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2017年6月22日 (木)

やぶにらみ生物論77: ミトコンドリア

ミトコンドリアは「呼吸」について述べたところで、やや詳しくとりあげました(1)。ここではミトコンドリアという構造体について、もっと基本的なところからあらためて展開したいと思います。

ミトコンドリアを発見したのは、ミーシャーの協力者であり、「nuclein ヌクレイン」 を正しく 「nucleic acid 核酸」 と改名したリヒャルト・アルトマンです。ミトコンドリアはそのままでは光学顕微鏡による観察でサイズが小さすぎて見えないのですが、適切に固定・染色すれば細菌と同様観察することができます。アルトマンはその固定法や染色法を工夫して、あらゆる細胞の中に細菌のような生物が棲息していることを示唆しました。1890年頃のことです。アルトマンはそれをバイオブラストと命名し、シンビオント(共生体)であることを早くも予想していました(2、3)。

現在ではゲノムの解析などから、ミトコンドリアが αプロテオバクテリア にその起源を持つことは一般的に認められていますが、当時ではまさに荒唐無稽な説であり、アルトマンが言うところのバイオブラストは固定・染色のアーティファクトだとされて、全く相手にされなかったようです。そのためアルトマンは晩年は自室に引きこもって隠遁生活を余儀なくされたそうです(2、3)。アルトマンは21世紀になってから再評価されて、著書も復刻されました(図1)。彼はわずか48歳で他界していますが、その肖像は異様に年老いてみえます(図1)。悩みの多い人生だったことがうかがえます。

しかし当時から小数ながら彼を支持する研究者もいて、1898年にカール・ベンダはアルトマンのバイオブラストが、あるときには糸(mito in Greek)、あるときには顆粒(chondros in Greek)に見えることから、改めてミトコンドリオン(複数はミトコンドリア)と命名しました。さらに1900年にはレノア・ミカエリスが生細胞をヤヌス・グリーンという色素で染めてミトコンドリアを観察することに成功し、しだいにミトコンドリアはその存在を認められるようになりました(3)。

1960年代にはリン・マーギュリスがミトコンドリア=シンビオント説を再興し(4、図1)、現在ではそれが広く認められるようになりました。参照文献の著者がリン・セーガンとなっているのは、当時彼女がカール・セーガン(映画「コンタクト」の原作者:主演ジョディ・フォスターが素晴らしく、ストーリーもうまくできているのでおすすめします)の奥様だったからです。

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ウィキペディアによると、ヒトの場合ミトコンドリアの総重量は体重の約10%を占めるとされています(5)。確かに肝臓の細胞などを観察していると、そのことが納得できるくらい頻繁にミトコンドリアをみつけることができます。ヒトの場合ひとつの細胞に、平均すると数百個のミトコンドリアが存在すると言われています。ただ酸素を運ぶのが仕事の赤血球では、ミトコンドリアが途中で酸素を使ってしまうのを防ぐために、ミトコンドリアを消滅させています(6、7)。消滅させるメカニズムは、大隅先生のノーベル賞授賞で有名になったオートファジーなどです(6、7)。角質化した細胞(表皮上層部・爪・毛など)にもミトコンドリアはみられません。

ミトコンドリアは図2のように、いちばん外側は進化上真核生物に由来すると思われる外膜に包まれ、その内側に細菌(シンビオント)由来と思われる内膜が存在します。内膜は外膜を裏打ちしているわけではなく、ときおり細胞内に突出する場合があり、この構造をクリステといいます(図2)。外膜と内膜の間やクリステには膜間腔という狭い空間があります。内膜の内側にはマトリックスと呼ばれる細胞質があり、核はなくミトコンドリアDNAがあります(図2)。ひとつのミトコンドリアには通常数コピーのミトコンドリアDNAがあるようです(5)。DNAは裸ではなくタンパク質でラップされている状態にあるようです。

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ヒトを含めて多くの動物のミトコンドリアDNAに含まれる遺伝子は、リボソームRNAが2つ、トランスファーRNAが22、その他ATP合成酵素など13、計37個(8、図3)で大腸菌が約4000個の遺伝子を持つことを考えると、シンビオントが共生をはじめてから、進化の過程でほとんどの遺伝子がホスト(ヒト)のゲノムに移行または吸収されてしまったことが示唆されます。これはおそらくミトコンドリアが独立した生物として、勝手に増殖や機能発現を行わないように制御するためと思われますが、ここまで徹底的に移転させたのには、それなりの理由または特別なイベントがあったのかもしれません。ミトコンドリアの呼吸鎖複合体4つのすべては、ホストのゲノムにコードされているタンパク質がなければ活動できないので、ミトコンドリアにおけるATP産生はホストによって決定的に規制されています。

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ミトコンドリアDNAは円形(サーキュラー)でかつ非常に小さいので、ウィルスやプラスミドが行うようなローリングサークル型DNA複製を行います。これは図4のように、トイレットペーパーを引き出すような形で、とりあえず片側のDNAだけをタンデムに複数コピー作成し、切断・二重鎖化・環状化はそのあとゆっくり進行させるというやり方です。

このやり方のひとつの利点は、1個のミトコンドリアに「変異が蓄積して不要なDNA」と「無傷のDNA」が共存した場合、ミトコンドリアが分裂したときに無傷のDNAをローリングサークルで多数複製し、それを娘ミトコンドリアに送り込むことができるということです。これは1種のクローニングで、そうしてできた娘ミトコンドリアは新品同様なので、卵母細胞などメスの生殖細胞ではこのようなミトコンドリアが使われていると考えられます(9)。

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ミトコンドリアは静的な存在ではなく、しばしば融合や分裂を繰り返す動的な存在です。ミトコンドリアを縊り切って分裂させる装置の主役となるタンパク質は、細菌のチュブリンファミリーや真核生物のアクチンファミリ-ではなく、なんとダイナミンファミリーの Drp (哺乳類の場合)です(10、11、図5)。驚くべき事に彼らは過去の分裂装置を捨て去り、ホストの分裂装置も借りないで、全く新しい生き方を選びました。ホストの細胞内という環境の中で、ホストと自分自身の生存に有利な方向に進化してきたのでしょう。

しかも新しい分裂装置を獲得する中で、ミトコンドリア同士を融合するシステムを獲得しました(図5)。図5に示したダイナミンファミリーの Drp、 Mfn、Opa、の他にも多くのタンパク質が細胞融合にかかわっているようです(11)。獲得したと言いましたが、もちろんミトコンドリアが独自に進化したのではなく、これらのダイナミンファミリーの遺伝子はすべてホストのゲノムに存在しているので、ホストの進化といっても良いわけです。

ミトコンドリアの融合がなぜ有用なのかは、まだ完全に理解されているわけではありませんが、例えばDrp1の突然変異が重篤な新生児致死の原因となる、Mfn2 に変異が生じると末梢神経に障害をもつ神経変性疾患である Charcot-Marie-Tooth 病に罹患する、Opa1 の変異は視神経形成異常となるDominant Optic Atrophy の原因となるなどが報告されています(11、12)。ローリングサークルで大量のDNAを合成した場合、その事後処理のため大型のミトコンドリアが必要とも考えられます。心筋などでは多量のATPが必要とされるので、ミトコンドリアが巨大化し、かつびっしりと繋がって存在する場合があります(13)。

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ミトコンドリアは現在ではリボソームRNA遺伝子やシトクロムc遺伝子の構造比較から、αプロテオバクテリアに起源するとされており、そのなかでもリケッチアあるいはその祖先に近いとされるペラジバクター(現在でも海洋に浮遊する普通種)が起源ではないかと言われています(5)。

話は変わりますが、ミトコンドリアは母親から受け継がれるので、ミトコンドリアDNAの塩基配列を解析し系統樹を作成すると、最初の一人の母親にたどりつくという研究があります。そのアフリカに住んでいたとされる母親はミトコンドリア・イヴと呼ばれることもあります。ただし聖書のようにその母親からすべての人類が生まれたわけではなく、たまたま20万年もの間、子供に必ず女性がいたというとてもめずらしい家系の頂点にいる女性ということです。ミトコンドリアが母親から受け継がれるというのは真実で、それなら精子のミトコンドリアは受精後どうなってしまうのでしょうか?

図6のように受精後しばらくは精子のミトコンドリアも受精卵の中で生きているのですが、融合や増殖は禁止されています。そして受精卵が分裂を繰り返し個体に発生していく過程で、父系のミトコンドリアはオートファゴソームという袋につつまれて分解(オートファジー)されてしまいます(14、15)。父系のミトコンドリアをすべて殺してしまうというのが生物にどんなメリットを与えるのかはよくわかっていません。卵子ではミトコンドリアの品質がきちんと管理されているが、精子では管理されていないということも考えられます。

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ミトコンドリアは酸素を使って代謝を行っている上、鉄も多く含むため、活性酸素が発生しやすい条件が整っています。活性酸素はタンパク質・脂質・核酸などの生体物質と反応して変質させることがあります。したがってミトコンドリアは常に劣化する危険にさらされています。劣化したミトコンドリアは通常オートファジーによって排除されますが、それでも間に合わない場合、ミトコンドリア内部からシトクロムcというタンパク質が放出され、ホストの細胞ごと自殺に導くという究極のプロセスが発動します。

このプロセスはアポトーシスと呼ばれており、もともと細胞が修復不能なダメージを受けたとき、p53というタンパク質がシグナルとなってミトコンドリアに情報を伝え、それにミトコンドリアが反応してシトクロムcを放出するというメカニズムがあるのですが(図7)、それを利用してミトコンドリアの品質管理が行われることもあり得るということです。

真核生物はミトコンドリアからほとんどの遺伝子を奪い取りましたが、一方で自らの生死をミトコンドリアの指令によって決めるというメカニズムを構築しました。不思議な進化の物語です。

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ミトコンドリア遺伝子の異常、ミトコンドリア品質管理の異常などが原因の疾患はいろいろ知られています。詳しくはウィキペディアのミトコンドリア病の項などを参照していただきたいですが、アルツハイマー病やパーキンソン病にミトコンドリアの機能不全が原因とおぼしきものがあるらしいそうで、これはちょっとした驚きです(16)。

参照

1)http://morph.way-nifty.com/grey/2017/05/post-d4be.html

2)Brian O'Rourke, From Bioblasts to Mitochondria: Ever Expanding Roles of Mitochondria in Cell Physiology., Front Physiol., vol. 1: article 7, pp. 1-4 (2010)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3059936/pdf/fphys-01-00007.pdf

3)Carolyn Csanyi, Discovery of the Mitochondria, Sciencing (2017)
http://sciencing.com/discovery-mitochondria-20329.html

4)Lynn Sagan  On the origin of mitosing cells. J. Theoretical Biology vol. 14(3), pp. 255-274. (1967) PMID 11541392 doi:10.1016/0022-5193(67)90079-3

5)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%88%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AA%E3%82%A2

6)H. Takano-Ohmuro, M. Mukaida, E. Kominami, K. Morioka., Autophagy in embryonic erythroid cells: its role in maturation. Eur. J. Cell Biol., vol. 79, pp. 759-764 (2000).

7)S. Honda et al., Ulk1-mediated Atg5-independent macroautophagy mediates elimination of mitochondria from embryonic reticulocytes. Nat. Commun.  Jun 4; vol. 5: 4004. (2014) doi: 10.1038/ncomms5004
http://www.natureasia.com/ja-jp/jobs/tokushu/detail/329
http://www.nature.com/articles/ncomms5004

8)Jeffrey L. Boore, Animal mitochondrial genomes., Nucleic Acids Res., vol. 27 (8): pp. 1767-1780 (1999),  DOI: https://doi.org/10.1093/nar/27.8.1767
https://academic.oup.com/nar/article/27/8/1767/2847916/Animal-mitochondrial-genomes

9)Feng Ling, Rong Niu, Hideyuki Hatakeyama, Yu-ichi Goto, Takehiko Shibata and Minoru Yoshida, "ROS stimulate mitochondrial allele segregation towards homoplasmy in human cells", Molecular Biology of the Cell, vol. 27:10 pp. 1684-1693 (2016)  doi: 10.1091/mbc.E15-10-0690
http://www.molbiolcell.org/content/27/10/1684.full.pdf+html?sid=f44cb659-f009-4cb0-9842-939478677381
http://www.riken.jp/pr/press/2016/20160428_1/#note5

10)石原直忠、 融合と分裂によるミトコンドリアの形態制御の分子機構と生理機能 生化学 vol. 83, no.5, pp. 365-373 (2011)

11)伴 匡人,後藤雅史,石原直忠、ミトコンドリアの融合と分裂 その意義と制御機構 化学と生物 vol. 53, no.1, pp. 27-33 (2015)

12)H. R. Waterham, J. Koster, C. W. T. van Roermund, P. A. W. Mooyer, R. J. A. Wanders & J. V. Leonard:  A Lethal Defect of Mitochondrial and Peroxisomal Fission.  N. Engl. J. Med., vol. 356, pp.1736-1741, (2007).

13)http://www.cellimagelibrary.org/images/7567

14)佐藤美由紀  父由来のミトコンドリアが消されるしくみ 生命誌 vol.84-87 「つむぐ」 新曜社 pp. 100-105 (2016)
http://www.brh.co.jp/seimeishi/journal/085/research/2.html

15)佐藤美由紀、佐藤健  ミトコンドリアゲノムの母性遺伝のメカニズム オートファジーによる父性ミトコンドリアの分解 化学と生物 vol. 50 (7) pp. 479-480 (2012)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kagakutoseibutsu/50/7/50_479/_pdf

16)田中敦、Richard J Youle  ミトコンドリアの品質維持とパーキンソン病 細胞工学 vol. 29 (5) pp. 431-437 (2010)

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2017年6月13日 (火)

やぶにらみ生物論76: 細胞骨格3

これまでにも述べてきましたように、マイクロフィラメントや微小管は細胞骨格というより、細胞移動・細胞内輸送・細胞分裂などを実行するためのツールであり、変動も激しくそのためにATPやGTPを大量に使用します。それらと比較すると中間径繊維は安定で、形成にATPやGTPを必要としないので、細胞骨格という名前にふさわしいかもしれません。

中間径というのは、約6nm径のマイクロフィラメントと約25nmの微小管の中間のサイズ=約10nmという意味です。

図1はケラチンを例にとりましたが、Ⅰ型とⅡ型のケラチンがヘテロ2量体をつくり、そのヘテロ2量体がアンチパラレルに結合して4量体を形成し、それらが4本集まってプロトフィブリルを形成します。プロトフィブリルが多数集まって、中間径繊維ができあがります。このような構造を形成するためにATPやGTPは消費しません。

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中間径繊維も伸長や短縮を行いますが頻繁ではなく、基本的には細胞の形態を決めるのに役立っているとも言えますが、実際にはそんなに単純ではなくて、例えばケラチンの場合、その生理的意義は多岐にわたっており、角化によって水分の蒸発を防ぐ、細菌やウィルスの侵入を防ぐ、紫外線のダメージを吸収する、体温を維持する、捕殺や負傷を防ぐ、敵を突き殺す、指先に力を与える、蹄で体重をささえて走る、羽毛で空を飛ぶ、など数えきれません。

中間径繊維を構成するタンパク質は図2のように多数のグループがあり、通常それぞれのグループに複数の種類のタンパク質が所属します。グループを越えて複合的な繊維をつくることは一般的にはありません。ケラチンは上皮組織、ビメンチンは間充織、デスミンは筋肉、ニューロフィラメントは神経など特定の組織で発現するタンパク質が多いのですが、ラミンだけは例外的に広汎な組織にみられます。

