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2018年5月23日 (水)

生物学茶話@渋めのダージリンはいかが105: 脳のはじまり2

刺胞動物は海綿動物と違って泳いだりエサを捕まえたりという、かなり多くの細胞が協調し、統合された機能を発揮しないと実現しない複雑な動きをする動物です。そのために神経細胞を発展させ、多くの細胞から情報を集めたり、筋肉組織を使って統合的な行動を行なうようになりました。

もう一度進化系統樹を眺めてみると(図1)、刺胞動物のルーツはかなり系統樹の根元の方から枝分かれしています。枝分かれしてから数億年以上経過しますが、いまだに2胚葉であることから、かなり昔の生物の状態を残したいわゆる「生きた化石」のような側面もあると想像できます。化石が残っているわけではありませんが、「刺胞をもたないヒドラ」のような生物はカンブリア紀以前から存在していたのではないでしょうか。

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神経という観点を中心にヒドラ(図2)とはどのような生物かをおおざっぱにみると、

1.ヒドラには8種類の細胞が存在します。上皮筋細胞・消化細胞・腺細胞・神経細胞・刺胞細胞・間細胞・精子・卵がその全てです。間細胞は自己複製するほか、刺胞細胞・神経細胞・腺細胞などに分化することができます(1)。

2.ヒドラの個体は10万個位の細胞から成り立っていますが、そのうち5~15個の細胞集塊から個体を復元できます。これはプラナリアよりも強力な復元力です(2)。

3.神経細胞は感覚ニューロン・運動ニューロン・介在ニューロン(感覚ニューロンから運動ニューロンへへの情報伝達を中継)・神経分泌細胞を兼任しています(3)。

4.ヒドラの神経細胞には軸索と樹状突起の分化はありませんが、シナプスがあり、神経伝達には方向性があります(4)。

5.神経伝達物質はペプチドですが、刺胞動物特有の多数の分子からなっています。神経細胞の種類によって分泌する神経ペプチドの種類は異なっています(5)。例えば胴体にはRFamide ペプチドが認められませんが、それより下部の足盤に近い部分には多量のRFamideペプチドが認められるなどです(5)。

6.アセチルコリン・モノアミン類・アミノ酸などペプチド以外の神経伝達物質はおそらく使われていません(6)。

というところでしょうか。

ただ 1.の間細胞というのがくせ者で、藤澤千笑によると間細胞には(精子に分化)(卵に分化)(精子+刺胞・神経・腺に分化)(卵+刺胞・神経・腺に分化)の少なくとも4種類の細胞があるそうです(7)。刺胞細胞・神経細胞は失われやすく常時間細胞の分裂と分化によって補給されないとヒドラは生きていけないようです。有性生殖は温度が下がったり、飢餓状態になったときなどに行ないます。それ以外の場合、体細胞の分裂によってポリプを生じて無性生殖を行ないます。

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藤澤は間細胞の研究過程で、(精子に分化)または(卵に分化)の単能性間細胞しかもたない個体を作成することに成功しました(7)。この個体は刺胞細胞や神経細胞を補給できないため「寝たきりヒドラ」と呼ばれ、無理矢理エサを口からつっこみ、胃の清掃も人が行なうことによって、なんとか生きていくことができます。はからずもヒドラの神経細胞の主要な機能(エサを捕獲する、口で捕食する、胃を動かして消化する)が明らかになったわけです。

Charles N.David はヒドラを単細胞に解離して放射能でラベルしたあと、ラベルした1個の細胞を非ラベルの多くの細胞と再集合させて増殖・分化させる実験系を用いて、ヒドラの間細胞は自己複製する場合と「自己+分化する細胞」に不等分裂する場合があり、後者によってすべての種類の分化した細胞を作成できることを証明しました(8、9、図3)。

すなわちヒドラは体内に受精卵と同様なすべての体細胞に分化できる全能性の幹細胞を保持していると言えます。

この全能性の幹細胞は自己複製できるので、不等分裂しなくても幹細胞が枯渇することはないわけですが(分化して消失した細胞の分だけ自己複製によって補充すればよい)、それでも不等分裂するのは、おそらく特定の位置に幹細胞があることによって、特定の部域に分化した細胞を遅滞なく供給できるというメリットがあるからだと思います。

