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2019年8月 4日 (日)

やぶにらみ生物論132: グルタミン酸 その3

グルタミン酸の受容体は多くの種類がありますが、大別するとイオンチャネル型とGタンパク質共役型になります(図1)。イオンチャネル型は主に即効性、Gタンパク質共役型は遅効性の役割を担います。

脊椎動物のイオンチャネル型はすべてカチオンチャネルタイプで興奮性ですが(1)、無脊椎動物の場合塩素イオンチャネルの抑制性のものがあるようです(2)。脊椎動物のイオンチャネル型がリガンドを受け取ると、ナトリウムイオンを取り込み、カリウムイオンを排出することによって、瞬時に細胞が脱分極します。またカルシウムイオンを取り込む場合には細胞内の代謝にも影響を及ぼします(1)。

イオンチャネル型グルタミン酸受容体には3つのタイプがあり、有力なアゴニストの名前によって、NMDA型・カイニン酸型・AMPA型と命名されています(図1)。

Gタンパク質共役型はすでにこのブログでもおなじみの7回膜貫通受容体で(3)、こちらはアゴニストの名前を使わず、グループI~IIIの名前で3タイプに分類されています(図1)。

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NMDA(N-メチル-D-アスパラギン酸)型グルタミン酸受容体はワトキンスらのグループによって早くから研究されてきました(4、5、図2)。そして遺伝子構造の解明は京都大学の中西研で森吉弘毅らによって行われました(6)。

受容体はNR1とNR2という二つのサブユニットが各2個集まった4つのサブユニットで形成され(図2、図3)、リガンドすなわちグルタミン酸やアゴニストがこれらに結合すると、イオンチャネルが開いてNa+、K+、Ca++などの陽イオンを通過させ、細胞を脱分極させることができます(図2)。

NR1(GluN1)はスプライシングバリアントがいくつかあるのみですが、NR2(GluN2)はNR2A~2Dの4種の別遺伝子産物のタンパク質があり、それぞれNR1のパートナーとなり得ますが、発現部位や発現時期が異なっています(7)。またNR2以外のタンパク質でNR1のパートナーとなり得るものも報告されているようです(7)。

ここでひとつ重要な点は、この受容体は通常の静止膜電位の状態だとMg++イオンによって阻害されているため、イオンチャネルはリガンドが結合しても開かないということです。まず他の受容体の作用によってある程度の脱分極がおこらないと、この受容体は作動しません。つまりこの受容体は脱分極の強化または持続に特化した作用をもつと思われます。

カルシウムイオンをフリーに通過させるというのはこのチャネルの特徴で、細胞内のカルシウムイオン濃度が増大すると、さまざまな代謝的影響が出るので、このチャネルは代謝型を兼ねているともいえます。さらにこのチャネルが作動するためにはNR1にセリンかグリシンが結合している必要があり(グルタミン酸が結合するのはNR2で、NR1には結合しない)、Zn++イオンやポリアミンも制御に関与しているとされています(8)。

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NMDA型受容体のサブユニットはそれぞれ膜3回貫通型のタンパク質であり、細胞外にあるN末部位は巨大で、リガンド結合部位やアロステリック制御部位などが存在します。細胞内のC末部位には、図3に示すような様々なタンパク質キナーゼ(Fyn、αKamKII、P85P13k)や、PSD95という足場タンパク質と結合するサイトがあります(9、図3)。

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2つめのイオンチャネル型グルタミン酸受容体はカイニン酸型です。すでにこのブログで述べたように、このタイプの受容体は篠崎温彦らによって発見されました(10)。カイニン酸やドーモイ酸がアゴニストとして知られています(図4)。

NMDA型と同様4つのサブユニット(2x2)でひとつの受容体が形成されています。サブユニットには Gluk1-Gluk5 の5種類があります。それぞれのサブユニットは膜3回貫通型で、細胞膜に埋め込まれたヘアピンループがひとつ存在するなどNMDA型とよく似ています。細胞外にリガンド結合部位を含む巨大なN末部位があり、細胞内にC末部位が存在する点も同じです(11、図4)。

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カイニン酸型受容体遺伝子のクローニングを最初に行ったのはハルマンらで1989年のことでした(12、図6)。その後の研究進展の歴史をまとめた総説が出版されていますので、詳しく知りたい方はご覧下さい(13)。このタイプの受容体の機能についてはまだまだ謎が多くて、私にもよくわかりません。脳科学辞典(11)を少し引用すると「カイニン酸受容体が介するシナプス応答は、海馬CA3野の同じ錐体細胞から得られるAMPA型グルタミン酸受容体を介するシナプス応答に比べてゆっくりとした時間経過を示す(図2)。カイニン酸受容体を介するシナプス応答のピーク振幅は、AMPA型グルタミン酸受容体を介するシナプス応答の~10 %程度と小さな割合だが、持続時間が長いため興奮性シナプス後電位(EPSP)の加重によるスパイク発生に寄与すると考えられている」、などという記載があります。

クリステンセンらが発表した受容体の立体構造を図5に示します。LBDはリガンド結合ドメイン(ligand binding domain)の略称です。カイニン酸の結合部位が示されています。立体構造をみると最外部のN末領域、中間部のLBD、膜貫通部位の3つのドメインに分かれていることがよくわかります。この他に細胞内にC末領域があり、ここで足場タンパク質と結合しているとすると、全体的には非常に巨大な構造体を構成していることになります。

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3つめのイオンチャネル型グルタミン酸受容体はAMPA型ですが、このタイプは数が多く分布も広い上に、NMDA型は通常Mg++イオンでオフ状態なので、中枢神経系におけるグルタミン酸性の興奮性シナプス伝達は、普段主にこの受容体によって行われていると考えられています(14、15)。AMPA型受容体の反応は瞬時であり、NMDA型やGタンパク質共役型では果たせない、即効性の興奮性シナプス伝達をになうのに適切です。

他のイオンチャネル型グルタミン酸受容体と同様、4つのサブユニットの集合体(テトラマー)によって受容体が形成されています。グルタミン酸またはそのアゴニストはすべてのサブユニットに1分子づつ結合します。各サブユニットはそれぞれ3回膜貫通タンパク質で、細胞膜内に一カ所ループがあることも含めて他の受容体と同様です(図6)。

グルタミン酸またはアゴニストが結合することによって、陽イオンのチャネルが解放され、Na+、K+、Ca++などのイオンが通過し、脱分極がおこります。チャネルを構成するサブユニットのクローニング・構造決定もハルマン、ハイネマンのグループが主導して行われました(16,図6)

ここでひとつ問題なのは、サブユニットの呼称が統一されていないということです。日本版のウィキペディアでは GluR1-R4 ですが、米国版では GluA1-A4 となっています(14、17)。なかには同じウェブページで両方が使われている場合もあります(18)。さらに面倒なのは1~4ではなくA~Dと記述している文献もあることで、本当にいい加減にしてほしい。ジャンケンでもいいから統一してほしいと思います。

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これまで述べてきた3種のチャネル型グルタミン酸受容体の立体構造が Protein data bank Japan に掲載されていたので、図7に示します(19)。ここで注目すべきは、AMPA型受容体の膜貫通部位にTARP(Transmembrane AMPA receptor regulatory protein・膜貫通AMPA受容体調節性タンパク質)と呼ばれる制御タンパク質がとりついていることです(図7)。

このタンパク質は線虫から哺乳類まで保存されているそうで、N末・C末ともに細胞内にある膜4回貫通タンパク質であり、受容体の開口速度を速めたり、脱感作速度を遅めたりするなどの機能があるようです(20)。

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これまで述べてきたチャネル型とは異なるGタンパク質共役型(代謝型)グルタミン酸受容体群を図8にリストアップしました(21)。グループIは主にリガンド結合が引き金となってGタンパク質アルファサブユニットGqを遊離し、その結果図8に示したような代謝カスケードが発動されることによってさまざまな影響が出ることになります。グループII、IIIではGqではなくGiの遊離によって、図8に示したような別の代謝カスケードが発動されます。

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グルタミン酸受容体を構成するGタンパク質共役受容体(GPCR)タンパク質も他のGPCRと同様7回膜貫通タンパク質で、グルタミン酸受容体は数あるGPCRのなかでクラスCに分類されています(ブリストル大学教育用資料、22)。クラスCの受容体はダイマーを形成することが特徴です(図9)。

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以上で神経伝達物質をざっと概観してきたことになります。これからこのブログをどのような方向で進めていくか、少しお時間をいただいて考えてみたいと思います。また「やぶにらみ生物論」100回までの記事について慎重に校閲を行い、ウェブブックに編集する準備を進めたいと考えています。では皆様暑さ厳しい折からご自愛くださいませ。

参照

1)脳科学辞典:グルタミン酸
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E3%82%B0%E3%83%AB%E3%82%BF%E3%83%9F%E3%83%B3%E9%85%B8

2)Wolstenholme AJ., Glutamate-gated chloride channels., J Biol Chem. vol.287(48): pp.40232-40238.(2012), doi: 10.1074/jbc.R112.406280. Epub 2012 Oct 4.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/23038250

3)やぶにらみ生物論122: アセチルコリンによる神経伝達
http://app.cocolog-nifty.com/cms/blogs/203765/entries/90708496

4)Jeffrey C.Watkins & David E.Jane, The glutamate story., British Journal of Pharmacology, vol.147, pp.S100-S108 (2006)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/16402093

5)http://morph.way-nifty.com/grey/2019/07/post-41d19f.html

6) Moriyoshi K, Masu M, Ishii T, Shigemoto R, Mizuno N, Nakanishi S., "Molecular cloning and characterization of the rat NMDA receptor". Nature. vol.354 (6348): pp.31-37. doi:10.1038/354031a0. PMID 1834949
https://www.nature.com/articles/354031a0

7)ウィキペディア:NMDA型グルタミン酸受容体
https://ja.wikipedia.org/wiki/NMDA%E5%9E%8B%E3%82%B0%E3%83%AB%E3%82%BF%E3%83%9F%E3%83%B3%E9%85%B8%E5%8F%97%E5%AE%B9%E4%BD%93

8)https://en.wikipedia.org/wiki/NMDA_receptor

9)Kasper B. Hansen et al., Structure, function, and allosteric modulation of NMDA receptors., J. Gen. Physiol., jgp Home, 150 (8): 1081 (2018)
http://jgp.rupress.org/content/150/8/1081

10)http://morph.way-nifty.com/grey/cat5925431/index.html

11)鈴木江津子、神谷温之:脳科学辞典 カイニン酸型グルタミン酸受容体
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E3%82%AB%E3%82%A4%E3%83%8B%E3%83%B3%E9%85%B8%E5%9E%8B%E3%82%B0%E3%83%AB%E3%82%BF%E3%83%9F%E3%83%B3%E9%85%B8%E5%8F%97%E5%AE%B9%E4%BD%93

12)Hollmann M, O'Shea-Greenfield A, Rogers SW, Heinemann S., Cloning by functional expression of a member of the glutamate receptor family. Nature. vol.342(6250): pp.643-648, (1989)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/2480522?dopt=Abstract

13)Anis Contractor, Christophe Mulle,and Geoffrey T Swanson., Kainate receptors coming of age: milestones of two decades of research., Trends Neurosci. vol. 34(3): pp.154-163. (2011)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3051042/
file:///C:/Users/User/Desktop/グルタミン酸受容体/nihms267712.pdf

14)https://ja.wikipedia.org/wiki/AMPA%E5%9E%8B%E3%82%B0%E3%83%AB%E3%82%BF%E3%83%9F%E3%83%B3%E9%85%B8%E5%8F%97%E5%AE%B9%E4%BD%93

15)Traynelis et al., Glutamete receptor in ion channels: structure, regulation, and function. Pharmacol. review, vol.62, pp.405-496 (2010)

16)M. Hollmann and S. Heinemann (1994). Cloned glutamate receptors.  Annual Review of Neuroscience 17: 31-108.doi: 10.1146/annurev.ne.17.030194.000335

17)https://en.wikipedia.org/wiki/AMPA_receptor

18)https://www.sciencedirect.com/topics/neuroscience/ampa-receptor

19)PDBj235:AMPA受容体
https://pdbj.org/mom/235

20)富田進、脳科学辞典:膜貫通AMPA受容体調節性タンパク質
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E8%86%9C%E8%B2%AB%E9%80%9AAMPA%E5%8F%97%E5%AE%B9%E4%BD%93%E8%AA%BF%E7%AF%80%E6%80%A7%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%91%E3%82%AF%E8%B3%AA