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各タンパク質の分子構造をみていきますと、図3のように、すべてNH2側(N末)とCOOH側(C末)にαヘリックスやβシートを形成しない領域があり、中央にαヘリックスからなるロッド領域があるという形で、3つのドメインで構成されています。ロッド領域は2~3ヶ所の非αヘリックスリンカーで分断されています。

ロッド領域で多数の分子がパラレルに結合することによって太いケーブルが形成され、C末とN末がタンデムに結合して長いケーブルとなります。他の分子はすべて細胞質にありますが、ラミンだけは核にあるのでC末ドメインに核局在配列が存在します。(分子量は5万~7万です)。

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ケラチンは注意深くない生化学者には嫌われているタンパク質です。というのはラーメン店でスープを指にかけながら持ってくるウェイトレスのような研究者もいて、電気泳動槽のバッファに指をちゃぽちゃぽ浸しながら移動させることがあるので、そうなると皮膚のケラチンが検出されます。風呂に入っていない研究者だとフケが落下したりもします。

ケラチンにはSHが多く(髪が焦げると硫黄の臭いがします)、となりの分子のSHと結合してSS(ジスルフィド結合)を形成するので、分子の独立性は失われ、やや大げさに言えば毛髪・爪・角・鱗などはひとつで1巨大分子ということになります。ケラチンは肝臓のような柔らかい組織にもあるので、存在場所に応じて多くの種類があります。ヒトを含めて動物は数十種類のケラチン分子種すなわち遺伝子を保有しています。

ケラチンを発見したのは誰だか判りませんが、16世紀の中国の薬草学者李時珍(Li Shih-chen 図4)が治療に用いていたことが、私は未読ですが、彼の大著「本草綱目Compendium of Materia Medica」から読み取れるそうです(1、2)。最初にケラチン遺伝子の配列を決めたのはハヌコグルとフックスです(3、図4)。

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これはややめずらしいことだと思いますが、たとえばヒトの場合、I 型ケラチングループの各遺伝子は第17染色体の特定部位に、II 型ケラチングループの各遺伝子は第12染色体の特定部位にぎっしりかたまって存在しています。しかも上皮ケラチン・毛根鞘ケラチン・毛&爪ケラチンはそれぞれクラスターを形成しています。偽遺伝子もいくつかみつかっています(図5)。ケラチンの大きな特徴として、表皮・毛髪・爪・角・鱗などの死細胞においても、垢・雲脂・生え替わりなどで外界に廃棄されるまで、その機能を果たしていることが上げられます。

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ビメンチン(分子量57,000)は発見者がはっきりしています。ドイツのマックス・プランク研究所の Franke WW, Schmid E, Osborn M, and Weber K. です(4)。オズボーンとウィーバー(夫妻)は生化学に手を染めた者なら誰でも使ったことがある米の飯のような「SDS-PAGE」という分析法を開発したことで有名な研究者です(図6)。フランケは近年はアンチ・ドーピングの研究者としても有名です(5、図6)。

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図7Aはマウス胎児の皮膚で私が撮影したものですが、ビメンチンが茶色に染まっています。表皮や毛包の上皮性組織はほとんど染まらず、間充織である真皮や毛乳頭はよく染まっていることがわかります。違いが明白なので、腫瘍が上皮性か間充織性かを判別するのに、ビメンチンの染色が使われています。図7Bは細胞内におけるビメンチンの分布です。核を包み込むような感じですが、ミトコンドリアや小胞体と結合する場合もあるようです(6)。

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ビメンチンの機能はかなり微小管が代替することができるようではっきりとわかっていませんが、細胞に弾力を与えたり、オルガネラを保護するような役割があるようです(6)。ビメンチンの遺伝子を欠損すると負傷からの回復が遅れるという報告もあります(7)。

デスミン(分子量53,500)は筋細胞に特異的に存在するタンパク質で、デスミンがつくる繊維は細胞骨格と言うより筋組織のパーツとしての役割を担っています。。ラザリデスのグループによって発見され(8)、遺伝子配列はLi Zhenlin(9)らによって解明されました。デスミン遺伝子を欠損させたマウスでは、正常な筋肉組織が形成されないことが明らかになっています(10)。デスミン遺伝子の突然変異によるヒト筋肉疾患も報告されていま(11)。

デスミン繊維は横紋筋細胞では図8のように配置されていて、筋原繊維のZディスク同士、Zディスクと筋鞘(サルコレンマ)のコスタメア、Zディスクとミトコンドリアや核を連結しています(12)。

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ニューロフィラメントは神経細胞に特異的に出現する中間径繊維で、発見者は F.C. Huneeus & P.F. Davison です(13)。構成しているタンパク質は3種類の分子量がかなり異なるアイソフォームで、それぞれNF-H (分子量 200-220 kDa)、 NF-M (分子量145-160 kDa)、 NF-L (分子量68-70 kDa)と命名されています。軸索の内径を広げて、神経伝達がスムースに行われるようにするという説があります(14)。

類似したタンパク質にα-インターネキシン(分子量66kDa)というのがありますが、図9のようにニューロフィラメントタンパク質(グリーン)とは異なる細胞(図9の場合は未分化な神経細胞 レッド)に発現する場合があります。神経細胞にはこの他にネスチン、ペリフェリンなどの中間径繊維形成タンパク質も発現します。

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最後にラミンですが、ラミンだけは核に局在しているタンパク質で、ラミン繊維は核ラミナと呼ばれる核膜を裏打ちしている構造となっています。初期の研究は Aaronson RP と Blobel G によって行われました(15)。10年後には遺伝子配列も明らかになりました(16)。

ラミンは真核生物が出現すると同時に生まれたのではないようです。ヒドラからヒトまですべての動物(後生生物)にあるのですが、植物・カビ・単細胞生物は持っていません。このことはラミンが動物独特の体細胞分裂に関与していることを示唆しています(17、18)。また核内での染色体の位置決めとかDNAの転写にも関与しているかもしれません(18)。

ラミンにはAタイプとBタイプがあり、それぞれ別の遺伝子にコードされています。CタイプとAタイプは同じ遺伝子にコードされており、選択的スプライシングによって生成されたものです。Cタイプも含めたAタイプは胎生期にしか発現しません。一方BタイプはB1・B2が別の遺伝子にコードされており、これらはすべての細胞に認められます。AタイプはBタイプから進化的に派生したと考えられています(17、18)。

とは言っても、Aタイプラミンの機能をBタイプラミンが代替できるわけではなく、マウスではAタイプラミンの欠損によって、成長が著しく遅れ、筋ジストロフィーが発生するそうです。またラミンBの欠損は致死です(18)。ラミンの局在は、参照に記載したサイトをご覧ください(19-22)。

参照

1)Compendium of Materia Medica:https://en.wikipedia.org/wiki/Compendium_of_Materia_Medica

2)The discovery of keratin. http://keratininformation.weebly.com/discovery.html

3)Hanukoglu, I.; Fuchs, E., "The cDNA sequence of a human epidermal keratin: divergence of sequence but conservation of structure among intermediate filament proteins". Cell. vol. 31 (1): pp. 243–252.  (1982) doi:10.1016/0092-8674(82)90424-X. PMID 6186381.

4) Franke WW, Schmid E, Osborn M, Weber K. Different intermediate-sized filaments distinguished by immunofluorescence microscopy. Proc Natl Acad Sci USA vol. 75: pp. 5034-5038 (1978)

5)http://www.sueddeutsche.de/sport/anti-doping-experte-werner-franke-in-der-zweiten-halbzeit-wirkt-sich-epo-fantastisch-aus-1.2379897

6)https://en.wikipedia.org/wiki/Vimentin

7)Eckes B, Colucci-Guyon E, Smola H, Nodder S, Babinet C, Krieg T, Martin P., "Impaired wound healing in embryonic and adult mice lacking vimentin.". Journal of Cell Science. vol. 113: pp. 2455–2462. (2000) PMID 10852824.

8) Izant JG, Lazarides E.,  "Invariance and heterogeneity in the major structural and regulatory proteins

of chick muscle cells revealed by two-dimensional gel electrophoresis". Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. vol. 74 (4): pp. 1450–1454. (1977) PMC 430794 Freely accessible. PMID 266185. doi:10.1073/pnas.74.4.145

9)Li Zhenlin, Alain Lilienbauma, Gillian Butler-Browneb, Denise Paulin., Human desmin-coding gene: complete nucleotide sequence, characterization and regulation of expression during myogenesis and development., Gene, vol. 78, Issue 2,  pp. 243–254 (1989)
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/0378111989902278

10)Capetanaki Y1, Milner DJ, Weitzer G., Desmin in muscle formation and maintenance: knockouts and consequences., Cell Struct Funct., vol. 22(1): pp. 103-116. (1997)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/9113396

11)デスミンミオパシー,デスミン遺伝子の突然変異による心筋ミオパシーを伴った骨格筋ミオパシー: 
http://www.nejm.jp/abstract/vol342.p770

12)Panagiotis Koutakis et al., Abnormal Accumulation of Desmin in Gastrocnemius Myofibers of Patients with Peripheral Artery Disease: Association with Altered Myofiber Morphology and Density, Mitochondrial Dysfunction and Impaired Limb Function., Journal of Histochemistry and Cytochemistry (2015)
https://www.researchgate.net/publication/270705709_Abnormal_Accumulation_of_Desmin_in_Gastrocnemius_Myofibers_of_Patients_with_Peripheral_Artery_Disease_Association_with_Altered_Myofiber_Morphology_and_Density_Mitochondrial_Dysfunction_and_Impaired_Li

13)F.C. Huneeus. and P.F. Davison,  Fibrillar proteins from squid axons: I. Neurofilament protein, Journal

of Molecular Biology, vol. 52, Issue 3, pp. 415-418 (1970).
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/0022283670904109#

14)https://en.wikipedia.org/wiki/Neurofilament

15)Aaronson RP, Blobel G., Isolation of nuclear pore complexes in association with a lamina. Proc Natl Acad Sci vol. 72: pp. 1007–1011 (1975)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2964183/

16)McKeon FD, Kirschner MW, Caput D., Homologies in both primary and secondary structure between nuclear envelope and intermediate filament proteins. Nature 319: 463–468 (1986)

17)https://en.wikipedia.org/wiki/Lamin

18)Thomas Dechat, Stephen A. Adam, Pekka Taimen, Takeshi Shimi,and Robert D. Goldman, Nuclear Lamins., Cold Spring Harb Perspect Biol;2:a000547 (2010)

19)http://www.abcam.co.jp/lamin-b1-antibody-nuclear-envelope-marker-ab16048.html

20)http://www.abcam.co.jp/lamin-a-antibody-ab26300.html

21)https://www.thermofisher.com/jp/ja/home/life-science/antibodies/primary-antibodies/cell-marker-antibodies/lamin-ac-antibodies.html

22)http://ruo.mbl.co.jp/bio/dtl/A/?pcd=PM064

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2017年6月 4日 (日)

やぶにらみ生物論75: 細胞骨格2

真核生物のチューブリン・アクチン・ケラチンについて、基本的なことはすでに以前に述べています(1)。従ってここではもう少し進んだ話題、または別の話題を取り上げます。

まずチューブリンについて。チューブリンにはいずれも分子量約5万の α と β があり、通常 α と β が結合してαβ の形で存在します。このほか動原体にある γ 、中心体にある δ と ε などが知られています。微小管はαβ がタンデムに連結したプロトフィラメント(αβαβαβαβ・・・)同士がパラレルに11~16本結合して、中空のチューブを形成しています(図1)。微小管は細胞分裂の際には紡錘体を形成し(図2)、鞭毛・繊毛においても特殊な配列をとりますが(図2)、一般的には細胞質全体にひろがって存在します(図1)。

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α  と β はヘテロダイマーとして行動し、αβαβαβαβ・・・という形でプロトフィラメントが形成されるので、プロトフィラメントには極性が存在します。しかもフィラメント同士はパラレルなので、微小管全体として極性が発生し、β側を+末端、α側を-末端と呼びます。β 側でフィラメントが伸長し、α 側で崩壊するという意味での+-なのですが、-末端は比較的安定で、+末端は-末端より頻繁に大規模な崩壊(カタストロフ)や修復(レスキュー)を繰り返していることがわかってきました(図3、参照 2、3)。

カタストロフの過程では、プロトフィラメントの末端からGTP結合チューブリンの脱落からはじまるフィラメントの短縮だけでなく、フィラメント同士の接着もはがれるようです(図3、参照 3)。

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このような微小管の動態を制御しているタンパク質群はMAPS(microtubule-associated proteins、4、5)、+TIPS(6)など非常に数多く、微小管の機能や制御の多彩さを示しています。あまりに複雑怪奇なので、私はこの方面になるべく関心を持たないようにしようと思っていました。それ故に、現在でもまだ未知の現象が多い宝の山かもしれません。

もうひとつ微小管の重要な役割は、細胞の中の道路として機能することです。ダイニンやキネシンはATPをエネルギー源として微小管上を袋(ベシクル)をかついで「歩行」し、細胞の隅々まで物質を届けます(図4)。神経細胞の軸索などは1mくらいの場合もあるので、ダイニンやキネシンのようなモータータンパク質を使わないと、必要な物質を末端まで供給できません。

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次はアクチンです。チューブリンを発見・精製・命名したのは戦後間もない日本の毛利秀雄でしたが、アクチンの発見者も当時科学では辺境の地であったハンガリーのブルノ・フェレンツ・シュトラウプでした。彼はハトの筋肉をすりつぶし、アセトンにいったん溶かして乾燥し、アセトンパウダーを作成して、そこからアクチンを抽出・精製しました。今でもアクチンの精製には、基本的にシュトラウプの方法が使われています(7)。

アクチンは単独の分子の場合G-アクチンともいい、G-アクチンが連結して線維を形成している場合F-アクチンといいます。Fアクチンにざまざまな制御タンパク質が結合してマイクロフィラメントが形成されますが、千差万別になって表現できないので、図5ではアクチンのポリマーとして示してあります。

マイクロフィラメントには微小管と同様+末端と-末端があり、ATPが結合したGアクチンが+末端に結合してフィラメントを伸ばし、ADP-Gアクチンが-末端から脱落してフィラメントを縮めるということになります。図5の下図をみると、マイクロフィラメントは細胞がある方向に伸長している場合、その伸長方向に平行に伸びている場合が多いことがわかります。また細胞膜近傍に顕著に観察されます。

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真核生物が誕生したとき、生物の生き方に関するひとつの革命が起きました。それは水中を浮遊したり泳いだりして生きるのではなく、固体に密着して生きるということです。そして移動には鞭毛ではなく、アメーバ運動を利用する生物が生まれました。アメーバ運動をするためには仮足が必要です。仮足には図6Bのような糸状仮足(フィロポディウム)と図6Cのような葉状仮足(ラメリポディウム)があります。いずれも仮足の先端部にはマイクロフィラメントが密集していて、マイクロフィラメントの伸長・短縮によって仮足が動いていることが示唆されます。

一方でマイクロフィラメントの基部には微小管が集結しています。あたかもマイクロフィラメントの枝を微小管の幹がささえているようなイメージです。糸状仮足が伸びるということは、マイクロフィラメントの+末端にGアクチンが次々と結合している状態に他なりません。

