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2024年3月29日 (金)

続・生物学茶話234: 大脳皮質 最初の一歩

ブロードマンの脳地図は医学生にとっては脳学習の一丁目一番地でしょう。これは脳を外側から見て各部域別に52個の番号をつけたもので、1909~1910年にドイツの脳科学者コルビニアン・ブロードマンによって発表され、驚くべき事に現在でもほぼそのまま利用されています(1、図235-1)。私は続・生物学茶話をはじめてから一度もこの地図にふれていませんが、それはこの地図がヒト専用だからで、ニワトリ・マウス・ラット・アフリカツメガエル・ゼブラフィッシュなどすべての動物種には別々の脳地図が必要であって、生物学者によって進化を配慮して作り上げられたものではないからでしょう。意図したものではありません。

しかし脳の機能と構造の関連があまり知られていなかった20世紀初頭に、ブロードマンはどうやって脳の領域を今日でも不便がないくらいきちんと分類することができたのでしょうか? それは阿部和穂氏の説明で理解できました(2)。ブロードマンはまず大脳皮質の垂直構造に着目し、それが解剖学的に6層の構造が基本型であることを突き止めました。そして外表面から順に1)表在層、2)外顆粒層、3)錐体細胞層、4)内顆粒層、5)神経細胞層、6)多形細胞層と名付けました。現在は3)が外錐体細胞層、5)が内錐体細胞層とされていますが、基本的に同じです(3、図235-1)。

阿部の解説を引用します(引用開始)-ブロードマンは、大脳皮質の中で、この6層構造が共通するところと、異なるところがあることに気づきました。例えば、6層の厚さは、分厚いところと薄いところがありました。また、各層の厚さや神経細胞の密度にもかなり違いがありました。後頭葉のある部分では第4層が厚いのに対して、前頭葉のある部分では第4層が薄い一方で第5層が際立って分厚いといったように、ムラがあったのです。ブロードマンはこの層構造の違いに注目して、均一の層構造をもった部分をひとまとまりとし、層構造が異なるところで区分けして、大脳皮質全体を52の領域に分けました-(引用終了)。これが大正解で、その後各部域の機能がわかってきた際に彼の解剖学的な領域分けとよく一致する場合が多かったので現代まで継続して使われることになったようです(2)。

なおこの大脳皮質6層構造は哺乳類には共通ですが、鳥類や爬虫類などではそのような構造はみられません(4)。このブログでもそのうちブロードマンの脳地図を参照しながら話を進める場合があると思います。

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図235-1 大脳皮質の神経細胞 ブロードマンの写真はウィキペディアによります 大脳皮質の層構造と神経細胞の形態図は Encyclopedia of the Human Brain, 2002 に掲載されている David F. Cechetto and Jane C. Topolovec の図です。

大脳皮質は神経細胞と各種グリア細胞からなりますが、図235-2に示したのはブロードマンの時代から図示されていた大脳皮質の主要な神経細胞のひとつである錐体細胞(pyramidal cell)の例です(5)。これは投射型興奮性神経細胞で、図のように皮質深部のV(5)層に細胞体があるものでも、軟膜近傍まで1本の長大な樹状突起を上方(外側)に伸ばし、そこから多くの分枝を左右に伸ばしています。また細胞体から直接左右にもまた下方(内側)にも樹状突起を伸ばしています(基底樹状突起)。この図には4層が示されていませんが、おそらく運動野のものだからでしょう。

軸索は図では切れているようにみえますが、実際には大脳皮質より深部の領域まで長く伸びて投射しています。細胞体はピラミッド型で、図の細胞は一辺が25μmほどで錐体細胞の中では比較的小型ですが、それでも体細胞としては大きなサイズの細胞です。

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図235-2 ラット大脳皮質の錐体細胞

図235-3のようなカラム構造(6)はおそらく大脳皮質のなかでも最も進化した部域が示す形なのでしょう。カラムとカラムの間には少し細胞が疎な部分があります。例えば網膜のある部分の情報を対応するカラムで検知し、複数のカラムの情報を総合して全体の形や色を認識するというやり方で視覚情報の処理を行います。これを発見したヒューベルとウィーゼルは1981年のノーベル生理学医学賞を受賞しました(7)。

