カテゴリー「生物学・科学(biology/science)」の記事

2017年3月21日 (火)

やぶにらみ生物論66: 多糖類

多糖類はタンパク質と異なり、その構造が遺伝子によって指定されていないので、例えばグリコーゲンといっても、同じグリコーゲン分子はないというくらい多様性があります。これはたとえばケヤキの幹や枝が同じ形の樹木がないのと似ています。それでもケヤキをクスノキや桜と識別できるように、多糖類も構成ユニットである単糖の種類、結合の様式などで分類することはもちろん可能です。1種類の単糖で構成されている多糖類をホモグリカン、複数の単糖で構成されているものをヘテログリカンといいます(1)。

まずホモグリカンの代表として、グルコースだけで構成される多糖類をみていきましょう。私たちが主食としている米や芋の主成分はでんぷんです。デンプンは主に植物によってつくられる多糖類で、α-1,4-結合でグルコースが直鎖状に重合したアミロースと、α-1,4結合だけでなく、ところどころでα-1,6-結合で分岐しているアミロペクチンがあります(図1)。

お米の場合、うるち米はアミロースとアミロペクチンがおよそ2:8なのに対して、「もち米」はアミロペクチンのみでアミロースを含んでいないので、枝分かれ構造のあるアミロペクチンがお餅の粘りのもとなのでしょう(3)。アミロースもアミロペクチンもα-D-グルコースだけが重合したもので、β-D-グルコースは含まれていません(図1)。

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デンプンは唾液や膵液に含まれるアミラーゼによって分解されますが、アミラーゼは1種類ではなく、図2のようなα型、β型、γ型、イソ型という4種類があります。α型はいわゆるエンドタイプの分解酵素で鎖の任意の位置で切断します。ただし切断できるのは 1,4 結合のみで、1,6結合(分枝する位置)は切断できません。グルコースダイマーのマルトースは切断できません。

β型は植物などに存在するエクソタイプで、鎖の末端から2つのグルコースをマルトースの形で切り離します。γ型は同じくエクソタイプで、鎖の末端からひとつづつグルコースを切り離します。ヒトの場合マルトースを2つのグルコースに分解する活性も高いとされていて、マルターゼあるいはグルコアミラーゼとも呼ばれています。1,4 結合のみならず1,6結合も分解できるので(4)、αタイプとγタイプのアミラーゼがあればデンプンをグルコースにほぼ分解できます。イソアミラーゼは植物などに存在する酵素で1,6結合を特異的に切断します。

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セルロースはβ-D-グルコースだけが重合した多糖類で、α-D-グルコースは含まれていません(図3)。セルロースは主に植物によって作られますが、草食動物はセルロースを主な栄養分としています。草食動物やシロアリは腸内細菌によってセルロースを分解しており、これらの細菌を体内に共生させることによって生体の素材やエネルギーを得ているわけです。

セルロースはβ-D-グルコースがβ-1,4-結合によって重合した直鎖状のポリマーですが、直鎖同士が非常に水素結合をつくりやすい構造になっているので、シート状の形態になります(図3)。構造は非常に安定で、熱水や酸・アルカリに溶けません。ヒトはこのことを利用して衣服(コットン)や紙を製造しました。

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細菌などが持つセルロース分解システムは複雑ですが、大まかには図4のような3種類の酵素の作用で行われます。このような分解系を利用してさまざまな有用物質を生産しようとする試みは盛んに行われています(5)。特にセルロースからエタノールを得てエネルギー源にしようとする試みは注目されています。セルロースというタイトルの専門誌も存在します(6)。

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植物がデンプンを貯蔵するのに対して、動物はグリコーゲンを貯蔵します。グリコーゲンはα-D-グルコースが α1,4 および α1,6結合で重合しているという意味ではデンプンと同じです。ただ分岐は非常に多く編目のような構造になっています(図5)。分岐が多いということの利点は、少ない容積に多数のグルコースを詰め込むことができるということです。

もうひとつグリコーゲンに特徴的なのは、最初にグリコジェニンという特異な酵素が働くことです。この酵素は自らが基質となり、自分のチロシンのOHにグルコースを結合させ、そこからグルコース鎖を延長させることができます(7、8)。

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グリコーゲンをつくるための最初の反応は
UDP-alpha-D-glucose + glycogenin ⇌ UDP + alpha-D-glucosylglycogenin

次の反応は
alpha-D-glucosylglycogenin + UDP-alpha-D-glucose ⇌ UDP + alpha-D-glucosylglycosylglycogenin

となります。グルコースにUDP(ウリジン2リン酸)がくっついているのは、反応を進行させるためにグルコースを活性化するというしかけです。

ある程度鎖が延長されるとグリコジェニンはお役御免となり、グリコーゲンシンテースや分岐酵素にバトンタッチして鎖延長や分岐が続行されます。グリコジェニンという奇妙な酵素はクララ・クリスマン、ウィリアム・ウェランらによって発見されました(9-12、図6)。

クララ・クリスマンらはUDP-グルコ-スを14Cでラベルして肝臓抽出液に投入してインキュベートすると、トリクロル酢酸で沈殿する分画にラベルが移行し、これによってグルコースオリゴマーがタンパク質に結合していることを示唆しました。ウェランらはこの結合が共有結合であることを証明しました。グリコーゲンがタンパク質と共有結合しているかどうかは、昔激しい論争があったようで、ウェランも刺激的なタイトルの総説を書いています(11)。

自分が基質になる酵素というのは他にないわけではなく、たとえばタンパク質分解酵素のなかには自己消化を行うものもありますが、それはある酵素分子が自分自身を消化するという意味ではありません。

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グルコースの誘導体のひとつとしてN-アセチルグルコサミンについては前回述べましたが、N-アセチルグルコサミンがβ-1,4-結合を繰り返してポリマーになったものがキチンです(図7)。節足動物の体表を被う外骨格の素材として用いられています。セルロースと同様に分子間の水素結合が強力で、丈夫な線維・シートを形成することができます。創傷治癒のための医療用品・化粧品・衣料・農薬などの素材に用いられています(13)。

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さて私たちオピストコンタと植物(プランタ=アーケプラスチダ)というかけ離れた分類学上の位置にある生物が似たような多糖類、すなわちデンプンとグリコーゲンをエネルギー源として貯蔵しているのはちょっとした驚きですが、両者と分類学上離れた位置にあり、ストラメノパイルというスーパーグループに属する昆布などはどのような多糖類を合成しているのでしょうか? 

ウィキペディアによると昆布は夏から秋にかけて重量の40~50%を占めるくらい大量のラミナランという多糖類を合成して貯蔵しておくそうです。それはやはりグルコースのポリマーなのですが、結合様式が β1,3結合 と β1,6結合 からなっていて、オピストコンタやプランタとは大きく異なっています(図8)。

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ヘテログリカンの代表としてヒアルロン酸を紹介しておきます。ヒアルロン酸はN-アセチルグルコサミンとグルクロン酸がβ-1,4-結合した2糖を基本単位として、これらがβ-1,3-結合で重合したものです(図9)。ヒアルロン酸は主に細胞外に放出されて、細胞間のマトリクスとして存在します。ぬめぬめしたゲルのような性質で、関節がなめらかに動くように機能しています。また皮下の結合組織や眼球の硝子体に多量に存在しますが、これはヒアルロン酸が水を保持する能力に優れ、組織や細胞をひからびさせないようにする作用があるためと思われます。

膝の関節に注入することによって疼痛を軽減できますが、徐々に分解されるので、ある期間が過ぎると追加が必要になります。経口ではほぼ効かないようです(14)。毒性がほとんどないのでシワとりなど美容整形にもよく用いられますが、この場合も徐々に分解することは避けられません。また間違って動脈に針が入ると、血管が詰まって悲惨なことになってしまうので、個人的にはあまりおすすめできません。

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参照

1)https://kotobank.jp/word/%E3%82%B0%E3%83%AA%E3%82%AB%E3%83%B3-764487

2)ホートン 生化学第3版 p.183 東京化学同人(2002)

3)JA全農やまぐち http://www.yc.zennoh.or.jp/rice/mamechishiki/mame01-4.html

4)酵素辞典 http://www.amano-enzyme.co.jp/jp/enzyme/4.html

5)三重大学 http://www.bio.mie-u.ac.jp/~karita/sub3.html

6)http://link.springer.com/journal/10570

7)畠山巧 ベーシック生化学 第11章 グリコーゲン代謝と糖新生

8)https://en.wikipedia.org/wiki/Glycogenin

9)Krisman CR, Barengo R., A precursor of glycogen biosynthesis: alpha-1,4-glucan-protein. Eur. J. Biochem. vol.52, pp. 117–23 (1975)  doi:10.1111/j.1432-1033. 1975. tb03979.x. PMID 809265

10)Whelan WJ., The initiation of glycogen synthesis. BioEssays vol.5, pp. 136-140 (1986)

11)Whelan WJ., Pride and prejudice: the discovery of the primer for glycogen synthesis., Protein Sci. vol.7, 2038–2041 (1998)  doi:10.1002/pro.5560070921. PMC 2144155Freely accessible. PMID 9761486

12)Whelan WJ., My Favorite Enzyme Glycogenin., IUBMB Life, Vol. 61, pp. 1099-1100 (2009)

13)キチン・キトサン利用技術: http://www.inpit.go.jp/blob/katsuyo/pdf/chart/fkagaku19.pdf

14)変形性膝関節症: http://www.jcoa.gr.jp/health/clinic/knee/koa.pdf

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2017年3月13日 (月)

やぶにらみ生物論65: 糖質

生体は核酸とタンパク質だけでできているわけではなく、糖質や脂質ももちろんその構成要素です。糖質の構造の基本は19世紀末に、ここにも何度も登場しているエミール・フィッシャーによって明らかにされ、構造式の書き方も彼が考案したものが現在も使われています(1)。糖質でやっかいなのは異性体が非常に多いことで、きちんと整理しておかないと混乱します。

糖の話に入る前に、図1に異性体のおおまかな分類を示します。


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異性体:異性体(isomer)とは、同じ数、同じ種類の原子を持っているが、違う構造をしている物質のこと。

構造異性体:構造異性体(structural isomer)とは、組成式は等しいが原子の間の結合関係が異なる分子のこと。
ブタンと2-メチルプロパン:組成式はともに C4H10 であるが、ブタンの構造式は H3C-CH2-CH2-CH3 であるのに対し、2-メチルプロパンは H3C-CH(CH3)-CH3 です。

立体異性体:立体異性体(stereoisomer)は、同じ構造異性体同士で、3次元空間内ではどう移動しても重ね合わせる(スーパーインポーズする)ことができない分子。

鏡像異性体:鏡像異性体(enantiomer)とは立体異性体のうち、左手と右手のように鏡に映した形の分子を意味し、鏡像異性体をもつ分子をキラル分子といいます。炭素原子が持つ4価の共有結合の相手がすべて異なる場合、必ず鏡像異性体があり得るので、このような結合を行っている炭素を不斉炭素(キラル炭素)といいます。例えばアラニンは不斉炭素にNH2、CH3、H、COOHという4種のグループが結合しているので、LアラニンとDアラニンという互いに鏡に映した形の鏡像異性体が存在します。

