カテゴリー「心と体」の記事

2009年6月 4日 (木)

死神タンパク質 p53

140pxcolumn_temple_artemis_ephesos_ p53 というタンパク質は医学的にはがん抑制のエースなのですが、生物学的にみればまさしく「死神」といって良いタンパク質です。写真はギリシャ神話における死神タナトスです。

生物が生きていくための情報はDNAに含まれていますが、その情報を使うために、まず細胞の核のなかでDNA情報のコピー(転写)が行われます。p53 はDNAに結合して、このコピーの段階に介入します。細胞が危機に陥ったときに、p53 は細胞分裂を止めるための情報や細胞自殺を司る情報のコピーを強化します。結果的に細胞が死に導かれることも当然あります。

この意味で p53 は細胞にとって「死神」です。しかし異常な細胞が増殖を無秩序に繰り返した場合、結局癌になって個体の生命を奪うことにもなりかねません。細胞の「死神」である p53 は、個体にとっては「救いの神」でもあるわけです。

以前このブログで自己貪食について述べました。自己貪食は生物がひとつの細胞であった時代(酵母など)から存在し、飢餓などの悪条件で生き延びるために、自分自身の一部を分解してエネルギーを得るというシステムです。細胞内に生じたゴミを処理するという役割もあります。細胞にとっては「救いの神」と言えるものです。では酵母に「死神」は必要でしょうか?

その答えは明らかです。単細胞生物がたとえ癌細胞のように無秩序に増殖したとしても、誰も困らないわけです。もちろんこれはエラーが生じたときの話で、日常的に異常な増殖をする(そのような場合、染色体やDNAに異常が発生する)ようでは種の存続に問題が生じるので、もちろん単細胞生物といえども日常的には増殖はきちんと制御されていて、正しく親細胞と同じ娘細胞が2個生じるようになっています。ではありますが、もちろん単細胞生物にとって「死神」は生存のために必要ではありません。

一方多細胞生物は、構成する細胞がそれぞれ別の機能を持ち、全体の連携によって生存するわけです。個々の細胞が勝手に増殖しては全体のバランスが保たれません。腸や血管が細胞で詰まると、たちまち個体は死の脅威にさらされます。したがって異常な細胞を殺すことは個体の生存にとって重要で、「死神」あるいは死刑執行人が必要となります。

「死神」である p53 はDNAに結合して、DNA情報のコピーに関与すると上記しましたが、p53 はその実体であるタンパク質の別の部位を使って、DNAとは無関係な細胞質においても、細胞を死に導く作用を持っています。すなわち p53 はひとつのタンパク質が複数の機能を持っているわけです。

実は細胞に含まれるミトコンドリアは昔独立の生物だったのですが、ヒトがまだ単細胞生物だった頃、細胞内にとりこまれて共生をするようになったと言われています。ミトコンドリアはホストに多くの遺伝子を奪われましたが、その見返りなのかホストを死に導くシステムを獲得しました。p53 はその自殺システム(あるいはミトコンドリアによる自殺的反乱-ホストが死ねば自分も死ぬ)を起動する機能を持っています。

最近わかったことは、「死神」p53 が「救いの神」である自己貪食を抑制するという機能を持つということです(1)。詳しいメカニズムは検討中だそうです。ところが面白いことには自己貪食を司るオートファゴソームという細胞内の風呂敷のようなものは、ミトコンドリアをすっぽり包んで殺すこともできるのです。まさしく細胞の中は殺すか殺されるかの修羅場です。ミトコンドリアが殺されてしまっては、死神も自殺システムを起動することができません。

このような非常に重要な機能を持っている p53 ですが、普通このような場合、一つの遺伝子がつぶれても他の遺伝子が代わりを務めるようなスペアが存在するのですが、p53 にはそのようなものは存在しないようです。これは p53 が細胞を死に導くいくつかのラインを持っているので、一つが突然変異によって不活化されても、p53タンパク質の変異を受けなかった部分によってほかのラインが働き、なんとかなるということがその要因ではないでしょうか。

それでもほとんどの癌で p53 の遺伝子が変異しているか、p53タンパク質の量や機能が抑制されているというのは驚異です。これはまた p53 の遺伝子治療が成功すれば、多くの癌が縮退するだろうという期待にもつながるものです。

1) Cytoplasmic functions of the tumor suppressor p53. DR Green, G Kroemer, Nature 458, 1127-1130 (2009)

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2009年5月25日 (月)

自己貪食(オートファジー)と脂肪

Autophagy貪食(ファゴサイトーシス)というとモーゼの十戒を思い出しますが、医学・生物学的には血液中などに存在するマクロファージや好中球という細胞が、細菌などの病原体や異物が侵入したときに、それらを食べて細胞内で消化し、無害化するという機能を意味します。これらの細胞は体の中を常時パトロールしています。

これに対して自己貪食(オートファジー、写真)というのは、このような特殊な細胞だけでなく、一般の細胞が持っている機能です。具体的には細胞の一部を膜で囲い込んで、その内容物を分解します。何のためにこのような機能があるのかをみつけたのは大隅良典博士らで、酵母では餌が少なくなったときに、自らの細胞質にあるタンパク質を脂質の膜のなかに取り込んでアミノ酸に分解し、こうしてできたアミノ酸を栄養源として生き延びることがわかったのです。この機能を担う遺伝子を欠損する変異体は飢餓に耐えられない弱い細胞になります(1)。

その後このような機能は多くの生物が共有してるばかりでなく、そのほかにも様々なバリエーションがあることが明らかになってきつつあります(2)。ヒトの場合も、飢えると肝臓などでオートファジーが増加して、エネルギーと栄養源としてのアミノ酸を供給することが知られています。ウィキペディアのオートファジーの項目をみても、いらないタンパク質の分解が特に強調されています。

ところが最近、自己貪食(オートファジー)によって脂肪滴が分解されて、エネルギーと脂肪酸が供給されることがわかりました。つまりオートファジーを薬で止めると、脂肪の蓄積が増えます(3)。というわけで、オートファジーを促進すれば、どんどん脂肪が分解されて効果的なダイエットができる・・・という可能性が示されたわけです。

1) Tsukada M, Ohsumi Y.:Isolation and characterization of autophagy-defective mutants of Saccharomyces cerevisiae., Isolation and characterization of autophagy-defective mutants of Saccharomyces cerevisiae. FEBS Lett. 1993, 333, 169-74
2) Nishikori K, Morioka K, Kubo T, Morioka M.: Age- and morph-dependent activation of the lysosomal system and Buchnera degradation in aphid endosymbiosis., J Insect Physiol, 2009, 55, 351-357
3) Singh et al.: Autophagy regulates lipid metabolism., Nature, 2009, 458, 1131-1135

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2009年5月14日 (木)

男と女

164pxchromosome_y_svg_2 元参議院議員でタレントの野中昭如は、昔クロード野中という名前で「黒の舟歌」を歌っていたそうで、後に長谷川ひろしがカバーして、この曲をさらにヒットさせたと聞いています。私自身はこの曲は加藤登紀子の歌で知っています。冒頭「男と女の間には 深くて暗い川がある・・・」という歌詞がありますが、さてその深くて暗い川とは何でしょうか?

もちろん男と女の違いはXX、XYという染色体構成の違いに基づくものということがわかっています。ヒトは23対46本の染色体を持っていますが、オスのXYというペアは、他の染色体ペアとは異なり、本当のペア(相同染色体)ではなく、ただ一緒に行動すると言うだけの見せかけのペアなのです。その証拠にX染色体には1098もの遺伝子があるのに、Y染色体(図)にはたった78しか遺伝子がありません。つまりほとんどのX染色体上の遺伝子は、オスの場合ペアとなる相手の遺伝子がいないということになります。それだけオスの方が遺伝情報のスペアがなく、脆弱な生物だということです。

さてそれではY染色体上の78の遺伝子には、X染色体上にペアとなる遺伝子があるのかというと、あるものとないものがあります。ペアがある遺伝子は図の染色体の上端と下端に限局して存在し、その他の中央部分にある、おそらく50個弱の遺伝子が相手がいない、男だけが持つ遺伝子だそうです。このなかには精巣をつくるSRY遺伝子、精子を作るDAZ遺伝子、背を高くする遺伝子などがあります。だいたいは男の肉体的特徴に関係したもののようです。男と女の間の深い川をつくるのはこれらの遺伝子だけなのでしょうか?