このような全能性幹細胞が存在することは、生命の存続にとって非常に有利だと思いますが、どうして多くの生物がこのようなメリットを放棄せざるを得なかったかと言えば、それは他の生物のエサにならないなどの目的があって、様々な特殊機能を発達させようという方向に向かったという事情があるためでしょう。たとえば閉鎖血管系を持つ私達のような生物は、体が切断されるとたちまち出血多量で死亡するので、全能性幹細胞を持っていても宝の持ち腐れになってしまいます。

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多くの生物が全能性幹細胞を放棄することになったのはカンプリア紀でしょう。眼と高度な移動能力を持ち、細菌やプランクトン以外の生物をも補食する肉食動物の誕生は、生命のあり方を根本的に変えました。

刺胞動物より一つ上の進化系統の分岐点から扁形動物・線形動物・輪形動物の幹が形成されます(図1)。扁形動物であるプラナリアはこの分岐点から現在まで進化してきました。

彼らはひとつの個体の中に多数の幹細胞をもっていて、体を二つに分けるという方法で何十年も無性生殖だけで生き延びられるので、その間に変異したゲノムを持つ幹細胞からバラエティに富む遺伝的背景を持った個体が生まれます(10)。そのためDNAの塩基配列から進化系統の位置を決めることがなかなか難しいグループです。ただプラナリアは数個の体細胞から1個の個体をつくることはできないので、それなりにヒドラより再生能力は低下しているとは言えます。

扁形動物は一応線形動物・輪形動物と同じ系統樹の幹にはいっていますが、後2者は原口がそのまま口になり反対側に肛門ができるので前口動物としてまとめられています。

これにたいして、扁形動物は肛門をもたない(あるいは口と肛門が同じ)ので、形態学的に見れば前口動物でも後口動物でもない原始的な生物と言えます。ただ刺胞動物・有櫛動物・海綿動物と異なり、扁形動物は左右相称性を持っています。遺伝学的研究からは扁形動物は前口動物に近いとされています。

毛顎動物と扁形動物は図1では左右の遠い位置にありますが、両者とも肛門を持たず左右相称であり、最近の遺伝学的研究によると両者の祖先は意外に進化的に近い位置にあるのかもしれません(11、図1の赤点線)。

これは私の想像ですが、現在でも大繁栄している刺胞動物のグループから、なぜ扁形動物のような特殊な生物がわかれて生まれてきたのかと言えば、おそらく彼らはなんらかの生存競争に不利な条件をもっていて、プランクトンの少ない不利な場所、たとえばわき水の近くの清流などに追いやられたグループではないでしょうか。そのような場所でえさを見つけるために、彼らは脳や発達した神経系を持つことになったのでしょう。まさに「革命は辺境から」起きたのかもしれません。

プラナリアの脳は図4Aでは腹側神経索の一部が肥大した臓器のように見えますが、実際には図4Bのように眼と脳は背側にあって、独立した神経によって腹側神経索と連絡しているにすぎません。プラナリアの脳はまず右脳と左脳に分かれており、それぞれから9対の神経束が周辺に伸びています(図4A)。それぞれの神経束が収納するニューロン群が集積してドメイン構造(葉、ローブ、コンパートメントなど呼び方はいろいろ)を作っています。

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脳は前後にならんだドメインにわかれているだけでなく、表層と内部でも機能分化がみられ、図5のように外側から機械刺激受容(痛圧覚)、化学刺激受容(臭覚)、介在ニューロン、光刺激受容(視覚)の各部域となっています。これは梅園らが部域特異的に発現する遺伝子をマーカーとして色分けしたものです(12)。マーカーとして用いたのは各種ホメオボックス遺伝子の発現です。ホメオボックス遺伝子群は生物の発生における指揮者のような役割を持っており、これらの遺伝子が発現する転写因子がDNAに製造すべき構造タンパク質などの種類を指示します。

このほか井上らによれば温度を感知する神経も全身に分布していて、情報は脳に集められ行動が決定されます(13、14)。温度が低い方に、光が当たらない方に移動するというのは辺境生物らしいプラナリアの特性です。