21)ウィキペディア:Metabotropic glutamate receptor
https://en.wikipedia.org/wiki/Metabotropic_glutamate_receptor

22)http://www.bris.ac.uk/synaptic/receptors/mglur/

 

 

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2019年7月23日 (火)

やぶにらみ生物論131: グルタミン酸 その2

グルタミン酸やアスパラギン酸も他の神経伝達物質と同様、神経伝達物質として用いるには、まずそれらがシナプス前細胞のシナプス小胞にとりこまれストックされておく必要があります。これを実行するグルタミン酸トランスポーターは、solute carrier family(SLC)というタンパク質のスーパーファミリーに所属しており、その中のSLC17というサブグループを構成しています。このサブグループに所属するタンパク質は vesicular glutamate transporter(VGluT)=小胞型グルタミン酸輸送体と呼ばれています(1)。

SLC17とは別グループの小胞トランスポーターファミリーにはSLC18とSLC32があり、前者はモノアミン、後者はGABAやグリシンをシナプス小胞に輸送します。シナプス小胞の膜には vacuolar (or vesicular) ATPase (V-ATPase) というATPのエネルギーを使ってプロトン(H+)を膜の内側に取り込むシステムが存在し、この働きによって小胞内部は高濃度の水素イオンでプラスチャージが維持されています。したがって膜に通路ができればグルタミン酸などマイナスチャージを持った分子は電気泳動的に小胞に流入します(2、図1)。ただしその通路には特異性があり、特定の分子しか通過できません。

プラスチャージのモノアミン類は、水素イオンが濃度勾配によって外部に流出するのと共役して小胞に取り込まれます。またGABAやグリシンも取り込まれますが、脳科学辞典ではモノアミン類と同様水素イオンの濃度勾配を利用するとしていますが(3)、塩素イオンの流入を利用するとの記載もあります(2)。

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SLC17に所属するグルタミン酸(アスパラギン酸)輸送体には4つのアイソフォームがあり、それぞれ、VGLUT1・VGLUT2・VGLUT3・VEAT と命名されています。文献2によるとVGLUT1-3 はグルタミン酸専用、VEATはグルタミン酸とアスパラギン酸を輸送するようです。

脳科学辞典によると VGLUT1 および VGLUT2 のノックアウトマウスは致死ですが、VGLUT3 のノックアウトマウスは生存し、聴覚障害・不安傾向の増大・てんかん・痛みの感受性低下などを発症するそうです(3)。VGLUT1 および VGLUT2 が互いに補完することができないというのは驚きです。もちろん局在に違いはありますが(4)、ならば臨時に転写・翻訳を増強してもよさそうなものですが、なぜかそうはいかないようです。

VGRUT1とVGLUT2 はよく似た12回膜貫通タンパク質。VEAT は細胞質に露出するN末・C末がどちらも VGRUT1・VGLUT2 と比較して短いなどの差はありますが、やはり12回膜貫通タンパク質。VGLUT3 はこれらと異なり10回膜貫通タンパク質です(5、図2)。最近の研究によって、貫通部位のアミノ酸配列も明らかになっているようです(6、図2)。またそれらをつなぐ膜外の配列についても、実際には図2のような2次元ではなく3次元構造をとっているので、貫通部位の番号が図では離れていても実際の距離は近いという場合があります。立体構造として理解することが必要です。関心のある方は林真理子氏の文献(6)をご覧ください。

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細胞の外からグルタミン酸(アスパラギン酸)を取り込むには VGRUT とは異なるグループのトランスポーターが必要です。しかしこのトランスポーターを持っているのはシナプス前細胞ではなく、シナプス後細胞とアストログリア細胞です(図3)。すなわち神経伝達物質として使用するグルタミン酸を細胞内に取り込むためではなく、シナプス間隙に残された余剰のグルタミン酸をすばやく回収するための装置なのです。

アストログリア細胞が回収したグルタミン酸はグルタミンに変換され、アストログリア細胞からグルタミンの形でシナプス前細胞に運搬され、シナプス前細胞内でグルタミナーゼの作用でグルタミン酸に変換されて、シナプス小胞に濃縮されるという段取りになります(図3)。

このシステムには大きなメリットがあります。すなわちグリア細胞からはグルタミン酸が排出されないので、シナプスにおけるグルタミン酸の受け渡しにノイズが発生せず、神経伝達のフィデリティーが向上することになります。

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細胞膜のグルタミン酸トランスポーターは、そのアミノ酸配列から当初10回以上細胞膜を貫通する分子と考えられていましたが、2カ所でヘアピンループを構成していることが判明し、8回膜貫通タンパク質であることがわかりました(6)。アミノ末端とカルボキシル末端はいずれも細胞質側に露出しています。2つのヘアピンループは細胞膜内で対面しており、グルタミン酸輸送のキーポジションを構成しているようです(6、図4)。

このトランスポーターはナトリウムイオンが細胞外で高濃度・細胞内で低濃度であることを利用して、電気化学ポテンシャルによってグルタミン酸を細胞内に取り込むことができます。1分子のグルタミン酸の取り込みは、3個のNa+および1個のH+の共輸送、1個のK+の対向輸送と共役しています(7、図4)。取り込まれたナトリウムイオンは Na+/K+-ATPアーゼを用いて排出しなければならないので、グルタミン酸の取り込みにはATPのエネルギーが必要です。

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グルタミン酸トランスポーターはSLC1ファミリーに所属し、さらにヒトでは5種類のサブグループが存在することが知られていて、それぞれ EAAT1-EAAT5 と命名されています。EAAT は excitatory amino acid transporter の略称です(図5)。

これらのトランスポーターが欠損するまたは阻害されると、シナプス間隙にグルタミン酸が刺激後も残留することになり、過剰な反復刺激が発生するなどの影響で、さまざまな疾患が発生します(7)。

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グルタミン酸トランスポーターはあらゆる生物にユニバーサルに存在し、図6にある種の古細菌とヒトの分子を示していますが、非常に良く構造が似ています。いずれも3分子の集合体によって構造が形成されているところも同じです。赤の部分は後生動物で追加された部分です(6、図6)。

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グルタミン酸受容体については次回に述べる予定です。


参照

1)Solute carrier family
https://en.wikipedia.org/wiki/Solute_carrier_family

2)Hiroshi Omote and Yoshinori Moriyama1, Vesicular Neurotransmitter Transporters: An Approach for Studying Transporters With Purified Proteins., PHYSIOLOGY vol.28: pp.39-50, (2013); doi:10.1152/physiol.00033.2012
file:///C:/Users/User/Desktop/グルタミン酸/omote%20&%20moriyama%20review.pdf

3)脳科学辞典:小胞グルタミン酸トランスポーター
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E5%B0%8F%E8%83%9E%E3%82%B0%E3%83%AB%E3%82%BF%E3%83%9F%E3%83%B3%E9%85%B8%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%BC

4)Erika Vigneault et al., Distribution of vesicular glutamate transporters in the human brain. Front. Neuroanat., 05 March (2015)
https://doi.org/10.3389/fnana.2015.00023

5)Joeri Van Liefferinge et al., Are vesicular neurotransmitter transporters potential treatment targets for temporal lobe epilepsy?  Front. Cell. Neurosci., 30 August (2013)
https://doi.org/10.3389/fncel.2013.00139

6)Mariko Kato Hayashi, Structure-Function Relationship of Transporters in the Glutamate?Glutamine Cycle of the Central Nervous System. Int. J. Molec. Sci., vol.19, no.4, (2018) doi: 10.3390/ijms19041177
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5979278/

7)脳科学辞典:グルタミン酸トランスポーター
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E3%82%B0%E3%83%AB%E3%82%BF%E3%83%9F%E3%83%B3%E9%85%B8%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%BC

 

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2019年7月12日 (金)

やぶにらみ生物論130: グルタミン酸 その1

カール・ハインリッヒ・リットハウゼン(図1)はポーランドに生まれ、ライプチッヒで研究を行った農芸化学者です。彼は小麦の成分の研究から1866年にグルタミン酸を発見しました。1866年といえばメンデルが遺伝の法則を発表した年です。その後さらにアーモンドの抽出物からアスパラギン酸を発見しました(1)。タンパク質成分としての酸性アミノ酸はこの2つしかありません。

池田菊苗はそれから約40年後の1908年に、グルタミン酸が人がうま味を感じる成分であることを発見しました(2、図1)。ウィキペディアにも誤解を招く記述がありますが、彼はグルタミン酸の発見者ではありません。しかし彼のおかげで、グルタミン酸はその後うま味調味料「味の素」として親しまれることになりました(図1)。しかし後に、味の素の過剰摂取によって中枢神経の病気が発生することがわかり(3)、そのことが多くの研究者をグルタミン酸と中枢神経の関係の研究に導くことになりました。シナプスとのアナロジーでいえば、舌の味蕾にはグルタミン酸の受容体があり、シナプス後細胞のように情報を感知して中枢神経に伝えているわけです。

戦後になって林髞(はやし・たかし、図1)は、猫の大脳皮質にアスパラギン酸やグルタミン酸を投与すると痙攣をおこすことを報告しました(4)。脳に投与すると痙攣を起こす薬物は多いので、この報告によってアスパラギン酸やグルタミン酸が神経伝達物質であるとは言えませんが、実際にこれらが神経伝達物質であることが後に証明されたので、林髞の研究は高く評価されてしかるべきだと思います。ただ発表したのがローカルな雑誌だったため、ワトキンスをはじめ多くの研究者の目にはとまらなかったと思われます(5)。林髞は直木賞作家・木々高太郎の本名で、慶應義塾大学医学部教授であると同時に作家としても大活躍しました。また松本清張を見いだした人としても有名です。

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グルタミン酸は血液中に高濃度で含まれていても、脳の神経細胞には直接届きません。脳の神経細胞はグリア細胞でびっしりと覆われているため(血液ー脳関門)、多くの場合直接毛細血管などからリリースされた栄養物質を取り込むことができず、必要な物質はグリア細胞から供給してもらうか、自分で合成するしかありません。このことについては後に別項を設けて学習することにしましょう。図2にグルタミン酸の生合成経路を記しました。グルタミン酸は必須アミノ酸ではなく、さまざまな生合成経路があります。

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ワトキンスはオーストラリア人ですが、Ph.D はケンブリッジ大学で取得し、その後渡米してポストドクとしてイェール大学で研究していましたが、友人のすすめで故国のキャンベラにいるエクレス教授のもとに移転し、そこでカーティスらと共同で神経伝達物質の研究を行うことにしました(図3)。彼らは猫の脊髄を使って、グルタミン酸やアスパラギン酸が興奮性の神経伝達物質であることを証明しました(6)。

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ところがグルタミン酸やアスパラギン酸が実際に生体内で使われる興奮性神経伝達物質であるかどうかについては、懐疑的な意見が大勢を占めました。その理由は1)酸性アミノ酸であればD型・L型どちらでもいいなど特異性に問題がある、2)有効な濃度がアセチルコリンやノルアドレナリンと比べて高すぎる、3)興奮性ニューロンの電位変化とは異なるパターンを示す、などでした。しかもグルタミン酸をマウスに皮下注射すると、数時間で網膜の神経細胞が損傷するという結果まで報告されていました(7)。その結果カーティスやワトキンスのグループは長い冬の時代を迎えることになりました。

しかしその時代も彼らは息絶えることなく、地道に研究を進めました。そのひとつはNMDA(N-メチル-D-アスパラギン酸、図4)というグルタミン酸の数十倍の活性を持つアゴニストを発見したことです。この物質はD型の方がL型よりはるかに強い活性を示しました(8)。そして状況をさらに変化させる助け船は、思わぬところから現れました。

太平洋戦争後しばらくの間まで日本では人糞を肥料として用いていたため、多くの人々が回虫に感染していて、定期的に虫下しを服用する必要がありました。そこで様々な薬品が開発されまた使用されましたが、その中にカイニン酸という海藻から抽出されたグルタミン酸骨格を有する複素環化合物がありました(9)。

篠崎温彦(しのざき・はるひこ)らはこのカイニン酸がグルタミン酸感受性シナプスに何らかの影響をあたえるのではないかと考え、ラット大脳ニューロンに適用したところ、グルタミン酸より遙かに強力な興奮作用があることを発見しました(10)。彼らはさらに使君子という植物から抽出された駆虫剤の成分であるキスカル酸が、やはりグルタミン酸より遙かに強力な興奮作用を持つことを報告しました(11,12)。これらの物質はあらかじめグルタミン酸を作用させて脱感作した細胞では無効であることから、グルタミン酸とおなじターゲット=受容体に作用することが示唆されました。

