カテゴリー「小説(story)」の記事

2024年5月 2日 (木)

あの自動販売機まで せーので走ってみよう

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気がつくと 昔見たSF映画のように
チューブを通ってワープしていた

デカルトは「我思う ゆえに我あり」と言ったが
スクワイヤとカンデルによると、それは間違い
「我記憶する ゆえに我あり」が正解だそうだ

そんなことを考えていたら 突然
私は見知らぬ街に放り出された
呆然と辺りを見回していると
サラがまっすぐにこちらにやってきた
そして私に「お前も仲間に入れてやるから、ここで暮らしな」
と相変わらず女王様口調で言った

いつの間にかミーナも現れて3匹で歩いていると
向こうの方にベンダーが見えた
先を歩いていたミーナが振り返って私に言った
「あの自動販売機まで せーので走ってみよう
あなただけが 私のヒーローだから」

Let's have a race to that vending machine.
You are my only hero.

私がミーナと走っていると
道ばたで坂井泉水が微笑んでいるのが見えた

https://www.youtube.com/watch?v=8esQgzFfjSQ

https://www.youtube.com/watch?v=RuW3uPrYrsI

 

 

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2024年2月29日 (木)

「半島のマリア」はこんな物語です

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サラ「洞窟を探索したが異常なし」 私「了解」

「半島のマリア」はこんな物語です。

富士五湖周辺ではしばしば地震があって、そろそろ富士山の噴火も近いのではないかと予想されていた。そんななか建二と早智は富士風穴で大きな地震に遭遇し、崩壊した崖から死体を発見する。それは建二が勤務する会社に出入りしてたが、3年くらい行方不明になっていたエディだった。

ストーリーは3年前に遡る。田所は永年勤務していた会社を解雇され、東京近郊の海辺の町に移住することにした。そこで遭遇した玲華、早智、京子らに請われてギター教室をひらくことにした。玲華はボーカリストとしての才能があり、教室の生徒達でバンドを編成して東京で一旗あげようということになった。しかし彼らは第7艦隊や米国大統領もからんだとんでもない事件に巻き込まれていく。

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読み方:

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2024年1月 9日 (火)

半島のマリア 第14話:捜査(第1話 風穴 から続く)

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 第一発見者がホトケの知り合いだったとは何という幸運だろう。なにしろホトケは外国人らしい上に、スマホもパスポートも所持していなかったのだ。身元が確認できそうなので、関係者から話を聞けば自殺の理由も推定できるだろうし、すぐに処理できる案件だと小室は判断した。しかし検死の結果はあまり芳しいものではなかった。死因がはっきりとしないらしいのだ。結局血液を科捜研で検査してもらうことになって、時間がかかることになった。しかも米国人とはいえなかなか係累がみつからず、引き取り手がないまま屍体を保管することになって想定外の面倒な事態になってしまった。

 そしてしばらくすると、科捜研からとんでもないことがわかったと知らされた。血液から日本でも米国でも使用が許可されていな筋弛緩剤と思われる薬物が検出されたということだ。しかもそれは非常に不安定な物質で死体が凍結状態にあったのでなんとか検出できたが、正確な化学構造は決められないというのだ。
 
 折から富士山の噴火が近そうだと言うことで、県警は多忙を極めていたが、ともかく科捜研の報告を受けて今後の方針を決めるための会議が幹部を集めて行われた。簡単には解決できそうもない殺人事件の捜査本部を立ち上げるのは大きな負担になる。ホトケが外国人でしかも未登録の薬物による殺人と言うことになると、外国の組織による謀殺という可能性が高い。しかしそこで問題になったのは、小室刑事が第一発見者からきいたという、ホトケと関係があったとみられる日本人の女性が同時に行方不明になっているという話だった。そっちは東京の事件なので、投げられるものなら警視庁に投げたいという意見も出た。もちろん合同捜査本部を立ち上げるべきだという意見もあった。しかし会議をやっている最中にもやや大きめの地震が発生して室内灯が点滅しはじめると、みんな黙り込んでしまった。

 そんなときに警視庁から朗報?がもたらされた。マノス社関連の二人の行方不明の件は公安の外事で前からやっているので、今回の山梨の事件は警視庁で非公開の捜査を行なうということだった。県警は一気に安堵の雰囲気で充たされた。しかし「どうぞ」とは言えない。ロスバーグの死体の発見現場はあくまでも山梨なのだ。小室とあと一人英語が堪能な中野を地震関係の動員からはずしてこの事件の専従とし、警視庁の了解をとって捜査に参加させることとした。

 とはいっても警視庁の公安が田舎の刑事と情報共有するはずもなく、結局自分たちが東京で捜査しても黙認するということになったと小室は理解した。とりあえず樹海の死体を通報してくれた二人に会うことからはじめようと、建二が勤めるマノス社に行った。あらかじめ早智さんにも来てもらうようにと連絡を入れておいたので二人から話を訊くことができた。

「先日はご通報有難うございました。今日は亡くなったエディさんのことと、先日伺いました同時期に行方不明になったという玲華さんのことについてうかがいたいのですが」と小室が用件を告げると、建二は「それなら私は顔見知り程度なので、早智に訊いてもらったほうがいいと思います」と答えた。

「では早智さん、エディいやエドウィン・ロスバーグさんのことについて、ご存じのことをお話しいただけますか」
「エディさんのことはあまり知らないんですよ。私の友達の玲華がここからシンガーとしてデビューすることになっていて、同じ会社のエディさんとお付き合いしているという話は聞いています」
「ではエディさんが誰かに恨まれているとか、仕事上のトラブルとかはありませんでしたか」
「わかりません」
建二も「それは知りません」と答えた。
「玲華さんについてはどうですか」
「ふたりが行方不明になった年の夏頃ですが、最近エディが会ってくれないと玲華が言ってました」
「ほう でその理由はわかりますか」
「いえ わかりません。でも京子か田所先生には何か話しているかもしれません」
刑事達は彼らの住所をメモして「ご協力有難うございました」と言い、立ち去った。

 小室らはマノス社の他の社員にも当たってみたが、唯一長谷川部長から有益な情報が得られた。それはエドウィン・ロスバーグはマノスに出向という形をとっていたが、実際には米国政府のエージェントだったということだ。それで血液から検出された特殊な筋弛緩剤や、警視庁の公安が関心を持っていることとつながった。ならば玲華は巻き添えを食った可能性が高い。
 中野は「こんな事件 うちらで解決できますかねえ」と弱音を吐いたので、小室は「若い女性が行方不明になっているんだよ。次はロスバーグの自宅があった場所に行ってみよう」とせきたてた。

 世田谷の閑静な住宅街の一角にあるマンションの管理人は、エディのことをよく覚えていた。「前にも警察に話したんだけど、おとなしくて礼儀正しい人でしたよ。よく日本語で挨拶してくれました」と話してくれたが、「何かトラブルのようなことはありましたか」と訊くと、「神奈川の警察から車が放置されていたので、警察で保管している。引き取りに来るように伝えてくれという電話がかかってきたことがありました。エディさんが不在だったので、管理人に連絡が来たたのでしょう。でもそれから一度もエディさんを見ていません」と答えた。重要な情報だが、こんどは神奈川だ。これは署長を通さないとまずい。しかしまずいついでに残る田所という人物にも会っておこうということで、翌日ふたりは半島の田所の家を訪問することにした。

 早智の教えられたギター教室のパネルのある小径を下っていくと田所の家に着いた。田所は玲華やエディ、そしてひろたんやドローンのことも隠さず話した。ただ玲華の行方についてひろたんに聞いたことだけは話さなかった。