ジアステレオマー(Diastereomer):立体異性体のうち鏡像異性体でない分子。シス-トランス異性体などはジアステレオマーです。

糖類を代表する分子としてまずグルコース(ブドウ糖)をとりあげましょう。グルコースは水溶液中では図2のように、α型とβ型の環状体と中央の鎖状体の3つの形が平衡状態にあります。鎖状体はα型またはβ型に対して構造異性体、α型とβ型は立体異性体ということになります(1、2)。

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鎖状構造のグルコースの異性体に着目してみます(図3)。上から炭素に番号を付けると、2番目から5番目の炭素が不斉炭素です。ここで5番目の炭素の左右と下の構造を固定し(赤で示したOHが右にある)、上だけ可変とすると、図3のように8種類の異性体が考えられます。それぞれの異性体に鏡像異性体が存在するので16の異性体が存在します。5番目の炭素のOHを左側にもってくると異性体の数は32となります。それぞれの異性体には名前があります(3)。フィッシャーは当時の研究法で III がグルコースであることを示しました。

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グルコースには図2で示した3つの形があるので、32x3=96の異性体があることになります。さらにいす型やふね型の立体配座の異性体があるので(4)、それらをカウントすると、とんでもない数になります。糖質のおそるべき複雑さを垣間見ましたが、自然界に存在するグルコースはほとんどが図3-IIIの5番目のCの右側にOHがあるD体です(5)。アミノ酸の場合H2N-C-COOHと書いて、Cの下にHを書きます。これがL体。糖の場合H-C-OHと書いて、Cの下にCH2OHと書きます。これがD体です。

歴史的には結晶に光を照射したときに、右にまがる(dextro-rotatory)か左にまがる(levo-rotatory)かで判定されました。もっと理論的な命名法がRS法ですが、ここでは説明しないので知りたい方は文献(6)を見て下さい。アミノ酸と糖に関してはDL法が一般的です。

グルコースのようにひとつの環でできている糖を単糖とよびます。単糖にはグルコースのように5つのCとひとつのOで構成される環が基本となっているヘキソースと、リボースやキシロースのように4つのCとひとつのOで構成される環が基本となっているペントースが存在します(図4)。この6員環(5C+1O)をピラン、5員環(4C+1O)をフランとよびます。ピラン環でもフラン環でもOと結合している炭素はO以外にC・H・OHと結合している場合不斉炭素であり、HとOHが上下逆のα型とβ型を生じます。リボースはRNAの構成成分ですが、2の位置のOHがHに変わったデオキシリボースはDNAの構成成分です。デオキシリボースのような糖を一般にデオキシ糖とよびます。

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グルコースの2の位置のOHはアミノ基と置換されることもあり、この場合はグルコサミンとよばれます。またアミノ基がアセチル化された場合、N-アセチルグルコサミンとよばれます。グルコサミンやN-アセチルグルコサミンは後に述べる複合糖質・ヒアルロン酸・糖脂質の材料として重要な物質です。サプリメントとしても有名ですが、関節症などに効くかどうかは疑わしいと考えられています(7)。

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鎖状の糖の上端に書かれたアルデヒドのOと下端のCH2OHのH2のうちひとつのHが失われて環状化するとラクトンが形成されます。グルコースの場合グルコノラクトンとなります。このグループの化合物にはビタミンC(アスコルビン酸)という人類には必須の物質があります(図6)。ビタミンCはグルコースからやや複雑な経路で合成されます(8)。ビタミンCは私たちの体の中でコラーゲン合成、スーパーオキサイドの除去などの重要な役割を果たしています。

ヒトはビタミンCを体内で合成することはできません。私たちの祖先のサルが果実を主食としてビタミンCを日常的に外界から得ていたため、合成経路をになう酵素が突然変異してしまったままになったため活性が失われたと考えられています。霊長類の中でも、キツネザル・アイアイ・ロリスという原始的なグループはビタミンCを合成することができますが、ヒトを含めたそれ以外のグループは合成できません。

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さて単糖だけでも膨大な異性体が存在するわけですが、これが2糖となるとそのかけ算となる上多彩な結合が存在しますから手に負えません。とはいえスキップするのもどうかと思うので、少しだけ紹介しておきます(図7)。グルコース+グルコースでできている麦芽糖(マルトース)は、デンプンがαまたはβアミラーゼによって分解されたときに生成する2糖類です。甘味料の他点滴にも使用されています。急激な血糖値の上昇を防ぐには2糖が有効です。麦芽糖はαグルコシダーゼの作用によって徐々に分解され、2分子のグルコースになります。

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ショ糖(シュークロース)はグルコース+フルクトース(フラクトース)で構成される、自然界に最も多量に存在する2糖です。自然界では植物だけが合成できる化合物です。動物はインベルターゼという酵素でグルコースとフルクトースに分解して利用することができます。どうしてサトウキビやテンサイがショ糖を大量に蓄積するのか、調べましたがわかりませんでした。想像するに、ショ糖はデンプンなどと違って、草食動物に対して歯を溶かすなどなんらかの毒性があり、サトウキビやテンサイを好んで食べる動物に危害を与えるために合成するのかもしれません。

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糖の正式な命名法は(9)を参照していただくことをおすすめします。

参照

1)http://受験理系特化プログラム.xyz/organic/fischer-3

2)グルコースの構造式:
http://sci-pursuit.com/chem/organic/glucose_structure.html

3)32コの異性体:
http://ameblo.jp/apium/entry-10212514628.html

4)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%B5%E3%81%AD%E5%9E%8B

5)http://kusuri-jouhou.com/creature1/suger.html

6)立体配置の記述法:
http://www.chiral.jp/main/R%26S.html

7)Wandel, Simon; Jüni, Peter; Tendal, Britta; Nüesch, Eveline; Villiger, Peter M; Welton, Nicky J; Reichenbach, Stephan; Trelle, Sven (2010). “Effects of glucosamine, chondroitin, or placebo in patients with osteoarthritis of hip or knee: network meta-analysis”. BMJ 341. doi:10.1136/bmj.c4675. ISSN 0959-8138.
http://www.bmj.com/content/341/bmj.c4675

8)ビタミンCの真実:
http://www.vit-c.jp/vitaminc/vc-02.html

9)http://nomenclator.la.coocan.jp/chem/text/carbohy.htm




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2017年3月 7日 (火)

やぶにならみ生物論64: 制御タンパク質他

数回にわたってタンパク質とは何かをざっくり述べてきましたが、最後に「制御因子他」のジャンルに属するものについてふれておきましょう。

酵素などは基本的には作られる量と壊される量によって制御されています。その他に他の酵素によって修飾されたり、ビタミンや生成物などの低分子物質によっても制御されます。しかし中にはわざわざ自分の活性を制御する専門のタンパク質が遺伝子として存在するようなラグジュアリーな酵素も存在します。ODC(オルニチン脱炭酸酵素)はそのひとつです。

オルニチンはすでに述べたように(1)、尿素サイクルに含まれる物質で、アンモニアを解毒し排出するうえで重要な位置にありますが、それ以外にODCによってオルニチンはプトレシンに代謝されます。

H2N-(CH2)3-CH(NH2)-COOH(オルニチン) → H2N–(CH 2)4–NH2 (プトレシン)+ CO2

プトレシンを起点として、いわゆるポリアミン類-スペルミジン・スペルミンが合成されます。ポリアミンは精液に多量に含まれますが、その機能は細胞増殖、イオンチャンネルの制御、DNAの安定化など多岐にわたっており、まだ完全には解明されていません(2)。ポリアミンは多すぎても少なすぎても生物が生きていく上で障害になるので、ODCの活性は厳密に制御されなければなりません。余談ですが、そういう意味ではオルニチンをサプリメントとして摂取するのは、体に負担をかけることになるのではないかと危惧されます。

そこで登場するのがODCアンチザイムという制御因子で、このタンパク質がODCに結合することによって、ODCは迅速に分解されます(図1、参照3)。結合状態での分子形態なども報告されています(4)。ODCアンチザイム自身がODCを分解するわけではなく、あくまでもODCの形態(コンフォメーション)を変化させて、タンパク質分解酵素が見つけやすいターゲットにするということです。

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アンチザイムとは違うアロステリックモデュレーターとして機能する因子にもふれておきましょう。図2のように細胞膜を何度も貫通するタンパク質は数多く存在しますが、それらは外界からのシグナル(例えばホルモン)を受けて、分子形態が変化し、細胞内に出ている部分を使って外界からきたシグナルを細胞内に反映させるべく仕事をします。このような機能を正方向(+)あるいは負方向(-)に導くためのタンパク質性制御因子が存在します(図2、参照5、6)。このような制御因子(アロステリックモデュレーター)は膜貫通タンパク質等に結合することによって、その構造を変化させ、機能に影響を与えています。

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制御因子のなかにはDNAと結合して転写を制御しているものもあります。これらは通常転写因子(transcription factor)とよばれています。例えばbZipというタンパク質は、C末側でαヘリックスがロイシンなどを介して結合してダイマーを形成し、N末側ではトングのようにDNAをはさんで転写を制御します(図3)。2本のαヘリックスがジッパーのように重なりあって結合している部位をロイシンジッパーといいます。

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またZif268(またはEGR1)という転写因子は、分子内にジンクフィンガーという部位(図4A)を3ヶ所持っており、その特異な構造を使ってDNAに結合します(図4B)。ジンクフィンガーというのは名前の通り亜鉛原子を抱え込んだ構造で、図4Aでは2つのシステインと2つのヒスチジンが亜鉛原子と結合しています。2つのβシートと1つのαヘリックスを含んだ構造が亜鉛原子によって安定化されているようです(図4B 参照7)

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ロイシンジッパータンパク質やジンクフィンガータンパク質は数多く存在し、またそれぞれがさまざまな遺伝子を発現させるために必要なので、機能によって分類や命名ができないため、酵素などと違って暗号のような名前になっています。タンパク質分子をいくつかの領域に分けて、それぞれをドメインとよぶことがあります。その場合ロイシンジッパードメインとかジンクフィンガードメインなどとよばれます。

もうひとつ、bHLH(basic helix-loop-helix)というドメイン(図5A)をもつ転写因子について述べておきます。このドメインは図5Aのように、2つの短いαヘリックスがループ状の構造でつながっています。このグループを代表する転写因子はMyoDです。MyoDはE12という別の転写因子とヘテロダイマーを形成して2本足のような構造をつくり、塩基性アミノ酸を使ってDNAと結合します(図5B)。

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MyoDは R.L. Davis らが発見した元締め的転写因子で、筋肉形成という極めて複雑なプロセスにゴーサインを出すマスター制御因子とされています(8、9)。発生の途中で未分化細胞を筋細胞に分化させるだけでなく、例えば筋トレをしたときもこれが発現して筋肉が増強されると考えられています。将来工場で細胞を分化させて食糧を製造するというようなことがあるとすれば、MyoDはキーファクターとして使われるかもしれません。

転写因子にはこれらの他にも非常に多くの種類があり、きりがありませんが、細胞がそれぞれ特徴を出すためにどの道を行くか決めるハンドルのようなものです。ノーベル賞の山中4因子(Oct3/4、Sox2、Klf4、c-Myc)もすべて転写因子です(10)。これらはいったん来た道を逆行して元に戻るプログラムを進行させる因子とも言えます。

