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2024年7月 2日 (火)

続・生物学茶話241:基底核1 ヤツメウナギの場合

大脳基底核は大脳の最深部にありますが英語では basal ganglia であり、大脳の一部というわけではありません。ウィキペディアでは「大脳基質と視床、脳幹を結びつけている神経核の集まり」と定義されています(1)。したがって大脳をはずして「基底核」または「脳基底核」と呼ぶのがベターだと思います。主な構成要素は「線条体 corpus striatum または単に striatum、被殻と尾状核で構成される」「淡蒼球 globus pallidus、内節と外節で構成される」「視床下核 subthalamic nucleus」「黒質 substantia nigra、緻密部と網様部で構成される」の4つのパーツですが、左右にあるので脳全体では8つです。このほか図241-1のように側座核・嗅結節・腹側淡蒼球、図には示されていませんがマイネルト基底核などを含めることもあるようです。英語版のウィキペディアではこれらを大脳基底核に含めてあります(2)。日本語版のウィキペディア大脳基底核では全く触れられていませんが(1)、アミグダラ(扁桃体)を基底核に含めることもあるようです(3)。

このようにどこを基底核に含めるかについては研究者によってさまざま異なる見解があるようで、注意を要します。国立生理学研究所によれば最初に示した4つのパーツということになっているので、とりあえずこの定義でここでは話を進めることとします(4)。

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図241-1 ヒト大脳基底核の構成要素および関連構造の位置

エサがある方向に向かって移動するというのは従属栄養生物にとって圧倒的に生存に有利な機能であり、細菌ですら繊毛という精密機械のような移動用パーツを保有しています。真核生物に進化した単細胞生物は主に鞭毛を使って移動します。しかし多細胞生物が生まれたばかりの時代には、個々の細胞が保有している移動用の細胞器官をどのように統合制御してめざした方向に移動するのかという問題が発生し、これが解決するまで彼らは海底にへばりついてあるいは固着して生活するか、海流に依存して漂流するかしかなく、運動機能の観点からはある意味退化した時代があったと思われます。そのような問題を解決するために中枢神経系が生まれたに違いありません。

海底を這うベントスや遊泳するネクトンに進化する生物にとっては、神経系の重要性はプランクトンよりもずっと大きいことは間違いないでしょう。目のない時代でも自らの意志で移動することが可能な従属栄養生物は、ケミカルセンサーによってエサがある方向を特定し、神経によって筋肉などの動きを統御してある方向に進むというシステムを進化させて生活してきたのでしょう。そしてこのようなシステムを効率的に稼働させるには、次のステップとしてある部位のニューロンが「進むか進まないか」「どの方向に進むか(左右のバランスなど)」という指令を体全体に出すという方向で進化が進行しました。その指令を出す「ニューロン」はおそらく基底核のプロトタイプだと考えられます。

時代は進みカンブリアになると、そこは弱肉強食の世界だったので、食べられても平気なくらい旺盛な繁殖力を持つ生物や、食べられないように体を守る強固な装甲を持つ生物以外は、捕食者を認識して逃げなければいけません。私たちの祖先である魚類も逃げなければいけない生物で、当然逃げることを決断し、逃げる方向を決定し、逃げ切ったことを判断して行動を停止する・・・という活動を日常的に行わなければいけない生活をしていたに違いないので、脳の中に行動を決断して体全体に指令を出すシステムはその頃から存在したに違いなく、実際現存の魚類にも基底核が存在することは報告されています(5、6)。

では脊椎動物のルーツに近いところで分岐した円口類(ヤツメウナギ・ヌタウナギ)はどうなのでしょうか。彼らの祖先が魚類の祖先と分岐したのは約5億6千万年前のエディアカラ紀とされています(7、8、図241-2)。

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図241-2 脊椎動物の進化系統図

哺乳類の基底核システムはかなり研究されていて、図241-3のような径路が明らかになっています(1、4)。中脳・脳幹・脊髄などに運動の go, not go のシグナルを直接投射しているのは淡蒼球内接・黒質網様部・腹側淡蒼球で、これらのニューロンは主にGABAを投射に使う抑制性なので、デフォルトは not go なのですが、線条体によってこれらのニューロンを抑制するシグナルが出されると、抑制が解除されて結果的に go のシグナルに変わることになります。線条体と情報出口(淡蒼球内接・黒質網様部・腹側淡蒼球)が直接つながっている径路を直接路、淡蒼球外節を経由する径路を関接路、大脳皮質から視床下核を通じて情報出口につながっている径路をハイパー直接路と呼びます(4、図241-3)。