「ああそうだ。広田らが攻撃を受けた吹き矢を1本預かっているんですよ。フリーザーに入れてありますが、持って帰りますか?」と達也が言うと、小室はエディの血液から出た不安定な筋弛緩剤のことをすぐに思い浮かべた。

「それは不安定なものかもしれないので、あらためて準備をして受け取りにきます。それまでそのまま保管しておいてください」と小室は達也に頼んだ。田所邸を辞したあと、京子の家にも立ち寄ったが、残念ながら京子は不在だった。しかしたった2日間の聞き取りで大きな成果を得たことに小室達は興奮した。ただ田所の話に出た旧灯台にも立ち寄ったが、ボタンを押しても応答がなく、駐車場にも車はなくて人の気配が感じられなかった。さすがに撤収したのだろう。事件のストーリーはだいたいわかったが、玲華さんの行方については残念ながら情報は得られなかった。

 山梨に帰ると、いよいよ富士山が噴火するという情報がはいっていて県警には緊張が高まっていた。小室は噴火がおきてしまったら、あのエディの死体の発見現場もどうなってしまうかわからない、もう一度みておこうという気持ちがたかまってきた。帰投翌日、中野に「神奈川はあとにして、ともかくもう一度富士風穴に行こう」と言って、二人で再び死体発見現場に向かうことにした。
 
 富士風穴は観光客もなく、静かに彼らの到着を待っていた。発見現場はそのままというより、崩壊が進んでいてより危険な状態になっていた。中野は「もう一度大きいのが来るとうちらも埋まってしまうかもしれませんよ」としりごみしたが、小室はいさいかまわず穴に降りていこうとしたとき、中野の予想が当たって大きな揺れが来た。小室は階段を踏みそこない尻餅をついた。揺れはおさまらず、大きな崩壊が起こって、砂が舞い上がり何も見えなくなった。ふたりは砂埃がおさまるまでしばらく待つことにした。

 揺れが収まり、しばらくして砂埃も薄らいでくると中野が奇声をあげた「あれー、死体がまた出ましたよ」。土砂の中に人間らしきものが横たわっているのが見える。小室は「なに あ ほんとうだ」ともう一度降りていこうとした。そのとき中野がもう一度奇声をあげた「あれー マグマです マグマ」。小室が洞窟の方を見ると、マグマが一気に噴き出してくるのが見えた。小室は大声で叫んだ「退却だ、退却」。二人は全力で車まで走り、中野が震える手でハンドルをにぎってアクセルをふかした。小室が後方を見ると、マグマの「しぶき」のようなものが見えた。全身の血が逆流してきた。無線をとって小室は署に「噴火が始まりました」と時間と場所、噴火の状況などを報告した。報告を終わり、もう一度後ろを見るとマグマは見えなくなっていた。小室は中野に「事故を起こすなよ、落ち着いて運転しろ。もうマグマは見えないから大丈夫だ」と指示した。小室は心の中で、「これでもう県警でエディ達の事件に関心を持つ者など誰もいなくなるだろう」とつぶやいた。しばらくして中野は「今日見たのは男性のようでした。玲華さんではありませんね」と言った。小室はマグマに埋まってしまうであろう、新たにみつかった死体に手を合わせた。

(完)
 
この作品に含まれる物語はすべてフィクションです。実在の人物、団体、事件などにはいっさい関係ありません。

通読するにはサイドバーのカテゴリー 小説(story) をクリックしていただきますと便利です。なお第14話の写真は wikimedia commons の資料を使わせていただきました。

 

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2024年1月 6日 (土)

半島のマリア 第13話:ドローン

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 達也は半島の自宅にいたので、東京で何が起こっているのか全く知らなかったが、京子が訪ねてきて詳細を伝えてくれた。達也にも玲華が失踪する理由は全くみつからなかった。これからデビューしようとしている玲華が自ら姿を消すなんてことは考えられない。エディと付き合っていたという話には驚いたが、そういえばエディと会ったときに玲華を呼び捨てにしていたことを思い出した。しかしそのエディも行方不明とはいったい何が起こっているのだろう。京子と共に首をかしげたまま、しばらく沈黙が続いた。しかしじっとしていてもはじまらない。何かをやらなくてはいけない。

「駆け落ちする理由なんてないし、全然訳がわからない。ともかくスマホに連絡がきてるかもしれないから見てみよう 京子もみてくれ」
「わかった。うーん ないわね。そうだ、クラウドストレージになにかあるかもしれないから、念のために見てみるね。あれっ なにかあるわ」
「どれどれ、あーこれは鍵かかってるね」
「鍵かかってる玲華のファイルなんて、見たことない。いやこれフォルダーよ。フォルダーごと鍵かかってる。先生のPCにコピーして調べてみて」
「わかった コピーしよう。これヤバいファイルかもしれないからストレージからは消しとくね」
「そうしてください。こんなの抱えたままスマホを使うのは気持ち悪いし」
「昔会社にいた頃の部下に送って解錠できないか訊いてみるよ。会社には高性能のコンピュータがあるし、そいつはおたくだからなんとかなるかもしれない」
「先生、こんなことやっていて私たち大丈夫ですか?」
「でも玲華の居所を知るためのヒントがあるかもしれないよね。身代金の要求とか誘拐の証拠がなければ、行方不明者の捜索なんて警察が本気でやってくれるとは思えないからね。このフォルダーのことは当分秘密にしておこう。一応早智にも事情を話しておいてくれ。見たかもしれないからね」

 それから数日後にひろたんが達也の家にやってきた。昼食を作ってやって一服すると、彼は達也を散歩に誘って展望台まで行くことになった。達也もそこに行くのは久々だった。

「いつきてもここは気持ちがいい」
「灯台を見ろよ。今日は乗用車のほかに、大型のワゴンが止まっている」
ひろたんは双眼鏡を取り出して、その車を注視した。
「ワゴンは米国式のナンバープレートをつけてる。ひょっとするとネイビーの車かもしれんな」
「だとするとどうなんだい」
「ひょっとするとだが、あそこに玲華ちゃんがいるかもしれないよ」
「ええー それどういうこと?」
「お前は知らない方がいいことだ。明日あそこを訪問する予定なんだ。それで相談なんだが、明日1日お前の家を貸してくれないか、頼むよ ただヤバいことになる可能性もあると思っていてくれ」

 玲華がいるかもしれないなどと言われては、達也もこの申し出を断るわけにはいかない。了承するとひろたんは懐から分厚い封筒を差し出した。達也が断ると、「これは自分からの謝礼ではなくて、必要経費として上から出ているお金なんだ。だから受け取ってくれ。」と懇願された。「上って」と訊くと、「信じられないかもしれないが、米国政府なんだ」とひろたんは素っ頓狂な返事をした。しかし外国の車だの、ネイビーだの、そういえばあの旧灯台は米軍が買収したというような話を不動産屋から聞いたことなどを思い出した。達也がやむなく受けると、ひろたんは「領収書はいらないから」と言った。金額も金額だし、領収書がいらないというのは本当にヤバいことにかかわることになったようだ。

 翌日ひろたんの部下6名が達也の家にやってきた。なにやら作戦を立てているようだったが、家を出て行くときにひろたんは達也に忠告した。「お前はこれからこの家を離れて、旅館にでも行っていてくれないか。夕方までには仕事を片づけて連絡するから」「危険な仕事なのか?」「かもしれないね、そうじゃないことを願っているけど」。達也は最後に「わかった」と言って、一行を送り出した。