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前稿「脳のはじまり1」で、欠損すると体全体に脳ができるという ndk遺伝子を紹介しましたが、この遺伝子は体の前後軸(したがって脳の位置)を決定する元締めではないであろうことや、さまざまな遺伝子が前後軸の決定に関与していることが最近明らかになってきました(15、16)。ヒルとピーターセン(図6)はプラナリアの体の前後軸を決定しているメカニズムの枢要が wnt と notum の相互の作用抑制によるコラボレーションであることを提唱しました(15)。

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通常notumは頭部の一部の細胞に、wnt1は尾部の一部の細胞にしか発現していません(図7)。プラナリアの体が切断されると前端に主としてnotum、後端に主としてwnt1が発現し、その後の頭部発生と尾部発生を統括するわけです。

wnt1を欠損する個体では尾部は形成されず、本来尾部が形成されるべき位置に頭部が形成されたりします。notumの作用を抑制すると逆の効果となります。なぜ断片の前端と後端でそれぞれnotumとwnt1が発現するのかは謎ですが、wnt1はβカテニンの安定化、したがってその転写因子としての役割をサポートするのに対して、notumはwnt1の作用を抑制するのでβカテニンが不安定化し分解されてしまいます。

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notumとwnt1以外にも前後軸形成に関与する因子は数多く報告されつつあり(16、図8)、急速に研究は進展しています。腹背軸の形成に関与する因子も一部明らかになりつつあるようですが、今回はパスしました。前後軸が決定された後にndkなどFGF受容体関連因子、wnt、otx、netrinなどの作用によって脳形成がおこなわれるようです。

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参照

1.C N David and H MacWilliams., Regulation of the self-renewal probability in Hydra stem cell clones.,PNAS February 1, 1978. 75 (2) 886-890;
https://doi.org/10.1073/pnas.75.2.886
http://www.pnas.org/content/75/2/886

2.Ulrich Technau et al., Parameters of self-organization in Hydra aggregates., PNAS October 24, 2000. 97 (22) 12127-12131;
https://doi.org/10.1073/pnas.97.22.12127
http://www.pnas.org/content/97/22/12127

3.阿形清和・小泉修共編 「神経系の多様性 その起源と進化」第1章 p.14 培風館(2007)

4.清水裕 高等動物の消化,循環機構の進化的起源を腔腸動物ヒドラに探す 比較生理生化学 Vo1.20,No.2, pp.69-81 (2003)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/hikakuseiriseika1990/20/2/20_2_69/_pdf/-char/ja

5.阿形清和・小泉修共編 「神経系の多様性 その起源と進化」第1章 pp.22-23., 培風館(2007)

6.宗岡洋二郎 神経ペプチドの比較生物学 化学と生物 Vol. 36, No. 3,  pp. 153-159 (1998)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kagakutoseibutsu1962/36/3/36_3_153/_pdf

7.藤澤千笑 ヒドラ性決定及び性転換における間幹細胞の役割 JAIRO
http://jairo.nii.ac.jp/0201/00000897

8.Charles N. David., Interstitial stem cells in Hydra: multipotency and decision-making., Int. J. Dev. Biol. 56: 489-497 (2012)
doi: 10.1387/ijdb.113476cd
http://www.ijdb.ehu.es/web/paper.php?doi=10.1387/ijdb.113476cd

9.http://www.cellbiology.bio.lmu.de/people/principal_investigators/charles_david/

10.西村理 京都大学学位論文 プラナリアDugesia japonicaのゲノム解析による、脳の進化および無性/有性生殖サイクルに関する考察 (2016)
https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/215189/1/yrigr01554.pdf

11.https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AF%9B%E9%A1%8E%E5%8B%95%E7%89%A9

12.Umesono, Y., Watanabe, K. & Agata, K., Distinct structural domains in the planarian brain defined by the expression ofevolutionarily conserved homeobox genes. Dev. Genes Evol. vol. 209, pp. 31-39. (1999)

13.Takeshi Inoue, Taiga Yamashita, and Kiyokazu Agata.,  Thermosensory Signaling by TRPM Is Processed by Brain Serotonergic Neurons to Produce Planarian Thermotaxis.,  The Journal of Neuroscience,  vol. 34(47): pp. 15701-15714 (2014)
http://www.jneurosci.org/content/34/47/15701

