすれば明るさだけでなく光が来る方向を感知することができます(1)。

扁形動物より原始的なグループである刺胞動物は、扁形動物よりはずっとアクティヴな自由生活をしてきたので、中にはハコクラゲやアンドンクラゲのように1段階進化したタイプcの眼を持つグループも出現しました。たとえばミツデリッポウクラゲは24個の眼を持っていて、そのうち2個は水晶体を持っているというのですから、これはもうLandが記載したタイプcを越えています(3)。しかも彼らは脳らしきものを持っていないので、神経環で眼からの情報を処理していると思われますが、よほど効率的な処理を行なっているのでしょう。図1ではタイプ c+としました。

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進化系統樹では扁形動物以降、原口陥入部が口になる旧(前)口動物群と肛門になる新(後)口動物群に分かれますが、前者の場合ヒトと同等な眼を持つ軟体動物の頭足類から、複眼を極限まで発達させた節足動物の昆虫類まで様々なタイプが存在します。複眼は図1のタイプb、eですが、eタイプは個々の眼にレンズがついています。*の部分が短いと解像度の高い像が得られ、長いとより明るい像が得られる傾向があります(他の眼に入射した光もセンサーにはいってくる可能性が高いので)。蛾などの夜行性昆虫は後者に該当します。

単眼タイプと複眼タイプの両者を持っている生物もいれば、眼がほとんど退化したような生物もいます。基本的に眼の進化はそれほど長い時間を要しないと考えられています。光信号を化学信号から電気信号に変換する機構は、動物の場合、進化の過程で1度だけつくられてそのまま使われていますが、眼という光学装置は何度も個別に進化した結果、結果的に類似した装置をそれぞれの生物が装備することになった場合もあるようです(4)。

少し前まで旧口動物の光受容細胞は微絨毛が進化した装置を持ち、新口動物の光受容細胞は繊毛が進化した装置を持つと考えられていましたが、例外があることが明らかになったので(5、6)、旧口動物・新口動物というようなおおざっぱな分類においても、あるときに微絨毛型と繊毛型という別々の戻れない道に別れたとは言えなくなりました。なお繊毛は本来細胞の表面積を増やすためのものではなく、これを動かして細胞を移動させたり水流を起こすためのものです。

脊索動物門と最も近縁な棘皮動物門は非常にユニークな視覚を持っています。ウニの場合無数の棘と管足があるわけですが、光受容細胞は管足にあり、それぞれの管足は棘で仕切られているので、体全体が特殊な複眼のような構造になっているわけです(7、8)。これにたいして脊索動物門の生物は複眼を棄て、a → c → d という比較的単純な眼の進化を遂行したようです(図1)。両生類より系統樹の上位の生物は基本的に陸上で生活するので、網膜の乾燥を防ぐために透明な被膜(角膜)で被うのは必須で、それがレンズに進化したのもよく理解できます。

脊索動物門の生物は最初から眼を持っていたかというと、それは疑問です。カンブリア紀のピカイア(図2)は眼を持っていません(9)。ピカイアは脊索はもっていますが脊椎は持っていないので、脊索動物門の中では原始的なグループだと考えられます。しかし同じカンブリア紀のハイクイクシスは脊椎動物であり、明らかに眼を持っています(10)。カンブリア紀以前には眼を持つ生物は発見されていないので、短い期間に図2(右図)のレベル1からレベル4または5あたりまでの進化が進行したと思われます。

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現代魚類の眼(11、図2)はレベル5くらいで、角膜はありますが光量調節機能を持つ虹彩はありませんし、レンズ(水晶体)の厚みを変えてピントをあわせることはできません。図3はヒトの眼の構造です。平滑筋のはたらきによって、光量に応じて自動的に虹彩が開閉して適当な明るさに調節できますし、見たいものの遠近に応じて自動的に毛様体が収縮し、レンズの厚みを調節してピントを合わせることができます。また多数の随意筋(横紋筋)によって目玉が向く方向を自在に調節できます(図3)。参天製薬のサイトでアニメーションを使ってわかりやすく説明しています(12)。

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哺乳類の眼と頭足類の眼は、図1でわかるように系統樹上は非常に離れた位置にありますが、非常に似た構造になっています(図4)。図4はウィキペディアから持ってきましたが(13)、多分間違っていると思うのは、頭足類の眼は焦点を合わせるためにレンズを前後に動かすので、この毛様体の付き方ではそれはできそうもありません。一つ注目していただきたいのは、図4でヒトの場合視細胞の裏側に網膜があるのに対して、タコの場合視細胞の表側に網膜があります。このことは発生の過程が全く異なっていることを意味しており、両者のルーツが別にあることを示唆しています。

