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2018年1月29日 (月)

生物学茶話@渋めのダージリンはいかが99: 初期発生と情報伝達1

ヒトは一人では生きられないといいますが、多細胞生物の細胞も1個では生きられません。他の細胞が発したシグナルを受け取って、自分が何をすべきかを判断するというシグナル伝達のウェブのなかで多細胞生物の中の細胞は生きています。情報はホルモン、フェロモン、サイトカインなどの生理活性物質、神経伝達物質、臭い、光などで細胞に伝えられますが、それらを細胞膜で受け取って細胞内に伝えるのがGタンパク質共役受容体(G protein coupled receptor = GPCR)であり、これは生命の本質と極めてかかわりの深い物質と言えます(1)。

GPCRはヘビのようにクネクネと分子を折れ曲がらせて細胞膜を7回貫通しているタンパク質で、糖鎖(N-グリカン)と脂質(パルミトイルグループ)を結合しています(図1)。細胞膜の外側にはみ出した部分に情報物質を受け取る受容体部分があり、ここにリガンドが結合することによってタンパク質全体が構造変化を起こして細胞内に情報を伝えます(図1)。現在ヒトでは約800種類のGPCRの存在が報告されています。ほとんどの動物はGPCR分子群を保持していると考えられています(1)。この分子を発見した功績でブライアン・コビルカとロバート・レフコヴィッツは2012年のノーベル化学賞を受賞しました(2、図1)。本稿で後に出てくる wnt (ウィント)はGPCRグループの分子です。

図1はウィキペディアから借用した図で、細かいことが色々掲載されていますが、とりあえずGPCRには細胞外につきだした部分、細胞膜に埋め込まれた部分、細胞内に垂れ下がっている部分の3つの領域があることを見ておいて下さい。

 

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幹細胞などの未分化な細胞に何ができるかというと、それは分化と増殖です。それともうひとつ、なにも変化しないでそのまま待機するというのも大事な役割ではあります。極限的な幹細胞は卵ですが、卵も受精するまではなるべく変化しないで待機しているのが普通です。そして受精すると一気に活性化します。受精したばかりの卵は細胞分裂を行なうと共に、あらゆる細胞に分化するポテンシャルを持っており、さまざまなシグナルによって制御されながら分化への道を歩み始めます。細胞を導くシグナルは多様ですが、とりわけ Wnt、TGF-β、FGFなどのグループに所属する分子群は様々な指示を細胞に与える情報伝達物質で、初期発生においても重要な役割を果たしています。

Wnt1は例えばマウスでは370個のアミノ酸からなる分子量41,086のタンパク質で、4ヶ所に糖鎖が結合し、1ヶ所に脂質が結合しています(3)。Wntシグナル伝達経路は単細胞生物・植物・カビ・細菌などにはみられませんが、海綿を含むほとんどの動物(メタゾア)には存在すると考えられています(4)。また単細胞生物にもいくつかのモジュール(経路の一部)は存在するので、これらをうまく組み合わせることによって多細胞生物が成立し得たとも考えられます(4)。

Wntシグナルはショウジョウバエの wingless変異体を Shope が発見したことが発見の契機となったと様々な文献に書いてあるのですが(4-6)、オリジナルの引用はありません。ひょっとするとヒンディー語で書いてあるので引用できないなどということがあるのでしょうか? そういうわけで肖像写真も発見できず、図2に載せられなくて残念です。Wingless変異体群のなかにはWntだけでなく、dishevelled などさまざまなWntシグナル伝達経路の要素となる分子の遺伝子変異体が網羅されていました。

哺乳類の Wnt はショウジョウバエのホモログとしてみつかったのではなく、図2に写真を掲載したNusseとVarmusがマウスの乳がん原因遺伝子としてint-1をクローニングしたら(7)、それがたまたまショウジョウバエのwinglessのホモログらしいことがわかって、折半して Wnt-1と改名したのが真相のようです(8)。現在では哺乳類においては19種類のWntが同定されています(9)。

 

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標準的なWntシグナル伝達系で重要な役割を果たすのが β-カテニンというタンパク質です。β-カテニン(β-Cat)は通常は構造タンパク質として図3の左図のように、カドヘリンに結合して細胞接着を実行する複合体の一部に組み込まれています。このとき余剰のβ-Catは分解複合体に吸収されてリン酸化され、これが目印となって分解されてしまいます(10、図3)。