メスはXXという染色体構成ですが、これまでの研究で片方のXは不活化されて、通常はすべての遺伝子が発現を抑制されているとされていました。しかしカレル博士等の最近の研究(1)により、実は本来の15%位は発現していて、場合によっては75%以上発現しているものもあるらしいです。とすれば男のX染色体は~100%の発現ですが、女では175%くらいまであり得るということになります。しかもやはり最近のネルソン博士らの研究(2)により、X染色体に含まれる遺伝子の少なくとも10%が「知恵遅れ」に関与していることがわかりました。すなわちX染色体はこころの問題に大きく関わっているようです。

そうすると「深い川」の要因としてY染色体ばかりでなく、X染色体もかかわっている可能性があるのでしょう。女性の場合、脳のある部分の細胞におけるX染色体の発現の程度により、女度 1 の人から、2 に近い人までのバラエティーがあるのかも知れません。1 に近い人は、体の性的特徴は完全に女性でもメンタルにはほとんど男で、逆に 2 に近い人は究極の女性ということになります。そういえば、男との間の深い川なんて全く感じさせない女性もまわりにいますよね。

1) L Carrel and HF Willard: Nature 434, 400-404 (2005)
2) DL Nelson and RA Gibbs: Nature Genetics 41,510-512 (2009)

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2009年3月24日 (火)

胃のポリープ

3186 3月はともかく忙しい毎日でした。そんな中で泣きっ面に蜂というか、胃に多数のポリプが見つかり精密検査を受けることになりました。写真は私の胃のレントゲン写真で、矢印で3つだけ示してありますが、多数のポリープがあります。素人でもよくわかります。

鼻から内視鏡というのもやりました。これは口からに比べて大幅に楽です。昔はポリープがあるとすぐに切除したもので、私もとられましたが、今はともかくバイオプシーで組織をとって検査してから、ということになっているようです。

そういうわけで今回はバイオプシーのみ。担当医の話では「まあ悪性じゃないでしょう」ということでしたが、検査結果が出るのは2週間後。で2週間後に結果を教えてもらえるのかというとこれが甘い。3週間近くまで予約が一杯で、その後じゃないとダメって事で、日本で病院にかかるのは大変なことだと実感しました。

それにしても腸に多数のポリープができるのは有名な病気ですが、胃にできるというのはめずらしい病気なのではないでしょうか? ただ胃のポリープは癌に発展しにくいというのが救いです。

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2008年12月30日 (火)

ダイエットと寿命

1 マウスやラットでは食餌制限を行うと、寿命がのびる事が知られています。今年になって京都大学で線虫でもダイエットすると寿命が延びることが明らかになって、新聞で報道されました。

http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/3958810
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/8409187?ordinalpos=1&itool=EntrezSystem2.PEntrez.Pubmed.Pubmed_ResultsPanel.Pubmed_DiscoveryPanel.Pubmed_Discovery_RA&linkpos=5&log$=relatedreviews&logdbfrom=pubmed
http://news.goo.ne.jp/article/kyodo/life/health/CO2008121501000391.html

しかしここで注意しないといけないのは、実験動物のマウスやラットを飼育するときは、彼らに必要な栄養成分がバランスよく配合されている飼料が使われているということです。

人がダイエットすると、必要な栄養素が極端に足りなくなるおそれがあります。例えば各種ビタミン、ミネラル(ナトリウム、カリウム、カルシウム、マグネシウム、鉄、亜鉛、コバルト、クロム、マンガン、セレン、モリブデン etc.)などは食べ物によって偏って含まれている可能性が高く、必要量を確保するだけ食物を食べてしまうと、他の栄養素(炭水化物など)を過剰に摂取することになってしまう(当然肥満におちいる)かもしれません。

平安時代には平均寿命が20歳代だったと言われています。この短寿命の要因の第一は疫病だと思われますが、栄養の問題もあったのでしょう。
http://www.taishitsu.or.jp/aging/aging6.html

源氏物語の中で、光源氏は40才になって「老人になってしまった・・・」と言っていますが、現在と比べると自然な老化もかなり早かったのでしょう。当時の貴族階級でも、食事は粗末なもので、ご飯・干物・豆・野菜くらいと考えられています。現代に比べて早い老化の進行は、栄養不足も大きな要因だったのでしょう。

したがって、マウスやラットでダイエットが寿命をのばすからといって、人でも同様だろうというのは怪しい推測です。特に偏った食事をしている人が、そのまま食事の量を減らすと、栄養失調に陥る可能性は高いです。もちろん肥満がいろいろな疾病につながることも事実なので、どの辺で妥協するかというのは微妙な問題です。少なくともその人の食生活や体質によって、どのくらいの体重が適切であるかは異なるでしょう。胴回りが何センチ以上がメタボリックシンドロームだなどと一律に規定するのは暴論です。

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2008年12月 9日 (火)

メラノーマと癌幹細胞説

800pxwb032021 2008年12月4日号の「Nature」誌の表紙は、癌研究者にとって衝撃的なものだったでしょう。

http://www.nature.com/nature/journal/v456/n7222/

一枚のシャーレ中の顕微鏡一視野のなかにあるメラノーマ(悪性黒色腫)細胞のいくつかがつくった癌の写真が掲載されています。メラノーマというのはほくろの癌といわれる通常黒い色の皮膚癌で、転移しやすい悪性の性質をもつとされています。写真はウィキペディアからひろってきました。

癌を作る能力がある細胞かどうかは、いままでその細胞を免疫力をほとんど失った特殊なマウスに移植して、癌が出来るかどうかで判定していました。それによれば、メラノーマも含めてマウスに癌をつくることが出来る細胞は人の癌組織の細胞のうち 0.1-0.0001% にすぎないとされていました。このことから癌組織の中に特殊な癌幹細胞というものがあり、この細胞が癌を大きくしたり、転移した場所で増殖する上で必須であるという考え方が流行していました。この考え方に基づけば、癌幹細胞さえやっつければ癌を退治できるということになります。

Quintana 博士らは、癌細胞の判定に用いるマウスをより完全に免疫能を失ったものに替えると、ヒトの癌細胞をマウスに移植した場合に癌ができる確率が飛躍的に増加し、メラノーマの場合だと25%の細胞が癌をつくる能力を持っていることを証明しました。したがって上記の表紙のように、顕微鏡一視野内の細胞の多くが癌をつくるということになりました。

これで癌幹細胞説は大きなダメージを受けました。ただ注意しないといけないのは、実際にヒト生体内にある癌組織の25%の細胞が、癌の拡大や転移に関係しているわけではあり得ません。患者の癌細胞は、免疫力のないマウスの環境とは全く異なる環境におかれているからです。このような制限された環境では、一部の選別された細胞のみが増殖や転移可能であるということは当然考えられ、この論文の著者もそれは認めています。それにしても、このような細胞を、正常組織の幹細胞とのアナロジーでとらえるというのはおかしな話だと思います。

参照: E. Quintana et al., Efficient tumor formation by single human melanoma cells. Nature 456, 593-598 (2008)

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2008年10月24日 (金)

タバコと感染症

250pxzwei_zigaretten現在世界には11億人の喫煙者がいて、これは15才以上の三分の一の人がタバコを吸っていることを意味します。

タバコを吸う人は好中球増多症になりやすく、これが引き金になって肺や血管の病気にかかることがあります。好中球というのは白血球の半分くらいを占める細胞で、主に血液中に侵入してきた細菌を取り込んで殺す機能を持っています。血液に出てきてからたった1-2日で死んでしまうという、哀れな消耗戦士です。

好中球が増えるのは結構なことじゃないかと思われるかもしれませんが、あまり増えすぎると、細菌だけじゃなく生体にも悪影響を与えるのが困ったところです。殺虫剤をまきすぎると、人にも被害が出るのと同じ理屈です。

Xu 博士らは薬剤により好中球に分化する細胞株を使って、ニコチンの影響を調べました。この結果ニコチンはこの細胞の増殖・分化・細胞形態の何れにも無関係で、ニコチン摂取が直接的に好中球を増加させることはないらしいとの結果を得ました。ただ好中球の殺菌機能は低下させるとのことです。すなわち喫煙者は感染症にかかりやすくなる理由が明らかになりました。これを防ぐために、好中球が増える人がいるのでしょう。

さらに興味深いのは、ニコチンがこの細胞の MMP-9 (MMP というのはマトリックスメタロプロテアーゼといって、タンパク質を分解する酵素のひとつです)の分泌を促進するということです。MMP-9 は主にコラーゲンなど皮膚の繊維性タンパク質を分解する機能があり、皮膚の新陳代謝や、血管がのびていくときに道をあけていく作用などを引き受けているようです。

MMP-9 は生体にとって必要な酵素ですが、これが増加すると癌が転移しやすくなるといった副作用が発生します。従って癌患者にとっては喫煙は好ましくありません。感染症の患者にとっても、上記の理由でもちろん喫煙は好ましくありません。

しかし肺線維症などの患者について考えてみると、喫煙によって繊維が分解されるというのは好ましいことかもしれません。ニコチンを注射して治療するなどということも、将来あり得ると思われます。

Minqi Xu et al: BMC Cell Biology 2008, 9:19 doi:10.1186/1471-2121-9-19 (15 April 2008)

この雑誌はオープンアクセスで下記から閲覧できます
http://www.biomedcentral.com/1471-2121/9/19

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2008年8月 3日 (日)

パンドラ

240pxpandora 「パンドラ」ってジェームズ・メイソンとエヴァ・ガードナーの昔の映画もあるらしいですが、ここはWOWOWで放映したテレビドラマ「パンドラ」の話。井上由美子氏の大傑作。本も幻冬舎文庫で出版されています。

パンドラはギリシャの神ゼウスが人間に災いを与えるためによこした女性で、もっていたパンドラの箱をあけて、疫病、貧困、罪などの厄災が飛び出し、あわてて閉めたときには箱の中に希望しか残っていなかったという神話が有名です。図はウィキペディアにあったパンドラの絵です。手にパンドラの箱を持っています。

このドラマでのパンドラの箱とは、病院の片隅で人にバカにされながら、18年もがんの特効薬の研究をしていたある医師がついに発明したその薬です。その薬をめぐって大学、病院、警察、政府、製薬会社などが暗闘を繰り広げる医療サスペンスですが、実にストーリーがエキサイティングで引き込まれます。

俳優陣も脚本がいいので思い切り感情移入してみんな大熱演。とくに主役の医師をやっている三上博史は壮絶な名演で胸をかきむしられるようなシーンの連続です。厚生労働大臣役の小野武彦も、ものすごいエネルギーで心をゆすぶってくれます。この人こんなすごい俳優だっけ? 殺人犯として追われながら、最初の治験患者となるのは谷村美月、三上の友人女医は小西真奈美。彼女たちもなかなかの熱演です。刑事役の柳葉敏郎のクサい演技もそれなりにはまっていて、そんなに気になりませんでした。

評判非常に良いみたいなのでDVDもそのうち出るでしょう。

遺伝子を細胞内に運ぶベクターの研究はなかなか大変です。それが遺伝子治療には最も重要なのはだれでもわかるのですが、すこしずつ成果を小出しにして研究室の維持をはかるということができないので、研究費切れで終了することになりがちで、大学など日々成果を上げていかないと生き残れないようなところではもたないのです。十分な設備と研究費があって数年間はほっといてくれるようなところでないと、うまくいく可能性は少ないでしょう。