 達也はLEDランタンと本を一冊、あとは水とチョコレートをバッグに入れてアルタミラと名付けた洞窟に行くことにした。ひろたんらが何をしているのか気になったが、それでも洞窟で本を読み終えた。時計を見ると3時間くらいたっていた。それから夕方までボーッとしていたが、ひろたんからの連絡は無かった。しびれを切らして、そろそろいいかなと思って家の方にあがっていくと、家の周辺に外国人が数人うろついているのが見えてあわてて草陰にかくれた。薄暮だったのではっきりと確認はできなかったが、彼らは倒れている人間を運んでいるようだった。達也が息を潜めてみていると、すべて運び終えたのか誰もいなくなり、上で車が出る音がした。とんでもないヤバいことが起こったらしい。

 達也は警察に通報した。警察には「しばらく家を明けていたら、庭に数名の外国人が侵入して何かやっていた」とだけ言った。「なにか盗まれた物はありませんか」と訊かれたが「なにも盗まれていない」と答えた。警察は「パトロールを強化しますので、気をつけてください」と言って帰って行った。

 夜になって一人で食事していると、キッチンの床下にある食料保管庫からひろたんともう一人の仲間が出てきた。

「うわっ お前生きてたのか」
「ほんとにヤバいことになってしまった、すまん」
「一体何なんだよこれは」
「あの灯台に侵入しようとしたら、ひとりドローンに吹き矢でやられたんだ。それでここまで逃げてきたんだが、ドローンに追いかけられて、ここで4人やられた。無事だったのは俺たちふたりだけだ。まさかエリア外で武器を使うとは想定外だった。えらいことになったよ」

 あの外国人達が運んでいたのはやはりひろたんのスタッフ達だったのだと達也は納得し、ひろたんにもそれを伝えた。ひろたんは「死なせたかもしれんな。失敗した。俺は切腹だ」とがっくりした様子で言った。しかし彼は気をとりなおしたように「そうだ 外した吹き矢が落ちているはずだから回収しよう」とふたりで庭にでていった。もうあたりは暗かったので、高性能のランタンを煌々と照らしてしばらく探していたが、ようやくひとつみつけて帰ってきた。

「すまんが これをフリーザーに保管しておいてくれないか」と達也に吹き矢を手渡した。達也は了解した。「で やはりあそこに玲華がいるかどうかはわからなかったんだな」と確認すると、ひろたんは「そうだ すまん」と答えた。

「それで今日のことを洗いざらい警察に言っていいのか」と訊くと、ひろたんは
「お前がそうしたいのなら言ってもいいよ。でもこれは警察の手に負えることじゃないんだ。」と言った。続けて「明るくなったら奴らが外した吹き矢の回収にくるはずだ。今夜暗いうちに逃げた方がいい。俺たちの車に乗れ」と言った。

「ここは俺の家だぞ。逃げてそれからどうするんだ」
「すまん。とんでもない迷惑をかけたが、移住の費用は出ると思う。ただ俺も上司も今回の件でクビになりそうなので、決断は早いほうがいいよ。とりあえず今日は東京のホテルに泊まれ」

 死人が複数出ているような事件だ。これはもうひろたんの言う通りにするしかないと観念して、達也は荷物も持たずに暗い道を駐車場までひろたん達と歩いた。うまれてはじめての恐怖の行進だったが、ようやく車までたどり着き、東京に向かった。車の中で達也は「お前らこんなヤバいことをやっているのに、武器は持ってないのか」と訊いたが、「バカ言え、ここは日本国だぞ。発砲して警察がでてきたらどうするんだ。それにしてもドローンに吹き矢を装備するとは想定外だった。俺たちの負けだ」という答えだった。「じゃあ玲華はどうなるんだ」と達也は答えを期待しないでつぶやいたが、やはり誰も次の言葉は発しなかった、

 2ヶ月ほど経過して、第7艦隊司令官とハミルトン大統領補佐官が解任されたことが英字新聞で報道されたが、関心があるマスコミのウォッチャー達もなぜだかはわからなかった。その頃達也は昔の部下から「遅くなってすみません。コンピュータの予約取るのも大変なんですよ。この間のフォルダーの件ですけど、米軍の原子力潜水艦でトラブルがあって、エドウィン・ロスバーグさんはその件を調査していたようですよ。もう少し時間をいただければ報告書にして送ります。田所さん一体何をやっているんですか」という連絡を受けた。達也は「有難う。そうしてくれ。詳しいことが訊きたければ会って話すよ」と礼を言った。

 やっぱりエディも玲華もひろたんも米軍関連の事件に巻き込まれて酷い目に遭ったのに違いない。しばらくひろたんの忠告とサポートで東京のホテルで生活していたが、達也は移住するのはやめて、やはり半島の家に帰ることにした。ひろたんに連絡したら、彼は米国での仕事を終えて、日本で警備の仕事を探しているそうだ。そして朗報がもたらされた。ひろたんによれば玲華は米国で生きていることがわかったそうだ。ネイビーがサポートしているので生活には困らないが、居所は不明で日本にも帰れないとのことだ。そしてそのことは家族には話さないでくれと釘をさされた。確かに家族が騒ぎ出すと玲華が消されるかもしれないということは達也にも理解できた。

 

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2023年12月21日 (木)

半島のマリア 第12話:失踪

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 レコーディングが終わると秦が言ったとおりスケジュールがゆったりしてきて、玲華がエディと会う機会も増えた。はじめてホテルで夜を共にしたときは、あまりの痛さに玲華が泣いてしまったので、エディもびっくりしてそれ以上の性交渉をあきらめざるを得なかった。二人でぼんやりベッドに横たわっているうちに、エディは玲華に「ボクの両親はイスラエルに住むユダヤ人だったんだけど、実はテロでアラブゲリラに殺されたのです。それが今日と同じ8月6日です。多くの友人達も軍隊に入ってゲリラと戦っていますが、私も戦わなければならないことはよくわかります。でもこれは玲華にしか言わないことですが、ボクはイスラエルのやり方にも問題があると思います。日本でもいろいろ報道されているでしょう。もっと本当のことを言うと、イスラエル軍は強力なので、ゲリラは怖くはありませんが、復讐という感情の日常化にはボクは耐えられません。それで親戚を頼ってアメリカ合衆国にわたり、アメリカ人になることをめざしました。宗教もカソリックに改宗しました。だからボクはユダヤ人としては裏切り者です」と告白した。

 玲華は「そういえば今日は広島に原爆が落ちた日でもあるわね。戦争なんて考えるのもいやよ。ユダヤのことは知らないけど、日本人から見るとエディの気持ちはよくわかる気がする」とエディをなぐさめた。もっといろいろ言いたかったが、所詮自分は遠い部外者だという感覚が玲華の口を重くした。そのかわりもう一度エディを強く抱きしめた。エディはもう一度挿入してきた。今度はなんとか我慢できた。セックスは人を接近させる。エディとは肉体だけでなく精神的にも、軽々しく踏み込んではならない領域まで一気に深く進入してしまった。

 秋になって玲華も忙しくなったが、エディとは暇をみつけてデートしていた。ただここしばらくエディは忙しいらしくて会ってくれない。電話には出てくれるが、どちらかといえば上の空という感じだった。私には興味を無くしたのだろうか? 明日も土曜日なのに、エディは忙しいので会社で夜まで仕事をすると言っていた。エディは訊いても具体的な仕事の内容はあまり教えてくれなかったが、一応サラリーマンなのでそう自由がきくわけではないと玲華は自分を納得させていた。