ところが Wnt シグナルが存在するとβ-Cat分解複合体が形成されず、細胞質に浮遊するβ-Cat は核にとりこまれて転写因子として機能します(11、12、図3)。同じ分子に全く異なる機能を持たせるというのは危険な選択だと思いますが、このようなやり方を生物は選択したわけです。

 

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Wntシグナル伝達系はβ-カテニンを介した転写制御以外にも、プロフィリンをはじめとするアクチン結合因子などを介して細胞骨格を制御する機能も持っています(13-15、図3)。胞胚から嚢胚に移行する過程で細胞は変形したり、テンションを与えたり、移動したりするので、Wntシグナル伝達系は様々な方法でこのようなプロセスを制御していると考えられます。Wnt に関してはNusseがWntホームページを運営しているようなので、わからないことがあれば訪問してみると良いかもしれません(16)。

Wntシグナル伝達系にはこれまで述べてきた標準的(canonical)経路以外に、いくつかの非標準的(noncanonical)な経路も報告されています。発展途上の分野でもあり詳しく述べることはできませんが、アクチン結合タンパク質を介してアクチンの重合を制御し、細胞骨格の再編成するという効果をもたらす経路があるようです(17、図4)。胞胚から嚢胚に至る過程で、細胞はさかんに形態変化や移動を行なうので、活発な細胞骨格の活動は欠かせません。

 

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さてWntシグナルに続いて重要な情報伝達系としてTGF-β スーパーファミリーが関与するものがあります。最初の発見者はアソイアンらとされています(18)。リチャード・アソイアンは現在ペンシルベニア大学で薬理学の教授をやっていますが、若い頃ニューヨーク市街をドライヴ中に銃撃され左目を失うという悲劇を経験しています(19)。運が悪かったのでしょうか、それとも命があっただけ運が良かったのでしょうか?

Wntと同様TGF-βも様々な多細胞生物にユニバーサルに存在し、23の異なる遺伝子がみつかっています(20)。アンドリュー・ヒンクによって、それらの分子進化的な関係も明らかにされています(21、図5)。

 

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これらのTGF-β スーパーファミリーのなかから、まずBMPをみてみましょう。BMPは bone morphogenetic protein (骨形成因子)の略称で、ウォズニーらによって1988年にはじめて遺伝子が同定されて、TGF-β スーパーファミリーのメンバーであることがわかりました(22)。現在BMPと名前が付けられている分子はヒトでは12種類あるそうですが(図6でGDFという名前がつけられているものも含めると15種類)、それらが本当に近縁なグループではかならずしもありませんし(図5)、またすべてに骨を形成させる活性があるわけでもありません。モノマーの分子量は多くは2~3万程度です。

 

このファミリーのタンパク質は wnt と同様、細胞の外から細胞膜の受容体に結合することによって生理作用を惹起するリガンドです。その受容体はwnt とはことなり、GPCR(7回膜貫通タンパク質)ではなく1回膜貫通タンパク質です(図6)。細胞内の領域にはセリン・スレオニンキナーゼの活性部位があります。BMPは骨形成を促進する作用とは別に、初期発生においても中胚葉の誘導などに重要な役割を果たしていることが示唆されています(23-25)

BMP受容体(レセプター)には1型と2型があり、それぞれ2分子づつ合計4分子でリガンドを受け止めます(図6)。4つの分子が受容体のサブユニットのような形になっています。リガンドが結合すると2型のセリン・スレオニンキナーゼによって1型のGSボックスという部位がリン酸化されて、1型のセリン・スレオニンキナーゼ酵素活性部位が活性化されます(23、図6)。これによってsmad1、smad5、smad9がリン酸化され,次いでこれらがsmad4と複合体を作ることによって核へ移行し,転写活性を制御することになります。またsmad を介さない経路もあることがわかっています(23、図6)。

 

