続・生物学茶話248: 樹状突起スパイン1
アクチンもチューブリンもその起源をたどれば細菌までたどり着くという生物にとってなくてはならない重要なタンパク質です(1、2)。当然20世紀から大勢の研究者によって研究が進められてきましたが、それぞれ制御が複雑なメカニズムでおこなわれていて一筋縄ではいかない上に、アクチンとチューブリンのかかわりについてはあまり研究が進まず、21世紀も深まった現在まで課題が持ち越されてきたのが現状です。これは疾病に直接関わりのない生物学のテーマは、いくらそれが基本的なものであってもファンドがつかないことが原因でしょう。
アクチンモノマーからポリマー(マイクロフィラメント)がつくられる過程は前回述べましたが(3)、もうすこし詳しくみると、ATPと結合したアクチンモノマーはフォルミン、プロフィリンと結合した後に、これらの補助因子の力を借りて直鎖状にポリマーを形成します(図248-1)。枝分かれ構造をつくるためにはArp2/3 複合体を介する必要があります(図248-1)。これによってアクチン線維(マイクロフィラメント)は樹状の構造をつくることができ、されにそれらが重なり合ってメッシュのような構造をつくることができます。このことは細胞が様々な形態をとってそれをストレスに対抗して維持できることに貢献しています。
チューブリンの重合=微小管の形成については脳科学辞典の微小管の項目に詳しい解説がありますし(4)、また私の過去記事もあるのでご覧下さい(5)。微小管が崩壊してチューブリンモノマーに分解することを習慣的にカタストロフといいます。アクチンと違って、チューブリンはポリマーをつくるためのエネルギーをATPではなくGTPから得ています。
図248-1 アクチン線維(マイクロフィラメント)の形成
アクチンとチューブリン、あるいはその重合体であるマイクロフィラメントと微小管については昔から詳しい研究が行われてきました。ただそれらがどのような共同作業(クロストーク)を行っているかについては21世紀も深まってようやく少しづつ解明されてきました(6)。
神経細胞もその機能を実現するためにアクチンとチューブリンを大いに利用しています。神経細胞は形態的な観点から見るとかなり特殊な細胞で、たとえば軸索という異常に長く伸びる(場合によっては細胞のサイズの1万倍くらいの長さ)突起をひとつだけ持つ、そしてそれと対照的に短い突起(樹状突起)は複数存在する、というのはどのように説明すれば良いのでしょうか。またそれらの構造はどう違うのでしょうか?
おそらく軸索が1本しかないというのは、細胞が分化する過程であるタイミングで1度しかおこらないアクチンとチューブリンおよび関連タンパク質の共同作業だと思われますが、その結果他の細胞には無い特異な構造が形成されます(7、図248-2)。すなわち軸索は、伸びていく先端が+、後端が-という極性が同じ微小管が Tau というタンパク質でパラレルに束ねられた構造が軸になり、まわりをアクチン線維がリング状に取り囲むという構造になっています(7,8、図248-2)。チューブの外壁にはアクチン線維と直交し、微小管とは平行に位置するスペクトリンのロープが伸びています(8)。先端だけにはフィロポディアのような構造がみられます(7、図248-2)。
一方樹状突起は複数存在するのが普通で、これは分化が終了した後も可塑性があると思われます。樹状突起内部の微小管は MAP2 というタンパク質で架橋されて束ねられています。極性はランダムで、軸索の場合のように先端が+、後端が-ということはありません。アクチン線維によるリング構造もありません。
図248-2 軸索と樹状突起における微小管とアクチン線維
図248-2の右下図をみると、樹状突起にできるスパインはアクチン線維で充たされており、微小管が伸びていけない状況が描かれています。これはおそらくアクチン線維の緻密さによるとおもわれ、実際 in vitro の実験ですが、微小管は固い物に当たると急速なカタストロフを起こすことが知られています(9)。図248-3の右図のように微小管がスパインとの境界でカタストロフを起こしては、またその境界まで伸長するという状態を繰り返していると、自然に棲み分けができるでしょう。シナプス後細胞のスパインに充満し、その構造を支えているのはアクチン線維であることがわかります。
図284-3の左図はもうひとつの可能性を示したもので、微小管の先にキャッピングが行われ、そのコンプレクスがアクチン線維と結合しているとすると、微小管は伸長を妨げられ、またアクチン線維との結合によって構造が安定化すると思われます。樹状突起スパインでどうなっているかはわかりませんが、細胞分裂の際に中心体から放射状にのびる微小管と細胞膜の裏打ちとなるアクチン線維を連結する構造については、MISP, EB1, p150, myosin-10, cortical dynein などの関与が示唆されています(7)。
図284-3 微小管がアクチン線維と出会うとき
脳科学辞典などによれば、自閉スペクトラム症では樹状突起スパインの数が増加し、統合失調症・アルツハイマー病・知的障害の場合は減少するそうです(10、11、図284-4)。このことは微小管やアクチン線維がこれらの疾患に関わっていることを示唆します。
図284-4 樹状突起スパインと脳の疾病
参照
1)渋めのダージリンはいかが アクチンの系譜
http://morph.way-nifty.com/grey/2013/09/post-9bba.html
2)渋めのダージリンはいかが やぶにらみ生物論74: 細胞骨格1
http://morph.way-nifty.com/grey/2017/05/post-00ab.html
3)続・生物学茶話247: シナプス後厚肥
http://morph.way-nifty.com/grey/2024/09/post-33e61d.html
4)脳科学辞典:微小管
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E5%BE%AE%E5%B0%8F%E7%AE%A1
5)渋めのダージリンはいかが やぶにらみ生物論75: 細胞骨格2
http://morph.way-nifty.com/grey/2017/06/post-20be.html
6)Charlotte H. Coles and Frank Bradke, Coordinating Neuronal Actin–Microtubule Dynamics., Current Biology vol.25, R677–R691 (2015)
http://dx.doi.org/10.1016/j.cub.2015.06.020
https://www.cell.com/action/showPdf?pii=S0960-9822%2815%2900714-9
7)Dogterom, M., and Koenderink, G. H., Actin–microtubule crosstalk in cell biology., Nat. Rev. Mol. Cell Biol. vol.20, pp.38–54. (2019)
http://doi: 10.1038/s41580-018-0067-1
https://www.nature.com/articles/s41580-018-0067-1
8)Minkyo Jung, Doory Kim and Ji Young Mun, Direct Visualization of Actin Filaments and Actin-Binding Proteins in Neuronal Cells., Frontiers in Cell and Developmental Biology, vol.8, article no.588556 (2020)
htpp://doi: 10.3389/fcell.2020.588556
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33324645/
9)Marcel E Janson, Mathilde E de Dood, Marileen Dogterom, Dynamic instability of microtubules is regulated by force., The Journal of Cell Biology, vol.161, no.6, pp.1029–1034 (2003)
http://www.jcb.org/cgi/doi/10.1083/jcb.200301147
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/12821641/
10)脳科学辞典:樹状突起スパイン
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E6%A8%B9%E7%8A%B6%E7%AA%81%E8%B5%B7%E3%82%B9%E3%83%91%E3%82%A4%E3%83%B3
11)Ria Fajarwati Kastian, Doctoral Thesis:Shootin1a mediates an F-actin-adhesion clutch for dendritic spine formation and synaptic plasticity. 奈良先端科学技術大学院大学(2019)
https://library.naist.jp/opac/book/92496
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