 仕事もなくて玲華には久しぶりに空白の土曜日だった。昼前にやっとベッドから起きあがり、京子と早智に電話してみたが二人とも出てくれなかった。ひょっとして夕方になるとエディの仕事も終わっているかもしれないと確かめるため電話してみたが、エディは出なかった。おかしい、どうして出ないのだろう。胸騒ぎがして、玲華は会社に行ってみることにした。

 会社に行ってみると、土曜日で本来は休日だというの大勢の人がロビーにたむろしていたりして、何かイベントでもあるのかざわついていた。顔見知りの人たちの姿もチラッと見えたが、玲華は隠れるようにさっさとエレベーターに乗って、3Fのエディの部屋に直行した。ノックしても返事がないので、知っている4桁の番号をプッシュして無断で部屋に入った。エディはやはり不在だったことを確認すると少し不安になり、また腹立たしくもあった。会社で仕事をするって言っていたのに、私にウソをついてどこで何をしているんだろう。エディのスマホにまた電話をかけてみたが、相変わらず応答はなかった。仕方なく、「今日はどうしたの。会社にもいないじゃない」とメッセージをスマホにいれてみたが、送ったあとで嫌なメッセージを入れた事を後悔した。玲華はすっかり落ち込んで、エディの椅子に沈み込んだ。

 涙がこぼれ落ちそうになったので、机上のパソコンのスイッチを入れてみた。パスワードを訊いてきたので、生年月日、星座、血液型などを組み合わせて入力してみたが、すべて失敗した。REIKAといれてみてダメだったときは少しがっかりした。彼が私の前で歌った曲の歌手ナットキングコールといれてみたら、これもダメだった。ところが根気よくやっているうちに、ナットキングコールの本名のNATHANIELの後にシャープをいれ、さらにエディの両親の命日0806をいれるとなんとロックが解除された。時計を見るともう午後9時になろうとしていた。いったい何時間トライしていたのだろう。コーヒーでも入れて一息つこうかとしていたその時、ノックの音がしてドアを開けると守衛が立っていた。「あれ、玲華さん。こんなに遅くまでどうしました」と訊いてくるので、「ちょっと電話番をたのまれちゃって。あと少しでエディが帰ってくるんで、打ち合わせしたら帰りますから」といい加減な答えをしたら、幸いにも「帰るときは一声かけでくださいよ」と言って退散してくれた。

 やっと解除できたのにここでシャットダウンして帰る手はないとは思ったものの、画面には訳の分からないアイコンがたくさん現れて、何がなんだかわからない。見たこともないアイコンばかりでどれがメールソフトかもわからない。私以外に女がいれば発見してやるという意気込みも萎えそうになる。

 しかしいじっているうちにメールボックスのフォルダーらしきものがみつかった。しかし開こうとするとするとパスワードを要求された。さっきと同じものを入力したが、今回はダメだった。「ああもうダメ、こんなのにつきあってられないよ」と叫んでみたが、すっかり気力を喪失してしまった。とりあえず京子や早智と楽曲制作の時に使っていたクラウドストレージにフォルダーごとコピーして共有することにした。玲華自身はPCを東京に持ってきていなかった。作業を終わってぐったりと机につっぷしていると、突然部屋に二人の男が入ってきて口を布でふさがれた。首にチクッとした痛みを感じると、すぐ玲華は気を失った。

 玲華からたってのマネージメントを手伝ってくれという依頼を受けて、京子はむげに断るというわけにもいかなかった。自分はミュージシャンとしてはやっていく自信はなかった。高野がピアノで生計を立てようとするのはあまり得策ではないと言っていたが、それは理解できた。何か特別な運かコネでもないかぎり、ピアノの腕ひとつで生活していくのが困難なことは京子にも十分想像できた。この点では早智がうらやましかった。彼女は物怖じせず、すぐに人と親しくなれる性格で、しかもルックスもそこそこ可愛いということで、自然にギターひとつで自分の道を切り開きつつあった。京子はどちらかと言えば人付きあいが少ない引っ込み思案な性格で、高野には作詞の勉強をしてみればと言われていた。

 玲華が失踪した土曜日は京子は午後から東京に来ていたが、とても忙しい日でメールチェックをする余裕もなく、ようやく解放された午後10時頃に見てみると、めずらしく玲華から「東京にいるのよね。今晩一緒に食事しない。今会社にいるのよ。連絡待ってる」というメールがはいっていた。これは何か話したいことでもあるのかなと慌てて連絡してみたが、玲華の応答はなかった。

 翌週の火曜日に玲華への雑誌の取材があったのだが、時間がきても玲華が現れなかったことから騒ぎが始まった。玲華は時間にはきちんとしていて、それまで打ち合わせなど約束の時刻に遅刻したことは一度もなかった。秦は実家や立ち寄りそうなところなどあちこち手をつくして探したが、全く連絡はとれなかった。京子に連絡すると「土曜日には会社にいたはず」とのことだった。守衛も土曜日の午後9時頃にはエディの部屋にいたことを確認している。玲華はとりあえず社員寮に住んでもらっていたので、寮監に連絡して部屋を確認してもらったがそこにも玲華はいなかった。病気で倒れていたという事態ではなかったので多少はほっとしたが、どこかで交通事故にあったのかもしれない。秦も高野も呆然とするしかなかった。プロジェクトは雲散霧消してしまうのだろうか。

 しばらくしてマノスにはもうひとつの失踪が発生していることがわかった。エディがしばらく出社していないので、長谷川がマクマホンに国際電話で問い合わせると、マクマホンが驚いてそちらにすぐ人をよこすというのだ。エディが最後に目撃されたのは先週の金曜日、玲華が最後に目撃されたのは土曜日だ。ふたりはほぼ同時に失踪したことになる。マクマホンに電話を入れてから2時間くらいで広田という人物が長谷川を訪ねてきた。名刺をみるとロゼット社ではなく Secret Service と書いてあった。以前に専務からエディは実はホワイトハウスの指示をうけて仕事をしていると聞いていたので長谷川はそれほど驚きはしなかったが、マクマホンもエディの居所を知らなかったというのはただ事ではない。広田には長谷川が知っていることをすべて話した。広田はこの件は最小限の人間にしか話さないようにと長谷川に忠告したが、長谷川は「警察には連絡しますよ」と言って110を押した。

 すぐに警察がやってきたが、エディが米国政府がらみで内密の仕事をしていたことがわかると彼らは一気に腰がひけた様子になった。玲華とエディの失踪事件(?)はマスコミで報道されることはなかった。腰が引けたとは言っても彼らが何もしなかったわけではない。警察の調べでは、会社関係者のなかに玲華とエディが一緒に歩いているところを見たという者が複数いたことがわかったようで、2人の失踪はセットであることも考えられた。では駆け落ちなのか?