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篠崎らはさらにGタンパク質共役受容体にアゴニストとして結合するDCGIVなどについても研究を行ない(13、図5)、ほかの研究者らによるAMPAの開発(14、図5)などもあって、神経伝達物質としての酸性アミノ酸の地位は確固たるものとなり、現在ではグルタミン酸受容体の全貌が明らかになりつつあります。詳細は「グルタミン酸 その2」「グルタミン酸 その3」に譲ります。

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参照

1)DBpedia, About: Karl Heinrich Ritthausen
http://dbpedia.org/page/Karl_Heinrich_RitthausenBritishJournalofPharmacology(2006)147,S100?S108

2)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B1%A0%E7%94%B0%E8%8F%8A%E8%8B%97

3)鈴木将貴、神経の働きを調節する新たなメカニズムを発見 KOMPAS
http://kompas.hosp.keio.ac.jp/sp/contents/medical_info/science/201508.html

4)T.HAYASHI, A physiological study of epileptic seizures following cortical stimulation in animals and its application to human clinics.  Jpn. J. Physiol.: vol.3(1); pp.46-64 (1952)
file:///C:/Users/User/AppData/Local/Microsoft/Windows/INetCache/IE/PVA09UPG/3_46.pdf

5)Jeffrey C.Watkins & David E.Jane, The glutamate story., British Journal of Pharmacology, vol.147, pp.S100-S108 (2006)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/16402093

6)D. R. CURTIS, J.W. PHILLIS & J.C. WATKINS., Chemical Excitation of Spinal Neurones., Nature vol.183, pp.611-612 (1959) 
https://www.nature.com/articles/183611a0

7)Lucus DR and Newhouse JP: The toxic effect of so  dium L-glutamate on the inner layers of the retina.   Arch Ophthalmol 58, 193-201 (1957) 

8)CURTIS, D.R. & WATKINS, J.C., The pharmacology of amino acids related to gamma-aminobutyric acid. Pharm. Rev., vol.17, pp.347-391.(1965)

9)カイニンソウ
https://kotobank.jp/word/%E3%83%9E%E3%82%AF%E3%83%AA-669613

10)Haruhiko Shinozaki, Shiro Konishi., Actions of several anthelmintics and insecticides on rat cortical neurones. Brain Research,vol.24,issue 2, pp.368-371 (1970)
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/0006899370901228?via%3Dihub

11)シクンシ
https://www.weblio.jp/content/%E4%BD%BF%E5%90%9B%E5%AD%90

12)Shinozaki H and Shibuya I: A new potent excitant, quisqualic acid: effects on crayfish neuromuscular junction. Neuropharmacology vol.13, pp.665-672 (1974)
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/0028390874900562

13)篠崎温彦 グルタミン酸受容体の薬理学 一 アゴニストを中心として 一 日薬理誌(FoliaPharmacol.Jpn.) vol.116, pp.125~131 (2000)
file:///C:/Users/User/Desktop/グルタミン酸/116_125.pdf

14)Tage Honore,Jorn Lauridsen,Povl Krogsgaard‐Larsen, The Binding of [3H]AMPA, a Structural Analogue of Glutamic Acid, to Rat Brain Membranes.Journal of Neurochemistry, vol.38, pp.173-178 (1984)
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1111/j.1471-4159.1982.tb10868.x

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2019年6月30日 (日)

やぶにらみ生物論129: 神経伝達物質としてのグリシン

グリシンは図1に示すように、生体内のアミノ酸の中では、光学異性体も存在しないという最もシンプルな構造の化合物です。このような何の変哲もないありふれた物質が、神経伝達物質として機能するということは信じ難いことですが、このことはきちんと証明されています。

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グリシンがGABAと同じく、抑制性の神経伝達物質であることはウィアマンとアプリソン(図2)が中心となった研究グループによって、1967年に報告されました(1-3)。ウィアマンの肖像写真は残念ながらみつかりませんでした。彼はこの研究を行った後、イスラエルのヘブライ大学などで研究を続けましたが、政治にも関心があり、図2のように湾岸戦争についての考察を本にして出版しています。また退職後は現代版養生訓のような "Living with an Aging Brain: A self-help guide for your senior years" という本も出版しています(4、5)。

アプリソンもユダヤ系ですが、彼は米国の研究者です。自伝を出版しているので(6)、それをたどると彼の父親はオーストリア系の移民で故国では優秀な大工だったのですが、欧州での反ユダヤを嫌って米国に移住したら、そこでも1920年代の反ユダヤ主義によって仕事を失い、雑貨屋で生計を立てて子供を育てたそうです。米国の反ユダヤ主義とは何だろうと思って少し調べてみると、ひとつはロシア革命がトロツキーらのユダヤ人による陰謀であるとの流言や、米国内での労働争議が主にユダヤ人によって主導されていたことに対する反発などがあったようです。

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アプリソンはウィスコンシン大学で修士号を取得しましたが、彼が興味を持った生物物理学のドクターコースはなかったので、仕方なく印刷物関連の研究所で新聞のカラー化などについての研究を行っていました。しかしウィスコンシン大学からヒストラジオグラフィー(生体組織を感光剤に埋めて、外部からX線を照射することによって組織の成分を分析する)の装置を作る手伝いをしてくれと要請されて転職し、彼の生化学者としてのキャリアがはじまりました。結局彼はなぜか植物の窒素固定の研究を行なうことになり、ウィスコンシン大学ではじめての生化学分野での博士号を1952年に取得しました。

ところが博士号取得後、彼がヒムウィッチ博士から誘われたのは精神病の研究をしないかという仕事で、全く畑違いのそのポジションを受けたことがその後の成功の端緒となりました。人生のターニングポイントはどこにあるかわかりません。その後 Werman という良き共同研究者を得て、前記のようなグリシンが抑制性神経伝達物質であるという驚くべき結果にたどりつきました(6)。受容体もGABAのところで述べたハインリッヒ・ベッツによって精製され(7、8)、現在ではこの事実を疑う人はいません。

まずグリシンの情報を受け取る受容体ですが、その実体はGABA受容体とよく似ていることがわかっています。すなわち図3に示したように、Cysループ受容体ファミリーの4回膜貫通型タンパク質が5分子集合して塩素イオンチャネルを形成し、グリシンが結合するとチャネルが解放されて過分極がおこるという仕組みです(9)。GABAの場合、受容体に結合して機能を阻害する化学物質としてベンゾジアゼピンが有名ですが、グリシン受容体の場合ストリキニーネが結合してアンタゴニストとして作用します。ストリキニーネはマラリアの特効薬であるキニーネとは何の構造関連性もない別化合物であり、マチンという植物が発明した強い毒薬です(横溝正史の作品「八つ墓村」では即効性の毒薬として使われています)。

以前はGABAは大脳を含む広い範囲での中枢神経系で作用し、グリシンはおもに脊髄や延髄で作用すると考えられていましたが、現在ではグリシン作動性シナプスは 1)脳幹や脊髄において呼吸や歩行などリズムを持つ運動の制御や、驚愕反射の抑制に関与する 2)大脳新皮質、扁桃体、海馬、網膜など様々な中枢神経領域にグリシン 受容体が存在し神経回路の興奮性を調節している 3)、大脳側坐核のグリシン受容体がアルコールやニコチンへの依存性形成に関与する など中枢神経系でも重要な役割を果たすことが示唆されています(10)。

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最近ではクライオ電子顕微鏡の技術を用いて超低温で資料を観察する方法が発達し、グリシン受容体の立体構造が高い解像度で報告されています(11、図4)。グリシンの結合位置などもX線結晶構造解析法などにより解析が進められています(12)。

図4をみると、細胞外の部分が巨大で頭でっかちな受容体の構造にみえます。Cysループ受容体ファミリーはそのような傾向にありますが、ニコチン性アセチルコリン受容体の場合(13)よりもさらにアンバランスに見えます。グリシンというありふれたリガンドを特異的に結合させるには、それなりの複雑な仕掛けが必要だったのでしょうか。

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他の神経伝達物質と同じく、グリシンにもトランスポーターが存在し、シナプス前細胞にグリシンを集積したり、シナプス間隙にあるグリシンを回収したりする仕事を行っています。GlyT1は主にシナプス近傍のグリア細胞に発現し、神経伝達終了後の余剰グリシンの回収にあたり、GlyT2はシナプス前細胞でグリシンの集積を行っています(14、15、図5)。図5は文献14の図を改変して表示しました。

グリシントランスポーターはGABAトランスポーターと同じく、Na+/Clー依存性トランスポーターファミリーに所属し、C末・N末ともに細胞内にある12回膜貫通型のタンパク質です。(16)。

GlyT2によって細胞に取り込んだり細胞内で生合成したりしたグリシン(図1)を神経伝達物質として使う際には、それをシナプス小胞にとりこまなければいけませんが、この仕事はGABAの小胞トランスポーターが兼業でやってくれることがわかっています(17)。ですからもとは vesicular gaba transporter (GAT)と呼ばれていたものが、vesicular inhibitory amino acid transporter(VIAAT)と改名されました。

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参照

1)Graham LT Jr, Shank RP, Werman R, Aprison MH. Distribution of some synaptic transmitter suspects in cat spinal cord: Glutamic acid, aspartic acid, gamma-aminobutyric acid, glycine, and glutamine. J Neurochem, vol.24: pp.467-472.(1967)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/6022905

2)Aprison MH, Werman R. A combined neurochemical and neurophysiological approach to the identification of CNS transmitters. In Ehrenpreis S, Solnitzky OC, eds. Neuroscience research. New York: Academic Press, vol.2: pp.143-174. (1968)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/4152429

3)Aprison MH. The discovery of the neurotransmitter role of glycine. In Ottersen OP, Storm Mathisen J, eds. Glycine neurotransmission. Chichester, UK: Wiley, Chapter 1: pp.1-23.(1990)

4)Robert Werman, Notes from a Sealed Room: An Israeli View of the Gulf War.,
Southern Illinois Univ Press (1993)
https://www.amazon.co.jp/Notes-Sealed-Room-Israeli-View/dp/080931830X/ref=sr_1_1?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&keywords=robert+werman&qid=1561257416&s=english-books&sr=1-1

5)Robert Werman, Living with an Aging Brain: A self-help guide for your senior years., Freund Publishing House Ltd., Tel Aviv (2003)
https://books.google.co.jp/books?id=wsu3hQ_meTQC&pg=PR9&lpg=PR9&dq=robert+werman&source=bl&ots=bY8YN0lILc&sig=ACfU3U2AS5_DabYtchdllYmPTRwJo75Gvw&hl=ja&sa=X&ved=2ahUKEwjOqvPzyf7iAhWSHqYKHW38Cy04ChDoATAHegQICRAB#v=onepage&q=robert%20werman&f=false

6)L.R.Squire ed., The History of Neuroscience in Autobiography. vol.3, Morris H. Aprison pp.2-37, Academic Press (2001)
file:///C:/Users/User/Desktop/グリシン/c1.pdf

7)Grenningloh G, Gundelfinger ED, Schmitt B,Betz H, Darlison MG, Barnard EA, Schonfield PR, Seeburg PH.,  Glycine vs GABA receptors. Nature vol.330: pp.25-26.(1987)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/2823147

8)やぶにらみ生物論128: GABA その2
http://morph.way-nifty.com/grey/2019/06/post-143e31.html

9)Silke Haverkamp, Glycine Receptor Diversity in the Mammalian Retina by Silke Haverkamp., Web vision, The Organization of the Retina and Visual System.
https://webvision.med.utah.edu/book/part-iv-neurotransmitters-in-the-retina-2/glycine-receptor-diversity-in-the-mammalian-retina/

10)荻野一豊 グリシン作動性シナプスを増強するシグナル経路の同定 上原記念生命科学財団研究報告集, 32 (2018)
file:///C:/Users/User/Desktop/グリシン/ogino%20121_report.pdf

11)Du J, Lu W, Wu S, Cheng Y, Gouaux E., Glycine receptor mechanism elucidated by electron cryo-microscopy.Nature., vol.526(7572): pp.224-229. doi: 10.1038/nature14853.(2015)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/26344198