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次にFGFについてもふれておきましょう。FGFはFibroblast growth factor(繊維芽細胞増殖因子)の略称で、最初はフーゴ・アーメリンによって報告されました(26)。現在脊椎動物には22種類のFGFが報告されており、ヒトも22種類のFGFを持っています(27、28)。分子量は17kDa~34kDaで様々であり、FGFグループに所属する分子種間の相同性は高くないようですが、それぞれの分子種の動物種間での相同性は極めて高いそうです(28)。NCBIのデータバンクで Fibroblast growth factor 遺伝子の塩基配列を検索すると33610件ヒットしたのでびっくりしました(29)。

FGF受容体は免疫グロブリンスーパーファミリーに所属するタンパク質で1回膜貫通タンパク質です。脊椎動物は4種類のFGF受容体を持つことが知られています。受容体分子は細胞外に免疫グロブリン様ドメインを2または3個持っています(オルタナティヴスプライシングによって変化する)。免疫グロブリンでは抗原を結合するサイトですが、FGF受容体ではFGFを結合します(29、30、図7)。

免疫グロブリンドメインは図7のようにβシートがいくつも折り重なったような構造になっています。FGF受容体は細胞内にチロシンキナーゼドメインを1分子について2個づつ持っており、これでさまざまな分子をリン酸化することによって最終的に転写因子を核内に送り込む役割を持つカスケードを発動します。

 

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初期発生に重要な役割を持つと思われるいくつかの情報伝達系について述べてきましたが、wnt はショウジョウバエの翅形成不全から、BMPは骨形成因子として、FGFは繊維芽細胞形成因子としてみつかったものです。サイエンスは目的めざして一直線に進むものではありません。とんでもなく遠いところから必要なものをひろってきてつなぎあわせ、パズルを解いていかなければなりません。

 

参照

1)https://en.wikipedia.org/wiki/G_protein%E2%80%93coupled_receptor

2)https://www.nobelprize.org/nobel_prizes/chemistry/laureates/2012/press.html

3)UniProtKB - P04426 http://www.uniprot.org/uniprot/P04426

4)Thomas W. Holstein, The Evolution of the Wnt Pathway., Cold Spring Harb Perspect Biol. (2012)  Jul; 4(7): a007922. doi:  10.1101/cshperspect.a007922
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3385961/

5)太田 訓正、河野 利恵、脳科学辞典「wnt」 
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/Wnt

6)wikipathologica WntタンパクとWnt/βカテニン経路
http://www.ft-patho.net/index.php?Wnt%20protein

7)R Nusse, H E Varmus,  Many tumors induced by the mouse mammary tumor virus contain a provirus integrated in the same region of the host genome. ,
Cell: vol. 31(1); pp. 99-109 (1982)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/6297757

8)濃野勉 「Wntファミリーと形態形成」 現代医療 vol. 32, pp. 1912-1921 (2000)
http://www.kawasaki-m.ac.jp/molbiol/WntRevMS00.pdf

9)山本英樹 「Wnt シグナル伝達経路の活性制御と発がんとの関連」 生化学第80巻第12号,pp.1079-1093,(2008)

10)Liu C, Li Y, Semenov M, Han C, Baeg GH, Tan Y, Zhang Z, Lin X, He X. Control of beta-catenin phosphorylation/degradation by a dual-kinase mechanism. Cell  Vol. 108: pp. 837–847. (2002)
http://www.cell.com/cell/fulltext/S0092-8674(02)00685-2?_returnURL=http%3A%2F%2Flinkinghub.elsevier.com%2Fretrieve%2Fpii%2FS0092867402006852%3Fshowall%3Dtrue

11)Miranda Molenaar et al.,
XTcf-3 Transcription Factor Mediates β-Catenin-Induced Axis Formation in Xenopus Embryos., Cell Vol. 86, Issue 3, pp.391–399, (2009)
https://www.morebooks.de/store/gb/book/role-of-tcf-in-body-axis-formation/isbn/978-3-8383-2052-6

12)Behrens, J., von Kries, J. P., Kuhl, M., Bruhn, L., Wedlich, D., Grosschedl, R., and Birchmeier, W.,  Functional interaction of beta-catenin with the transcription factor LEF-1. Nature 382, pp. 638-642. (1996)

13)Patricia C. Salinas, Modulation of the microtubule cytoskeleton: a role for a divergent canonical Wnt pathway., Trends in Cell Biology., Vol. 17, Issue 7, pp. 333–342,  (2007)  http://dx.doi.org/10.1016/j.tcb.2007.07.003
http://www.cell.com/trends/cell-biology/fulltext/S0962-8924(07)00136-5