14.温度を感じる神経系の基本的なしくみ、解明される。 京都大学HP
http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research/research_results/2014/141119_1.html

15.Eric M. Hill, and Christian P. Petersen, Wnt/Notum spatial feedback inhibition controls neoblast differentiation to regulate reversible growth of the planarian brain., Development,  vol. 142:  pp. 4217-4229;  (2015)  doi: 10.1242/dev.123612
http://dev.biologists.org/content/142/24/4217
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4689217/

16.Sushira Owlarn and Kerstin Bartscherer, Go ahead, grow a head! A planarian's guide to anterior regeneration. Regeneration., vol. 3(3)., pp. 139-155, (2016)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/27606065

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2018年5月 4日 (金)

生物学茶話@渋めのダージリンはいかが104: 脳のはじまり1

さまざまな動物門のなかで海綿動物だけは脳・神経系をもっていません。彼らは心臓血管系などの臓器ももっていないので最も原始的な多細胞生物のグループだと考えられています。ただ彼らもカンブリア紀あるいはそれ以前から何億年もかけて、それなりに進化しているので原始的という言葉は適切ではないかもしれません。おそらく私達には想像もつかないような生き方を創造して、現代でも繁栄しているのでしょう(1)。

現在生きている動物のグループで、最もシンプルな神経系をもっているのは刺胞動物門(ヒドラ・クラゲ・イソギンチャク)と有櫛動物門(クシクラゲ)の生物です。最もシンプルとは言っても、何度も言うように彼らもカンブリア紀あるいはそれ以前から何億年もかけて進化しているので、それなりに必要十分な神経系なのでしょう。ヒドラの触手と私達の手とどちらが器用かというと一概には言えないかもしれません。そもそも彼らの触手には毒針が装備されていて、触るだけでエサが麻痺して食べられるのを待つだけになるのです(2)。弓矢や鉄砲を使わないとエサがとれなかった私達より素晴らしいと思います。

図1はヒドラの神経を神経特異的に存在する RFamide peptide (3)の免疫染色で可視化したものです(4-6)。ヒドラの神経細胞は口の周囲に特に密集しています(図1B、C)。触手の動きと連携してエサをとることが最も神経系の重要な役割なのでしょう。おそらく周口神経環(図1B)が口と触手の動きを統合しているのでしょう。小泉らはこれを中枢神経系としています(6)。刺胞動物や有櫛動物には、まだ脳らしき臓器は存在しません。胴体にも神経細胞は存在し、しっかり連絡もしているようですが、口の周囲に比べると数は少ないようです(図1D)。

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図2はクラゲの場合ですが、これも図1と同様な方法で神経を可視化したものです(5、7)。クラゲの場合、口の周りにも神経細胞の集中はみられますが、むしろ傘と触手の境目にぐるりと集中している部分があり、神経環が形成されています(図2)。固着生物であるヒドラと違って、クラゲの場合は泳ぐことが重要であることが推測されます。神経環は内側と外側の2重構造になっています(図2B)。外側は触手、内側は傘の動きを統合する役割なのでしょうか?

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刺胞動物は2胚葉動物であるにもかかわらず、立派な筋肉を持っていて触手を自在に動かしています。この筋肉は3胚葉動物の筋肉とは異なり、皮膚を兼ねた役割を果たしています。おそらく独自に進化したものなのでしょう(8)。

現存する生物の中では、プラナリアが最も最初に脳らしき臓器を獲得したと考えられています。彼らは腹部神経索と脳からなる中枢神経系をもっています(9、図3)。図3では、Proprotein convertase 2 という神経特異的に存在する蛋白質分解酵素のmRNAを染色して、神経組織を可視化したものです。ここで明らかなように、プラナリアの眼の腹側頭部に、神経細胞が集中した脳らしき構造が見えます。

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理研の Cebria、小林ら(阿形研究室、図4)によって、プラナリアの脳形成に必要な遺伝子である nou-darake(ndk) が発見されています(10)。この遺伝子の発現を阻害すると、頭部だけでなく体の各所に脳ができてしまいます(図4)。遺伝学では、その遺伝子が欠損するとどのようなことが起こるかということを遺伝子名にすることが多いので、この遺伝子は「脳だらけ(ndk)」と命名されました。Cebria氏 はカタルーニャ人で、現在はバルセロナ大学生物学部の教授です(11)。小林氏は奈良県立医科大学・永渕研のスタッフをしておられるようです(12)。

