カテゴリー「書籍(books)」の記事

2021年3月 4日 (木)

加藤陽子著 「戦争まで」

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それでも日本人は、「戦争」を選んだ という本が面白かったので、「戦争まで 歴史を決めた交渉と日本の失敗」という続編も読んでみました。
http://morph.way-nifty.com/grey/2020/11/post-3525d4.html

この本で一番印象的だったのは、日本に「ハル・ノート」という最後通牒を突きつけて、日本を戦争に追い込んだ元凶とされるコーデル・ハル国務長官が、実は米国政府の中でも代表的なハト派だったということです。

ローズベルト大統領も日本との戦争は避けたいと思っていましたが、モーゲンソー財務長官、スチムソン陸軍長官、アチソン国務次官などは主戦派で、さっさと日本をひねり潰そうとしていたというのが米国政府の勢力分布でした。

中国の日本軍は米国の教会・学校をはじめとする諸施設や軍事施設を再三誤爆してハルの顔をつぶしていたのですが、交渉しようとするハルにとって日本軍の仏印進駐は大打撃でした。さすがに日本に対して経済制裁を行いましたが、進駐が北部にとどまっていた頃には、かなり名目的な制裁であり、日本が実質的に窮地に陥らないように配慮されていたのです。

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当時の仏印の地図 現在のベトナム・ラオス・カンボジアなど

しかし1941年に南部仏印進駐がはじまってからは、これが英国や米国にとって致命的な脅威をもたらすものだったので、一気に事態は悪化していきました。もともと日本海軍は石油の備蓄が米国と開戦した場合には1年しかもたないことを知っていたので、米国とは戦争できないことを政府や国民に徹底すべきだったのですが、そんなことはメンツ上できなかったのが日本を壊滅に追いやることになりました。

それでも日本に対する1941年8月1日からの対日石油全面禁輸は、ハル長官やローズベルト大統領が用務や夏休みでワシントンに不在な時に、前記の主戦派が勝手にやってしまって、ハルやローズベルトが知ったのは1ヶ月後だったという話には驚きました。

ハルはその後もあの手この手で日米交渉によって戦争を回避しようとしましたが(*)、結局日米の主戦派によってぶち壊され、最後はハル・ノートの提示に至ったというわけで、この間の事情を知れば、開戦の本当の経緯を知ることができます。コーデル・ハルは1933年から1944年までの長きにわたって米国国務長官を務め、戦後は国連の創設に尽力して、1945にノーベル平和賞を受賞しています。

私はこの本の著者加藤陽子氏のように、政府がやってきたこと、国民が扇動されてきたことについて正確に検証することは大事なことだと思います。政府の重要な会議の議事録を廃棄したり改ざんしたりすることは許されません。

* 公文書に見る日米交渉
https://www.jacar.go.jp/nichibei/reference/index13.html

 

 

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2021年2月 5日 (金)

「今日の人生」 益田ミリ

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以前にまきちゃんぐの推薦で「腐女子のつづ井さん」という本を読んでみて、あまりに無感動だったので驚いた経験があるのですが、そんな希有な経験があったので、もう一度だけ彼女の推薦にのってみることにしました。

「腐女子のつづ井さん」
http://morph.way-nifty.com/grey/2019/09/post-1e3c2f.html

2度目の挑戦、それが「今日の人生」益田ミリ(2017 ミシマ社刊)。
あらまあ 意外や意外、面白いじゃないですか!