最初に「制御因子他 」と書きましたが、「他 」というのは例えばヘモグロビンです(図6)。ヘモグロビンは(グロビン+ヘム)x4で構成されるタンパク質で、グロビンも含めると真核生物のみならず、酸素を利用する生物には細菌も含めて広範囲に分布しています(11)。このタンパク質は酵素でも、構造タンパク質でも、制御因子でもなく、酸素や二酸化炭素を運搬する担体として使われています。

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そのほかにもリボソームというタンパク質製造マシーンではRNAと共に100種類近いタンパク質がそのパーツとして働いています。メッセンジャ-RNAを製造する工場であるスプライソソームなどでも多くのタンパク質がそれぞれ役割を果たしています。すなわち酵素・構造タンパク質・制御因子以外にも重要な役割を担っているタンパク質は数多く存在します。

参照

1)http://morph.way-nifty.com/grey/2016/05/post-8705.html

2)栗原新、ポリアミンのとても多彩な機能、生物工学会誌 vol.89,p.555 (2011)
https://www.sbj.or.jp/wp-content/uploads/file/sbj/8909/8909_biomedia_3.pdf

3)村上安子, 松藤千弥、迅速なポリアミン制御を可能にするオルニチン脱炭酸酵素の分解系、化学と生物 Vol. 39, No. 3, pp.171-176 (2001)・・・アンチザイム
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kagakutoseibutsu1962/39/3/39_3_171/_pdf

4)Hsiang-Yi Wu et al., Structural basis of antizyme-mediated regulation of polyamine homeostasis. Proc Natl Acad Sci USA, vol. 112 no. 36, pp. 11229–11234 (2015)
http://www.pnas.org/content/112/36/11229.full.pdf

5)Lauren T. May, Katie Leach, Patrick M. Sexton, and Arthur Christopoulos, Allosteric Modulation of G Protein-Coupled Receptors
Annual Review of Pharmacology and Toxicology  Vol. 47, pp. 1-51 (Volume publication date 10 February 2007)
http://www.annualreviews.org/doi/10.1146/annurev.pharmtox.47.120505.105159

6)J.N. Kew, Positive and negative allosteric modulation of metabotropic glutamate receptors: emerging therapeutic potential., Pharmacol Ther. vol.104(3), pp. 233-244 (2004)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/15556676

7)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%B3%E3%82%A%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%82%AC%E3%83%BC

8)Robert L. Davis, Harold Weintraub, Andrew B. Lassa, Expression of a single transfected cDNA converts fibroblasts to myoblasts.
Cell, Vol.51, Issue 6, pp. 987–1000 (1987)

9)Ma, P.C.,Rould, M.A.,Weintraub, H.,Pabo, C.O.Crystal structure of MyoD bHLH domain-DNA complex: perspectives on DNA recognition and implications for transcriptional activation. Cell vol.77, pp. 451-459 (1994)

10)iPSビズ ヤマナカファクターとは http://ips 細胞.biz/dic/30.html

11)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%98%E3%83%A2%E3%82%B0%E3%83%AD%E3%83%93%E3%83%B3

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2017年2月28日 (火)

やぶにらみ生物論63: 構造タンパク質

タンパク質をその役割で分類すると、最もおおざっぱには酵素、制御因子、構造タンパク質、その他ということになります。構造タンパク質を代表するものとして、アクチンとミオシンがあります(ミオシンは酵素でもありますが)。これらは筋肉の主成分であり、肉食動物はこの2種類のタンパク質を主な栄養源として生きています。人間は雑食ですが、多くの人々は穀物(炭水化物)の他に、特に南米などではアクチンとミオシンを主要な栄養源としています。日本人も次第にそのようなライフスタイルに近づきつつあります。動物を殺さなくても美味な食事ができるようになれば、人間はもう少し高尚な生物になれると思いますが、エミール・フィッシャーの夢はなかなか実現しそうにありません。

生物が生物であるためには、生物と外界との間に仕切りが必要ですが、それは脂質が中心となった細胞膜です。細菌や植物はその外にさらに多糖類でできた細胞壁という構造を持っています。細胞壁はいわゆる動物にはありません。脂質の膜は細胞の内部にもあり、コンパートメントや物質輸送の役を果たしています。

ではタンパク質は細胞の構造形成にどのような役割を果たしているのでしょうか。ひとつは家で言えば柱とか梁のような、細胞に一定の形をとらせることです。とは言っても静的な恒久構造ではなく、ダイナミックに変化します。例えば筋肉は休んでいるときと、力を出しているときでは形態が異なります。もうひとつは細胞分裂を実行する構造ツールとしてタンパク質が機能するということです。

これらに関与しているタンパク質はほぼ3つのグループ、すなわちチュブリン、アクチン、中間系線維(繊維でもよい)に分類できます。この3つのグループは、細菌・古細菌・真核生物のすべてに存在するユニバーサルなタンパク質です。

細菌では図1のように、チュブリン系のFtsZは細胞分裂の際にZリングという構造を作って細胞と細胞の仕切りを形成する役割を果たしています。

アクチン系のMreBは細胞膜の直下に、細胞の全長に及ぶ繊維構造からなる螺旋状のネットワークを形成しており、細菌がロッド状の形態をとるために必要な役割を果たしています。またある種の細菌では真核生物の場合と同様、収縮リングをつくって細胞分裂を実行する役割を担っているようです(図1)。

中間系繊維グループのクレセンチンは、細胞が三日月のある種の細菌に存在し、細胞を屈曲させる役割を果たしています(図1)。人間の胃に住んでいるヘリコバクター・ピロリ、いわゆるピロリ菌もこの仲間のようです。栄養リッチな環境に住んでいる細菌は、その場所から流されたくないので、ひっかかりやすい構造をめざしたのでしょうか? 細菌の細胞骨格については、ウィキペディアにもう少し詳しい解説があります(1)。

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真核生物におけるチュブリンは毛利秀雄(1930-、図2)によって発見・命名された分子量約5万の球状タンパク質で(2)、通常重合して微小管などの構造を形成しています。αチュブリンとβチュブリンは図3のようにヘテロダイマーαβを形成し、さらにそのヘテロダイマーが連結して線維状のプロトフィラメントを形成し、13本のプロトフィラメントが集合して管になったような形の微小管が形成されます(3)。微小管の直径は約25nmです。

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精子の鞭毛を輪切りにすると、中心にある1対=2本の微小管を、9ペア=18本の微小管が取り囲むという美しい規則的な構造になっています。微小管の周囲に存在するダイニンはATPが持つ化学エネルギーを運動エネルギーに変換することができるタンパク質(モータータンパク質)であり、これらの作用によって精子は鞭毛を動かし、泳いで卵に到達することができます(図4)

A_6

アクチンはF.B.シュトラウプ(1914-1996、図2)によって発見された、分子量約4万2千の球状タンパク質です(4)。微妙に異なる6種類があり、冒頭で述べた筋肉を作るタイプのものとは異なるβ型アクチンは、重合してマイクロフィラメントという直径6nm前後の線維を形成し、微小管と同様細胞骨格の役割を果たしています(図5)。アクチン自体はモータータンパク質ではありませんが、ATPやADPと結合することによって線維形成が制御されています(5、6)。

A_7

細胞形態がいかにチュブリンやアクチンに依存しているかということは、図6をみれば一目瞭然です。細胞質の中は微小管やマイクロフィラメントのジャングルジムのようです。これらの細胞骨格はジャングルジムと違ってフレキシブルで、次の瞬間には別の形になることもあります。微小管やマイクロフィラメントは常に多くの分子が参加したり離脱したりしているので、細胞の柱や梁といっても、非常に流動的なパーツではあります。

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細胞骨格にはもうひとつの要素、すなわち中間径線維があります。中間径というのは線維の直径が微小管とマイクロフィラメントの中間という意味で、約10nmのサイズになります。中間径フィラメントを構成するタンパク質には、ケラチン、ニューロフィラメントタンパク質、デスミン、ビメンチン、ラミンなどがあり、細胞の種類によって特異性があります。ミオシンもこのグループに近いタンパク質です。

中間径線維の代表としてケラチンに注目してみましょう。ケラチンは毛髪・爪・表皮・角・くちばし・ウロコなどの主成分となるタンパク質です。ケラチンはヒトのものだけでも54種類あり、まだ増えるかもしれません(7、8)。ケラチン分子は細長い線維性(フィブラス)の分子で、図7のように4量体(テトラマー)をつくり、それを基本単位としてタンデムに結合してマイクロフィラメントが形成されます。8本のマイクロフィラメントが集合してマイクロフィブリルを形成し、マイクロフィブリルがさらに集合して毛や皮膚などの細胞に充満しています(図7)。

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図8は私が撮影した毛の断面の電子顕微鏡写真で、まだ完全にケラチン線維で埋め尽くされていない未分化な下部の構造です。ケラチン線維の束(マイクロフィブリルまたはミクロフィブリル)の間に隙間がまだみられます。

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筋肉は中間径線維グループに近縁のミオシンと、全く別オリジンのアクチンなどのタンパク質が共同して作った驚異的な芸術的作品です。筋肉によって動物は歩行し、呼吸し、消化し、出産し、飛翔し、遊泳し、目のピントを合わせ、キーボードをたたくことができます。いずれまた話題になると思いますので、ここでは1枚の私が撮影した電子顕微鏡写真だけ貼っておきます(図9)。私の過去記事が(9,10)にありますので、お時間のある方はどうぞ。

A_11

参照

1)こちら

2)Mohri H., “Amino-acid composition of Tubulin constituting microtubules of sperm flagella.”. Nature vol. 217, pp. 1053-1054 (1968)  PMID 4296139

3)Nogales, E., Wolf, S.G., Downing, K.H. , Structure of the alpha beta tubulin dimer by electron crystallography. Nature vol. 391, pp. 199-203 (1998)

4)Straub FB., Actin,  Studies Inst Med Chem Univ Szeged. vol.2, pp. 3–16 (1942)
http://actin.aok.pte.hu/archives/pdf/StudiesII_1.pdf

5)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%AF%E3%83%81%E3%83%B3

6)Geoffrey M Cooper, Structure and Organization of Actin Filaments. The Cell: A Molecular Approach. 2nd edition. Sunderland (MA) (2000).
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK9908/

7)http://www.kuhp.kyoto-u.ac.jp/~pathology/templates/keratin.html

8)片方陽太郎 ケラチン蛋白質の生化学 -構造、機能、そして遺伝子まで-、蛋白質 核酸 酵素 vol. 38, pp. 2711-2722 (1993)
http://lifesciencedb.jp/dbsearch/Literature/get_pne_cgpdf.php?year=1993&number=3816&file=sU0K8gPLUSkWylrPLUS03QAhjDig==

9)ミオシン  http://morph.way-nifty.com/grey/2011/01/post-0d3e.html

10)アクチンの系譜  http://morph.way-nifty.com/grey/2013/09/post-9bba.html

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2017年2月15日 (水)