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普通に考えれば、ndkは脳の形成を阻害する因子なので、頭部には少なく尾部に多いはずだと思われますが、実際には頭部に多く尾部に少ないという驚くべき分布になっています(図5)。なぜでしょう? 

ndk遺伝子がコードする蛋白質は、FGF受容体ファミリーと相同性のある、2つのイムノグロブリン細胞外ドメインをもつ1回膜貫通型蛋白質ですが、細胞内ドメインにはキナーゼ活性は存在していないとされています(13)。このことからFGF受容体に結合して脳形成を促す因子が、とりあえずndk蛋白質に結合して頭部に局在することになり、その後なんらかの機構によってFGF受容体に受け渡されて脳形成が行なわれると考えられているようです(9)。

ただ図5ではndk遺伝子の発現を阻害した場合、咽頭より後部の脳形成活性は急激にゼロとなっていますが、図4のように尾部端まで脳らしきものが見られる場合もあるようで、一筋縄ではいきそうにもない感じもします。

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プラナリアの脳というのは何をするために必要なのでしょうか? ひとつはプラナリアは眼をもっていて、光を当てるとそこから逃げて暗い安全な場所に移動しようとします。このためには眼という感覚器官からの情報を解析して、筋肉を逃避という行動に向けて統合的に動かさなければなりません(9)。もっと重要なのは、エサから出る化学物質を検知して、エサに接近する行動をとらなければなりません(14)。また体がさまざまな構造体に接触することを感知し、安全な場所に移動したり、エサの場所を記憶したりするのでしょう。この他全身の温度感知細胞の情報を脳に集めて、低温の方向に移動するという行動も知られています(15)。

それではプラナリアを頭部と尾部に切断すると、頭部はエサの場所を覚えて居るけれども、尾部は忘れてしまうということになるのでしょうか? この疑問についてショムラットとレビンは非常に洗練された実験で答えを出しました(16)。

プラナリアは光を避けて暗い方に移動する性質があり、またオープンスペースを避けて壁際など狭い場所に潜り込む傾向があります。ショムラットとレヴィンはシャーレの縁を除く大部分を削りザラザラにして、そのスペースに出て行ったらエサがあるという状況を学習させます。さらにそのエサにスポットライトを当てて、光があってもそこにエサがあることを学習させます。学習していないプラナリアはシャーレの縁ばかりをぐるぐる回ってなかなかエサにたどりつきませんが、学習したプラナリアは短時間でエサにたどりつきます(図6)。学習効果は少なくとも2週間は認められました。

驚くべきは切断した尾の方から頭を再生した個体も、切断される前の学習効果が完全に失われてはいなかったことです。これはプラナリアの神経索か末梢神経に記憶が残っていることが示唆されます。これは脳をもたないヒトデが景色を覚えているということを考えると、それほど不思議なことではないかもしれません。あるいはプラナリアは情報の統合や行動の決定は脳で行なうにしても、記憶は脳と神経索でシェアしているのかもしれません。脳で行なうことすべてを神経索も一部行なっている可能性、さらには末梢神経が記憶に関与している可能性もあります。

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京都大学の西村はプラナリアの中枢神経系の発生に関わる82個の遺伝子を同定し、このうち91%が同じ扁形動物である住血吸虫のゲノムにも相同配列が存在することを確認し、プラナリアは住血吸虫との共通祖先から分岐する以前に中枢神経系を獲得していたことを示唆しています(17)。またこのうち3分の1は住血吸虫では発現が検出されなかったことから、寄生生活を続けるうちに住血吸虫はある意味退化したものと思われます。

プラナリアは自切によって無性生殖を繰り返すうちに、その全能性幹細胞に多数の変異が発生するそうです(17、18)。そうすると無性生殖を繰り返す中で、環境に適応した幹細胞が選択されて(細胞レベルでのクローニングと言えます)、その遺伝子が有性生殖によってまた子孫に伝達されるというシステムが存在することになり、これはわれわれのような有性生殖しか行なわない生物にくらべて、環境に適応しながら種を保存するという目的からみると、圧倒的に有利であることは明らかです。こうしてみると私達が高等生物で、プラナリアは下等生物と言うのはちょっと傲慢かなとも思います。