12)Mieke Nys et al., Allosteric binding site in a Cys-loop receptor ligand-binding domain unveiled in the crystal structure of ELIC in complex with chlorpromazine., PNAS October 25,  vol.113 (43) E6696-E6703; (2016)
https://www.pnas.org/content/113/43/E6696

13)宮澤淳夫・藤吉好則、ニコチン性アセチルコリン受容体の構造と機能、蛋白質 核酸 酵素 vol.49 no.1, pp.1-10 (2004)

14)Robert J. Harvey et al., A critical role for glycine transporters in hyperexcitability disorders., Front. Mol. Neurosci., 28 March (2008)
https://doi.org/10.3389/neuro.02.001.2008

15)茂里康、島本啓子,抑制性神経伝達物質トランスポーターの薬理学、日薬理誌(Folia Pharmacol. Jpn.)vol.127,pp.279~287(2006)
file:///C:/Users/User/Desktop/グリシン/抑制性神経伝達物質トランスポーターの薬理学.pdf

16)http://morph.way-nifty.com/grey/2019/06/post-143e31.html

17)Wojcik SM et al., A shared vesicular carrier allows synaptic corelease of GABA and glycine., Neuron., vol.50(4), pp.575-87.(2006)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/16701208?dopt=Abstract

 

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2019年6月13日 (木)

やぶにらみ生物論128: GABA その2

GABA作動性シナプス周辺の模式図を図1に示しました(1)。シナプス前後細胞の他にアストログリア細胞が描いてありますが、これはシナプス周辺のアストログリア細胞がグルタミンをシナプス前細胞に供給するという役目を担っているからです。この細胞はさらにシナプス間隙から過剰なGABAを回収してグルタミンに変換することもできます。

アストログリア細胞からグルタミンを受け取ったシナプス前細胞は、リン酸活性化グルタミナーゼ=PAG(phosphate-activated glutaminase)という酵素を使ってグルタミンを加水分解してグルタミン酸を合成し、パート1に記したようにGABAを合成します。

その1:http://morph.way-nifty.com/grey/2019/06/post-f82bd2.html

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抑制性神経伝達物質の場合、シナプス後細胞の興奮を阻止するのが役割ですから、シナプス後細胞のGABA受容体がナトリウムイオンチャネルではなく塩素イオンのチャネルであれば話は簡単です。塩素イオンが細胞内に流入すると、通常外界(+)/細胞内(-)となっている電位差がますます大きくなるので、細胞は過分極状態となり脱分極は阻止されます(図1)。

GABA受容体あるいは同様なはたらきを持つグリシン受容体の精製は1980年初頭に英国のバーナード(図2)のグループと、ドイツのベッツ(図2)のグループで激しい先陣争いが繰り広げられました。前者は牛の脳、後者はラットの脊髄を材料としました。両者が成功したのは、GABAやグリシンというリガンドそのものではなく、より強力で特異的に結合するベンゾジアゼピンやストリキニーネという代役の化合物を放射能でラベルし、精製の際のマーカーとして用いたからと言えます(2)。両陣営がそれぞれレビューを出版しているので、興味のある方はご覧ください(3、4)。

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バーナードが精製したのは現在ではGABAと呼ばれるGABA受容体で、これは実際に塩素イオンのチャネルです。GABAが結合することによってアロステリックな構造変化を行い、塩素イオンを細胞内に取り込みます(5)。

GABA受容体タンパク質は4回膜貫通型で細胞膜に局在します。N末、C末共に細胞外に出ており、C末側露出部にSS結合が存在します(5、図3)。このようなSS結合を持つ受容体タンパク質群はCysループ受容体ファミリーと呼ばれ、ベッツが精製したグリシン受容体もこのファミリーに所属しています。

GABA受容体タンパク質はサブタイプが多くて、α1-6、β1-3、γ1-3、δ、ε、θ、π と ρ1-3 の少なくとも19種類の分子種が知られており、イオンチャネルはこれらから5分子が集合して形成されます(6、7、図3)。脳内にはα型1個-β型2個-γ型2個の5量体が多いとされています(7)。GABA受容体は実質無限のバラエティを持っているわけですが、なぜそうなっているのか、理由は不明です。

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GABAの受容体にはもうひとつのタイプ、GABAが存在します。GABAはバウリーが発見し(8、図2)、彼らによって遺伝子構造も解明されました(9)。GABAの構造についての模式図は図4に示しました(脳科学辞典10から改変)。

GABAは7回膜貫通GPCR(G protein-coupled receptor=Gタンパク質共役受容体)なのですが、R1、R2という二つの分子が協働してその役割を果たすという一風変わった構造になっています(図4)。すなわち図4のように、R1がGABAと結合する役割、R2がGタンパク質と結合するという役割を持っています。

R1とR2は細胞膜に隣接して埋め込まれていますが、細胞質内の長い両者のC末部分で複雑に絡まり合っており(図4)、ここでR2はR1の構造変化を検知して活動を開始すると思われます。またこの絡まり合った部分で、Gタンパク質だけでなくさまざまな制御因子や情報伝達因子と相互作用を行うことができます(11、12)。このことがわざわざ2分子でGPCRの仕事をやっている理由なのでしょう。

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R2に結合しているGαタンパク質はi型で、GABAのシグナルによって遊離し、アデニル酸シクラーゼを阻害してcAMP合成を妨げる働きがあります。これによってタンパク質のリン酸化が低下します。また同じく遊離したGβγタンパク質によって、カリウムチャネルが開き、カルシウムチャネルが閉じられます。K+は細胞内濃度が高いので細胞外に流出し、過分極の方向にコントロールされます。またカルシウムの流入が妨げられるのも同じ効果があります(12,図5)。

GABA受容体はGABAシグナルに対する即時(ミリ秒単位)の反応を受け持ち、GABA受容体はやや遅い反応または継続的な反応を受け持つと思われます。GABAB受容体にもさまざまなアイソタイプがあるようですが(12)、ここではパスします。

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さて図1にもどると、GABAによる情報伝達に関しては、まだいくつかの重要な因子があることがわかります。まず🌕で示されているGABAトランスポーター(GAT)です。これにはいくつかのタイプがあり、シナプス前細胞にはGAT1型、シナプス周辺アストログリア細胞にはGAT3型、脳以外の臓器の細胞にはGAT2型が概ね局在しています。

GATは膜12回貫通型の細胞膜に埋め込まれたタンパク質で、C末・N末共に細胞内に露出します(図6)。

GATがGABAを細胞内に取り込む際にGABA1分子につきナトリウムイオン2個と塩素イオン1個が移動しますが(13、図6)、ATPは使用しません。といってもナトリウムを取り込むと、ATPを使って排出することになるので、間接的にはATPのエネルギーを利用していることになります。

GABAが通過する部分はシーソーのような構造になっており、図6のように立体構造を変えることによってGABAを移動させます(13)。GABAを放出後、シナプス間隙の不要なGABA濃度が高まると、シナプス前細胞のGAT1がGABAをすみやかに回収します。アストログリア細胞のGAT3もGABAの回収に使われるようです。この両者によって約75%のGABAを回収できるとされています(13)。

アストログリア細胞が回収したGABAはグルタミン酸からグルタミンに変換され、トランスポーターを通してシナプス前細胞に受け渡されて再利用されます。シナプス前細胞は自ら回収したGABAと、アストログリア細胞から受け取ったグルタミンから合成したGABAを使用することができます。GABAが長時間シナプス間隙に残留するとまずい場合が多いので、このような回収システムがすみやかに稼働すると思われます。

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図1にもうひとつの役者VGATが●で登場しています。VGATとは小胞GABAトランスポーター(vesicular gaba transporter) の略称で、GATとは全く異なるトランスポーターです。VGATはアミノ酸配列から9回膜貫通型のトランスポーターと考えられていて、細胞質のGABAとグリシンをシナプス小胞内に取り込むことができます(14)。小胞内にため込まれた神経伝達物質は、必要時にエキソサイトーシスによってシナプス間隙に排出されます(15)。

 

参照

1) from wikipedia, original source is Nissen-Meyer LSH and Chaudhry FA., Corrigendum: Protein Kinase C Phosphorylates the System N Glutamine Transporter SN1 (Slc38a3) and Regulates Its Membrane Trafficking and Degradation. Front. Endocrinol. vol.8: p.190.(2017) doi: 10.3389/fendo.2017.00190
https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fendo.2017.00190/full

2)Stephenson FA, Mukhopadhyay R.,Classics How the glycine and GABA receptors were purified., J Biol Chem. vol.287(48), pp.40835-40837.(2012) doi: 10.1074/jbc.O112.000006.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/23180805

3)Barnard EA, Darlison MG,Seeburg P., Molecular biology of GABAA receptor:The receptor/channel superfamily. Trends Neurosci vol.10: pp.502-509.(1987)
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/0166223687901305

4)Grenningloh G, Gundelfinger ED, Schmitt B,Betz H, Darlison MG, Barnard EA, Schonfield PR, Seeburg PH.,  Glycine vs GABA receptors. Nature vol.330: pp.25-26.(1987)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/2823147

5)GABAA受容体
https://ja.wikipedia.org/wiki/GABAA%E5%8F%97%E5%AE%B9%E4%BD%93

6)脳科学辞典 GABA受容体
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/GABA%E5%8F%97%E5%AE%B9%E4%BD%93

7)Macdonald R.L. Olsen R.W., GABAA receptor channels. Annu. Rev. Neurosci. vol.17: pp.569-602 (1994)

8)Bowery N.G., GABAB receptors and their significance in mammalian pharmacology. Trends Pharmacol. Sci., vol.10: pp.401-407 (1989)

9)Bowery, N.G. and Brown, D.A., The cloning of GABA(B) receptors. Nature vol.386, pp.223-224. (1997)

10)https://bsd.neuroinf.jp/wiki/GABA%E5%8F%97%E5%AE%B9%E4%BD%93

11)Burmakina, S., Geng, Y., Chen, Y. and Fan, Q.R.,  Heterodimeric coiled-coil interactions of human GABAB receptor. Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. vol.111, pp.6958-6963.(2014)

12)Miho Terunuma, Diversity of structure and function of GABAB receptors: a complexity of GABAB-mediated signaling., Proc. Jpn. Acad., Ser. B 94, pp.390-411 (2018)
file:///C:/Users/User/Desktop/GABAb%20terunuma%20pjab-94-390.pdf

13)Sadia Zafar and Ishrat Jabeen, Structure, Function, and Modulation of γ-Aminobutyric Acid Transporter 1 (GAT1) in Neurological Disorders: A Pharmacoinformatic Prospective. Front Chem. vol.6: article 397. pp.1-19 (2018)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6141625/

14)脳科学辞典 小胞GABAトランスポーター
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E5%B0%8F%E8%83%9EGABA%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%BC

15)脳科学辞典 シナプス小胞
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E3%82%B7%E3%83%8A%E3%83%97%E3%82%B9%E5%B0%8F%E8%83%9E

 

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2019年6月 4日 (火)

やぶにらみ生物論127: GABA その1

  神経伝達物質をざっと概観しようとしてきましたが、これまでにアセチルコリン、各種モノアミン類を取り上げてきました。今回からアミノ酸関連因子に進みます。図1にそのなかでも重要な2つの要素が出てきますが、まず右側の γ-アミノ酪酸(GABA=γ-amino butyric acid)から見ていきましょう。

GABAはグルタミン酸からグルタミン酸脱炭酸酵素(GAD=L-glutamic acid decarboxylase)によって産生されます。材料のグルタミン酸は細胞外からグルタミン酸トランスポーターを用いて取り込む場合と、細胞内でTCAサイクルの α-ケトグルタル酸から合成する場合があります(1)。

GADにはふたつのアイソフォーム(GAD65,GAD67)があり、GAD67が細胞質全体に存在するのに対してGAD65は神経終末部に豊富に存在することから、GAD65が抑制性シナプス伝達を担うGABA合成に主として関与すると考えられています(1)。

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タンパク質の構成要素となるアミノ酸はαの位置にアミノ基がありますが、GABAの場合図1のようにγの位置にアミノ基があります。したがってGABAはタンパク質の構成要素としてのアミノ酸ではありません。

GABAの発見者はアッカーマンという人で、細菌による腐敗の結果生ずるものと報告されているそうです(2、3)。現在も発行されている Zeitshrift fur Physikalische Chemie のホームページを見てみましたが、アッカーマンの論文の紙面は提供されていませんでした。

その後GABAはカビや植物からも抽出されましたが、ロバーツ(図2)はマウスの脳にGABAが存在することを発見しました(4、5)。ロバーツは自伝を書いていますので(3)、少し彼の人生をたどってみましょう。