番組ホームページは↓
http://www.wowow.co.jp/dramaw/pandora/

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2008年7月16日 (水)

肥満と脂肪細胞の数の関係

1_2 太るとかやせるとかいうのは、脂肪細胞に脂肪がたまるかどうかによるのであって、脂肪細胞の数が増えたり減ったりするためではないというのが、これまでの常識であり、確かにそうなのです。

(図は電子顕微鏡による脂肪細胞の断面図 右半分が脂肪滴、その左の狭い領域に核やミトコンドリアが見える)

ところがスポルディング博士らスエーデン・カロリンスカ研究所のグループが、数百人の人について調査をしたところ、太った人のグループとやせた人のグループを比較すると、太った人のグループは、20才くらいまでにやせた人のグループの倍くらいの数の脂肪細胞をつくり、その数はずっと年取るまで維持されることがわかりました。

また肥満の治療で胃を小さくする手術をした人について調べてみると、手術によって体重が減少した場合も、脂肪細胞の数は減っていないことがわかりました。

つまり個々の人について言えば、太るやせるは細胞の数の増減ではないのですが、太っている人はもともと脂肪細胞の数が多いということがわかったわけです。

さらに彼らは地上で核実験していた頃に人のDNAに蓄積していた炭素の放射性同位元素14Cの量を調べました。14Cは地上での核実験が禁止されるとたちまち宇宙への拡散や海への吸収でほとんど消滅しました。もしその頃の脂肪細胞がそのまま年取っても残っていたとすれば、当時と同じ量の同位元素が検出されますし、同位元素が次第に減っていったとすると、細胞の数には変わりがないわけですから、一部の細胞が死に、一部の細胞が分裂して増えたということになります。計算すると一年で10%くらいの細胞が入れ替わっているという結果が出ました。

したがって肥満を防ぐには、子供の頃に脂肪細胞が増えるのを阻止すればいいわけです。そんなうまい方法が見つかるかどうかは疑問ですが、とりあえず大人になってからじゃ間に合わないのが残念。

研究の結果、脂肪細胞は結構しぶとく生き残っているんだなと思いました。8年経っても半分は生き残っている計算になります。さらにその数は成人になってからはかなり厳密に制御されているというのも驚きです。子供の頃には脂肪細胞はどんどん増えるので、この制御機構は成人になってはじめて機能するものです。

参照:KL Spalding et al:Dynamics of fat cell turnover in humans. Nature 453, 783-787 (2008)

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2008年6月23日 (月)

がん抑制のエース p53

Swan_cygnus 「がん遺伝子」というのは考えてみれば奇妙な言葉です。がんを引き起こすために存在する遺伝子などというものは、生物の生存にとって有害なので、そもそもそんな遺伝子ができるわけもなければ、進化の過程で保存されるわけもないのです。これはもともと医学関係者ががんに関係していると考えられる遺伝子をそう呼んで定着してしまった言葉です。

ウィキペディアによれば、「ある正常な遺伝子が修飾を受けて発現・構造・機能に異常をきたし、その結果、正常細胞の癌化を引き起こすようなもののことをいう」と定義され、「修飾を受ける前の遺伝子をがん原遺伝子 (proto-oncogene) 」と呼ぶということになっています。まあ「がん遺伝子」でも「がん原遺伝子(がん原因遺伝子ともとられかねない)」でもたいして変わりはないと思いますが・・・。がん責任遺伝子という呼称は、これらよりはいいかもしれません。

細胞の正常な増殖や分化には無数の遺伝子がかかわっており、どれが変異しても癌になりかねないと昔は考えていました。ですから50%以上のがんに p53 遺伝子の異常がみられるということがわかってきたときには大きな衝撃を受けました。p53 の研究はいまでもがん研究のひとつの中心であり、超巨大なサイトもあります↓。

http://p53.free.fr/

このサイトの p53 story http://p53.free.fr/p53_info/p53_story.html

の冒頭にアンデルセン童話の「みにくいあひるの子」が引用されています。このお話のあらすじは「アヒルの群の中で生まれたひな鳥が、他のアヒルの子に似ていないからという理由でいじめられる。アヒルの親は七面鳥のひなかも知れないと判断した。周りのアヒルからあまり辛く当たられるので逃げだし、他のところでやはり醜いといじめられながら一冬を過ごす。生きることに疲れ切ったひな鳥は、殺してもらおうと白鳥の住む池に行く。いつの間にやら大人になっていたひな鳥はそこで初めて、自分はアヒルではなく美しい白鳥であった事に気付く(ウィキペディアより)。」というものですが、なぜこんな引用があるかというと・・・。

p53 の p はプロテインのP、53は分子量53,000の意味ですから、誠に素っ気ない命名です。ゲノムの守護者ともいわれる重要なタンパク質なのでもっとかっこいい名前がついていても良いと思いますが、あまりに機能が多岐にわたり、紆余曲折もあったのでいい名前をつけるチャンスを失ったということかも知れません。1979年に発見されているのですが、当初研究に使われていた p53 遺伝子は、すでに変異をもったものだったので、それによってがんが引き起こされてしまい、「p53 遺伝子はがん遺伝子の一種である」という不名誉なラベルを貼られてしまいました。

その後、実は変異を持っていない遺伝子はがんを抑制するということが判明して、みにくいあひるの子が白鳥になったと言うわけです。もっともがん遺伝子もがん抑制遺伝子も、変異がなければ生物にとって重要な役割を果たしているわけですから、あひるだ白鳥だなどと差別する方がおかしい訳ですが、専門家向けのサイトでもこのような有様なので何をかいわんやです。

多くのがんで変異が見られるので、昨年から p53 の変異の検査が健康保険で受けられるようになりました。これは変な p53 が体内にできたときに、それに対する抗体が血中に現れるので、その抗体の有無を検査するものです。いまのところがんの疑いがなければ受けられないようですが、これが集団検診で受けられるようになれば、がんの早期発見におおいに有効、というかそうしなければこの検査の意味があまりないと思われます。

最近では p53 はアンチエイジングにも有効という報告があって、一部で注目されているようです(1)。

1: A Matheu et al. Delayed ageing through damage protection by the Arf/p53 pathway. Nature 448, 375-379 (2007)

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2008年5月21日 (水)

へその緒の効用

1人体の表面は唇・乳首などの一部を除いて、すべて角質化して死んだ表皮細胞から成り立っています。しかしその0.何ミリメートルか下には生きている細胞があり、なかでも垢となってはがれ落ちる皮膚を補填するための細胞分裂をしている最下層の細胞層を基底細胞層といいます。

基底細胞層の下には真皮(繊維芽細胞やコラーゲンからなる)があり、その下に脂肪や筋肉があります。基底細胞層より上には血管がないので、真皮まで切らないと出血しません(図)。

生まれたばかりの赤ちゃんはへその緒をつけていますが、このへその緒の表層の細胞は角質化していなくて、顕微鏡で調べると表皮の細胞とはかなり異なる形をしていることがわかっています(1)。ところが順天堂大学の溝口将之博士らは、この細胞を真皮の細胞の上で培養することによって、まるで表皮の細胞のように見事に角質化することを示しました(2)。

さらに細胞表層マーカー、インテグリンのサブタイプ、ケラチンの種類などを調べると、へその緒の表層細胞は見た目に反して、実はその性質は表皮の基底細胞そっくりだということがわかりました(2,3)。このことは皮膚を移植するかわりにへその緒を移植してもいいのではないかということを意味します。へその緒はほとんどの場合捨てられてしまいますが(昔は捨てずにタンスの奥の方に大切に包んで保管するという習慣があったようですが)、培養して保管しておけば、適合する患者に移植できると思われます。近いうちに実用化されるかもしれません。

1) Hoyes: J Anat (1969) 105, 149-162
2) Mizoguchi et al: J Dermatol Sci (2004) 35, 199-206
3) Ruetze et al: J Dermatol Sci (2008) 50 ,227-231

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2008年4月21日 (月)

幹細胞のDNA

細胞は増殖しますが、バクテリアと真核生物ではちょっと違う点があります。バクテリアの場合、ともかく自分と同じ細胞を複製すればよいわけですが、真核生物の場合それだけではわけのわからない細胞のかたまりができるだけで、生物の形をつくることができません。生物の形をつくるには骨も筋肉も皮膚も、その他もろもろの多様な細胞が必要です。

そのためには、細胞が分裂したときに親の細胞とは違う子供の細胞が生まれなければいけません。その子供の細胞が骨や筋肉や皮膚になっていくわけです。ただ全ての子供の細胞がそのように分化していいかというと、そうではなくて、親と同じように未分化な細胞もないといけません。例えば皮膚からは毎日垢がでますが、これは細胞の死骸です。ということはそれだけぶんの新しい細胞が補充されているということを意味しています。すなわち、分化した細胞はいずれ垢のようになって死ぬ運命にありますから、細胞を補充するという役割を持つ未分化な細胞がある程度残されていなければ、たちまち皮膚の細胞は枯渇してしまいます。

このような未分化な細胞には幹細胞が含まれています。幹細胞はバクテリアのように自分自身を複製することができると同時に、皮膚になっていずれ垢になって死んでいく細胞をつくることもできます。

Dna_2 昔からこの幹細胞にはオリジナルDNAのセットが含まれているというセオリーがありました。細胞が分裂するときにDNAも複製されるのですが、このときのコピーの作業によって、ゼロックスコピーも何度も繰り返すと画質が劣化するように、DNAもわずかに劣化します。それはコピー機の場合ほど露骨ではありませんが、やはりエラーが発生してわずかな変化が生じることを避けることはできません。