14) Stamatakou E, Hoyos-Flight M, Salinas PC, Wnt Signalling Promotes Actin Dynamics during Axon Remodelling through the Actin-Binding Protein Eps 8.
PLoS One. 2015 Aug 7;10(8):e0134976. doi: 10.1371/journal.pone.0134976. eCollection (2015)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/26252776

15)Akira Sato, Deepak K. Khadka, Wei Liu, Ritu Bharti, Loren W. Runnels, Igor B. Dawid, Raymond Habas, Profilin is an effector for Daam1 in non-canonical Wnt signaling and is required for vertebrate gastrulation., Development  Vol. 133:  pp. 4219-4231 (2006)  doi: 10.1242/dev.02590 

16)Roel Nusse:The Wnt homepage:
https://web.stanford.edu/group/nusselab/cgi-bin/wnt/node/269

17)Yuko Komiya and Raymond Habas, Wnt signal transduction pathways., Organogenesis. , Vo. 4 (2):  pp. 68–75. (2008)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2634250/#__sec4title

18)Assoian RK, Komoriya A, Meyers CA, Miller DM, Sporn MB,  "Transforming growth factor-beta in human platelets. Identification of a major storage site, purification, and characterization". J. Biol. Chem. vol. 258 (11): pp. 7155–7160. (1983)

19)http://www.nytimes.com/1987/03/21/nyregion/professor-loses-eye-in-shooting-on-broadway.html

20)https://en.wikipedia.org/wiki/Transforming_growth_factor_beta_superfamily

21)Andrew P. Hinck, Structural studies of the TGF-βs and their receptors – insights into evolution of the TGF-β superfamily., FEBS Letters, Vol. 586, Issue 14, pp. 1860-1870 (2012)
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0014579312004036

22)JM Wozney et al., Novel regulators of bone formation: molecular clones and activities., Science Vol. 242, Issue 4885, pp. 1528-1534 (1988)
DOI: 10.1126/science.3201241
http://science.sciencemag.org/content/242/4885/1528

23)三品 裕司、BMPシグナルの多彩な機能̶̶ 初期発生から骨格形成まで.,  生化学 第89 巻第3号,pp. 400‒413(2017)
https://seikagaku.jbsoc.or.jp/10.14952/SEIKAGAKU.2017.890400/data/index.html

24)Mishina, Y., Suzuki, A., Ueno, N., & Behringer, R.R., Bmpr encodes a type I bone morphogenetic protein receptor that is essential for gastrulation during mouse embryogenesis. Genes Dev., vol. 9, pp. 3027‒3037. (1995)
http://genesdev.cshlp.org/content/9/24/3027

25)Beppu, H., Kawabata, M., Hamamoto, T., Chytil, A., Minowa, O., Noda, T., & Miyazono, K. , BMP type II receptor is required for gastrulation and early development of mouse embryos. Dev. Biol., 221, 249‒258. (2000)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/10772805

26)Hugo A. Armelin, Pituitary Extracts and Steroid Hormones in the Control of 3T3 Cell Growth., Proc Natl Acad Sci U S A.,  Vol. 70(9): pp. 2702–2706. (1973)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC427087/

27)https://en.wikipedia.org/wiki/Fibroblast_growth_factor

28)David M Ornitz and Nobuyuki Itoh, Fibroblast growth factors.,  Genome Biology vol. 2: reviews 3005.1 (2001)
https://genomebiology.biomedcentral.com/articles/10.1186/gb-2001-2-3-reviews3005

29)https://www.ncbi.nlm.nih.gov/nuccore/?term=fibroblast+growth+factor

30)https://en.wikipedia.org/wiki/Fibroblast_growth_factor_receptor

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2018年1月16日 (火)

生物学茶話@渋めのダージリンはいかが98: 原腸と胚葉

動物の発生を研究業績として残した最初の人はアリストテレスということになっています。彼が残した「De Generatione Animalium」という本は詳細な研究書で、アリストテレスがかなり熱心に動物の発生を観察した結果が記載されています。Arthur Platt が英語に翻訳して1910年に出版した本をウェブサイトで読むことができます(1、図1)。