BCと異なり、Aではマイクロフィラメントが赤になっていることに注意してください。動いていないAのような細胞では、マイクロフィラメントは細胞膜の裏打ち構造を形成しています。細胞質のマイクロフィラメントは太い束にならず、細胞全体に分散しているように見えます。ただし方向はランダムではなく、パラレルな感じで分布しています。一方微小管(緑)は核の周辺に密集し、そこから部分的に細胞の辺縁に伸びているように見えます。

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アクチンは細胞の形態を決める細胞骨格としての役割以外に、細胞運動にもかかわっていますが、さらに細菌や古細菌ではFtsZが担っていた細胞分裂の主役も、真核生物ではアクチンが担うようになりました。図7のようにアクチンが分裂溝に集結しています。

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私達のような動物では、アクチンはミオシンという別グループのタンパク質と協力して筋肉という組織を形成して、これを使って歩行したり、キーボードをたたいたり、胃腸を動かしたり、心臓を収縮させたりしています。横紋筋にはサルコメア(筋節)という収縮の単位構造があり、この中にアクチン線維とミオシン線維が交互に配置されていて、その相互作用により筋収縮が行われています(図8)。

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このことは1954年に Andrew Fielding Huxley ら(8、図9)と Hugh Esmor Huxley ら(9、図9)によって同時に発表されました。しかしミオシン線維の中にアクチン線維が滑り込むといういわゆる「すべり説」は、現在でも基本的に正しいとされているにもかかわらず(10)、二人ともこの件ではノーベル賞を授与されていません。江橋節郎(図9)がカルシウムが筋収縮のシグナルであることを発見したにもかかわらずノーベル賞を授与されなかったのも、このことが影響していると思われます。

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江橋節郎は「カルシウムと私」という文のなかで、カルシウム説を学会で発表した当時の様子を次のように述べています:

「“座長のハンス・ウェーバーが 「討議の結果、カルシウム説は明らかに否定された」と宣言するや、娘のアンネマリー・ウェーバーは激昂して絶叫し、エバシは日本語でわめいた。皆は腹をかかえて笑った” 座長は、皮肉なことにアンネマリーの父であり、当時筋研究の泰斗として世界に知られるハンス・ウェーバーだった。アンネマリーが激昂して絶叫したのも本当だし、私がわめいたのも本当である。しかし、いかに興奮したとはいえ、日本語を使うはずがない。私の英語が誰も理解できなかったのである。この会議で、2人はまさにピエロだった。厳格な父親のウェーバーは、娘が変な日本人に引っ掛かって困っていると言っていたそうだ。」(11)。

勿論現在ではカルシウムがトロポニン・トロポミオシンを介して筋収縮を制御している・・・細胞内のカルシウム濃度が上昇する際に収縮し、下降するとき弛緩する・・・ということは明らかとなっています(図10)。

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「すべり」は当然ミオシンとアクチンの分子的相互作用によっておこるわけですが、そのメカニズムについては当初ミオシン分子がATPのエネルギーを用いて変形し、そっれに伴ってアクチンが動くという「首振り説」(図8)が有力でしたが、その後柳田敏男らがミオシン分子滑走モデルを提出し(12、図8)、激烈な論争になりました。

私には詳細はよくわかりませんが、首振りのような動作ではなくても、ミオシンの分子変形がアクチンの動きに関与していることは否定しがたい事実のようです(13、14)。ただし1個のミオシン分子の変形によって、接するアクチンの移動する距離を説明することはできないので、さらなる研究が必要です(15)。

参照

1)http://morph.way-nifty.com/grey/2017/02/post-ef6b.html
  http://morph.way-nifty.com/lecture/2017/02/post-2862.html

2)Tim Mitchison & Marc Kirschner, Dynamic instability of microtubule growth., Nature vol. 312, pp. 237 - 242 (1984); doi:10.1038/312237a0

3)伊藤知彦: 微小管 動態の基礎 in  「細胞骨格と細胞接着」 蛋白質 核酸 酵素 vol. 51, pp. 529 - 534 (2006)

4)小谷 亨、松島一幸、久永眞市: 微小管結合タンパク質の構造と機能 蛋白質 核酸 酵素 vol. 51, pp. 535 - 542 (2006)

5)https://en.wikipedia.org/wiki/Microtubule-associated_protein

6)Anna Akhmanova and Michel O. Steinmetz, Microtubule +TIPs at a glance.,  J Cell Sci., vol. 123(10), pp. 3415 - 3419 (2010)
https://pdfs.semanticscholar.org/3f9f/197f841548e9cd9f886ca76e58bfe77b7942.pdf

7)水野 裕昭、山城 佐和子: アセトンパウダーからのATP, ADPアクチンの精製 日本細胞生物学会HP
http://www.jscb.gr.jp/protocol/protocol.html?id=25

8)HUXLEY AF, NIEDERGERKE R., Structural changes in muscle during contraction; interference microscopy of living muscle fibres. Nature. Vol. 22;173(4412): pp. 971-973. (1954)

9)HUXLEY H, HANSON J., Changes in the cross-striations of muscle during contraction and stretch and their structural interpretation. Nature. Vol. 22;173(4412): pp. 973-976. (1954)

10)W. O.Williams, Huxley’s Model of Muscle Contraction with Compliance., Journal of Elasticity, Vol. 105, Issue 1,  pp. 365–380 (2011)
http://www.math.cmu.edu/~wow/papers/complmusc.pdf

11)生命誌ジャーナル12号 JT生命誌研究館

12)http://wedge.ismedia.jp/articles/-/1140

13)上田太郎、ミオシン首振り説:部位特異的変異による検証から構造遺伝学によるメカニズム解明へ。生物物理 Vol. 37 No.1 pp.331-335 (1997)

14)Lauren J. Dupuis, Joost Lumens, Theo Arts, Tammo Delhaas, Mechano-chemical Interactions in Cardiac Sarcomere Contraction: A Computational
Modeling Study., PLOS Computational Biology,  | DOI:10.1371/journal.pcbi.1005126 October 7, (2016)
http://journals.plos.org/ploscompbiol/article?id=10.1371/journal.pcbi.1005126

15)http://brownian.motion.ne.jp/16_FlexibleMolMachine/03_IsMascleMorter.html

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2017年5月25日 (木)

やぶにらみ生物論74: 細胞骨格1

250pxtaraibune1船は船の格好をしているので、漕げば思う方向に進むのであって、これが不定形のふにゃふにゃとしたものであれば、乱流が発生して漕ぐのはとても困難になるでしょう。

左の写真はウィキペディアから佐渡のたらい船ですが、実際にこれを漕いでみた方は、その困難さに驚いたのではないでしょうか?

https://www.tripadvisor.jp/ShowUserReviews-g1021355-d1947724-r278970072-Rikiya_Kanko_Kisen-Sado_Niigata_Prefecture_Chubu.html)。

ですから細菌がピンと張った船あるいは棒状の細胞であることは重要です。彼らは唯一の複雑で高級な備品である鞭毛を動かし、栄養物質を求めて泳ぎます。細菌はアメーバのような方法で移動することはできません。

脂質で構成されている細胞膜ではこのような堅さは実現できません。そこで細菌は糖ペプチドや糖脂質でできた細胞壁で細胞を被って、丈夫でかつ鞭毛で泳ぎやすい細胞を作り出しました。細菌にも細胞骨格があるという話を聞いたときには、おそらく硬い屋根のような構造には梁が必要だろうと思ったわけですが、事はそう単純ではありませんでした。

真核生物の細胞骨格には、チューブリン系・アクチン系・ケラチン系の3つのグループのタンパク質群が存在します。細胞骨格という名前からは骨のような硬い物質が連想されますが、そうではなく、分子が重合して繊維状の構造を形成できる物質と考えた方が近いと思います。ひとつ注意したいのはカイコの繭やクモの糸などは繊維状のタンパク質重合体ではありますが、細胞の外に出て機能するものは細胞骨格とは言いません。

細菌の細胞骨格研究の萌芽は、1991年のバイとルトケンハウスによる FtsZ の局在に関する研究でした(1)。どうして真核生物に比べて、細菌の細胞骨格研究が著しく遅れたかというと、それは細菌におけるタンパク質の局在は、光学顕微鏡で研究するのはターゲットが小さいためなかなか難しく、電子顕微鏡に頼らざるを得なかったからです。電子顕微鏡によるタンパク質の同定(免疫電顕)には多くの技術的制限があって、一筋縄ではいかないことが多いのです。

バイとルトケンハウスの研究をまとめたのが図1(左)です。真核生物の収縮環にアクチンが集合するのはわかっていたので(図1右)、細菌型アクチンかと色めき立ったのですが、真相はもっと驚くべきことでした。デブール(図1)らとレイチャンドゥーリらは1992年、FtsZ がアクチンではなくチューブリンのホモログであることを発表したのです(2、3)。細菌ばかりでなく、一般的に古細菌もFtsZ を使って細胞分裂を行うようです(4)。

A

FtsZ は20世紀の中頃、広田幸敬が細胞分裂の温度感受性突然変異体を多数作ったなかに、この遺伝子のミュータントがみつかっていました(5)。これがチューブリンのホモログだなんてきっと墓の中で驚いていることでしょう。ようやく1990年代になってその研究が端緒についたわけです。まだ FtsZ がどのように分裂溝形成にかかわっているかということは完全には解明されていませんが、細胞膜と結合するためのアンカーや制御因子の研究は進んでいるようです。この遺伝子を分裂酵母に組み込んで発現させると、やはり分裂溝に集まってくるそうなので(6)、分裂溝となんらかの関係があることは確からしいです。

FtsZ は葉緑体にも存在し、驚くべきことに真核生物においては、真核生物にしかないダイナミンファミリーのタンパク質が太古のタンパク質 FtsZ と共同して分裂装置を形成するそうで、まさに10億年の時空を越えたコラボレーションです(7)。

私達ヒトのミトコンドリアはもはや FtsZ を持っていませんが、原生動物・藻類・粘菌など古参の真核生物のミトコンドリアは FtsZ を使って分裂しているようです(8)。

クインとマーゴリンは、大腸菌の細胞分裂時における FtsZ の局在をGFPラベルで示した美しい写真を、教育用に提供してくれているので図2に示しました。平常時にはラベルが分散しているのではっきりとはみえませんが、細胞分裂時には分裂溝に集結するのでよく見えます。

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図3は β-チューブリンと FtsZ の分子構造を比較したものですが(10)、素人目にもかなり似ている部分(サークル内)があるように思いました。

Photo

このようにしてチューブリンのホモログはみつかりました。ではアクチンに類似した細菌タンパク質もあるのでしょうか? このことが判明したのは21世紀になってからでした。

MreB というアクチンスーパーファミリーに属するタンパク質が細菌に存在することを発見したのはフシニータ・ファン・デン・エントらでした(11)。アラインメントの結果、MreB は真核生物のアクチンとはわずか15%の一致でしたが、重合してケーブルを形成することや、細胞の形態を維持するために必須であること、3次元構造がよく似ていること(図4、参照12)などから、ホモログであると考えられています。MreB を欠損すると、大腸菌は棒状(ロッド状)の形態を失って球形の大きな細胞になり、娘細胞への染色体の分配がうまくできなくなって致命的となります(13)。

A_4

MreB は細胞膜直下でコイル状やリング状に重合したケーブルとなって、細菌のロッド状構造を維持することができます(図5、14)。これはシュラフからテントへの昇格に例えられるでしょう。細胞分裂の際には真核生物の紡錘糸のような役割も果たしているようです(15)。しかしそれではチューブリンとアクチンの役割が細菌と真核生物で入れ替わったということになり、奇怪なミステリーです。ただチューブリン系は重合にGTPのエネルギーを、アクチン系はATPのエネルギーを使うという方式は十億年以上の時を越えてほぼ維持されているようです。

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MreB そのものは膜結合タンパク質ではないため、細胞膜直下に局在するためには他のタンパク質がアシストしてあげなければなりません。ファン・デン・エントらは図6のようなモデルを提出しています(16)。このモデルではRod Z というタンパク質が MreB と膜貫通タンパク質の両者と結合して、クランプの役割をはたしていることになります。

細菌のアクチンホモログの研究は21世紀になってからはじまったので、まだまだ解決しなければ行けない課題は多いと思います。ただこの種の研究はいまやカルトな趣味の世界にはいりつつあり、そのような世界で生きようとする人々には好ましい状況です。それでもこれは生身の生物についての科学ですから、どんなところに人類に有用な知識が潜んでいるかわかりません。

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細菌のアクチンホモログはMreBだけではなく、同じオペロンに含まれる MreC、MreDなどのほか、ParM というグループもみつかっています(図4、図7、参照12)。Mre B の役割としては、細胞分裂の際に図7のようにプラスミドDNAを細胞の両端に押し分け、片方の娘細胞に偏ってプラスミドが分配されないようにすることがわかっています(図7、参照10、12)。

図7の右側はParM がプラスミドDNAに結合したParRと結合していることを示しています。さらにフリーのParMは、ATPのエネルギーを使ってParM線維にDNA側から結合し、線維を伸長させることを示唆しています。

ガスパール・ジェケリーはその総説の中で、原核生物のタンパク質ネットワークは1)プラスミドのパーティショニング(ParMの語源)、2)細胞分裂のための装置、3)細胞膜の合成と細胞の骨組み のために発達してきたと述べています(16)。

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古細菌の細胞骨格研究はあまり進んでいないようですが、クレナクチンという真核生物のアクチンとよく似たアクチンホモログがみつかっています(18、19)。アクチンホモログの分子進化はおおまかには図8のようになっています。FtsA は分裂溝に出現するタンパク質です。

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最後にケラチン系のタンパク質についてみてみましょう。このグループがつくるケーブルは中間径線維と呼ばれています。真核生物の場合、アクチンがつくるケーブルはマイクロフィラメントと呼ばれており、径は5~9nm。チューブリンがつくるケーブルは微小管と呼ばれていて、径は約25nm。中間径繊維のケーブルの径は8~12nmで、マイクロフィラメントと微小管の中間的なサイズなのでそう呼ばれているわけです。

真核生物の中間径繊維をつくるタンパク質は多様で、ケラチン・ビメンチン・ニューロフィラメント・核ラミンなどがあります。細菌にもこのグループのタンパク質はみつかっていて、それはクレセンチンです(20、21)。細胞がロッド状でなくジェリービーンズのような格好をした菌、あるいはヘビのようにくねくねした形態の菌に、図9のように片側に偏った感じで配置されています。クレセンチンがあるサイドはテンションがかかっていて縮み、逆サイドは延びるということになります。両サイドが交互に重合と解離を繰り返せば泳げるかもしれません。

クレセンチンはウィキペディアによると、ケラチン19のアミノ酸配列を比較すると25%が一致し40% の領域で相同性が認められるそうです。核ラミンと比較しても同様なホモロジーがあるそうで、ケラチン系タンパク質の祖先であることは間違いないと思われます。

C

脂質二重層でDNAを被えば、それは生物としての出発点といえるでしょうが、脂質だけの細胞膜は脆弱すぎるという問題があります。ですから細胞膜を多糖類やタンパク質で裏打ちしたり、その工事のために足場をつくったりするために細胞骨格が必要であったとは容易に想像できます。しかしジェケリーが言うように(17)、とりわけプラスミドDNAをうまく娘細胞に分離するために必要だったという考え方にもうなづけるものがあります。例えば図8の分子系統図をみるとMreBやFtsAより、ParMファミリーの方が古いタンパク質とされています。

参照

1)Erfei Bi and Joe Lutkenhaus, FtsZ ring structure associated with division in Escherichia coli., Nature vol.354, pp.161-163 (1991)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/1944597
https://www.researchgate.net/publication/21210591_FtsZ_ring_structure_associated_with_division_in_Escherichia_coli

2)de Boer P., Crossley R., Rothfield L., The essential bacterial cell division protein FtsZ is a GTPase., Nature vol. 359, pp. 254-256 (1992)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/1528268

3)RayChandhuri D., Park J. T., Escherichia coli cell-division gene ftsZ encodes a novel GTP-binding protein. Nature vol. 359, pp. 251-254 (1992)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/1528267

4)http://tdl.libra.titech.ac.jp/hkshi/xc/contents/pdf/117098745/12

5)https://ja.wikipedia.org/wiki/FtsZ

6)Ramanujam Srinivasan et al., The bacterial cell division protein FtsZ assembles into cytoplasmic rings in fission yeast. Genes and Development vol. 22, pp.