今までのセオリーでは、幹細胞は分裂したときに必ず図1のように黒色のオリジナルDNAセットを持つ子供の細胞をつくり、これによって劣化していないDNAのセットを保存して、一生涯の間狂いのない細胞を生み出すことができることになっていました。Aは自己複製時、Bは分化細胞を生み出す際の細胞分裂を示します。

Dna2_2 しかし Kiel 博士らが造血系の幹細胞について詳しく調べたところ、図2のように幹細胞にも分化する細胞にもDNAはランダムに配分され、幹細胞だけが原本のDNA(黒色)、分化する細胞はコピーのDNA(赤色)という配分(図1B)にはなっていないことが判明しました。これまでのセオリーの根拠となる実験がどうして間違っていたかというと、幹細胞の確定的なマーカーを使って実験をしていなかったことに原因があるとのことです。

そうなると長く生きていれば、幹細胞のDNAも次第に劣化してくるということで、ある意味当然な、しかし残念な結果ではあります。また今回確認されたのは造血系のみということで、皮膚・毛髪の幹細胞などについてもいずれ検討することが必要でしょう。

文献: Haematopoietic stem cells do not asymmetrically segregate chromosomes or retain BrdU. Kiel et al (2007) Nature 449, 238-242

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2008年4月 8日 (火)

エリスロポエチンと毛髪

1エリスロポエチンは赤血球の製造をうながすホルモンで腎臓でつくられます。したがって腎臓の機能が低下するとエリスロポエチンの生産が低下し、貧血になります。現在ではこの種の貧血の治療のため遺伝子工学でつくられたエリスロポエチンが、医薬品として製造・販売されています。

マラソン選手が高地でトレーニングすると、低酸素状態を体が感知してエリスロポエチンを増産し、赤血球をたくさん作ろうとします。こうして血液中の赤血球の数を増やし、そのまま低地におりてきて赤血球が減る前にマラソン大会に出ると、他の人より赤血球の数が多いので酸素供給が楽になり、良い成績が期待できます。まあ一種の合法的なドーピングのようなものです。ただ気をつけないといけないのは、血球が増えるので血液の容量が増えて血圧が上がるという副作用があります。

最近低酸素状態にすると、腎臓だけでなく毛(毛包)でエリスロポエチンがつくられることが分かりました。そればかりか毛はエリスロポエチン受容体もつくることができて、自分自身で増殖の制御ができるようです。放射線治療で頭髪が抜けてしまったようなときに、エリスロポエチン投与が有効かもしれません。将来皮膚に塗布してエリスロポエチン受容体を活性化するような医薬品ができれば、有力な増毛剤になるかもしれません。

私事ですが、昔エリスロポエチンを使って仕事をしていたことがあるので、不思議な縁があるなあと思いました。

文献:Human hair follicles are an extrarenal source and a nonhematopoietic target of erythropoietin
Bodo, E., Kromminga, A., Funk, W., Laugsch, M., Duske, U., Jelkmann, W., Paus, R. 2007 FASEB Journal, 21 (12) pp. 3346-3354.

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2008年2月13日 (水)

献血にかわるもの

1輸血に必要な血液細胞を施設で培養して供給することができると、献血に頼らずに輸血ができます。私も若い頃は赤血球関係の仕事をしていて、これはひとつの夢でした。当時私が撮影したハムスター胎仔の A:赤芽球(幼若な赤血球)と B:赤血球の写真です。

理研のバイオリソースセンターのグループはその夢の第一歩を踏み出す成果を報告しました。彼らはマウスES細胞(胚から得られる万能細胞)から、培養系のなかで次々と赤血球を生み出す細胞系を確立しました。この細胞を貧血のマウスに投与すると症状は顕著に改善され、しかも癌の発生もまったくなかったということで、もしヒトでも同様な細胞系ができれば輸血に必要な赤血球を供給できることになります。そしてその日も遠くない感じがします。

培養初期以外は、SCF、EPO、IL-3、デキサメタゾンの4因子を加えて培養することがポイントだそうです。学術的にはいわゆる造血幹細胞のように、さまざまな血液細胞やその他の細胞のもとになる細胞ではなく、赤血球だけつくるという単能性細胞であるにもかかわらず自己複製能力があって、長期間培養で維持できるというのが興味深いところです。彼らはこの細胞系をMEDEP(mouse ES cell-derived erythroid progenitor line) と呼んでいます。

論文:Establishment of mouse embryonic stem cell-derived erythroid progenitor cell lines able to produce functional red blood cells. T. Hiroyama et al., PLoS One vol.3, no.2, e1544 (2008)

余談:哺乳類が生み出した核のない赤血球はひとつの芸術作品です。核つまりDNAがなくても100日以上機能を遂行できて、脳の微細な毛細血管でもつまりにくいコンパクトな細胞にデザインされています。しかも白血病はしばしば発生しますが、赤血球の癌(赤血病)は極めてまれな病気です。細胞分化のお手本のような細胞系なわけです。しかし私がデザインを任されたら、鞭毛を持って自分で泳いで移動できる赤血球にしたいですね。そうすれば心臓がバクバク動いて高速血流を発生させる必要もありません。ずいぶんのんびりした生物になりそうですが、みんなそうなら問題ありません。

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2007年12月13日 (木)

エレガントな生き方

250pxc_elegns_dic_s 線虫の仲間である Caenorhabditis elegance は生物学に関心のある者なら誰でも聞いたことある名前でしょう。ヒトの消化管に寄生するカイチュウと同じ線形動物の1種で、そのまま小さく体長1mmになったという感じです。


(写真 
http://weboflife.nasa.gov/celegans/questionsshow.htm より)。

ただし elegance は寄生虫ではなく、自分でエサをとって生きていく生物です。Caeno は最近のと言う意味。rhabditis は棒、elegance はそのままエレガンス(優雅)という意味です。Emile Maupas が最初に Rhabditis elegans と命名し、後に Gunther Osche がこの名前に修正したそうです。「最近の優雅な棒」ってことですか。

それにしてもエレガンスとはよくも命名したものです。動きは決してエレガントじゃなくてピンピンはねるような感じですが、研究するにつれてこの生物こそ、その名前にふさわしい構造を持ち、生き方を実行していることが明らかになってきました。C.elegance は多細胞生物の中で、最初にすべてのゲノムDNAの配列が解明された種です。なんとたった97メガベースのDNAに19,000個の遺伝子が含まれていました。国際ヒトゲノムシークエンシングコンソーシアムの最近の結論では、ヒトの場合、3ギガベースのDNAに22,000個の遺伝子があるそうです。あれれ、ほとんど遺伝子の数は変わらないじゃないですか。

実際調べるにつれて、ヒトの遺伝子のほとんどは、似たような遺伝子がエレガンスにもあることがわかってきました。例えばアルツハイマー病の一因であるβアミロイドを切断するタンパク質もエレガンスに存在します。デュシャンヌ型筋ジストロフィーの原因タンパク質(ジストロフィンというとても風変わりなタンパク質)の遺伝子もエレガンスは持っています。マルファン病の原因タンパク質(フィブリリン)の遺伝子もエレガンスに存在します。

ヒトには60兆個の体細胞があるとされていますが、エレガンスはたった1000個くらいしか細胞がありません。それで神経、筋肉、咽頭、消化管、皮膚などの組織をつくります。自分でエサを探して食べ、危険を察知して逃げるなどの学習行動もできます。エサが少なくなると変身して、2ヶ月くらいエサなしで生きていくことができます。普段は雌雄同体なのですが、オスの個体をつくって生殖することもできます。

この生物の全ての細胞は、ひとつの卵からどうやって生まれて、どういう運命をたどるのか明らかになっています。この研究でサルストン博士らはノーベル賞を受賞しました。彼は細胞一つ一つに色素を注入し、ひたすら顕微鏡を見続けて、細胞がどこに移動してどういう変化をするかを見届けるという途方もない研究を、驚異的な忍耐力でやりとげたわけです。すべての細胞の運命がきちんと定められているということがわかりました。

こうしてみると、ヒトに比べていかにC.エレガンスという生物がエレガントな生き方をしているかということが分かります。普段私たちが目にする動物は脊椎動物か節足動物(あとは食卓のイカとタコくらい)ですが、実は線形動物は土の中に1億種類くらいいて、目立たない生活をしているそうです。これが本当だと地球上の大部分の生物種は線形動物ということになります。なかなかあなどれませんね。

細胞系譜図:http://www.wormatlas.org/userguides.html/lineage.htm
線虫について:http://weboflife.nasa.gov/celegans/questionsshow.htm 

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2007年8月13日 (月)

成体での毛包新生

1

創傷治癒部位(傷が治った部位)からの毛包新生。

トカゲのしっぽは切っても再生しますが、哺乳類の足は切ったら二度と生えてきません。しかしどんな臓器も再生しないかというと、肝臓や皮膚のように再生することが可能な臓器もないわけではありません。

毛も再生することができる臓器のひとつです。例えばヒトの頭髪の寿命は4-5年で、寿命が尽きると抜け落ちますが、また同じ毛包から新しい毛が生えてきます。ただしその皮膚の深部に隠されている毛包が破壊されると、再生は不可能とされていました。実際毛包の再生が可能ならハゲの治療も簡単にできるはずでしょう。

毛包ができるのは生まれる前後の短い期間だけで、たとえばマウスやラットなら生まれる数日前から数日後に形成され、それ以降は形成されません。しかし最近ペンシルベニア大学医学部の M.Ito 博士らは、背中の皮膚を傷つけたマウスが治癒するときに、新しい毛包が形成されることを発見しました(文献1)。しかもそれは胎仔・新生仔のときと同様、真皮の細胞の誘導によって表皮の幹細胞からできることを彼女らは示しました。