私は「De Generatione Animalium」を全部読むつもりはありませんが、毛髪については「老化するにつれて少なくなるが、生命が存在する限り伸びる」と書いてありました。さらに「死後も伸びる」と書いてありますが、これは現在では皮膚がひからびるために「伸びたように見える」という錯覚に基づくものとされています。

 

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近代になって発生学を生物学の中でメジャーなものとしたのは、シュペーマンとマンゴルトによるオーガナイザーの発見でしょう。彼らはイモリの原腸胚の原口背唇部(図2の橙色の部分)を反対側にも移植すると、反対側にも神経管・頭部が形成されて、いわゆるシャム双生児のような上半身がふたつある個体の生物が発生してくることを発見しました(2、3、図2)。しかし原腸胚の時期を過ぎると、移植してもそのようなことは起こりません(2)。

このことは、オーガナイザーによって神経管、上半身、脳などの発生が誘導されることを意味します。すなわち発生は決して神秘的な現象ではなく、科学で追求できる現象であることが明らかになりました。ヒルデ・マンゴルトはこのような大発見をしたことによって、カイザー・ウィルヘルム生物学研究所で研究指導者のポジションを獲得し、私生活でも図2のように子供を設けて輝かしい未来が開けたと思ったその時に、キッチンでの爆発によって1924年に25才で世を去りました(4)。誠に人生は理不尽です。一方ハンス・シュペーマンは72才まで生きて、1935年にはノーベル生理学・医学賞を授賞しました(5)。

 

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動物発生の最初に起こるべき事は体軸の形成ですが(6)、その次に起こるべき事は口から肛門に至る消化管という管の形成です。それまで球形だった胚を貫通するトンネルができるわけです。ウニなどの場合、シンプルに球の一部がへこんで、そのままへこみが拡大伸長してトンネルが形成されます。このトンネルが原腸です。原腸形成は、将来消化管となるトンネルができること以外にも重要な意味を持っています。

すなわちへこんだ部分の細胞と外側に残った細胞では、それぞれ将来どのような生体構造を分化させるかという運命が違うことになります。へこんだ部分の細胞を内胚葉、外側に残った細胞を外胚葉といいます。これ以外に、卵割腔のなかに落とし込まれた細胞(図3のウニ卵の中の赤い細胞)が中胚葉を形成します。なお図3の一部はKasui's Family のサイト(http://y-arisa.sakura.ne.jp)から借用させていただきました。御礼申し上げます。

カエルなどの場合少し複雑で、最初にへこんだ部分そのものが原腸になるわけではなく、その周辺の細胞が引きずられて内部に陥入し原腸を形成します(図3)。脊椎動物では一般に陥入した細胞は内胚葉を形成せず、中胚葉に分類される細胞群となり、分化して脊索という結合組織を形成して、それに沿って脊索の背側に神経管が誘導形成されます。ウニなどと違ってカエルの場合、卵の内部が原腸陥入以前から、かなり細胞で埋まっています(図3)。この内部を埋めている細胞が内胚葉を形成します。

 

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原腸形成の契機となる原口の形成はどのようなメカニズムではじまるのでしょうか? それは外胚葉の一部にボトル細胞群という部分があり、ここにある細胞(ボトル細胞)は最初は円柱状ですが、外側の外界と接している部分が収縮して縮まり、コルベンをさかさにしたような形、あるいは牛乳瓶をさかさにしたような形になって「へこみ」が形成されます(図4)。

この「へこみ」に沿って図4のように細胞が胚の内部に陥入していって原腸が形成されます。ボトル細胞底面の収縮は筋肉と同様F-アクチンとミオシンの相互作用によります(図4)。このことを解明したのは Jen-Yi Lee と Richard Harland です(7)。ハーランド研のホームページに Jen-Yi Lee の名前はありますが、残念ながら消息はつかめませんでした(8)。

 

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鳥類や哺乳類では原口(ブラストポア)ではなく、原条(プリミティヴストリーク)という渓谷状の構造ができて、そこに細胞群が落ち込んでいきます(図5、図6)。ジオメトリックな意味で、両生類とくらべて陥入の方向が90度回転し、かつ2方向に分かれています。落ち込んだ細胞は中胚葉を形成し、残った細胞は外胚葉を形成します。同時に内胚葉も形成されます(図6)。鳥類・哺乳類におけるヘンゼン結節(図6)は、両生類の原口背唇部(オーガナイザー)に相当します。図6はodontologi.wikispaces.com のサイトから借用しました(9)。