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ユージン・ロバーツは1920年に黒海沿岸で生まれましたが、1917年にロシア革命が勃発し、いわゆるブルジョアジーだった彼の一家は1922年にラトヴィア経由で、親戚を頼って米国のデトロイトに移住しました。彼は高校時代にアンドレという女性教師に実験室を自由に使わせてもらってゾウリムシの研究を行い、それが生物学へ傾倒するきっかけとなったそうです。高校教師も科学の進歩に関係がないわけではありません。

彼はウェイン州立大学を卒業後、ミシガン大学で学位をとりましたが、太平洋戦争中ということもあって、学位取得前からニューヨークのロチェスター大学でマンハッタンプロジェクトに参加し、ウラニウムのダストをどのくらい吸い込むと危険かという研究に携わりました。

戦後の1949年になって、彼は2次元ペーパークロマトグラフィーの技術を使って、脳に大量のGABAが存在することを発見しました。これは「正常細胞とがん細胞で、フリーのアミノ酸の含量に差があるかどうか調べる」という目的の研究の副産物として発見されました。「目的指向的研究をやれ」とよく役人やその尻馬に乗る人々が言うわけですが、実際には所期の目的とは「はずれた」副産物の方が重要だったということはよくあることです。テクノロジーの進化には目的指向をはっきりさせることが大事かもしれませんが、サイエンスにとって多くの場合、当初の研究目的はきっかけに過ぎません。

脳にGABAが存在するという研究結果は、1950年に共同研究者のサム・フランケルと共に発表し論文にもまとめました。同じ年に Udenfriend(6)と、Awaparaのグループ(7)も同様な結果を発表していますが、前者はロバーツからサンプルの提供を受けて、ラジオアイソトープを使った別法で成分を確認したもの(ロバーツは Fed. Proc.の中でこのことに言及しています 参照5)。後者はプライオリティーの点でやや遅れをとったとみなされています(8)。ただアワパラ側がどう考えていたのかについては情報が得られなかったので、本当のところ真実は藪の中です。

発表後ロバーツはアッカーマンから祝福の手紙を受け取ったそうです(3)。アッカーマンがGABAを発見してから40年が経過しているので、もうリタイアしていたと思いますが、心温まるエピソードだと思います。その後ロバーツのグループは、GABAがほ乳類の脳における主要な抑制性神経伝達因子であることを示すうえで大きな貢献をしました。

現在では脳のニューロンのうち約30%がGABA性(ギャバージック)の抑制性ニューロンであることが知られていますが(9)、そもそも抑制性ニューロンなどというものがあることは誰が発見したのでしょうか?

最初にこのことに気づいたのは、ロシアの「生理学および科学的心理学の父」といわれるセチェノフでした。彼はカエルの脊髄反射は脳を除去することによって促進され、脳を刺激することによって抑制されることを報告しました(10、11、図3)。まだ19世紀のなかばの頃です。脳を科学的に考えるにはあまりに時期が早かったため、唯物論を広めキリスト者としてのモラルを低下させたかどで、迫害されたこともあったようです(12)。条件反射などの研究で1904年にノーベル生理学医学賞を受賞したパヴロフも、もともとの定義に反することであっても、後に反射に脳がかかわっていることを認めて報告しています(13)。

英国の生理学者シェリントン(図3)は膝蓋反射のように感覚神経と運動神経が単純に反応するような反射もあるが、ひっかき反射(14)などでは、感覚神経・運動神経以外の神経、すなわち複数のシナプスがかかわっていることを示しました。すなわち犬の肩をこすると、こすった側の後ろ足の屈筋が刺激されますが、同時に伸筋は抑制されるのです(15)。このことは抑制性の神経系の存在を強く示唆するものです。これらの業績によって、シェリントンは1932年にノーベル生理学医学賞を受賞しました。

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その後グルタミン脱炭酸酵素(GAD=L-glutamic acid decarboxylase)の抗体を用いて、GABAを産生する細胞を同定する試みは、ロバーツを含む多くの研究者によって、徹底的に行われました(16、17)。

文献(17)によると、GADが局在する部域は、cerebellum(小脳), spinal cord(脊髄), retina(網膜), habenula(手綱), olfactory bulb(嗅球), substantia nigra(黒質), corpus striatum(線状体), red nucleus(赤核), arcuate nucleus(視床下部弓状神経核),lateral cervical nucleus, tuberomammillary nucleus(結節乳頭体神経核), cochlear nucleus(蝸牛神経核), vestibular nuclei(前庭神経核), dorsal column nuclei(後索神経核), nucleus reticularis thalami(視床網様体神経核), globus pallidus(淡蒼球) and nucleus entopeduncularis(脚内神経核), visual cortex(視覚野), dentate gyrus(歯状回), superior colliculus(上丘), sensory-motor cortex(感覚運動皮質), septal area(中隔野), hypothalamus(視床下部), hippocampus(海馬), geniculate complex(膝状複合体), and nucleus tractus solitarii(孤束神経核)と広汎にわたっています。

それぞれの部域については、図4、図5に赤で示しました。

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これらの多くは後に学んでいくことになると思いますが、とりあえず大脳基底核周辺における GABAergic な伝達系がウィキペディアに出ていたので、図6にコピペしました(18)。GABAergic なシナプス前細胞は、シナプス後細胞を過分極させて脱分極を抑制する方向に作用します。線状体から淡蒼球や黒質に情報が投射していることが示されています。抑制性の神経細胞は、自身が抑制性の神経細胞とシナプスをつくると、シナプス後細胞による抑制作用を抑制することになり、結果的に促進細胞に変身することもあり得ます。

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参照

1)脳科学辞典 GABA
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/GABA

2)Ackermann, D. Uber ein neues, auf bakteriellem Wege gewinnbares Aporrhegma. Z. Physiol. Chem. vol.69, pp.273-281. (1910)

3)Eugene Roberts (autobiography), in "The History of Neuroscience in Autobiography" VOLUME 2, Ed.Larry R. Squire, Academic Press (1998)
file:///C:/Users/User/Desktop/GABA/Eugene%20Roberts.pdf

4)Roberts, E. and Frankel, S. γ-Aminobutyric acid in brain: Its formation from glutamic acid. Journal of Biological Chemistry vol.187: pp.55-63,(1950)
http://www.scholarpedia.org/w/images/2/29/GABA_abstract.jpg

6)Udenfriend, S. Identification of gamma-aminobutyric acid in brain by the isotope derivative method. Journal of Biological Chemistry vol.187: pp.65-69 (1950)

7)Awapara, J., Landua, A.J., Fuerst, R., and Seale, B. Free gamma-aminobutyric acid in brain. Journal of Biological Chemistry vol.187:pp.35-39,(1950)

8)Eugene Roberts, Gamma-aminobutyric acid., Scholarpedia, vol.2(10), p.3356.(2007)
http://www.scholarpedia.org/article/Gamma-aminobutyric_acid

9)小幡邦彦 GABAのはたらき、Riken BSI news vol.37, 10月号 (2007)
http://bsi.riken.jp/bsi-news/bsinews37/no37/special.html

10)"Refleksy golovnogo mozga." Meditsinsky vestnik 47-48 ("Reflexes of the brain", in Russian) (1863)

11)K.Obata, Synaptic inhibition and γ-aminobutyric acid in mammalian central nervous system. Proc.JPN.Acad., Ser.B89, No.4, pp.139-156 (2013)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/pjab/89/4/89_PJA8904B-03/_article/-char/ja

12)https://en.wikipedia.org/wiki/Ivan_Sechenov

13)Pavlov,I.P., Conditioned Reflexes (translated by Anrep,G.V.). Dover Publications, Mineola, NY, pp.1-430 (1927)

14)Scratch reflex of dog
https://www.youtube.com/watch?v=VzCwXaU_tJ0

15)Sherrington, C.S., The Integrative Action of the Nervous System. Yale Univ. Press, New Haven, CT, pp.1-413 (1906)

16)E. Roberts amd Kinya Kuriyama, Biochemical-physiological correlations in studies of the γ-aminobutyric acid system. Brain Res., vol.8, pp.1-35 (1968)
file:///C:/Users/User/AppData/Local/Microsoft/Windows/INetCache/IE/C8FQEO1U/first-page-pdf.pdf

17)17)Elling Kvamme, Glutamine and Glutamate Mammals. Vol.1, CRC Press (1988)
VI Identification and localization of L-glutamate decarboxylase.
こちら

18)https://en.wikipedia.org/wiki/Striatum

 

 

 

 

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2019年5月17日 (金)

やぶにらみ生物論126: ヒスタミン

ヒスタミンはイミダゾール骨格にエチルアミンの側鎖がついている構造の化学物質で、哺乳動物のほとんどすべての組織に含まれています。アミノ酸のひとつであるL-ヒスチジンから、L-ヒスチジン脱炭酸酵素による脱炭酸反応により生合成されます(1、図1)。

この反応は細菌でも行うことができるものがあることが知られています。細菌がなぜこのような反応をおこなうかについては、一般的には酸性になった細胞内環境を中性にもどす役割が想定されていますが、そのほかの役割もあるようです(2)。人の立場からいえば、細菌が産生するヒスタミンは、ヒスタミン中毒の原因物質なので困りものです。

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1907年にウィンダウス(図2)とフォークトによってヒスタミンが化学的に合成されたことが、ヒスタミン研究の出発点となりました(3)。ウィンダウスは1927年にノーベル化学賞を受賞していますが、それはコレステロールやビタミンの研究が評価されたものです。しかしノーベル財団のバイオグラフィーをみると、彼がヒスタミンを発見したことにも少しだけ触れてあります(4)。

合成ヒスタミンが使えるようになったので、デイルとレイドロー (図2)はまず10mgのヒスタミンをカエルの背中のリンパ嚢に注入したところ、カエルは大口を開けて、手足は伸びきり、明らかに中枢神経系の活動が抑制されたことが示されました。次に2mgのヒスタミンをウサギの静脈に注射すると、ウサギは平伏し、心臓の鼓動が不整で弱くなり、さらに2mg追加すると死亡するという結果を得ました。またヒスタミンがアナフィラキシーショックを引き起こすことがあるとも指摘しています(5)。

デイルはレーヴィとともに神経伝達物質(アセチルコリン)を発見したことで有名で、その業績で1936年のノーベル生理学医学賞を受賞しています。このブログでも以前にとりあげました(6)。

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ヒスタミンは特定の内分泌器官から放出されるものではないので、ホルモンの定義からは逸脱していますが、主にマスト細胞(肥満細胞)、好塩基球、マクロファージ、神経細胞などが放出し、血圧降下、血管透過性亢進、平滑筋収縮、血管拡張、腺分泌促進、アレルギー反応・炎症の促進などの生理作用を持っている上に、神経伝達物質でもあります(1、図3)。マクロファージの場合だけ、ヒスタミンは細胞質にある顆粒内にストックされずフリーのまま放出されます。

図3に示したマスト細胞や好塩基球ではヒスタミンを含む顆粒が染色されて、はっきり見えます。

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ヒスタミンが過剰に作用すると、じんましん・皮膚炎・鼻炎・ぜんそくなどのアレルギー反応や、ひどい場合にはアナフィラキシーショックを引き起こすこともあるので、それらを抑制するための抗ヒスタミン薬はほとんどの人がお世話になっているはずです。

ヒスタミンの受容体は、現在知られているものはすべてGPCR(細胞膜7回貫通型Gタンパク質共役受容体)です(7)。ウィキペディアに美しい説明図がありました(7)。この図の一番左をみると、Gタンパク質(青)と受容体(赤)が離れた位置にあり、ヒスタミンが結合してはじめてGタンパク質と受容体が接近して結合するような印象を受けますが、これは議論の余地があるでしょう。

ともあれ受容体の立体構造の変化を受けてGタンパク質がGDPをリリースしてGTPと結合し、Gαが解離してエフェクター(H2受容体の場合はアデニル酸シクラーゼ)に作用するわけです。これによりアデニル酸シクラーゼは活性化されてcAMPが産生されます。

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英語版のウィキペディアをみると、日本語版とは少し異なる解説図がみつかります(8、図5)。左図ではGαだけでなくGβGγもエフェクターに結合するとしています。またGタンパク質は最初から受容体と結合しています。右図では日本語版と基本的に同じ解説になります。いったん受容体から離れたGαが元の位置にもどってくるとすると、受容体と結合しないのなら、GβGγが元の位置にあって目標になる必要があるので、係留用杭(ボラード)となるGβGγは独自に行動することは許されません。