ひとつ紹介しますと、作者が映画館で映画を見た後売店でプログラムを買ったそうです。そのとき販売員の人が「当館ではこれが最後の一冊です」と言って売ってくれたことに感動するというエピソードなんですが、ミリさんはそれが販売員の人の生き方を表していると言うんですね。

それはひとつはミリさんが言っているように「お客さんのことを考えて、こう言えばきっと喜んでもらえる」という、相手のことをいつも考えながら生きている人であることと、もうひとつ人生にはプラスアルファ、美しい生け花とか鳥のさえずりとか寝そべる猫とかが必要で、不要不急ではないひとことだって、それらと同様に大事なんだと言うことなんですね。なんでも要件だけ事務的に済ませて進む人生であってはいけません。

前者はまきちゃんぐのような音楽制作者にも重い問題を投げかけています。自分をそのまま表現することと、それを社会が自分が生活できるくらいは受け入れてくれるかどうか、もっと多くの人にエンターテインメントとして認めてもらえる必要があるのではないか・・・と誰もが迷うところでしょう。ベートーヴェンだって悩んだに違いありません。

わたしがこのことで思い出したのは、スウェーデンのアラン・ペッテションという作曲家です。彼は中年になるまで自分の想念の中を「ぐるぐる周り」する、恐怖と怨念で埋め尽くされた音楽を書いていたのですが、7つめの交響曲で自分の音楽には聴衆がいるということをはじめて意識して曲を書いたのです。それで一部の人々が彼が天才であることに気づくことができました。

そして1973年になってスウェーデン最古のウプサラ大学創立500周年記念式典(1977年)のための音楽を委嘱されました。そうしてできたのが名作の交響曲第12番「広場にて死す」で、これはパブロ・ネルーダの詩に音楽をつけたもので、彼の作品の中で一番自分から離れた作品だったのですが、素晴らしい感動的な作品に仕上がりました。彼の交響曲第7番は、今年都響がアラン・ギルバートの指揮で演奏します。ペッテションが自分という貝殻の中で一生堂々巡りをしていたら、どんなにその音楽が一部の人々にとって感動的なものであっても、それを知ることすらできなかったと思います。

まきちゃんぐの音楽 「赤い糸」
https://www.youtube.com/watch?v=X9F7Qgr9QE4

 

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2021年2月 1日 (月)

日本はいつ建国されたのか?

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菅義偉にパージされなければ加藤陽子氏の名前も知らなかったわけですが、パージのおかげでこの本「戦争まで」(朝日出版社 2016年刊)も読んでみました。おかげでいろんなことを知ることができました。

誰もこの日に日本が建国されたとは信じちゃいない「建国記念の日」がもうすぐやってきます。別に神話に基づく記念日が悪いとは思いませんが、神話ではないちゃんとした歴史書にはじめて日本(倭)という国家が記述されたのは3世紀に書かれた魏志倭人伝でしょう。この歴史書には日本の最初の王として、神武天皇ではなく卑弥呼であることが書かれています。

加藤氏の記述によると、最近の学会では「なぜ卑弥呼を王とした統一国家が生まれたか」ということに関して、魏の脅威という理由が有力になっているそうです。63ページに掲載されている3世紀東アジアの地図を見て驚いたのですが、現在の平壌周辺は魏の版図になっています。北九州の諸国にとって南朝鮮は小国分立(辰韓、弁韓、馬韓など)だったので脅威ではありませんでしたが、巨大な軍事国家である「魏」の朝鮮半島への進出は脅威であり、統一国家を形成せざるを得なくなったのでしょう。ですから卑弥呼を統一国家「倭」の王と定めた日がわかったとすれば、それが正しい建国記念の日です。

当時の北九州の指導者達は、とりあえず諸国の争いをやめて統一国家を造り、王を立てて「魏」に自分たちの統一国家「倭」を臣下の国として認めてもらおう・・・という安全保障上の知恵を働かせたのでしょう。実際魏は金印紫綬を与えて、卑弥呼を親魏倭王に任命しています。

しかしその後中国は混乱し北九州の安全保障も崩壊して(中国に使節を派遣したら、その国はもうなかったというようなこともあったようです)、中国の侵攻にビビリまくっていた豪族達はそれぞれ城を造営せざるを得なくなり、北九州諸国は衰弱してしまいました。その結果近畿地方の王によって倭国は統治されることになりました。実は中国に強力な国家が出現しない限り、日本は(内部抗争は別として)平和です。北九州豪族達の心配は杞憂でした。その後300年くらい倭国は国際的な脅威とは無縁の時代が続きました。