参照

1)世界の不思議 海綿 
https://ameblo.jp/jiyon7125/entry-10192505717.html

2)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%89%E3%83%A9_(%E7%94%9F%E7%89%A9)

3)大杉知裕、脊椎動物の脳におけるRFamideペプチドの起源を探る—円口類からのアプローチ—、比較内分泌学 vol.36, no.136, pp. 31-38 (2010)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/nl2008jsce/36/136/36_136_31/_pdf

4)https://invbrain.neuroinf.jp/modules/htmldocs/IVBPF/Hydra/hydra-nervous-system.html

5)小泉修 神経系の起源と進化: 散在神経系よりの考察、比較生理生化学 vol.33, no.3, pp. 116-125 (2016)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/hikakuseiriseika/33/3/33_116/_pdf

6)Koizumi O. et al, The nerve ring in cnidarians: its presence and structure in hydrozoan medusae., Zoology (Jena). vol.118, no.2 pp. 79-88. (2015)
doi: 10.1016/j.zool.2014.10.001. Epub 2014 Nov 8.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25498132

7)小泉修 刺胞動物の神経系 Nervous System of Cnidaria、Invertebrate Brain Platform
https://invbrain.neuroinf.jp/modules/htmldocs/IVBPF/Hydra/Cnidaria-nervous-system.html

8)Patrick R. H. Steinmetz et al., Independent evolution of striated muscles in cnidarians and bilaterians., Nature vol. 487, pp. 231–234 (2012)
doi:10.1038/nature11180

9)Umesono Y and Agata K.,  Evolution and regeneration of the planarian central nervous system. Dev Growth Differ. 2009 Apr;51(3):185-95. doi: 10.1111/j.1440-

169X.2009.01099.x
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19379275

10)Francesc Cebria, Chiyoko Kobayashi (equal contribution) et al., FGFR-related gene nou-darake restricts brain tissues to the head region of planarians.Nature vol.

419, pp. 620-624 (2002)
doi:10.1038/nature01042
https://www.researchgate.net/publication/11085010_FGFR-related_gene_nou-darake_restricts_brain_tissues_to_the_head_region_of_planarians

11)http://www.ub.edu/planaria/

12)http://www.naramed-u.ac.jp/~biol/site/members.html

13)小林 千余子 et al.,  プラナリア頭部に特異的に発現する721HH遺伝子の役割
http://www2.jsdb.jp/kaisai/jsdb2002/edpex104.bcasj.or.jp/jsdb2002/abst/PD3-094.html

14)下山せいら プラナリアの摂食行動の解析; 摂食を誘起する化学物質の探索と定量的投与 つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2011) 10, 40
http://www.biol.tsukuba.ac.jp/tjb/Vol10No1/TJBvol10no1_ver20110217.pdf#search=%27%E3%83%97%E3%83%A9%E3%83%8A%E3%83%AA

%E3%82%A2%E3%81%AE+%E8%84%B3%E5%86%8D%E7%9B%A4%27

15)https://scienceportal.jst.go.jp/news/newsflash_review/newsflash/2014/11/20141120_01.html

16)Tal Shomrat, Michael Levin, An automated training paradigm reveals long-term memory in planaria and its persistence through head regeneration
Journal of Experimental Biology  2013  :  jeb.087809  doi: 10.1242/jeb.087809  Published 2 July 2013
http://jeb.biologists.org/content/early/2013/06/27/jeb.087809
http://jeb.biologists.org/content/jexbio/early/2013/06/27/jeb.087809.full.pdf

17)西村理 京都大学学位論文 プラナリアDugesia japonicaのゲノム解析による、脳の進化および無性/有性生殖サイクルに関する考察 (2016)
https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/215189/1/yrigr01554.pdf

18)Nishimura O.et al., Unusually Large Number of Mutations in Asexually Reproducing Clonal Planarian Dugesia japonica.
PLoS One., vol.10(11) (2015) :e0143525. doi: 10.1371/journal.pone.0143525. eCollection 2015.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4654569/

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