 しかし少なくとも玲華の失踪については不審な点があった。午後9時以降歩いて会社を出る彼女の姿は守衛も見ていないし、監視カメラでも確認できなかったのだ。事件の可能性があることが示唆された。通常の出入り口以外に、外からは入れないが外に出るのは自由な非常口がひとつあったが、玲華がそんなところから外に出る可能性は低い。玲華はいつも守衛に挨拶して出入りしていることはみんな知っていた。ただ土曜日は会社のホールでイベントがあったので、正面入り口は開放されていて不特定多数の来場者があり、監視カメラによる人物の特定は不可能だった。実家にも会社にも犯人からは身代金要求などの連絡はなかった。

 エディの失踪については全く情報が得られなかった。ただエディが使っていた部屋から彼のPCが紛失していることが判明し、紛失した日時は確定できないものの、玲華の失踪と同時である可能性が高いと思われた。おそらく犯人の狙いはPCであり、玲華は運悪くPCを使っていたために拉致されたのだろう。しかしこれらはすべて推測であり、ふたりの居場所について有力な情報も皆無だった。エディが玲華を連れて自らの意志で失踪した可能性も考えられないわけではなかった。しばらくして長谷川は「この件は別の部署に移管された」と警察の担当者から耳打ちされた。長谷川は秦と高野にはエディの「特別な」役割の件と、シークレットサービスの広田が会社に来たことは秘匿し、玲華プロジェクトの解散を指示した。

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2023年12月 7日 (木)

半島のマリア 第11話:接触

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 情報提供者の特定は意外に簡単だった。カーティスの東京事務所に盗聴器を仕掛けたら数日も経たないうちに名前が判明した。スタッフの会話がうまく拾えたのだ。情報提供者はメイソンという下士官で名簿で顔も特定できたが、今はグアムに居ることがわかった。ヒロタとスタッフ、それにロスバーグも東京にいるので、メイソンがグアムでは作戦を立て直さなければいけない。ハミルトンに連絡すると、グアムでの作戦はあらためて考えるということで、とりあえず日本でできることをやってくれということだった。

 ヒロタらは事件が起こったあたりに近い海岸を回って、遭難者・水死者・不審な外国人の調査を行ったがこれと言った情報は得られなかった。ならばいっそのこと事件が起こったあたりの海底の調査をやってみようと思って、ハミルトンにお伺いを立てると「やっていい」とOKが出たので潜水夫を2人雇い、ヒロタと2人のスタッフを含めて旅館に滞在し、船も借りて本格的な調査を開始した。おそらく計画的に投下したとすれば、そのブツには音波発生装置がついていると思われるが検出できなかった。長い間沈めておくには、連続的に音波を発生すると電池が消耗するので、なんらかの信号を使うアクティベーションが必要なのかもしれない。

 この問題が解決しないとすると、しらみつぶしに海底を調査してみるしかないと覚悟を決めたのだが、ひとつ気になることがあった。どうも頭上にいつもドローンが飛んでいて監視されているようなのだ。非常に気持ち悪いのでスタッフに調べさせたところ、古い灯台の敷地を基地にしていることがわかった。その灯台は点灯することはないので現在灯台としては使われてはいないようだ。にもかかわらず駐車場に車がいる。ナンバープレートは米国式ではなく US NAVY の表示もなく、日本式表記のYナンバー車だった。つまり公用車ではないということだ。しかしYナンバーなので軍の車で、やはり灯台の敷地を使ってドローンを飛ばし、問題の海域を監視しているに違いない。作戦を間違ったかもしれない。これで自分たちも全員ネイビーにメンが割れてしまった上に、何をやっているかもバレバレだ。一方ネイビーのアジトらしき場所が判明した上に、車のナンバーまでわかったことは大きな収穫だった。

 もうバレてしまったのだから仕方がない。根気よく海底調査を続けていると、ハミルトンから朗報がはいった。メイソンが7月に休暇を取って東京に来るらしいのだ。海底調査はいったん打ち切り、とりあえず一度ロスバーグと会うことにした。それとネイビーのアジトらしい旧灯台を監視するために、ハミルトンに頼んでスタッフを増やしてもらった。ここを監視していればネイビーの動向がつかめるに違いない。司令部を監視していても情報は得られない。実際に行動する部隊にアジトがあるとすれば、そこを見ていると動向がわかる。監視するには最適の場所をみつけた。旅館街から少し上ったところのあまり人気の無い展望台だ。相手は車1台だからせいぜい3~4人だろう。灯台を基地とするドローンは自分たちを監視しているわけではなく、問題の海域を監視していた。それが彼らの任務なのだろう。おそらく海岸あたりにも別のスタッフを配置して、何かを引き上げようとする者がいればすぐに対処できるようにしているに違いないが、海岸のスタッフについてはヒロタらはまだ誰だかつかめていなかった。近隣の駐車場の車を調べればわかると思ったが、それより優先すべき仕事がある。

 ロスバーグとは展望台に行く道の道標がある場所で会うことにした。しかしそこにやってきたのはロスバーグじゃなく、学生時代にバンドを組んでいた達也だった。30年くらい会ってなかったのに、どうしてこんなところでばったり会ってしまうのだろう。びっくりするしかない。遅れてロスバーグもやってきて、達也には接触を見られてしまった。さらにびっくりしたのはロスバーグと達也が顔見知りだったということだ。神様は不思議なことをやってくれる。

 ともかく夕方宴会をやるという約束をして達也とは別れ、ようやくロスバーグと2人になれた。何をやって欲しいか概要はマクマホンから聞いていたはずだが、段取りを詳しく説明できてほっとした。達也の家が近くにあるというので、その日は3人で思い切り飲んで騒いだ。翌日望洋荘にハミルトンがよこしたスタッフがやってきたので、バトンタッチしてヒロタらは東京に帰った。メイソンとロスバーグを会わせる段取りをしなければいけない。しかし自分とスタッフの顔がバレたというのはまずい。これから自分たちはネイビーに監視される可能性があるということは常に頭に入れておく必要がある。

 ロスバーグとメイソンの接触は箱根のマノスの別荘で7月の最終金曜日に行うことにした。メイソンには監視がついている可能性がある。その週の初めから灯台を監視するために呼んだスタッフも箱根に集めて、総勢7名で作戦を練った。新たに加わったスタッフは電波妨害装置を持ってきていたが、これは万一の場合にだけ使うことにする。トンネル内に同じタイプの車を停めておいて、ドローンにダミーを追跡させる作戦をとることにした。メンが割れている3人を含む5人は木曜日から別荘に入って待機することにした。残りの2人は東京からメイソンを車に乗せて連れてくる役目だ。ロスバーグとメイソンが別荘に到着したら要人警護の要領で彼らを保護すれば良いので、これはSSにとってはいつもの職務なので慣れている。ロスバーグはメンが割れていないし、まして監視されてもいないだろうから問題なく無事に到着できるだろう。

 しかしそれは甘かった。ネイビーはマクマホンの動向については、大統領に近い要注意人物として5月に来日したときからマークしていた。彼らはマクマホンが日本を訪問したときにマノスが所有する箱根の貸別荘に来たことを知っていて、メイソンが箱根に向かったことを知ると別荘に人を貼り付けたのだ。メイソンは近隣の駐車場に車を止めて、スタッフの案内で徒歩で裏口から別荘にはいったのだが、ロスバーグは正面玄関から車ではいろうとしたため、隠れていたネイビーの車が現れて中に入る前に妨害された。ロスバーグは慌ててバックして切り返し逃げることにしたが、ネイビーは追ってきてカーチェイスになってしまった。しばらく逃げていたがこのままだと事故を起こすに違いないと思い、車止めに乗り上げ徒歩で逃げようとしたが、後ろからタックルされて倒れてしまった。次の瞬間にもう一人に首に注射を打たれ、意識がなくなった。ふたりはロスバーグを車に運んで走り去った。

 別荘の二階から外を監視していたスタッフが、ロスバーグが妨害されるのを目撃したが、建物から門までは少し距離があり、目視しながら車で追跡するのは不可能だった。大失態だ。当初の計画は崩壊した。東京に向かう道は多くないので、スタッフにはロスバーグの捜索と救援を頼み、ヒロタ自身は身分を明かしてメイソンから事情を聴くことにした。