7世紀になって、しばらく弱体化していた中国に強力な「唐」という統一国家が出現し、またもや朝鮮半島に勢力を伸ばしてきました。645年には唐と高句麗との戦争が勃発しました。この頃「倭」国は蘇我・物部の権力闘争でガタガタになっていて、とても唐に対抗できる状況ではなく、それを憂慮した中大兄皇子らは暗殺などによって蘇我家を滅ぼし、天皇主導の中央集権国家を樹立しました。この頃朝鮮半島では高句麗は頑強に唐に抵抗していましたが、百済は660年に滅ぼされてしまいました。これに脅威を感じた中大兄皇子は九州まで出向いて陣頭指揮の下に朝鮮に出兵し、白村江で唐と戦争を行いました。

朝鮮半島まで海軍を送って世界一の大国となった唐と戦うとは、当時の大和朝廷の勢いはすごかったと思いますが、戦争は倭国の完敗に終わりました。668年になって高句麗もついに滅亡し、朝鮮半島は唐の属国である新羅によって統一されました。これをみて、大和朝廷はもう唐と戦っても無駄だと思ったに違いありません。で大和朝廷はどうしたかというと、加藤氏の著書によれば702年に粟田真人を唐に派遣し、「倭」国を廃止し「日本」という新しい国家を樹立して唐に朝貢することで和平を実現したわけです。ですから日本という国家ができたのは702年です。この意味では建国記念の日は、粟田真人が則天武后に会って「日本」という国家名を国際的に宣言した日が正しいのかもしれません。

国 熊木杏里

https://www.youtube.com/watch?v=52PyD80-ESc

 

 

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2020年12月11日 (金)

ガス抜き本

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毎日科学系の本や論文、ウェブサイトの記事などばかり読んでいるとぐったりすることもあります。そういうときに読む本。

小泉政権のときから総理のご機嫌を損ねてマスコミからパージされた政治評論家は何人かいますが、安倍政権になってからはそれがエスカレートして、政権を批判する政治評論家はテレビに出さないというポリシーが確立されました。摘菜収や佐高信もテレビには出演できない評論家です。

摘菜収の「国賊論 安倍晋三と仲間たち」(KKベストセラーズ 2020年刊)は安倍政権の欺瞞と無能をさまざまな観点から徹底的に批判した本です。摘菜収は自分は右翼であると言っています。彼の定義によると左翼は人間の理性を信ずる者たち、右翼は人間の理性を信じない者たちということですが、この定義には非常に考えさせられました。私は理性を信じているので左翼と言うことになりますが、そう単純には割り切れないものがあります。イスラエルは世界で最も非理性的な宗教的団結が強い国だと思いますが、20世紀の科学の驚異的な進歩を牽引したのはユダヤ人です。永遠のテーマだと思います。

私は理論的背景はともかく摘菜の指摘は多くの点で支持できます。安倍政権が行った行為のなかでも、政策を云々する以前に、公文書の改ざんや国会の無意味化は許しがたいと思います。

佐高信は以前にはテレビにもよく出演していたと思いますが、パージを食らった一人です。この「新・佐高信の政経外科 官房長官菅義偉の陰謀」(河出書房新社 2019)はタイトルが適切ではなくて、菅現総理だけをターゲットにした本ではなく、政治評論家をはじめとして政治の周辺にいる人々を評価した、科学の世界でいうピアレビューのようなものです。タイトルが長すぎる上に適切じゃないというのはいただけません。

彼はやや下品な表現が得意なので、かなり刺激的な本です。彼の思想的原点は魯迅にあるそうで、私は魯迅の本は読んだことがないのでよくわかりません。ただ彼はこう述べています「私が権力を追求するのは正義感ではなくて、安倍みたいなとんでもないやつらに楽な思いさせてたまるかって思いですよ」。

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2020年11月23日 (月)

加藤陽子 東京大学文学部教授

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学術会議任命を拒否された6人の中に加藤陽子さんという方がいます。彼女の著書「それでも、日本人は「戦争」を選んだ」(新潮文庫 2009年刊)を読んでみました。