1741-1746 (2008)
http://genesdev.cshlp.org/content/22/13/1741.full

7)宮城島進也、葉緑体の分裂制御機構とその進化 植物科学最前線 vol. 5, pp. 21-36 (2014)

8)Kiefel BR1, Gilson PR, Beech PL., Diverse eukaryotes have retained mitochondrial homologues of the bacterial division protein FtsZ., Protist.  vol. 155 (1), pp. 105-115. (2004)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/15144062

9)Qin Sun and William Margolin, FtsZ Dynamics during the Division Cycle of Live Escherichia coli Cells.,  J Bacteriol., vol. 180 (8):  pp. 2050–2056. (1998)

10)Yu-Ling Shih and Lawrence Rothfield, The bacterial cytoskeleton., Microbiol Molec Biol Reviews pp. 729-754 (2006)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1594594/figure/f1/

11)Fusinita van den Ent, Linda A. Amos & Jan Lowe, Prokaryotic origin of the actin cytoskeleton. Nature vol. 413, pp. 39-44 (2001)
http://www.ibt.unam.mx/computo/pdfs/cursosviejos/bcelular/procaryoticoriginofactin.pdf

12)Joshua W. Shaevitz and Zemer Gitai, The Structure and Function of Bacterial Actin Homologs, Cold Spring Harb Perspect Biol, 2:a000364 (2010)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/20630996

13)Kruse T, and Gerdes K., Bacterial DNA segregation by the actin-like MreB protein. Trends Cell Biol. vo. 15(7), pp. 343-345. (2005)

14)Figge RM, Divakaruni AV, Gober JW., MreB, the cell shape-determining bacterial actin homologue, co-ordinates cell wall morphogenesis in Caulobacter crescentus. Mol Microbiol. Vol. 51(5), pp. 1321-32. (2004)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/14982627

15)生物史から、自然の摂理を読み解く 
http://www.seibutsushi.net/blog/2008/09/566.html

16)Fusinita van den Ent, Christopher M Johnson, Logan Persons, Piet de Boer, and Jan  Löwe, Bacterial actin MreB assembles in complex
with cell shape protein RodZ., EMBO J., Vol. 29(6), pp. 1081–1090 (2010)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2845281/

17)Gaspar Jekely, Origin and evolution of the self-organizing cytoskeleton in the network of eukaryotic organelles. Cold Spring Harb Perspect Biol, 6:a016030 (2014)

18)Thierry Izoré, Danguole Kureisaite-Ciziene, Stephen H McLaughlin,  Jan Löwe,  Crenactin forms actin-like double helical filaments regulated by arcadin-2, eLife Vol.5:e21600 (2016)
https://elifesciences.org/content/5/e21600

19)Tatjana Brauna et al., Archaeal actin from a hyperthermophile forms a single-stranded filament.,Proc NAS USA vol.112, pp. 9340-9345 (2015)
http://www.pnas.org/content/112/30/9340.full

20)Nora Ausmees, Jeffrey R Kuhn, Christine Jacobs-Wagner, The Bacterial Cytoskeleton. An Intermediate Filament-Like Function in Cell Shape. Cell,Vol.

115, Issue 6, pp. 705–713, 12 December (2003)
http://www.cell.com/cell/fulltext/S0092-8674(03)00935-8?_returnURL=http%3A%2F%2Flinkinghub.elsevier.com%2Fretrieve%2Fpii%2FS0092867403009358%3Fshowall%3Dtrue

21)Ausmees N, Intermediate filament-like cytoskeleton of Caulobacter crescentus. J Mol Microbiol Biotechnol. 2006;11(3-5):152-8.

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2017年5月11日 (木)

やぶにらみ生物論73: 細胞膜

生命の起源をたどっていけば様々な触媒物質上での生化学的化学反応にたどりつくのでしょうが、これが生物であると言うためには外界との仕切りが必要であり、それは細胞膜以外にありません。しかし意外なことに細胞膜の基本的な構造がわかってきたのは20世紀終盤でした。

現在では細胞膜は脂質二重層からなることがわかっていますが(図1)、最初に脂質二重層仮説を提出したのはゴーターとグレンデルです。1925年のことでした。彼らは赤血球から脂質を抽出し、それが水面を完全に覆ったときの面積を赤血球の表面積で割るとほぼ2という値が得られたことから、赤血球の細胞膜は脂質二重層で構成されていると考えました(1)。

その後 Davson-Danielli のモデル、すなわちタンパク質が脂質二重層でサンドイッチされているというような考え方もありましたが(2)、結局シンガーとニコルソンが1972年に提出した流動体モザイクモデル=脂質二重層モデル(3)が、その後多くの検証を得て現在では基本的に正しいと考えられています(4)。

デジタル大辞泉では「(生体膜は)リン脂質分子の二重層からなり、親水性の部分を外側に向け、疎水性部分を内側に挟み込むように向い合い、たんぱく質分子がその表面や内部もしくは上下に貫通するようにモザイク状に入り混じっており、脂質・たんぱく質ともに流動性をもつ」と説明されています。模式図で示すと図1のようになり、電子顕微鏡でも二重層を見ることができます。

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ニコルソンはこのモデルが認められたことで有名になりましたが、もうひとつ彼を有名にした事件があります。余談となりますが、このことに触れないわけにはいきません。ニコルソンは Ph D であり、経歴を見ると医学を学んだ形跡はありませんが、次第に医学に傾斜し、湾岸戦争症候群の原因解明に主導的な役割を果たしました。

彼とナンシー夫人は、湾岸戦争症候群の主要な原因が、遺伝子改変が行われ生物兵器として用いられたマイコプラズマであることを、妨害を乗り越えてつきとめ多くの患者を救いました(5-9)。しかしそのために盗聴やさまざまな生活妨害を受け、そのうち研究を停止させられるという目に遭いました。結局カリフォルニアに自分で分子医学研究所を設立して、そこで研究を続けることになりました。

生物兵器をいったん世の中に出してしまうと、それを完全に回収することはできません。したがっていつパンデミックが発生してもおかしくない事態になります。慢性疲労症候群などの原因がマイコプラズマである可能性は高く(10)、これが生物兵器由来である可能性は否定できないと思います。また生物兵器を使用するには、テスト=人体実験をしなければならないので、政府にとっては調査が行われることは甚だまずい事態となります。ニコルソン夫妻は有名人だったので消されずにすんだのだと思います。

さてこれまでにも述べてきましたが、細胞膜を構成する脂質は主にフォスファチジルセリン、フォスファチジルエタノールアミン、フォスファチジルコリン、スフィンゴミエリン、グリコシルセレブロシドの5種類です(図3)。

すべて親水性の頭部と疎水性の尾部という構造になっており、同じ方向を向いた層と、逆向きの層とが合体して脂質二重層を形成しています(図1)。各脂質の比率は生物種・細胞によって異なり、たとえば大腸菌ではほとんどがフォスファチジルエタノールアミンであり、ヒト赤血球ではフォスファチジルセリン・フォスファチジルエタノールアミン・フォスファチジルコリン・スフィンゴミエリンの4種がバランス良く配合されています(11)。脳神経系ではグリコセレブロシドの比率が高まるでしょう。

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シンガーとニコルソンの流動体モザイクモデルは細胞膜一般についてのモデルですが、細胞膜はどこでも均一ではなく、マイクロドメインが存在するということは電子顕微鏡を用いた観察から、1950年代にはすでに話題となっていたそうです(12)。しかしそれが脂質ラフトという名で、機能的にも重要であることが認識されてきたのは20世紀末のことです(13)。ラフトというのはいかだを意味し、細胞膜という湖にいかだが浮かんでいるというイメージなのでしょう。この「いかだ」は通常の脂質以外にコレステロールとタンパク質が多く含まれていることがわかっています(14)。

図4にウィキペディアに出ていた脂質ラフトのイラストを転載します。ラフトには膜貫通タンパク質やグリコフォスファチジルイノシトールという柄のついた傘のようなタンパク質、さらに糖タンパク質、糖脂質、コレステロールなどが集結しています。通常の部分が細胞を外界と仕切る壁とすれば、ラフトは細胞膜の特別な機能を果たす場所と言えます。コレステロールはこの特殊な場所が他の場所と混じり合わないよう、ラフト領域の流動性を低下させていると考えられます(15)。またラフトの疎水部が比較的直線的に描かれているのは、飽和脂肪酸が多いことを表しています。膜貫通タンパク質がラフトに多いのは、不飽和脂肪酸の絡まり合った状態(図4の左右部)より、飽和脂肪酸のストレートな状態(中央部)の方がすわりがよいからでしょう。

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膜貫通タンパク質は次の3つのグループに分けられます。

1.1回貫通タンパク質
2.イオンチャンネル
3.7回貫通タンパク質(Gタンパク質共役受容体)

まず1回貫通タンパク質ですが、多くはチロシンキナーゼ活性またはセリン/スレオニンキナーゼ活性をもつ酵素です。細胞外からシグナル因子がくると、それの受容体となって結合し、構造変化を起こしてチロシンキナーゼ活性を発動させ、細胞内の因子をリン酸化してなんらかの効果を得るという機能を持つタンパク質です。インスリン受容体、上皮成長因子(EGF)受容体、神経成長因子(NGF)受容体、血管内皮細胞増殖因子(VEGF)受容体、インスリン様増殖因子(IGF)受容体、繊維芽細胞増殖因子(FGF)受容体、肝細胞増殖因子(HGF)受容体、血小板由来成長因子(PDGF)受容体、各種サイトカイン受容体、各種細胞接着因子受容体など多くのタンパク質がこのグループに所属します(16)。

代表例としてインスリン受容体を図5に示しました。ちなみにインスリンがどのようにインスリン受容体と結合するかが解明されたのはごく最近のことです(17)。図をみると一見2回貫通しているように見えますが、細胞外でダイマーを形成しているわけで、それぞれの酵素は1回貫通です。ただしダイマーのうち片方にしかインスリンは結合しません。インスリン結合によって受容体は活性化され、細胞内のチロシンキナーゼ活性によってIRS-1という因子がリン酸化され、さまざまな反応が連鎖しておこります。この結果グルコースが細胞にとりこまれ血糖値は低下します(図5)。

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次にイオンチャンネルですが、細胞には適切なイオン濃度があって適宜調節が必要です。もちろん最適なイオン濃度はイオンによって異なりますし、細胞によっても異なります。ロデリック・マッキノンら(図6)は放線菌のカリウムチャンネルタンパク質を結晶化して構造解析することに成功しました(18)。

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カリウムチャンネルは1回膜貫通タンパク質であり、中心に穴が開いていてイオンが通過できる構造になっています(図7)。

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ただし図8左図のようにイオンを選別するフィルターがあり、ここのドメインにうまく結合しないとチャンネルを通過できないようになっているため、各イオンチャンネルは特定のイオンだけを選別して通す機能を持っています。すなわち穴のサイズだけでイオンを選別しているわけではありません。

イオンチャンネルはミトコンドリアのプロトンポンプのように、エネルギーを消費してイオンをくみ出したりはせず、単に濃度勾配で移動させるだけですが、開閉によってイオン濃度を調節することができます。開閉のシグナルは膜電位・リガンド・機械刺激・温度・リン酸化などさまざまです(19)。

水を選択的に透過させるチャンネルもみつかっています。解明したのはピーター・アグレらで(図6、参照20)、アクアポリン(水チャンネル)と呼ばれるこのタンパク質は6回膜貫通タンパク質であり、イオンチャンネルとは全く素性の異なる物質です。他の膜貫通タンパク質と異なり、N末とC末の両者が細胞内にあります。水チャンネル=アクアポリンには多数の種類があり、水以外の物質を通過させるものもあるようです(21)。

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マッキノンとアグレは2003年のノーベル化学賞を受賞しました。マッキノンは医学への道を棄てて基礎科学に転じた人ですが、東洋系の奥さんのおかげでポストドク時代の困難な生活を乗り切ることができたそうです(22)。基礎科学では飯が食えないので医師に転じたという知人・友人は多いですが、逆のケースはほとんど知りません。フランソワ・ジャコブが戦傷で医師への道を断念して基礎科学に転じたというのは有名な話ですが。

アグレはしばしばキューバに渡航して、学会や講義活動を行ったばかりでなく、フィデル・カストロ首相と会ったりして外交的活動にも関心があったようです。また北朝鮮にも渡航して学術交流を行うなど、学問を通した国際交流にも熱心で、一時は上院議員を志したこともあるそうです。

膜貫通タンパク質の最後は7回膜貫通タンパク質です。その構造を二次元的に展開したのが図9ですが、細胞膜を7回貫通し、細胞外にN末端、細胞内にC末端があります。7回膜貫通タンパク質はすべてGタンパク質共役受容体です。すなわちGタンパク質がループを形成している図9の青色などの部分に結合すると、Gタンパク質は結合していたGDPをリリースしGTPと結合します。同時に、Gタンパク質はサブユニットGαとGβγに分離し、それぞれの機能を発揮します。その後GαはGTPを加水分解し、そのエネルギーを用いてGβγと再結合します。

すなわち7回膜貫通タンパク質は外界からの情報を受け取る、すなわち細胞外にある受容体にリガンドが結合すると、細胞内部分がGタンパク質と結合して、Gタンパク質が活性化されて、生化学反応のカスケードが起動されるという機能を持っています。

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7回膜貫通タンパク質=Gタンパク質共役受容体はメジャーなホルモンなどの受容体なので、市販の薬の約60%がこのグループをターゲットとしていると言われています。主なものを図10に示しました。ほぼ同じ長さの7本のαヘリックスが円筒状の構造を形成しているタンパク質であることがわかります。このほかにも嗅覚受容体・光受容体など非常に生理的に重要な物質も含まれています。

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Gタンパク質共役受容体(GPCR=G protein-coupled receptor)の研究で、ブライアン・コビルカとロバート・レフコウィッツの2名が2012年のノーベル化学賞を共同で受賞しています(図11)。

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細胞膜を職場としているタンパク質には、膜貫通タンパク質以外に、特殊なアンカー(GPIアンカー、GPI:Glycosylphosphatidylinositol )で膜とつながり、膜の外に突き出た状態で機能するものがあります(図4)。GPIアンカーの構造は図12のようなもので、タンパク質とアミド結合するフォスフォエタノールアミン-3個のマンノースとNアセチルグルコサミン-フォスファチジルイノシトール-2脂肪酸という順につながっています。最後の脂肪酸が細胞膜に埋め込まれている部分です。GPIアンカー型タンパク質は原生生物・酵母・カビ・粘菌・植物・無脊椎動物を含む真核生物全域でみつかっています(23)。