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図235-3 大脳皮質のカラム構造

最も明瞭なのがラットなどの齧歯類などが持つひげ(感覚毛)の情報処理です。同じ哺乳類でもヒトの場合ひげは普通の毛と同じレベルに退化していて、ヒゲにどちらから物体が接触したかなどの繊細な情報を得ることはできません。ラットなどの場合、1本1本のひげの感覚はそれぞれ大脳皮質のカラムに投射され、個々のカラムの情報を総合してヒゲがふれた物体の構造を認識することができます(8、9、図235-3)。バレルというのは各カラムのうち第4層のことを言うようで、齧歯類の感覚毛の情報はおもにこの第4層において、1本のひげの情報がひとつのバレルに投射されます(図235-4)。

ラットなどのヒゲの毛根は血洞の中に浮かんでいるような状態にあり(ですからヒゲを他の体毛と区別して洞毛といいます)、そこに感覚神経が伸びてきています。神経が血管壁を貫通して直接毛根に接触しているのです。こんな奇妙な構造はヒゲ以外にありません。このような構造によって、どの方向からどのくらいの力で毛根が動かされたのかを神経が感知することができるのです。夜行性や穴を掘って住む動物にとっては非常に有効なシステムです。

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図235-4 ラットのミスタシアル・パッドにあるヒゲの感覚は大脳皮質のバレルに1:1で対応

ヒゲで感知した情報は感覚神経を通って三叉神経ガングリオン・三叉神経核という径路で視床に投射し、さらに大脳皮質に投射します。この間1本1本のヒゲが得た情報は混信しないでそのまま大脳皮質のバレルまで送信されます(10、11、図235-5)。

ひとつひとつのヒゲの毛根はそれぞれ強力な横紋筋で囲まれていて、運動神経の指令によって自由に動かすことができます(12、13)。ですから大脳感覚野で得られた情報がまだ不足していると判断された場合には運動野からさらにヒゲを動かして詳細な情報を取得するようにとの指令が出るのでしょう(図235-5)。

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図235-5 ラットのヒゲ感覚情報の流れ 科学技術振興機構・東京女子医科大学プレスリリース 末梢神経損傷後に生じる脳の中の神経回路の「つなぎ換え」機構を解明の図(11)をもとに作成

 

参照

1)Wikipedia: Korbinian Brodmann
https://en.wikipedia.org/wiki/Korbinian_Brodmann

2)阿部和穂 「ブロードマンの脳地図」の謎と魅力…脳科学者を魅了する理由 All about 健康・医療 健康管理
https://allabout.co.jp/gm/gc/491827/

3)David F. Cechetto, Jane C. Topolovec, in Encyclopedia of the Human Brain, 2002
https://www.sciencedirect.com/topics/agricultural-and-biological-sciences/cerebral-cortex

4)伊藤博信 大脳新皮質は哺乳類に特有か? J. Nippon Med Sch 2000; 67(3)p.219
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jnms/67/3/67_3_219/_pdf

5)脳科学辞典:錐体細胞 
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E9%8C%90%E4%BD%93%E7%B4%B0%E8%83%9E

6)Wikipedia: Cortical column
https://en.wikipedia.org/wiki/Cortical_column

7)The Nobel Prize in Physiology or Medicine 1981
David H. Hubel and Torsten N. Wiesel
https://www.nobelprize.org/prizes/medicine/1981/press-release/

8)脳科学辞典 バレル皮質
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E3%83%90%E3%83%AC%E3%83%AB%E7%9A%AE%E8%B3%AA

9)Mehdi Adibi, Whisker-Mediated Touch System in Rodents: From Neuron to Behavior
Front. Syst. Neurosci., vol.13, (2019)
https://doi.org/10.3389/fnsys.2019.00040
https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fnsys.2019.00040/full#B33

10)Dirk Feldmeyer, Michael Brecht, Fritjof Helmchen, Carl C.H. Petersen, James F.A. Poulet, Jochen F. Staiger, Heiko J. Luhmann, Cornelius Schwarz, Barrel cortex function., Progress in Neurobiology vol.103, pp.3-27 (2013)
https://doi.org/10.1016/j.pneurobio.2012.11.002
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0301008212001700

11)科学技術振興機構・東京女子医科大学プレスリリース 末梢神経損傷後に生じる脳の中の神経回路の「つなぎ換え」機構を解明
https://www.jst.go.jp/pr/announce/20120516-2/index.html

12)渋めのダージリンはいかが 洞毛(ひげ)
http://morph.way-nifty.com/grey/2011/12/post-4a03.html

13)渋めのダージリンはいかが ラット洞毛の longitudinal section
http://morph.way-nifty.com/grey/2009/10/longitudinal-se.html

 

 

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