まず気がつくのは、著者はなにがしかのイデオロギーを元に歴史を解釈しようとする人ではなく、純粋に科学者としてフラットな立場から、歴史の中で動いてきた様々な人物や団体の考え方をえぐり出していこうという姿勢に貫かれているということです。

ですから安倍・菅政権がやってきたことはレッドパージよりもひどいもので、自らの政策に反対する者はすべて、たとえ保守派の論客であっても、政治からは独立しているはずの学術会議からもパージしようという、おそるべきものです。彼らは自分たちを支持する周囲の人々には特にやさしいオキシトシン人種なので、羊の皮を被った狼には注意が必要です。

この本を読んで、ひとつ驚いたことがあります。それはあの昭和天皇が「松岡まで靖国神社に合祀されている」ことに不満を述べられたという、その松岡洋右についてです。彼は国際連盟の席を蹴って脱退する映像があまりにも有名で、私も日本を太平洋戦争に導いた責任者のひとりだと思っていて、実際A級戦犯となって病死しているのですが、実は内田外務大臣が彼の進言を尊重していたら、戦争は回避されたかもしれないというこの本のエピソード記述には衝撃をうけました。

松岡洋右はリットン報告書が国際連盟で議論されているときに、これを腹八分目で我慢して受け入れるべきだとの立場から、内田大臣に「ついに脱退のやむなきにいたるがごときは、遺憾ながらあえてこれをとらず。国家の前途を思い、この際、率直に意見具申す」と電報を打っているのです。内田大臣はこの意見をとらず、結局日本は連盟を脱退して戦争への道を歩み始めることになります。

しかし外務大臣になってからの松岡は、結局陸軍の圧力に屈して3国同盟を結んで戦争を推進する立場に転じてしまいました。ウィキペディアによると彼は・・・(外務大臣解任後)日米開戦のニュースを聞いて「こんなことになってしまって、三国同盟は僕一生の不覚であった」、「死んでも死にきれない。陛下に対し奉り、大和民族八千万同胞に対し、何ともお詫びの仕様がない」と無念の思いを周囲に漏らし号泣した・・・という記載があります。

安倍・菅政権は人文科学は不要な科学という立場ですが、では歴代の政府がとってきた政策を誰が評価するのでしょうか? 人文科学は自然科学とは全く異なる学問ですが、表面に見えていることだけでなく、その内側の真理・真実を知ろうとする努力に変わりはありません。

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2020年11月14日 (土)

来年の日記帳

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自分のこれまでの人生のなかで、日記を書こうと思ったことは何度かありますが、すべて途中で挫折しました。しかし今年はコロナ禍の中で、自分がいつどの店に行ったとか、誰と会ったとかは記録しておいた方がいいと思って、なんとか1年間継続して日記を書くことに成功しそうです。成功したらもちろん人生初の快挙です。

今年は普通の高橋書店の日記帳を使いましたが、来年はちょっと気分を変えたいと思って“NOROJOURNEY” の日記帳を買いました。作者の平松さんは本当にNOROという黒猫を連れてヨーロッパを旅する写真家のようです。動物の検疫は大変なので、おそらくヨーロッパ在住の方だと思います。NOROはもう高齢猫になってしまったので心配ですが、なんとか今年もお役目を果たしたようです。

NOROがすごいのは、リードを離してもどこかに行ってしまわないことで、私はミーナでさえも、団地の中でさえも、フリーにすることは怖くてできません。

猫はもちろん旅行は好きじゃありませんが(自然にはあり得ません)、それが習慣になってしまうと、それなりに順応する能力はあるようです。来年はコロナが沈静化して、このノートが棚で埃をかぶるような状況になることを願っています。

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2020年8月 7日 (金)