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細胞膜の外側で酵素を働かせようとした場合にGPIアンカーが使われるようです。リストを図13に示しますが、酵素の他、細胞接着、補体の制御、神経系のレセプターなどの機能があるようです。FGFの活性を制御していると言われるグリピカンファミリーもこのグループに属します(24)。Gタンパク質共役受容体のグループに比べると地味な感じですが、薬剤のターゲットとして注目されているようです。

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参照

1) E. Gorter and F. Grendel, On bimolecular layers of lipoids on the chromocytes of the blood., J Exp Med. vol. 41(4): pp. 439-443. (1925)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2130960/pdf/439.pdf

2)J. Danielli and H. Davson, A contribution to the theory of permeability of the films.,  J.Cellul.Physiol. vol. 5, Issue 4, pp. 495-508 (1935)

3)S. J. Singer, and Garth L. Nicolson, The Fluid Mosaic Model of the Structure of Cell Membranes., Science. vol.175 (no.4023): pp.720-723 (1972)
http://www.jstor.org/stable/1733071?origin=JSTOR-pdf&seq=1#page_scan_tab_contents

4)Garth L. Nicolson, The Fluid—Mosaic Model of Membrane Structure: Still relevant to understanding the structure, function and dynamics of biological membranes after more than 40 years. Biochimica et Biophysica Acta (BBA) - Biomembranes, Vol. 1838, Issue 6,  pp. 1451–1466 (2014)
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0005273613003933

5)Garth L. Nicolson, Ph.D. and Nancy L. Nicolson, Ph.D. Chronic Fatigue Illnesses Associatedwith Service in Operation Desert Storm. Were Biological Weapons Used Against our Forcesin the Gulf War?  TOWNSEND LETTER FOR DOCTORS 1996; 156:42-48.
http://www.immed.org/GWI%20Research%20docs/06.26.12.updates.pdfs.gwi/TownsendLettGWI1996.pdf

6)湾岸戦争症候群に罹患した復員軍人の「家族」の血液から生物兵器?を続々検出
http://www.asyura2.com/0311/war41/msg/282.html

7)白血球から検出のマイコプラズマにエイズウイルスの被膜遺伝子配列:生物兵器の証拠文献
http://www.asyura2.com/0311/war41/msg/582.html

8)米軍病理学研究所へようこそ!:これが米国のばら撒いた「免疫不全」マイコ生物兵器:全訳付き
http://www.asyura2.com/0311/war41/msg/707.html
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/141.html

9)ニコルソン博士夫妻に驚くべき妨害
http://satehate.exblog.jp/11649060/

10)Endresen, G.K., Mycoplasma blood infection in chronic fatigue and fibromyalgia syndromes., Rheumatol Int. vo. 23(5), pp. 211-215. Epub 2003 Jul 16.
http://link.springer.com/article/10.1007%2Fs00296-003-0355-7

11)京都大学大学院 梅田研究室
http://www.sbchem.kyoto-u.ac.jp/umeda-lab/research/hikaku.html

12)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%84%82%E8%B3%AA%E3%83%A9%E3%83%95%E3%83%88

13)Kai Simons & Elina Ikonen, Functional rafts in cell membranes., Nature vol. 387, pp. 569-572 (1997) | doi:10.1038/42408

14)Richard M. Epand, Proteins and cholesterol-rich domains., Biochimica et Biophysica Acta (BBA) - Biomembranes, Vol. 1778, pp. 1576-1582 (2008)
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S000527360800120X

15)慶應義塾大学環境情報学部・基礎分子生物学3 「膜の構造と機能」
http://chianti.ucsd.edu/~rsaito/ENTRY1/WEB_RS3/PDF/JPN/Texts/biobasic3-2-7.pdf#search=%27%E3%82%B3%E3%83%AC%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%AB++%E8%86%9C%E6%B5%81%E5%8B%95%E6%80%A7%E3%81%AE%E4%BD%8E%E4%B8%8B%27

16)薬のすべてがわかる!薬学まとめ
http://kusuri-yakugaku.com/pharmaceutical-field/pharmacolory/receptor/membrane-receptor/1tm-receptor/

17)John G. Menting et al., How insulin engages its primary binding site on the insulin receptor., Nature  vol. 493, pp. 241–245 (2013) doi:10.1038/nature11781

18)Doyle DA, Morais Cabral J, Pfuetzner RA, Kuo A, Gulbis JM, Cohen SL, Chait BT, MacKinnon R.,  The structure of the potassium channel: molecular basis of K+ conduction and selectivity.,  Science vol. 280 (5360): pp. 69–77. (1998)  doi:10.1126/science.280.5360.69. PMID 9525859

19)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%AA%E3%83%B3%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%8D%E3%83%AB

20)Peter Agre et al., Aquaporin CHIP: the archetypal molecular water channel., American Journal of Physiology - Renal Physiology  Vol. 265  no.  4,   F463-F476  (1993)

21)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%AF%E3%82%A2%E3%83%9D%E3%83%AA%E3%83%B3

22)https://www.nobelprize.org/nobel_prizes/chemistry/laureates/2003/mackinnon-bio.html

23)Varki A, Cummings RD, Esko JD, et al., editors. Essentials of Glycobiology. 2nd edition. Cold Spring Harbor Laboratory Press (2009).

24)http://www.glycoforum.gr.jp/science/word/proteoglycan/PGA02J.html

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2017年5月 5日 (金)

やぶにらみ生物論72: 呼吸

ハンス・クレブスらの研究によって、クエン酸回路の全貌が明らかとなり、ブドウ糖が体内でどのように代謝されるかが解明されました(図1)。しかし図1にATPという文字はどこにも書かれていません。酸素もどこにも現れません。クエン酸回路は呼吸の要なのにどうなっているのでしょうか?

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まずクエン酸回路に投入される物質(インプット)と、クエン酸回路で精製される物質(アウトプット)を図2にまとめてみました。科学者に課せられた課題は、このアウトプットがどのようにATP生成や酸素の消費にかかわっているかということでした。

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クエン酸回路の反応が行われている場所がミトコンドリアであることは、当時から推測されていたわけですが、その反応系を試験管の中に取り出すことは誰にもできませんでした。そのためにはまず細胞を壊して、反応系が無傷で保存されているミトコンドリアを取り出さなければいけません。つまり細胞は壊れているけれど、ミトコンドリアは壊れていないという状態です。これに成功したのがアルベール・クロード(1898~1983、図3)でした。

クロードはベルギー人で、子供の頃に母親を亡くして叔母の手で貧困の中で育ちましたが、第一次世界大戦がはじまったときにチャーチルにあこがれて英国のスパイ組織に従事し、戦後連合国のメダルと退役軍人のステータスを獲得することができて、進学の機会を与えられました。彼は高校に行ってなかったので、リエ-ジュ大学医学部に入学する前に鉱山学校で勉強して、鉱石を遠心分離機で分離する技術を知っていました。何が幸いするかわかりません。彼はこれを細胞にも応用して、ミトコンドリアを遠心分離機を使って無傷で取り出すことに成功したのです。この技術は細胞分画法とよばれるもので、後の生化学の発展に大きく寄与しました(1)。

ミトコンドリアはサイズが小さすぎて光学顕微鏡ではうまく観察できないので、構造を解明するためには電子顕微鏡を用いた研究が必要でした。クロードはルーマニア人のジョージ・パラディー(1912~2008、図3)を誘って電子顕微鏡を生物試料に適用する研究を進めてもらいました。二人は後年(1974年)ノーベル医学生理学賞を受賞しました。

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さてそのミトコンドリアですが、もともとは細菌だったと考えられているわけです。真核生物にとりこまれ、紆余曲折を経て現在のようにオルガネラとして細胞の中で生きています。ミトコンドリアの最もシンプルな構造図を図4に記します。外膜は真核生物由来らしく、細菌から引き継いだ特異な機構は内膜に集中しています。ウィキペディアによるとミトコンドリアの重量は体重の10%を占めるそうで、私達はまさしく真核生物と細菌の合作であることを思い起こさせます。

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ミトコンドリアは真核生物に取り込まれる前から、クエン酸回路で生成したNADHやFADH2、および取り込んだ酸素を使ってH+(プロトン)を膜間腔に追い出し、マトリックスと膜間腔の間に形成されたH+の濃度差による化学浸透圧を利用してATPを合成しています。このようなメカニズムに最初に気がついたのはピーター・ミッチェル(1920~1992、図5)でした。彼はその研究結果を1961年にNature誌に報告しました(2)。しかしその理論はあまりにも斬新なものだったので信じる人が少なく、職を得ることができなかったので、自宅をGlynn研究所と名付けて自費で研究を続けるしかありませんでした(3、4)。

この困難な状況はエフレム・ラッカー、香川靖雄(図5)らによって、ミトコンドリアの内膜に埋め込まれたATP合成酵素が発見されたことで改善され、ピーター・ミッチェルは1978年にノーベル化学賞を受賞しました。このあたりの事情は参照文献(3)に詳述されています。図4の膜内粒子とはATP合成酵素でした。この酵素は複雑で巨大な構造をとっており、まだ正確な分子量は明らかになっておりません。

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現在の理解では、図6に示されるように膜貫通システム複合体 I、III、IV、およびそれを補佐するシステムIIによって、NADH、FADH2、酸素を使ってプロトン(H+)をマトリックスから膜間腔に排出するポンプを駆動し、排出されたプロトンが化学浸透圧によってマトリックスに回帰する際に、そのエネルギーを利用してATP合成酵素がADPからATPを合成するということになっています(5、6)。

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複合体 I についてウィキペディアの受け売りをしますと、図7のように、「複合体 I では、解糖系およびクエン酸回路から得られた NADH から2つの電子が取り除かれ、脂質可溶キャリアであるユビキノンに移される。ユビキノンの還元生成物であるユビキノールは膜の内部を自由に拡散し、次の複合体 III に電子伝達を行なう。複合体 I はプロトンポンプ機構(プロトンが膜を通過する機構)およびキノンサイクル機構を用いて4つのプロトンを膜を通して移動させ、プロトン勾配を作る」 ということになっているそうです(7)。ユビキノンの還元について関心のある方は(8)をご覧下さい。複合体 I が行っていることの収支式は

NADH + ユビキノン(Q) + 5H+ in → NAD+ + ユビキノール(QH2) + 4H+out

ということになります。

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プロトンの排出を行っている複合体は細菌とミトコンドリアではかなり異なっているようですが(7)、ATP合成酵素は全生物共通で進化の痕跡がみられない(9)というのは驚異的です。

ATP合成酵素の研究でポール・ボイヤーとジョン・ウォーカーが1997年にノーベル化学賞を受賞しましたが(図8、参照10)、その影には木下一彦(~2015、図8)らの革命的な研究があったことは確かでしょう。ボイヤーらはATP合成酵素がタービンのように回転するという仮説をたてていましたが、誰もそれを証明することができなかったのです。しかし木下らは酵素を標識することによって、顕微鏡下でその回転を可視化することに成功しました(11)。これによってボイヤーは98才という高齢でノーベル賞を受賞することができたと思われます。

木下らは当然ノーベル賞を受賞すべき成果を上げましたが、ボイヤーが高齢であることから迅速にということで、彼と結晶化して分子構造を解析したジョン・ウォーカーが、とってつけたような Na-K-ATPase のイェンス・スコウと共に授賞されました。論文発表の年に授賞というのはいくらなんでも無理だったのでこういうことになったのでしょう。

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ATP合成酵素は膜間腔につきだしているF1部位と、ミトコンドリア内膜に埋め込まれているFo(エフオー)部位からなる巨大なタンパク質複合体です(図9)。プロトンの流れによってF1部位の γ サブユニットがタービンのように回転し(反時計回り)、ATPを合成するエネルギーを生み出していると考えられます(12)。ATP合成酵素によってマトリックスにとりこまれたプロトンは、すぐに酸素と結合して水になってしまうので、クエン酸回路とプロトンポンプが動いている限り、内膜の外と内でプロトンの濃度差がなくなる状態にはなりません。

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以上のようにエムデン・マイヤーホフ系はミトコンドリア外の細胞質で、クエン酸回路はミトコンドリアマトリックスで、プロトンポンプとATP合成酵素はミトコンドリア内膜で機能しています。

木下一彦先生は2015年の秋に、南アルプス小仙丈岳付近で滑落死するという不慮の死をとげられました(13)。私もこのあたりは何度も歩いたことがありますが、夏山では何の問題もないハイキングコースのようなところでも、凍結していると危険なことをあらためて痛感しました。ご冥福を祈ります。

参照

1)https://en.wikipedia.org/wiki/Albert_Claude

2)Peter Mitchell, Coupling of phosphorylation to electron and hydrogen transfer by a chemi-osmotic type of mechanism. Nature  vol. 4784, pp. 144 - 148 (1961)

3)香川靖雄 「ATP合成酵素の発見から人体エネルギー学まで」 日本蛋白質科学会 シリーズ「わが国の蛋白質科学研究発展の歴史」第4回 pp. 23-32
http://www.pssj.jp/archives/files/ps_history/PS_History_04.pdf
(管理人=本稿執筆者註:この文献はいつ出版されたのか確認できませんでした。日本蛋白質科学会が設立されたのが2001年なので、それ以降であることは確かです)

4)杉晴夫 「栄養学を拓いた巨人たち」 講談社ブルーバックス (2013)

5)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%88%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AA%E3%82%A2

6)電子伝達系と酸化的リン酸化
http://kusuri-jouhou.com/creature1/dentatu.html

7)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%BB%E5%AD%90%E4%BC%9D%E9%81%94%E7%B3%BB

8)ユビキノンについて
http://hobab.fc2web.com/sub4-CoQ.htm

9)https://ja.wikipedia.org/wiki/ATP%E5%90%88%E6%88%90%E9%85%B5%E7%B4%A0

10) The Nobel Prize in Chemistry 1997,
https://www.nobelprize.org/nobel_prizes/chemistry/laureates/1997/

11)Noji H1, Yasuda R, Yoshida M, Kinosita K Jr.,  Direct observation of the rotation of F1-ATPase.,  Nature, vol. 386(6622): pp. 299-302. (1997)

12)野地博行 安田涼平 木下一彦 「回る酵素の観察」 バイオサイエンスとインダストリー vol. 56, no.10, pp. 665-670 (1998)
http://www.k2.phys.waseda.ac.jp/PDF/1998BioSI_Noji_RotEnz.pdf

13)明滅する一筋の光が我々にみせたもの ~木下一彦さんの追悼に代えて~
http://slight-bright.hatenablog.com/entry/2016/01/28/225438

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2017年4月28日 (金)

やぶにらみ生物論71: 解糖

17世紀の英国の化学者ジョン(ヨハネス)・メイヨー(1640~1679、図1)は、密閉容器にねずみとろうそくを入れ、ろうそくを燃やすと、まずろうそくが消えて、そのあとねずみが死ぬことを発見しました。ろうそくを燃やさないと、ねずみは燃やしたときと比べてもっと永く生きられました。

ボイルがすでに燃焼には空気が必要であることを主張していましたが、メイヨーは燃焼および生命現象には、空気の成分の1部だけが必要であるとし、その要素を酸素と命名しました。彼は肺が空気から酸素をより分けて血液に供給していると考え、さらに筋肉の活動も体温維持も酸素の燃焼によって行われていると考えていました(1)。メイヨーの慧眼には恐るべきものがあります。