やぶにらみ生物論61: 酵素1

A酵素を誰が発見したのかというのは、やや難しい問題です。歴史をたどっていくしかないようです。

1752年、フランスの科学者ルネ・レオミュール(René-Antoine Ferchault de Réaumur、1683-1757、図1)は、消化されなかった食べ物を吐き出す習性があるトンビに目を付け、金網で囲った肉を食べさせて、はき出した金網の中の肉が溶けていたことを確認ました。さらにスポンジ(当時のことですから海綿)を食べさせて、はき出したスポンジから胃液を集め、その胃液に肉片を浸すことで肉片が溶けることも観察しました(1、2)。

この結果からレオミュールは、胃液には肉を分解する物質が含まれると考えました。

レオミュールという人は偉大な昆虫学者で、全六巻からなる大著「昆虫誌」(3)を出版しました。もちろんフランス語ですが、オープンライブラリーで閲覧可能なようです。

レオミュールの観察を受け継いだのは、イタリア人のラッザロ・スパランツァーニ(Lazzaro Spallanzani, 1729- 1799、図2)という人でした。

彼はレオミュールの実験をさまざまな動物で追試し、吐き出した海綿中に消化を行う物質があることは間違いないという確信を持ちました。それからが彼の異常なところで、1776年に同じ実験を自分自身の体を使って追試してみようと考えたのです。といっても思いつきでやってみたのではなく、イヌやヘビに布袋を飲ませようとしてかみつかれるなどの困難に直面した後の苦渋の決断だったようです。

A_14スパランツァーニはまず布袋にパンを入れて飲み込み、排泄された布袋の中からパンが無くなっていることを観察しました。

次に竹を削って木筒をつくり、そのなかにパンや肉片を入れ、小さな穴を開けた木筒を布袋に入れて飲み込みました。出てきた木筒の中の食物はなくなっていました。

これによって胃ですりつぶされて食物が粉々になったためになくなったわけではないことが証明されました。木筒に骨を入れた場合は、消化されずにそのまま出てきました。

このような実験を多数繰り返して、スパランツァーニは胃には鳥類の砂嚢のように食べ物を粉々にする作用はなく、胃液に含まれる因子によって食べ物が消化されるのだという確信を持ちました。

しかしもう一押し、胃液を取り出して、その中で食べ物が消化されるのを見たいと思うのは、科学者として必然のなりゆきでしょう。そこからがまた彼の凄いところで、指をノドに突っ込んで自分の胃液をはき出すトレーニングをして実行したのです。そして実際に自分の胃液の中で肉が消化されるのを観察しました。それは腐敗とは違うことも確認しました。さらに前記の肉片の入った木筒を飲み込み、しばらくして吐き出すという名人芸も会得し、中を調べてみると肉片が消化されかかっていました。

A_15スパランツァーニが一連の自分の体を使った人体実験から得た結論は、「消化は機械的粉砕や微生物による腐敗や発酵ではなく、胃液が促進する通常の化学反応だ」 というものでした。

彼の功績は「自分の体で実験したい」という本に詳しく記してあります(4)。この本の表紙を図3に示しました。布袋を飲み込みつつあるスパランツァーニの姿が表紙になっています。

この本にはスパランツァーニ以外にも、自分をモルモットにして命がけで実験をした大勢の科学者の業績が記されています。命を落とした人もいるということで合掌・・・・・。

18世紀におけるレオミュールやスパランツァーニの偉大な実験にもかかわらず、多くの科学者が酵素の存在を確信するまでには、さらに1世紀もの長い時間が必要でした。

19世紀に入ると、まずパヤン Anselme Payen (1795‐1871) とペルソ Jean Francois Persoz (1805‐68)(図4) が、麦芽抽出液からデンプンをグルコースに分解する酵素を分離しジアスターゼと名付けました(1833年、5)。これは現在ではアミラーゼと呼ばれています。

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スパランツァーニの研究もいくつかの研究室で引き続き発展しました。1834年ヨハン・エベールは乾燥させた胃の粘膜から消化能力のある溶液を調製することに成功しました。その溶液で処理すると、卵白アルブミンは溶けてしまうだけではなく、検出できなくなりました。

細胞説で有名なテオドール・シュワンはエベールの実験結果に注目し、1836年に胃液に含まれる成分がアルブミン以外のタンパク質も分解することを確認して、ペプシンと命名しました。しかしそのペプシンを精製することはできませんでした。

19世紀の生化学で優勢だったのは、パスツールが証明した「生物は生物からしか生まれない、そして発酵や腐敗は微生物によって行われる」という考え方で、消化もやはり微生物の作用あるいは何らかの生命力によると思われていましたが、一方でパヤン&ペルソらの酵素の作用による有機物の化学変化もまた無視できないという隔靴掻痒の状況にありました。

A_16そうした中で、1897年エドゥアルト・ブフナー(Eduard Buchner, 1860- 1917、図5)がすりつぶした酵母をろ過した抽出液(無細胞抽出液)の中で、糖が発酵してアルコールと二酸化炭素になることを発見したことは大きな衝撃でした(6)。すなわち生きた細胞がいなくてもアルコール発酵が行われることが証明されたことになります。

これで生気説は否定され、有機物の生成や分解も普通の化学変化にすぎないという考え方が勝利しました。ブフナーは1907年にノーベル化学賞を受賞しました。しかしその10年後に第一次世界大戦で従軍し、戦死しました。

最終的に酵素がタンパク質であるということが証明されたのは20世紀も深まってからでした。

1919年に米国の化学者ジョン・ノースロップ(John Howard Northrop, 1891- 1987、図6)はペプシンを単離して結晶化し、それがタンパク質であることを証明しました(7)。ノースロップはウレアーゼを結晶化したサムナーと共に、1946年にノーベル化学賞を受賞しています。

A_17結論的に言えば、酵素の発見は誰がというより、ここで述べた科学者達を中心とした多くの科学者達が、200年近くの歳月をかけてなしとげた業績です。

酵素の作用機構についてはすでに1894年からエミール・フィッシャーが「鍵と鍵穴」説を発表しており(8)、基本的には現在でも正しいと考えられています。

すなわち酵素には基質(=鍵)を凸とすると凹の形態を持った鍵穴があり、そこに基質を収納すると基質がケミカルアタックを受けて生成物に変化するという考え方です(図7)。

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この過程を、レオノア・ミカエリス(1875-1949)とモード・メンテン( 1879-1960)(図8)は次のような化学式で表現しました。

酵素 (E) + 基質 (S) ⇄   酵素基質複合体 (ES) → 酵素 (E) + 生成物 (P)
E: enzyme, S: substrate, ES: enzyme-substrate complex, P: product

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ここで重要なのはE+S⇄ SEの1段階目の反応は可逆的なのに、2段階目のES→E+Pという反応は不可逆的だということです。もしそうでなければ、デンプンを分解してブドウ糖を生成しエネルギー源として利用しようとしても、ブドウ糖がある程度たまるとデンプンに逆戻りしてしまうという不都合が発生します。ただし生成物が少量で良い時などには、フィードバック制御という別プロセスで酵素に阻害がかかり、反応が停止するということはあります。

酵素は触媒の1種ですが、金属触媒などを用いた無機化学反応と違って、基質濃度を上昇させてもあるところで頭打ちになってしまいます。基質濃度を横軸、反応速度を縦軸としてグラフを描くと図9のようになります。

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1913年にミカエリスとメンテンは、このグラフを数式で表現する、ミカエリス・メンテンの式を発表しました(図10、参照9)。

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図9において、最大反応速度はVmax、その2分の1の反応速度で反応が進行しているときの基質濃度をKmとしています。ミカエリス・メンテン式において、[S] = Km とすると、v = 0.5 x Vmax となります。

ミカエリス・メンテン式の導出のしかたについて興味がある方はサイト(10)を参照して下さい。

本稿でもうひとつ触れておきたいのは、酵素が化学変化の過程において、活性化エネルギーを低下させるということです。

物質Aは自然により自由エネルギーが低い物質Bに変化していくことは、熱力学の第2法則が示していますが、それでも物質Aが存在しているのは、物質Bに変化するために要する時間が無限大に近いことによります。

酵素は物質A(基質=S)が物質B(生成物=P)に変化するために必要な、自由エネルギーが両者より高い中間段階に持ち上げるための活性化エネルギーのレベルを下げる作用を持っています(図11)。このことによって変化に必要な時間を著しく短縮することができるので、生命現象に必要な化学変化を現実的な時間で実行することが可能になるわけです。

A_13

参照:

1)こちら1

2)http://contest.japias.jp/tqj2005/80064/kousohakkenn.html

3)René-Antoine Ferchault de Réaumur, Memoires pour servir a l'histoire des insectes. A Paris : De l'imprimerie royale (1734) 
https://archive.org/details/memoirespourserv01ra

4)「自分の体で実験したい 原題:Guinea Pig Scientists」 Leslie Dendy and Mel Boring 著 梶山あゆみ訳、紀伊國屋書店 (2007)

5)A. Payen and J.-F. Persoz, "Mémoire sur la diastase, les principaux produits de ses réactions et leurs applications aux arts industriels" (Memoir on diastase, the principal products of its reactions, and their applications to the industrial arts), Annales de chimie et de physique, 2nd series, vol. 53, pages 73–92 (1833)

6)Eduard Buchner, “Alkoholische Gärung ohne Hefezellen (Vorläufige Mitteilung)”. Berichte der Deutschen Chemischen Gesellschaft vol. 30,  pp. 117–124 (1897)

7)Northrop J.H., Crystallin pepsin., Science vol. 69, p. 580 (1929)

8)Emil Fischer, Einfluss der Configuration auf die Wirkung der Enzyme. Berichte der deutschen chemischen Gesellschaft, Volume 27, pp. 2985–2993 (1894)

9)Michaelis, L.,and Menten, M., Die kinetik der invertinwirkung, Biochemistry Zeitung vol. 49, pp. 333-369 (1913)

10)こちら2

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2017年2月10日 (金)

やぶにらみ生物論60: タンパク質の基本2

アミノ酸はアミノ基とカルボキシル基を持っているので、酸性溶液中ではアミノ基がNH3+となって塩基、アルカリ性溶液中ではカルボキシル基がCOO- となって酸となります。

A

図1は酸性の溶液にアラニンを溶解し、アルカリ(OHー)を加えて滴定したときのpH変化を示したものです。まずpH2あたりで勾配がゆるやかになりますが、このあたりではアラニンは

+HN-CHCH-COOH → +HN-CHCH-COO- + H+

のようになるので、加えたOH-はH+に吸収され、pHの上昇がゆるやかになります。もう1ヶ所、pH10あたりで勾配がゆるやかになりますが、これはこのあたりで

+HN-CHCH-COO- → HN-CHCH-COO- + H+

となってもう1個プロトンが放出されるので、pH上昇がもう一度ゆるやかになります。このような緩衝作用を2ヶ所で発揮するのが、両性電解質の特徴です。アミノ酸によって緩衝作用を発揮するpH領域は異なるので、アミノ酸の混合液は広い範囲にわたって、環境の変化に対してpHを一定に保つ働きがあり、生物に福音をもたらします。

+HNとCOO-が拮抗して存在するpHを等電点といいます。アラニンの場合6.00です。

タンパク質は1分子中に通常多数のアミノ基とカルボキシル基を持っているので、当然アミノ酸と同じく両性電解質です。ペプチド鎖のN末とC末以外のアミノ酸の種類によって、タンパク質の緩衝領域や等電点は著しく変化します。この変化に寄与するのは主として酸性アミノ酸(グルタミン酸とアスパラギン酸)と塩基性アミノ酸(アルギニンとリジン)です(図2)。