黒質緻密部と腹側被蓋野にはドーパミンを放出するニューロンが多く、線条体をコントロールする機能を持ち、脳から発出される情報の源流のような機能を持っていると思われます。情報出口(淡蒼球内接・黒質網様部・腹側淡蒼球)の活動は視床にも投射され、その結果を大脳皮質の運動野に報告したり、線条体とのコラボによって情報出口の活動を制御することができます(図241-3)。

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図241-3 哺乳類の基底核の構成要素と相関概略図

Marcus Stephenson-Jones らは哺乳類の祖先と5億6千万年前に分岐し、現代に至るまで命を繋いでいるヤツメウナギの基底核について研究しました(9)。まず一般的な脊椎動物において淡蒼球などGABAを伝達物質として使用しているニューロンに特異的なパルブアルブミン、線条体のマーカーとなるエンケファリンやサブスタンスPなどをマーカーとして形態学的な検討を行った結果が図241-4です。これらのマーカーによって識別できる部位は確かに存在します。ここでパルブアルブミン+の領域の細胞を調べると19個の細胞のうち13個が自発的に発火しており(シナプスインプットを阻害しても影響を受けない)、ここが情報出口(淡蒼球内接・黒質網様部・腹側淡蒼球)に相当する部位であることが示唆されました(9、図231-4F、G)。この部位の下側に線条体に相当するとみられるエンケファリンやサブスタンスP陽性の領域がみられます(図231-4H、I)。

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図241-4 ヤツメウナギ基底核の免疫組織化学

Marcus Stephenson-Jones らは電気生理学的なデータも採取して、線条体による情報出口の制御なども確認し、線条体および淡蒼球に相当する領域を推定して図241-5を発表しました(9)。さらに調べれば調べるほど、5億6千万年前に分岐したヤツメウナギ(円口類)の基底核システムと私たちのシステムが類似していることが明らかになってきました。黒質や視床下核に相当する部位も論文に記載されていますので、興味のある方は原著をご覧下さい(9)。グリルナー研究室のより新しい成果をまとめた総説も出版されています(10)。

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図241-5 ヤツメウナギで推定される線条体と淡蒼球の位置

 

参照文献

1)ウィキペディア:大脳基底核
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E8%84%B3%E5%9F%BA%E5%BA%95%E6%A0%B8

2)Wikipedia: basal ganglia
https://en.wikipedia.org/wiki/Basal_ganglia

3)ウィキペディア:扁桃体
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%89%81%E6%A1%83%E4%BD%93

4)国立生理学研究所 生体システム研究部門 大脳基底核とは
https://www.nips.ac.jp/sysnp/ganglia.html

5)理化学研究所 プレスリリース ヒトと魚の賢さの共通基盤の発見-魚の進化的に保存された大脳皮質-基底核回路の全貌を解明-
https://www.riken.jp/press/2024/20240314_1/index.html

6)Yuki Tanimoto, Hisaya Kakinuma, Ryo Aoki, Toshiyuki Shiraki, Shin-ichi Higashijima, Hitoshi Okamoto, "Transgenic tools targeting the basal ganglia reveal both evolutionary conservation and specialization of neural circuits in zebrafish", Cell Reports 43, 113916 (2024) https://doi.org/10.1016/j.celrep.2024.113916
https://www.cell.com/action/showPdf?pii=S2211-1247%2824%2900244-4

7)続・生物学茶話195:円口類の源流
http://morph.way-nifty.com/grey/2022/11/post-1f4cf6.html

8)Kumar,S., and Hedges,S.B., A molecular time scale for vertebrate evolution. Nature vol.392, pp.917–920 (1998)
https://bip.weizmann.ac.il/education/course/evogen/Clocks/Kumar_Nature_1998.pdf

9)Marcus Stephenson-Jones, Ebba Samuelsson, Jesper Ericsson, Brita Robertson, and Sten Grillner, Evolutionary Conservation of the Basal Ganglia as a Common Vertebrate Mechanism for Action Selection., Current Biology vol.21, pp.1081–1091, (2011)
DOI 10.1016/j.cub.2011.05.001
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/21700460/

10)Sten Grillner and Brita Robertson, The Basal Ganglia Over 500 Million Years., Current Biology 26, R1088–R1100, (2016) doi: 10.1016/j.cub.2016.06.041.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/27780050/

 

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