池田譲 著 「タコの知性 その感覚と思考」

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学生時代によく学食の昼食時間に遅れてしまうことが多くて、そうするとA定食(マグロ刺身)、C定食(日替わり)が売り切れで、残っているB定食(たこ酢)を食べることになります。しかしその後タコは非常に頭の良い生物であることが分かって、犬・猫・サル・イルカなどと同様食材としては好ましくないと思って、なるべく食べないようにしています。この池田譲氏の本は、タコがどう頭が良いのかをいろいろな視点で教えてくれます。著者は農学系の人ですが、食糧資源としてのタコ・イカの研究ではなく、むしろ純生物学的な観点から軟体動物の研究を続けてきた方で、現在は琉球大学理学部で教鞭をとっておられるようです。

学術的な観点で面白かったのは、よく動物の知能を解析する際に図形記憶というのを使うのですが、サルなどはよく画に描かれたさまざまな図形を識別するとされています。タコはある意味ヒトの眼を上回る素晴らしい眼を持っているので、さぞかしいろいろな図形をうまく識別できるだろうと著者も思っていたらしいですが、その実験はうまくいきませんでした。ところが画ではなく立体にして触らせると、タコは様々なかたちを識別できるそうです。専門家はこれをクロスモーダルな認識と言うそうです。つまり画像と触感の両者を統合した形で認識するという意味で、タコはヒトとは異なるクロスモーダルな世界に生きているようなのです。

私がもう一つ面白かったのは、蛸壺を等間隔で並べて1匹ずつタコを住まわせて置いたとき、端の一匹が蛸壺を移動させると(タコは自分の家を持ち歩きます=道具を使うことができます)、間隔が縮まったと思った隣のタコは住処を抱えて移動し、もとの間隔にもどすというのです。その結果別のタコの住処に近くなることは気にしません。しかし近寄られたタコはそれが気になるのです。そして下図(本の図をモディファイして私が作成)のように玉突き方式で次々と転居して、結局最初の間隔にもどるように全員移動することになります。

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これはタコの縄張り間隔の認識を示すものと思わます。しかしこれを社会的行動というのはどうかと思います。逆に単独で生きるという生き方を保障する行動だと思いますよ。ただ同性であっても近隣のタコと「交際」したり、他の個体の卵を育てるということは、この本の記述からそういうこともあるのだろうと納得しました。

最後に爆笑したのは、いつもやっているエサの解凍が不十分だったときに、エサをもらったタコが激怒してヒトに投げ返したという行動です。このとき体色のリング模様も点滅させていたそうです。タコは皮膚の色や模様をいろいろ変化させることができますが、これは人で言えば表情のようなもので、気分や感情によって変化させるのだそうです。

タコは8本も腕があり、それぞれ無数の吸盤がついていて個別にこれらをコントロールして二枚貝の貝殻を開けたりできるそうで、腕が2本しかなくて指も5本という私たちとは全く別世界の複雑な情報処理をタコはできることになります。

なので人間はピアノを弾くとき最大10の音しか同時に出せませんが、タコは4つの鍵盤を使って数百の音を出せるでしょう。ただたたいたときでなく、吸い付けたときに音が出るように構造を変えなければいけませんが。

池田譲著 「タコの知性 その感覚と思考」 朝日新書761 朝日新聞出版(2020)

 

 

 

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2020年5月11日 (月)

池谷裕二著 「単純な脳、複雑な「私」」

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自粛の日々だからといって、特に本を読みたくなるわけではありませんが、ここ半年くらいずっと編集という事務仕事をやっているので頭がカチカチに劣化してきました。これは脳のリハビリのために読んだ本です。

この本「単純な脳 複雑な「私」」(講談社 ブルーバックス)の著者池谷裕二とは、あのNキャスに出演している池谷裕二です。前回は自分の研究室に学徒動員がかかっていて、学生がウィルス採取やPCR検査をやらされているとブーたれていました。確かにそれで論文が間に合わずに留年になってしまったら、学生も研究室も大変です。同情します。