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この4種のアミノ酸が持つ側鎖の数によって、タンパク質の性質は大きく変わります。タンパク質の種類によって、例えば等電点には大きなバリエーションがあります(図3)。

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例えばリゾチーム(ニワトリ卵白)という酵素のアミノ酸配列をみますと、塩基性アミノ酸の数が酸性アミノ酸の数を上回っており、このような場合タンパク質は塩基性となります(図4)。図3に示されるように、リゾチームの等電点は11を少し上回っています。

A_4


一方イヌのペプシンBのアミノ酸配列をみますと、酸性アミノ酸の数が塩基性アミノ酸の数を大きく上回っています。このような場合タンパク質は酸性となります(図5)。ペプシンの場合偏りが極端で、等電点が1となります。胃という特殊な環境で作用する酵素なので、特殊な構造をもっていると思われます。

A_5

生化学実験では等電点の違いを利用してタンパク質を分離精製するという作業がよく行われます。タンパク質の混合液に電流を流して、酸性タンパク質は+側に、塩基性タンパク質は-側に移動するのを利用するわけですが、実際には自然拡散や振動の影響を回避するため、タンパク質が移動できる程度のゆるいゲルを用います(図6)。

A_6

図6には両性電解質をゲルに溶かしておく場合を示していますが、ゲルを作成するときに予めpHの勾配を作ってあるのを購入して使うというのが簡便で、よく利用されます(1)。タンパク質は通常プラスかマイナスにチャージしているので、精製された分子同士は電荷の反発でくっつきにくいのですが、等電点周辺では分子としてはチャージがなくなるので接近しやすく、場合によっては沈殿が発生します。これは等電沈殿という現象で、等電点電気泳動を行う場合には注意しなければいけません。

等電点電気泳動法で分離した後、分子量の差を利用してさらに分離すると、少量とは言え、かなり純度の高いタンパク質が得られる場合が多いです(2、3)。もっと大量のタンパク質を精製する技術は、今でも生化学者の腕のみせどころで、非常に多くの方法が考案されています(4、5)。

タンパク質にはもうひとつ特徴的な性質があります。それはある条件で相転移を行うことで、典型的な例は熱変性です。図7のように生卵に熱を加えると、ある時点で不可逆的にゆで卵になります。これはαヘリックスやβシートというタンパク質の基本構造が、熱によって破壊されることが主な原因です。αヘリックスやβシートは弱い水素結合によって形成されているので、温度が上昇すると不安定になり、構造が破壊されてランダムに近い状態になってしまいます。これによって多数の分子がからまりあって集合し、不溶性のかたまりを形成します。ただしペプチド結合は破壊されないので、バラバラになることはありません(図7)。みずからバラバラにはなりませんが、タンパク質分解酵素で切断されやすい部分が露出して、分解されやすい状態にはなりやすいと思われます。

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タンパク質には完成後に化学的修飾を受けて機能を発揮する分子も少なくありません。非常に色々な修飾が報告されていますが、ここでもいくつか紹介します。まずリン酸化について見てみますと、セリン・スレオニン・チロシンのOHがリン酸化されてOPO3-となります(図8)。リン酸化されているかいないかということが、あるシリーズの生体化学反応の起動スイッチになっている場合が多く、タンパク質のリン酸化は情報伝達のキーとなるイベントになっています。この分野のパイオニアはジョージ・バーネットとユージン・ケネディでしょう(6)。最近話題の抗がん剤オプジーボのターゲットであるPD-1もリン酸化されることによってスイッチを起動するタンパク質のひとつです(7、8)。

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タンパク質のアセチル化も重要な化学修飾です。ヒストンの低アセチル化は転写が抑制されたヘテロクロマチン状態のマーカーとされています(9)。また癌抑制因子として最も有名なp53はアセチル化によって活性化あるいは安定化することも知られています(10-12)。すでに述べたシステインのSS結合や、糖の付加なども非常に重要な化学修飾であり(図9)、その他にも多数の化学修飾が知られています(13)。

A_9


参照:

1)http://www.gelifesciences.co.jp/technologies/2d-electro/guide-3.html

2)http://www.gelifesciences.co.jp/technologies/2d-electro/guide.html

3)https://www.sbj.or.jp/wp-content/uploads/file/sbj/9003/9003_yomoyama_2.pdf

4)http://www.jaist.ac.jp/~yokoyama/pdf/02_1analysis1.pdf

5)http://www.gelifesciences.co.jp/newsletter/biodirect_mail/technical_tips/

6)G. Burnett and E.P. Kennedy, The enzymatic phosphorylation of proteins, J. Biol. Chem. vol. 211, pp. 969–980 (1954) こちら

7)http://www.ft-patho.net/index.php?Programmed%20cell%20death%201

8)Joseph Schlessinger, Receptor Tyrosine Kinases: Legacy of the First Two Decades.  Cold Spring Harb Perspect Biol. vol. 6,  pp.1-13 (2014) doi: 10.1101/cshperspect.a008912.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3949355/pdf/cshperspect-RTK-a008912.pdf

9)https://www.cstj.co.jp/reference/pathway/Protein_Acetylation.php

10)http://www.cyclex.co.jp/resource/keyword/jkeyword_2.html

11)田中知明、転写因子p53の翻訳後修飾と転写活性化機構. 生化学第82巻第3号,pp. 200-209 (2010)

12) Nature ダイジェスト : http://www.natureasia.com/ja-jp/nature/highlights/79254

13)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BF%BB%E8%A8%B3%E5%BE%8C%E4%BF%AE%E9%A3%BE

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2017年2月 2日 (木)

やぶにらみ生物論59: タンパク質の基本1

タンパク質は生物の体を構成する要素として最も重要な物質であり、同時に栄養源としても重要です。タンパク質に含まれるアミノ酸の数をnとすると理論上20のn乗の種類のタンパク質があり得ますが、遺伝情報としてDNAに刻まれているのは、哺乳類では2万数千種類くらいです。それらは生物の歴史を反映したものであり、なかには細菌・古細菌・真核生物のすべてにおいて機能しているタンパク質も少なくありません。

これまでの復習もかねてタンパク質の基本構造を示すと、図1のようになります。まずアミノ酸がペプチド結合でつながった1次構造。すなわちつながるアミノ酸の順列が一番基本的な構造になります。次にαヘリックス・βシート・ランダムコイル・その他の規則的な構造などのローカルな共通構造を2次構造とよびます。数学で言う「次元」とは別の概念なので注意しましょう。

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αヘリックスやβシートなどを空間に3次元的に配置したものを3次構造とよびます。図1のリゾチームの図がそれにあたります。リゾチームは多糖類を分解する酵素です。3次構造で示した同じまたは異なるタンパク質が、特定の配置で集合したような場合、その集合体を4次構造とよびます。

タンパク質の3次元構造は、X線結晶解析によって解明されました(1、2)。この功績によりジョン・ケンドリュー(1917-1997)とマックス・ペルーツ(1914-2002)(図2)は1962年のノーベル化学賞を受賞しました。同じ年にワトソンとクリックもノーベル医学生理学賞を受賞したので、この年のノーベル賞は、タンパク質とDNAの構造解明者が同時に受賞するという、分子生物学の歴史上最大の出来事と言っても良いでしょう。

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ペルーツ自身はナチスが台頭する前にウィーンからイングランドに留学していたのですが、ナチスの侵略後は両親が難民となったため資金を絶たれピンチとなりました。しかしロックフェラー財団の援助で学業・研究を続けられたそうです。第二次世界大戦中は氷山空母を建造する計画に参加していました(3)。

ケンドリューは英国空軍の研究所でレーダーの研究をしていましたが、なぜかタンパク質に関心を持つようになって、生物物理学の分野にやってきた人です。ケンドリューとペルーツは二人ともケンブリッジ大学のキャベンディッシュ研究所に在籍し、サー・ローレンス・ブラッグの高弟でした。ワトソンとクリックがDNAの構造を解明したのも、この研究所での仕事でした。

彼らが研究材料として用いたミオグロビンというタンパク質(図3)は、クジラなど海に棲む哺乳動物の筋肉に豊富なもので、酸素を強く結合して保管しておき、血液中の酸素濃度が低下したときに放出して、長い時間海に潜ったままで活動する彼らの生活をささえています。血液中の酸素リザーバーはヘモグロビンで、ミオグロビンと類似したグロビン分子4つで構成されています(図5)。ですのでミオグロビンはヘモグロビンよりかなりシンプルな構造であり、研究材料として好適だったわけです(4)。もちろんクジラからなので、サンプルが大量に確保できるという利点もありました。

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ただちょっと複雑なのは、ミオグロビンはアミノ酸が連結した鎖だけでできているのではなく、ヘムという非タンパク質の、いわゆる補欠分子族といわれる物質を含んでいます。ヘムはポルフィリン環と中央部の鉄原子からなり、この鉄原子は酸素分圧によって、酸素と結合したり分離したりします(図4)。この反応を利用してミオグロビンは酸素不足時に筋肉に酸素を供給しています。ミオグロビンは8つのαヘリックスをもつ安定な構造のタンパク質で(図3)、ヘムを組み込むことによって適切に酸素を組織に供給する役割を果たしています。

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ヘモグロビンはミオグロビンに類似したαグロビンとβグロビンを2個づつ組み合わせた4量体タンパク質で、前述の4次構造を持っています(図5)。それぞれのグロビンがひとつのヘムを持っているので、1分子のヘモグロビンには4個のヘムが存在します。ヘモグロビンのヘムは、ミオグロビンのヘムにくらべて酸素との親和性が低く、酸素を放出しやすい性質を持っています。ヘモグロビンやミオグロビンは単なるヘムの台座ではなく、必要な酸素を適切に供給できるようなシステムを提供していると言えるでしょう。

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ヘムはミオグロビンやヘモグロビン以外にもいくつかのタンパク質に含まれており、シトクロムcもそのひとつです(図6)。シトクロムcはαヘリックスを4つ持ち、アミノ酸約100個からなる小さなタンパク質ですが、酸素呼吸を行う生物(細菌から哺乳類に至るまで)にとっては必須の生体分子です。

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シトクロムcに含まれるヘムは、ミオグロビンやヘモグロビンのヘムbとは異なり、ヘムcという構造をとっています。ヘムcはタンパク質と硫黄原子を介して共有結合しています(図7)。ヘムについてより詳しい情報は文献(5)を参照して下さい。

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ヘム以外にも補欠分子族にはさまざまなものがあり、図8と図9に主要なものを示しました。タンパク質と頻繁に結合したり分離したりする分子の場合、常時タンパク質に結合している補欠分子族と区別して補酵素とよぶこともあります。補欠分子族や補酵素はタンパク質以外の物質であり、同様な機能をタンパク質が持つ場合、それはサブユニットとよばれるタンパク質の4次構造の一部または独立の制御因子とみなされます。

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補欠分子族・補酵素はビタミンと関係が深く、FMN・FADはビタミンB2から合成され、メチルコバラミン=ビタミンB12、ピリドキサルリン酸=ビタミンB6、ビオチン=ビタミンB7、チアミン=ビタミンB1、NAD+・NADP+はナイアシンから合成されます。