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ヒスタミンの受容体は現在4種類が知られており、それぞれの特徴をとりあえずウィキペディアからコピペしておきます(図6)。このあと述べるように、ヒスタミン受容体はヒスタミンと結合すると細胞の脱分極を誘導するはずですが、このメカニズムは私が調べた限りではよくわかりませんでした。イオンチャネル型の受容体はみつかっていないようです。

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ヒスタミンが脳神経系に存在することを最初に示したのはクフィアトコフスキで、1943年のことですが、この論文にはフリーでアクセスできます(9)。その後 Garbarg(発音不明)らはヒスタミンが脳の灰白部、特に神経末端に局在していることをつきとめました(10)。ヒトの脳ではヒスタミン系の神経伝達経路は、視床下部外側結節乳頭核から脳全体に投射していることがわかっています(11、図8)。この総説を書いたハースはヒスタミン系神経伝達経路研究の中心人物のひとりで図7に写真を貼っておきました。

ヒスタミン神経系の実在を証明する上で、大阪大学の和田博と門下の渡邉建彦(図7)、遠山正彌らは大きな貢献をしました。彼らはヒスチジン脱炭酸酵素の抗体を作成して、脳におけるヒスタミン神経系の可視化に成功しました(12)。ただヒスタミンを大量に産生するマスト細胞が脳にも存在するのでまぎらわしい点があり、最終的にはマスト細胞を持たないミュータントマウスを使って証明することができたとのことです(12)。

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ヒスタミンの作用は図6からも広汎であることがわかりますが、ひとつ注意すべきは免疫反応を促進するため、ぜんそく、じんましん、発熱などのアレルギー反応などを引き起こす悪者として扱われることもよくあります。しかしそれらはあくまでも生体防御反応の結果ですし、ヒスタミンは上記のように神経伝達物質として脳の機能に深く関わっているほか、平滑筋収縮、血小板凝集、胃酸分泌を促進するなどの重要な機能も持ち合わせています。

脳でのヒスタミンのはたらきのなかで、特に注目すべきはその覚醒維持作用です。ヒスタミン神経系は、眠らせようとするアデノシン-GABA系の神経系と拮抗しており、覚醒を維持するために重要なはたらきがあります(13、14)。三島先生の記事を引用すると「脳を最も強力に覚醒させる神経伝達物質の一つであるヒスタミンは結節乳頭核から大脳に投射されている。腹側外側視索前野はその結節乳頭核の活動を抑え込むことで眠気(睡眠)を誘発する。アデノシンは自身が産生されたクモ膜下腔のすぐ近くにある腹側外側視索前野を活性化し、結果的に眠気をもたらす(13)。」ということになります。

ですから抗ヒスタミン剤(ドリエルなど)を投与されると、当然眠くなります(15)。この薬を服用した場合は、翌日も眠くなる可能性があるので、車の運転をしないなど行動には十分注意する必要があります(16、17)。睡眠を誘導するアデノシン-GABA系神経を抑制しても目が覚めるわけですが、カフェインにはそのような効果があります。

参照

1)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%9F%E3%83%B3

2)小栁喬 細菌たちよ,アミノ酸をなぜ脱炭酸する? 生物工学 第 95巻 第9号(2017) 
file:///C:/Users/User/AppData/Local/Microsoft/Windows/INetCache/IE/CFQW7HJS/9509_biomedia_3.pdf

3)Windaus A, Vogt W. Synthese des Imidazolyl-athylamins. Ber. Dtsch. Chem. Ges. vol.40, pp.3691-3695 (1907)
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1002/cber.190704003164

4)Adolf Windaus Biographical  MLA style: Adolf Windaus Biographical. Nobe lPrize.org. Nobel Media AB 2019. Mon. 13 May 2019. 
https://www.nobelprize.org/prizes/chemistry/1928/windaus/biographical/

5)Dale HH, Laidlaw PP. The physiological action of beta-iminazolylethylamine. J Physiol., vol.41(5):pp.318-344 (1910)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1512903/

6)http://morph.way-nifty.com/grey/2019/02/post-e2ed.html

7)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%9F%E3%83%B3%E5%8F%97%E5%AE%B9%E4%BD%93

8)https://en.wikipedia.org/wiki/G_protein-coupled_receptor

9)Kwiatkowski H. Histamine in nervous tissue. J Physiol vol.102: pp. 32-41, (1943).
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1393435/

10)Monique Garbarg, Gilles Barbin, Jean Feger, Jean-Charles Schwartz., Histaminergic Pathway in Rat Brain Evidenced by Lesions of the Medial Forebrain Bundle.
Science Vol. 186, Issue 4166, pp. 833-835 (1974)  DOI: 10.1126/science.186.4166.83307 
https://science.sciencemag.org/content/186/4166/833?ijkey=7306dedf001ced6e0be14ccae7aea614ae2907&keytype2=tf_ipsecsha

11)Helmut L. Haas, Olga A. Sergeeva, AND Oliver Selbach., Histamine in the Nervous System., Physiol Rev vol.88: pp.1183-1241 (2008);  doi:10.1152/physrev.00043.2007.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18626069

12)T.Watanabe and H.Wada (eds), Histaminergic neurons: Morphology and Fundtion. CRC Press (1991) Boca Raton, Florida

13)三島和夫 睡眠の都市伝説を斬る ナショナルジオグラフィック
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/web/15/403964/082900048/?P=3

14)筑波大学 報道資料 睡眠と覚醒を制御する神経回路を解明 ~視床下部睡眠中枢と覚醒中枢の神経接続の解明~ (2018)
file:///C:/Users/User/AppData/Local/Microsoft/Windows/INetCache/IE/PVA09UPG/180717sakurai-3.pdf

15)エスエス製薬 睡眠改善薬のメカニズム
https://www.ssp.co.jp/condition/insomnia/mechanism/

16)https://kotobank.jp/word/%E7%9D%A1%E7%9C%A0%E6%94%B9%E5%96%84%E8%96%AC-187116

17)https://www.min-iren.gr.jp/?p=5526

 

 

 

 

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2019年4月30日 (火)

やぶにらみ生物論125: セロトニン

セロトニン(5-ヒドロキシトリプタミン、5-HTという略称を用いることもあります)は生理活性アミンの1種で、トリプトファンから5-ハイドロキシトリプトファンを経て生合成されます(図1)。

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血清中に筋肉を収縮させる活性のあるホルモン様因子が存在することは20世紀初頭から知られていました。その第一候補はアドレナリンでしたが、その因子と異なりアドレナリンは腸の平滑筋は弛緩させました。オコナーはこの因子が血漿では検出できないことから、血液凝固の過程で血小板から血清中に漏れ出したと考えました(1)。

血液凝固がおこるということは負傷したということです。負傷すると血管の平滑筋が収縮して出血を防ぐというのは、生命維持のために重要なメカニズムです。

このホルモン様因子の分子的実体はなかなか解明されませんでしたが、20世紀半ばになってようやくラポルト(図2)らによって、謎の血清因子がセロトニンであることが明らかにされました(2、3)。ラポルトらは900リットルのウシ血清から2~3mgの因子結晶を得て、構造を解明することができました。そしてエルスパメル(図2)らのグループがエンテラミンと呼んでいた胃粘膜由来の平滑筋収縮因子が同じ物であることがわかりました(4)。

そして1953年にはウェルシュ(写真がみつかりません)らがセロトニンが神経伝達物質であることを示唆する論文を発表しています(5、6)。彼らは二枚貝のガングリオン(神経節)が心臓の拍動を制御するに際して、アセチルコリンが拍動抑制、セロトニンが拍動促進という役割を持っていると考えました。その後ドーパミンの記事で述べたファルク-ヒラープの方法(7)によってセロトニンも可視化され、神経細胞での存在が確認されました。

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セロトニンの受容体については、図3に示したような7種類の分子の存在が知られています。このうち6種類は7回膜貫通型3量体Gタンパク質共役型受容体(GPCR=GTP-binding protein-coupled receptor )ですが、5-HT3だけはイオンチャネル型です(8)。

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代表的なセロトニン受容体の立体構造を図4に示しました。左はGPCR型の5-HT1B(9)、右はイオンチャネル型の5-HT3(10)です。GPCR型の機能は例によって結合しているGタンパク質の種類によって異なります。図3および図5にリストアップしておきました。イオンチャネル型はセロトニンが結合することによって、受容体を持つ細胞が脱分極を起こします。

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ここではそれぞれのセロトニン受容体の詳細な局在や機能についてまだ深入りしませんが、概略は図5に示しました(11)。血管・消化管・中枢神経系がこの受容体の主な活動場所です。

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モノアミン系神経伝達因子のトランスポーターは、ドーパミンとノルアドレナリンについてはそれぞれについて特異性が低いトランスポーターがあり、セロトニンについては特異性が高い専用のトランスポーターがあります。これらのトランスポーターによって、外界のモノアミンは細胞内のシナプス小胞に取り込まれます。シナプス間隙の神経伝達因子を取り込むと、リサイクルと伝達の停止というふたつの意味を持つことになります。

キルティらによって最初にドーパミントランスポーター遺伝子のクローニングが行なわれ、その構造が研究されました(12、13)。他のトランスポーターと同様、膜12回貫通型のタンパク質で、N末・C末ともに細胞内にあります。細胞膜に埋め込まれていないループが細胞外にも細胞内にも複数あるようです(図6)。

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モノアミンはナトリウム・カリウム・塩素などのイオンと共にトランスポーターがつくる膜内の小室に取り込まれ、外界側のドアを閉めた後で細胞内へのドアを開けて細胞内に移動するようです(14、図7)。

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セロトニンの作用についてもうひとり忘れてはならないパイオニアがいます。それはベティー・トゥワログで(図8)、彼女は前記のウェルシュの研究室で学位をとったのですが、不可解なことにその研究をウェルシュとは別々の論文に書いて発表しています(15、16)。これはおそらくトゥワログの論文が投稿から発表までに2年もかかった(17)ことが関係しているのでしょう。編集部が受理する自信がなかったためにこのようなことになったと思われます(17)。

その内容は、ホンビノスガイ(もともとは北アメリカの大西洋側にしかいませんでしたが、現在は世界中に広がり東京湾にもいるそうです、図8)の神経による心臓の調節に関する物もので、この2枚貝の神経は心臓の鼓動を調節するためにアセチルコリンを放出しますが、アセチルコリンは鼓動の頻度や強度を抑制する働きがあります。しかしアセチルコリンアンタゴニストあるいはセロトニンは鼓動の頻度や強度を強める働きがあることを彼らは示しました。トゥワログとページはさらに哺乳類にもセロトニンが存在し、同様な働きを持つことを報告しました(18、19)。

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ヒトでセロトニンが欠乏するとどんなことが起こるのでしょうか? 安原こどもクリニックのサイトをみると次のような病状が発生するそうです(20)。

#すぐキレル
#摂食障害
#過食
#拒食
#パニック障害
# うつ
#睡眠障害(眠れない)
#寝覚めがはっきりしない
#筋収縮障害

ここで注意すべきは、セロトニンはメラトニンというホルモンの前駆体でもあるので(図9)、セロトニンが欠乏するとメラトニンも欠乏します。したがってセロトニン欠乏症なのかメラトニン欠乏症なのかは慎重に検討する必要があります。これらについてはおいおい調べていくことにします。

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参照

1)O’Connor JM: Uber den Adrenalingehalt des Blutes. Arch Exp Pathol Pharmakol (founding name of “Naunyn-Schmiederberg’s Arch Pharmacol”), vol.67, pp.195-232.(1912)

2)Rapport MM, Green AA, Page IH: Crystalline serotonin., Science,vol.108, pp.329-330.(1948)

3)Rapport MM: Serum vasoconstrictor (serotonin). V. The presence of creatinine in the complex: a proposed structure of the vasoconstrictor principle. J Biol Chem,
vol.180, pp.961-969.(1949)

4)Erspamer V, Asero B: Identification of enteramine, the specific hormone of the enterochromaffin cell system, as5-hydroxytryptamine. Nature, vol.169, pp.800-801. (1952)

5)Welsh JH: Excitation of the heart of Venus mercenaria.Naunyn-Schmiedebergs Arch Exp Pathol Pharmakol,vol.219, pp.23-29.(1953)