 

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胚葉という概念はラトヴィア出身の発生学者クリスチャン・ハインリッヒ・パンダーによってもたらされました(10、11、図7)。彼はニワトリの発生の形態学的研究から、中胚葉から血管が発生することを発見しました。図7のニワトリ胚の血管の図はパンダ-が描いたものです(10)。彼はニワトリ発生の研究を深く掘り下げないで、後に動物化石の研究者になりました。ドイツにはパンダ-協会という組織がありますが、これは発生学者の会ではなく、考古学者の会です。

しかし彼の発生学における業績は、エストニア出身の友人であるカール・エルンスト・フォン・ベーア(図7)によって引き継がれました。ベーアはヒトを含む哺乳類の卵を発見したほか、脊椎動物の特徴として、まず脊索ができるということを示しました。また動物は発生の初期ほどよく似ていて、発生が進むにつれて違いがでてくるという考え方を生み出しました(12)。これはベーアの法則「胚の形成において,ある群のすべての構成員にみられる器官の一般的な性質のほうが,その群の個々の構成員を識別する特殊な性質よりも前に出現する・・・他」の根幹をなす考え方です。

フォン・ベーアは1828年に「Über Entwickelungsgeschichte der Thiere」という本を出版していて、この本はパンダ-に捧げられています(13)。倉谷滋はこの本を読んだらしく、評論しています(14)。少し引用させていただきます。ちなみにパンダーやフォン・ベーアはチャールズ・ダーウィンより十数年前に生まれています。この本が出版されたとき、まだエルンスト・ヘッケルは生まれていません。

・・・「進化の認識が標準となったヘッケル以前は、発生が「進化を反復する」のではなく、「生物の序列を反復する」と考えられた。アリストテレス以来、この世には「下等な長虫」から始まり、カエルやトカゲを経て哺乳類、さらにヒトへと至る序列があり、この順番とヒトの発生過程、化石が出現する順序に並行関係があると考えられた。しかも哺乳類の胎児は、硬骨魚や両生類の親と直接比較されていた。フォン=ベーアは、この古典的反復説を現代的バージョンへと改訂するための橋渡しをした人物である。

本書のなかで彼は「発生法則」を提唱、ある動物の胚が別の動物の親ではなく、胚に似ること、動物の一般的特徴が個別的特徴よりも早く現れることなどを指摘した。そうして彼は、当時の反復説を「否定」していたのだ。ところが同時にフォン=ベーアの考えは、胚の発生過程が、脊椎動物→四足動物→羊膜類→哺乳類→霊長類→ヒトのように、分類学的入れ子の順序で進行することを主張するものでもある。これを系統的に焼き直せば、ヘッケルの反復説そのものになる。

このようなわけで現代の我々には、反復説の父として、また、その否定者としてのフォン=ベーアがともに現われることになる。彼自身はあくまで「否定」しているつもりだった。が、歴史を振り返る機会を与えられている我々は、はっきりと「現代版反復説の父」として記憶にとどめるべきだろう。ちなみに本書は、ニワトリ胚に3つの胚葉があること(胚葉説)を記した最初でもある。これによって比較形態学は発生学的根拠を得、同時に前成説も力を失ってゆく。当時にあって、実に画期的に科学的な本なのである。」・・・

だそうです。

 

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原腸形成と同時に生成された内胚葉・中胚葉・外胚葉から、その後の発生過程の中でさまざまな臓器や生体組織が形成されてくるわけですが、それぞれの胚葉からどんな臓器・組織ができあがってくるかリストアップしておきます(図8)。より詳細を知りたい方は文献(15)などを参照して下さい。

3胚葉からそれぞれの臓器・組織が分化してくるというのは非常に伝統的な知見で、もちろん根拠はそれなりにあるのですが、実はそれ以外にX胚葉とかY胚葉というものを想定して、そこから分化してきたと考える方が実態に近い可能性も残されています。つまり3胚葉に分化する時期前後に、ある別の細胞グループが独自に発生運命を定められているという可能性はあります。例えば図8の外胚葉系に含まれる神経堤は別の胚葉とした方が良いという考え方もあります。