 メイソンによるとガイルスが投下した物体は、投下時に大きな音がしたのである程度重量があることは推定できたが、闇夜ということもあり実物をはっきり見たわけでもなく、形状はわからなかったらしい。ともかく浮かせて回収するのではなく、沈めるという意図があったようだ。ガイルスはメイソンがいたことに非常に驚いたらしく、あわてて海に飛び込んだ感じで、あらかじめ泳いで逃げることを予定していたとは思えなかったとも証言した。メイソンが報告したとき艦長は真っ青になって呆然自失の様子だったが、厳しく「部屋を出るな、これは命令だ」と言って、マスターキーを持って一人で部屋の外へ出たこともわかった。ハミルトンに連絡してメイソンは横田から出国させ、米国で保護することにした。

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2023年11月29日 (水)

半島のマリア 第10話:ワシントン

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 ハイデン大統領は毎朝数名の補佐官と朝食会を開催するのを習慣としていた。いつもは冗談も飛び交うなごやかな雰囲気なのだが、その日はロバート・アーウィン補佐官から重要な報告があるというので緊張した雰囲気でみんなアーウィンを待っていた。アーウィンは最後にやってきた。

大統領「ボブ、眠そうだが大丈夫か」

アーウィン補佐官「ご心配には及びません。では始めます。昨日カーチス弁護士事務所から連絡があって、緊急に話があるというので会談しました。弁護士の話では東京の事務所にネイビーのある下士官がやってきて、「ホワイトハウスに伝えて欲しいことがある」と言ってとんでもない話をしたというのです。その内容というのは今年の4月10日に最新鋭の潜水艦「ブルーシャーク」が日本近海で深夜浮上航行しているときに、その下士官は甲板で風に当たっていたそうなんですが、何かを海に投下する音がしたので、そちらの方に行ってみると暗くてよくわからなかったらしいですが、ガイルス副艦長らしき人がいて、慌てた様子で海に飛び込んだと言うのです。彼はすぐに艦長に報告したのですが、部屋を出るなと言われて艦長だけが部屋の外に出て30分くらいして帰ってくると、厳しく他言を禁止されたそうです。翌日艦は横須賀に入港したのですが、点呼の時ガイルス副艦長はいなくて、あれはやはり副艦長だったんだと確信したそうです」

大統領「それでネイビーには事情を訊いたのか」

アーウィン補佐官「この件について問い合わせると、ガイルスは休暇中だが連絡がとれないというのです。ブルーシャークから紛失した物品はないか訊いたのですが、そのような報告はないということでした」

大統領「隠蔽か? どう思うハミルトン」

ハミルトン補佐官「ともかく真相がどうなのかを至急確かめる必要があります。間違いやいたずら以外に謀略の可能性もありますしね」

アーウィン補佐官「情報が確かなら、ともかく投下された中身が何だったのかというのが一番の問題ですね。あとガイルスの生死と生きていればどこに居るのか。彼が飛び込んだ場所から海岸までは2kmくらいなので泳げない距離ではありません。いずれにしても、もっと詳細な情報が必要です」

ハミルトン補佐官「まさか核弾頭じゃないと思うが、重要書類とか、密輸品、ドラッグ、プルトニウムの可能性も無しとはしないね」

アーウィン補佐官「ネイビーは隠蔽しているのかもしれないので、そこにとりあえずさわらないとすれば、真相を調査するスタッフを調達する必要があります。とりあえず情報提供者とガイルスについては私たちも調べますが」

大統領「極秘で調べるにはシークレットサービス(SS)を使うしかないかな。DHS(国土安全保障省)の長官は懇意だからそこから漏れることはないと思う。しかし公的機関を使う前にまず民間か民間を装ったスタッフを使って調査の下準備をさせようと思う。ネイビーに直接調査団を差し向けてヘソを曲げられても困るし、下手をすると選挙に響く。まず情報提供者を特定して極秘でエージェントと接触させよう どうだボブ」

アーウィン補佐官「下準備といっても民間まかせというわけにはいかないでしょう。軍関係やCIAを使わないのなら、SSから民間人を装うサポートチームを出しましょう。」

ハミルトン補佐官「それならヒロタというベテランスタッフがいますよ。日本語ネイティブです」

大統領「信用できるのか?」 

ハミルトン補佐官「もう20年くらいSSの仕事をやっていますし、問題ありません。私の友人でもあります」

大統領「わかった。じゃあヒロタに必要なスタッフをつけてなるべく早く日本に送れ。SSを派遣というのはまずいので、どういう形にするかはあとで考えよう。民間人の方はマクマホンを使おうと思う。彼は私の古い友人で信用できる男だ。、日本へビジネスを広げようとしているのでちょうどいいし、私の頼みはきいてくれると思う」

ハミルトンもアーウィンもマクマホンは以前に大統領に紹介されていて、大統領が出席するパーティなどでも何度か会っており、知己があった。

ハミルトン補佐官「ではヒロタをマクマホンのスタッフとして日本に送り込みましょう。この調査案件はボブが統括しますか、それとも私がやりましょうか」

大統領「君と言いたいところだが、わかったことは直ちに私に報告するようにしてくれ。指示は私が直接したいので。それでいいか?」

ハミルトン補佐官「わかりました」

大統領「では他の者は今日の話は聞かなかったということにしてくれ。マクマホンには私から直接頼んでみる。費用に制限はかけない。この件のすべての情報はボブとハミルトンと私の3人で、できる限り時間のずれなく共有するということでいいな。」

 補佐官達が退出すると、大統領はすぐにマクマホンに電話で連絡を取り、ホワイトハウスに来てもらって、アーウィンとハミルトンも同席して任務遂行の了解をとった。マクマホンによれば、日本進出のためにすでにマノスという会社と提携していて、社員もひとり東京に送り込んでいるそうだ。エドウィン・ロスバーグという海兵隊に所属した経験もある信頼できる男なので、スタッフを送り込むのなら彼と接触してくれということだった。大統領らは情報提供者が判明したら、サポートスタッフがすべてお膳立てした上で、そのロスバーグと情報提供者を接触させようという段取りを決めた。

 

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2023年11月20日 (月)

半島のマリア 第9話:交点

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 5人が去ってから田所音楽スクールは閑古鳥が鳴いていた。学生たちは今夏休みだが、誰も戸をたたいてはくれない。温泉街を散歩していて睦美や摩耶と会うこともあったが、挨拶するだけでもう話し相手にはなってくれなかった。彼女たちのバンドとかかわってからもう2年経っていた。前の住人が残してくれた畑に野菜でも植えて、のんびり暮らすという人生もあったと思うが、象牙海岸で玲華達と会ったという偶然が、この2年の忙しかったが多くの人と関わった豊かな経験、あえて言えば幸福な経験をもたらしてくれたことを思うとここに住んで良かったと思う。あとは彼女たちがそれぞれ良い人生を送ってくれるよう祈るだけだ。

 旅館街の裏手にある丘は、海は見えないが見晴らしの良い場所で、達也のお気に入りの場所の一つだった。ベンチも置いてある。ちょっと汗はかくかもしれないが、風は涼しいのであそこに行ってみよう。そう思いついて達也が細い砂利道を上っていくと、展望台への道標があるところで、ボーッと立っている人がいる。自分と同年配の男らしいが、作業服のような服装で観光客には見えない。