メイヨーの学説はほぼ100年後に、ジョゼフ・プリーストリーとアントワーヌ・ラボアジェ(1743~1794、図1)によって再発見され、特にラボアジェは当時流布していたフロギストン説(「燃焼」はフロギストンという物質の放出の過程である)を否定し、物質と酸素が結合することが燃焼の本質であることを証明しました。彼はこのことを契機に質量保存の法則をみつけました。

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ラボアジェはメイヨーの考えを正しく引き継ぎ、生命の本質とは、呼吸によって体内に取り込まれた酸素によって、体内の物質を燃焼させることであると考えました。彼の著書 "Elements of Chemistry" は英文版もあり、無料でダウンロードして読むことができます(2)。業績をわかりやすくまとめたサイトもあります(3)。

彼は炭の燃焼を研究し、その本質が炭素と酸素の結合によって二酸化炭素が発生することであることを発見しました。さらに人間の呼吸もこれと類似した現象で、体内にとりこまれた酸素が、体内の炭素と結合して炭酸になることであるとしました。図2はラボアジェと共同研究者達が人の吐く息を集めて、成分を分析する実験を行っているところです。一番右でノートをとっているのが彼の妻マリー・アンヌで、彼女は実験ノートをとるだけでなく、実験器具や実験を実施している状況を正確に絵に描いたり、実験の手伝いや英語の論文の翻訳など八面六臂の大活躍で、世界最初の女性科学者とされています(4)。

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ラボアジェは徴税請負人の仕事で研究費を稼いでいました。この仕事は当然恨みを買う仕事であり、フランス革命において断罪され処刑される結果となりました。彼の名はもちろんエッフェル塔に刻まれています。

さて、ではラボアジェの酸素と結合して燃焼する生体物質とは何なのでしょうか? この答えを得るために大きな貢献をしたのがクロード・ベルナール(1813~1878、図3)でした。彼はエネルギー源となる物質はブドウ糖であること、ブドウ糖はグリコゲンという形で肝臓に貯蔵され、グリコゲンは必要時にブドウ糖に分解されることなどを証明しました。このほかにも膵液がタンパク質や多糖類を消化する、胆汁は脂質の消化を助ける、など栄養学の基盤となるような現象を次々と解明しました(5)。ただベルナールの時代には実験動物の取り扱いが悲惨なものだったので、彼の家族は動物実験に反対してみんな出て行ってしまいました(3)。国葬までされた偉大な科学者でしたが、プライベートは寂しい人生だったようです。

クロード・ベルナールは科学哲学者でもあり、松岡正剛がまとめた彼の言葉(6)から少し引用してみました。

● 実験は客観と主観のあいだの唯一の仲介者である。
● 実験的方法とは、精神と思想の自由を宣言する科学的方法である。
● われわれは疑念をおこすべきなのであって、懐疑的であってはならない。
● 実験的見解は完成した科学の最終仕上げである。

ベルナールの「実験医学序説」は私も学生時代に読んだ記憶があります。現在も岩波文庫で出版されているようです(7、図3)。

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エネルギー源がブドウ糖であることがわかったので、次はブドウ糖がどのように代謝されてエネルギーが生み出されるのかという問題でした。この問題を解明したのはグスタフ・エムデン(1874~1933、図4)とオットー・マイヤーホフ(1884~1951、図4)でした。

エムデンとマイヤーホフは共にユダヤ人だったので、ヒトラーが台頭してからは悲惨な人生でした。エムデンはヒトラー・ユーゲントの乱入で講義を妨害され、自宅に引きこもって失意のうちに病死、マイヤーホフはフランスからピレネー山脈を越えてスペインに逃れ、さらにアメリカに亡命しました。このあたりの事情は木村光が詳細を記述しています(8)。彼の文章を読むと、マイヤーホフがアメリカに亡命できたのはまさに奇跡であったことがわかります。

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エムデンとマイヤーホフと彼らの協力者達が解明したブドウ糖からピルビン酸への代謝経路を図5に示します。現代的知見では、この経路で1分子のブドウ糖の代謝によって4分子のATPが生成され、2分子のATPが消費されます。またNADHが2分子生成されます。図5で計算が合わないと思われる方もおられるかもしれませんが、グルコース1分子からグリセルアルデヒド-3-リン酸2分子が生成されるので計算は合っています。この代謝経路は解糖におけるエムデン-マイヤーホフ経路と呼ばれています。エムデンとマイヤーホフはまさしくライバルであり、非常に仲が悪かったようです。

エムデン-マイヤーホフ経路は、多少のバリエーションはありますが、細菌・古細菌・真核生物のドメインを問わない共通の代謝経路です。酸素がなくてもATPを産生できるので、地球の大気に酸素がなかった時代から完成していたと思われます。地球の生物がひとつのファミリーであることの証左でもあります。

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拡大図↓

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エムデン-マイヤーホフ経路の解明だけでは、もちろんラボアジェの「酸素と結合して燃焼する生体物質」は明らかになっていません。ラボアジェに答えるためには、ATP(アデノシン3リン酸)の発見と機能の解明、およびミトコンドリアにおけるクエン酸回路と電子伝達系の解明が必要でした。しかしそれもこれもエムデンとマイヤーホフが解明した解糖系でピルビン酸が生成されるということが出発点になっています。

ATPを誰が発見したのかということについては杉晴夫が詳しい調査を行っています(4)。彼の結論によると、「ATP (アデノシン3リン酸) の発見者はカール・ローマンということになっており、論文出版も1ヶ月早かったのですが、これはフィスケの研究室をマイヤーホフが訪問したときに聞いた話をローマンに漏らしたせいであり、本当の発見者はサイラス・フィスケ(1890-1978)とイェラプラガダ・サバロウ(1896-1948)」 だそうです(4,9)。理系の方の多くは学生時代にフィスケ・サバロウ法でリンを定量したと思います。丸山工作はフィスケとサバロウの実験ノートを調べて、彼らが1927年から1928年にかけて、ATPを発見していたことを確認したそうです(4)。

そして松田誠によると、ATP (アデノシン3リン酸) の分子構造を解明したのもローマンではなく、牧野堅(1907~1990、図6)だそうです(10,11)。これには私も全く知らなかった話で、仰天しました。牧野がどのような方法で解明したかも文献(11)に詳しく記載してあります。牧野堅は実験を行った場所こそ大連という辺境の街の病院でしたが、論文はドイツ語で書いてドイツの雑誌に受理されているわけですから(10)、もっと正当に評価されるべきだったと思います。

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すでに核酸のところでも出ましたが、ATPの構造を再揭します(図7)。ATPは図のように高エネルギー結合を2ヶ所に持っており、加水分解されてADPあるいはAMPに代謝されると、エネルギーを放出します。狭い場所に酸素原子が5個も存在して、電気的反発で非常に居心地が悪いのに、酸素を挟んで並ぶPとPが中間にある酸素のローンペアを綱引きしているので、いわゆる共鳴による安定化ができないため、非常に不安定な状態にあります。両側からバネで無理矢理圧縮されているような状態なので、加水分解で解放されると激しく振動し、温度を上昇させます(4)。

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またATPは図8に示したように、共役反応によって、基質Aをより自由エネルギーの高い活性化状態に担ぎ上げることができます。この状態でBと反応が進行し、リン酸を放出して化合物A-Bが生成します。この場合AとBと酵素を単にまぜあわせても、ATPがなければA-Bという化合物はできません。ATPを使う共役反応で、生物は必要な物質を、高分子物質すら合成することができます。ATPはこのように生合成や発熱に使われるだけでなく、筋収縮や能動輸送など生物に特異な現象に幅広く関わっています。

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1937年ハンス・クレブス(1900~1981、図9)はハト胸筋のスライスにピルビン酸とオキザロ酢酸を加えるとクエン酸が生成されることを発見しました。その頃までにコハク酸からオキザロ酢酸への経路はセント・ジェルジによって、クエン酸からα-ケトグルタル酸への経路はカール・マルチウスとフランツ・クヌープによって明らかにされていたので、この両者をつなぐことができたことで、一気にクエン酸回路の完成に近づきました(4)。彼は天才的科学者でかつ医師でしたが、ユダヤ人であったためにドイツで働くことができず、英国に移住して研究を行いました。

クレブスの実験はあくまでも細胞にピルビン酸とオキザロ酢酸を加えると、途中の経路はブラックボックスで、結果的に細胞がクエン酸を生成するというもので、反応の実体は不明でした。このブラックボックスを解明したのがフリッツ・リップマン(1899~1986、図9)でした。リップマンもユダヤ人であり、ナチスの迫害を逃れて米国で研究を行いました。彼らに限らず、20世紀における科学の重要な進展の大部分は、ナチスに追われたユダヤ人によって成し遂げられたように思います。

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解糖によって生成されたピルビン酸が、どのようにしてクエン酸回路に投入されるかという問題はリップマンによって解明されました。キーとなる因子はリップマンが発見したコエンザイムA(CoA あるいは HSCoA などとも表記します)でした(図10)。まずピルビン酸はコエンザイムAと反応してコエンザイムをアセチル化し、アセチルCoAを生成します(図10、図11)。この反応で二酸化炭素とプロトンが発生し、二酸化炭素は肺から外界に排出されます。プロトンはミトコンドリアに蓄積されます。

次にアセチルCoAはオキザロ酢酸とアセチル基を連結させてクエン酸とHSCoAを生成します。クエン酸はクエン酸回路に投入され、HSCoAは再利用されるということになります。クレブスとリップマンはクエン酸回路の解明によって、1953年にノーベル医学・生理学賞を受賞しています(12-14)。

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なぜコエンザイムAのような非常に複雑な分子が、酸素存在下で生物が大発展するためのキーファクターになったのか、それは謎です。

参照

1)J.J.Beringer,  John Mayow: Chemist and Physician.,  Journal of the Royal Institution of Cornwall. Royal Institution of Cornwall. vol.IX, pp.319-324
https://books.google.co.jp/books?id=10MBAAAAYAAJ&pg=PA319&redir_esc=y&hl=ja#v=onepage&q&f=false

2)https://archive.org/details/elementschemist00kerrgoog

3)近代化学の父:ラボアジェ
https://istudy.konan.ed.jp/renandi/materialcontents/107932/101920/2016PreLabo09.pdf

4)杉晴夫著 「栄養学を拓いた巨人たち」 講談社ブルーバックスB-1811 (2013)

5)F. G. Young, Claude Bernard And The Discovery Of Glycogen: A Century Of Retrospect., The British Medical Journal, Vol. 1, pp. 1431-1437  (1957)
https://www.jstor.org/stable/25382898?seq=1#page_scan_tab_contents

6)松岡正剛の千夜千冊
https://1000ya.isis.ne.jp/0175.html

7)クロード・ベルナール著、三浦岱栄訳 「実験医学序説」 岩波文庫 青916-1 (1970)

8)木村光、オットー・マイヤーホッフのヒトラーとナチスからの逃脱-ピレネー越えの真相 化学と生物 vol. 53 (11), pp.792-796 (2015)
https://katosei.jsbba.or.jp/view_html.php?aid=478

9)Fiske CH, Subbarow Y.,  Phosphorus compounds of muscle and liver. Science 1929, vo. 70, pp. 381-382 (1929)

10)Makino K., Ueber die Konstitution der Adenosin-Triphosphorsaeure. Biochem Z. vol. 278, pp. 161-163 (1935)

11)松田誠 牧野堅によるATP構造解明 慈恵医大誌 vol. 125, pp. 239-248 (2010)
http://ir.jikei.ac.jp/bitstream/10328/6505/1/125-6-239.pdf

12)Award Ceremony Speech.
https://www.nobelprize.org/nobel_prizes/medicine/laureates/1953/press.html

13)Hans Krebs: Nobel lecture, The citric acid cycle.
https://www.nobelprize.org/nobel_prizes/medicine/laureates/1953/krebs-lecture.pdf

14)Marc A. Shampo and Robert A. Kyle., Fritz Lipmann—Nobel Prize in Discovery of Coenzyme A. Mayo Clinic Proceedings, Volume 75, Issue         1,  Page 30
http://www.mayoclinicproceedings.org/article/S0025-6196(11)64252-3/pdf

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2017年4月23日 (日)

やぶにらみ生物論70: ステロイド

ステロイドというと一般的には炎症を抑えるために処方されるコルチゾール系の薬品を意味しますが、学術的にはもっと幅広く、性ホルモン・胆汁酸・コレステロールなども含みます。

ステロイドという生体物質は、脂肪酸や油脂とは全く異なり、図1に示されるような風変わりな基本構造(ステロイド骨格)を持っています。この基本構造はA,B,Cという3つの6員環とDというひとつの5員環からなり、通常3の位置がヒドロキシル化(-OH)またはカルボニル化(=O)されています。また10と13の位置はメチル化、17の位置はアルキル化されています。アルキル化というのはCH3、CH2CH3、CH2CH2CH3、・・・ などCnH2n+1が結合するという意味です。

ステロイド骨格そのものは脂溶性で水に不溶ですが、ヒドロキシル化されていると多少水に溶ける場合があります。17位に結合しているアルキル基がヒドロキシル化されることもあります。

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ステロイドはほとんどの真核生物の体内で生合成され、細胞膜の重要な構成成分となっているほか、胆汁に含まれる胆汁酸やホルモン類(性ホルモン・副腎皮質ホルモンや昆虫の変態ホルモンなど)として、幅広く利用されています。ただしステロイドは真核生物だけに合成能力があり、細菌や古細菌にはみられません。したがって例えば化石にステロイドが含まれていれば真核生物と示唆されます(もちろん現生生物による汚染の問題は常に考慮されなければなりません(1))。

話は変わりますが、多くの硬骨魚類は鰾(うきぶくろ)を持っていますが、サメなどの軟骨魚類はもっていません。従って泳がないと海底に沈んでしまいます。このような事態をさけるために、一部のサメは肝臓に多量のスクワレンという脂質を蓄えて浮力の足しにしています(2、3)。サプリメントの肝油というのはこの種のサメの肝臓の抽出物でです(4)。辻本満丸は1906年にサメの肝油からスクワレンを発見して記載しています(5、図2左)。後日書籍にもなっているようです(図2右)。

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スクワレンの構造は、1929年になってイアン(イシドール)・ヒールブロンによって明らかにされました(6)。よく化粧品に使われるスクワランは、スクワレンの-C(?)=C(?)-をすべて-CH(?)-CH(?)-に変換したものです(?はCH3またはH)。スクワレンはクエン酸回路やβ酸化にもかかわっている、いわば代謝の交差点のようなアセチルCoAから生合成されます(図3)。そしてスクワレンがステロイド合成の起点となります。

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スクワレンはスクワレンエポキシデース(7)とラノステロールシンテース(8)という2種の酵素のはたらきで、ラノステロールというステロイド骨格をもつ化合物に変化します。

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ラノステロールはあらゆるステロイド化合物の前駆体ですが、自身もラノリンの成分として動物の皮脂腺から分泌されており、毛皮に水分が浸透しないように保護する役割があるとされています(10)。

実は毛根は表皮を経由せず直接外界と接しているので、もし皮脂がなければ容易にウィルスや細菌が侵入してきます。したがって毛穴を皮脂で埋めておくことは大事なことです。ですから、毛根鞘の死細胞を取り除くというメリットがあるとしても、毎日髪をシャンプーで洗うことは健康には良くないと言えます。どうしてヒトは髪を洗うと気分が良くなるのか、生物学的には不思議な現象です。もちろん毎日シャンプーで毛を洗う生物なんて、ヒト以外にあり得ません。