 

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神経堤(Neural crest)という言葉はいままで出てこなかったので、図9で説明します。両生類・爬虫類・鳥類・哺乳類のグループは、原腸陥入によって陥入した細胞の一部が脊索という組織をを形成し、その脊索の誘導によって背側の外胚葉が第2の陥入を起こして神経管が形成されます(図9)。このとき陥入して神経になる細胞群と、とどまって表皮組織になる細胞群の中間の位置に、図9で緑色に彩色した細胞群があります。この細胞群は神経管が形成される途中で、堤防のような位置に存在することから神経堤とよばれることになりました(図9)。

 

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神経堤細胞群は自身が様々な細胞に分化すると共に、他の細胞の分化を誘導する役目も果たしているようです(16、図10)。ウィキペディアにしたがって、図10にそれらのリストをアップしました。

 

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参照

1)Aristotole「De Generatione Animalium」translated by Arthur Platt
Oxford at the Clarendon Press (1910)
https://archive.org/details/worksofaristotle512aris

2)Spemann, Hans und Mangold, Hilde (1924) Über Induktion von Embryonalanlagen durch Implantation artfremder Organisatoren. Archiv für mikroskopische Anatomie und Entwicklungsmechanik
, Volume 100, Issue 3–4,  pp. 599–638 (1924)
https://link.springer.com/article/10.1007%2FBF02108133
英訳:http://www.sns.ias.edu/~tlusty/courses/landmark/Spemann1923.pdf

3)シュペーマン&マンゴルトの方法で作成した双頭のオタマジャクシ
https://neurophilosophy.wordpress.com/2006/12/20/how-to-create-siamese-twins-or-an-embryo-with-2-heads/

4)http://embryo.asu.edu/pages/hilde-mangold-1898-1924

5)https://en.wikipedia.org/wiki/Hans_Spemann

6)http://morph.way-nifty.com/lecture/2017/12/post-1408.html
http://morph.way-nifty.com/grey/2017/12/post-7bba.html

7)Lee, J.; Harland, R. M. (2007). "Actomyosin contractility and microtubules drive apical constriction in Xenopus bottle cells". Developmental Biology. 311: 40–52. doi:10.1016/j.ydbio.2007.08.010. PMC 2744900 Freely accessible. PMID
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0012160607012559?via%3Dihub

8)Harland研究室のメンバー:http://mcb.berkeley.edu/labs/harland/formerpeeps.html

9)https://odontologi.wikispaces.com/Embryologi%2C+instuderingshj%C3%A4lp

10)Christian Heinrich Pander, Beitrage zur Entwickelungsgeschichte des Huhnchens im eye. (1817)
https://books.google.co.jp/books?id=cEdfAAAAcAAJ&pg=PA1&lpg=PA1&dq=Beitr%C3%A4ge+zur+Entwicklungsgeschichte+des+H%C3%BChnchens+im+Eie&source=bl&ots=wY5sKluEHN&sig=tvPTHU-Fn2B7VggwjbJ7LkpbeQc&hl=ja&sa=X&ved=0ahUKEwiVpp3QrdnYAhVBErwKHbnvBzsQ6AEILzAB#v=onepage&q=Beitr%C3%A4ge%20zur%20Entwicklungsgeschichte%20des%20H%C3%BChnchens%20im%20Eie&f=false

11)The Embryo Project Encyclopedia. Christian Heinrich Pander (1794-1865)
https://embryo.asu.edu/pages/christian-heinrich-pander-1794-1865

12)The Embryo Project Encyclopedia. Karl Ernst von Baer (1792-1876)
https://embryo.asu.edu/pages/karl-ernst-von-baer-1792-1876

13)Karl Ernst von Baer, Über Entwickelungsgeschichte der Thiere. (1828)
https://archive.org/details/berentwickelun01baer

14)倉谷滋: 反復するのか、しないのか ー フォン=ベーアの反復説? (2005)
http://www.cdb.riken.jp/emo/clm/clmj/0510j.html

15)https://discovery.lifemapsc.com/in-vivo-development/primitive-streak

16)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E7%B5%8C%E5%A0%A4

 

 

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