 達也は「今日は展望台までいくと見晴らしがいいですよ」と声を掛けてみた。男がこちらを振り向くと、あれっ、見覚えのある顔だ。

「お前 ベースのひろたんじゃないか!」
「ああ ひょっとして達也か」
「正解 だけどこんなところで何やってるんだ?」
「いや 景色がいいって旅館で聞いてきたんだ。達也こそどうして?」
「俺はここに住んでるんだよ、旅館街のすぐそばに」
「なんだ そうなのか」
「せっかく出会ったんだ。俺の家によっていけ。ワインぐらいならあるから」
「そうしたいところだが、ここで待ち合わせてる人がいるんだ」
「奥さん? じゃあ来るまで俺も待つよ」

しばらくしてやってきたのは奥さんではなく男だった。

「あれ あなたはマノスでお見かけしたエディさん?」
「エドウィン・ロスバーグです」
「私はときどき会社に出入りしている田所達也です。玲華ってご存じですか?」
「もちろんです」
「私も曲がりなりに一応玲華のプロジェクトに参加しているので宜しくお願いします」

「そうですか、そういえば玲華と話しているところをお見かけしたような気もします。それにしてもこんなところで会うとはね。こちらこそよろしく」

達也はエディが「玲華」と呼び捨てにしたので少し驚いたが、まあ外国人だからかもしれない。

「ここは玲華の故郷ですよ。うちもこの近くなのでよかったら後で寄ってください」

ひろたんとエディは目配せして、どうやらOKになったようだ。

「ひろたんはどこに泊まってるの?」
「望洋荘だよ」
「それって玲華が以前にバンドを組んでいたときドラムたたいてた睦美の家だよ」

エディは驚いた様子で、口笛を吹いた。

「じゃあ夕方5時頃になったら家に行くよ。場所は旅館で聞けばわかるかな?」
「旅館街を通り過ぎて、コンビニの先に田所音楽スクールという小さな看板があるので、そこから細い道にはいればすぐだよ」

 それにしてもひろたんとエディはこんなところで待ち合わせしてどんな話をするつもりだったのか不可解だった。達也はひとりで展望台まで上がった。旧灯台の方を見るとめずらしく駐車場に車が駐まっていた。あそこに人がいるのを達也は見たことがなかった。

 夕方になると二人がやってきたので、用意しておいたビールとつまみで小宴会になった。
ひろたんは「不思議に思うかもしれないが、今日のことは胸にしまっておいてくれ。いろいろあるんだよ 俺たちにも」と懇願するように言った。てことは・・・ひろたんとエディはかなり親しい、あるいは共同作業をしているってことなのか? それも秘密で?

「それはまあいいけど、ひろたんは今どこに勤めてるの? マノスの関係?」
「ロゼットというマノスが提携している米国の会社だよ」
「私の勤めている会社ですよ。マノスには派遣で来ているので」とエディが付け加えた。

 かなり酔いがまわってから、ひろたんは「実は俺はロゼットの社員じゃなくて、マクマホン会長に個人的に頼まれて仕事をしている」と漏らした。

 エディが歌えるというので3人でジョン・デンバーの「Take Me Home, Country Roads」のセッションをやった。
https://www.youtube.com/watch?v=q2dbtA_NXpc

 数日後にコンビニで睦美の母親に会ったので立ち話で聞いてみると、ひろたんは数人のグループでなんと2週間も滞在しているそうで、毎日測定機器らしきものや潜水の道具を乗せた車で海に出かけていたそうだ。沈没船の宝探しでもやっていたのだろうか。気になったので玲華の家に行って父親に話を聞いてみると、何でも高額で船を貸してくれという人がいたので、漁をやめて2週間ほど貸した奴がいるということだった。

 沈没船の財宝については水難救助法が適用され、1年以内に遺失者が現れなければ発見者のものになる。このあたりの海で太平洋戦争中に沈んだ輸送船があって、数年前に政府関係の調査隊が来たという話は聞いたことがある。マクマホンは金持ちの道楽で世界中で財宝探しなんてやっているのだろうか。そういえばひろたんと名刺交換してなかったことを達也は後悔した。今度マノスに行ったときに、彼が何をやっているのかエディに訊いてみよう。

 

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2023年11月15日 (水)

半島のマリア 第8話:レコーディング

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 6月になって曲がほぼ出来上がってきた。駐車場にあじさいの植え込みがある麻布十番のスタジオは、まるで玲華やスタッフを待ちかねていたかのように満開で迎えてくれた。プロデューサーの秦をはじめとするスタッフも新人歌手の初レコーディングということで張り詰めた雰囲気がただよっている。リハーサルでは細かいダメが出て、CDを制作するのは本当に大変だと玲華も思い知ることになった。一度達也が同席したときも、玲華は体調を少し崩していたらしく、歌唱が不安定でスタッフが渋面になるような場面があった。しかし玲華はうっすら涙を浮かべながらもにこやかに対応し、辛抱強く頑張っていた。達也はその姿を見て、もうこの子は自分を必要とすることはないだろうと感じた。

 自分の家で無邪気に大騒ぎしていた頃の玲華が懐かしくもあるが、よくここまで成長してくれたという安堵の気持ちがこみ上げてきた。それにしても秦も大したものだ。詞も曲も素晴らしいものを集めていた。7月初旬に一気にレコーディングが進み、CD発売も11月25日に決まった。プロモーションの日程や、ささやかながらタイアップも決まった。すべてが順調に進んでいる。

 玲華にとってははじめてのレコーディングだったので、しかもミニアルバムでのデビューということで、スムースにいくかどうか秦は当初かなり危惧していた。しかし仕事を進めるうちに、高野がこの子にいれこんでいる訳が分かってきた。玲華はシンガーになるために生まれてきたのだという、ある種「天の啓示」のようなものを秦も感じないわけにはいかなかった。バックを担当するヘヴンズビーチもハマっていた。高野の言うとおり、玲華だけでは繊細すぎてインパクトが弱いという問題点も、彼らは口・鼻・手を使ってやる楽器演奏まがいの技も使えるし、もちろん心地よいハーモニーの上に玲華の声を乗せると効果は抜群だった。出来上がってきた曲の中に「半島のマリア」という彼女にぴったりのバラードがあったので、ミニアルバムのタイトルは「半島のマリア」に決まった。

 全曲の収録が終わった後「玲華ちゃん、おめでとう。よくここまで頑張りましたね」と秦は玲華に手をさしのべた。玲華はこみ上げてくるものがあったが、ただ「有難うございました」と言って、その手を強く握り返した。「8月にジャケットやアーティスト写真の撮影があるんだけど、それまで2週間くらい間があいちゃうね。これも思ったより順調にレコーディングが進んだ御利益だから、君は少し休んでていいよ。秋にCDが発売されると、とても忙しくなるから体力つけといてね」と秦は玲華の肩を軽くたたいた。

 レコーディングが終わった開放感から、玲華は久しぶりで京子と話したくなってメールをいれると、すぐに京子から電話がかかってきた。

「めずらしいじゃない。どうしたの」
「ごめんね。ここんとこレコーディングでほんとに忙しくて、気持ちの余裕がなかったのよ。でいまどこにいるの」
「実は東京にいるのよ。高野さんにアルバイトを紹介してもらって、イベントのお手伝いなんかをやらせてもらうことになったの。早智も東京に出てきてるのよ。早智はすごいよ、転校してこちらに住むことを決めたみたい」
「ふーん。ところで今晩つきあってよ。やっとレコーディングが終わったのよ。私がおごっちゃうから」