6)Welsh JH, Taub R: The action of acetylcholine antagonists on the heart of Venus mercenaria. Br J PharmacolChemother, vol.8, pp.327-333.(1953)

7)Falck B, Hillarp N. A, Thieme G, Torp A: Fluorescence of catechol amines and related compounds condensed with formaldehyde. J Histochem Cytochem,vol.10,pp.348-354.(1962)

8)Peroutka SJ, Snyder SH: Multiple serotonin receptors:differential binding of [3H]5-hydroxytryptamine, [3H]lysergic acid diethylamide and [3H]spiroperidol. Mol Pharmacol, vol.16, pp.687-699.(1979)

9)S. Jähnichen,  https://en.wikipedia.org/wiki/5-HT_receptor

10)G Hassaine et al.,  Protein Data Bank,  https://www.rcsb.org/structure/4PIR

11)日本血栓止血学会用語集 https://www.jsth.org/glossary_detail/?id=263

12)Kilty JE, Lorang D, Amara SG. Cloning and expression of a cocaine-sensitive rat dopamine transporter. Science. 1991; 254(5031):578–579. [PubMed: 1948035]

13)https://en.wikipedia.org/wiki/Monoamine_transporter

14)Jacob Eriksen,  PhD thesis - Københavns Universitet  (2009)

15)Welsh JH, Taub R: The action of acetylcholine antagonists on the heart of Venus mercenaria. Br J Pharmacol Chemother, vol. 8, pp. 327–333.,  (1953)

16)Twarog BM: Responses of a molluscan smooth muscle to acetylcholine and 5-hydroxytryptamine. J Cell Physiol, vol. 44, pp. 141–163., (1954)

17)Patricia Mack Whitaker-Azmitia., The Discovery of Serotonin and its Role in Neuroscience., Neuropsychopharmacology., vol. 21, no. 2S,
(1999)
https://www.nature.com/articles/1395355

18)Twarog BM, Page IH: Serotonin content of some mammalian tissues and urine and a method for its determination., Am J Physiol, vol. 175, pp. 157–161., (1953)

19)Manfred Göthert., Serotonin discovery and stepwise disclosure of 5-HT receptor complexity over four decades. Part I. General background and discovery ofserotonin as a basis for 5-HT receptor identification., Pharmacological Reports, vol.65, pp.771-786 (2013)
http://www.if-pan.krakow.pl/pjp/pdf/2013/4_771.pdf

20)http://www.y-c-c.jp/drbear/?p=41

 

 

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2019年4月 4日 (木)

やぶにらみ生物論124: ドーパミン

ドーパミンは前記事「アドレナリンとノルアドレナリン」でも示したように、生体内ではチロシンからドーパ(L-ドーパ)を経て合成されますが(1、図1)、これ以外のマイナーな別経路も発見されています(2)。いずれにしてもアドレナリン生合成のための中間生成物という位置づけであって、ドーパミン自体が生理的に重要な作用をもっているとは、20世紀半ばまでは考えられていませんでした。

 

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モンタギュー(図2)は人を含む数種の生物の脳などの組織にドーパミンが存在し、これはアドレナリンやノルアドレナリンのように季節によって変動することはないと報告しました(3)。この1957年の論文がドーパミン自体の意義に関する最初の報告とされています(4)。カールソン(図2)らもモンタギューに遅れて報告していますが、彼らの報告にはモンタギューの論文は引用されていません(5、6)。データもきちんと示されておらず、おそらく慌てふためいて学会アブストラクトのような論文を書いたものと思われます。これはフェアーな態度ではありませんが、その後カールソンはドーパミンなど神経伝達物質の機能に関して詳細な研究を行ない、2000年にノーベル生理学医学賞を受賞しました(7)。彼が1994年に日本国際賞を受賞した際の講演要旨が日本語で読めます(8)。

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ファルクとヒラープはファルク・ヒラープ蛍光法というモノアミンを高精度で検出する方法を開発し(9、図2)、モノアミンが神経伝達物質であることの証明に絶大な貢献をしました。ノーベル委員会もカールソンにノーベル賞を授与する際に「It was not Arvid Carlsson who had discovered that dopamine is a signal substance in the central nervous system」と述べているそうです(10)。ファルク・ヒラープ法による研究の実例をひとつ引用しておきます。この論文では、ジュウシマツの膵臓に3種のモノアミン含有細胞が存在することが示されています(11)。

ホーニケヴィツはパーキンソン病の原因が、脳におけるドーパミンの欠乏によるものであることを証明しました(12、13、図2)。またL-ドーパの投与によって症状が改善されることを示しました(14)。ドーパミンは脳-血液関門を通過できませんが、L-ドーパは通過できるので、脳にドーパミンを与えたいときには前駆体であるL-ドーパを投与します。

ドーパミンもアドレナリンやノルアドレナリンと同様、その受容体は7回膜貫通型3量体Gタンパク質共役型受容体(GPCR=GTP-binding protein-coupled receptor )です(15、16、図3)。なので何が起こるかという引き金はGタンパク質のαサブユニットで、ドーパミン受容体の場合、αサブユニットがs型の場合アデニル酸シクラーゼの活性を上昇しさせることによってcAMP 濃度が上昇し、i型の場合アデニル酸シクラーゼの活性を抑制し、フォスフォジエステラーゼの活性を上昇させることなどによって cAMPが分解されるなどの反応で、その濃度は低下します。

なおドーパミンのトランスポーターは特異性の低いモノアミントランスポーターとされているので、これについては別項で取り扱うことにします。

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ドーパミンの受容体にはD1型~D5型があり、このうちD1・D5型にはGαsが結合しており、D2~D4型にはGαiが結合しています。ドーパミンが受容体に結合することによって、これらのGタンパク質が細胞質にリリースされて機能を発揮します。すなわちドーパミン自体がどのような生化学反応のカスケードがおこるべきかを指定するわけではなく、受容体が指定するのです。ですからどの部域の細胞がどんなGPCRを持っているかというタイプの分布の問題が大きな意味をもつことになります(図4、図5)。

これはドーパミン、ノルアドレナリン、アドレナリンの合成経路が直接繋がっていることを考えれば当然とも言えます。つまりアドレナリンを大量に合成すると、必然的にドーパミンとノルアドレナリンも大量に合成することになってしまうからです。

Gαsは受容体タンパク質のC末に、Gαiは5番目と6番目の膜貫通部位の間で細胞質に露出しているループの部分に結合していることがわかっています(図4)。ドーパミンが受容体に結合するとGαは結合しているGDPをGTPに変換し、Gβ・Gγから遊離してフリーとなり、細胞質内を移動して機能を行使します。

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GPCRはヒトゲノムのなかに800種類以上の遺伝子が存在し、中には機能がまだわかっていないものもあります(16)。Gタンパク質の中でGαだけが機能を果たしているのではなく、Gβ・Gγもそれぞれ機能を果たしていると思われますが、αタイプと比べるとまだ未知の部分が多いようです。

脳のドーパミン受容体がそれぞれどんな役割を果たしているかのリストを Anmol Bhatia と Abdolreza Saadabadi が表にまとめているので(17)、そのまま図5に示しますが、どんな手順で、どんな経路を経てこのような機能に繋がっているのかは脳科学の中心課題のひとつでしょう。

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Gαsの機能として最もよく知られているのは、アデニル酸シクラーゼを活性化してcAMPの濃度を上昇させることです(図6)。cAMPが細胞外からの情報伝達物質のメッセージによって細胞内の生化学的プロセスを変動させる、いわゆるセカンドメッセンジャーの役割を果たしていることを明らかにしたエール・サザランドは1971年にノーベル生理学医学賞を受賞しました。彼は貧しい農家の出身で出身大学も無名ですが、運良くセントルイスのワシントン大学の大学院でカール・コリ教授の薫陶をうけることによって未来が開けました(18)。第二次世界大戦では軍医を務めましたが、終戦後も医師にはならず研究の道に進み、cAMPの発見と機能の解明に成功しました。彼はノーベル賞受賞講演の中で「Cori convinced me, not so much by anything he said so much as by his example, that research was the right direction for me to take」と述べています(18)。

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アデニル酸シクラーゼ(またはアデニリルシクラーゼ)は12回膜貫通タンパク質で、N末・C末ともに細胞質側に出ています。アデニル酸シクラーゼには多くのアイソフォームがあり、それぞれGαsで活性化されたり、Gαiで抑制されたりするようです(19)。

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cAMPの作用で最もよく知られているのはプロテインキナーゼAの活性化です。Gタンパク質の影響でアデニル酸シクラーゼの活性が高まり、cAMPの濃度が上昇すると、不活性複合体を形成しているプロテインキナーゼAの制御タンパク質にcAMPが結合して、活性化されたプロテインキナーゼAが複合体から分離してさまざまなタンパク質のリン酸化をおこないます(20、図8)。ただ複合体が解体されるほどcAMPの濃度が高くない場合でも、ある程度の濃度に達すると複合体を形成したまま活性を発揮するとされています(21)。

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さて私達はドーパミンという部屋の扉を開いたばかりですが、ドーパミン研究の歴史とは切っても切れない関係にあるパーキンソン病について、最後にもう少し触れておきます。パーキンソン病は19世紀の初頭にジェームズ・パーキンソンによって報告された病気で、ふるえ、動作や姿勢の異常、筋固縮などがその症状です。20世紀の半ば以降になって、前記したホーニケヴィッツやその他の研究者の努力により、その原因が中脳黒質のドーパミン産生細胞の減少によることが明らかとなってきました(22)。実際L-ドーパの投与により症状は改善されます(23)。ただ長期にわたって投与すると、効かなくなったり逆に悪化する恐れもあります(23)。ドーパミンD1受容体を介する情報伝達の消失が、パーキンソン病の症状の一つである「無動」を引き起すという報告があります(24)。

パーキンソン病の存在によって、ドーパミンの機能が明らかになったという側面はあります。ただそれは入口と出口がわかったというだけで、途中のメカニズムはまだまだわからない点が多いと思います。判明した部分についてはこのあとまた取り上げる機会があると思います。このほか昔からドーパミンが統合失調症にかかわっているという説(ドーパミン仮説)がありますが、この関係についてもまだまだわからない点が多く残されています(25)。このブログでも宿題として残しておきましょう。

参照

1)やぶにらみ生物論123: アドレナリンとノルアドレナリン
http://morph.way-nifty.com/grey/2019/03/post-3143.html

2)ドーパミン:
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%83%BC%E3%83%91%E3%83%9F%E3%83%B3

3)K.A. Montagu, Catechol Compounds in Rat Tissues and in Brains of Different Animals. Nature vol.180, pp.244-245 (1957) 
https://www.nature.com/articles/180244a0

4)Kathleen Montagu: 
https://en.wikipedia.org/wiki/Kathleen_Montagu

5)A. Carlsson, M. Lindqvist, T. Magnusson., 3,4-Dihydroxyphenylalanine and 5-Hydroxytryptophan as Reserpine Antagonists., Nature, vol. 180, p.1200 (1957)

6)A. Carlsson et al., On the presence of 3-hydroxytyramine in brain. Science vol. 127, p. 471 (1958)
http://science.sciencemag.org/content/127/3296/471.1.long

7)The novel prize. Avid Carlsson Biographical. 
https://www.nobelprize.org/prizes/medicine/2000/carlsson/biographical/

8)1994年 日本国際賞受賞記念講演会 脳におけるドパミンの研究: 過去、現在及び将来
アーヴィド・カールソン博士
http://www.japanprize.jp/data/prize/summary/1994_j.pdf

9)Falck B, Hillarp N-Å, Thieme G, Torp A.,  "Fluorescence of catechol amines and related compounds condensed with formaldehyde" .   J. Histochem. Cytochem. vol. 10 (3): pp. 348–354. doi:10.1177/10.3.348 (1962)

10)Nils-Åke Hillarp
https://en.wikipedia.org/wiki/Nils-%C3%85ke_Hillarp

11)Katsuko KATAOKA, Keisuke SHIMIZU and Junzo OCHI., Fluorescence Histochemical Demonstration of Monoamine-Containing Cells in the Pancreas of the Finch, Uroloncha striatavar. domestica. A Preliminary Study., Arch. histol. jap., Vol. 40, No. 5, pp. 431-433 (1977)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/aohc1950/40/5/40_5_431/_pdf

12)Hornykiewicz O. Topography and behaviour of noradrenaline and dopamine (3-hydroxytyramine) in the substantia nigra of normal and Parkinsonian patients.(In German) Wien Klin Wochenschr 1963;75:309-312.