重要なのは傷のサイズがある程度以上大きいことが必要だということです。傷が小さいと周りのアダルト組織の影響を受けて、胎仔・新生仔のような幼若な環境が作り出されないと考えられます。ヒトの場合大きな傷だと縫合したり、薬を塗ったり、ガーゼや包帯で覆ったりして、この実験のような環境がつくりだされることはまれだったので、なかなか発見できなかったものと思われます。現在彼女たちはヒトでも研究を進めていますが、未発表ながらマウスと同様な結果が得られそうらしいです。

このような研究結果は、成体にある幹細胞が条件さえ整えば、今まであり得ないと思われていたような臓器をつくることができることを示しており、今後の幹細胞の応用研究に勇気を与えるものです。その意味で Ito 博士らの研究は価値あるもので、Nature 誌に顔写真入りで紹介記事が掲載されています(文献2)。ポストドクの日本人としては大変な快挙でしょう。ちなみに白鳥英美子似の美人。次世代毛髪研究のリーダーの誕生です。

1) Ito et al. : Wnt-dependent de novo hair follicle regeneration in adult mouse skin after wounding. Nature 447, pp.316-320 (2007)
2) Making the paper. G. Cotsarelis and Mayumi Ito. Hairs in wounds after hope for organ regeneration. Nature 447, no.7142 p.xiii (2007)

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2007年7月27日 (金)

黄禹錫(ファン・ウソク) 転落の経緯3

多くのマスコミやネットサイトは黄禹錫を熱烈に擁護しようとしましたが、時が経過すると共に、卵子売買疑惑だけでなくあちこちからほころびが出てきました。1)論文に添付された11株の培養細胞の写真が、実は2株の写真をフォトショップなどを使って変形するなどの方法で作られた水増しであったこと(今見ると、どうしてこんな素人でもすぐわかる「見え見え」の工作に編集者が気がつかなかったか不思議です。結局どれだけインパクトのある内容かということが重要視されるあまり、通常の査読はおざなりになっているということが証明されたようなものです)。2)ES細胞は免疫機能を破壊したマウスに移植すると腫瘍をつくりますが、黄禹錫は11株のES細胞すべてについて腫瘍をつくったと言っていましたが、これはウソで2株しか作っていませんでした。3)11株のES細胞は黄禹錫が証拠隠滅のため殺したはずだったのですが、たまたま殺し損なった一株について、ドナーの患者毛根細胞とDNAが一致しないという結果が出ました。これらのことは黄禹錫の実験が架空のものであることを強く示唆しています。

そしてついに2005年12月15日になって、黄禹錫は「ES細胞はひとつもない」と告白しました。黄禹錫と共同研究者の盧聖一・文信容はサイエンス誌に論文の撤回を要請し、ようやく事件は終息に向かいました。黄禹錫を最後まで擁護していた東亜日報編集局長はこの日、30分も局長室に閉じこもって誰にも会おうとせず、ひとりで考え込んでいたそうです。

今回とりあげた著作 「国家を騙した科学者」李成柱(イ・ソンジュ)著 ペ・ヨンホン訳(2006)牧野出版刊 はこの事件を通して、韓国社会・マスコミや韓国人の病巣にせまった労作です。事件の細かい真相に関心のあった私としては、ちょっとスケールが大きすぎる本だったので、ある意味期待はずれだったのですが、李成柱氏の努力には拍手を送りたいと思います。最後に李成柱氏は純粋な学術方面でも「よくわかっている」人で、このような人が科学マスコミ界をリードしてくれると有難いと思いました。以下彼の言葉です。これは隠れた事件の本質をついています。

「ES細胞は人の体に入れたら魔法のように機能するわけではない。ES細胞の研究でもっとも重要なのは、いかにしてES細胞を、人体にある2百十もの細胞のうちの特定の細胞だけに分化させ、特定の機能を持てるように作るかにある ・・・中略・・・ ES細胞の基本メカニズムに関する基礎研究は(韓国は)先進国の足元にも及ばない。誰も語ろうとしてこなかったが、これが韓国のES細胞研究の限界であり、韓国科学の悲しい自画像だ。韓国政府は基礎研究に対する支援には冷たい。種を蒔こうともせずに実だけをとろうとする。そんな風潮の中でマスコミと大衆がなにかの結果を目の当たりにすると、砂上の楼閣にすぎない結果に歓喜してしまう」

日本も国立大学がすべて半民営化され、資本主義の海に飲み込まれようとしています。この本でも論文ねつ造の例として紹介されている東大の某教授は、特許庁で特許をくれと土下座したそうです。千円札の野口英世は、実はほとんどなんの業績もない科学者です。NHKをはじめ日本のマスコミは大衆や政府の圧力に耐えられるでしょうか??? 他国の話だと笑っていられるでしょうか?

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黄禹錫(ファン・ウソク) 転落の経緯2

黄禹錫達のグループの2004年の論文は、242個の卵子を使って1回成功したという内容なので、他の研究者が追試してうまくいかなくても「ツキがなかった」とか、「腕が悪かった」とか考えてあきらめてくれるかも知れませんでした。卵子の入手方法の違法性についても、当事者が口をつぐんでいれば証拠もなく、そのうちうやむやになってしまうような雰囲気もありました。しかし韓国科学界の星に祭り上げられ、切手まで発行された黄禹錫としては、このまま何も成果があげられないという状況にはとどまれないところに追い込まれていました。そしてついにそれまでの小悪党からジャンプアップして、科学史に残る大悪事に手を染めることになったのです。

2005年の6月(電子版は5月)になって、11人の難病患者から皮膚細胞の核を取り出し、それぞれ別人の卵子に移植してES細胞を作るのに成功したという内容の論文を「サイエンス」誌に発表しました(下記3)。これはものすごいインパクトのある論文でした。もしそれぞれの患者の遺伝子を持ったES細胞が維持培養されたとすると、そのES細胞を使って正常な組織を作り、患者に移植すると、拒絶反応がおきないわけです。これは多くの難病患者にとって大きな福音と思われました。しかも今回は18人の女性から185個の卵子をもらって、11株ものES細胞を作ったというのですから驚異の結果でした。まあまともな研究者ならこれは眉唾ものだと思うでしょう。しかし問題は著者リストの最後にジェラルド・シャッテンという、この分野で著名な科学者の名前があったので、なんとサイエンス誌に受理されてしまったわけです。

3.Patient-Specific Embryonic Stem Cells Derived from Human SCNT Blastocysts. Woo Suk Hwang, Sung Il Roh, Byeong Chun Lee, Sung Keun Kang, Dae Kee Kwon, Sue Kim, Sun Jong Kim, Sun Woo Park, Hee Sun Kwon, Chang Kyu Lee, Jung Bok Lee, Jin Mee Kim, Curie Ahn, Sun Ha Paek, Sang Sik Chang, Jung Jin Koo, Hyun Soo Yoon, Jung Hye Hwang, Youn Young Hwang, Ye Soo Park, Sun Kyung Oh, Hee Sun Kim, Jong Hyuk Park, Shin Yong Moon, and Gerald Schatten
Science 17 June 2005: 1777-1783.

韓国内の反応は尋常ではありませんでした。黄禹錫は政府に「第一号科学者」に認定され、毎年30億円の研究費が保証されました。彼の研究は完全に国家プロジェクトに昇格しました。このとき黄禹錫は何を考えていたのでしょうか? このいかさまは、これまでとは違って必ずいつかバレます。それはわかっていたでしょう。おそらく多額の研究費を手に、なんとか1株でも神頼みででも成功させて、サイエンス誌に出した株はみんな死んだことにでもして逃げ切ろうと考えていたのでしょう。

しかし砂上の楼閣は内部から崩れ始めました。黄禹錫の使った卵子は金銭で得たものであり、研究の内容も信用できないという内部告発がテレビ局MBCに寄せられ、MBCのスタッフが調査をはじめると、韓国国内でブローカーの介在で卵子の売買、代理母の手配などが行われていることが明るみに出て、警察も動き出しました。黄禹錫の共同研究者であるミズメディ病院理事長の盧聖一(ノ・ソンイル)も捜査の対象になったことは、黄禹錫にとって大きな痛手だったでしょう。シャッテン教授はこれらを受けて、黄禹錫との共同研究を打ち切ると発表しました。これも大きな痛手でした。MBCは調査の内容を「黄禹錫神話の卵子売買疑惑」として時事ドキュメンタリー番組「PD手帳」で2005年11月22日に報道しました。

黄禹錫はさすがに観念したか、記者会見を開いて卵子提供に倫理的問題があったことを認めて謝罪し、いっさいの公職を辞任すると発表してソウル大学病院に入院してしまいます。ところがこれが終わりではなく、大騒動のはじまりだったのです。韓国の偉大な科学者をおとしめるとは何事かとMBCにキャンドルライトを持った抗議の群衆が押し寄せ、その後も激しいバッシングでスポンサーが降りて「PD手帳」という番組自体が打ち切りになってしまったのです・・・つづく。

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2007年7月26日 (木)

黄禹錫(ファン・ウソク) 転落の経緯1

「国家を騙した科学者」李成柱(イ・ソンジュ)著 ペ・ヨンホン訳(2006)牧野出版刊

著者李成柱はこの著書の中で述べています「科学における真実は、検察の捜査とは違って世論の影響など受けない」。逆に言えば、世論は科学における真実の敵であり、世論におもねる多くのマスコミ、政府、検察、それに御用科学者達はすべて科学的真実の敵となったというのが、韓国における黄禹錫(ファン・ウソク)事件の本質でしょう。これは韓国の特異性もあるとは思いますが、世界中どこでもおこりうることです。世界で最も科学が進んでいるはずの米国のカンサス州などでは、世論の力で進化論が否定されようとしている(すべての生物は知的計画=神によって作られた)という現実もあります。