ラノステロールからコレステロールが合成される経路をウィキペディアからコピペしました(図5)。

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これらの複雑なステロイド生合成経路を解明した業績で、コンラート・ブロッホ(1912-2000)とフェオドル・リュネン(1911-1979)(図6)が1964年のノーベル生理学・医学賞を受賞しています。ブロッホはユダヤ人で、ナチスから逃れて米国にたどりついた人です。リュネンはミュンヘンで生まれ育ち、ミュンヘン大学教授からミュンヘンのマックス・プランク細胞化学研究所の研究所長になりました。伝説の 故沼正作先生(http://scienceandtechnology.jp/archives/9655)はこの方のお弟子さんだそうです。

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代表的なステロイド系化合物の構造を図7に示しました。コレステロールは細胞膜の構成要素、コール酸は胆汁の成分、テストステロンは男性ホルモン、エストラディオールは女性ホルモン、コルチゾールは副腎皮質ホルモンです。

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図8にみられるように、コレステロールは細胞膜の構成要素です。細胞膜の基本構造はリン脂質が「親水部位」を細胞外および細胞内の外側向け、「疎水部位」を膜内部にむけて整列した2重膜構造になっていますが、コレステロールも親水側を細胞外または細胞内に向け、疎水部をリン脂質の疎水部位に埋め込んだ形で存在します。

コレステロールが膜構造に加わることによって、膜の流動性(しなやかさ)が高くなり、温度が下がることによって発生する相転移(硬くなる)が阻止されます。細胞膜は単なる壁ではなくて、その中で化学反応や分子構造の変化、物質の出し入れなどが行われているので、それなりの可塑性の高さが必要だと思われます。

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コレステロールが特に集積している組織として、ミエリン鞘が知られています。ミエリン鞘は神経細胞の軸索を被うカバーのような組織です。その実体は図9に示すように、シュワン細胞はが「ふとん」で軸索が「人」だとすると、「ふとん」でぐるぐる巻きにしたような構造になっています。すなわち細胞膜が何重にもなっているような構造なので、細胞膜の脂質は当然大量に含まれることになります。脳の白質はミエリン鞘が集積している組織なので、特に脂質が豊富です。

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コレステロールというと、すぐに健康診断でのHDL・LDLの値が頭に浮かぶわけで、ここを避けては通れません。コレステロールは水への溶解度が低く(95マイクログラム/リットル)、体の中を移動するにはタンパク質と結合して、リポタンパク質の形をとらなければなりません。

コレステロールは主としてLDL(low density lipoprotein)またはHDL(high density lipoprotein)というリポタンパク質として移動します。LDLはコレステロールを肝臓から末梢組織へ供給し、HDLは過剰なコレステロールを末梢組織から肝臓に戻す役割があると言われています。HDLでもLDLでもコレステロール自体の分子構造に変わりはなくて、結合するタンパク質の方が異なっています。

LDLは悪玉コレステロール、HDLは善玉コレステロールと呼ばれていますが、これは害虫と益虫のような自然科学とは乖離した命名で、私たちは使いたくないのですが、LDLが動脈硬化の一因であることは確かなようです(12)。LDLが細胞内で発生する活性酸素によって酸化されると、マクロファージに貪食され、大量にLDLを取り込んだそのマクロファージが死ぬと、死んだ場所にコレステロールの塊(胆石はコレステロールの塊です)が残されます。これによって動脈硬化が促進され、最悪心筋梗塞や脳梗塞に至ります。

HDLが少なすぎると、余分なコレステロールを肝臓にもどせなくなるわけですが、かといってどんどんもどすと脂肪細胞が巨大になって、脂肪細胞が分泌するホルモンなどが過剰になり、生理活性物質のバランスがくずれると思うのですが、そのあたりのことはよくわかりません。

肥満になると脂肪細胞から分泌される物質(アディポサイトカイン)が異常となり、生活習慣病を誘発すると指摘している書物はあります(13)。ただHDLの wikipedhia をのぞいてみると、HDLのないマウスも生きているみたいなので、コレステロールを運搬する別経路もあるようです(14)。ならば健康診断の結果を見て、指導員がHDLが少ないからどうしろこうしろというのも、本当に妥当な指示かどうかは疑わしいと思います。すくなくともまだ医学的な根拠には乏しいようです。

コール酸は肝臓でコレステロールから合成されてたあと、グリシンやタウリンと結合してグリココール酸やタウロコール酸となります(図10)。これらは抱合胆汁酸と呼ばれますが、胆嚢に蓄積された後、胆汁の成分として腸内に放出され、脂肪をミセル化して腸に吸収されやすくします。脂肪をミセル化した代表的食品として図10のマヨネーズがあります。

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性ホルモンについてはあらためて述べる機会もあると思います。最後に糖質コルチコイド(=グルココルチコイド)についてすこし述べておきます。コルチコステロン・コルチゾール・コルチゾンなどがこれに相当します。デキサメタゾンなどは自然に存在するものではなく、人工的に合成された薬剤であり、主として炎症をおさえるため、または免疫反応を抑制するために使用されます。

生体に存在する糖質コルチコイドは副腎皮質で作られ、抗炎症作用や免疫抑制作用のほか、図11のようにインスリンと逆の役割で、血糖値を上昇させる作用があります。主に生体がストレスを感じたときに分泌されます。糖質コルチコイドなどのステロイドホルモンは一般的に細胞膜を通過することができ、細胞質にある転写調節因子と結合して核内に侵入し、転写を調節することによって機能が発揮されます(15)。

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参照

1)http://blog.livedoor.jp/science_q/archives/1861037.html

2)http://markpine.blog95.fc2.com/blog-entry-69.html

3)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%82%AF%E3%82%A2%E3%83%AC%E3%83%B3

4)http://www.241241.jp/products/supplement/same/

5)辻本満丸  “黒子鮫油に就て”. 工業化学雑誌 vol. 9 (10): pp. 953-958. doi:10.1246/nikkashi1898.9.953 (1906)

6)Heilbron, I. M.; Thompson, A. ,  "CXV.—The unsaponifiable matter from the oils of elasmobranch fish. Part VI. The constitution of squalene as deduced from

a study of the decahydrosqualenes."  J. Chem. Soc. pp. 883–892. (1929)  doi:10.1039/JR9290000883.

7)榊原順、小野輝夫、スクアレンエポキシダーゼ -もうひとつのコレステロール合成律速酵素 蛋白質 核酸 酵素 vol. 39 (9), pp. 1508-1517 (1994)
http://lifesciencedb.jp/dbsearch/Literature/get_pne_cgpdf.php?year=1994&number=3909&file=j9768PH3xxMJB18tkcGRUQ==

8)阿部郁朗、スクワレン閉環酵素の生物有機化学 蛋白質 核酸 酵素 vol. 39 (10),  pp. 1613-1624 (1994)
http://lifesciencedb.jp/dbsearch/Literature/get_pne_cgpdf.php?year=1994&number=3910&file=c/RbruPLUSYUeEJB18tkcGRUQ==

10)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%83%8E%E3%83%AA%E3%83%B3

11)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%AC%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%AB

12)http://fmd-kensa.jp/pg2.html

13)近藤和雄 「人のアブラはなぜ嫌われるのか」 ~脂質「コレステロール・中性脂肪など」の正しい科学 技術評論社 (2015)

14)https://en.wikipedia.org/wiki/High-density_lipoprotein

15)http://kanri.nkdesk.com/hifuka/ste2.php

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2017年4月14日 (金)

やぶにらみ生物論69: 糖脂質

前回68で、スフィンゴシンやセラミドの発見者としてヨハン・トゥーディヒョウムの名前を出しましたが、彼は臨床医で科学実験は自宅でやっていたこともあって、当時の学会からは嘲笑・圧殺されるような存在だったそうです。しかし彼はスフィンゴシンやセラミドのみならず、糖脂質の研究も創始しました。トゥーディヒョウムは1901年に死亡しましたが、死後1910年代になって再評価が進み1913年以降、1870年代に彼が脳から抽出精製した糖脂質(セレブロシド)の構造が解明されて、埋もれていた研究が日の目を見ることになりました(1)。

セレブロシドの構造を解明したのはオットー・ローゼンハイムやハンス・ティーレフェルダーらで、トゥーディヒョウムが脳から抽出して精製した物質はガラクトース-スフィンゴシン-リグノセリン酸およびガラクトース-スフィンゴシン-セレブロン酸の2種であることがわかりました(図1)。いずれもスフィンゴシンに糖と脂肪酸が結合した化合物であり、これが糖脂質(スフィンゴ糖脂質)の基本構造になります。

光合成細菌や植物はスフィンゴ糖脂質とは異なるグリセロ糖脂質(図1右下)を持っており、これはグリセリンの3つのOHのうち、2つに脂肪酸、1つにガラクトースが結合している構造になります(2)。機能も研究されています(3)。私たち動物の体にも多少見つかるようですがその機能はよくわかっていないようです。

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その後エルンスト・クレンクやアルバート・キンバルらによって、セレブロシドの脂肪酸の部分が、リグノセリン酸とセレブロン酸以外にネルボン酸やα-オキシネルボン酸の場合もあることが示されました(4、5、図2)。

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セレブロシドに含まれる糖はガラクトースだけでなく、グルコースの場合もあります(図3)。ガラクトセレブロシドが脳に多いのに対して、グルコセレブロシドは全身に存在します。グルコセレブロシドをグルコースとセラミドに分解する酵素(グルコセレブロシダーゼ)に遺伝的欠陥または欠損があった場合ゴーシェ病となり、肝臓・脾臓・骨髄・脳などにグルコセレブロシドが蓄積して様々な症状を発症します。

グルコースを含むセレブロシドの存在は、ゴーシェ病の患者に蓄積されたセレブロシドの解析から明らかになりました(1)。このように、病気の解析が基礎科学の進歩に寄与することはよくあることです。

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実はクレンクらが提出していたセレブロシドの構造式には間違ってい点があって、ハーバート・E・カーターらはそれまでの間違いを正し最終的にスフィンゴシンの構造を確定ました(6)。もしろん図1に示した構造は確定されたものです。第二次世界大戦後の糖脂質の研究は、ハーバート・E・カーター(図4)を中心に進められました。彼の人となりなどは「参照」に示したメモアールに記載されていますが、学会の前日でも雨のゴルフコースに出て行くほどゴルフ好きだったようです(7)。

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さてスフィンゴ糖脂質にはセレブロシド以外にもうひとつ大きなグループがあり、それはウィキペディアの定義によれば、糖がセレブロシドでは単糖であるのに対してオリゴ糖のものということで、ガングリオシドと呼ばれています。

ガングリオシドの名の由来はガングリオン(神経節)で、脳の灰白質に多いことからクレンクが命名しました(8)。図5に代表的なガングリオシドであるGM1の構造式を示しましたが、セレブロシドとの違いは糖が単糖ではなく、オリゴ糖であることです。

ノイラミン酸という新顔も登場します。これらで構成されるオリゴ糖には多様性があり、図6に示されるように、外からひとつづつ糖を削っていくとGM2、GM3となりますし、追加や枝分かれもあるので、非常に多様な構造になり得ます。

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図6にはGM1、GM2、GM3の関係を示します。

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ノイラミン酸は糖脂質だけでなく、糖タンパク質においても頻出しますが、ノイラミン酸そのものは生体には存在せず、アミノ基や水酸基の水素が置換されてできた化合物が重要な役割を果たしているようです。N-アセチルノイラミン酸やN-グリコリルノイラミン酸はその例で、これらをまとめてシアル酸とよびます(図7)。

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細胞膜は脂質でできているので、ガングリオシドはそのスフィンゴシンやステアリン酸の疎水性の部分を細胞膜に埋め込み、オリゴ糖部分を細胞外に突き出すことができます。まさしく樹木の地下部分と地上部分のようなイメージです。そうすると地上部分のオリゴ糖の構造によって、細胞を識別することが可能です。つまり接着しやすい構造の細胞が集まって組織をつくることができるわけです。また細胞外からの情報を、あるグループの細胞だけが受けとることもできます。

第二次世界大戦前後の頃は、そんな糖脂質の機能など想像もされていなかったのですが、突破口を開いたのは戦後間もない日本の山川民夫(図8)でした。彼が目を付けたのは、ウマの赤血球をウサギに注射すると、ウマの赤血球を凝集する抗体がウサギの血清中に産生されますが、その血清は、ウシやヒツジなどの赤血球を凝集することはできないという、いわゆる種特異性凝集反応でした。彼は赤血球膜には種特異性を示す何かがあるかもしれないと考えました。

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まずウシの赤血球を水に投入して溶血させ、細胞膜を遠心分離によって沈殿させます。その沈殿(ゴーストという)を多量に集めて脂質を抽出すると、セレブロシドではなくガングリオシドに似た物質が抽出されました。これを山川はヘマトシドと名付け、ブタの脳のガングリオシドと比較研究をはじめました。ヘマトシドにはブタのサンプルと異なりノイラミン酸が含まれていることがわかりました。

その後ヒトの赤血球の糖脂質とも比較しましたが、それはウマの糖脂質とはかなり成分が異なっており、グロボシドと名付けられました。グロボシドには脂肪酸・スフィンゴシン・グルコース・ガラクトース・アセチルガラクトサミンが含まれていました。

いろいろな動物で調べてみると、ノイラミン酸がなくてガラクトサミンがあるタイプ(グロボシド型、ヒト・ブタ・モルモット・ヒツジ・ヤギ)と、ノイラミン酸があってガラクトサミンがないタイプ(ヘマトシド型、ウマ・イヌ・ネコ)に分かれていることがわかりました(1)。

カール・ラントシュタイナー(1868-1943、図7)がABO血液型を発見したのは1901年のことでした。1960年になって、山川らはグロボシドと抗A抗体の沈殿から糖脂質を抽出し、血液型物質が糖脂質であることを示唆しました。このことは多くの研究者によって追試され、赤血球表層にある血液型物質が糖脂質であることは確定しました(1)。

図9をみるとわかるように、ガングリオシド(グロボシド)のオリゴ糖部分はO型が基本となっており根元がフコースで、ガラクトース・Nアセチルグルコサミン・ガラクトースとつながっています、A型ではフコースの次に位置するガラクトースにN-アセチルガラクトサミンの側鎖があり、B型では同じガラクトースにガラクトースの側鎖がついています。AB型ではA型の側鎖があるガングリオシドとB型の側鎖があるガングリオシドの両者があります。

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血液型についての説明は下にウィキペディアをコピペしておきます。内容はちょっと難しいかもしれません。H抗原というのは図9ですべての型の人が持っているフコース+ガラクトース+Nアセチルグルコサミン+ガラクトースのチェインのことだと思います。このチェインにNアセチルガラクトサミンまたはガラクトースを結合させる際に、それぞれ別の酵素が必要で、それがA型、B型の人は1種づつ、AB型の人は2種もっていて、O型の人は両方とも持っていないということでしょう。

ただそのH抗原の糖鎖をつくるのにも酵素が必要なので、この土台をつくる酵素が欠損している場合、Nアセチルガラクトサミンまたはガラクトースを結合させる酵素が存在しても、実際にはA抗原もB抗原も形成されず、見かけ上O型と同じになってしまうので注意が必要です。

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A型はA抗原を発現する遺伝子(A型転移酵素をコードする遺伝子)を持っており、B型はB抗原を発現する遺伝子(B型転移酵素をコードする遺伝子)を、AB型は両方の抗原を発現する遺伝子を持っている。A抗原、B抗原はH抗原からそれぞれA型転移酵素、B型転移酵素によって化学的に変換される。