13)Hornykiewicz O. Dopamine (3-hydroxytyramine) and brain function. Pharmacol Rev vol. 18: pp. 925-964. (1966)

14)Oleh Hornykiewicz., Some Thoughts on Memories., The History of Neuroscience in Autobiography. Vol. 4, Ed. L. R. Squire, Academic Press (2004)

15)Missale C, Nash SR, Robinson SW,  Jaber M, Caron MG., Dopamine receptors: from structure to function., Physiol Rev. vol. 78(1): pp. 189-225. (1998)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/9457173

16)足立 直子、齋藤 尚亮:  脳科学辞典 Gタンパク質共役型受容体
こちら

17)https://www.statpearls.com/kb/viewarticle/20660/

18)Earl W. Sutherland., Hormon Action (Nobel Lecture), December 11, 1971
https://www.nobelprize.org/uploads/2018/06/sutherland-lecture.pdf

19)https://en.wikipedia.org/wiki/Adenylyl_cyclase

20)https://courses.washington.edu/conj/gprotein/cyclicamp.htm

21)https://en.wikipedia.org/wiki/Protein_kinase_A

22)こちら

23)Neuroinfo Japan  脳神経外科疾患情報ページ
https://square.umin.ac.jp/neuroinf/medical/502.html

24)南部篤、知見聡美: ドーパミン神経伝達は、大脳基底核における運動情報伝達と、運動発現に不可欠
-ドーパミンD1受容体を介する情報伝達の消失が、パーキンソン病の「無動」を引き起す-
https://www.nips.ac.jp/release/2015/10/_d1.html

25)有波忠雄 脳科学辞典 ドーパミン仮説(統合失調症)
こちら

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2019年3月 7日 (木)

やぶにらみ生物論123: アドレナリンとノルアドレナリン

神経伝達物質のうち、まずアセチルコリンについて前稿で述べましたが(1)、生体内にはその他にも多くの神経伝達物質があります。おおざっぱに分類するとアセチルコリン、モノアミン、アミノ酸、ペプチド、その他ということになりますが(図1)、これから順次みていきましょう。

種類は多くても、これらの神経伝達物質はシナプス小胞に蓄えられ、必要な場合にシナプス間隙に放出され、シナプス後細胞の受容体にトラップされることによって情報伝達を行なうというメカニズムに変わりはありません(図1)。

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まずモノアミン類ですが、主要な分子はノルアドレナリン、アドレナリン、ドーパミン、セロトニン、ヒスタミンの5つです。アセチルコリンがコリンの酢酸エステルであるのに対して、これらは水酸基のついているベンゼン環またはインドール環をもつ芳香族で、ローンペアのある窒素を含むアミンです。アセチルコリンの窒素原子は電子を供与できません。ヒスタミンについては後に記すことにします。

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渋谷駅の東口を出て六本木通りを六本木方向に進むと、すぐクロスタワーが見えてきます。クロスタワーの前を通り過ぎて少し歩くと長井薬学記念館というビルがあります。日本薬学会の事務所があるビルですが、この長井という名前は日本の近代薬学の創始者であり、薬学会の初代会頭である長井長義の名にちなんだものです。

長井長義は波乱に満ちたアドレナリン物語の起点となる人物でもあります。上中啓三(図3)は東京大学医学部薬学科に入学し、長井長義の研究室で薬学者としてのスタートを切りました(2)。長井らはエフェドリンの結晶化と構造決定に成功しており、上中もここで有機物質の抽出結晶化の技術をきっちりと身につけることができました。しかも図3に示すようにエフェドリンとアドレナリンの構造は似ており、ほぼ同じ方法で抽出結晶化ができたことが、上中の成功の要因でした。

ちなみにエフェドリンは今でも使われている鎮咳薬で、塩酸エフェドリンやその誘導体が風邪薬によく含まれています。アドレナリンにも鎮咳作用はありますが、医薬品としては主に強心剤として使われます。

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アドレナリンは上中がかかわるよりかなり前にその存在が確認されていましたし(3、4)。1895年にはムーアが血圧上昇作用を持つ副腎抽出物が塩化第二鉄と反応して緑色になるというヴルピアン反応を示すことを確認していました。アルフレッド・ヴルピアン(図3)は19世紀半ばに、副腎が塩化第二鉄で緑色、ヨードで桃色もしくはバラ色を呈することを発見していました。これはカテコール関連物質に特異的な反応で、アドレナリンの同定にも有用でした。

しかし上中が米国の高峰譲吉研究室に留学した頃(1899年)になっても、その構造は明らかになっていませんでした。

当時高峰はタカジアスターゼの製造でパーク・デービス社という大企業とコラボしていて財力があり、9kgという大量の副腎を集めることができたので、上中としては非常に良い条件で仕事を始めることができました(5)。高峰はもともと研究者というよりビジネスマンであり、大学をでたあとしばらく役人をやって、その後現日産化学を設立したりしていました。

アドレナリンの構造決定は世界的な大競争となり、上中-高峰もそこに参入したわけです。米国生化学会の重鎮エイベルもそのひとりで、1899年にはその副腎由来活性因子の名をエピネフリンと命名し、精製と構造決定を試みていましたが、その方法がまずかったので、結局成果は得られませんでした。上中はエイベルのサンプルがヴルパイン反応を示さないことから、それはアドレナリンではないことを確認しました。

上中は渡米翌年の1900年に、はやくも長井研で鍛えた腕で見事にアドレナリンの結晶化に成功し、高峰は世界中の学会で発表を行ないました。そして高峰のスポンサーだったパーク・デービス社は1903年にはアドレナリンを全世界に販売開始しました(5)。

ところが高峰が1922年に亡くなった後、エイベルは高峰らの業績は自分たちの成果を盗んだものだと言い放ち(5、6)、その後100年以上米国と米国の影響が強かった日本ではアドレナリンという名は使われず、エピネフリンが正式名となっていました。日本薬局方でアドレナリンと改正されたのは2006年で、なんと100年以上も間違った名前が使われていました(7)。

上中・高峰の名誉回復のきっかけとなったのは、上中の実験ノートが公開されたことだそうです(8、9)。元岡山大学教授で上中氏と同郷(兵庫県西宮市名塩)の僧侶中山沃氏が、自坊の境内に石碑を建立されています(8、図4)。

上中氏は1916年に帰国しましたが、決してエイベルの中傷でひどい目にあったわけではなく、高峰氏が社長だった第一三共製薬(当時は三共製薬)に入社し、監査役にまで上り詰めるというよい人生だったようです(10)。とはいっても、自動車も走っていない馬車時代に、ホルモンであり神経伝達物質でもあるアドレナリンの精製純化と構造決定をなしとげた上中・高峰が、ノーベル賞の栄誉に浴さなかったというのは残念であり、ノーベル財団の大失敗だったのでしょう。

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アドレナリン(高峰は adrenalin というスペルを用いましたが、現在では adrenaline というスペルが一般的です)はアミノ酸のひとつであるチロシンから合成されます(図5)。ドーパミンやノルアドレナリンは中間生成物ですが、単なる中間生成物ではなく、それぞれ別個の神経細胞で神経伝達物質としての機能を発揮します。

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アドレナリンとノルアドレナリンは細胞ごとに棲み分けている場合も多いですが、機能的には類似しており受容体は共通です。その受容体とはもうこのブログでも何度も登場してお馴染みの、7回膜貫通型3量体Gタンパク質共役型受容体(GPCR=GTP-binding protein-coupled receptor )です(1、11、図6)。アドレナリン・ノルアドレナリンをトラップするGPCRには、α型とβ型の2つのタイプがあり、それぞれがさらにいくつかのサブタイプに分かれています。

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GPCRは生物が発明したタンパク質の中でも最大級に重要なタンパク質であり、「薬のすべてがわかる!薬学まとめ」によると、「医療に用いられている薬の約半数は、直接的もしくは間接的にGPCRを標的としている。世の中にある薬の半分はGPCRが関わっているということである。」・・・だそうです(11)。細胞を家に例えればGPCRはポストに例えられるでしょう。注意すべきは、同じ手紙が投函されても家に住んでいる人(Gタンパク質)によってとる行動は異なるということです。

α型には3量体Gタンパク質のαサブユニットがGqのもの(α1型)とGiのもの(α2型)があり、α1型はアセチルコリン受容体のM1、M3、M5型の場合と同様に、GqがPLC(フォスフォリパーゼC)を活性化し、PLCがイノシトール4,5-ビスリン酸をイノシトール3リン酸(IP3)とジアシルグリセロール(DAG)に分解し、IP3はERからのカルシウム放出、DAGはプロテインキナーゼCを活性化します。これらの反応が筋収縮などの引き金となり、下記のリストのような反応を引き起こします(12)。これらは生物が活発に活動するあるいは戦闘態勢にはいるための準備といえます。

眼: 瞳孔散大筋 収縮
血管平滑筋: 収縮
肝臓: グリコーゲン分解 血糖上昇
膵臓: β細胞 分泌抑制
膀胱: 括約筋 収縮
唾液腺: 粘稠性増加、少量分泌
脂肪細胞:脂肪分解促進

α2型はシナプス前細胞にも存在し、放出されたアドレナリン・ノルアドレナリンをトラップして、これらの情報伝達因子が後細胞や作動細胞にいかないように抑制する役割があります。α2型はアセチルコリン受容体のM2、M4型と同じく、共役するGタンパク質のαサブユニットはGiであり、これはアデニルシクラーゼの活性を阻害してcAMPのレベルを低下させ、cAMP依存性プロテインキナーゼの活性を抑制するほか、グリコーゲンや脂肪の分解を抑制する、心筋を弛緩させる、血小板を活性化するなど、生物が休養・食事・睡眠などを行なうのに適した状態を維持するはたらきがあります(6、12)。

β型は共役するGタンパク質のαサブユニットがGsであり、GsはGiと正反対にアデニルシクラーゼを活性化する作用を持ち、cAMPの濃度を上昇させます。したがってβ型はα2型とは正反対の生理作用をもたらします。心筋を収縮させ、異化代謝を活性化しますが、平滑筋は弛緩させます。腸を動かすのは平滑筋ですが、食事している場合じゃないということでしょうか。β型にもサブタイプがありますが、ここでは述べないことにします。

アドレナリンの特徴は神経伝達物質であると同時に、副腎髄質から分泌されるホルモンでもあるということです。これはあまり好ましいこととは思えませんが、何が起こるかは受容する細胞のGタンパク質によるというメカニズムが優れていて、特に問題は発生しません。

参照

1)やぶにらみ生物論122: アセチルコリンによる神経伝達
http://morph.way-nifty.com/grey/2019/02/post-5a95.html

2)上中啓三:wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8A%E4%B8%AD%E5%95%93%E4%B8%89

3)Vulpian, E.F.A., Note sur quelques reactions propres a la substance des capsules surrenales. Comptes rendus hebsomadarires des seances de

l'academie des sciences, vol.43., pp. 663-665 (1856)

4)Napoleon Cybulski: wikipedia
https://en.wikipedia.org/wiki/Napoleon_Cybulski

5)山嶋哲盛 アドレナリンの発見と高峰譲吉
https://www.slideshare.net/waii/ss-4357821

6)アドレナリン(ウィキペディア)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%89%E3%83%AC%E3%83%8A%E3%83%AA%E3%83%B3

7)山野ゆきよし メルマガ 「アドレナリン」もう一つの名誉回復
https://blog.goo.ne.jp/yamano4455/e/385f8411bf242d68e525efcb2ef29a4a

8)中山 沃(なかやま そそぐ) 上中啓三のアドレナリン実験ノート
教行寺所蔵となった経緯
http://www.chemistry.or.jp/know/doc/isan002_article.pdf

9)山下愛子 上中啓三 : アドレナリン実験ノート Adrenaline Research Note of Uyenaka Keizo (1900)
https://ci.nii.ac.jp/naid/110007577369

10)三共(株)『三共六十年史』(1960.12) 渋沢社史データベース
https://shashi.shibusawa.or.jp/details_nenpyo.php?sid=3750&query=&class=&d=all&page=14

11)薬のすべてがわかる!薬学まとめ  Gタンパク質共役型受容体(GPCR)
http://kusuri-yakugaku.com/pharmaceutical-field/pharmacolory/receptor/membrane-receptor/gpcr/

12)管理薬剤師.COM
https://kanri.nkdesk.com/hifuka/sinkei25.php

 

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