タコの場合視細胞の表側(外界側)に網膜(ロドプシン集積部位)があるので盲点が発生しませんが、ヒトの場合視神経が眼房に出てくるあたりは構造的に網膜が作れないので(図4)、盲点が発生します。もうひとつタコの方が優れているのは偏光を検出できると言う点です。ヒトでもなかには偏光が見えるという人がいるそうです(ハイディンガーのブラシ、14)。

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ヒトの眼には桿体細胞と錐体細胞という2種類の視細胞があります(図5)。ウィキペディアによると眼一つについて、桿体細胞は1億個、錐体細胞は7百万個あるそうです。哺乳類は恐竜と同時代に生まれて生き延びてきたという歴史があるので、恐竜全盛時代には夜行動せざるをえなかったわけです。ですから哺乳類はロドプシンを1種類しか持たない桿体細胞で、モノクロの視界を得るので十分な時代が長かったのです。圧倒的に桿体細胞が多いのは、そういう歴史を背負っているからでしょう。

桿体細胞・錐体細胞共に外側にシナプス形成部位があり、その内側に核があり、さらに内側に内節があります。内接の内端に結合繊毛という部位があり、そこでロドプシンが集積する特殊な棚状の構造が内側に押し出されるようにつくられ外節が形成されます(15)。網膜はその外節がぎっしり並んでいる部分のことです(顕微鏡で見ると層状に見える)。ロドプシンは光情報を化学情報に変換するだけでなく、外節構造(網膜)をつくるためにも必要です(16)。

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ヒトの場合錐体細胞は3種類のロドプシンを発現していて、それぞれどの波長の光に反応するかを図6に示しました。生物は最低でも2種類のロドプシンが存在することによって、はじめて色彩を感じることができます。ロドプシンAとロドプシンBの反応のレベルの違いを色という形で認識するのです。ですからAとBが最大に反応する波長が離れているほど色の種類を多く識別することが出来ます。

多くの哺乳類は2種類のロドプシンしか持っていませんが、ヒトは3種類のロドプシンを持っているため白という色を認識できます。宮田隆によれば「南米に住む新世界ザルには色覚に関して興味深い性差がある。オスは2色の色覚しか持たないが、メスには3色の色覚を持つ個体がいる。この色覚に関する性差は、X染色体がメスでは2本あるが、オスでは1本しかないことと関係がある。」 だそうです(17)。旧世界ザルは3色の色覚があるので、3色の色覚はサルの進化の過程で獲得されたのでしょう。これは多くの木の実が赤い・・・したがって赤い色を認識できれば生存に有利だった、ということと関係があるようです(17)。

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ヒトよりすぐれた色覚を持っているのは鳥類で、彼らは4種類のロドプシンを持っている上に、そのうちのひとつは紫外線を感知できます(18)。昆虫も紫外線を感知できるロドプシンを持っています。昆虫は私達にはない複眼という別種の眼を持っています。図7にトンボとハエの複眼を示します(19)。

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複眼に含まれるひとつひとつの眼を個眼といいます。トンボの複眼は約5万個の個眼で構成されています。複眼の場合ひとつの個眼を1画素としたデジタルカメラに例えられますが、5万画素のデジタルカメラは優秀なのでしょうか? 

水波誠の本によると(20)、身長と眼の解像度は比例しているというキルシュフェルトの理論というのがあるそうで、それならば昆虫の複眼の解像度は悪いとはいえないそうです。ただトンボやミツバチなどは身長から考えると超高速で飛翔する動物なので、解像度よりむしろ衝突をさけるための情報処理の速さが重要であるとは言えるのではないでしょうか。実際ハエは一秒間に150回の点滅を認識できるそうです(20)。

昆虫の複眼の構造を図8に示します。レンズ(水晶体)のすぐ下に視細胞があり、個眼は光がまじらないよう色素細胞のシェードで分離されています。個眼8個(または9個)でひとつのユニットが形成されおり、それらが花弁のように並んだ中央に桿状体というロドプシンが集積した部位が見られます(図8)。個眼8個のユニットは最大感知波長が緑・青・紫外の3種類の色素細胞で構成されているので、ユニットごとに色彩を感知することが出来ます(20)。

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昆虫が色彩を認識できることをはじめて示したのはカール・フォン・フリッシュ(図9)でした。彼は若い頃に魚が色を識別できることを証明し、さらにミツバチも色を識別できることを証明しました(20、21)。

図9のヒトとミツバチが認識する光の波長を示した図は Webexhibits というサイトからの引用です(22)。これによるとヒトほどはっきりではなくてもミツバチにも赤い色が見えていると思われます。しかし紫外線領域はミツバチにははっきり見えていてもヒトには全く見えていませんので、ミツバチの見ている色彩はかなりヒトとは異なるようです。図9の花の色彩は左がヒト、右がミツバチです(23)。ミツバチの見ている色なんて、ヒトには見えないのだからこのようなプレゼンテーションは意味が無いという向きもあり、Hamiltonも "Because we cannot see UV light, the colours in these photographs are representational, but the patterns are real. " と書いていますが、その筋の研究者から、ミツバチには多分図9のように見えているという話を聞いたことがあります。