読み始めてすぐに感じたのは、池谷裕二は天才科学者だということです。私も何人か天才を知っていますが、彼らに共通しているのは話が樹木の幹や枝のように、つながって発展していかないという点です。花から花へ飛び回るような話の進め方で普通の頭脳の人間にはなかなかついていけないところがあります。野村が「長島の言ってることはさっぱりわからん」と言っていたことを思い出しました。私は凡才科学者ですが、文章を書く才能はあるので、私が書いた本の方が圧倒的に理解しやすいです。

にもかかわらず、この本に次々と投入される「花」はみんな美しくて心を揺さぶられます。心は揺さぶられるけれどもちゃんと理解できているわけではありません。特に「脳はノイズをエネルギーや秩序に変換する」というところが、非常に興味深いけれども難解で、未だによく理解できていません。

この本で特に驚いたのは380ページあたりで、黒白の碁盤のようなマス目を歩くお話です。2つのルール1)白のマスにやってきたら、そこを黒に変えて右に進む、2)黒のマスにやってきたらそこを白に変えて左に進む、で歩き回ると、最初はそこいらをランダムに歩き回っているようでも、あるときから一方向に強靱な意図をもったかのように進むことになるというお話で、これには唖然としました。遺伝子は設計図ではなく、ルールだという彼の主張も軽視できないと思いました。

この本は脳科学を基礎から展開してくれる本ではなく、いくつかの名所旧跡に案内してくれて、そこで脳にスパークを与えてくれる本です。著者は中高生向きの講義のつもりで書いていますが、内容は非常に高度なものも含まれていて、もう少し丁寧に説明してほしいというのが本音。多分大学での講義も凡徒にはわかりにくいのではないかという予感がします。ただ天才もそれなりに学習するので、以前に書いた「進化しすぎた脳」とくらべると、この本は格段に内容が豊かになって進化しています。

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2020年1月 5日 (日)

誰が科学を殺すのか

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「誰が科学を殺すのか 科学技術立国崩壊の衝撃」 毎日新聞「幻の科学技術立国」取材班 毎日新聞出版 2019年刊

日本という国は科学政策を策定する上で、産業界の要望を反映させようとするあまり、現場の研究者の意見を無視して改革を進めてきましたが、その結果逆に研究レベルの低下を招いてしまいました。その原因を作った産業界からして、研究能力をみずから自殺的に削減して、世界各国の後塵を拝するようになっています。

本書は丁寧な取材によって、わが国の科学技術が衰退した原因をつきとめたと思います。執筆はプロの新聞記者(毎日新聞「幻の科学技術立国」取材班)ですから非常に気持ちよく読める文章で、科学技術に関心のある方にはお勧めしたいと思います。

要するに素人の願望だけで科学者を引きずり回しても、良い結果は生まれないということです。種を植えないで、実だけ摘み取ろうというのが日本の科学政策と言えます。中国は国民を国が徹底的に管理する専制国家をめざしているようですが、こと科学技術に関して言えば、国営の研究所でも非常に自由に研究が出来る環境を用意しているようで、科学技術のレベルではあっという間に日本を凌駕しそうに感じました。

以下はいくつかの警句的な発言を本書からピックアップしたものです。

毎日新聞取材班
「日本の研究力を示すさまざまな指標が、悪化の一途をたどっている」

OECD
「2014年のGDPに占める教育機関への公的支出の割合は、日本は比較可能な34ヶ国中最低の3.2%」

科学技術・学術政策研究所調査
「2009年度に33.8才だったポストドクの平均年齢は、2015年には36.3才に上昇している」

本書での大学教授達の意見

細野秀雄
「ここ五年ほどの日本の科学技術力の落ち方は尋常じゃない」

豊田長康
「GDPあたりの論文数はラトビアやトルコと同じくらい」

西森秀稔
「日本の大学には、じっくりと落ち着いて基礎研究をする環境が九十年代まではあったが、残念ながら過去形だ」

新村和久
「資金を持つ大企業がリスクをとらないため、ベンチャー企業に資金が回らない」

山口栄一
「九十年代後半に、企業が中央研究所を殺してしまった。大企業はぜい肉を落とそうとして、脳みそを切り落としてしまった」

八大学工学系連合会修士課程学生アンケート
「七割が4ヶ月以上就活に費やしており、そのうち九ヶ月以上が12%」

黒木登志夫
「日本の研究力衰退の最大の原因は【選択と集中】だ。特定の部門では研究費がたっぷりあり、そこは伸びているが、その一方で多様性がなくなっていることが最大の問題だ」
(大学の法人化により)
「予算を握られ、みんな文部省の顔色をうかがうのに一生懸命。何をするにも文科省にお伺いを立てなければならず、学長の裁量は狭まった」