3種の遺伝子の組み合わせによる表現型、ABO式血液型を決定する遺伝子は第9染色体に存在する。H物質発現をコードする遺伝子は第19染色体に位置し、H前駆物質をH物質へ変換させる。この遺伝子が発現しない場合はボンベイ型となる(後述)。

  • A型 - A遺伝子をすくなくとも一つ持ち、B遺伝子は持たない(AA型、AO型)→A抗原を持つ。B抗原に対する抗体βが形成
  • B型 - B遺伝子をすくなくとも一つ持ち、A遺伝子は持たない(BB型、BO型)→B抗原を持つ。A抗原に対する抗体αが形成
  • O型 - A遺伝子・B遺伝子ともに無い(OO型)→H抗原のみ持つ。A,B抗原それぞれに対する抗体α、抗体βが形成
  • AB型 - A遺伝子・B遺伝子を一つずつ持つ(AB型)→A抗原、B抗原両方を持つ。抗体形成なし

A抗原とB抗原は、持っていないとそれに対する自然抗体が形成されることが多く、この場合、型違い輸血により即時拒絶が起こる。自然抗体がなくとも型違い輸血により1週間程度で新しいIgM抗体が生産されこれが拒絶反応をおこす。そのため、基本的には型違い輸血は行われない。輸血される血液は受血者の血液より少量のため、血漿によって希釈されて抗原抗体反応が起こらなくなる。そのため、かつてはO型は全能供血者、AB型は全能受血者と呼ばれていたが、ABO以外の型物質(Rh因子やMN式血液型など)が存在することもあり現在では緊急時を除いては通常行われない。2010年4月には大阪大学医学部附属病院で治療を受けた60代の患者が同型の赤血球製剤とO型の新鮮凍結血漿の輸血後に死亡する事故が発生している(但し、この患者は搬送当時すでに意識がなかったことから輸血が原因でない可能性もある)。

なお、自然抗体を持っている理由は、細菌やウイルスが唾液や性的接触などにより人間間で感染するように、人間の細胞や細胞の断片も人間間を移動するからであり、移動した断片はマクロファージによりファゴサイトーシスされ、これがT細胞に提示され抗体が作られる。主にIgMが作られるが、IgG抗体も作られることもある。

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糖脂質についてもっと詳しく知りたい方には総説(9、10)などがあります。

参照

1)山川民夫著 「糖脂質物語」講談社学術文庫 (1981)

2)日本光合成学会:http://photosyn.jp/pwiki/index.php?%E3%83%A2%E3%83%8E%E3%82%AC%E3%83%A9%E3%82%AF%E3%83%88%E3%82%B7%E3%83%AB%E3%82%B8%E3%82%A2%E3%82%B7%E3%83%AB%E3%82%B0%E3%83%AA%E3%82%BB%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%AB

3)下嶋美恵・小林康一・太田啓之 葉緑体チラコイド膜を構成するグリセロ糖脂質の生合成と機能 化学と生物 vol.46, pp.330-337 (2008)

4)H.Thierfelder and E.Klenk., Die Chemie der Cerebroside und Phosphatide. (1930)

5)A.C.Chimball, S.H.Piper, and E.F.Williams.,  XVIII.THE FATTY ACIDS OF PHRENOSIN AND KERASIN. Biochem.XXX pp.100-114 (1936)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1263366/pdf/biochemj01065-0112.pdf#search=%27Thierfelder+and+Klenk+1930%27

6)Herbert E. Carter et al., Biochemistry of the sphingolipides. III. Structure of sphingosine.  J. Biol. Chem. vol.170, pp.285-294 (1947)
http://www.jbc.org/content/170/1/285.full.pdf

7)N a t i o n a l  Ac a d e m y  o f  S c i e n c e s,  H e r b e r t  E d m u n d  C a r t e r 1 9 1 0 — 2 0 0 7
A Biographical Memoir by Robert K. Yu and John H. Law (2009)
http://www.nasonline.org/publications/biographical-memoirs/memoir-pdfs/carter-herbert-e.pdf

8)William W. Christie., GANGLIOSIDES STRUCTURE, OCCURRENCE, BIOLOGY AND ANALYSIS (2012)
https://web.archive.org/web/20120328213709/http://lipidlibrary.aocs.org/lipids/gang/file.pdf
https://web.archive.org/web/20091217095434/http://lipidlibrary.aocs.org:80/Lipids/gang/index.htm

9)Sen-itiroh Hakomori., Structure and function of glycosphingolipids and sphingolipids: Recollections and future trends. Biochim Biophys Acta. vol. 1780(3) pp. 325–346. (2008)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2312460/

10)Zhou and Blom. Trafficking and Functions of Bioactive Sphingolipids: Lessons from Cells and Model Membranes. Lipid Insights vol. 8 (S1) pp. 11–20 (2015) doi:10.4137/LPI .S31615.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4685176/pdf/lpi-suppl.1-2015-011.pdf

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2017年4月 3日 (月)

やぶにらみ生物論68: 脂肪酸と油脂

脂肪というとすぐ中性脂肪とかセルライトが気になるわけですが、エネルギーを蓄えておくためのツールとして脂肪は重要です。動物にとって飢餓は日常的であり、いざというときに生き残れるかどうかは、どれだけ脂肪とグリコーゲンを体内に蓄えておけるかにかかっています。人間については、現在世界で9億2500万人が飢餓状態にあり(1)、日本でも2011年の厚生労働省の調査では年間1746人が餓死しています(2)。食べ物がないときに生き残るには冬眠・夏眠が有効ですが、残念ながらヒトにはその能力はありません。

しかし生物にとってエネルギー蓄積が課題になるより進化上はるかに前の段階で、脂肪は細胞膜の最も主要な成分として、すなわち生命と外界を分かつパーティションとしての役割がはじまったはずです。これは生命誕生のひとつの条件であり、たとえ熱水噴出口近傍の金属片の上で核酸や酵素が生成されたとしても、それらが細胞膜で包み込まれるまでは生命体とは言えないでしょう。そして現在では、脂肪はホルモンや情報伝達物質としても重要な役割を果たしていることがわかっています。

脂肪の基本は脂肪酸です。最初に脂肪酸を発見したのは誰だか私にはわかりませんが、ステアリン酸やオレイン酸を発見して精製したのはミシェル=ウジェーヌ・シュヴルール(1786~1889)です(図1、参照3、4)。彼はフランス革命とエッフェル塔建設を目撃した数少ないフランス人だそうです。エッフェル塔の展望室の少し下の壁に、フランスの偉人の名前が刻まれていますが、シュヴルールの名も図2の赤の矢印の下にみつけることができます。図2をクリックして拡大すると、名前が読めます。

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脂質は脂肪酸関連物質、芳香族化合物の環構造を持つ物質、複合脂質の3つのグループにわけられると思いますが(図3)、量的に言えば脂肪酸関連物質が生体内には圧倒的に多量に存在します。カルボン酸をR-COOHと書くとすると、Rが水に溶けないCとHからなる場合脂肪酸といいます。ただしRがH、CH3、CH3CH2あたりまではカルボキシル基の影響が強く、脂肪らしくない性質なので、通常脂肪酸とは呼びません。CH3CH2CH2(酪酸)あたりからは脂肪酸と呼びます(図4)。これらの脂肪の性質を与える炭素+水素の鎖を、鎖の長さを問わずアシル基と呼ぶことがあります。

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常温で液体の脂肪酸は世の中で最も臭い物質の1グループだと思います。吉草酸やカプロン酸の臭さは半端じゃありません。私が学生実習などでかいだ臭いの中では、ピリジンとトップを争う悪臭と思います。屍体の臭いは多数の物質の混合臭なので比較することはできません。

これらの低分子量の脂肪酸は確かに飲むと健康を害しますが、特別にそのような脂肪酸を忌避する能力(臭いと感じる能力)が私たちに備わっていることには何らかの理由があるまたはあったのでしょう。炭素原子数が10くらいになると常温で固体なので、臭いは気にならなくなります(図5)。図5にはR-COOHのR部分にC=Cの二重結合がない、いわゆる飽和脂肪酸のリストを示しました。カプリル酸より分子量が大きい脂肪酸は食用に使えます。

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カプリル酸はウィキペディアによると母乳に含まれているそうですが、カプリル酸には殺菌作用があるので、免疫機構が未発達の新生児には有益なのかもしれません。

脂肪酸は生合成されるときに炭素が2個単位で重合していくため(5、6)、生体内に存在する主要な脂肪酸の炭素の数は偶数になります(図5、参照5)。ただしメインであるアセチルCoAとマロニルCoAとの縮合ではなく、プロピオニルCoAとマロニルCoAの縮合を出発点とする経路もあるので、炭素が奇数の脂肪酸が全く存在しないわけではありません。

脂肪酸は数値表現されることがあり、図5の左端列に示してあります。コロンの左側が炭素分子の数。コロンの右側が二重結合(C=C)の数になります。飽和脂肪酸の場合二重結合がないのでコロンの右は0になります。数値表現はわかりやすくて便利です。

二重結合(C=C)が分子内に存在する脂肪酸を不飽和脂肪酸と呼びます。炭素数が18の例を図6に示しますが、例えば18:2(9、12)というのは炭素数=18、二重結合=2ヶ所、二重結合がカルボキシル基から数えて9番目と10番目および12番目と13番目の炭素によって形成されているという意味です。オレイン酸はステアリン酸から生合成されますが、ヒトの場合、生きていく上で必要なのにリノール酸、リノレン酸、EPA、DHAなどは生合成できないので、これらは必須脂肪酸とされています。

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図6では炭素の鎖が途中で180度折れているように描いてありますが、慣用表記のひとつであり、実際にこのように折れているわけではありません。分子の屈曲は二重結合の性質(シスかトランスか)、数、位置によって異なります。図7に例を示します。αリノレン酸は大きく屈曲しています。

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混乱して困る話しなのですが、脂肪酸の命名法のなかに、カルボキシル基と反対側のCH3から数える方法もあって、ω:オメガ法ではα-リノレン酸は3つめに最初の二重結合があるのでω3脂肪酸、γ-リノレン酸は6つめに最初の二重結合があるのでω6脂肪酸などと呼ばれます(図8)。n-数値という表現も逆から数えた表現法です。α と γ は習慣的に使用している表現法に過ぎません。

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C=Cの二重結合にはシス型とトランス型があって、一般にシス型すなわち二重結合の片方にふたつのHが来る場合、図9のように分枝は屈曲します。自然界に存在するオレイン酸はほとんどシス型なので、通常オレイン酸と言った場合シス型を意味します。

シス型がの二重結合が二つあった場合、リノール酸のように屈曲が修正されることがあります。人工的に製造されたトランス脂肪酸は食べると健康に悪影響があることがわかっています(7)。アメリカの食品医薬品局(FDA)は、マーガリンなどに含まれる「トランス脂肪酸」の発生源となる油の食品への使用を、2018年以降原則禁止すると発表しました(8)。日本政府はこの規制には消極的なようです。

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グリセリン+脂肪酸=油脂+水という公式は、中学の化学の時間に皆さん習ったはずですが、再掲しておきます(図10)。油脂は生体内では最もメジャーな脂質です。

油脂は図10のように、グリセリン(グリセロール)1分子に脂肪酸3分子がエステル結合(-OC[=O]-)したものです。これによってグリセリンのOH、脂肪酸のCOOHという親水性の部分が消滅するので、典型的な疎水性の物質ができます。

3分子の脂肪酸はそれぞれ種類が指定されないので、例えば10種類の脂肪酸が用いられるとすると、10x10x10で1000種類の油脂ができ得ることになります。実際には脂肪酸の種類はもっと多いので、油脂の種類は無数にあることになります。

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グリセロリン脂質はグリセリンのOHのうち、R1・R2は油脂と同じ脂肪酸と結合し、R3のOHがリン酸エステル(-OP[=O、-O]-)結合したものです。グリセリン以外のリン酸に結合する物質によって、フォスファチジルコリン・フォスファチジルセリン・フォスファチジルエタノールアミンなどが知られています(図11)。これらは脂質であるにもかかわらず、親水的な部分が存在するという特異な性質を持っています。この性質は両側で水と接触する細胞膜にとって、あるいは脂肪を血液中で運搬する作業にとって重要です。これらについては別のセクションで述べます。

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動植物の細胞膜中に最も多量にあるのはグリセロリン脂質ですが、次に多いのはスフィンゴ脂質です。哺乳類では特に中枢神経に多いとされています(9)。スフィンゴ脂質の基本骨格はスフィンゴシンです。アミノ基1個とOHを2つ持つ直鎖状の分子です(図12)。このアミノ基に1分子の脂肪酸がアミド結合したものがセラミドです。

セラミドの末端のOHにフォスフォコリンやフォスフォエタノールアミンが結合したものを、スフィンゴミエリンといいます。スフィンゴミエリンは神経のサヤである神経鞘の主成分です。セラミドは最近では保湿剤としてよく化粧品に配合されています(10)。「うるむセラミド」などというキャッチフレーズもありました。

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スフィンゴシンやセラミドを発見したのはトゥーディヒョウム(図13 日本ではツディクムと発音される Johann Ludwig Wilhelm Thudichum 1829~1901)です。1884年に刊行された ”Chemische Konstitution des Gehirns des Menschen und die Tiere (Chemical constitution of the brain)” という本に記載されているようですが私は読んでおりません。

竹富保の「"神経化学の父"ツディクム」という文献が廃刊となった「自然」誌にあります(11)。 ドイツ生まれで、主にイングランドで仕事をしたトゥーディヒョウムは多才な人だったようで、ウィキペディアにはお料理の本を出版しているという記載があります。山川民夫によると、トゥーディヒョウムがスフィンゴシンという名前をつけたのは、旅人になぞかけをしたスフィンクスにちなんで、「謎物質」という意味だったそうです(12)。

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アラキドン酸(5,8,11,14-Eicosatetraenoic acid)は図14のとおり何の変哲もない不飽和脂肪酸の1種なのですが、そこからプロスタグランディン、トロンボキサン、ロイコトリエン(すべて総称で特定の化学物質を指しているわけではありません)を生合成する経路が派生しています(アラキドン酸カスケード)。これらの物質は免疫反応と深い関わりがあり、薬学の分野では数十年間、間断なく注目を集めています。

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参照

1)JIFH集計: https://www.jifh.org/joinus/know/population.html

2)厚労省: http://ameblo.jp/kokkoippan/entry-11541237843.html

3)http://www.cyberlipid.org/chevreul/work0003.htm

4)Michel Eugène Chevreul, Recherches chimiques sur les corps gras d'origine animale. (1823)
https://books.google.co.jp/books?id=94_H7hfQfS0C&hl=fr&redir_esc=y

5)福岡大学 脂肪酸の生合成:
http://www.sc.fukuoka-u.ac.jp/~bc1/Biochem/fa-syn.htm

6)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%84%82%E8%82%AA%E9%85%B8

7)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B9%E8%84%82%E8%82%AA%E9%85%B8

8)https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150619-00000009-wordleaf-soci

9)ホートン 生化学第3版 東京化学同人(2003)

10)https://www.youtube.com/watch?v=8RtDw0FKzPk

11)自然 / 中央公論社 vol. 29, 12号、pp.44-52

12)山川民夫 「糖脂質物語」 講談社(1881)

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