ミオグロビン・ヘモグロビン・シトクロムcはすべてαヘリックスとランダムコイルに近いペプチド鎖で構成されたタンパク質ですが、たとえばポリンのように、主要な構造がβシートで構成されているタンパク質もあります(図10)。ポリンは細胞膜にβシートが壁に相当するトンネルを埋め込んだような形で存在し、膜を通過する低分子物質の選別を行います。βシートはその通りシート状の構造や、かごのような構造をつくることもできます。

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αヘリックスやβシートとは異なる、あるいはバリエーション的な規則構造をもつタンパク質も存在します。絹フィブロインは昆虫の繭の成分ですが、 Gly-Ser-Gly-Ala-Gly-Ala というアミノ酸配列の繰り返しを多数持っていて、図11のようにこの構造の逆順鎖と隣接することによって、まるでファスナーのように側鎖がかみ合って、繊維状の構造を形成しています。この側鎖が大小大小と交互に並ぶ特殊なファスナー様構造によって、絹は非常にちぎれにくい丈夫な繊維になることができます。

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さまざまなタンパク質のアミノ酸配列およびその他の情報はデータベースに集積されており、誰でも閲覧することができます。たとえば pir=protein information resource (6)にアクセスして、上部のバーから search/analysis を選択してクリック、次の画面から text search を選択してクリック、そうすると選択と入力の窓がでてきますので、選択の方は protein name を選択、入力の方は globin と入力し、search をクリックします。検索結果画面の最初に Protein name and ID という欄がありますので、その HBA MOUSE をクリックすると、マウスのαグロビンに関する様々な情報が得られます。スクロールしていくと真ん中あたりにアミノ酸配列が記載してあります(図12)。

A_12

またはゲノムネットにアクセスし(http://www.genome.jp/ja/)、DBget search を開いて swiss prot というデータベースを探してクリックします。でてきた入力の窓に mouse globin と入力し、リストの中から HBA MOUSE を選択すると同様なデータが得られます。Swiss prot では、最後(ローエンドまでスクロールする)にアミノ酸配列の情報が記載されています。

このようなデーターベースの情報を用いて、すべての動物が持っているタンパク質であるシトクロムcのアミノ酸配列を、さまざまな動物について打ち出してみると、興味深いことがわかります(図13)。

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左から3番目のアミノ酸をみてみますと、20種類の動物のうち16種類ではすべてバリンですが、七面鳥・鶏・鳩・王様ペンギンの4種類ではイソロイシンになっています。哺乳類はこのアミノ酸を魚類・両生類・爬虫類から引き継いでいますが、鳥類はある時点でバリンをイソロイシンに転換したということになります。これはたまたまなのか、何らかの意義があるのかよくわかりませんが、アミノ酸配列から進化系統について論ずることが可能であることが示唆されています。

もうひとつ興味深いのは4番目と46番目です。いずれもサル目のなかでクモザルだけが他と異なるアミノ酸になっています。ただし4番目の場合、爬虫類・鳥類・哺乳類のすべてがグルタミン酸(E)であるのにクモザルだけフェニルアラニン(F)となっています。対照的に46番目では爬虫類・鳥類・哺乳類のすべてがフェニルアラニン(F)なのに、クモザル以外のサル目の動物だけがチロシンとなっています。これだけのデータでも、サル目のなかでクモザルだけが独立したグループであることが示唆されます。一方で11~12番目をみると、クモザルを含めたサル目が、サル目以外の哺乳類・鳥類・爬虫類・魚類とは異なる共通配列を持っていることがわかります。

たった1種のタンパク質のアミノ酸配列を比較しただけでも、様々な生物の歴史や系統関係を調べる糸口になります。実際シトクロムcのアミノ酸配列を比較するだけで系統樹を記述することができたという論文もあります(7)。

参照:

1)John Kendrew et al., A Three-Dimensional Model of the Myoglobin Molecule Obtained by X-Ray Analysis., Nature vol. 181, pp. 662 - 666 (1958); doi:10.1038/181662a0

2)Max Perutz et al., Structure of Hæmoglobin: A Three-Dimensional Fourier Synthesis at 5.5-Å. Resolution, Obtained by X-Ray Analysis., Nature vol. 185, pp. 416 - 422 (1960); doi:10.1038/185416a0

3)Reviewed by Richard E. Dickerson, "Max Perutz and the secret of life" by Georgina Ferry,
Protein Sci. vol. 17, pp. 377–379 (2008) doi:  10.1110/ps.073363908
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2222719/

4)Myoglobin: A brief history of structural biology. Video presentation.
http://www.richannel.org/myoglobin-a-brief-history-of-structural-biology

5)Shigekazu Takahashi, and Tatsuru Masuda, Analysis of Heme in Photosynthetic Organisms. 低温科学 vol.67, pp. 327-337 (2009)
http://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/39163/1/67-048.pdf

6)http://pir.georgetown.edu/

7)Robert M. Schwartz and Margaret O. Dayhoff, Origins of prokaryotes eukaryotes mitochondria and chloroplasts. Science,
Vol. 199, Issue 4327, pp. 395-403 (1978)

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2017年1月24日 (火)

やぶにらみ生物論58: オリゴペプチド・ポリペプチド

タンパク質の話題に入る前に、構成要素であるアミノ酸の数が少ないだけの、いわば弟分にあたるオリゴペプチド・ポリペプチドについてみておきましょう。オリゴペプチドは数個、ポリペプチドは数十個までのアミノ酸で構成されています。

1928年アレクサンダー・フレミング(1881-1955)は、研究のために培養していたブドウ球菌の培養皿に青カビ(ペニシリウム)が生えていることに気がつきました。初歩的な失敗でしたが、よくみると青カビの周辺ではブドウ球菌が生育していないことに気がつきました。

フレミングはこの青カビの毒素を抽出・精製することに成功しませんでしたが、ハワード・フローリー(1898-1968)とエルンスト・チェイン(1906-1979)は1940年に、このブドウ球菌の生育を阻止する物質を精製し、いくつかの成分があることをつきとめました。それらを総称してペニシリンと言います。

これらは20世紀最大の医薬品であり、開発の功績によって3人は1945年にノーベル医学生理学賞を受賞しました(図1)。現在でもよく使われるセフェム系の抗生物質はペニシリンと構造が類似した、同じグループの医薬品です。

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ペニシリンのひとつであるペニシリンNの合成過程と構造式を図2に示します。アミノアジピン酸+システイン+バリンのトリペプチドであることがわかります。ただしアミノアジピン酸が遺伝暗号表にはないアミノ酸であること、青点線で示したような環状構造(β-ラクタム4員環+5員環)をつくること、バリンがもとはL型なのに、ペプチドに取り込まれたときにはD型になっていることなどの特異な性質を持っています。

ペニシリンはもともとペニシリウムが生存競争のために産生する毒素(アロモン)なので、生物が簡単には分解解毒できないように特殊な構造を持っていると考えられます。

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ペニシリンはペプチドですが、リボソームで作られるのではなく、細菌が持つ酵素によって合成されます。遺伝暗号表に書き込まれていないものは、リボソームでは合成できません。ペニシリンは細菌の細胞壁の合成を阻害する作用を持っていますが、真核生物にとっては基本的に毒物としての作用はありません。

ただもともと真核生物の体内に類似物質があるわけではなく、しかも特異な分子形態なので、強いアレルギー反応がおきやすいことがわかっています。私の父もペニシリンショックで命を落としました。当時は現在のような十分な配慮なく投与されていたと思われます。交通事故や医療事故で突然人生が終了するというのは誠に理不尽なことです。

米国NIHはペニシリンの効果と人体への安全性を確認するため、1946年から1948年にかけてグアテマラで人体実験を行ったことが、最近になって発覚しました。オバマ大統領は2010年にグアテマラに謝罪しました(2)。

A_8真核生物にもペプチド性の毒素を持つものは多く、例えばテングタケのα-アマニチンは8つのアミノ酸からなるオリゴペプチドです。α-アマニチンはRNAポリメラーゼIIに結合し、タンパク質の合成に必要なmRNAの合成反応を阻害します。蛇毒やヒキガエルの毒もペプチド性のものです。

α-アマニチンの構造を図3に示しました。まるで駐車禁止のマークのような奇妙な分子デザインです。

最初にいくつか毒ペプチドについて述べたわけですが、もちろんオリゴペプチドにも有用な生理作用を持つものは数多く存在します。まずグルタチオンについてみてみましょう。図3のようにグルタチオンはグルタミン酸+システイン+グリシンからなるトリペプチドです。青丸のHによって過酸化物や活性酸素を還元無毒化する機能があります。

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生物は酸素を利用するようになってから、酸素の毒性=あらゆるものを酸化しようとする(サビさせようとする)性質、からいかにして逃れるかが大きな課題だったわけですが、そのひとつの解決策がグルタチオンでした。

生体内に還元型のグルタチオンをためておいて、活性酸素が発生するとすばやく還元し、結果生成した酸化型のグルタチオンは、ただちにグルタチオンリダクターゼとNADPHの作用によってまた還元型にもどすというサイクルによって、体の「サビ」を防ぐことができます(図4)。

ただしグルタチオンは多量にあればあるほどよいわけではなく、代謝のバランスを保つことも必要ですし、タンパク質が持つSS結合を切断する作用もあるため、濃度は適切に調節される必要があります。

図4のグルタチオンの構造をよく見ると、一番左側にアミノ基とカルボキシル基があります。通常のペプチドだと左端はアミノ基、右端はカルボキシル基なので、これは普通ではありません。すなわちグルタミン酸の側鎖(γ位)のカルボキシル基を使って、隣のシステインとペプチド結合を形成しています。したがってL-γ-glutamyl-L-cysteinyl-glycineという名前が正式名になります。

ペプチド結合を切断する酵素は数多くありますが、ほとんどは側鎖を使った結合を切断することができないので、グルタチオンは切断されにくくなっています。ペニシリンと同様、グルタチオンもリボソームではなく専用の酵素によって合成されます。

オキシトシンはペニシリンやグルタチオンより多い、Gly-Leu-Pro-Cys-Asn-Gln-Ile-Tyr-Cys の9個のアミノ酸で構成されています。図5に構造式を示します。末端のシステインが中間部のシステインとSS結合を形成して環状構造になっています(3)。通常のペプチド鎖と異なり、カルボキシル末端が存在しません。

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オキシトシンの9個のアミノ酸の配列は遺伝子に刻まれており、ペニシリンやグルタチオンと違ってリボソームによってまず前駆体が合成され、複雑な加工の過程を経て図5のような構造の分子がつくられます。生体内では脳の視床下部でつくられ、脳下垂体からホルモンとして血流に放出されます。オキシトシンの作用によって、分娩時に子宮筋の収縮が促され、また出産後には乳腺の筋肉を収縮させ乳汁分泌が促進されます。

女性だけではなく男性でも分泌され、仲間内での親密さを増す作用があることが知られています(4)。一方で仲間でない者には反発心が強まるという副作用もあると言われています。右翼的心情のベースになる物質かもしれません。