長尾真
「大学が自由度を失い、萎縮した」

山本清
「研究者の雑用が増え、研究時間が圧倒的に足りない」

ロルフ・ホイヤー(CERN前所長)
「ある研究成果がいつ、どのように応用されるかを予測することは困難だ。だが基礎研究を忘れれば、イノベーションの基礎は失われる」

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2018年9月12日 (水)

失われた名前 by マリーナ・チャップマン

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Imgb「サルとともに生きた」というタイトルは翻訳者による意図的な誤訳であり、本当のタイトルは、写真の英文タイトルからわかるように「サルに育てられた」です。

その本来のタイトルからは驚愕の内容が予想されますが、読んでみると非常に考えさせられる内容で、心に残る本でした。

「失われた名前 サルとともに生きた少女の真実の物語」
2013年 駒草出版     マリーナ・チャップマン (著), 宝木多紀 (翻訳)         

著者は5才から10才までの間、サルの教育を受けて、サルと共に行動し、ジャングルの中で生き延びました。

特に印象に残った一節を引用させてください:

「彼ら(サル)の感情はとても繊細で複雑だった。そのニュアンスの一つひとつに、私は人間の感情と同じものを感じた。謙虚や高慢、降伏や防御、嫉妬や賞賛、怒りや喜びといった、あらゆる感情を持ち合わせていた。彼らとの関わり方を会得すると、寂しいのか、孤独なのか、愛情に餓えていて抱きしめて欲しいのか、それとも挑発しているのか、干渉したいのか、彼らの気持ちが手に取るようにわかった」
引用終了 (  )内は管理人の註

私もイオンとコンサート以外はほとんど2匹のネコと生活しているので、著者の気持ちの何分の1かはわかります。

森林に人間が侵入してきたときに、森の生物が受ける圧倒的な恐怖感には震えました。やはり人間は最も凶暴な生物です。それでも著者は森から離れ、人の社会に復帰するという道を選びました。それは人間の脳に潜む強い好奇心なのでしょう。

それからの何年かは、人という生物がサル(ナキガオオマキザル)に比べていかに邪悪かということを、これでもかこれでもかと思い知らされる悲惨な生活でした。かてて加えて2度もの致命的危機を奇跡的に乗り越え、晩年になって多くの人々の協力でこのような書物を出版できました。

この本は自然から人への最後の警告のように思いますが、私はヒトのテンペラメントは結局変わることはなく(何しろ国家指導者がプーチン、トランプ、習近平、晋三などという連中ですから)、100年後には地球の支配者をAIに取って代わられるような気がします。またその方がよいのではないかと思うようになりました。

序文
プロローグ
第1部 ジャングル
第1章 誘拐
第2章 緑の地獄
第3章 無数の目
第4章 サルまね
第5章 生きる術
第6章 グランパ
第7章 群れの一員
第8章 鏡のかけら
第9章 生む女
第10章 人間の集落
第11章 心の家族
第12章 襲来
第13章 離別
第2部 人間の世界
第14章 後悔
第15章 悪夢の旅
第16章 カルメン
第17章 忍従の日々
第18章 人間の暮らし
第19章 警告と事故
第20章 逃走
第21章 路上生活
第22章 チャンス到来
第23章 ギャングリーダー
第24章 犯罪一家
第25章 秘密の友だち
第26章 脱出
第27章 修道院
第28章 壁の外へ
第29章 未来への試験
第30章 私の名前

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