 二人は青山の裏通りにある小さなレストランで食事することにした。まだ二人とも18才だったのでジンジャエールを注文して乾杯した。

「京子にちょっとお願いしたいことがあるんだけど、言ってみてもいい」
「え、なにその変な言い方は」
「京子って昔からしっかりしてたじゃない」
「何言ってんの それは誤解よ」
「実はまだ私のマネージャーが決まってないのよ。当面はマノスの経理やってる人が面倒見てくれることになってるんだけど、もしよ、もし京子がそばにいてくれることになったら心強いんだけど」
「私って経理とか税金とか全然わからないから無理よ」
「来年からでいいの、お願い。田所先生や高野さんにもサポートお願いしてみるから」
「うーん・・・わかった。一応考えとくから」
「有難う。そのうち高野さんが事務所を紹介してくれると思うんだけど、知らない人とずっと一緒に行動するってちょっと怖いのよ。私ってまだまだ大人じゃないのね」

「ところで、玲華ってまだ大人じゃないの」
「あれっ 京子はもうご卒業なの」
「ノーコメント」
「訊いたくせに、・・・実は気になってる人はいるんだけどね」
「ほんとに で 誰? 私の知ってる人?」
「知らないと思うわ。会社の人なんだけど、外国人なのよね。私このまま売れなくて消えちゃったら、ロスあたりで主婦やってたりしてね」
「ふーん、玲華の英語の成績ってどうだったっけ」
「いてて、それは言わないで。ところで早智はどうしてるの」
「早智はスタジオミュージシャンになりたいみたいよ。腕は確かだからチャンスをもらえばいけるんじゃない。きっちり決断できるってところはうらやましい。私は優柔不断だから。早智も今日誘ったんだけど、ちょっと都合がつかないって。ま 急だしね」
「彼女って人に好かれるタイプだし、積極的にチャレンジするバイタリティーがあるのよね。きっとうまくやっていくと思う」

ウェイターがラストオーダーをとりにくるまで時間に気がつかないほど、二人は夢中で話し続けた。

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2023年11月 3日 (金)

半島のマリア 第7話:箱根

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 マノス・ミュージック社の創立記念日5月3日は、会社名義の箱根の貸別荘でパーティーがあった。まだデビュー前なのに、玲華もパーティーに呼ばれていた。林に囲まれた瀟洒な別荘のまわりの庭は芝生が敷き詰められていて、そこでバーベキューをやるのが毎年恒例の行事だった。このとき建物の2階では、会社にとって重要な取引先などの数名の招待者と会社の取締役達が会食することになっている。接待や運営のために社員や契約しているタレント達の一部も集められる。

 高野は長谷川に「長谷川さんも来年は2階組ですか?」といたずらっぽく聞いてみた。軽く返されるかと思ったら、意外に真顔で「おい高野、それはお前次第だ。いい玉を連れてきてやったんだから、シングルヒットくらいじゃダメだ。ホームランを期待したいね」と押してくるので「そんなにプレッシャーかけないでくださいよ」と返すのが精一杯だった。「玲華ちゃん、聞いたかい。君は部長の人生もしょってるそうだよ」と高野は玲華の方にふりむいて苦笑いした。

 2階ではシャンペンを飲みながら、ロゼット社のマクマホン会長が通訳の役目を果たしているエディを交えて、マノスの真野社長に向かって大きな身振りで熱弁をふるっていた。
「マノスを売ってくれと言ったら、真野さんどうしますか」
「これは穏やかな話じゃありませんなあ」
「冗談ですよ。びっくりしましたか」とマクマホン会長は真野社長をギロリと睨み、いたずらっぽい中にも毒気のある笑いを浴びせかけた。真野はこのまま引き下がっては甘く見られると考えて言葉を継いだ。

「この会社は3代前から引き継いで日本の文化の一翼を担っていると自負しているんですよ。いくらロゼットさんといえども、そう簡単には渡せませんよ。それとも乗っ取っちゃいますか」
「真野さん。ことはスマートに運んだ方がいいと思いますよ。実際日本の大手レコード会社は一部の例外を除いて、ほぼ外国資本の傘下にはいることになりましたから、出遅れ組の我々がくっつくのは自然のなりゆきだと思うんですがねえ」
「いやいや、うちはファミリー的にまとまってやってる会社ですから、そのよさをこれからも生かしてやっていきたいと思っているんですよ。もちろんロゼットさんのお手伝いはできる限りやらせていただくつもりですよ」
「真野さんはなかなか手ごわいですね」
「とんでもない。これからもお手柔らかにお願いしますよ」

 エディは通訳の立場を超えて付け加えた「マクマホン会長は大統領にプライベートで電話ができる人なんですよ。これがどんなにすごいことかおわかりいただけますか?」 真野はエディという男がただの契約社員というより、マクマホンと何か特別なつながりがある人物のような気がしたが、詮索するのは控えた。だいたい電話できるっていっても、大統領が交代したらただの人じゃないか。

 庭の方ではバーベキューパーティーもたけなわとなり、マノスの看板シンガーである結城カンナや蔡順花などが次々仮設ステージにあがってヒット曲を披露すると、取材できていた音楽出版社のカメラマンもストロボを光らせた。玲華は一番後ろで聴いていたが、人垣でステージがよく見えないし、まだ親しく話ができるような人もあまりいなかったので退屈だった。庭のまわりは鬱蒼とした雑木林で、表門に通じる道路以外にも何本か細い道が縦横に通じていて、そこここにベンチや花壇がしつらえてあった。こんな貸別荘を借りに来る人が日本にもいるんだ。自分は別世界に迷い込んだのかもしれない。

 玲華はそんなことを考えながら散歩しているうちに裏門まで来てしまった。そこで外の林の蔭に隠れるように3人の男が別荘を指さしながら何か話しているのが見えた。そのうちひとりは動画を撮影しているようだった。何をこそこそやっているんだろうと不思議だったので、玲華はあとで高野に報告しようと思った。

 ふと気がつくと怪しい男たちだけではなく、秦がちょっと離れたところから機器を持って自分を撮影しているのに気がついた。玲華はびっくりして「秦さーん、そんなところで何してるんですか」と大声で叫んだ。秦は少し残念そうに「とうとう見つかっちゃったか。あとでプロモーションビデオでも作ることになったら役に立つかもと思ってね」とスイッチをオフにしてこちらにやってきた。
「ずっと、ぼーっと歩いてただけだから役になんかたちませんよ。これまでもこっそり撮ってたりしたんですか」
「いやいやいくらなんでもそこまで暇人じゃないんだよ。もうやらないから心配しないで」と秦はバツ悪そうに謝った。

 ロゼットのマクマホン会長はエディを伴って庭に降りてきていた。続いて取締役と共に真野社長も降りてきた。その中の一人と長谷川が玲華の方にやってきた。「専務、これがこんどデビューする我が社期待の新星玲華君ですよ」と長谷川は玲華を紹介した。玲華は急だったので、身体が固まってしまい「よろしくお願いします」とぎこちなく頭を下げるのが精一杯だった。しかし専務と呼ばれた男は玲華にはあまり関心を示さず「あ、そう」と言ったきり長谷川の肩を抱くようにしてひそひそ話をはじめた。玲華には「マクマホンは本気だ。困ったことになった。我々も腹を据えてかからないと。それにちょっと面倒なことを抱え込むことになったんだよ。あのエドウィン・ロスバーグという男のことなんだけどね・・・」という専務の言葉がきこえたが、専務がこちらを振り向いたので聴いてはいけない話かもしれないと思い、玲華は会釈してそっとその場を離れた。

 

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