著者は長年東亜日報で医学関係の記事にたずさわっており、この方面には知識が豊富な記者でしたが、事件の前にたまたま会社に留学させてもらって1年間米国に行っており、帰ってきてからは別の部署に配属になりました。しかしこの問題を黙視できず記事を書くと月刊誌ですら没になり、これでは自分で出版しないと活字にならないと考えて東亜日報を退職し(その日から奥さんは仕事を探しに走ったそうです)、真相追求をはじめました。確かに真相を予測できる者にとって、狂気のような告発者バッシングを行うなど常識を失ったマスコミの中ではいたたまれないないというせっぱつまった気持ちはよく理解できます。

黄禹錫教授は牛だけが財産の貧農の家に生まれ、苦学してソウル大学獣医学部に入学、卒業してもまともな仕事がなくて非常勤講師などで食いつないでいたようですが、1984年ー85年に北海道大学に留学したことから彼の未来が開けます。北大で金川弘司博士から人工授精やクローン技術についての知識を授かり、帰国してソウル大学教授の職にありつきます。そして1993年に韓国ではじめて牛の人工授精に成功したそうです。これには正直驚きました。人工授精の技術はソ連で第一次世界大戦の前に確立され、1930年代末にはソ連で150万頭の牛、1500万頭の羊が人工授精で生まれています。日本でも太平洋戦争後20年くらいのうちに全国に普及しました。そのくらい獣医学について韓国は後進国だったわけです。日本は農耕、韓国は牧畜がルーツの国という先入観があったので、これは意外でした。日本に1年留学しただけで、帰国してすぐに教授になれるわけです。

しかしその後彼の仕事はめざましく進展し、牛のクローン、BSE耐性牛のクローンを次々に作製し、2004年にはヒトクローン胚由来のES細胞をとりだして培養することに成功したと「サイエンス」誌に論文を発表しました(1)。

1.Evidence of a Pluripotent Human Embryonic Stem Cell Line Derived from a Cloned Blastocyst. Woo Suk Hwang etal: Science 12 March (2004) vol.303, pp.1669-1674

この内容は要するに、女性から採取した卵細胞(=卵子、ここでは受精を完了した卵すなわち受精卵の意味とします)から核を取り除き、同じ女性の卵丘細胞(卵細胞を保護管理する細胞で、卵のような生殖細胞ではなく体細胞)の核を移植した後、電気ショックを与えて卵細胞に細胞分裂を促し、ES細胞(胚性幹細胞)を作ったと言うものです。ES細胞は受精卵のように父親と母親のDNAが入っているのではなく、母親のDNAしか入っていないので、もしこのES細胞をもとの女性に移植したとすると、拒絶反応はおこらないと考えられるところがメリットなわけです。

ヒトES細胞の作製自体は皆それほどあり得ないことだとは思いませんでした。牛や羊では既報の成果ですし、ヒトでもES細胞の培養は非常に難しいとはいえ、多くの卵子(卵細胞)の提供があれば、たまたま培養の条件設定に成功しても不思議ではないというレベルの仕事です。実は後で述べる2005年のねつ造論文に加えて、この2004年の論文もねつ造であったとソウル大学の調査委員会は結論しました。しかしそれは2006年になってからのことで、2004年当時における問題は、どうやってその242個という多数の卵子を手に入れたかということでした。

これは異例なことだと思いますが、「サイエンス」誌に論文が出てすぐ、ライバルの「ネイチャー」誌が卵子の入手経路に問題があるという記事を、編集者の責任で発表しました(下記2)。特に共同研究者のひとりの女性が、はじめは自分の卵子を提供したと言っていたのに、あとで言葉を翻したことに注目しています。この記事を出すに当たっては、おそらくネイチャー誌が信頼できる内部告発者がいたものと思われます。

2.Ethics of therapeutic cloning: A moment of triumph for South Korean science appears to have been marred by doubts about lab practice. Nature vol.429 p.1 (2004)

このような問題があったにもかかわらず、韓国政府は黄禹錫に国家最高の勲章を与え、SPの警護をつけて、総面積千坪という黄禹錫バイオ臓器研究センターの設立計画を発表しました。ここまで祭り上げられると黄禹錫も後にひけなくなり、データねつ造の泥沼に転落していくことになったのでしょう・・・・・つづく。

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2007年4月22日 (日)

傷の治療:最近の考え方

Photo_134最近普通の絆創膏とはことなる、キズパワーパッドという製品が発売されています。これは傷口をなるべく湿潤状態にして治療しようという新しい考え方に基づくものです。

ヒトや動物の皮膚には多くの細菌が普段から住み着いていて、何事もなく生活しています。そして皮膚に傷ができた場合、傷口でこれらの細菌が必ず異常繁殖して化膿するかというと、そうではなく、普通の傷口は自然に治癒してしまいます。浅い傷だとまわりから表皮の細胞が増殖して伸びてきて傷口をふさぎ、深い傷だとまず肉芽組織ができて、その後表皮が伸びてきて傷口をふさぎます。本来ヒトにも動物にも傷を治癒する能力はそなわっているわけです。

夏井睦先生らの考えによりますと、消毒薬というのは細菌を殺すだけではなく、のびてくるはずの表皮の細胞や肉芽細胞まで殺してしまうので、傷口を消毒するのは有害なのだそうです。確かに消毒に有効な濃度のアルコール(70%程度)なら、接触した細胞は即死します。傷口に土やガラスなどの異物がついていたときは、生理食塩水か、なければ水道水で洗うだけのほうがよほど良いということです。

化膿するのは、傷口に特別に細菌が住みやすい環境が形成されることが原因だそうで、ガーゼ、包帯、絹の手術糸、壊死した組織などがその住みやすい特別な環境を形成します。これらが傷口に直接接触することによって、異様に細菌が増えて、化膿してしまうというわけです。

もうひとつ傷の治癒に有害なのは、傷口を乾燥させてしまうことだそうです。確かに培養細胞など飼っていますと乾燥は大敵で、もちろん水分がなければ細胞は即死しますが、培養液の塩分が少し濃くなっただけでも、細胞の増殖には非常に有害です。従来は傷口がじゅくじゅくしないように乾燥させて直すという考え方だったわけですが、傷口を乾燥させると、伸びてくるはずの表皮の細胞や肉芽細胞が死ぬか、元気がなくなってしまうので、この意味では確かに有害です。

というわけで、最近ではとくに褥瘡の治療に、サランラップのようなシールで被覆して治療するというような方法が普及してきているようです。褥瘡の原因は複雑ですが、夏井先生らによると、より単純な原因による普通の傷の治癒の場合などは、この方法がより有効で、従来の方法より数倍早く治癒するそうです。

そこで最初に述べたキズパワーパッドという、あたらしい考え方の絆創膏が発売されたというわけです。これはハイドロコロイドという素材でできていますが、その他にも用途によって様々な傷被覆用の素材が開発されており、外科手術も含めて傷の治療のシステムが革命的な変革の時期を迎えているようです。

ただ、すべての場合にこの考え方でよいかというと、そうでもないのが生命現象の奥深さで、カミソリですぱっと切れたような傷の場合、細胞の増殖より傷口の癒着が優先されるので、普通のバンドエイドの方が良いかもしれません。

下の参考文献は医学の本ですが、たとえ話やジョークが満載で、素人でも面白く読ませていただきました。それにしても、考えてみれば当たり前と思われるようなことが、最近まで全く無視されていたということは、ある意味医業界の頭の固さを示しているとも言えるでしょう。

参考書:

創傷治癒の常識非常識 消毒とガーゼ撲滅宣言 夏井睦(なついまこと)著 三輪書店(2004)


夏井先生のHP: http://www.wound-treatment.jp/next/sengen.htm

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2007年4月16日 (月)

皮膚をこすると・・・

1_3 私が子供の頃、流行していた健康法に「寒風摩擦」というのがありました。冬に裸になって、手ぬぐいで背中をゴシゴシこするのです。数十分もやっているおじいちゃんもいました。これをやっていると風邪をひかないという話でした。

山岡博士らは、マウスの背中をブタ毛のブラシで30分間ゴシゴシこすって、どんな効果があるか見てみました。すると、こするとすぐに皮膚の神経成長因子が増えて神経の伸長がうながされ、3-7日後にはおおざっぱに言って、皮膚における神経の密度が2倍くらいになるとの結果を得ました。

これにともなって、神経からサブスタンスPなど各種の炎症を誘導する物質が分泌され、血管拡張・ヒスタミンの分泌などが行われて炎症のような状態になります。ですからかゆみのある皮膚炎などの場合に、かきむしるとさらに炎症がひどくなって、症状が悪化するというようなことがあるのでしょう。

とはいえ、できた神経は神経原性の炎症をおこすためだけでなく、本来の感覚神経の役割もはたすと考えられますし、各種のホルモン様物質(サイトカイン)の分泌が促されるということは、免疫系の細胞も活性化されて、風邪の予防にもなるかもしれません。悪いことばかりとも限らないということで、これが寒風摩擦の効能の原理かもしれません。韓国式の「あかすり」も、同じような効果があるかもね。

文献:Yamaoka et al: Changes in cutaneous sensory nerve fibers induced by skin-scratching in mice.