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鳥は昆虫と同じくらい紫外線領域が見えるので、かなりミツバチなどと同じ色彩感覚だと思われます。ログミというサイトに鳥の見え方を示した記事がありました(24)。

この中でヒトが精細にみることができる範囲(例えば文字を読んだりする)はせいぜい10度くらいの角度に限定されている(実際モニターの画面の中央を読んでいると端っこの文字は、なにか文字があるということはわかっても。目玉か首を動かさないと読めません)、という記述があります。ところが、カモメは水平に見えているすべての物を、広角にわたって精細に見ることができるそうです。つまり眼の性能で言えばカモメはヒトよりはるかに優れています。

参照

1)生物学茶話@渋めのダージリンはいかが107: 視覚とは (やぶにらみ生物論107: 視覚とは)
http://morph.way-nifty.com/lecture/2018/06/post-651d.html

2)Michael F. Land and Dan-Eric Nillson., Animal eyes. Oxford University Press (2002)
https://books.google.co.jp/books?id=aAZ_YfVoCywC&pg=PA1&hl=ja&source=gbs_toc_r&cad=3#v=onepage&q&f=false

3)ナショナルジオグラフィック日本版2016年2月号 不思議な目の進化
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/magazine/16/012200005/012200001/?img=ph3.jpg&P=2

4)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9C%BC%E3%81%AE%E9%80%B2%E5%8C%96

5)中川将司,堀江健生、ホヤ幼生の光受容器 -脊椎動物の眼との比較- 比較生理生化学 vol. 26 No.3 pp. 101-109 (2009)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/hikakuseiriseika/26/3/26_3_101/_article/-char/ja/

6)片桐展子 & 片桐康雄. イソアワモチの多重光受容系:(1)4種類の光受容細胞の特徴と光応答 比較生理生化学 25, 4-10 (2008).
https://www.jstage.jst.go.jp/article/hikakuseiriseika/25/1/25_1_4/_pdf/-char/ja

7)Ullrich-Lüter EM, Dupont S, Arboleda E, Hausen H, Arnone MI., Unique system of photoreceptors in sea urchin tube feet., Proc Natl Acad Sci U S A. vol. 108(20): pp. 8367-8372. doi: 10.1073/pnas.1018495108. (2011)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/21536888

8)ナショナルジオグラフィック日本版2011年5月号 ウニは全身が“眼”だった
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/4200/

9)Morris SC, Caron JB., Pikaia gracilens Walcott, a stem-group chordate from the Middle Cambrian of British Columbia., Biol Rev Camb Philos Soc.  May; vol. 87(2): pp. 480-512. (2012)  doi: 10.1111/j.1469-185X.2012.00220.x. Epub 2012 Mar 4.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/22385518

10)D.-G. Shu et al., Head and backbone of the Early Cambrian vertebrate Haikouichthys., Nature vol. 421, pp. 526–529 (2003)
https://www.nature.com/articles/nature01264

11)裳華房 目のしくみ (Structure of Eye)
https://www.shokabo.co.jp/sp_opt/observe/eye/eye.htm

12)参天製薬 目のピント調節のしくみ
https://www.santen.co.jp/ja/healthcare/eye/products/otc/sante_medical/eyecare/focus.jsp

13)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9C%BC%E3%81%AE%E9%80%B2%E5%8C%96

14)https://en.wikipedia.org/wiki/Haidinger%27s_brush

15)今西由和 脊椎動物の視細胞をモデルとしたタンパク質輸送および膜構造形成の時間空間的解析 生物物理 vol.56(1),pp. 18-22, (2016)
DOI: 10.2142/biophys.56.018
https://www.jstage.jst.go.jp/article/biophys/56/1/56_018/_pdf

16)http://www.oyc-bio.jp/products/view/service004

17)宮田隆 眼で進化を視る -その2- (2006)
https://www.brh.co.jp/research/formerlab/miyata/2006/post_000004.html

18)杉田昭栄 鳥類の視覚受容機構 バイオメカニズム学会誌 vol. 31, no.3,  pp.143-148 (2007)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/sobim/31/3/31_3_143/_pdf

19)https://en.wikipedia.org/wiki/Arthropod_eye

20)水波誠 「昆虫-驚異の微小脳」 中公新書 (2006)

21)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%95%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%A5

22)Webexhibits: What colors do animals see?
http://www.webexhibits.org/causesofcolor/17.html

23)Michael Hamilton, A bees-eye view: How insects see flowers very differently to us., (2007)
http://www.dailymail.co.uk/sciencetech/article-473897/A-bees-eye-view-How-insects-flowers-differently-us.html

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