ペプチドホルモンとしてはじめてオキシトシン・バソプレッシンを同定し構造解析と合成を行った功績で、ヴィンセント・デュ・ヴィニョーが1955年にノーベル化学賞を受賞しています(5)。脳がホルモンを合成するということで、当時は非常な驚きを持ってむかえられた研究でした(5)。タレントでもある脳科学者中野信子がオキシトシンの作用を研究していることでも知られています(6)。この他にもペプチド性のホルモンは多数知られています(下記)。ペプチドホルモンの作用機構などについては、いずれ稿をあらためて述べるつもりです。

天然のオリゴペプチド・ポリペプチドの代表的なものを並べてみますと、次のようになります。

1.ペプチドホルモン:インスリン、グルカゴン、オキシトシン、バソプレッシン、アンジオテンシン、成長ホルモン、ガストリン、セクレチン、TRH、GnRH

2.抗生物質:ペニシリン、グラミシジンS

3.真核生物の抗菌性ペプチド(7,8):マガイニン、タチプレシン、ディフェンシン

4.酵素阻害ペプチド:ロイペプチン, ペプスタチン,植物トリプシンインヒビター

5.神経伝達物質:エンケファリン、エンドルフィン、ダイノルフィン

6.毒ペプチド:アマニチン,コブラトキシン

7.細胞内還元剤:グルタチオン

TRH(甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン)やGnRH(性腺刺激ホルモン放出ホルモン 図6)はいずれも視床下部で放出されて、脳下垂体の機能を調節するホルモンですが、これらの構造決定についてはロジェ・ギヤマンとアンドリュー・シャリーの歴史的死闘とも言える競争があったことは業界では有名なお話でした。興味のある方はサイト(9)または書籍(10)を参照して下さい。なお二人とも1977年のノーベル医学・生理学賞を受賞しました。

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人工甘味料のアスパルテームも N-L-α-aspartyl-L-phenylalanine 1-methyl ester というオリゴペプチドです(図7)。これは天然には存在しないものですが、無害の食品添加物として広く用いられています。

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参照:

1)Howard Markel, The real story behind penicillin.PBS newshour.(2013)
http://www.pbs.org/newshour/rundown/the-real-story-behind-the-worlds-first-antibiotic/

2)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%82%A2%E3%83%86%E3%83%9E%E3%83%A9%E4%BA%BA%E4%BD%93%E5%AE%9F%E9%A8%93

3)https://en.wikipedia.org/wiki/Oxytocin

4)上田 陽一、“オキシトシン”の多彩な生理作用 公益財団法人山口内分泌疾患研究振興財団 内分泌に関する最新情報 pp. 1-7 (2015)
こちら

5)Vincent du Vigneaud et al., The synthesis of an octapeptide amide with the hormonal activity of oxytocin. . Am. Chem. Soc.,  vol.75, pp 4879–4880 (1953)

6)http://morph.way-nifty.com/grey/2015/01/post-b78b.html

7)小林聖枝、抗菌性ペプチドMagainin 2 とTachyplesin Iの細菌選択的相乗効果 カクテル療法への可能性、YAKUGAKU ZASSHI vol.122, pp. 967-973 (2002)

8)富田哲治・長瀬隆英、生体防御機構としてのディフェンシン、日老医誌, vol.38, pp. 440-443 (2001)

9)http://www.org-chem.org/yuuki/aminoacid/hormone.html

10)Nicholas Wade著 丸山工作・林 泉 訳、 ノーベル賞の決闘、岩波書店 (1984)  ISBN 978-4002601243

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2017年1月19日 (木)

やぶにらみ生物論57: ペプチド結合・αヘリックス・βシート

Ahermann_emil_fischer2タンパク質はアミノ酸が脱水縮合して合成される物質です。このことを発見したのはエミール・フィッシャー(1852-1919、図1)です。エミール・フィッシャーはむしろ糖やプリン誘導体の研究者として有名で、それらにかんする研究業績を評価されて、1902年にファント・ホッフに続いて2人目のノーベル化学賞を受賞しています。

彼は有機化学・生化学の父とでも言うべき人で、糖やプリン誘導体以外にも多方面に業績があり、1901年にはエルネスト・フォルノー(1872-1949)と共に、グリシンとグリシンを脱水縮合させてグリシルグリシンを合成しています(1)。これがタンパク質化学のはじまりでしょう。

彼はその後18個のアミノ酸をつないで、ポリペプチドを合成することに成功しました。その性質は天然のタンパク質とよく似ていたそうです(2)。100年以上前の文献で私は読んでいませんが、現在でも7000円くらい支払えば読むことができます。

フィッシャーはタンパク質合成に成功したとき、これで近未来に人類の食糧問題は解決するだろうと考えましたが、残念ながら現代に至っても食糧問題は人類にとって深刻な課題のまま残されています。

フィッシャーは膨大な業績を残しましたが私生活には恵まれず、奥方は結婚後7年で病死、息子3人のうちひとりは戦死、ひとりは自殺で失っています。彼自身も1919年に自殺しました(3)。リヒテンターラーが彼の生涯や業績についてレビューを出版しています(4)。自殺の原因は不明ですが、彼自身が開発して糖の構造解析に用いていたフェニルヒドラジンによって、癌になったことが原因だという説があります。

アミノ酸の脱水縮合は図2のように、カルボキシル基COOHのOHとアミノ基NH2のHがH2Oとなって離脱し、残されたCOとNHがO=C-N-Hという形で結合し(ペプチド結合)、2つのアミノ酸を連結する形で行われます。したがって反応生成物はH2N-HCR-ペプチド結合-HCR-COOH(Rはそれぞれのアミノ酸によって異なる)という形になります。図3のように4つのアミノ酸が連結されるとH2N-HCR-ペプチド結合-HCR-ペプチド結合-HCR-ペプチド結合-HCR-COOHとなります。

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図3では具体的にバリン-グリシン-セリン-アラニンのテトラペプチドの構造を記してあります。連結されたアミノ酸の数が数十個以内の場合、タンパク質ではなくポリペプチドと呼ばれる場合が多いです。またより小数の場合オリゴペプチドとも呼ばれます。図3の青い丸印のついたCはアミノ酸が連結されたあとでも不斉炭素です。ポリペプチド(タンパク質)の両端はそれぞれアミノ基とカルボキシル基が露出していて、それぞれN末・C末(N端・C端)などと呼ばれることがあります。

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A_3タンパク質構造研究の次のエポックは、ライナス・ポーリング(1901–1994、図4)によって創られました。彼は貧困家庭の生まれで、ハイスクールを卒業できなかったそうですが、苦学してオレゴン農業大学を卒業しました。そして第二次世界大戦中に、マンハッタン計画の化学部門のヘッドにハントされるほどの量子化学部門での重鎮となりました(そのポストに就くのは断ったそうです)(5)。

ポーリングは化学結合に関する研究で1954年にノーベル賞を受賞していますが、タンパク質の構造については50才も近づいた頃から研究をはじめて、たちまちαヘリックス(6)やβシート(7)という概念を提唱するなど卓越した業績を残しました。これらの論文および現代的観点から見た解説は無料で読むことができます(8)。

ポーリングらがこれらの重要な発表を行った当時、米国ではマッカーシ-イズム(レッドパージ)が吹き荒れており、マンハッタン計画参加を断ったポーリングは反政府勢力とみなされてパージされそうになっていたのですが、これらの業績によって地位を保つことができたようです(8)。ポーリングはその後も反核運動を続けて、1962年にはノーベル平和賞を受賞しています。ノーベル賞を2回受賞した人は、マリ・キュリー(1903年に物理学賞、1911年に化学賞) 、ジョン・バーディーン(1956年と1972年に物理学賞) 、フレデリック・サンガー(1958年と1980年に化学賞) 、ライナス・ポーリング(1954年に化学賞、1962年に平和賞)の4人です。

A_4ポーリングはタンパク質の構造形成において水素結合が重要な役割を果たしていることを示しました。水素の原子核は小さく弱体で、保有する電子を強い(陽子の多い)原子核を持つ原子に奪われがちです。

水の分子における水素も原子を酸素に奪われがちで、その結果水素原子はプラスのチャージを持つようになります(図5左)。

 

一方酸素原子は過剰な電子でマイナスチャージを帯びるので、水分子は片側が+、反対側が-のチャージを帯び、水分子同士が引き合って安定した構造を保ち、その結果比熱が高くなって、熱を加えてもなかなか気体になりません(図5左)。

 

酸素分子以外でも水素は電子を奪われて+にチャージしがちなので、他の原子を引き寄せることができます。結果的に水素をはさんで他の2原子がブリッジをつくるような形になります(図5右)。これが水素結合です。

DNAの塩基対ATおよびGCは水素結合によって形成され、DNAを適度に安定化しています。水素結合は分子同士ばかりでなく、分子の内部でも形成されます。タンパク質の場合はそれによってαヘリックス(図6)やβシート(図7)が形成され、分子が安定化します。αヘリックスは1本のペプチド鎖によって形成されますが、βシートは2本のペプチド鎖によって形成されます。図7のように分子内で鎖が折れ曲がって行ったり来たりすることによって、同じ分子内でβシートを形成することが可能になります。

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水素結合のエネルギーは5~30KJ/モルであり、数百KJ/モルの共有結合と比べると非常に小さいので弱い結合と言えますが、DNAには分子が持つ塩基対の2~3倍の数の水素結合があるわけですし、タンパク質分子内にあるαヘリックスやβシートそれぞれにおいても非常に多数の水素結合があるので(図6、図7)、分子の安定性には相当寄与しています。

またDNAを読み取るには水素結合を引きはがして単鎖にしなくてはいけないわけですし、タンパク質が他の因子によって機能を制御されたり、自身が酵素の機能を発揮するような場合には分子の形を変えなくてはいけないので、水素結合が弱い結合であることにはそれなりに意義があるわけです(9)。

ポーリングは晩年癌のビタミンC大量投与療法の研究などでバッシングを受けて、研究ができないような状況に追いやられましたが、死後彼の研究を支持する結果も報告されて、名誉は回復されました(10)。

彼自身マキシマムヘルスを実現するため、マルチビタミンの摂取を実行し、現在でも「ライナス・ポーリン博士のスーパーマルチビタミン」「ライナス・ポーリン博士のビタミンC」などという商品が販売されています。

参照:

1)Emil Fischer and Ernest Fourneau, Berichte der deutschen chemischen Gesellschaft, vol.34, p.2868 (1901)

2)Emil Fischer, Synthese von Polypeptiden, Berichte der deutschen chemischen Gesellschaft, vol.36,pp.2982-2992 (1903) doi:10.1002/cber.19030360356.
http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/cber.19030360356/abstract

3)Top 5 suicide chemists. 1) Emil Fischer (1852-1919)
http://syntheticenvironment.blogspot.jp/2007/04/top-5-suicide-chemists.html

4)Emil Fischer, His Personality, His Achievements, and His Scientific Progeny, Frieder W. Lichtenthaler, European Journal of Organic Chemistry
Volume 2002, Issue 24,  pages 4095-4122 (2002)
http://onlinelibrary.wiley.com/wol1/doi/10.1002/1099-0690(200212)2002:24%3C4095::AID-EJOC4095%3E3.0.CO;2-2/full

5)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%8A%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B0#.E7.94.9F.E4.BD.93.E5.88.86.E5.AD.90.E3.81.AE.E7.A0.94.E7.A9.B6

6)Linus Pauling, Robert B. Corey, and H. R. Branson、The structure of proteins: two hydrogen-bonded helical configurations of the polypeptide chain. Proc. Natl. Acad. Sci. USA vol.37, pp.205-211 (1951)
http://www.pnas.org/content/37/4/205.full.pdf?sid=d8637919-9b62-43f1-b1f3-7e675806b4a5

7)Linus Pauling, and Robert B. Corey、The pleated sheet, A new layer configuration of polypeptide chains. Proc. Natl. Acad. Sci. USA vol.37, pp.251-256 (1951)
http://www.pnas.org/content/37/5/251.full.pdf?sid=585970d7-d233-401b-84a1-c5a4668381d9

8)David Eisenberg、The discovery of the α-helix and β-sheet, the principalstructural features of proteins. Proc. Natl. Acad. Sci. USA vol.100, pp.11207–11210 (2003)
http://www.pnas.org/content/100/20/11207.full

9)J. D. Watson et al., Molecular Biology of the Gene 6th edn, Chapter 5, Cold Spring Harbor Laboratory Press (2008)

10)Padayatty S, Riordan H, Hewitt S, Katz A, Hoffer L, Levine M (2006). “Intravenously administered vitamin C as cancer therapy: three cases”. CMAJ vol.174 (7), pp.937-942. PMID 16567755.