J. Dermatol. Sci. 46, pp.41-51 (2007)

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2007年4月 2日 (月)

禁煙と「ライルの島」

T1 大脳皮質の深部に「ライルの島」と呼ばれる領域があります。図では片方だけ示していますが、左脳・右脳の両方にあります。意識的な衝動に関与しているといわれていますが、中毒性の薬物がほしいという衝動に関係がある場所らしく、注目を集めています。

Naqvi 博士らは、この「ライルの島」に損傷を受けた患者19名と、それ以外の脳の部分に損傷うけた患者50名に禁煙させて、どちらが禁煙しやすいか比較してみました。2年以上毎日5本以上のタバコを吸っていた患者を選んで実験を行いました。

この結果、「ライルの島」に損傷を受けた患者19名のうち13名が禁煙に成功したのに比べ、それ以外の部位に損傷を受けた患者は50名のうち19名しか成功しなかったことがわかりました。このことから彼らは「ライルの島」が喫煙の衝動にも関与していると主張しています。

管理人は脳の専門家じゃないのですが、彼らの説が正しかったとしても、彼らが言っているように、ライルの島のニューロトランスミッター受容体をターゲットとした薬物を開発して投与する、というのはどうかと思いますねえ。少なくともタバコについては、なにもそこまでやらなくてもという気がします。

Naqvi et al.: Damage to the insula disrupts addiction to cigarette smoking. Science 313, pp 531-534 (2007)

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2007年3月 2日 (金)

発掘!あるある大事典の恥が世界に

Photo_94 すでに「発掘あるある大事典Ⅱ」のでたらめは、制作した関西テレビも認めて白日の下にさらされたわけですが、なんと純然たる国際学術雑誌である「Nature」2007年2月22日号でもとりあげられました。

これは納豆ダイエットの関連で米国の大学教授が、自分ではやったことのない実験を、あたかもやったように放送されたり、言ってもいないことを言ったように放送されたことが原因のようです。国内の問題だけならこんなことにはならなかったでしょうが、外国の大学教授まで巻き込んでしまったので、日本は世界に恥をさらすことになりました。レタスでマウスが眠った(図)というねつ造報道も、長村教授のインタビューを引用して、教授はスタッフと共に眠らなかったことを確認したのに眠ったと放送されたと書いています。

日本人はなかなかニュートラルで冷静な立場に立てない、すぐにどーっと付和雷同する軽薄さがあって、フジテレビ系列などはそういう人々向けの放送局であること、すなわち軽薄さを売り物にしているくらいですから、所詮サイエンスなどとは無縁だったということでしょう。納豆ダイエットの放送のあとで、各地のスーパーで納豆が払底してしまったというのは異常です。

このようなことになった一因として、日本では中学・高校できちんとした理科教育がなされていないという問題があります。数学などと違って、理科では○○の原理とか言われていることでも、明日にでもひっくり返る可能性があり、疑いの目を持って教師の話を聞くというのが重要なことでしょう。歴史の教科書に至っては、日本と韓国であまりに違いすぎるのですりあわせをやろうとしているくらいですから。

私たちが翻訳したジェラルド・カープの「細胞生物学」の巻頭言には、「この教科書に書いてあることを疑え」とちゃんと書いてありました。カープは学者として有名な人ではありませんが、彼の教科書はその後版を重ね、今やもっとも優れたもののひとつになっています。

このブログのトラックバックにも、ブログの性格上いろいろ健康関連のものが出ていますが、私もどれが良心的なのか判断しがたいので、明らかに怪しいもの・商売オンリーのもの以外は残してありますが、諸兄には慎重に判断してくださるようお願いします。

参照: David Cyranoski: Japanese TV show admits faking science. Nature 445, pp.804-805 (2007)

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2007年1月22日 (月)

コレステロールを下げる-失敗の巻

Photo_3コレステロールは生体膜などに含まれる生体構成成分として欠かせないだけでなく、ホルモンや胆汁酸の前駆体として重要な物質です。通常食事から得られる量は限られているので、足りない分は肝臓で合成しています。

コレステロールは脂質なので水には溶けにくく、生体内ではリン脂質やリポタンパクの形になっています。コレステロールは俗に善玉コレステロールとか悪玉コレステロールとかに分類されますが、コレステロール分子自体に善玉と悪玉があるわけではなく、リポタンパクの種類に善玉と悪玉があるのです。

しかしその悪玉といっても、有害なだけの物質ではありません。LDLと呼ばれるこのリポタンパクは、肝臓で合成されたコレステロールを、必要とする体の各部域に運搬するという役目があります。一方HDLは血管壁などから余分なコレステロールを回収し、肝臓にもどす役割があります。従って、血管狭窄が招く動脈硬化、高血圧、心疾患を防止する効果があると考えられているわけです。

世界最大の製薬会社ファイザーは、コレステロールをHDLからLDLに移動させるタンパク質CETPに目をつけ、この作用を阻害する薬 Torcetrapib を開発して、1万5千人の患者を対象に18-20ヶ月にわたる治験を進めてきました。この薬の作用によって、LDLが減少し、HDLが増加する効果に期待したわけです。

しかし昨年の暮れに、この薬を処方しなかった対照では死亡者51名だったのに比べ、処方したグループでは82名の死亡者が出たため、この薬の治験を中止すると発表しました。

問題はこの薬自体の副作用がいけなかったのか、それともHDLが増加したことが死を招いたのかということですが、よくわかっていません。HDLにも善玉と悪玉があって、今回は悪玉が増えたという説もあります。いずれにせよ、これによって動脈硬化の治療薬の開発が大幅に遅れることになりました。

参照: When good cholesterol turns bad. Pfizer's heart drug fails clinical trial. H Pearson Nature 444, 794-795 (2006)

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2007年1月 4日 (木)

ライム病

190pxadult_deer_tick 新年会に出席して、友人のひとりが最近ライム病にかかったという話を聞いてびっくりしました。日本ではまだそれほど多くの症例がないそうですが、野生動物が人里にあらわれる機会が増えているようなので、そのうち日本でもありふれた危険な病気になりそうです。

ライム病はマダニ体内の病原体(細菌)が、マダニが人や野生動物にかみつくことによって感染します。マダニは家ダニのように、家の中の畳やじゅうたんにいるのではなく、野や山にいるダニです。こいつに噛みつかれると、数日間血を吸われ続けます。この間、ダニは皮膚の中に頭をつっこみ、尻は外に出ているので見ればわかります。運悪くライム病に感染すると、紅斑ができて、リンパ節が腫れたり、インフルエンザのような症状があらわれたりします。

ここで重要なのは、ダニを押しつぶしてしまわないことです。押しつぶすとかえって病原体をばらまくことになって危険です。そのまま皮膚科を受診することがベストです。フィールドワークをやっている研究者などで、ピンセットの扱いになれている場合は、自分でダニをそっと引き抜いてビンなどに保存し、さされた部分に紅斑ができてきた段階で受診するという手もあります。保存したダニは病原体がいるかどうか調べるのに使います。

初期に治療すれば、抗生物質が効きますので怖い病気ではありませんが、気がつかないでいると数年後に脳が異常をきたすなどの重篤な症状があらわれる可能性があります。こうなると治療はかなり困難となるようです。

参照: http://w3pharm.u-shizuoka-ken.ac.jp/lyme/lyme.html

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2006年12月19日 (火)

ノロウィルス

180pxnorwalk_1 今年はノロウィルスの当たり年みたいですが、これはいわゆる「ネコ風邪」のウィルスと似たウィルスのようです。といってもネコ風邪のウィルス(ネコカリシウィルス)は人には感染しません。ネコを飼っている人はよくご存じの3種混合ワクチンのなかに、ネコカリシウィルスワクチンは含まれています。一方人のノロウィルスのワクチンはまだ開発されていません。

2002年パリ国際ウィルス学会での分類によると、カリシウィルス科ノロウィルス属ということになっています。遺伝子がRNAのウィルスの1種です。

感染は 1.かき、あさり、しじみなどの貝を食べたとき 2.感染した人からうつる場合 のふたつのケースが考えられます。エチルアルコールでは不活化できず、塩素系の消毒剤が有効とされています。また85度1分の加熱で不活化されます。

ここで注意したいのは、かきやあさりの料理は結構半生みたいなのが多いことです。中まできっちり火を通すと味がおちるので、途中で食べてしまう場合が多く、これが感染の原因となるようです。とはいえ、いくら気をつけていても料理人の手からうつる場合(こっちが圧倒的に多いのでしょうが)は避けがたいので困ります。より怖いのはノロウィルスなどより肝炎ウィルスのほうでしょうが、これも生とか半生でかきを食べるのがまずいのです。

感染してしまったら、残念ながらノロウィルスを不活化する薬はありません。下痢がひどいときはスポーツドリンクを人肌にあたためて飲むのがいいようです。下痢止めはかえってウィルスを腸の中にとどめるので、おもいきり下痢して出して しまったほうがよいという説もあります。

参照: http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%83%AD%E3%82%A6%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%82%B9

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2006年12月18日 (月)

低体温体質は得?

Eyes0599 私たち恒温動物は、脳の視床下部という部分に精密なサーモスタットを持っていて、外界がどんな温度でも体温を一定に保つようにコントロールしています。この体温制御のメカニズムも最近明らかになりつつあります。
コンティ博士らは、あるタンパク質 (uncoupling protein 2) を過剰に生産するために、体温が0.3度から0.5度低い遺伝子改変マウスを作製しました。体温が違うミュータント作製というのは、世界初の快挙でしょう。では、このマウスではどんな変化があらわれるのでしょうか? なんとオスでは12%、メスでは20%も寿命が延びたのです。
寿命延長の原因はまだわかっていませんが、おそらくフリーラジカルによる細胞の酸化(老化のひとつの要因と考えられています)が遅れるためではないかと、コンティ博士らは考えているようです。将来体温を下げる薬が売り出されたとしたら、さて買うか否か、どうしましょう?

参照: Conti et al: Transgenic mice with a reduced core body temperature have a increased life span. Science 314, pp.825-828 (2006)

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2006年12月 7日 (木)

赤ワインは本当に心疾患予防に有効

Photo_54 ワインの有効成分の研究といえば、圧倒的にドイツ・フランス(特にドイツ)のものが多くて、業者とつるんでワインを売り込もうといているのではないか、との疑いがぬぐいきれないのですが、今回は英国からのレポートということで、信用してみましょう。

コーダー博士らは、ワインに含まれるポリフェノールの一種であるプロシアニジン(アントシアニンと近縁の化合物)に、血管を拡張させる作用があることを報告しています。その作用機構は、血管収縮物質のひとつであるエンドセリン-1の生合成を抑制するというものです。

この物質のワインにおける含有量については、近代的なワイナリーで生産されたものより、フランス南西部や地中海のサルディニア島などで、旧来の方法で作られたものに断然多く含まれるようです。このためワインをたくさん飲むサルディニアの男性は、冠動脈が詰まるために引き起こされる心疾患から免れ、長寿であることが示唆されています。

しかしこんなことがレポートされる前から、ドイツではプロシアニジンのサプリ錠剤が売られているのには驚きました。

参照: R Corder et al: Red wine procyanidines and vascular health. Nature 444, p.566 (2006)

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2006年12月 2日 (土)

がんを発見する犬

Labradorr_b_i 数年前から犬にはがんを発見する能力があることが国際的な学術雑誌に掲載されはじめました。日本でも外崎肇一博士が、ブラック・ラブラドールリトリーバーの「マリーン」と訓練士の佐藤悠二氏というすばらしいパートナーを得て、積極的に研究をすすめておられるようです。

4歳の雌犬マリーンは患者さんの呼気10ccで100発100中がん患者をかぎわけることができて、なんと前立腺がん、胃がん、肺がん、乳がん、大腸がんなど、あらゆるがんには共通の臭いがありそうなことがわかってきました。ただしこのような「仕事」を成功させるには、犬が優秀であるだけでなく、犬が全幅の信頼を置く訓練士(佐藤氏のような)が必要だそうです。

個人情報保護法の施行以来この種の研究は、医師や病院の協力が得られずかなり困難になっているようです。がんの早期発見に有用な研究なので、法律も運用をきめこまかくやってほしいと思いますね。実際には犬を使って臭いの成分を化学分析によって同定し、それを市販の測定機器のセンサーで検出すればいいわけです。

私は猫派なので、犬は自分で飼ったことはありません。しかし、いろいろ尊敬できるところがある動物だとはおもっていましたが、ここまですごいとは驚きです。

参照: 外崎肇一:がん探知犬 犬との共同研究はむずかしい! ミクロスコピア 24 pp.6-7(2006); 外崎肇一著 「がんはにおいでわかる」 光文社 (2006)

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2006年11月29日 (水)

肺炎とコレステロール

Kif_0459 明後日から師走。いよいよ冬本番で、インフルエンザの流行が怖いですね。肺炎の併発も怖いです。肺炎というのはもちろん肺炎菌がひきおこす病気で、肺炎菌はふだんから喉や鼻の穴に平和的に住んでいますが、免疫抑制剤や抗ガン剤でホストの治療をおこなったり、インフルエンザに感染したときなどに増殖して病気をひこおこすとされています。ほかにもマイコプラズマなどが原因となるものなどがありますが、とりあえずここではおいておきましょう。

ニューモリシンという毒素を持たない肺炎菌は無害なことがわかっているので、ニューモリシンが悪者であることは確からしいのですが、その毒性発揮のメカニズムについては、いまいちわからないことも多いようです。現在わかっているのは、ニューモリシンは分子量が5万3千のタンパク質で、細胞膜のコレステロールと結合して溶血(すなわち赤血球の破壊)を引き起こすことと、補体系を直接活性化して炎症を引き起こすことです。

このことで逆に、細胞膜のコレステロールが細胞の構造維持に重要な役割をはたしていることが証明されたようなものですが(コレステロールは細胞膜で情報伝達に関与する因子が集結するラフトという構造に集まっているようです)、よくわからないのはニューモリシンはもともと細菌の細胞質にあるもので、細菌が死んで崩壊し、中身が細胞膜の外に出てこない限りわるさはしないということです。

これはもともとこの物質が、ひょっとするとホストを攻撃するために細菌がつくりだしたものではないのではないかと思わせます。肺炎菌はホストが健康でも、喉や鼻の穴でひっそり暮らすことができる細菌なので、ホストが死亡してしまったら元も子もないわけです。免疫系の一翼をになう補体系を活性化するというのも、ある意味ホストに手を貸しているとも考えられなくもありません。

もうひとつ不思議なのは、この細菌は増殖してコロニーをつくると、必ず多くの細胞が死んでしまうことです(ある意味、コロニーを作ること自体が自殺行為とも言えるでしょう)。危機(あるいは好機)を感知すると、こういう特殊なやり方で死んだ細胞に含まれる毒素をあたりにまき散らし、生き残りを図っているのでしょうか? そもそも毒素をまきちらすことに意味があるのでしょうか?

いずれにしても、ホストが弱って死にかかったときが、細菌にとっても大きな危機で、ここで生き残って他のホストに乗り移るために、一発勝負するのかもしれません。

参照: http://www.tmig.or.jp/J_TMIG/books/rj_pdf/rj_no205.pdf (アクロバットリーダーが必要です)、Gilbert et al.: Structural basis of pore formation by cholesterol-binding toxins. Int. J. Med. Microbiol. 290 pp.389-394 (2000)

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2006年10月13日 (金)

肥満と睡眠

Eyes0483 1960年頃のアメリカ人は平均8-9時間の睡眠をとっていたようですが、今ではそれが7時間まで少なくなっていることがわかっています。この原因はテレビ、パソコン、深夜営業のディスカウントショップなどいろいろ考えられます。日本でも事情は似たようなものでしょう。睡眠時間の減少と反比例して、肥満の人が増えていることから、両者には何か関係があるのではと言われていました。

コロンビア大学の Gangwisch 博士らは10年間にわたって、1万人近い人について調査し、一日5時間しか睡眠をとらない人達は、7時間以上睡眠をとっている人達に比べて肥満になる確率が高いとの調査結果を発表しました(Gangwisch et al., Sleep, vol.28, no.10, pp.1217-1220, 2005)。

スタンフォード大学の Taheri 博士らによると、睡眠時間の短い人は、血液中のレプチンというホルモンが少なく、グレリンというホルモンが多いそうです(Taheri et al., PLoS Med., Dec;1(3):e62. Epub 2004 Dec 7, 2004)。

しかしこのメカニズムを実験動物を使って研究するのはかなり困難です。なぜなら無理に眠らせないでおこうとストレスを加えると、いろいろなストレスによる効果が出て、実験結果が睡眠時間だけに依存するものではなくなってしまうからです。

米軍では4年間、200万ドルのファンドで、パイロットを覚醒させるために用いるモダフィニルという薬が肥満を導くかどうか調査することになりました。逆に睡眠薬で強制的に睡眠を延長させるとどうなるかについては、どうなのでしょうか? これは自然な睡眠じゃないので、効果は期待できないだろうと考えられているようです。私も遠距離通勤するようになってから、睡眠時間が短くなってしまったので(5時間くらい)、なんとかベッドにいる時間を増やすことができれば、この部分肥満(場所は黙秘)を解消できるでしょうか?

上記の話題は Science 308, pp. 1043-1045, 2005; Nature 443, pp.261-263, 2006 でも取り上げられています。

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2006年10月 6日 (金)

食欲を調節する

Photo_37脳の中心に、視床と視床下部からなる間脳という部分があります。その下半分である視床下部は、意識しないで体の調節を行うという役割を持った、非常に重要な器官です。

具体的には自律神経・ホルモン・体温・食事・飲水・性衝動・感情などを制御する機能を担っています(脳の断面図を参照-クリックで拡大できます)。最近その視床下部に、食欲を調節しているタンパク質があることが判明しました。

発見したのは群馬大学医学部の大井晋介博士らで、そのタンパク質をネスファチン-1と名付けまた。ネスファチン-1をラットの脳に投与すると、濃度に応じて食事の量が減り、逆にネスファチン-1の中和抗体を投与すると(つまり ネスファチン-1 を無効にすれば)、食欲が増進します。

持続的にネスファチン-1を10日間投与すると食事の量は2/3に減少し、体重が減少し、皮下脂肪が20%減少する一方、筋肉は減少していませんでした。一方ネスファチン-1を抑制すると体重が増加することがわかりました。すなわちネスファチン-1 は食欲を抑制するホルモンなのです。

このホルモンを人為的に制御することができれば、ダイエットは簡単にできますし、メタボリックシンドロームを防ぐこともできます。また逆に、カレン・カーペンターのような拒食症による死を防ぐこともできるでしょう。

ちょっと残念だったのは、下記の論文に使われているネスファチンー1抗体の特異性について記載がないことですが、そのうち発表していただけるものと期待しています。

参照; Shinsuke Oh-I et al: Identification of nesfatin-1 as a satiety molecule in the hypothalamusNature, advance online publication 2006/10/1

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2006年7月22日 (土)

角谷さんの本

Sumiya1 学生時代机を並べて生物学を学んだ角谷まゆみさんから、著書が送られてきました。「生命論試論」2006年新風社刊 角谷まゆみ著 という文庫版の本で、キリスト者でありまた科学者でもある著者が、いかにして両者の折り合いをつけるかを思索した内容です。

アメリカのキリスト者の中には、進化論をを信じない人も多く、中岡望氏の文章を引用すると「多くの保守的なクリスチャンは今でも「進化論」を信じていません。 --- 中略 --- 彼らは、「進化論」は必ずしも科学的に証明されていないと主張して、種の起源の”他の理論”も教えるべきだと主張しています。その理論とは「インテリジェント・デザイン」で、その考え方は「生命は複雑であり、科学で解明しきれないことが多い。それは生命の起源の背後に創造主が存在するからである」というものです。要するに、種の起源は、創造主の意思によるものであるという考え方も、学校教育で教えるべきだと主張しているのです」
このような中で、進化論ばかりか遺伝子治療も是とした著者の姿勢は、特にこの本が英訳されたときには、大きな波紋を呼ぶことも予想されます。

私はキリスト者ではないので、この本の核心部分については論評する立場にありませんが、大変興味深く読ませていただきました。

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