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2017年1月13日 (金)

やぶにらみ生物論56: アミノ酸

しばらく核酸のお話がつづきました。かなりつっこみましたので、このあたりで少しタンパク質の話題にワープしようと思います。核酸とタンパク質は生命現象の両輪であり、バランス良く理解を進めることが必要です。

タンパク質は約20種のアミノ酸からなる生体高分子ですが、まずその構成要素であるアミノ酸のお話から始めましょう。最初にアミノ酸を発見したのはフランスの薬剤師・化学者ルイ=ニコラ・ヴォークラン(1763 - 1829)と彼の助手だったピエール=ジャン・ロビケ(1780 – 1840、図1)です。彼らは1806年にアスパラガスから高純度のアミノ酸を抽出し、その性質を研究してアスパラギンと命名しました(1,2)。またアンリ・ブラコノー(1780 - 1855、図1)は1820年にゼラチンの分解物からグリシンを発見しました(3)。

結局ほぼすべてのアミノ酸が発見されるまでには100年の歳月を要しました。日本のアミノ酸研究者としては池田菊苗(1864 - 1936)が有名です。彼はグルタミン酸の発見者ではありませんが、このアミノ酸のナトリウム塩が「だし」のうまみ成分であることを発見しました(4)。

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A_2最初にタンパク質の一次構造、すなわちアミノ酸が並ぶ順番を解明したのはフレデリック・サンガー(1918 - 2013、図2)でした。これによって、アミノ酸のみがつながってタンパク質を構成していることもわかりました。

後にはすでにふれたsnRNAや、補酵素・補欠分子族などを分子に含むものも見いだされましたが、基本的にタンパク質はアミノ酸がつながってできています。

サンガーはこの業績によって1958年のノーベル化学賞を受賞しましたが、後にDNAの塩基配列を決定する方法も開発して、1980年に2度目のノーベル化学賞を受賞しています(5、6)。

サンガーが解明したのはインスリン分子におけるアミノ酸の配列ですが、その前にアミノ酸の略号による表記を図3に示しておきます。3文字を用いる場合と1文字を用いる場合があります。

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図3の1文字による表記(例えばアラニンはA、アルギニンはR、・・・)を使ってインスリン分子の構造を示したのが図4です。サンガーが使用したインスリンのサンプルは牛の膵臓から抽出して、何度も結晶化することによって精製されたものです。アミノ酸の配列は動物種によって多少異なります。ですからヒトなどほかの生物のインシュリンのアミノ酸配列が教科書などに出ている場合、この配列とは異なる可能性があります。

インスリン分子は単にアミノ酸がタンデム(直列)につながったものではなく、A鎖(21アミノ酸)・B鎖(30アミノ酸)の2列のアミノ酸が、システインのところでS-S結合(ジスルフィド結合)を形成し、接続された構造になっています(図4)。

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タンパク質の構造については後に述べることとして、まずタンパク質の構成要素であるアミノ酸についてみていきましょう。生物に含まれるアミノ酸はいろいろバリエーションはありますが、基本的には図3に示した20種類です。すべてのアミノ酸分子は炭素原子を中心として、これにカルボキシル基(COOH)、アミノ基(NH2)、水素(H)、側鎖が結合しています(図5)。この4つの要素がすべて異なる場合、図6のように鏡像の構造体=エナンティオマー(対掌体)が存在し得ます。4つの要素の中心になる炭素を不斉炭素(アシンメトリックカーボン)と呼びます。

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対掌体は光線を当てたときの回折方向が異なるので、以前は光学異性体と呼ばれていました。対掌体のふたつの化合物はそれぞれD体、L体と呼ばれます。アミノ酸の場合、生物はほぼL体のみを用いてタンパク質を合成します。ただ希にD体を使用する場合もあるので、DL変換を行なうアミノ酸ラセマーゼという酵素も存在します(7、8)。

アミノ酸のうちグリシンはRの部分が水素(H)なので、図7のように鏡像を構成する物質は120度回転すると同じになってしまいます。したがって対掌体は存在しません。またプロリンは通常のアミノ酸と構造が異なりますが、対掌体(光学異性体)は存在します(9)。

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アミノ酸は側鎖Rの構造によって、異なる性質をもつグループに分類できます。図8に示したのは中性で疎水性のグループです。球形のタンパク質をつくる場合、外側の水と接する部分を親水性のアミノ酸、内側を疎水性のアミノ酸にすれば、うまく球状の分子構造を形成することができます。また細胞膜の外側と内側に親水性、細胞膜内部に疎水性のアミノ酸を配置すれば、細胞膜を貫通するタンパク質のデザインとして好適となります。疎水性のアミノ酸をさらに細かく分類すると、芳香族のトリプトファンとフェニルアラニン、それ以外の脂肪族のグループに分けられます。

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次に中性で親水性のグループを図9に示します。1級アミド(CONH2)や水酸基など水と親和性が高い分子パーツを持っています。極性分子グループと分類されることもあります。

極性とは分子の片側に電子が偏って存在することを意味します。水も極性分子で、電子は酸素側に偏っています。したがって水に極性分子を混ぜると、電子が豊富な部位と、足りない部位が引き合ってうまく混合し、溶解度は高くなります。酵素は通常水に溶解した状態で作用するので、特に表層は親水性のグループで被われている必要があります。

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図10には塩基性、図11には酸性のアミノ酸を示します。塩基性のアミノ酸は特に核酸との相互作用を行なう上で重要です。酸性のアミノ酸はその反応性の高さを利用するため、酵素の活性中心に位置する場合があります。

図11に示したプロリンは特異なアミノ酸で、アミノ基がありません。その代わり5員環のNHがアミノ基の役割をしていて、他のアミノ酸のカルボキシル基と反応して結合することができます。これによってアミノ酸鎖の角度を変えることができるので、球形分子などを形成するときには重要な役割を果たします。タウリンはカルボキシル基を持たず、代わりにスルホン基(-SO3H)を持っていますが、タンパク質には含まれず単独分子で機能します。

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植物のような独立栄養生物はすべてのアミノ酸を自前で合成できますが、従属栄養生物はアミノ酸をエサとして取り込む必要があります。ヒトの場合一般に、図12に示される9種類のアミノ酸を外界から摂取する必要があります(10、11)。

ヒスチジンは体内で作られますが、急速な発育をする幼児の食事に欠かせないことから、1985年からこれも必要なアミノ酸として加わるようになりました(12)。なお、アルギニンは体内でも合成され、成人では非必須アミノ酸ではありますが、成長の早い乳幼児期では体内での合成量が十分でなく不足しやすいため、準必須アミノ酸とされています。

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一般に肉食動物は自分とほぼ同じアミノ酸バランスの食事なので栄養的には優れていますが、それを続けていると次第にアミノ酸合成を行なう酵素に進化的欠陥が発生し、必須アミノ酸が増える可能性が高くなります。図13で猫とヒトを比較していますが、アルギニン・チロシン・システインなどについては、ヒトと比べて猫は要求性が高くなっているようです。

また猫はタウリンを合成できません。タウリンは、心臓の筋肉や目の細胞に多く含まれ、タウリンの欠乏は 網膜の異常(失明につながることもあり) 拡張型心筋症(発病すると死に至る…)や子猫の発育異常 免疫不全 などの原因になります(13、14)。

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とはいえ草食動物でも羊がシステインを合成できないなどということもあり、腸内細菌にアミノ酸合成を行わせる(草食動物の腸は長い)場合もあって、必須アミノ酸のお話もそう単純ではありません。アブラムシはその細胞内にブフネラという細菌を飼っていて、必須アミノ酸をつくらせているというような極端な場合もあります(16)。シロアリはなんと窒素固定細菌を腸内に飼っていて、空気中の窒素からアミノ酸をつくらせているそうです(17)。

 

参照

1)http://www.a-creation.jp/basic/history/

2)http://andantelife.co.jp/aminoacids/aminoacids.htm

3)https://glycine-corp.com/2016/08/11/what-is-glycine/

4)大越 慎一:うま味の発見と池田菊苗教授、東京大学理学部広報
http://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/story/newsletter/treasure/02.html

5)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%AC%E3%83%87%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%82%AC%E3%83%BC

6)Antony O. W. Stretton、The First Sequence: Fred Sanger and Insulin、Genetics vol.162, pp.527–532 ( 2002)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1462286/pdf/12399368.pdf
http://www.genetics.org/content/162/2/527

7)山根隆 D-アミノ酸の効率的合成に関係する酵素の構造と機能  Japanest NIPPON (2011)
http://japanest-nippon.com/jp/mbinfo/mb_detail1.php?cid=1&id=12

8)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%9F%E3%83%8E%E9%85%B8%E3%83%A9%E3%82%BB%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%82%BC

9)http://www.tennoji-h.oku.ed.jp/tennoji/oka/OCDB/Protein/proline.htm

10)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%85%E9%A0%88%E3%82%A2%E3%83%9F%E3%83%8E%E9%85%B8

11)馬渕知子 タンパク質を構成する9種類の「必須アミノ酸」とは? 
http://www.skincare-univ.com/article/011704/

12)山口迪夫 食事:ヒスチジンが必須アミノ酸と考えられる理由
http://www.nutritio.net/question/FMPro?-db=question-bbs.fp5&-lay=main&-Format=detail.htm&hatugenID=97&-Find

13)岩田麻美子 猫の栄養学講座 タンパク質
https://allabout.co.jp/gm/gc/69259/all/

14)http://lifecuration.link/post-2725-2725

15)http://www.weblio.jp/wkpja/content/%E3%82%B7%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A4%E3%83%B3_%E7%BE%8A

16)理化学研究所 プレスリリース(2009)
http://www.riken.jp/pr/press/2009/20090310_2/

17)理化学研究所 プレスリリース(2015)
http://www.riken.jp/pr/press/2015/20150512_2/

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